『いやしんぼう万歳 銀座・超次郎』

※はじめに
このシナリオは2002年5月26日に隣町ケーブルテレビで放映された番組を、シナリオ形式に起こしたものです。内容・お店についてのお問い合わせはご遠慮ください。

◯番組タイトル(いやしん坊万歳) テーマソング入る。
◯超次郎寿司前 前景。シエル、フレームイン
シエル「みなさん、こんにちはぁ。きょうは銀座のお寿司の名店、超次郎寿司にお邪魔します。ここは銀座の数寄屋橋交差点から徒歩1分のビルの地下にあるんですよ」
アルク「ねぇねぇ、志貴ぃ。お寿司って美味しいんでしょ? 私、すっごく楽しみなんだ」
シエル「はい、猫はネタだけ食べてなさい。寿司はネタとシャリが一体となって味わう、総合芸術なんですよ。やれ、ネタが新鮮だの、ネタがシャリより大きいだの、そんなことでしか寿司を計れない輩は、ネタだけ漁ってろ、って感じですね」
アルク「にゃに〜!」
志 貴「大丈夫だよ、アルクェイド。いざとなったらお造り貰う手もあるんだし」
アルク「志貴までそんなこと! 食べる! 私、絶対寿司食べるからね!」
シエル「バカ猫は放っておいて、早速はいってみましょう」
シエル、狭い入り口の暖簾をくぐる。あとをノコノコついていく猫と死を観る瞳。出迎える仲居の女性。
仲 居「いらっしゃいませ」
シエル「すいません。予約しといた隣町ケーブルテレビの者ですけど」
仲 居「はい、こちらへどうぞ」
◯超次郎寿司・カウンター カウンターに座る3人。
アルク「うわぁ〜、魚だ魚!!」
目の前に並べられた木箱の中の魚の切り身に身を乗り出す猫。
職 人「お客さん、身を乗り出すの止めてくれませんかね」
志 貴「すいません、猫なもんですから。それにしても、冷蔵ケースじゃないんですね」
職 人「ええ、あんなもん邪道です。ウチじゃあるものをすぐお出ししてますからね、あんなもんに頼る必要はないんですよ」
シエル「なるほど。それじゃ、お勧めでお願いしますね」
職 人「へい」
カウンターで職人が握り出す。軽快な仕種を写すカメラ。ややあってコハダが出てくる。
アルク「魚!」
志 貴「これはコハダだよ」
シエル「よく青白赤、っていいますけど、最初は青身の魚からなんですね」
職 人「最初っから赤身の味の濃いのを食べちゃあ、舌が死んじまうからね。まあガリとアガリで口を洗えば済むんだが、一応ウチではこうして食べてもらってるんでさぁ」
シエル「ではさっそく……」
ネタにちょこっと醤油をつけて口に放り込むシエル。目が大きく見開かれる。
シエル「おいしい! コハダの締め具合も絶品ですけど、シャリが口の中でほどけていくのがすごいです」
志 貴「うん、噛む必要がないんだね。ネタとシャリが口の中で一つになる」
アルク「わさび、辛い」
涙目の猫。
シエル「はい、獣にはわさびの美味しさがわからないんですね」
アルク「違う! 私の舌が敏感なだけだ!」
志 貴「子供がわさびが苦手な理由もそれみたいだね」
職 人「ははは、いいですよ。そちらさんにはサビ抜きでいきやしょ」
間を置かずシメ鯖が出てくる。口に放りこむ猫。
アルク「おいしい! お酢で締めてあるのに身が柔らかい!」
シエル「はい、酢で締めたあげく油が全部抜けた干物みたいな鯖しか食べたことのない猫には驚きでしょうね」
志 貴「いや、それだけじゃないよ。鯖自体の身がそもそも柔らかいんだ。きっともとの鯖は脂が強くて、そのままだと下品になってたと思うよ。それをちょうどいいバランスに仕上げてるんだ。ネタもすごいけど、それを仕上げる腕がいいんだ」
職 人「ありがたいこと言ってくださるね、このお客さんは」
などと和気藹々のうちに、イカ、サヨリ、平貝、小柱と出てくる。それを早回しで食べていく一同。
シエル「さて、いよいよ赤身のお魚ですね」
アルク「まぐろ〜、トロ〜」
アルクが叫んでいるところにマグロの赤身が出される。猫が引っつかんで醤油をつけようとすると、職人が声をかける。
職 人「あ、たっぷりつけないで。人によっちゃ、つけなくてもいいって言う人もいるくらいだから」
アルク「え、じゃ、ちょっとだけつける」
シエル「それじゃ私はムラサキをつけないで……うわ、これはヅケですね」
職 人「そういうこと。ネタを見るのも技術、切るのも技術、握るのも技術だけど、本来のすし屋ってのは仕事してなんぼだからね。赤身を切ってさあどうぞ、ってのは食う方も作る方もつまんねぇやね」
志 貴「赤身の繊維のひとつひとつに醤油の旨みが染み込んで、渾然一体になってるよね。しかもたんぱく質が軽く分解しているから、旨みがただの赤身と段違いだ」
続いて中トロが出される。
アルク「トロ〜!」
シエル「うわぁ、見事ですねぇ。はむ……ふふふ、なんだか嬉しくて、口の中が幸せです」
志 貴「うん、旨み一筋って感じだった赤身に脂の美味しさが加わって全然違う魚になってる」
さらに大トロ。
アルク「脂身ぃ〜〜!」
志 貴「まさに魚の脂身だね。差しが入っているというより、差ししかないって感じだ。うわぁ、醤油にバッと脂が広がったよ」
シエル「……口の中が脂でいっぱいです。でも醤油と一緒に入って全然しつこくないし、それが口の中でほどけたごはんと一体になって、めちゃくちゃおいしいですね」
職 人「まあ、これが西洋料理ならメイン・ディッシュみたいなもんだからねえ」
続いて煮海老が出てくる。
アルク「エビ、きら〜い」
シエル「はい、猫には食べられないんですよね。私としてはこれを食べて踊り死んでくれるとありがたいんですが」
志 貴「先輩! いいよ、アルク、俺が食べてあげるから」
アルク「志貴ぃ、かわりに卵焼きくれる?」
志 貴「ああ、いいよ」
アルク「わ〜い」
シエル「まあ、バカは放っておいて海老ですが……うわぁ、これ、海老の味噌を塗ってるんですね」
志 貴「すごい。濃厚な旨みだ。それとに海老のプリプリした食感がひとつになって、これまで食べたことない味だよ!」
アルク「うう、おいしそう」
志貴にあげたはずの海老に手を伸ばすアルク。その手の先からひったくるシエル。
シエル「はい、ダメです。遠野くんがあなたの体のことを思ってとっておいたのに、それに手をつけるなんて」
そう言いながら、海老を口に放りこむシエル。
シエル「ふぅ……素敵です。幸せです。最高ですね、遠野くん」
志 貴「うん、確かに最高だけど……」
アルク「ぐるるる、シエル、殺す」
シエル「はい、猫は勝手にのど鳴らしてるように」
穴子が出される。
アルク「穴子〜! 穴子、大好き!」
シエル「はふぅ、これ、すごいですね。柔らかく蒸し上げて、口の中で溶けちゃいそうです」
志 貴「うん、まるでお菓子みたいだ。上質の和三盆の干菓子を思わせるね」
アルク「おいしい。幸せ」
職 人「そういうこと。ただ蒸せばいいってもんじゃなくてね、どう仕上げるか、なんだから」
シエル「もちろん、タレも絶品です。しつこすぎず、穴子の旨みをうまく引き出してますね」
ウニの軍艦巻き登場。
アルク「ウニ〜〜」
志 貴「すごい。トロトロのウニだ。脂と旨みがまじりあって……ん? 握りの固さが違う」
シエル「本当ですね。さっきまでの握りとはシャリの固さが違いますね」
職 人「ははは、そりゃそうだ。軍艦巻きを柔らかく握った日にゃ水っけでシャリがほどけちまう」
シエル「なるほど、ものによって握りに強弱をつけるわけですね」
職 人「そういうこった。まあ、軍艦巻きなんてもんがつい最近の代物だからね、そう言った意味じゃまだまだ研究の余地がある食い物ってわけだ。だからお客さんが言ってくれれば、ウニを握って出すこともできるよ」
シエル「うわぁ、それはぜひ今度食べてみたいですね」
卵焼きが出てくる。
アルク「うわぁ、大きい!」
シエル「これは立派ですねぇ」
アルク「おいしいぃ!」
シエル「出汁がすごいですね。それにふわっとして、これもお菓子みたいです」
志 貴「アルクェイド、これ、食べていいよ」
アルク「いいの? 志貴」
志 貴「さっき海老食べられなかっただろ?」
アルク「でも、さっきのはバカシエルが食べたんだし……じゃ、半分にしよ!」
志 貴「……アルクェイド……」
残ったひとつの卵焼き。が、それにシエルの手が伸びる。
アルク・志貴「ああ〜!」
シエル「はい、ラブラブ禁止です。だいたいひとつのお寿司をどうやって二人で分けるつもりですか」
勝ち誇るシエル。しょぼんとする志貴。うなる猫。
シエル「はい、とってもおいしうございました」
志 貴「うん、それにそんなにたくさん食べた気もしないのに、おなかいっぱいになったね」
シエル「はい、ゆっくりと食べたこともありますし、少なく見えてもご飯もお魚もたくさん食べたってことですね」
アルク「トロ、もひとつ食べたい!」
シエル「そうですね、私もちょっと物足りないかな」
アルクとシエルの前に中トロが出される。
アルク「トロ〜〜。大好きぃ〜〜」
だがシエルは手を出さない。しばらく考えたあげく、ポンと手を打つ。
シエル「そうです! なにか物足りないと思ってました」
その声に応えて、カメラの手前から保温水筒が現れる。
シエル「これですよ、これ」
ふたをとって、カウンターに置くシエル。中栓をひねっていく。
職 人「ちょ、ちょっとあんた、この臭いは……」
ふたのコップに水筒の中からじゃばじゃばと黄色い液体を注いでいく。カレーだ。
シエル「これが足りなかったんですねぇ」
職 人「やめろ、店に臭いが!」
その声を無視して、どっぽんとカレーに寿司をつけこむシエル。
志 貴「うわっ!」
職 人「俺の寿司!」
黄色く染まった中トロを嬉しそうに口に運ぶシエル。
志貴・職人「やめろ〜〜!」
満面の笑みを浮かべるシエル。
シエル「すご〜い、幸せですぅ。おいしすぎます。やっぱり寿司はカレーに限りますねぇ」
職 人「やめろ、帰ってくれ! お代はいらねえ、さっさと出て行け!」
カウンターから飛び出す職人。弟子も加勢して、店から追い出される一同。
アルク「あう〜、私はなんにも悪いことしてないのに」
志 貴「あんまりだ」
シエル「あらあら、お代を払わなくてすんじゃいましたよ。あんなに美味しいお店なのにタダだなんて、よかったですね、遠野くん」
志 貴「先輩……」
シエル「それでは次回の『いやしんぼう万歳』をお楽しみにぃ。さようならぁ」
◯超次郎寿司前 エンディング曲流れる。
クレジット。カメラマン:翡翠
叩き出された一行に塩が蒔かれてフェードアウト。
シエル「次は、あなたのお店に行きますよ〜!」
◯エンドタイトル
この番組では、出演を希望するお店を募集しております。

【了】


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