『秘密の中の秘密のダンジョン 前編』

南太平洋上に浮かぶ小さな島。極めてごく一部の人間が「メリダ島」と呼ぶその島の地下には、世界最強を自負する極秘の傭兵部隊<ミスリル>の基地が隠されていた。
その基地と西太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>の長は、わずか一六才の少女テレサ・テスタロッサ大佐である。
天才少女と言われている彼女は、時間の空いている隊員達を格納庫の一画に集めていた。……正確には、集めざるを得なくなった、なのであるが。
彼女を取り巻くように集まった隊員達に拡声器を使って呼びかけたのは、SRT(特別対応班)軍曹の階級章をつけた、軽そうな金髪碧眼の青年だった。
『……え〜皆さん。本日は完成披露式典にお集まり下さいましてぇ、誠にぃ、有難うございますぅ』
お調子者を思わせる軽いノリに、周囲から同じようなノリが返ってくる。
『では、早速ではありますが……』
「ちょ、ちょっとウェーバーさん!」
口を開きかけた青年クルツ・ウェーバー軍曹は、後ろからつつかれたのに気づき、振り返る。
『あれ、どしたのテッサちゃん?』
愛称で問いかけられた――しかも拡声器の音声で――テスタロッサ大佐は、
「何でこう大袈裟にしたがるんですか! それに、こういう場で『テッサちゃん』は止めて下さい」
それから仰々しく偉そうに咳払いをすると、
「そもそも『完成披露式典』ってなんですか!? 第一ウェーバーさんが言いふらさなかったら、ここまで……」
ムスッと口を引き結んで背の高い彼を見上げるが、生来の愛くるしさもあって怖さが全くない。彼女には可愛そうだが。
この世界には<ウィスパード>と呼ばれる人間がいる。彼らは条件が揃えば現代水準を遥かに上回る科学技術を提供できる。その恩恵で作られた兵器は「当たり前のハイテク兵器」として、今や世界中に溢れていた。
それだけに国家や怪しげな組織からその身に眠る知識を狙われてもおかしくない存在。非人道的な扱いを受けた者の報告もある。テッサはそんな<ウィスパード>の一人なのだ。
この<ミスリル>では人道を無視した生体実験のごとき「研究」をされる事はなかったが、知識を欲しがっている事はテッサも感じている。
実際今の戦隊長という地位に着くまでは本部の研究部にいた事もあるし、今の部隊で運用している潜水艦も、彼女の持てる知識を詰め込んだハイテク艦。それは最先端の軍事技術を持つ米軍に「脅威」と言わしめるほどだ。
もっとも。彼女がそんな<ウィスパード>である事を知るのは、部隊でもごく少数。それ以外の人間は「ごく普通の超天才児」と認識している。
クルツとテッサのやりとりを眺める、同じSRT所属の相良宗介軍曹も、彼女が<ウィスパード>であると知る人間の一人だ。
ブツブツと文句を言いながら宗介の横に戻って来たクルツは、
「世紀の大発明なんだから、もっと盛り上げた方がいいだろうに」
そう言いながら、宙に大きな楕円を描く。
「派手なネオンサインのついた飛行船[※A]かなんかにさ。『一万年に一度の大発明』とかなんとか」
元来のお祭り好きの血が騒ぐのだろうか。期待に目を輝かせてテッサを見ている。
「確かに隠す事ではないが、こうまで大っぴらにやるつもりではなかったのだぞ」
宗介はいつも以上にむっつりと押し黙っている。
彼の言う通り、本当は「限りなく通常作動に近い実験」として、ひっそりと行う筈だったが、どこからかこれを聞きつけたクルツによって、知らない者がいないほど広められてしまったのだ。それについては直属の上官から一応の叱責を受けている。
だが「その様子を一目見たい」と思う者言い出す者が後を断たず、会う人会う人に「どうするんですか?」「いつやるんですか?」と問われ続ける始末。
最初は曖昧に言葉を濁していたテッサも、あまりに問われ続けるので半ば逆ギレ気味に日時と場所を指定して、皆に公開すると宣言したのだ。
そんなテッサは展示会のコンパニオンのように笑顔を振りまいて詳細な説明を始めていた。
一応判りやすいよう噛み砕かれたものなのだろうが、よく判らない複雑な原理を熱を入れて詳細に説明しているテッサの言葉は、この場の人間には一〇分の一も理解できていないくらい、あまりにも独創的で難解な理論だった。
彼女がこれから発表しようとしているのは<ウィスパード>の知識がもたらした新発明品。簡単に言ってしまえば「ワープゲート」である。離れた二か所に特別製のゲートを作り、そこを行き来するものだ。
もっとも、まだまだ改良すべき点は数多い。一度に一つ、それも一〇〇キログラムまでの物体しか通れない。一回使った後は数一〇分かけて充分に機械を冷やさなければならない。などなど。
そのワープゲートを見る宗介の心境は複雑なものだった。それは今回のこの一件に、テッサ以外に自分がよく知る人間がからんでいるからだ。
彼女の名前は千鳥かなめ。日本の東京郊外で普通に暮らしている女子高生だ。
だが何の因果か彼女もテッサと同じ<ウィスパード>である事が判明。不特定多数の組織やテロリストから影ながら守る任務で派遣され、宗介とかなめは出会った。宗介の正体は彼女にバレているものの、大なり小なりの「脅威」から彼女を守り抜いている。
このワープゲートはかなめの発案を受けてテッサが許可を出し、<ミスリル>の技術班で作成したものである。
自分には理解のできない高度で専門的なやりとりがあった事は聞き知っている。メールだけでなく、土・日を利用して実際にかなめがここまで来て直接やりとりをした事もある。
だがかなめはあくまでも「外部の協力的人物」である。正規部隊ではないとはいえ、こうした軍事組織の基地に出入りできるのは極めて異例の事態だ。
そのかなめが今日ここへ来るのである。このワープゲートを通って。メリダ島から二〇〇〇キロ余り離れた日本から。
もちろん彼女やテッサの頭脳を疑っている訳ではない。自分に理解できないものを信じないつもりはない。
だがこの世界に一〇〇%確実な事などあり得ない。万一という事態が簡単に起こりうる。
その万一で彼女がこちらに来られなかったら。来られても身体に障害が発生したら。命に関わるケガをしたら。
おおよそ思いつく限りの事態が宗介の脳を一杯にしていく。さっき電話で「大丈夫だから」と言われてはいるが、それで不安な気持ちが消える訳もない。
『軍曹殿』
宗介の頭の上から低い声がする。ムッとした顔のままちらりと見上げると、フルフェイスヘルメットのような頭部がこちらを覗き込んでいた。
これも<ウィスパード>の知識が生み出したハイテク戦闘兵器。全長八メートルの人型兵器アーム・スレイブである。開発された当初と違い、最新版は高度なAIを持ち、搭乗者と口頭による簡単なコミュニケーションすらとれる。
宗介に声をかけてきたのは、部隊の中でも最も高度で「異質な」存在のアーム・スレイブ。<アーバレスト>と呼ばれる機体だ。この<ミスリル>における宗介の専用機でもある。
いつもは格納庫の隅に置かれているのだが、今日はこの新発明品の各種機器測定のサポートのため、彼のそばに片膝ついてかしこまっていた。
宗介もこの<アーバレスト>の高度さは認めている。まだ自在に扱えるとは言い難いが、謎だらけの装置<ラムダ・ドライバ>が搭載された、この<ミスリル>でただ一つのアーム・スレイブ。
この<ラムダ・ドライバ>の前ではありとあらゆる「常識はずれ」な事が当たり前に起こる。それによって命を救われた事も、敵を打ち倒した事もある。
だが。通常ならこちらが呼びかけるか、コクピットにある操作スティックの「音声入力スイッチ」を押さねばAIとの会話はできない。にもかかわらず<アーバレスト>はそうでない時はもちろん、こうして搭乗者が外にいる時でも話しかけてくる。
『不安が拭えない気持ちはお察し致します。ですがこうも言います。「Jacta alea est」と』
ヤクタ・アーレア・エスト。日本語にすれば「賽は投げられた」。古代ローマのカエサル軍がルビコン川を渡る際に彼が言った言葉として知られている。
『結果はどうなろうとも、ここまで来たら断行あるのみです。成功を祈りましょう』
「お前に祈られてもな」
言っている事は正しいと宗介も思うが、機械である彼に言われると無性に説得力の無さを感じ、怒りすらこみ上げてくる。
「いやいや。せめて石の中に飛ばされないよう[※B]、祈っててもらおうぜ」
間髪入れずに割って入ったクルツが何やら一人で笑っている。
「祈るというのは精神的な行動だろう。機械であるこいつに精神があるのかどうかも怪しい。それこそナンセンスだ」
『機械である私が祈るのはナンセンスですか?』
声こそ低い合成音だが、妙に不思議そうに訊ねてきた<アーバレスト>の反応に、クルツは我慢できずに吹き出した。
「ナンセンスも何も、戦闘兵器に無事を祈られてもなぁ」
『確かに私は戦闘兵器として作られていますが、それを戦闘に使うか否かは使い手次第です』
キッパリと言い切った<アーバレスト>は、どこか自信ありげにも見える。
言っている事は間違っていないと思う。かのダイナマイトとて、元々は岩盤工事の作業効率を上げるために開発されたが、すぐ戦争にも使われるようになってしまった。
それと同じで、物そのものには害も罪もない。使い方次第で害や罪が発生する。人々を助ける道具が人々に害をなす事もあろう。だがその逆とてあり得る筈だ。
頭ではそうと判っているが、やはりどことなく納得がいかない宗介とクルツ。それは相手が機械だからだろうか。
そんなやりとりの間にテッサの説明は終わったらしく、作業員が機器の接続をチェックしたり、システムの最終調整を始めていた。
有線でワープゲートのシステムと繋がっている<アーバレスト>も、音声でテッサとやり取りしている。
それら調整が終わると、テッサは機械のそばに置かれたパイプ椅子に腰かけ、そばにあったフルフェイスヘルメットのような物をすっぽりと被った。
ヘルメットと言っても風防はないので周囲は見えない。そのヘルメットは様々なコードやチューブのような物で機械と繋がっている。
そう。このワープゲートを起動させるには<ラムダ・ドライバ>の力が絶対に必要なのだ。だが今の<ミスリル>に<ラムダ・ドライバ>を量産する力はない。
この機械はテッサが設計した部隊の潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>号のブラックボックスにある<ラムダ・ドライバ>と繋がっているのだ。
人間の脳が発する特別な脳波を検知して発動する<ラムダ・ドライバ>。どんな人間でも起動させられる訳ではないが、薬物投与や訓練次第で使えるようにはなる。宗介は薬物投与はしていないが、実戦で使うにつれて次第に確実に扱えるようになっている。
しかし、宗介を始めとするほとんどの人間は一瞬の間しか<ラムダ・ドライバ>にアクセスできない。一瞬しか繋がれないのでは、今回の場合意味がないのだ。
繋がり続ける事ができるのは、テッサのような<ウィスパード>のみ。だから基地や部隊の責任者として多忙な彼女がこうして現場に立ち合っているのだ。
将来的にはこの行動そのものも機械的に再現する予定だが、そのための理論や技術はまだ存在しない。
「では、始めて下さい」
少しくぐもったテッサの合図で、機械が起動し出した。ざわついていた周囲もピタリと黙り込み、事の成り行きを見守っている。
最初の一〇秒ほどは機械のピープ音くらいしか聞こえない。本当に作動しているのかどうかも怪しいものだった。
ところが。二〇秒ほど経つ頃から、何も見えなかったワープゲートの中に、ぼんやりと何かの風景が映し出されるようになってきた。
風景が次第にハッキリするのに比例して、周囲の歓声やどよめきが大きいものになる。
そこにはどこかの部屋の中に立つ、千鳥かなめの姿がハッキリと見えているからだ。かなめからもこちらが見えるのか、少々ぎこちない笑顔で小さく手を振っている。
だがこれだけならテレビの衛星生中継と変わらない。問題はここからである。
かなめを頬をパシンと叩いて気合いを入れると、そろりと一歩だけワープゲートに向かって歩を進めてきた。
さすがに自分が製作に関わっているとはいえ、自分自身が通るとなると緊張を隠せないらしい。格納庫内は「早く! 早く!」と急かす声と手拍子が響く。
こちらとあちらの境界線の直前で身体をこわばらせて立ち止まるかなめ。それを見守る<ミスリル>の隊員達の「早く」コールはさらにヒートアップする。
その声に背中を押されたように、かなめは目を閉じてずいっと足を前に出した。
ピンと張られた透明の膜を押し広げるような感じで、彼女の足がこちらに飛び出ている。実際は膜などないのだが、皆にはそう見えた。そしてその足が確実に格納庫の床を踏みしめた!
途端に「早く」コールはなりを潜め、おおという感嘆の声が響く。
それから全身が少しずつこちら側に現れだしている。透明の膜のようなものが彼女の全身にピタリと吸いついているように見え、かなめの凹凸のはっきりしたスタイルがクッキリと際立って見える。
男達の品がいいとは言えない野次やリアクションを、宗介はムッとした顔で殺気立った視線を向けて黙らせる。
かなめが膜の中から抜け出ると同時に機械の電源が自動的に切れた。
二〇〇〇数百キロの距離を超え、彼女の身体がこちら側に無事実体化をしたのだ。念のため身体検査をする事になってはいるが、どうやら心配していた後遺症などがある様子は見られない。
無事に成功した事を喜ぶ歓声が一斉に上がった。かなめも「アリガトーッ!」と諸手を上げてその歓声に答えている。
まるで人気アイドルのコンサート会場のような、怒号ともいうべき歓声。それは格納庫はおろか基地そのものを壊すのではないかと思えるほどだった。
だから逆に、誰も気づかなかったのだ。
かなめの身体が床下に消える直前の、大きなひび割れる音が。


硬い物が割れる轟音がしたかと思うと、かなめの身体は一気に床下に沈む。
ひび割れは一気に周囲に走って床を破壊し、乗っている総てを巻き込んで床下へ飲み込んでいく。
代わりに吐き出されたのは膨大な土煙や砂埃。その勢いや量たるや、まるで発煙筒の煙だ。
基地の中でもデスクワーク担当の者は大慌てで逃げ出してしまったが、実戦経験を持つ者は、自身が埃まみれになるのにも構わず、周囲を警戒しつつその場からピクリとも動かない。状況が判らないまま動いた方がまずい事を体験として知っているからだ。
やがて少しずつ煙が晴れていくと、悲惨な現場の状態が判ってきた。
まるで重い物を載せたかのような穴が開き、そこを中心に痛々しいばかりのひび割れがいくつも広がっている。
そのひび割れにワープゲートや機械が巻き込まれて一緒に沈んでいる。もちろんその中心にいたかなめの身体もだ。
世紀の発明大成功の雰囲気から一転、一気に災害発生現場となってしまった。
普通ならクレーンなどの重機の到着を待つ所だが、ここにはアーム・スレイブがある。ちょっとした重機にできる事なら彼らにできない訳がない。
急いで<アーバレスト>に乗り込んだ宗介は、手際良く瓦礫やワープゲートの機材をどけ、かなめを穴から救出した。
すぐさま待機していた医者がかなめを診るが、砂埃を吸い込んで咳き込んでいるくらいで、彼女自身は大した事はない。機械の方は壊れたり瓦礫に押し潰されたりでもう使い物にならないが。
介抱されているかなめの横で、テッサを始めとする埃まみれのワープゲート製作チームが、<アーバレスト>と共に原因究明のためデータを洗い直していた。
「一体どういう事?」
パソコンの液晶画面を素早くスクロールさせつつ、テッサは周囲の人間に訊ねる。だが他の人間も首をひねるばかりだ。
この格納庫には重量一〇トン近いアーム・スレイブを始めとする戦闘兵器がいくつも納められている。
そうした兵器やそれらが普通に動く程度の重量や衝撃には強く作られている筈なのだ。にもかかわらずかなめの身体は床を壊して落ちてしまっている。
『大佐殿。発言宜しいでしょうか』
テッサの頭上から<アーバレスト>が控えめに声をかける。テッサは全く臆する事なく発言を許可すると、
『チドリカナメがワープゲートを抜けた直後から約一〇秒間、彼女の立っていた地点の床に常軌を逸した圧力を検知しています。数値にして三〇〇〇〇トンもの圧力です』
「三〇〇〇〇トン!?」
『肯定です、大佐殿。その圧力が床を破壊したと見るのが正しいと思われます』
理路整然とした<アーバレスト>の言葉にテッサは無言で考え込んだ。
かなめが立っていた床に圧力がかかっている。三〇〇〇〇トンといったら、実在する戦艦並の重量だ。
だがその割にかなめはその影響を受けているとはとても思えない。その様子を撮影していた隊員のビデオ映像からもそれは判る。
かなめ自身は圧力の影響を受けていない。しかし彼女が立っていた床は圧力の影響を受けて壊れている。その事実から導き出された結論は、
「その約一〇秒間だけ、カナメさんの体重が極端に重くなったんでしょう。それこそ戦艦並に」
それを聞いたかなめは、さすがにポカンとするのを隠せなかった。いくら何でも人間サイズで戦艦並の体重など考えたくもない。そもそも抜け出た時そんな感じは全くなかったのだから。
「これまでの実験データでも若干重量の変動はあったようですが、二〇〇〇キロを越える距離は今回が始めて。ひょっとしたら遠距離になるほどこうした現象が起こるのかもしれません」
テッサの発言はあくまで仮説だが、二〇〇〇キロの距離を越えてきたのだ。何の副作用も発生しないという事は考えにくい。短距離で若干の変動があるなら、長距離ならそれに比例した変動があっても何の不思議もない。
という事はかなり危険な賭けだった事になる。その事実を知ってかなめの顔色がさっと翳った。
「けど重くなるって言われても……」
「それはこれからの課題という事にしましょう。まずは……」
テッサはかなめを上から下まで観察すると、
「どなたかカナメさんをシャワールームにご案内して。着替えも用意してあげて下さい」
言われてみれば、かなめの全身は床下に落ちた時に砂利や埃にまみれていたのだ。テッサの提案はもっともである。もっとも、そう言うテッサを始めとして、前の方にいた隊員のほとんどは埃まみれなのだが。
その場にいた男性隊員のほとんどが勢いよく手を上げて案内を買って出たが、
「はいはい。ハイエナ共はよそに行った行った」
わざとらしく仰々しい動作で手持ちの銃のスライドを稼動させたのは、かなめもよく知るSRTのメリッサ・マオだ。宗介やクルツのチームリーダーとなる事が多いが、テッサともプライベートで仲がいい。
そんな彼女の少々ドスを利かせた声と音が、男達のやる気をいとも簡単に根こそぎ奪い取った。
彼女の傭兵としての実力は部隊の誰もが知っているからだ。何も彼女を敵に回してまでポイントを稼ぎたいとは思わない。
隊員達が残念そうに「展示会は終わり」とばかりに三々五々散ろうとした時だった。
「大佐! 大変です!」
穴を調べていた隊員の一人が、声を張り上げてテッサを呼んだ。
「何か怪しげな通路があります!」
その声で帰ろうとした隊員達もゾロゾロと集まってきた。


かなめや機材が落ちた衝撃でまだ埃っぽかったが、マグライトを逆手に持ったまま、宗介がその通路に下りる。
通路の幅は、大人二人がどうにかすれ違えるかというくらい。高さは長身の者は少し腰を落とさねばならないくらいだ。
「どんな感じですか、サガラさん?」
おっかなびっくりで穴を覗き込むテッサ。少しでも埃を吸わないよう口と鼻を手で押さえているので、聞き取りにくいくぐもった声だ。
「ここだけでは如何とも。しかし、ずいぶん奥の方まで伸びているようです」
通路の先をマグライトの光が照らすが、さすがに何も見えない。
そのまま少し奥の方へ進んでみる。先程の崩壊の影響を受けていない部分に差しかかると、床にずいぶんと埃が積もっているのが判った。
(これは四年か五年くらい、誰も通ってはいないようだ)
埃の感じからそう見当をつけた宗介は、再び穴まで戻り、テッサにそう報告する。
四年か五年前というと、このメリダ島基地が建設されて間もない頃だ。
テッサもこの基地の通路や部屋の総てを記憶しているとは言い難い。だが、こんな隠れた通路があったなど全く聞いていなかった。
この基地は豪華な客船などと違って、メンテナンス用の作業員専用の隠し通路などはない筈だ。通風口にしてはいくら何でも大きすぎる。
そもそも。いくら極秘の秘密基地だからとて、その内部に基地の人間も知らない秘密の通路があるなど、笑い話にもならない。
早急に調べるべきだ。そう思ったテッサは周囲を見回してから宗介とクルツの二人に向かって、
「お二人とも。PRT(初期対応班)から何名か選出して、この通路の調査をして下さい」
「ええっ、俺達でやんの、こんなダンジョン探索!?」
階級差を考えるとこれ以上ないくらいに無礼なクルツの物言いではあるが、もうすっかり慣れっこなのでテッサは全く気にしない。
(確かにダンジョンかもしれませんね)
テッサは心の中で苦笑すると気分を切り変え、
「他の方々は自分の仕事がたまってますから。こんな突発的な事態ですと、時間が取りやすい下士官以下の人間から選ぶのがいいと思ったんですが?」
「それもそうだけど、姐さんだっているし……」
クルツは不満そうにちらりとマオの方を見る。彼女も自分達と同じくかなり埃だらけだ。視線があったマオはつまらなそうな表情でクルツを見ると、
「あたしはカナメをシャワールームに連れてかなきゃならないんだけど。それに、あんたみたいな連中の目からカナメを守るって立派な任務があるしね」
言っている事は正しいし先程テッサに言われたからでもあるが、それは遠回しに「そんな埃だらけのとこになんか行きたくないわよ」と言っているようにも聞こえる。
それに同調した、埃だらけの一〇人あまりの女性隊員もかなめと共にゾロゾロと格納庫を出ていく。
「あの、大佐殿」
宗介が珍しく言葉を濁す。
「通路の規模が全く読めない以上、人手が多いに越した事はないと思うのですが」
『軍曹殿。ここは私もお手伝い致します』
その会話に割って入ったのは<アーバレスト>だった。三人を覗き込むような姿勢で話を続ける。
『無線機と発信器を持たせた隊員で通路を調査し、発信器の反応を元に私が地図を作成します。これなら少人数で済みますし、労力もさほどかからないと思いますが』
「お前がずいぶんと美味しい役回りだな」
いい案ではあるが、宗介が憎まれ口のように返答すると、
『私では中に入れませんし、センサーやソナーを飛ばすという芸当もできません。ですが狭い通路が相手では人海戦術も難しいでしょう』
おそらく敵などはいないと思うが、すれ違うのも難しい狭い通路に、大量に人を送るのが賢い選択とも思えない。
「そうですね。その案で行きましょう」
少し考える素振りを見せたテッサがキッパリと言った。

<中編につづく>


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