フルメタル・SPIRITS 第1章第3話『銀色の女神・後編』
忌まわしいあの事件からしばらくたって。TDDやASの修理もある程度順調に進んでいた。喜ばしいことだ。だが、それでも少女――テッサの顔は晴れることはなかった。今度の戦いで、失ったものが多すぎた。
あの後回収された<アーバレスト>からは、相良軍曹の遺体は見つからなかった。と言うよりも、コックピットの破損がひどすぎて分からなかったと言ったほうが正しいのか。とにかく、駆動系から何からズタズタになっていて<アーバレスト>は実質上使い物にならなくなっていた。
そしてつい先日、マオも<ミスリル>を除隊し、去っていった。SRTのメンバーで残っているのはウルズ1のクルーゾーぐらいか。また人員を選抜しなくてはならない。テッサはそれらの作業を事務的にこなすことで自らの感情を押さえ込んでいた。押さえ込まざるをえなかった。少しでも油断すると、感情が暴発しそうになる。脆い自分がわめきそうになる。彼女は、そこまで追い込まれていた。


夜遅くになって誰かがテッサの事務室のドアをノックした。
「入ってください」
書類に目を落としたまま彼女は告げた。扉が開いて中に入ってきたのは眼鏡をかけた痩せ型の男――マデューカス中佐だった。
「大佐殿……そろそろお休みになってはいかがですか? 後の事は私にでもやれる仕事です。このままではお体に触りますぞ」
「いえ、大丈夫です。もう少しで終わりますから……」
テッサは微笑みながらそう言った。
「そう言って、昨日も、一昨日も夜遅くまで仕事をされておりましたな」
そう言って彼はため息をついた。実際、テッサの目の下には隈ができており、美しいアッシュブロンドの髪もいささか乱れ気味だった。
「私には、とても『大丈夫』には見えませんが?」
マデューカスの言葉にテッサはうつむいた。彼女が無理をしているのは誰が見てもわかることだった。身体的にも、精神的にも。彼女が黙っていると、マデューカスが意外な提案をしてきた。
「そうです、久しぶりに休暇を取ってはどうです?」
「え?」
テッサは少し信じられないような顔をした。あの、任務には厳格な中佐が、この忙しい時に休暇を勧めてくるなんて?
そんな彼女の心を読んだのか、彼は少し苦笑を浮かべて
「それほど意外でしたかな? 誰だって疲れているときには休みたいものです。我々のような仕事をしている者にとって部下を失った時は特に……失礼。ともかく、少々休まれてはいかがです」
「ですが……」
「それとも、書類整理や人員抜擢を任せられないほど我々の能力が信用できませんか?」
「そっそんなこと……!」
慌ててテッサが顔を上げると、マデューカスが穏やかに微笑んでいた。
「だったら、後の事は我々に任せて休暇をお取りなさい」
普段は決して見ることのできないその笑みは、娘を思いやる父の笑みだったのかもしれない。
「分かりました……。そういうことなら、少し休暇を取ろうかしら」
「そうですか。どこか行きたいところはありますかな? 私が手配しますが……」
「えぇ……その……」
テッサはそう言われて言葉を濁した。だが、本当のところは、中佐には見抜かれていたのかもしれない。
「何処でもかまいません。貴女の行きたいところに行けばよろしい。反対はしませんよ。」
「その……東京に……」
「…………」
マデューカスが黙っているのを見て、テッサは取り繕うようにして言い直した。
「す、すみません。不謹慎ですよね、いくらなんでも……わたしには……彼女に会う資格はないし……それに、もう彼だって……」
そう言ってまたうつむいてしまった彼女の目の前にすっとチケットが差し出された。東京行きの飛行機のチケットが二枚。テッサが目を丸くして彼の顔を見つめる。
「貴女ならそう言うと思いました。……言ったでしょう、貴女の行きたいところに行けばよい、と。それに、ミス・チドリに……友人に会うのに資格などいりませんよ。そうでしょう?」
「そう……ですね。ありがとう。そう言ってもらえると、助かります。それにしても……ふふっ」
「どうされました?」
「いえ、マデューカスさんの意外な一面が見れたような気がしました」
そう言って彼女は心からの笑みを久しぶりに見せた。
「意外……ですか……」
言いながら帽子の鍔を少し下げたのは、きっと彼なりの照れ隠しなんだろう、とテッサは思った。


翌日、テッサは朝早くから東京に向けて出発していた。護衛にはウルズ1のベルファンガン・クルーゾー中尉がついていた。メリダ島から八丈島まで、そこからは、マデューカスが手配してくれた飛行機で東京まで。飛行機に乗ってる間、テッサはずっと彼女の親友のことを考えていた。
(カナメさん……わたしが行ったらどんな顔をするかしら。サガラさんが……もう戻ってこないと知ったら……きっと、怒りますね。わたしのことを蔑むかもしれない。けど……それは仕方のないこと。だって……わたしは指揮官でありながら……みんなの命を預かる指揮官でありながら、みんなを、そしてサガラさんをみすみす死なせてしまった。カナメさん……謝ってすむことじゃないけど、それでも彼女にはわたしから言わなくちゃ……)
どんどんと思考の渦に飲み込まれて行く。そのうち彼女になんと言い訳をしようか考えている自分に気付き、自己嫌悪に陥る。そしてまた、一から考え直す。悪循環だった。
「失礼します、もうすぐ東京に着きますが……」
隣に座っていたクルーゾーの声で現実に引き戻される。
「ええ」
「大佐殿……」
クルーゾーが小さな声でささやく。
「え?」
「チドリ・カナメに会うのですか?」
「……えぇ、そのつもりです。それがなにか?」
「いえ、随分とお悩みのようでしたから。……大佐殿、失礼を承知で申し上げます。彼女には包み隠さず、全てを話すべきです。報告書は読みました。サガラ軍曹からの報告によると、彼女は彼に好意を持っていたように見受けられます。もっとも、彼はそのことに気付いたふうはありませんでしたが。恐らくは……貴女も彼に……だからこそ、全てを話すべきです。私が昔……マッカラン大尉に教わったことの一つです。『辛いことでも喜ばしいことでも、全てを包み隠さずにさらけ出せ。真にその友人のことを思うなら、な』彼はそう言いました。貴女が、チドリ・カナメを友人だと思うのなら、やはり包み隠さずに話したほうがいいと思います」
「そう……マッカランさんが……。そうね、友人だから……本当の事は話してほしいですものね。きっと、わたしが逆の立場でもそうでしょうね。ありがとう、クルーゾーさん」
「いえ、生意気なことを言ってすみませんでした」
そう言って彼は前に向き直った。
(そう……悩んでいても仕方がないわ。彼女には全てを話そう。彼女には知る権利があるんですから……)
テッサは窓の下に見える東京の街を見つめながら、そう思った。だが、彼女は知らない。その役は先日除隊した友人が引き受けてくれたことを。そして、真実を告げるべき相手は既に真実を知っていて、しかももう目的の地にはいないことを。
運命の歯車は回りだした。神にも止められぬそれは、徐々に、徐々に彼女らを巻き込んで全てを狂わせ始める……

<To Be Continued>


あとがき

こんにちは、長曾根小鉄です。第3話テッサ編、ようやく終わりました。前編と後編の間が長すぎです……。というか、『キセキノハテ』で予告した内容と違う気が……(汗)闇に向かうのはもう少し先ですね。これと言うのも拙者の腕のなさが原因……。精進せねば。
ところで、このシリーズはフルメタ本編よりの少し未来のお話になるんですが、DBD以降の話はすべてなかった事になってます。書き始めたのがDBDのころなもんで……BMCなんて知ったこっちゃないです(ごめんなさい(汗))。
第1章はもうしばらく続きそうです。付き合ってやってください。

長曾根小鉄さん。有難うございますm(_ _)m。
約4ヶ月のインターバルをおいて、帰って参りました。しかし、まだ途中なんですよね。
しかし間を空けてしまうと書く気力が萎えてしまいがちになる方が多い中、きっちり書いて下さる所はさすがです。
まさしくこれから総てが始まるのです。大切な人を失っては無理かもしれませんが、少しでも明るい未来が見えますように。
――管理人より。


次回予告

それは突然のこと。誰もが予想せぬ出来事だった。狼は突如その牙をむき、瞬く間にして女神を墮とした。事態は最悪の道をたどって行く――
次回 フルメタル・SPIRITS第1章 第4話「裏切りの銀狼(仮)」。

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