4
「よぉ、行くのかい」
「えぇ。長い間、お世話になりました」
「気にすんねぇ。ハナから、お前さんがいなきゃできなかったことさ」
いつだって、そうして微笑んでくれる。
米田さんがいればこその帝劇。
「それでも、こうして途中で花組を離れること、お許し下さいませ」
「何とかならぁな。お前さんが何を心配してるのかはわからんが、天下の花組だぜ」
「アイリスが育つまでと、思っておりましたのに」
「……舞台は、あいつらを信じてやりな。お前さんの残したものが、きっとあいつらを救うぜ」
他人に多くを語らせない。
何かを言おうとしていても、米田さんの言葉が代弁をしてくれているようで。
米田一基がもっとも恐れられている理由は、それに尽きる。
「花組の戦闘に、支障は出るのでしょうか」
「些細なことだ。お前さんがいなくても、別の形に昇華できる。それが、今の花組だ」
きっぱりと言い切ってくれて、ありがとうございます。
これで、何も恐れることなく、花組をあとにできますわ。
「……失礼致します」
「あぁ。戻ってきてもかまわねぇ。ここは、お前さんの家だぜ」
……米田さん。
「いってきます」
きっと、米田さんは笑っていらっしゃるのね。
この部屋を出て行く私のことを。
そして、応援してくださる。実の娘のように。
いつか、誰かが出て行くときも。そして、新しい娘が入ってくるときも。
米田一基。貴方がいればこその帝劇。
支配人室を出て見れば、ロビーまでの廊下に佇む一人の青年。
もどかしいほどに鈍感で、もどかしいほどに強情で。
「中尉……お世話になりました」
「行くのかい」
「えぇ。神崎の両親が待っていますので」
「もしかしたら、引退公演で呼び戻すかもしれない。それは、お願いできるかな」
「まぁ。もう一度ライトを浴びさせていただけるというのなら、願ってもない幸運ですわ」
「一度だけ、かい」
「そう、一度だけ。ですわ」
私自身の手で、幕は下ろします。
他人に何度上げられても、幕を下ろすのは私自身の手で。
そのことは、おわかり下さいな、中尉。
「わかった。これからも、頑張って」
「もちろんですわ。花組で学んだこと、決して忘れはしません」
もちろん、中尉に負けないほどの男も捕まえてみせますわ。
中尉に、逃がした魚は大きいと思われるように。
「ロビーまで、送らせてくれないか」
「お願いいたしますわ」
触れ合った指先に、熱を感じることは、もうない。
女性の指先よりは少し温かい手のひらが、温かいと感じるだけ。
中尉への懸想も、既に過去のものですわね。
今の中尉には、誰よりも愛しい方がいらっしゃるから。
ロビーについてみれば、みなさんが待っていた。
本当に、お節介な方達ですこと。
「すみれはん、元気でな」
「さよならでーす」
「さようなら」
紅蘭、織姫、レニ。みんな、ありがとう。
私の旅立ちを、認めてくださるのね。
「皆様、ありがとうございます。これからも、お元気で」
深々と一礼をして、中尉から荷物を受け取った。
衣装は既に送っておいたのに、何故か送れなかった品物を詰め込んだかばん。
中身はごくごく下らないものばかり。そして、私の宝物。
「すみれ、これは花組のみんなからよ」
マリアさんにいただいた、シンプルな花束。
おしいただいて、微笑まなければならないところ。
「ありがとうございます」
微笑んだ。
微笑んでみせた。
トップスタァですもの。
神崎すみれは、劇場を出るその時まで、トップスタァですもの。
「アイリス、美しくおなりなさい」
「……うん」
マリアさんにしがみついて、必死で泣かないとしなくてもよろしいのよ。
貴方はまだ、これからの少女なの。
「レニ、あとのこと、よろしくお願いしますわ」
「了解」
これからの華撃団の中心は、貴方が担うのでしょうね。
私にはない一撃で、貴方なら部隊の穴を埋められるわ。
「紅蘭、舞台の方は任せましたわ」
「まかしとき。盛大にやったるさかい」
女役として、アイリスまでのつなぎとして。
紅蘭なら、きっと上手につないでくれる。
「織姫さん、さくらさん、お元気で」
「すみれさんも、お元気で」
さぁ、泣いてはいけませんわ。
これからが、この別れのクライマックスですわ。
「カンナさん、マリアさん……」
「じゃあな」
「失礼致します」
本当に、気のきかない人ね。
アナタのその声、涙をこらえているのが丸わかりですわよ。
大根役者。そのあとの帝劇を、私が知ることはなかった。
風に聞く、舞台の成功は、私にとって遠い出来事。
必ず送られてくる花組のチケットも、毎回行けるほどの余裕はない。
私は幕を下ろしたのだ。女優・神崎すみれの幕を。
今の私は、神崎重工の神崎すみれ。
帝撃の財政を支えるスポンサー。もう、光は当たらない。
私は幕の中に隠れているべき、裏方なのだから。<幕を引く力 終わり>
あとがき・いまどきの若い者
限界ぎりぎりの綱渡りを楽しんでいる、小田原峻祐です。
何がぎりぎりかって、何もかもです。
突発的に書きたくなる、サクラ大戦のSS。
個性的なキャラクターに演じさせたい話が浮かべば、自然と筆が進みます。
今回は、すみれ引退話。時期遅れですけど。
サクラ大戦にとって、すみれの引退は何を意味してるのか。
基本的にサクラ大戦のさくらは、女優としてまだまだの筈。
アイリスに至っては、まだまだ子役の域を脱していません。
ゲームの世界に限って言うなれば、すみれ引退は帝劇にとっての大打撃ともとれます。
でも、あっさりと引退させるんですよね。大神も米田も。
すみれの意志が固かったといえばそれまでなのですが、すみれがいたから可能な面が多いのも帝劇の謎。
OVAでは、すみれがテストパイロットだという設定もありましたし。
年は若いくせに、古株だと言うのも、微妙な設定ですよね。
引退したあとの帝劇がゲームになりにくいような気もしたり。
まぁ、今回はとにもかくにも神崎すみれ。
帝劇を巣立つという言葉が一番似合うのは、やはりすみれです。
他のメンバーって、微妙に最終の居場所であったり、居候だったりします。
さくらなんて、一体どこで引退させればいいのかわかんないし。
紅蘭だったら、霊力がなくなるっていう、幕引きがされてしまう可能性があるし。
やっぱり、自分の意志で立ち去るのが似合うのは、すみれかなって。
書いてみてわかったのは、自分はすみれが好きじゃないってこと(笑)
大神と絡ませなかったものなぁ……絡みが思いつかないところに、すみれ嫌いを感じました。
でも、嫌いなのと書きたい欲求は別物なんです。
それでは、これにて。小田原峻祐さん。有難うございましたm(_ _)m。半年以上ぶりの投稿作品ですからねぇ。ホント来ないなぁ(X_X)。
ゲーム中でも舞台(歌謡ショウ)上でもとってもビックリした「すみれ引退」の報。
ゲームはともかく(?)、歌謡ショウはどうなるんだよ!? そんな風に思ったものでございます。
確かに結構あっさりと引退しちゃうんですよね。
彼女は一度言い出したら引かない性分ですが、同時に感情だけで動かないタイプ。一瞬だろうが長時間だろうが考えてから動くタイプです(と思ってます、管理人は)。
それを知っているからこそ「考えた末の結論に水は差さない」と彼女の好きにさせたのではないかと思います(管理人は)。
神崎すみれが舞台を去っても、帝国歌劇団が無くなった訳ではない。その舞台は今でも年に2度観る事ができます。
……料金高いけどな(苦笑)。
――管理人より。