「Baskerville FAN-TAIL the 35th.」 VS. OQUI ISSY
爆発によって爆ぜ飛んだ地面は土煙を作り上げ、視界が一切効かなくなる。
だがこの爆発そのものは幻覚である。しかし極めて高度な幻覚は現実と大差がない。
それは受けた本人が本物と思ってしまうから。少しでもそう思ってしまえば、それは確実に心身に影響を与える。事態によっては死にもする。
しかし、それに巻き込まれた神父のオニックス・クーパーブラックは腰に下げたままの小太刀・梵天丸(ぼんてんまる)に触れたまま、小さく呪文のような言葉を呟いていた。
『……天下の武神と謳われた岩蔭(いわかげ)様でも何もできませんか』
彼の上で宙に浮いたままの細身の人影二つ。そのうちの右側の方が哀れみの目で彼らを見下ろしながら呟く。
ところが。その哀れみの目を浮かべていた表情が凍りつく。なぜなら浮いていた筈の身体が勝手に地面に向かって降り出したからだ。
『これは一体どうなっている?』
浮こうとしているのに全く浮けない。何かの力で引きずり下ろされている訳でもない。
『まさか』
二つの人影の左側の方が、何かに気づいたらしく、クーパーの方を見やった。
二つの人影が次第に地面に降りていくのと同時に、周囲に舞っていた土煙が不自然な早さで消えていく。爆ぜ飛んでいた筈の地面が元の通りに変わっていく。
そう。幻覚が打ち消されて行っているのだ。
どんな優れた幻覚であってもしょせんは魔法。その魔法を打ち消す方法は存在する。
反魔法、抗魔法と呼ばれる技である。効果があるかどうかは基本互いの術者の力量差に左右される。
反魔法を使う側の力量が上ならば効く、そうでなければ効かない。それだけの話だ。
それがこんなにもあっさりと効いているのだから、互いの力量差は一目瞭然。
しかもクーパーは仲間——恵まれた巨躯を持つ女性・宋朝(そうちょう)と二対の翼を持つ白い神鳥・スズエド一羽——の協力はあったが、丸一昼夜無数の天使軍団達を相手にした後で、これだけの事ができる力が残っていたのである。
二つの人影——カナL(える)とカナS(えす)の二人は、それでも表面上は動揺を見せずに地上でクーパー達と対峙していた。
それは、この魔法には欠点があるからだ。それはこの魔法は効力が切れるか打ち消されるまで効き続けている事だ。
その間はこの周辺では敵の魔法はもちろん、味方の魔法も打ち消してしまう事。だからお互いに魔法、それに準ずるものは何も使えなくなる。
いくら実力差はあっても、魔法が使えずとも、疲労困憊した者達ならほとんど疲れていない自分達に多少なりとも分がある。そう踏んだからだ。
その根拠は自分達には祖先が堕天使という血統と、古き創造神から授かった力があるからである。
それはお互い理解している。だがクーパーはあえて口を開いた。
「お二方。これ以上戦うのは意味がありません。どうか、退いて下さい」
さすがに少し息が上がっているクーパーの問いかけに、カナLとカナSの二人は、
『断る』
自信満々に胸を張り、堂々と立っている。その様子はまさに「威風堂々」という言葉がピッタリだ。
二人を見つめる宋朝は、つい先ほど投げつけた短剣が片方の顔面に突き立ったのに無傷だったのを思い出していた。
仕組みや仕掛けは分らないが、おそらくこちらの物理的な攻撃は何も効かないと分かっているからこその余裕だろう。
「ボク達の攻撃は、おそらくお二方には効かないでしょう。そして、お二方の攻撃ではボク達は倒せない。ただ時間が過ぎていくだけです」
クーパーはそう言いつつも、それこそが彼らの狙いだという事は理解していた。
元々クーパー達が今戦っている理由は、この世界を滅ぼそうとしている古の創造神オクヰ・イシの野望を止めるためである。そのオクヰ・イシが二人に何かの策や力を与えたであろう事も分かっている。
オクヰ・イシはこの先にあるカツォオス・ウサ山にあると伝わる大砲を使う気なのである。
その大砲は膨大な魔力を注ぎ込めばこの地上を一撃で総て吹き飛ばすと云われている物だ。
その「膨大な魔力」を確保し、今まさに大砲を撃つための準備をしている最中なのだ。
本当なら一刻も早く先を行っている仲間達と合流したいところではあるが、この厄介な二人を引き連れて行く訳にはいかない。
まさに膠着状態であった。


クーパーが思う、先を行っている仲間達は、ロボット・シャドウの全エネルギーを使った「捨て身の」砲撃で空いた穴を一気に駆け抜けていた。
全身をマントですっぽりと覆った魔族の女性・コーランは両脇に仲間の武闘家バーナム・ガラモンドと、親友の忘れ形見の女剣士グライダ・バンビールを抱えていた。
この穴を抜けた先に待つ古の創造神オクヰ・イシとの戦いに備え、二人の力をほんのわずかでも温存させるためである。
これからの戦いは人間対神。ほんのわずかの何かが決定的な違いになる。
これまで何の活躍もできておらず不満をあらわにしていたバーナムも、しゃべる体力すら惜しむようにぐっと押し黙っている。 
グライダもこれから待つ戦い、それ以上に、この先にいるであろう、妹のセリファを心配し、黙り込んでいる。
オクヰ・イシに囚われ、大砲の「エネルギー」にされるべく掠われたのだ。その身体に秘められたほぼ無尽蔵の魔力に目をつけられて。
「おいコーラン、シャドウが言ってた通り、穴が閉じてきてるぞ!」
チラリと後ろを見たバーナムが怒鳴る。
これまで歩いてきたカツォオス・ウサ山の下の迷宮は、オクヰ・イシの力が働いているらしく延々と道が変わり続けている。その影響か穴を開けてもすぐに塞がってしまう。
コーランはこれでも全力で駆けているが、おそらくオクヰ・イシに感づかれたのだろう。ピンポイントでこの穴を塞ぎにかかったとみて間違いはない。
だが間一髪。塞がる前にコーランは穴を駆け抜けた。その緩めた腕からバーナムとグライダが抜け出し、着地と同時に周囲を警戒する。
シャドウの言う事が正しいならここにオクヰ・イシ、もしくはセリファがいる筈なのだ。間違っても油断していい状況ではない。
ここはそこそこ広いホールのようになっており、天井の大穴から光が入ってきているので少々薄暗い程度で行動に不自由はない。
そのホールの中央に見慣れないものが一つあるのが見えた。
それは岩でできた柱。高さはこの中でも長身のコーランの数倍。太さはそれほどでもない。
問題なのは、その柱の下にある台座の部分だ。
岩でできているらしいその台座に埋め込まれているのは間違いなくセリファだという事だ。
まるで岩に埋め込まれているかのように顔と片腕、片足だけが表に出ており、後は岩の中。まるで眠っているように目を閉じて何も反応を示さない。
「あれがクーパーの言ってた大砲ってヤツなの?」
グライダが台座に埋め込まれたセリファの痛々しい姿を見て、怒りを押し殺している。
「多分ね。岩でできてるっぽいけど、殴ったくらいで壊れるとは思えないわね」
コーランが今にも駆け出しそうなグライダを押えながらそう言い、小さく何やら呟く。
「……魔力を吸収するって話だけど、魔法は使えるようね」
何かの魔法を使ったのだろう。そしてそれが無事に発動した事からそう判断したコーラン。
彼女は以前「魔法喰らい」という本に出会った事がある。本の近くで発動したあらゆる魔法を吸収する能力を持つ本だ。
その時は普通の魔法はもちろんグライダの手に宿っている魔法剣を出しただけでその剣が丸ごとその本に「喰われた」。だが今回はそういった雰囲気がない。
これならば大砲の破壊に魔法を使う事も可能だろう。効くかどうかは分からないが。
ところが——
セリファの元へ駆け寄ろうとした一行の前に、いきなり現れて立ち塞がってきた中年女性。
その顔にコーランもグライダも見覚えがあった。
「オクヰ・イシね。古の創造神らしいけど」
コーランは彼女を凝視してそう言うと、マントの下で両手の指を組み、すぐ魔法が使えるよう体勢を整える。
グライダもすぐに両手に意識を集中し、右手に炎の魔剣レーヴァテイン、左手に光の聖剣エクスカリバーを出現させる。
バーナムも当然武闘家らしく身構える。相手に対して身体を横にし、左腕を突き出して右腕を引いた構え。彼の流派では「弓引絞(きゅういんこう)」と呼ばれる構えだ。
「単刀直入に。セリファを返してもらう」
グライダは二振りの剣の刃を交差させる。刃からバチバチッと鋭い火花が上がり、それがX字の閃光となってオクヰ・イシめがけ飛んでいく。
だが一直線にオクヰ・イシに向かっていた閃光は、彼女が指を小さく振っただけで急に軌道を変え、岩の柱の頂上に向かって行き、そこに吸い込まれるように消えていった。
「……やっぱり」
コーランはその様子を見て確信した。
やっぱりこの岩の柱がその「大砲」なのだ。だがグライダの魔法剣そのものは吸収できなくても、閃光は魔法とみなされたらしく吸収されてしまった。
コーランが魔法で移植した自身の両腕両脚も未だ健在だし、さっき使ってみたちょっとした魔法は吸収されていない。
そしてオクヰ・イシが指を振って閃光の軌道を変えた事そのものも魔法とはみなされていないようだ。
コーランにはそれらの違いに区別がつけられなかった。自身もそれなりに知識は持っていると自負していたが、しょせんは魔界で生まれ育った者。神の事となるとやはりクーパーには数段劣る。
魔法で攻撃をするつもりだったが作戦を変えるべきだろうか。魔法ではなく「気」で戦うバーナムを中心に戦法を組み立てていくべきだろうか。
コーランがそれを二人に伝えようとした時、オクヰ・イシは大きく手を振り上げ、鋭く振り下ろした。
びしっっっ。
何かが裂けるような音。そして突風が通り抜けたような風圧。充分距離は取っていたが三人をぐらつかせる威力。
魔法としか思えないがどうも微妙に魔法らしくない気がする。
『驚く事はないでしょう。我は衰えたとはいえ神ですよ?』
驚いて動けない三人に、オクヰ・イシは穏やかな笑みを浮かべて言った。
神とは何かを司る者。その言葉、動きそのものが人間から見れば総てが超常現象=魔法になるのだ。
腕を振れば風が巻き起こり、足踏みをすれば大地が揺れる。言葉を発すれば物事がその通りとなる。
神々が基本人間の世界に首を突っ込んでこないのはそれが理由である。神々が好き勝手にあれこれやっては、世界は何度滅んでも滅び足りないだろう。
そしてコーランのような魔族には呪文を唱えずとも魔法を発動させる能力を持った種族が多い。そして魔族の何割かはかつて神だったものの末裔。
グライダの閃光の軌道を変えたのも今の突風にも説明がつく。これは魔法に見えるが厳密には魔法ではない。
だが神がこの世界に来る時——そんな事は滅多にないが——は、この世界の基準に「合わせる」事になる。そのためかなり弱体化してしまうのだ。
しかし。弱体化してもこの威力である。いくら何でもバーナム一人に任せる訳にもいかない。
「作戦変更、するべきかしらね」
さしものコーランも、いささか弱気な言葉が漏れた。


一方シャーケンの港町。
レグナ社社長のシイ=ホソミイ……もといオクヰ・イシの策略により、スマートフォン「中毒」となってしまった大量の人間達。
今では生きているだけの人形となってしまっており、難を逃れた数少ない人間達が町中を駆け回って対策に追われていた。
そんな中現れた魔界の一部族・械人(かいじん)の王子イダサインが、指導者らしく陣頭指揮をとり、だいぶ対策は進むようになっていった。
それでも圧倒的に人手が足りない。文字通り休む間もなく動くしかない状態だ。
そんなイダサインは、魔界の警察機構である治安維持隊の分所内の一室にいた。
「ソラーナ・ミンチャオ殿。現状はどうなっている?」
傍らでノートパソコンを操作し続けている少女に声をかけた。
彼女は古風なデザインの黒いドレスに全身を包み、手には手袋、首にはチョーカー、つばの大きな黒い帽子を深く被って金の髪と顔を隠していた。
イダサインが抱えている、赤ん坊のように布に包まった初老の男・マルシウィは悲しそうな顔をすると、
「かろうじて動ける者達に疲労がたまっているな。効率が落ちている」
確かに動ける人間が少ない中、ろくに休ませずに飛び回ってもらっているのだ。仕方ない。しかし休んでいる暇がないのだ。そこは分かってもらうしかない。割り切るしかない。
そんな中、分所内の電話が鳴り出した。町を行く誰かからの連絡だろう。イダサインがすぐ電話に出る。
『何カ妙ナ物ヲ見ツケタゾ』
たどたどしい言葉使いが聞こえてきた。この声は魔族の魔術師でガナテンセンである。全身真っ赤な肌をし、針金のように細い身体の持ち主である。
「場所はどこだ、ガナテンセン殿」 
『れぐな社本社ダ。ソコノ最上階。変ナ二人ガ機械ニ繋ゲラレテル』
それを聞いたソラーナはノートパソコンのキーを激しく叩き出した。ハッキングを仕掛けて社内の監視カメラを掌握。最上階のその様子を確認するためだ。
十秒ほどでその作業は終わり、画面の一画にその様子が映し出される。その部屋をザッと観察したイダサインは、
「この二人はカナLとカナSという二人組だな。先日治安維持隊に捕まり、釈放されたと聞いているが」
イダサインが聞いたところでは、詐欺を働いていたが保釈金を積まれて釈放されたらしいが。
「それにこの機械。何をする為の物だ? ガナテンセン殿。機械は不得手だろうが、何か分からないか?」
イダサインの無茶振りでしかない注文にガナテンセンは機械を注意深く見回し、自身も何らかの魔法を使っている。
『何ラカノ魔法ガ働イテイルノハ分カルノダガ……』
「自身の意識を何かに移す機械だな。魔法だけでもそういう芸当はできるが……」
マルシウィはすぐにその事を見抜いたが、
「魔法の効果を高レベルで安定させる為にサポートさせる機械」
キーボードをひたすら叩きながらソラーナが自分の分析を述べる。
この場所から機械を操作、もしくは破壊できないかと試みているが、どうやら物理的に外部の回線から独立しているらしく、映像に映すのが精一杯だった。
『何カ上ノ方カラ変ナ音ガ……』
監視カメラ内のガナテンセンが真上を見る。同時にギョッとした表情で部屋の入口に向かってそろそろと、しかし急ぎ歩きしている。
「どうした、何があった?」
『マズイ。天井ニ派手ニひびガ入ッテル』
監視カメラにはその様子は映っていないが、よく見れば天井に固定されているらしい監視カメラの映像が微妙にブレが発生している。
直後。カメラの映像が途切れそこにはノイズだけが映っているだけだった。
映像だけだったので一体何がどうなっているのかサッパリ分からない。そんな表情を浮かべる室内の三名。
だが数分経つと繋がりっぱなしだった電話からガナテンセンの声が聞こえてきた。
『原因ガ分カッタゾ』
ガナテンセンはその極めて細身の身体と生まれ持った「空を飛べる」力で無事脱出し、上空からレグナ社ビルを観察しているという。
『屋上ニへりこぷたーガ墜落シテイタヨウダナ。ソレガびるノ天井ノ限界ヲ超エテ崩レタノダロウ』
眼下には墜落してグシャグシャになっていたヘリコプターで押し潰された最上階が見えていた。
だがもうもうと上げる土煙の中——ヘリコプターのコクピットに人がいる事が分かったのだ。
幸い操縦席は真上を向き瓦礫もなかったので、大急ぎで中から助け出す。
『へりこぷたーノ中ニ人ガイタ。トリアエズ助ケテオク』
それで通話は切れた。
結局あの機械で何をしようとしていたのかは正確には分からないだろう。詳しく調べる時間もなければ人手もない。
壊れて良かったのか悪かったのかも。
だがソラーナが、
「人手も時間もない。次に……いや、少し休ませた方がいいか」
最後に休憩の指示を出してから半日が過ぎようとしている。それぞれ独自に休憩、もしくはサボっているだろうが、一応指示は出しておこう。
ソラーナはそう考え、それぞれに連絡を取った。


クーパー達三人とカナLとカナSの睨み合いは続いている。どちらにも決め手がないので戦っても決着がつかないのが分かっているためだ。
その時この場の全員が一斉に、ある一点の方を見やった。それはカツォオス・ウサ山。しかも明らかに凝縮されても隠しきれない膨大なエネルギーを感じる。
「……準備が整ったのか」
若干の悔しさと寂しさのこもった声で宋朝が呟く。神鳥スズエドもだ。
直後。カツォオス・ウサ山の火口から噴火のように、溢れる光のエネルギーが天に向かって吹き出した。
しかしすぐにそのエネルギーがこちらに向かってくるのが分かった。その速度まさしく光の如し。
反応こそ全員ができたが、まともに動けたのはクーパーただ一人だった。彼は持っている大太刀・大蛇丸(おろちまる)を大上段に振り上げ光の前に身を投げ出していた。
全員の視界が光の色に染まる。神や眷属である彼らですら、何が何だかさっぱり分からなくなる。
視界が元に戻ると、クーパーが大太刀を振り下ろした状態で肩で息をしていた。その表情もかなり疲弊したものである。
カナLとカナSですら、その隙をついて逃げるなり攻撃するなりする考えが浮かばないほどだった。
『……光を斬ったのですが、岩蔭様』
スズエドの震える声。明らかに山脈一つ軽く吹き飛ばすエネルギー量を、神の剣を使ったとはいえ刀一本で斬り捨てたのだ。
だがその代償は大きく、大蛇丸の刃には大きな亀裂が。また同じ事ができる保証はない。
クーパーは自身の腰の彌天太刀(びてんのたち)と梵天丸(ぼんてんまる)をチラリと見る。
「……あと一回が限界でしょうね。お早くお願いしますよ、皆さん」
息も絶え絶えなか細い声が、彼の口から漏れた。

<To Be Continued>


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