『最初で最後のプレゼント』

「姐さん、ちょっと話がある」
SRTきっての色男、クルツ=ウェーバー。
黙っていればモデルも足許にひざまずくと言うほどの青年である。
適度に鍛えられた肉体と、スナイパーの持つ独特の雰囲気。
その全てが整った顔のパーツと絡み合い、女ならば思わず振り返る程の男である。
……ただし、黙っていればの話であるが。
「何だい、クルツ」
一向に片付く気配を見せない書類の山と格闘していたマオは、クルツの呼びかけにも顔を上げない。
ただひたすらにペンを走らせながら、いつものように部下の呼びかけに返事をしただけだった。
「真面目な話なんだよ。悪いけど、時間をもらいたいんだ」
クルツの口調がいつもと違うことに気付いたのか、マオがようやく顔を上げる。
そこに、いつものどこかヤンチャさが残るクルツの顔はなかった。
いつになく真剣な表情は、マオでなくとも魅入られてしまうだろう。
「えらく真面目だね。何かあったのかい?」
それでも、マオは自分自身に予防線を張ることを忘れなかった。
何度も騙されたクルツに対しては、絶対なる信用を置くことはできない。
戦闘中の行動はともかくとして、日常生活におけるクルツの生活態度とはそう言うものだ。
「ここでは話し辛いんだ。誰にも聞かれたくないことなんだ」
「誰にもって……この部屋にはあたししかいないだろ」
マオの言う通り、先程から部屋の中にいるのは二人だけだった。
マオのチームは宗介が東京に出向している関係上、どうしても書類整理が遅くなる。
今も、二人で年末に向けての書類整理をしている最中だったのだ。
「ミスリルの連中にも聞かれるわけにはいかないんでね」
「それはまた、面倒な話みたいだね」
予防線は上手く作動しているようだった。
クルツが部屋を出ようと言い出した途端、マオにはクルツの思惑が読めた。
要するに、部屋から解放されたいのだろう。
「ま、面倒な話なら後で聞いてあげるよ」
「本当に頼むぜ。この書類、全部片付けてからでいいから」
「へ?」
マオの間抜けた返事を置き去りに、クルツが再び書類整理へと戻る。
いつになく真剣なクルツに、マオの方が動揺を覚えた。
しかし、あらかじめ張っていた予防線が、マオに疑心を生ませる。
逆手に取られているのかも知れない。
結局はその思いが勝ち、マオは無言で書類整理を再開した。


冬場になっても、宗介の服装は変わらない。
もっとも、改造に改造を重ねた宗介の学生服が、並の防寒性で済んでいるとも思えないが。
その日も、軽めのコートを羽織るかなめの隣には、学生服姿の宗介が並んで歩いていた。
「そろそろ冬も本番ね」
「うむ。天気図も冬の様相を呈している。来週の週末には随分気温も低くなるだろう」
宗介には、逐一天候状況も報告されている。
千鳥かなめを護衛するにあたり、天候という条件も重要な要素の一つだ。
「気温が低下すると行動が鈍くなり、狙撃性能も下がる」
「はいはい。手先がかじかんじゃ、話にならないものね」
「その通りだ。千鳥、手袋は用意しておいた方がいい。必要ならば、調達してもよいが」
かなめの言葉に、我が意を得たりとばかりに、宗介が大きく頷いてみせる。
だが、かなめにとってはどうでもよいことだった。
「遠慮しとくわ。アンタだと、ロクでもない手袋をくれそうだから」
「そんなことはない。皮製の手袋だ」
「どうせ、内部には滑らないような特殊加工が施してあって、弾丸を防げるんでしょ」
……宗介の額の汗が、全てを物語っていた。
違いを力説しないところをみると、かなめの指摘は的確だったようだ。
宗介も、最近はあまりしつこく食い下がることはしない。
服装センスの違いは、身に染みてわかりはじめているのだろう。
「それより、アンタの格好を何とかしてよ。見てるだけで寒くなるわ」
「む、そうなのか。それほど寒さを感じないのだが」
「だから、見てるだけで寒くなるって言ってるでしょ」
それ以上話していても無駄だと悟っているのか、かなめはパタパタと手を振った。
かなめがその行為をするということは、その話題に対して「終わり」を意味している。
ここ数ヶ月で何とかその意味を理解し始めた宗介も、無理はしなかった。
「改善するように努力しよう」
「期待せずに期待してるわ」
日本語がどこかおかしいが、元々かなめとて綺麗な日本語推進委員ではない。
この程度は朝のかなめならば日常茶飯事だ。
「む……それより、重要な話を忘れていた」
「はいはい。今度はどこで戦争があったわけ?」
日頃から、宗介の重要な話とは、かなめに直接関係のないことが多い。
何処何所で戦争が起きているだの、最近起きた暗殺事件の話など。
はっきり言ってしまえば、法治国家日本においては起こりうる可能性の極端に低い話である。
「そうではないぞ。クルツからの話だ」
「クルツくんから?」
宗介の出した人物の名前に、かなめは足を止めた。
戦争バカの宗介の話ならともかく、一般常識人のクルツの話は重要な場合もある。
人格の信頼度においては甚だ心許無い人間ではあるが、わざわざ宗介に言ったのだ。
宗介の感性から言って、かなめに伝えろと言われていたことに間違いはないだろう。
そうなってくると、本当に重要な話かも知れない。
「そうだ。何でも、超極秘と言うわけではないが、それなりに極秘らしい」
「変な日本語ね」
他人のことを言えた義理ではないが、もはやツッコミをしなくてはならない体質になってしまっている。
それだけ、宗介の日頃の天然ボケの度合と回数が酷すぎるのだ。
「時に千鳥、日本時間での十二月二十四日の予定は空いているだろうか」
「クリスマス・イブじゃない。どうして超絶美少女の私がクリスマスに身軽だと思うわけ?」
「俺は知らん」
少しオーバーにリアクションを取られ、宗介は即座に言葉を返した。
大体、宗介はクリスマスという概念が乏しい。
「まずはそれを確認しろと、クルツに伝えられている」
「なるほど」
そう答えて先を促しつつ、かなめは心に予防線を張ることにした。
この様な導入があった場合、クルツの情報は信頼性に欠ける。極端に欠けるのだ。
大方、かなめと宗介をオモチャにしようという魂胆なのだろう。
かなめはそう結論付けると、再び学校に向かって歩き始めた。
「京都の鞍馬と言う所に君を連れて来いとの連絡を受けたのだ」
「京都? えらく遠いわね」
かなめの率直な意見に、宗介も軽く頷いた。
「そう思う。自分も昨晩連絡を受けてから確認したのだが、どうしても日帰りでは無理だ」
「ま、一泊は覚悟しなきゃね」
かなめの予防線が好を成したようだ。
どうせ誰もいなくて、かなめと宗介に素敵な一夜をプレゼントしようという魂胆なのだろう。
「遠慮しとくわ」
「そう言うだろうと思っていた。だが、昨夜のクルツの表情を見るとな……」
宗介が珍しく言い難そうに言葉を切った。
それに気付いたかなめが足を止めずに振り返ると、宗介は苦しそうな表情で言葉を続ける。
「大真面目なのだ。自分も何度かクルツには騙されているが、今までとは違う」
「大真面目に騙そうとしてるのかも知れないわよ」
「そうかも知れん。だが、今度ばかりは様子が違うのだ。マオも、そう言っていた」
「マオさんも? それは……本当に大真面目なのかも」
かなめのよく知るミスリルのメンバーの中では、最も信用できるのがマオになっている。
自分では意識しているつもりはないのだが、テッサという少女はどうにも癪に触るのだ。
かなめがふと考え込んだ表情になったのを見て、宗介は返事を求めた。
「遠慮するか?」
「ちょっとは気になるわね。いいわ、行ってあげる」
かなめがそう答えた時、二人と同じように登校してきた風間が宗介を呼んだ。
無言で視線を送った宗介に手を振り返し、風間がすぐに二人に追いつく。
「おはよう、千鳥さん、相良くん」
「おはよう」
「うむ。今日は爆撃機の姿も視認できるくらい快晴だ」
常人ならば挨拶とは思えない宗介の言葉にも、風間は気にする気配を見せない。
と、言うよりも、宗介に一度でも関わった人間は気にしなくなってしまうのだ。
「相良くん、今日、古典の宿題はやって来た?」
「うむ。昨夜、千鳥に教わった」
「その代わり、今日の放課後に甘味処をおごらせる予定なの」
それきりクルツの話題から離れ、二人は風間と並ぶようにして校門をくぐっていった。


「うわ、やっぱり京都は寒いわね」
「うむ。このコートを着て来て正解だった」
新幹線を無事に下車し、二人は京都駅から外へと出た。
鞍馬へ行くには京都駅から出ている電車に乗ることも可能だが、かなめがそれを拒んだのだ。
「せっかくだから観光しないとね」
実際には京都駅周辺に観光スポットはない。
京都タワーはそれほど価値のあるものではないし、どちらかと言えば郊外にこそ観光地はある。
もっとも、高校生向けの観光地と言えば河原町通りと言うことになるのだろうか。
「とりあえず、この京阪電車ってのに乗ろう」
「了解した。だが、間に合うか?」
クルツから届いた招待状には、午後八時という時間が指定されていた。
「まぁ、大丈夫でしょ。少しくらい遅れたってかまやしないって」
「……そうだな」
かなめに押し切られる形で、宗介も歩を進め始めた。
かなめと宗介が並んで歩く姿は、東京では遠目から見ても目立つ。
二人とも大人っぽい風体をしているが、その実、中身は非常に子供っぽい一面もある。
ここ京都でも、二人のような組み合わせは目立っていた。
「千鳥、これは何だ?」
「昔の標識みたいなもんね。ここを曲がればどっちに行けるかが書いてあるのよ」
「むぅ……磨り減っていて読めないぞ」
石の表面を指でなぞりながら、宗介は顔をしかめた。
見ているだけでも全くわからないのだが、触ってみても凹凸が読み取れないのである。
「これでは標識の役目を果たしていない」
「今は上の交通標識があるからね」
「では、何故このようなものを置いておくのだ?」
軽く拳で叩きながら、宗介がかなめに問いかける。
かなめは肩を竦めると、先に歩き始めた。
「利用価値のないものを置いておくなど、理解できん」
「それがアンタの苦手な情緒ってヤツなのよ」
「む。では、あれを理解すると古典が理解できるのだろうか」
今までの古典のテストは全て欠点を取っている宗介は、そう言って石を振り返った。
他の教科は直前の詰め込みでなんとかなるのだが、国語だけはそうもいかない。
追試を受けてもどうにもならないのだ。
「ま、アンタが情緒を理解するのは、あの石と一緒に暮らしてても無理ね」
「そうなのか?」
そう答えた宗介は、残念そうに石に視線をやると、それきり前を向いた。
七条大橋は人が多いため、前を見ずに歩くことはできないのである。


二人が鞍馬駅に降り立ったのは、既に日が沈んでからであった。
二人を待っていたらしいクルツの車に乗り込み、一軒の家へと連れて行かれる。
車を降りた二人が思わず見てしまう程、家は古ぼけていた。
「廃屋のようだが」
宗介がそう言うと、車のエンジンを切ったクルツが二人の背後に立った。
「ま、中に入りゃわかるさ。もう、テッサも姐さんも来てるぜ」
そう言って先に家の中に入っていくクルツを追って、二人も家の敷居をまたいだ。
天井が高い典型的な日本式家屋は、もう暖かかった。
居間の中央に置かれた囲炉裏には火が入り、その周囲にはテッサとマオが座っていた。
「あ、サガラさん」
「よ、ソースケ」
テッサが立ち上がろうとしてこけるのを見ながら、マオが缶ビールを持ち上げる。
クルツは笑いながらテッサを助け起こし、土間の所に立ち尽くしている二人を呼ぶ。
「さ、座れよ。クリスマス・パーティーしようぜ」
「クリスマス・パーティー?」
「まさか、そんなことのためにわざわざ鞍馬まで呼び出したの?」
唖然とするかなめと宗介に笑いかけて、クルツは囲炉裏の鍋の蓋を開いた。
美味しそうな匂いが部屋中に漂い、かなめが釣られるように囲炉裏の傍に腰を下ろす。
「ま、これは俺からのクリスマス・プレゼントってヤツかな」
「手の込んだことしてくれるじゃないの」
「本当です。言って下さればよかったのに」
そう言って早くも鍋の中身を茶碗によそうテッサに、マオも同意する。
とは言え、マオの方は既にアルコールも入って上機嫌である。
「クルツもいいことするじゃない」
「ま、たまにはこんなパーティーもいいかなと思ってさ」
「うむ。積極的な休養も時には必要だ」
宗介も、コートを脱いで囲炉裏の傍に腰を下ろした。
かなめの隣に座り、テッサのよそった茶碗を受け取る。
「頑張って作ってみたんですけど」
「ハ。大佐殿に御手を煩わせ、申し訳ありませんでした」
しゃちほこばって敬礼を返す宗介の横腹を突付き、かなめがテッサから茶碗を受け取る。
「出汁は何から取ったの?」
「干した魚と昆布です。クルツさんが、日本料理の基本だと」
「いい味出てるわよ」
「本当ですか?」
それを聞いて、テッサが嬉しそうに頬を緩める。
「美味しいです、大佐殿」
そう言う宗介に、テッサはますます頬を赤くする。
それは決して囲炉裏の火のせいではないだろう。
とにもかくにも、宴は始まった。


宴が終わり、かなめとテッサが眠りについた頃、クルツは一人で山に分け入ろうとしていた。
「……クルツ、何処に行く気だい」
「姐さんか」
山へ進みかけていた足を止め、クルツは振り返らずに応えた。
「少し外の空気が吸いたくなったのさ」
「そうかい。だったら、それ以上進まないことだね」
「……誰から聞いた?」
「テッサからさ。この一年、ずっとアンタのことを見張れってね」
「バレてたのか」
クルツはそう呟くと、背後でナイフを構えているマオと向き合う。
月明かりだけでも、二人には充分な光度だった。
「ミスリルを抜ける気かい」
「あぁ。今頃、姐さん達は俺の人質ということになってる筈だ」
「どうしてそこまでするんだい」
マオの表情は硬い。
いかに接近戦での圧倒的有利があるとは言え、場所はクルツの土俵である。
どこに暗器が隠されているかは把握できていない。
いかにウルズのナンバーを持つ彼女でさえ、確実に勝てる要素はない。
「金はもう、いらないんだ」
「……妹さんかい?」
マオの問いかけに、クルツは意外そうに目を細めた。
それを見たマオがタネをあかす。
「テッサから、例の話と一緒に聞いたんだ。妹さん、入院してたんだってね」
「あぁ。サキは血の繋がりも怪しい妹だけどな」
「彼女が死んで、金が要らなくなったから抜けるってのかい?」
マオの表情に、わずかに軽蔑の色が混じる。
それを読み取ったクルツは、苦笑してわずかに地面を踏みしめた。
「それもあるけどな。俺には傭兵ってのも性に合わない」
「散々人を殺しておいて、それはないんじゃないのかい」
「ミスリルにいる必要がなくなっただけだ」
「屁理屈はいいよ」
マオがそう言ってナイフを投げつけた。
クルツの頬を掠めたナイフが、鈍い音とともに茂みの中に消えた。
「せめてアタシにくらい、やめる理由を言ってくれてもいいだろう」
「……守らなきゃならないんだよ。約束をな」
「約束?」
クルツの表情が鋭くなり、マオの殺気が分散する。
二人の気配察知の動きを見て、宗介がマオの背後から姿を見せた。
それを見て、クルツは自嘲気味に呟いた。
「全員起きて来やしないだろうな」
「それはない。大佐殿は熟睡しておられた」
「ソースケ、お前には関係ないことだ。マオと二人きりにさせろ」
「そうはいかん。お前がミスリルを抜けると言うならば、俺は機密保持に動かねばならんからな」
当然のようにそう告げた宗介に、マオが声を荒げた。
「下がりな。邪魔だよ」
「マオ、何を考えている?」
「いいから消えな! お前が口出すことじゃないんだよッ」
マオの気迫に、さすがの宗介もあとじさる。
とどめを刺したのは、クルツの静かな言葉だった。
「男と女の関係がお前にはわかんねーだろ。それに、機密保持はお前の仕事じゃない」
「む……」
宗介の視線がマオを探る。
マオがその視線に軽く応えたのを確認して、宗介が足音も立てずに下がっていく。
宗介の気配が完全に遠ざかったところで、マオが再び殺気を流し始めた。
「で、約束ってのは?」
「ある化学兵器研究施設の爆破」
それを聞いたマオの表情が変わる。
殺気が薄れ、驚きがマオを支配する。
「まさか……」
「俺だってミスリルに金を稼ぎに来たわけじゃない。色々な情報も盗んだよ」
「あの施設を爆破すると言うのか?」
「病原体をバラ撒いてくれた連中の成果は、消してやらなきゃならないんだ」
「じゃあ、お前の出身地と言うのは……」
「東ドイツのある村、でいいかな」
マオの表情から驚きが消えた。
もはや何を言っても仕方がないと思ったのだろうか。
クルツの方も口を閉ざし、静かに拳銃を取り出した。
「冷戦の傷跡が、お前をそうさせたんだな」
「……隔世遺伝だってよ。死体を解剖させてわかったんだ」
「母体に影響が残ると言うのは、実験の過程では検出されなかった筈だ」
「当時と今じゃ、遺伝子工学のレベルが違うぜ」
そう言って、クルツが引き金に指を掛ける。
それを見て、マオがナイフを地面に下ろした。
いぶかしげるクルツに、マオは背中を見せて歩き始めた。
「行きなよ」
「……ソースケのこと、頼むわ」
「わかってる。クルツ、一度くらいアンタを抱きたかったよ」
マオの言葉に、クルツは苦笑した。
「もう少し早く言ってくれなきゃな」
「逃がした魚は大きいって言うだろ」
そう言うと、マオは家の方へ戻り始めた。
それを少しだけ見送った後、クルツが物音も立てずに姿を消した。
マオがどんなに気配を探ろうとも、察知できない範囲へとクルツは消えていた。


抜け出した布団は、戻ってみるともう冷たくなっていた。
安眠にはまだまだ時間がかかると知り、小さく吐息を漏らしたマオに、意外なところから声がかかる。
「ウェーバーさんの見送りは終わりましたか?」
内心の動揺を見せずに、マオは布団に潜り込んだ。
「……起きてたのかい」
「えぇ。今日と言う日に疑問を持たなかったわけではありませんから」
「悪いけどさ、クルツの思い通りにさせてやってくれないか」
「そのつもりです。今のわたし達は休暇中になっています。ウェーバーさんの策は読めていましたので」
「ふん……ざまぁないね」
マオの言い方に、テッサが隣の布団へと身体を摺り寄せていく。
わずかな抵抗も見せずに、マオはその背中をテッサに貸した。
「……メリッサ、ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ」
「メリッサもついて行っちゃうかと思ってました」
そう言って強くマオの背中をつかんだテッサに、マオはくるりと身体を回転させた。
向かい合うようにしてテッサを抱きしめたマオは、テッサの頭の上から話しかける。
「仮にも海兵隊の出身だよ。それなりの愛国心はあるさ」
「でも、メリッサがクルツさんについて行ったら……」
「それに、アンタを残して行けるわけないだろう。アンタが抜けるってんなら話は別だけど」
無言で自分の胸に顔をうずめてくるテッサを強く抱きしめ、マオは頭の中からクルツを追い出しにかかった。
モデルのような笑顔と、死ぬ間際になっても決して崩れることのない、強い眼光が浮かぶ。
キザったらしい中にも愛敬のある仕草の一つ一つが、心の中で整理されていく。
心のアルバムのページは、思いの外に多かった。
「とんでもないクリスマス・プレゼントだ……」
「メリッサ?」
マオの一言に顔を上げようとしたテッサは、強い力でそれを許されなかった。
頬に感じるマオの鼓動だけが、テッサにマオの悲しみを伝えていた。

<最初で最後のプレゼント 終わり>


あとがき

最近、サングラスを購入した小田原峻祐です。
最後まで、もう少しお付き合い下さいませ。

フルメタル・パニック二次小説第二弾です。
今回も締めの二人はクルツとマオです。

クルツの妹の設定は「揺れるイン・トゥー・ザ・ブルー」のクルツの言葉より創造。
京都の設定は実際の京都そのままです。
本当に見所少ないです、京都駅周辺は。(地元民の感覚では少し違いますが)

そして、今回のコンセプトは「宗介とかなめ」です。
この二人の掛け合いを使って、作品の雰囲気が沈まないように心掛けました。

クルツが爆破に向かう施設がどこにあるかは、マオが教えてくれました。
現実問題として、現在の世界一国独裁体制はミスリルが存在した場合、どうなるのか。
大きなサポンサーとしては成り立ちますが、攻撃対象にはならないのか。

2002年のクリスマス。
この作品のクルツみたいな決意を持った人が現れないことを願います。
その理由が、決して独裁体制の中で意気消沈したわけではなく、一国独裁の崩れる形がいいですね。
全員が協力して、世界平和を築いていく。
理想かもしれませんが、完全平和は全ての国の完全武装解除から始まるのではないでしょうか。

ミスリルのように、平和の為の犠牲となる人達がいないことを願います。
ミスリルのような組織が本当にできてしまったら、ある意味悲しいことですしね。

そんなこんなで、今年のクリスマスを迎えたいと思います。
それでは、一足早いクリスマスプレゼントでした。
再見!

小田原峻祐さん。有難うございますm(_ _)m。
ラストのテッサの台詞の「クルツさん」はわざとだそうです。間違いではありませんので、念のため。

こう言ってはナンですが、マオとクルツって幸せになりにくいカップルなのかな? 他所様のSSでも「ラブラブ」モノよりは「ドタバタ」モノか「死に別れ」モノが多いですし。
……確かに、ラブラブな万年新婚夫婦ってイメージはちょっとないんですが(苦笑)。
クリスマスといえば西洋から来た風習だけあり、どうしても西洋風になりますけど、たまには「わびさび」の和風スタイルで祝うというのも悪くないかもしれません。言い方を悪くすればキリストの誕生日な訳ですし。
確かにちょっと早いけど……Merry Chirstmas。
――管理人より。


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