「Baskerville FAN-TAIL the 15th.」 VS. Labogo & Umele
シャドウが言った通りに進むと、少し開けた広場に出た。
広場といっても大きさはちょっとしたグラウンドほど。遠目に見ると屋台が広場を埋め尽くしているとしか見えない。
明日になると、ここが珍しい品とそれを求める人々でも埋め尽くされるのだろう。
観察してみると、食べ物を扱う屋台などは一足早い掻き入れ時とばかりに派手に売り始めていた。
バザーの商品に関しては、お互いがお互いを監視して「抜けがけ」を防止しているが、食べ物は皆が欲しがっているもの。抜けがけには当たらないのだろう。たとえそれが魔界独自の食べ物だとしても。
そんな広場を歩いていると、早くも商人同士が大声で何やら話しているのがあちこちから聞こえる。商談なのか怒鳴りあいなのかはさっぱり分からないが。
その辺にいた商人らしき人物を捕まえて、ウメールについて聞いてみる事にした。
『ウメール? そういえば今日はまだ見てないなぁ。見たいもんじゃないけど』
苦笑しながらそう言う。確かにそうだと同意したコーランは、
『そうなんだけど、こっちもあいつに会わないとならないの。こいつのおかげで』
そう言って首にかかっている蛇の頭を指で軽く押しつぶす。
『よく分からんけど、大変だな。見かけたら知らせてやるよ。連絡先は?』
コーランは自分の携帯の番号を商人に教える。
彼は「分かった」と一言言うと、食べかけの木の実を蛇の口に放り込み、その場を去っていった。
ラボゴは木の実をごくんと飲み込むと、
『……結構うまいぞ、これ』
『食事は後にして。とりあえず、仮設住宅の方へ行ってみましょう』
自分がやるべき事をころっと忘れているかのようなラボゴの言動に、さしものコーランも呆れた。
仮設住宅前には、魔人や魔族だけではなく作業着姿の人界の者も見えた。彼らがこの仮設住宅を建てたのだろうか。
魔界の商人といっても、先程のウメールのようにこの町に住んでいる者もいれば、わざわざ出稼ぎ同然に人界に来ている者も多い。
だから、人界との習慣のギャップに戸惑う者や滞在費を惜しむ者もかなりいる。
しかしそういった者達がバラバラになっているのでは治安上の問題もあるので、運営委員会の出資でこうした仮設住宅を作っているのだ。
それに、ウメールの家からこの会場までは結構な距離がある。いちいち家に帰るよりはここに宿を取った方が便利な事は確かだ。実際そういう理由で仮説住宅に住まう魔界の商人も多い。
だが、そんな仮設住宅の前に何やら緊迫したムードが漂っていた。
『俺が先なんだ、邪魔するな!』
『何をっ!? そこは俺の部屋だ、帰れ!』
人垣の向こうを見ると、魔人の男と魔族の男がお互いの胸倉を掴みあげて、一触即発の状態になっていた。
『ケンカみたいね』
『そうらしいな』
君子危うきに近寄らず。二人がその場を離れようとした時、その場に銃声が響いた。
驚いて銃声がした方を見ると、銃を天に向けて発砲した人物がいた。
『ただちにケンカをやめなさい! さもなくば営業資格を剥奪しますよ!』
そう叫んだのは先程別れたナカゴだった。
『うるせぇ、治安維持隊はすっこんでろ!』
ケンカをしている二人の男はそう凄んでくるが、ナカゴも分所所長の肩書きは伊達ではない。問答無用で銃口を二人に向けると、容赦なく発砲した。
二人は短い悲鳴を上げ、揃ってその場にばたりと倒れる。
事の成りゆきに野次馬の顔色が青ざめる中、ナカゴは銃をホルスターに戻しながら、
『あ、皆さんご心配なく。単なるスタン弾ですから』
殺傷能力はないが、当たるとかなり痛い硬質ゴム製のスタン弾を撃ち込んだのだ。倒れた二人は、彼女の部下らしき者達に運ばれている。
『あ、サイカ先輩。来てたんですか!?』
ナカゴが二人の姿を確認して声をかけてくる。その場を離れたかった二人だが、仕方なく後始末の手伝いをする。
その間ナカゴは野次馬達からケンカのいきさつを聞き出していた。
原因は何という事はない。「部屋は早い者勝ち」だと勘違いしていた男と、入居登録を済ませた男が、同じ部屋の前で衝突しただけという些細な物。
『入居者の中に指名手配犯が紛れ込んでないかチェックに来た途端、これだもんなぁ』
ナカゴが一休みと称して買った屋台の料理——魚のすり身を揚げた団子・十個入——を頬張りながら愚痴をこぼす。コーランも彼女の手からそれをもらうと、
『私が聞いた情報だと、ウメールはここに入居の手続きを取ったらしいけど』
シャドウにべた惚れのナカゴに、彼からの情報だという事は伏せて伝える。ナカゴもう〜んと首を傾げると、
『こっちも本部でそれを聞いて割り当てられた部屋へ行ってみたんですけど、どうやら荷物を取りに自宅へ帰ったらしくて……』
どうやら、完全にすれ違いだったらしい。
三人は揃って溜め息をつくしかなかった。


それからコーランはナカゴと別れ、そこから少しばかり歩いた所にある食堂へ向かった。
いくら魔族がついているといっても、蛇と一緒に入っても大目に見てくれる食堂は数が少ないのは当たり前だ。
彼女が向かっているのも、そんな「大目に見てくれる」食堂の一つだ。
店内はかなり人が入っており、ラッシュの直後といった雰囲気があった。
コーランは店員に事情を話して運良く空いたばかりの席へ案内してもらう。席に着くと、ラボゴはテーブルの上にとぐろを巻いて、
『とりあえず、一服するか』
『そうね。さすがに少しは休憩しないと、あなたの身が持たないでしょうから』
今のラボゴは夜行性の蛇。それを無理して日中起きているのだ。彼女が傍目で見ていてもかなり眠気に支配されそうな感じがある。
『年かなぁ。前はこのくらいの徹夜、何でもなかったんだがな』
『あれから結構経つし。年は取りたくないわね』
相手の言葉を受け、ふと何気なくラボゴから視線を逸らして店内を見回すと、また見知った人物を発見した。
「今日は知り合い遭遇の当たり日?」
人界の言葉で呟くと、ラボゴに一言言って見知った人物の所へ向かった。
「オニックス」
コーランが声をかけたのは、オニックス・クーパーブラックという若い神父だ。
もっとも、他の友人達は「クーパー」と呼ぶが、魔界の住人であるコーランは「親しい相手はファーストネームで呼ぶ」魔界の習慣を貫いている。
「コーランさん。どうかしたんですか?」
彼はわざわざ食事中の手を休め、丁寧かつさわやかに応対してくれた。
「いや。ちょっと見かけたものだから。……今日は誰かと一緒なのかしら?」
クーパーのついているテーブルは二人用。彼の対面には食べかけの料理と、飲みかけのグラスが置かれていた。
「いえ。先程まで店が混んでいたので、たまたま相席になったんです。魔界の方だそうで」
その答えに彼女もなるほどと納得する。彼は神父という事と人が良さそうに見えるからか、よく相席を頼まれるのだそうだ。
「明日からのバザー関係者?」
「そうだと思います。携帯電話で仕入れがどうのと話していましたから。今は店の奥で電話をしていると思いますよ」
それなら、その人が戻ってきてからウメールの事を聞いてみようと決めた。こちらがあちこち動き回るよりも、商人仲間同士のコネの方が、この場合は遙かに有効であるから。
そしてコネは多いに越した事はない。
やがて、その「魔界の方」が戻ってきた。
腕にかけている、人界の風邪ウィルス防御を兼ねたマントは分かる。だが、それ以外が問題だった。
明らかにウィッグと分かる、ソバージュのかかった青と黄色のストライプの髪。
骨張った顔を化粧で真っ白に塗りたくり、レモンイエローの口紅に緑のアイシャドウ。
両手の指全部に原色バリバリの宝石をちりばめたリングを窮屈そうにはめ、爪にはワインレッドのラメ入りマニキュアがべったり。
肩を出して腰を絞ったピンク地に白い水玉模様のワンピースには、これでもかと言わんばかりに過剰なフリルが惜し気もなくついている。
さらに網タイツを履いて、足には白いローヒールのパンプスといういでたちの——人間年齢に直して——三〇代半ばの中年男性。
「……サイカちゃん? やっぱりサイカちゃんだわぁ。永遠の美少女・ウメールよぉ、忘れちゃったぁ?」
「どこからこんな声出してるんだ?」と問いたくなるほど甲高く甘ったるい声。
もうどこからどう見ても、捜し回っていた魔界の商人・ウメールに間違いなかった。というか、こんな人物間違えようがない。
「ウメール。ちょっと来てほしいんだけど」
「あらぁ、サイカちゃんの方からデートのお誘いだなんてぇ。そうと分かっていたらぁ、こんな地味な恰好して来なかったのにぃ」
……これで「地味」なのか。そうツッコミを入れたくなるのをぐっとこらえて、コーランはウメールをラボゴの所へ連れて行った。
ラボゴは露骨に迷惑そうに顔を背けると、
『よぉ。相変わらずイカレた趣味だな』
『何よぉ。あんたにはこの良さが分からないのねぇ。美を理解できないなんてぇ、何て不幸なのかしらん』
これを「美」というのなら、喜んで美意識など捨て去ろうと、コーランとラボゴは揃って思った。
『あなたの所に舞い込んできたペンダントに用があるんだけど。売り物は、もう仮設住宅の方にあるの?』
時間をかけていられない。コーランは単刀直入に尋ねた。
『ペンダントねぇ……。何十個もあるけどぉ、どんなヤツなのかしらん?』
困った顔で考え込むウメール。本人は「可愛らしく困っている」のつもりらしいが、その仕種もまたずいぶんと気味が悪く映る。
『模造品のエメラルドがちりばめられた金のペンダントだよ。アレがないとすっげぇ困るんだよ。第一アレは俺のだ。返せ』
ラボゴが文字通り蛇のように鋭い眼光で睨みつける。だがウメールはその視線に全く気づかずにパチンと手を叩くと、
『あ、それだったらぁ、さっき小さな女の子にあげちゃったわぁ』
それから彼は、ぽかんとするラボゴの頭をそっと撫でながら、
『さっきこ〜んな大きなトカゲが腕に張りついちゃってぇ。困っていた所を助けてくれた女の子がいたのよねぇ。可愛かったわぁ』
その「可愛い子」を思い浮かべるようにうっとりとため息をつくウメール。
しかし、指で作った「トカゲの大きさ」は、十センチもなかった。
『それで、その女の子の特徴は?』
コーランの表情が鋭くなる。ここで少しでも多くの情報を掴んでおかないと、捜すのが一気に困難になるからだ。
『すっごく地味〜な子だったわねぇ。まだ十歳にもなってないんじゃないかしらん。でも、その割りに結構な魔力持ちだったわよん』
思い出しながら語ったのは、本当にそれだけだった。
このファッションで「地味」と言い切るウメールのセンスは全くあてにならない。
そして、この町に十歳以下の女の子が何百人いる事か。「魔力を持つ」事くらいしか手がかりにはなるまい。
『なるほど。町中の十歳くらいの女の子を一人一人調べて回れって言いたいわけね……』
コーランは人さし指でウメールの顎をつつつ、と撫でる。その目からは光が消え、静かに押し殺された殺気だけがウメールの心臓に鋭く突き刺さった。
『ま、待ってったらぁ。その子ぉ、おっきなぬいぐるみ持ってたわん。女の子の。何かのキャラクター商品みたいなのぉ』
手がかりと言えば手がかりだが、ろくな物ではない。
結構な魔力を持つ、大きな女の子のぬいぐるみを持ち歩いている十歳くらいの女の子など、大した指針にはなら……。
そこまで考えた時、コーランに思い当たる節があった。彼女は店の奥へ向かい、そこで携帯を自分の家にかける。
数回の呼び出し音で誰かが出た。
『もしもし?』
「ああ、グライダ。ちょっと聞きたいんだけど、セリファ帰ってない?」
『セリファ? 帰ってきてるよ。何か町できれいなペンダントもらったって言ってはしゃいでるけど……』
電話の向こうの怪訝そうなグライダの声を聞いて、コーランは左手をぐっと握りしめた。
「済まないけど、今すぐ治安維持隊の分所へ行って。ペンダントとセリファを忘れないように、いいわね。理由はその時に話すから」
彼女は急いで電話を切ると、注文もせずにラボゴを引っ張って店を飛び出した。


先に着いていたコーラン達が待つ事十数分。
急ぎの用事らしいとタクシーで駆けつけたグライダと、その妹のセリファ・バンビール。
だが肝心のセリファは、姉のグライダの背に隠れる様にしてラボゴを見ていた。
一応この二人は双子の姉妹なのだが、故あってセリファの方は十歳くらいの子供にしか見えない。それに、姉グライダのぬいぐるみ(コーランが作った)を背負っている。
ウメールの覚えていた条件にピタリと合致している。それより何より、ラボゴが「間違いない」と主張するペンダントを首から下げていたから決定的だ。
ラボゴは改まって雰囲気を出し、
『なぁ、お嬢ちゃん。そのペンダントはおじさんのなんだ。返してくれないかな?』
蛇の外見ではあるが、出来るだけ優しい口調で言う。しかし、当のセリファに魔界の言語は理解できなかったので、間にコーランが入って通訳する事となる。
「いいよ〜」
苦労するかと思われたが、言葉が分からなくとも雰囲気を察したのだろう。あっさりと決着がついた。
それから、会議室に置きっ放しの「棺桶」の元に向かう一行。
会議室へ向かう道すがら、グライダとセリファに事情を説明するコーラン。
ずっと魔界の住人であるコーランと過ごしていたためか、魔界独特の事への理解も早い。
やがて着いた会議室に入ると、そこには出ていった時と同じく「棺桶」が横たわっていた。おそらくナカゴが手を回してくれたのだろう。
「おじちゃん、どんな体になるの?」
「まぁ確かに見てみたいわよね。そこまでこだわった『体』ってヤツをさ」
セリファとグライダもどこかワクワクした面持ちで「棺桶」を見ている。
『よし。開けるぜ』
ラボゴはペンダントを棺桶表面の窪みに納め、短い呪文を唱えた。
するとロックが外れ、蓋が音もなくすすっと開いていき、中があらわになる。
その途端、ラボゴ以外の三人の表情が凍りついた。
そこにあったのは、身長一五〇センチそこそこの人間だったのだ。年の頃は十二、三歳の少女。ルックスもなかなか可愛らしい代物だ。
だが、彼等ラボゴが人間の体を乗っ取るのは禁止されている。生きていようが死んでいようが、乗っ取れば厳罰が待っている。それを知らないラボゴではあるまい。
しかしよく見ると、それはエプロンドレスを着た人形だった。確かに人形ならば別に法に触れる事はないが。
人形の上にあったマニュアルらしき紙には、

    『等身大可動・美少女フィギュア』

の見出しが。
「フィギュア!?」
箱をのぞき込む三人が呆気に取られる。
『いやぁ。インターネットだったか。そこで見て一目で気にいっちまってな。これはほとんど全部の関節が動くんだ。高かったんだぜ』
何やら感慨深そうにフィギュアを見下ろすラボゴ。コーランはフィギュアの頭を指でつつくと、
『これってただの人形でしょ? 大丈夫なの?』
疑惑の目でラボゴを見下ろす。すると彼は、
『神経を何十本も出して、人形内部に張り巡らせるんだ。関節が動くなら問題ない』
時間は少々かかるものの、本体から人形内部に神経を張り巡らせ、それで操るのだそうだ。
そう言うと、蛇の頭からミニチュアの脳だけが外れ、人形の頭にちょこんと乗る。それからふるふると脳を震わせる。きっとさっき自分で言った通り、神経を人形内部に張り巡らせているのだろう。
それが終わると、不意にむくりと人形が起き上がった。慣れていないのか関節が固いのか、動きそのものはかなりぎこちない。
『はぁ……。思った通りいいねぇ』
外見は少女なのに、声と口調は中年親父である。そのギャップに呆れる三人ではあるが、
『あんたね。いい年して女の子の格好して喜ばないでよ。ウメールと大差ないわ』
『あんなヤツと一緒にするのはよしてくれよ』
気持ちは分かるが、全く説得力が感じられない。コーランはさらに、
『一緒じゃない。中年のくせに美少女になりたいだなんて。どこが違うの?』
その言葉に、ビシッと指を立ててこう答えるラボゴ。
『見た目が可愛いならいいんだよ』
確かにその等身大フィギュアは品名に「美少女」とついているだけあって、見た目が可愛い事は事実である。
ラボゴに聞こえないよう、コーランは人界の言葉で呟いた。
「結局同類ね、あんた達は」

<FIN>


あとがき

「the 15th.」いかがだったでしょうか。
管理人はコーラン同様「同類だ、あんたら」と思いましたが。
タイトルに「VS」とついていながら全く戦いがなかったこの話。もちろん理由がありまして。
「ほとんど戦闘してない『the 2nd.』が面白かった」という感想を戴いた事に端を発しています。
基本的に「仕事」と「そうでない物」を交互に書いているので、「そうでない物」なら戦闘が全くない話があっても不思議ではないでしょう。
だから逆にタイトルをどうしようか悩むハメになった訳ですが。全然「VS」してないですからね。

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