『若き海軍少尉の悩み』
ここは、銀座の真ん中にある「大帝國劇場」。現在の晴海通りと中央通りの交わる所にそれはあった。
銀座に咲いた艶やかなる華、と称される「帝國歌劇団」の劇場である。
つい先日、公演が千秋楽を迎え、劇団員はつかの間の休暇を楽しんでいた。
休暇を楽しんでいたのは、もちろん劇団員だけではないのだが。


大神一郎は劇場二階のサロンで新聞を広げていた。
彼は舞台俳優ではない。ましてやマネージメント業や事務員でもない。
公演の日に入口に立ち、客のキップをチェックするモギリ係である。
そんなモギリ係に似合わない精悍な顔だちで、真剣に新聞を読んでいる。
新聞には陸軍と海軍の合同演習がどうのといった事が書かれている。
もともと、陸軍と海軍はあまり仲が良くない。互いにプライドが高い事もそうだが、「俺達が国を護ってるんだ」という意識が高いからでもある。
が、そうした動きを国民に知られるのはまずい。
そういう訳で、たまに表面だけでも取り繕うかのごとく、こうした演習が行われるのだ。
その記事を読む進めるにつれ、その精悍な顔にうっすらと陰がさしてくる。
(俺だって、一応海軍少尉なんだよな)
そう。今はこうして劇場に住み込みで働いているが、本来の自分は海軍少尉。
軍人にあるまじき考えかもしれないが、戦うのが好きという訳ではない自分でも、こうした演習に参加していないという事に疎外感を感じるのだ。
(共に学んだ仲間がこうして頑張っているのに、俺は……)
もっとも、自分とて遊びでここにいる訳ではないのだが。
銀座に咲いた艶やかなる華、と称される「帝國歌劇団」とは仮の姿。
真の姿は、常人にはない「霊力」を持ったメンバーで構成された、帝都に仇なす者と戦う「帝國華撃団」。彼は実動部隊「花組」の部隊長として配属になっている。
部隊の隊員が普段は舞台に立っているように、自分はモギリ係についているという訳だ。
もちろん戦う場所は違えども、この帝都、そして日本を護っている事に変わりはない。
そう気持ちを切り替えて、新聞をめくる。
新聞を広げたまま考え事をしていた時、すぐ横にブロンドの女性が立っているのに気がついた。
「隊長。こちらにおいででしたか」
女性にしては低く落ち着いた声が聞こえる。
「マリアか。どうしたんだい?」
大神は急いで新聞を畳んでテーブルに置くと、すっと立ち上がった。
日本人とロシア人のハーフである彼女――副官でもあるマリア・タチバナは大神よりも背が高い。その背もあって舞台では男役を努め、若い女性からの人気もある。
「支配人がお呼びです。至急支配人室に来るように、と」
極めて事務的に聞こえるマリアの声だが、本人はそんな事はない。自他共に厳しいだけで、決して冷たい人間ではない事がわかってからは、だいぶ周囲との壁もなくなってきた。
「支配人が?」
「はい。今後の方針について話し合おう、との事です」
帝國華撃団が相手をしていたのは神出鬼没の「黒之巣会(くろのすかい)」と呼ばれる不可思議な集団である。
その黒之巣会のあやつる「脇侍(わきじ)」と呼ばれる無人の人型蒸気が帝都の各地で暴れていた。
他にも何人かの「妖力」を持った人間がいた事はわかっているのだが、詳しい事は何もわかっていない。
首領の天海は倒したものの、残党勢力などがいるかもしれないという事で、警戒をしているのだ。
「わかったよ。ありがとう、マリア」
そう礼を言って支配人室へ向かおうとした時、いきなり呼び止められた。
「隊長。何か……悩みごとですか?」
いきなりそう言われ、言葉に詰まる大神。
「申し訳ありません。先程随分とお困りの様子でしたので。私でよければ力になりますが」
「い。いや。別にそういう訳じゃないんだ。マリアが気にする事じゃないよ」
大神は取り繕ったような不自然な笑顔で答える。
「それじゃ」
何か言おうとするマリアに短くそう言うと、急いで支配人室へ向かった。


こんこん。
「米田支配人。大神です」
「おぅ。入んな」
その声で大神はドアを開ける。が、開けた途端、酒の臭いを感じた。
「支配人。またお酒ですか?」
部屋に漂う酒の臭いに呆れながらもドアを閉め、礼儀正しく支配人の前に立つ。
「いいじゃねぇか。世の中平和なのはいいこった」
そう言って、テーブルの上にでんと置かれた一升瓶を持ち上げ、
「ま、おめぇも一杯やれや」
「昼間から飲むのは、ちょっと……」
大神もやんわりと断る。下戸という訳ではないが、さすがに日も高いうちから飲むのは気が引けた。
一升瓶片手にほろ酔い加減のこの初老の男こそ、帝國華撃団最高責任者にして帝國陸軍中将でもある米田一基である。
剣一本で軍隊に入り、数々の武勲を立てて中将にまで昇りつめた生ける軍神――そう評される人物なのである。
陸海軍問わず尊敬の対象となる軍人の一人である。
もっとも、平時は単なる酔っ払いのオヤジでしかないが。
この調子だと、結局は一緒に酒を飲む相手が欲しかっただけなのかもしれない。
「かてぇ事言うなよ。ほらよ」
そう言ってお猪口をほおってよこす。大神は慌ててそれを受け取ると、はぁ、とため息をつきながらも彼の酌を受けた。
何杯かつき合ううちに、米田が口を開いた。
「おめぇ、何考え事してんだ?」
さっきマリアにも同じ事を言われた。そんなに顔に出やすいのか、と思った時に、
「ま、部下の悩みにつき合うってのも上の義務ってもんだ。話してみろ」
「い。いえ。本当に大した事じゃないんです。それに……他人の力ではなく、自分の力で解決しようと決めましたので」
口からでまかせのような勢いだったが、内容は真実だった。そう。自分で答えを出さなければ。
これ以上米田のペースで飲んでいられない、とばかりにお猪口を空にしてテーブルに置くと、
「ごちそうになりました。自分はこれで失礼します」
軽く一礼すると、そのまま支配人室を去った。


すぐそばの流しでうがいをし、少しでも酒の臭いを取ろうとしている大神の隣に、かなり大柄な赤髪の女性が立った。
「おっ。隊長か」
彼女は蛇口を力一杯ひねり、そこから流れ出る水で顔をばしゃばしゃと洗う。
「ふー。さっぱりした。どうしたんだよ、昼間っから酒飲んで」
二メートル近い大柄な身体を折り曲げるようにして彼の顔を覗き込む。
琉球空手桐島流継承者・桐島カンナだ。大柄な体型そのままのおおらかでさっぱりとした性格と、人なつこそうなその容貌は子供達にも人気がある。
「わかった。また支配人に飲まされたんだろ?」
顔を拭きながらからからと笑うカンナを見て、
「また鍛練か。精が出るね」
「ああ。銀座中走ってきたよ。やっぱり毎日の鍛練がいざって時の自信を作るんだ」
そう言ってこぶしを大神の顔に突き出し、
「どうだい、隊長。これからあたいと一勝負ってのは」
大神は剣の方が得意だが、素手での戦闘も訓練していない訳ではない。しかし、
「え? こんな状態の俺じゃ、相手にならないぞ」
「いいっていいって。汗かけば酒も抜けるんじゃねーか、と思ってさ」
そう言うと、半ば強引に地下にある鍛練室に大神を引っ張っていった。
鍛練室では、ポニーテールの少女が真剣を持って正眼に構えたままじっとしていた。
大神とカンナは邪魔しちゃ悪いとばかりに入口で静かにしていると、
「はぁあっ!!」
彼女は持っていた刀を振り上げ、一気に降り下ろし、すぐさま横になぎ払う。その一連の動作には隙がなく、その速さは剣の切っ先が一瞬見えなくなる程である。並みの使い手でない事は誰の目にも明らかだ。
ふう、と一息ついて床に置いた鞘を取って刀を納めた時、彼女がこちらに気がついた。
「あ。大神さん。カンナさん」
二人に向いて軽く頭を下げる。
隊員の中では一番新しく入った真宮寺さくらだ。隊員としても舞台女優としても発展途上中の彼女だが、実力は日々ついている。ひいき目に見なくても、近い将来歌劇団(華撃団)を代表する人物になる事が容易に想像がつく。
「さくらも鍛練か。やっぱり鍛えておかないとな」
カンナが歩きながら肩を回している。そんな様子を見たさくらも、
「カンナさん。さっき表を走って来るって出て行ったばかりなのに、早いですね」
「ああ。もう銀座中走ってきたよ。そしたら隊長が支配人に酒飲まされててさ。汗でもかけば酒も抜けるかな〜なんて思って引っ張ってきちまった」
その答えにさくらはクスクス笑うだけだった。
「じゃあ、休憩がてら見物してようかな」
そう言いながら隅に置いてあった手拭で汗を拭いている。
「え!? 別に見るものじゃないよ」
「照れなくたっていいじゃねーか。さ。始めようぜ」
カンナは大神から少し離れると空手の構えを取った。
ここまで来たら引っ込みがつかない。大神は目を閉じて息を吐いて気持ちを切り替えると、柔道の構えを取る。
が、戦績は大神の惨敗であった。
床に大の字にのびている大神を見下ろしたカンナは、
「隊長。何かあったのか? 随分身が入ってない感じがしたけど」
「そうですね。心ここにあらずって感じでした」
さくらも何かを感じ取ったのか、心配そうな顔で覗き込む。
本当に心配そうなさくらの顔を見た大神は心の隅に一抹の罪悪感を感じたが、
「い。いや。本当に何でもないんだ」
「何を隠してるんです、大神さん」
急にじろりと大神の目を睨むさくらを見て、
「ほ、本当に何でもないよ。それじゃ」
慌てて立ち上がると、そそくさと鍛練室から逃げるように去って行った。


「なるほど。確かに変やなぁ」
夕刻。さくらから事情を聞いたメガネに三つ編みの少女――李 紅蘭は、楽屋の中で舞台で使う小道具を直す手を休めずにそう言った。
「何隠してるんか知らんけど、大神はんもウソがつけんお人やしなぁ」
紅蘭は生まれは中国でも来日した時に住んでいたのは関西だったため、そこで身についた関西弁が抜けないのである。
「お兄ちゃん。何隠してるのかな?」
紅蘭の手元を見ていた金髪にリボンの女の子・アイリスが、淋しそうにいつも抱いているくまのぬいぐるみに話し掛ける。
「ジャンポールはどう思う?」
端から見れば変な光景だが、このぬいぐるみは、アイリス自身の持つ強大な霊力のために、故郷フランスで半ば幽閉状態にされていた頃からの「友達」なのだ。
それをわかっている二人も別に何も言わなかった。
「しっかし、隠されると気になるのは確かや」
終わり、とばかりにポンと叩いてから元の棚に戻した紅蘭は、
「よし。こうなったらうちらで探って……」
「何を探るんですって?」
いきなり聞こえたその声に入口の方を振り向くと、紫の着物を肩を広く開けて着ている少女が立っていた。
「すみれさん……」
さくらにすみれと呼ばれた彼女――神崎すみれはずんずんと楽屋に入って来ると、
「まさかとは思いますけど、少尉が何やら隠し事をしている件ではないでしょうね?」
すみれのその一言でさくらと紅蘭が凍りつく。
「ど、どうしてすみれさんがその事を?」
すみれは朝から買い物に行っていたので、知らないと思っていたのだ。
「あら。わたくしを誰だと思っていますの? 帝國歌劇団のトップスタアたるこのわたくしにわからない事などなくってよ」
お得意の高笑いが楽屋中に響く。
実は、ついさっきマリアから聞いている事はしっかり黙っておく。
「少尉とて人の子ですもの。悩みごとの一つや二つはありますわ。話したくない事を無理に聞き出すというのは野暮という物ですわ」
さくらがはぁ、とため息をつく。そこへ紅蘭が、
「ほんなら、すみれはんは気にならへんの?」
「と、当然ですわ」
「ふーん……何があっても気になりまへんか」
紅蘭が意味ありげに黙り込んだ。そのためわずかに沈黙が生まれる。
「……な、なぜ黙るんですの?」
「別に」
「はっきりおっしゃい!」
「やっぱり、すみれも気になるんだね」
すみれの着物の裾を引っ張って、アイリスがにい〜と笑っている。すみれはその顔を引きつらせて、
「ま、まぁ……あなた方がどうしても知りたくて、どうしてもわたくしの力を借りたいというのなら、貸してあげなくもないのですけれど……」
そっぽを向き、しどろもどろになって弁解している。
やはり、すみれも気になるようである。


次の日。次回公演の台本が届く日。着くのは昼近くになるといっていたので、みんなでサロンに集まってお茶を飲んでいた。
「大神くんがねぇ」
みんなから話を聞いた帝國華撃団副司令・藤枝あやめはどうした物かと考えこんでいた。
「わかったわ。わたしが聞いてみる。けど、期待しないでね。『自分で解決してみる』なんて言ってる以上は、なかなか話してはくれないだろうし」
「そうだよな。でも、あたい達は家族みてぇなもんじゃねーか。隠し事はナシにしたいぜ」
せんべいをバリバリとかじりながらカンナが言うと、
「ガサツなあなたには『隠し事』と『話したくない事』の区別はつかないのかしら」
「なにぃっ!?」
すみれのすました一言に過敏に反応するカンナを見てやんわりと割って入るあやめ。
「まあまあ。この場合、どちらが正しいかは判断できないから、言い争いはそこまで」
「……はい」
二人とも妙に素直に引き下がるが、お互いを睨んだままだ。
そこで紅蘭がすっと新聞を取り出し、サロンのテーブルに広げた。
「手がかりは、マリアはんの意見にあったっちゅう『昨日の新聞』にあるかもしれんわ」
そう言いつつバサバサと一枚一枚めくっていく。その様子をみんなが覗き込む。
「あれ? ここが切り抜かれてますよ」
さくらが新聞の真ん中あたりを指差す。確かにそこの記事だけ切り抜かれて下のページの文章が見えている。
「そこは……確か『帝都における女性の社会進出』の記事があったと思うけど。思ったより否定的でない内容だったのは覚えてるわ」
思い出しながらあやめが言う。
この太正時代。まだまだ女性が働くという事にいささか抵抗があった。女は家庭に入り家を守る。そうした風潮が根強く残っていたのもまた事実だ。
そして、ここは女性ばかりで構成された「帝國歌劇団」。そうした風潮の中で風当たりがないかというとそういう訳ではなかった。
「もしかして、これが原因なんでしょうか?」
マリアが言ったその言葉に、その場の全員が黙った。
戦闘だけでなくても、彼なりに自分達の事をちゃんと考えてくれている、という事か。
それとも、周りが女性ばかりなので、記事を参考にしようという魂胆か。
一同が考えを巡らせてる所へ、当の大神がやってきた。
「あ。みんな、ここにいたのか。次回公演『つばさ』の台本が届いたんで持ってきたんだけど……」
七人の目が一斉に大神に向けられる。そのただならぬ雰囲気に思わず一歩後ずさってしまう。
「いや。台本……持って来たんだけど」
少々小さな声になってしまうのが情けないが、持っている台本を近くに立っていたマリアに手渡す。
「ご苦労様でした」
何か、ぎくしゃくとした雰囲気がサロンに漂っていた。そんな雰囲気を少しでも和らげようと、わざと明るい声で、
「あ〜、みんな揃って、一体どうしたんだい?」
しかし、それは逆効果だった。一層ぎくしゃくとした雰囲気が濃くなる。
そんな中、あやめが「着いてきて」と言って自分の部屋の方へ歩いていく。大神も後に着いていった。
二人は花組の面々のいるサロンから死角になる階段の踊り場で立ち止まる。
他の六人は足音を殺してすぐそばの角に身を潜め、耳を澄ましていた。
「あの。あやめさん。なんでしょうか?」
不思議そうな大神の声に、あやめが少し間を置いて口を開いた。
「みんな、昨日の大神君の事を気にしてるのよ。大した事はないと言われると、人はかえって気にしてしまう物だし」
紅蘭とアイリスが、手に耳を当てたままうんうんとうなづいている。
「話したくないのならそれは仕方のない事だと思うけど、みんなに不安を与えるような行動は隊長として慎んでほしいのよ」
「そうだったんですか。気をつけていたつもりなんですが……どうも、自分は、すぐ顔に出る質らしくて」
「そこが大神君らしいと言えばそうなんでしょうけど。支配人まで『部下に信用されてねぇのかな』なんてすねてるし。これからは気をつけてね」
大神はしばらく無言で考え込んでいたが、いきなり叫んだ。
「そうだ、信用だ!!」
いきなり叫んだその声に驚き、六人はついバタバタと角から飛び出してしまう。
「あら。やっぱり聞いてたのね」
倒れてるみんなに手を貸しながらあやめは少しだけ微笑む。一方、大神は壁に向かって何やら書いている。正確には、壁をテーブル代わりに、小さな紙片に何かを書いているのだ。
「ふう。やっとわかった。何でこんな簡単なのが思い浮かばなかったんだろうな……」
ほっと安堵の表情を浮かべる大神を、花組のメンバーが一斉に取り囲んだ。
「何がわかったんです?」
「教えて下さいますわよね、少尉?」
「隠し事はナシだぜ、隊長」
「別に教えてくれてもええやんか、大神はん」
「お兄ちゃん。アイリスにだけ教えて」
マリアを除く五人が一斉に詰め寄って口々に我先にと話しかける。
「あ〜、だから、ホントに大した事じゃないんだよ、みんな」
五人の顔を見回し、苦笑いしながらなだめるように言うが、そんな事で引くみんなではない。
カンナが大神の手に握られた紙片を素早く奪い取った。
「……『くろすわぁどぱずる』?」
その紙片を見ていたカンナが首をかしげる。他の面々もそうだ。
「それは、ヒントを元に升目の中に文字を入れていくパズルよ」
とあやめが説明する。
「もしかして、昨日から何か考えてたのって、それなの?」
「……はい」
大神は小さな声で言うと、気恥ずかしそうにうつむいてしまう。
それを聞いたみんなは「なーんだ」と口を揃えて言う。だがその表情は呆れる者怒りそうになっている者と様々だ。
「だから言ったじゃないか。大した事ないって」
苦笑いのままそう反論してはみるものの、多勢に無勢。冷ややかな目で見られている。
「いや。そのパズルの答えを新聞社の方に送ると抽選で商品が出るんだよ」
「商品!?」
その言葉にカンナや紅蘭、アイリスといったメンバーはおおはしゃぎ。まるで今当選したような驚きぶりだ。
「それで、何が当たるんだよ、隊長」
カンナがわくわくしながらそう尋ねると、
「いや。問題解くのに夢中でそこまで読んでなかったんだ。確か、前回は浅草の名店のおせんべいだったかな」
「せんべい!? で、で、今回は何なんだよ、隊長!!」
もう待てない、とばかりに大神に詰め寄る。後ろですみれが何やら悪態をついているが耳に入っていないようだ。
「え〜と。『今回の正解者の中から抽選で十名様に……』」
そこまで読んだところで大神の目が点になる。そこで言葉を失ったような驚き具合だ。
「何だよ隊長。じらすなよ。早く言ってくれって」
今か今かと待っているカンナをよそに、何かおかしいと思った紅蘭が彼の手から紙片を取り上げて読み上げる。
「え〜。『今回の正解者の中から抽選で十名様に帝國歌劇団花組次回公演「つばさ」の入場券を進呈』!?」
…………。
一日がかりで、誰の力にも頼らずにと頑張って、ようやく解いた問題の商品がこれでは、脱力するのも無理はない。
確かに一般読者には嬉しい商品だが、彼にとってはまるで意味がないものだ。
まるで「すべて燃え尽きた」灰のように真っ白になっている大神をよそに、花組のメンバーはその次回公演に向けての稽古を始めるべく舞台へ向かった。
紅蘭は、持っていた新聞の切り抜きをくるりと裏返す。
そこにあった記事には「帝都における女性の社会進出」と書かれていた。思わず彼女の口からため息がこぼれる。
「こっち目当てやったら、まだ良かったかもしれんけどな」

<若き海軍少尉の悩み おわり>


あとがき

この話は友人のコピー本に載せた話の原作に当たるものをかなり大幅に加筆修正したものです。
友人に渡した物は台本のようなト書きだったので、そこを中心に手を加えました。
が、友人は少部数しか刷らなかったためにあっさり完売し、おまけに自分の分を取り忘れていたので、私も現品は見た事がありません。
おまけに、彼は整理整頓が苦手なので、今となっては原稿自体が何処にあるのかさっぱりいう……。
そんな訳で、もし持っていらっしゃる方がいたらプレミア物です。もっとも、そんなに価値は出ないと思いますが。

このタイトルは、勘の良い方ならおわかりでしょう。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」をもじりました(笑)。
もっとも、原典とは全く関係のない話です(関係あってたまるか!)。
ちなみに史実ですと、こうした新聞にパズルが載るようになったのは太平洋戦争以降です。それはわかってやってます。

時期的に、これが書かれたのは「2」が出る少し前ですので、「2」のキャラは一切出てきません。
あの時は、こんなに大きくなるゲームとは思ってなかったんですどね。


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