「Baskerville FAN-TAIL the 15th.」 VS. Labogo & Umele
「コーラン。いないのー?」
グライダ・バンビールは、どたどたと足音を立てて家の中を探し回っていた。
足を踏み入れた居間の壁にかかるカレンダーを見ると、今日の日付の所にコーランの文字で「治安維持隊」とそっけなく書かれてあるのが分かった。
グライダの育ての親にして同居人であるサイカ・S(ショウン)・コーラン。
魔界生まれの魔族で、そこにある組織・治安維持隊(ちあんいじたい)の隊員でもあった彼女は、たまにこうして呼び出され、仕事の手伝いに駆り出される事がある。
それも、現在の治安維持隊の分所の所長がコーランの後輩ナカゴ・シャーレンその人だからであろう。
「辞めた人間を、いつまでもコキ使わないでほしいわね」
いつも口癖のようにコーランは言っているものの、その表情は楽しくて仕方ない、いたずらっ子のようにしか見えなかった。
いろいろと事情があって辞めた事は聞き知っているが、これでは辞めていないのと大差なさそうである。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


「これより、定例会議を始めます」
魔界治安維持隊人界分所所長を勤めるナカゴ・シャーレンの声が、会議室に響いた。
その声で彼女の同じ制服の職員達と、それとは違うが似た雰囲気の制服の職員達の表情がきりっと引き締まる。
ここは同分所内の会議室。明日から始まるバザー警備の打ち合わせが始まるのである。
このシャーケンの町では、一月に一度大規模なバザーが開かれる。
観光名所に乏しいこのシャーケンの町は、港を使った他国・他の都市との貿易と、このバザーや祭り目当てに来る観光客の落とす金が財源の大半を占めるのだ。
特に、今度のバザーには魔界の品々を売るために、魔界の商人が多数訪れる。大使館と警察署を兼ねた施設であるこの治安維持隊も気合いが入ろうというものだ。
とは言っても、起きる犯罪はスリやゆすり、置き引きがほとんどである。
それも「魔法」を使ってそれらの行為を行なう輩もいるので油断はできない。だから、魔界の治安維持隊と人界の警察署が一致協力して事にあたるのが通例となっている。
「……では、以上をもちまして会議を終了します。当日の成功を祈ります」
議長を務めているナカゴの凜とした声で、会議は終了した。職員達が三々五々会議室を出ていく。
職員達の後ろ姿を見ながら、ナカゴはこっそりとパスケースを取り出して開くと、
「シャドウさんとバザーでデートなんて、夢物語ですねぇ」
うつむいて呟くその顔は、間違いなく「恋する少女」のものであった。
パスケースの中に忍ばせた写真にはナカゴともう一人、かなり大柄な人物が写っていた。
全身をブラック・メタリックな鎧で覆った大男だ。彼女が小柄なのでより大きく見える。
「会議、終わったみたいね」
その声に顔を上げると、そこに立っていたのはコーランだった。いつものように金属光沢を放つマントに身を包んだ姿を見て、
「あ。サイカ先輩。いらっしゃいませ」
ナカゴはいそいそとパスケースをポケットにしまうと、着いてきてほしいと言って会議室を出て行った。
コーランが連れて行かれたのは、今までいたのとは別の会議室だった。確かここはさっきの会議室と比べると半分の大きさもない小さな部屋の筈だった。
ナカゴはそのドアを開けると、コーランを招き入れた。
まずコーランは、その狭苦しい会議室の中をゆっくりと見回す。
そっけなく並べられた長机。適当に置かれたパイプ椅子。隅へ追いやられているホワイト・ボード。別に珍しくもない「会議室」の光景だった。
ただし、長机の上に寝っ転がっているようにしか見えない「蛇」と、小柄な人間がすっぽりと入ってしまいそうな「棺桶」のような物体を除けばの話である。
コーランは渋い顔で「蛇」の元へつかつかと歩み寄り、その頭を指で強く弾く。
『……起きなさい、ラボゴ』
彼女が「ラボゴ」と呼んだ細長い「蛇」は、ぶるるっと小さく震えると、
『おお。サイカちゃん、しばらく』
魔界の言葉でやたらとなれなれしく声をかけてきた。
このラボゴ。見た目は確かに蛇だが、実体はそうではない。蛇の頭の上にミニチュアの脳がちょこんと乗っかっている。それこそがラボゴの本体なのだ。
体を持たないラボゴの種族は、無生物もしくは何か別の生物の体を乗っ取る事で始めて活動ができる。
もっとも、魔界の法律によって乗っ取れる生物は厳しく制限されており、それを破った場合はどんな理由であれ厳しい処罰が待っていた。
『治安維持隊を辞めてずいぶん経つけど、元気でやってるみたいだな』
懐かしそうにしみじみと語るラボゴ。
『情報屋のあなたが、人界に何の用なの?』
コーランは渋い顔のまま、うっとうしそうにそう訪ねた。
ラボゴは、彼女が現役の治安維持隊員だった頃親しくしていた情報屋だ。性格の方はお調子者だが情報屋としての腕は確かなので、よく利用していた。
だが、わざわざ人界へ来る理由がラボゴにはない筈だ。観光旅行なら話は別だが。
『イヤ。ちょっと困った事になっちまってな。昔のよしみで力を貸してくれよ』
そう言うと蛇がパチンとウィンクをするが、あまり可愛いものではない。
『約束通り先輩を呼んであげたんですから、そっちも約束守ってくださいね』
ナカゴが念を押すようにラボゴに詰め寄る。
「何を約束したの?」
コーランは、ラボゴが分からない人界の言葉で尋ねた。ナカゴはくすりと笑うと、
「ちょっと……今詰まってる捜査に関する情報を教えてもらおうと思いまして。その代わりにサイカ先輩をここへ呼んだんです」
「私、いつから取引材料になったのよ」
コーランが小さく溜め息をついた。
『私を呼んだという事は、私に何かして欲しい訳でしょう? 何をさせる気?』
いくら昔の恩人とはいえ、あんまり乗り気でないコーランが投げやりに言う。その態度にラボゴも形だけの笑みを浮かべて、
『実は、この間……好みの体を見つけてな。それも人界で』
そう前置きしてから、理由を話し始めた。
自分好みの「体」を見つける事こそがラボゴ達のライフワークと言っても過言ではない。それは別の身体を乗っ取る事でしか生きられない彼らから見れば当然の事だろう。
法律でラボゴが乗っ取る事ができる体は何種類もあるのだが、やはり個人によって趣味が出る。
そして、彼はついに自分が望んでいた最高の「体」を見つけたと言うのだ。そのため、わざわざ慣れないコンピュータを使い、魔界から人界の通信販売サイト経由で取り寄せたほどだ。
ちなみにラボゴの傍らの「棺桶」のような物体がその「体」の入ったケースだそうだ。
万一の事を考えてか、かなり頑丈な作りだ。よほどの力持ちでもない限り、素手での破壊は困難であろうくらいの。
しかし、その「体」の入ったケースを開ける「鍵」を魔界で盗られたと言うのだ。
鍵と言っても、見た目は宝石がついたペンダントにしか見えない。
幸いその宝石に装飾品的な価値はないが、美しい物である事に変わりない。
盗られた「鍵」は巡り巡って商人の手に渡り、シャーケンの町で開かれるバザーに出店されるようだという情報までは掴んだのだそうだ。
そこで何とかその「鍵」を取り戻してほしいというのが、ラボゴの頼みだ。
しかし、ラボゴには人界の言語の読み書きはかろうじてできても会話は全くできないし、土地勘などさらにない。おまけに今の体は魔界の蛇。
蛇が一匹で人界の町を往く様は、思いきり異常に写り、かつ警戒されるだろう。
おまけに夜行性の蛇なので、昼間はどうしても眠くなり動きも鈍くなる。ラボゴは乗っ取った生物の生活習慣にひきずられてしまうから、それは仕方ない。
『まぁ事情が事情だし、昔の借りもあるけれど……』
コーランが作業の大変さを想像して頭を抱えた。ナカゴも同様である。
『そりゃ言いたい事は分かるけどよ。まだバザーの始まってない今しかねえだろ、こんな事できそうなの。第一ケースを破壊して、体に万一の事があったら泣くに泣けないし』
ラボゴの言う事ももっともである。そこまでこだわって手に入れた物が壊れるような事はしたくないだろう。
それに、あてもなく探さねばならない訳ではない。行った先は分かっているのだから。その辺の義理立てはきちんとしている。
『しょうがないわね。ラボゴにはずいぶんと借りがあるし。やりましょ』
『済まねえな、サイカちゃん』
コーランはへらへらと笑うラボゴの首をぐいと掴むと、
『サイカ「ちゃん」をやめてくれるならね』
ラボゴは、久しぶりに見るコーランの「殺気のこもった目」を見て、蛇の首を激しく前に倒した。


ナカゴは明日からのバザーの警備のため、今日から本格的な準備に入らねばならない。その商人の所にはコーランが行く事となった。
首から蛇をぶら下げて町を歩く姿は、はっきり言って異常だ。いくら魔界の住人の奇行と見られていても、すれ違う人々は思いっきり引いている。
『それで、その商人はどんな奴?』
『ウメールって聞いた事ないか?』
その名前を聞いて、コーランはこのままラボゴを放り出して帰りたくなった。
ウメールは古道具を専門に扱う商人だ。まだコーランが現役の治安維持隊員だった頃、ラボゴ以上に馴れ馴れしく接してきた男の一人。
馴れ馴れしいだけなら何人もいたが、並外れた趣味の悪い女装癖に対してどうしても嫌悪感が拭えなかったのだ。
コーランも人界で彼が商売をしている時に会った事はあるが、当時にも増して女装の気持ち悪さに磨きがかかっていて、近寄りたくもなかったくらいだ。
人としては決して悪い人物ではないのだが、二度と会いたくない人物ではあった。
『やる事やったら、とっとと帰るわよ』
苦虫をかみ潰したような表情のコーランを見たラボゴは、
『分かったよ。こっちもあんな気持ち悪いヤツはごめんだしな』
いかにも事情通な顔で、コーランに小さくうなづき返した。

   <ウメール>

スラムにあるボロアパートのそっけないドアに、手書きの名刺が一枚貼ってあった。
『ここ?』
ラボゴがこくりとうなづいたのを見て、ドアをノックする。
『ウメールさーん。いますか〜』
反応はない。もう一度やるが同じだった。
『留守?』
『明日の準備で出ちまったか……』
「何してんだよ、コーラン」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこに立っていたのはコーランとは顔馴染みの武闘家バーナム・ガラモンドだった。
彼はボサボサの黒髪をがしがしとかきながら、コーランと首に下がった蛇を見比べる。
「……魔界の流行りか、それ?」
「違うわよ。ここの男に用があって」
コーランは親指でウメールの部屋のドアを指さす。それを見たバーナムは無造作にそのドアを開けた。鍵がかかってないらしく、ドアは簡単に開く。
そして首だけ部屋の中に突っ込んで聞き耳を立てていたが、
「こりゃ昨日から帰ってねぇんじゃねぇか? それに、明日っからバザーで忙しいみてぇだし」
今度は乱暴にドアを閉めながら言うと、
「何で知ってるのよ」
コーランのその問いに、バーナムは指をさして答える。その指の先には、

   <バーナム・ガラモンド>

と書かれたプレートの付いた、隣室のドアがあった。
「オレはこれから寝るんだよ。今までバイトだったしな。じゃ」
そう言うと、無造作にドアを開けて中に入ってしまった。
「……カギくらいかけなさいよ」
ぽつりと呟くコーランだが、寝に来るだけの何もない部屋には、泥棒だって入り甲斐がないだろう。ある意味究極の防犯かもしれない。
『どうやって探そうかしらね』
手がかりがなくなった今、主のいない部屋の前で途方にくれるコーラン。しかしラボゴの方は、
『バザーの本部へ行って、ウメールの奴を呼ぶしかなさそうだな』
『……やっぱり、それしかなさそうね』
ラボゴを首から下げたまま、とぼとぼとスラムを離れる事にした。


『それにしても、人界って所は面白いな』
辺りをキョロキョロと見回して、完全に「おのぼりさん」状態のラボゴが言う。確かに魔界とは全く違う環境に驚きと戸惑いがあるのは無理からぬ事だ。
『あんまりキョロキョロしないでよ』
とコーランが一応制するが、それが無茶だという事は分かっている。
ふと前を見ると、シャドウがこっちに歩いてくるのが見えた。
ナカゴがシャドウの写真を恋人のごとくパスケースに忍ばせているが、実はシャドウは戦闘用特殊工作兵のロボットである。
『何だ、あいつ?』
『シャドウっていってね。この町じゃなかなかの有名人よ』
「コーランか。魔族を連れて何処へ行く?」
シャドウは一目でその蛇が魔族の者である事を見抜いてそう尋ねてきた。
「ちょっとこの蛇につき合ってね。人捜し」
コーランもいつもの調子で答える。
「そうか。捜し人が見つかる事を祈ろう」
シャドウは短く答えると、そのまま立ち去ろうとする。そこにコーランが呼びかけた。
「もし、魔人のウメールって商人を見つけたら、私に連絡をちょうだい」
そこで、シャドウはピタリと立ち止まり、そのまま棒立ちになっている。
『何だい、あの薄っ気味悪い声のヤツは』
『しょうがないでしょ、彼、ロボットなんだから』
ラボゴは「は〜」と感心してシャドウを見つめている。
『人界の科学技術とやらも凄いもんだ。これならかなり期待できそうだ』
『それを言うなら、人界の人達は「魔界の魔法は凄いね」って言ってるわ』
人というものは、自分のない物に対して「憧れ」を持つ。人界であろうが魔界であろうがそれは変わらない。
『でも「期待できそう」って、何が?』
『こっちの話だよ』
そんな二人の会話を異にも解さずにシャドウが答える。
「捜している者と同一人物かは分からないが、ウメールと云う人物には覚えがある」
シャドウの口から出た、思いもかけない言葉。コーランはシャドウの次の言葉を待った。
「明日から開催されるバザーでは、魔界から来た商人の為の仮宿舎を用意している。その入居手続きの中にその名が在ったのを記憶している」
ウメールである確立は高そうだ。
「そう。どんな人物だったかは覚えてない?」
「自分は人間の装飾品に関しては良く分からないが、かなり装飾過剰に思えた」
シャドウの証言で、ほぼ目的のウメールに間違いなさそうだと判断した。
「ありがと。多分私達が捜しているのはそいつね。その仮宿舎はどこにあるの?」
シャドウは黙って自分が来た方向を指さし、
「此処から四〇〇メートル程進むと、明日のバザーで魔界の商人達に割り当てられたエリアに出る。其の一画に在る仮設住宅郡がそうだ。ウメールと云う人物が何処の部屋に割り当てられたか迄は不明だが、其処で聞けば良かろう」
「ありがと、シャドウ」
『じゃあな、機械人形さんよ』
コーランとラボゴの声が重なる。
魔界の言葉は分かる筈のシャドウは、ラボゴの言葉に対して、別に腹を立てているようには見えなかったが、それでもコーランは、
『よかったわね、シャドウが怒らなくて。彼、魔界の言葉も分かるから』
それを聞いたラボゴはビクッと身を震わせると、
『そいつを早く言え、サイカ! 殺されたらお前のせいだぞ!』
後ろを振り返って「どうか来ないように」と言わんばかりの態度のラボゴを見て、意地悪そうに小さくくすりと笑うコーランだった。

<To Be Continued>


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