『幕を引く力 後編』


「よぉ、行くのかい」
「えぇ。長い間、お世話になりました」
「気にすんねぇ。ハナから、お前さんがいなきゃできなかったことさ」
いつだって、そうして微笑んでくれる。
米田さんがいればこその帝劇。
「それでも、こうして途中で花組を離れること、お許し下さいませ」
「何とかならぁな。お前さんが何を心配してるのかはわからんが、天下の花組だぜ」
「アイリスが育つまでと、思っておりましたのに」
「……舞台は、あいつらを信じてやりな。お前さんの残したものが、きっとあいつらを救うぜ」
他人に多くを語らせない。
何かを言おうとしていても、米田さんの言葉が代弁をしてくれているようで。
米田一基がもっとも恐れられている理由は、それに尽きる。
「花組の戦闘に、支障は出るのでしょうか」
「些細なことだ。お前さんがいなくても、別の形に昇華できる。それが、今の花組だ」
きっぱりと言い切ってくれて、ありがとうございます。
これで、何も恐れることなく、花組をあとにできますわ。
「……失礼致します」
「あぁ。戻ってきてもかまわねぇ。ここは、お前さんの家だぜ」
……米田さん。
「いってきます」
きっと、米田さんは笑っていらっしゃるのね。
この部屋を出て行く私のことを。
そして、応援してくださる。実の娘のように。
いつか、誰かが出て行くときも。そして、新しい娘が入ってくるときも。
米田一基。貴方がいればこその帝劇。
支配人室を出て見れば、ロビーまでの廊下に佇む一人の青年。
もどかしいほどに鈍感で、もどかしいほどに強情で。
「中尉……お世話になりました」
「行くのかい」
「えぇ。神崎の両親が待っていますので」
「もしかしたら、引退公演で呼び戻すかもしれない。それは、お願いできるかな」
「まぁ。もう一度ライトを浴びさせていただけるというのなら、願ってもない幸運ですわ」
「一度だけ、かい」
「そう、一度だけ。ですわ」
私自身の手で、幕は下ろします。
他人に何度上げられても、幕を下ろすのは私自身の手で。
そのことは、おわかり下さいな、中尉。
「わかった。これからも、頑張って」
「もちろんですわ。花組で学んだこと、決して忘れはしません」
もちろん、中尉に負けないほどの男も捕まえてみせますわ。
中尉に、逃がした魚は大きいと思われるように。
「ロビーまで、送らせてくれないか」
「お願いいたしますわ」
触れ合った指先に、熱を感じることは、もうない。
女性の指先よりは少し温かい手のひらが、温かいと感じるだけ。
中尉への懸想も、既に過去のものですわね。
今の中尉には、誰よりも愛しい方がいらっしゃるから。
ロビーについてみれば、みなさんが待っていた。
本当に、お節介な方達ですこと。
「すみれはん、元気でな」
「さよならでーす」
「さようなら」
紅蘭、織姫、レニ。みんな、ありがとう。
私の旅立ちを、認めてくださるのね。
「皆様、ありがとうございます。これからも、お元気で」
深々と一礼をして、中尉から荷物を受け取った。
衣装は既に送っておいたのに、何故か送れなかった品物を詰め込んだかばん。
中身はごくごく下らないものばかり。そして、私の宝物。
「すみれ、これは花組のみんなからよ」
マリアさんにいただいた、シンプルな花束。
おしいただいて、微笑まなければならないところ。
「ありがとうございます」
微笑んだ。
微笑んでみせた。
トップスタァですもの。
神崎すみれは、劇場を出るその時まで、トップスタァですもの。
「アイリス、美しくおなりなさい」
「……うん」
マリアさんにしがみついて、必死で泣かないとしなくてもよろしいのよ。
貴方はまだ、これからの少女なの。
「レニ、あとのこと、よろしくお願いしますわ」
「了解」
これからの華撃団の中心は、貴方が担うのでしょうね。
私にはない一撃で、貴方なら部隊の穴を埋められるわ。
「紅蘭、舞台の方は任せましたわ」
「まかしとき。盛大にやったるさかい」
女役として、アイリスまでのつなぎとして。
紅蘭なら、きっと上手につないでくれる。
「織姫さん、さくらさん、お元気で」
「すみれさんも、お元気で」
さぁ、泣いてはいけませんわ。
これからが、この別れのクライマックスですわ。
「カンナさん、マリアさん……」
「じゃあな」
「失礼致します」
本当に、気のきかない人ね。
アナタのその声、涙をこらえているのが丸わかりですわよ。
大根役者。

そのあとの帝劇を、私が知ることはなかった。
風に聞く、舞台の成功は、私にとって遠い出来事。
必ず送られてくる花組のチケットも、毎回行けるほどの余裕はない。
私は幕を下ろしたのだ。女優・神崎すみれの幕を。
今の私は、神崎重工の神崎すみれ。
帝撃の財政を支えるスポンサー。

もう、光は当たらない。
私は幕の中に隠れているべき、裏方なのだから。

<幕を引く力 終わり>


あとがき・いまどきの若い者

限界ぎりぎりの綱渡りを楽しんでいる、小田原峻祐です。
何がぎりぎりかって、何もかもです。

突発的に書きたくなる、サクラ大戦のSS。
個性的なキャラクターに演じさせたい話が浮かべば、自然と筆が進みます。
今回は、すみれ引退話。時期遅れですけど。

サクラ大戦にとって、すみれの引退は何を意味してるのか。
基本的にサクラ大戦のさくらは、女優としてまだまだの筈。
アイリスに至っては、まだまだ子役の域を脱していません。
ゲームの世界に限って言うなれば、すみれ引退は帝劇にとっての大打撃ともとれます。
でも、あっさりと引退させるんですよね。大神も米田も。

すみれの意志が固かったといえばそれまでなのですが、すみれがいたから可能な面が多いのも帝劇の謎。
OVAでは、すみれがテストパイロットだという設定もありましたし。
年は若いくせに、古株だと言うのも、微妙な設定ですよね。
引退したあとの帝劇がゲームになりにくいような気もしたり。

まぁ、今回はとにもかくにも神崎すみれ。
帝劇を巣立つという言葉が一番似合うのは、やはりすみれです。
他のメンバーって、微妙に最終の居場所であったり、居候だったりします。
さくらなんて、一体どこで引退させればいいのかわかんないし。
紅蘭だったら、霊力がなくなるっていう、幕引きがされてしまう可能性があるし。
やっぱり、自分の意志で立ち去るのが似合うのは、すみれかなって。

書いてみてわかったのは、自分はすみれが好きじゃないってこと(笑)
大神と絡ませなかったものなぁ……絡みが思いつかないところに、すみれ嫌いを感じました。
でも、嫌いなのと書きたい欲求は別物なんです。

それでは、これにて。

小田原峻祐さん。有難うございましたm(_ _)m。半年以上ぶりの投稿作品ですからねぇ。ホント来ないなぁ(X_X)。

ゲーム中でも舞台(歌謡ショウ)上でもとってもビックリした「すみれ引退」の報。
ゲームはともかく(?)、歌謡ショウはどうなるんだよ!? そんな風に思ったものでございます。
確かに結構あっさりと引退しちゃうんですよね。
彼女は一度言い出したら引かない性分ですが、同時に感情だけで動かないタイプ。一瞬だろうが長時間だろうが考えてから動くタイプです(と思ってます、管理人は)。
それを知っているからこそ「考えた末の結論に水は差さない」と彼女の好きにさせたのではないかと思います(管理人は)。

神崎すみれが舞台を去っても、帝国歌劇団が無くなった訳ではない。その舞台は今でも年に2度観る事ができます。
……料金高いけどな(苦笑)。
――管理人より。


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