フルメタル・SPIRITS 第1章第3話『銀色の女神・前編』
私は、沢山の人達を殺した
  その中でも“彼”は特に大切な人だった
 “自分”を取り戻せる唯一の場所
それはもう、存在しない……


その闘いを、彼女は決して忘れる事はないだろう。


思いもしなかった敵の出現に、テッサは困惑していた。<ミスリル>本部からのテロ壊滅指令。これは何でもないことだった。不謹慎な事ではあるがむしろ、壊滅させるだけなら神経質にならずにすむ分、楽な任務ともいえた。しかし、今、目の前に広がるこの現実は……
まず始めに彼女を驚かせたのは敵が使っているASだった。黒い<ガーンズバック>。それも、我々<ミスリル>で使われているものとそう変わらないカスタマイズが施されている。
(そんな……)
テッサは混乱していた。M9を扱うには相当の財力と技術が必要なはずだ。それを併せ持つテロリストなど、そうそう居るものではない。
(アマルガム……?)
<ミスリル>の天敵とも言える存在。そして、彼女個人にとってもそうであった。嫌な感じがして、彼女は長い三つ編みの先をきゅっと握って鼻の先をくすぐる。彼女の悪い癖だった。
と、司令室の中に再び警告音が流れる。
「敵増援、出現しました。一時方向、三機。M9と……」
そこで報告していた士官はいったん口を閉ざした。
「M9と、なんです?」
「……<ファルケ>です」
「な!? しかし、それはウルズ1の……!」
隣にいたマデューカスがうめく。
「ですが、<ファルケ>です。外見はともかく……スキャニングの結果、内部構造も変わりありません。まるでコピーとしか言いようがないです」
司令室の中を、暗い沈黙が支配する。それを打ち破ったのは、外で戦っている隊員からの通信だった。
『こちらウルズ3。敵に囲まれた! 弾薬も全て使い切ってしまった』
それを聞いて、テッサが敵と味方の配置を画面から読み取る。そして、最も有効な突破口を……
その前に、カリーニンがマイクを握った。
「こちらパース1。ウルズ3はそのままポイントA1まで後退、ウルズ5は3の援護に向かえ」
「カリーニンさん!?」
テッサが抗議の声を上げた。が、彼はそれを静かに受け流すとこう答えた。
「大佐殿、彼らSRTに関しては私が戦隊長です。大佐殿はTDDの指揮に専念してください」
「…………」
何か引っかかるものを感じたが、彼女はそのまま口を閉ざした。彼の言うことにも一理ある。今は彼に任せよう。SRTの扱いに関しては彼の方が慣れている。そう思うことにした。
だがその直後、絶望的な通信が入った。
『ウ、ウルズ5だ! 敵の……増援が……!』
「そんな!」
テッサがレーダーを監視していた下士官を振り向く。彼も信じられない面持ちであった。
「そんな……!? レーダーには何も……!!」
「……ECSの不可視モード? そんな……」
「パース1だ。ウルズ3、5。B2まで後退しろ。ウルズ6は……」
だが、キャステロ中尉のしわがれた声がカリーニンの指示を止めた。
『少佐。この数で包囲されたのでは、さすがに突破は無理です。……なに、ここにいる分ぐらいは始末をつけます。いいな、ウルズ5?』
『……覚悟はいつでもできてるさ』
『上等』
直後、二機の<ガーンズバック>は激しい爆音を轟かせて自爆した。辺りを爆炎が包み込む。それがさらに回りのM9を飲み込み、誘爆する。
「……ウルズ3、ウルズ5、及び周囲の敵機、完全に沈黙」
「……。分かりました。敵の残存勢力は?」
テッサは感情を押し込むのにひどく苦労した。まただ。また自分の部下が死んだ。そうして激しく絶望にかられる半面、宗介やクルツといった特に親しい間柄の人間でなくて良かったと感じている自分に気付き、ひどい自己嫌悪に陥った。
「……艦長、これは戦争です。こういうこともある、どうか気を落とさずに。それに、彼らは……彼らは、戦士でした」
テッサは自分の横にいる人物を振り仰いだ。マデューカスが厳しい面持ちで前方を睨んでいる。
「彼らの冥福を祈るなら、必ずや勝利する事です」
きっと、彼なりに励ましてくれたのだろう。
「……敵残存勢力、確認しました。M9タイプ三機、<ファルケ>タイプ一機です」
「他には?」
「今のところ、確認できません」
「そう……。念のためだわ。<スティング>を使って島の内部も調べてちょうだい」
「アイ・マム」
彼女はコンソールの左端に灯ったランプを見た。ウルズ9との交信を示すそのランプは、依然として緑色のままだった。
(ヤン伍長……)
敵施設内に爆薬を仕掛けに行ったはずのヤン伍長からの連絡がない。予定時刻から既に数分が経過している。
「後三分……後三分、ウルズ9からの連絡がなければ……」
そのとき、画面端の交信ランプが赤に切り替わった。
『……ザザ……こちら……ルズ9! 爆薬の設置には成功、しかし敵に発見され現在交戦中! 繰り返す、爆薬の設置は成功!』
無線の向こうでは銃弾の弾ける音がひっきりなしに鳴っている。
『分かった! ウルズ9は速やかに撤退しろ』
戦闘中のクルーゾーが指揮を出す。その直後、
『りょうか……ぐあっ!?』
くぐもった悲鳴と無線機が地面と衝突する音が聞こえた。撃たれた。誰もがそう思った。
『ウ、ウルズ9!?』
『ちょっと、どうしたのさ!』
マオの声が割り込んでくる。
「ウルズ9、状況を」
震える声を押さえてテッサは聞いた。
『右胸部に……げほっ……被だ……ん……残念ですが助かりそうには……』
スピーカーからヤンの苦しそうな声が聞こえてくる。
『誰か手の回せる者は早く救助に!』
ウルズ1の指示が飛ぶ。
『いえ……無駄ですよ……』
『ヤン?』
『運悪く……急所です。今から……じゃ……間に合いそうもないですね……』
それを聞いて他のウルズナンバーたちが叱咤を飛ばす。横にいたカリーニンは何も言わなかった。
『君たちに会えて……よかった……本当に……』
それが彼の最後の言葉だった。島の中央部、目標の施設から爆音と爆炎が立ち上る。それは作戦のほぼ成功と同時に、またもや仲間を失ったことを意味していた。
「……」
力なくうなだれたテッサに、カリーニンはこう言ってきた。
「契約の範囲です、大佐殿。ご指示を」
テッサは思わず彼を振り仰いだ。このロシア人は目の前で部下が次々と死んでいっているというのに、その死をなんとも思わないのだろうか? よりにもよって「契約」の一言で済ますなんて。
だが、じっとモニターを睨むカリーニンをみて、これが経験の差なのだと思い知らされた。自分は確かに彼よりも階級が上だが、経験において自分はカリーニンの半分にも至らない。さっきマデューカスも言っていた。これが戦争なのだと。そうだ。戦争なら、常にこちらに死人が出ないなんて状況はありえない。実際、そうなりかけたことも今までに幾度となくあったはずだ。
だが、気を持ち直したテッサは再び奈落の底へ落とされることとなった。
ヤンが戦死してから僅か三分後のことだった。敵機に狙われたウルズ2をかばってウルズ6がコクピットに被弾したのだ。今まで<ラムダドライバ>に吹き飛ばされ、途方もない大きさのASから雨のように降り注ぐ灼熱の銃弾の中をかいくぐって生き延びてきた彼も、今度こそ絶望的だった。
真っ青になって目を見開くテッサに、下士官の報告が追い討ちをかける。
「地下から熱源反応……上がってきます。バカな……これは……」
「どうした」
カリーニンが促す。
「これは……<アーバレスト>……です。先ほどの<ファルケ>と同じ……完全なコピーです。恐らく『例の装置』も…………」
「何ですって……!」
画面に映し出されているのは、紛れもなく<アーバレスト>そのものだった。<スティング>からのデータを考慮しても<ラムダドライバ>が積まれている事は明らかだった。ただ一つ、気にかかることがあった。コクピットにオペレーターの反応がないのだ。つまり、この機体は無人ということになる。そんなものを出してどうしようというのか?
テッサが思案しているうちにウルズ7の機体、すなわち宗介が敵と対峙していた。クルーゾーとマオは撤退するようだ。この場合、それは正しい判断だった。<ラムダドライバ>搭載機があるならそれだけで戦った方が被害が少ない。はっきり言って<M9>では<アーバレスト>に勝つことはほぼ不可能だ。
宗介の操る<アーバレスト>は<ラムダドライバ>によって瞬時に<ファルケ>タイプを沈黙させた。
「これは……」
コンソールに表示される数値を見てテッサは思わず息を飲んだ。今までのデータにあるまじき高数値がたたき出されたのある。
(これなら……勝てるはずです)
だが、そう上手くはいかなかった。敵の<アーバレスト>は宗介と全く同じ動きで撃ち、そして避けた。まるで鏡のように白と黒の機体がぶつかっては跳ねる。
この不思議な現象で、思い当たるのは敵機のコクピットにしかない。もし敵の動きを瞬時に読み取って同じ行動を取るような仕組みのプログラムがあれば? そして、それを作ることはできるか……? 答えはイエスだ。自分の兄なら……それも可能だろう。そう、<M9>や<アーバレスト>のコピーを作ることなんてそれこそ簡単なことだろう。向こうはこちらと幾度となく闘い機体のデータを持っている上に、彼は自分よりも優秀なのだ。……認めたくないことだが。
頭の中のもやもやを取り払ってテッサは宗介に通信を繋いだ。
「ウルズ7、応答せよ。ウルズ7」
『こちらウルズ7! 現在交戦中! 用件はできるだけ簡潔にお願いします!』
切羽詰った彼の声。だが、相手と同じ動きをするようにプログラミングされている以上、焦っても無意味なことだ。
「サガラさん、落ち着いてください。一度しか言いませんからよく聞いて……」
『すみません、大佐殿! 早く言ってくださ……ちぃっ!』
「……。分かりました。それでは言います。その機体には……人は乗っていません」
『!? 無人機!?』
「そうです。そして、恐らくあなたの動くとおりの行動するようプログラミングされているはずです」
そうはいったものの、状況を打破する手段は見つからなかった。そのプログラムをみてない以上、他の機体で近づいていって自爆でもされたらひとたまりもない。いや、きっとそうするはずだ。もし……もし、自分が兄の立場ならそうするだろうから。もし自分が悪意を込めれば、きっとそうするに違いない。結局、自分も正義ぶっているだけでテロリストたちと何ら変わりないのだ。いや、今はこんなことを考えている場合ではない。あの機体を一刻も早く無力化せねば。考えていると、宗介から通信が入った。
『これより敵機を沈黙させます。……<アーバレスト>の回収をお願いします』
どうやってこの状況を変えるというのだろう。同じように動かれる宗介に一体どのような手段があるというのか?
「何をするつもりです……」
テッサが言い終わらないうちに、宗介は行動に出ていた。単分子カッターを手に握り振り上げたのだ。
「!?」
そこでようやく彼の意図がわかった。敵が同じように動くならこっちが自滅すればいい。そう考えたのだろう。
「ウルズ7! やめ…………っ!!」
テッサの叫びも空しく、<アーバレスト>はコクピットを自ら引き裂き、敵機とともに爆発四散した。


「あ……あ……」
「サガラ……軍曹……」
思わずマデューカスも呟いていた。デ・ダナンが沈黙に包まれる。
全ては一瞬の出来事だった。
「これにて……作戦は終了します。各輸送ヘリ部隊は<M9>、<アーバレスト>の回収、及び生存者の確認を」
『イエス・マム』
テッサの号令で甲板からヘリが飛び立つ。生存者の確認、とはいったものの、帰還した人間以外は絶望的だろう。
「これが……戦争……」
これが、自分の歩まねばならない道。そのことを嫌というほど思い知らされた。

<続く>


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