『1本300円のステイタス』

SRTきっての美青年、クルツ=ウェーバーは上機嫌だった。
一日の辛い労働の後に送られてきたメッセージが、彼に笑顔を与えていたのだ。
「テッサちゃんから私用メッセージだもんなぁ。ついにあの朴念仁を諦めたのかね」
自分で呟いておきながらそれはありえないと思いつつ、クルツはテッサの私室のドアを軽くノックする。
しばらく待って返事がないのを確認すると、クルツは鼻歌交じりでノブに手をかけた。
ノブを軽くひねると、意外にもあっさりとノブが回転する。
「ん? 鍵を閉め忘れたのかな」
ドアを軽く内側に押してみると、チェーンが掛けられている気配もない。
「……料理の味見係ってのはなさそうだけどなぁ」
テッサの料理の味は、かなめに比べると数段劣る。
もっとも、ほぼ毎日自炊している一般的高校生と比べることは、テッサに気の毒ではあるのだが。
「テッサちゃん、入るよ」
紳士の嗜みとして、一声掛けてからドアを本格的に開ける。
部屋に入り、真っ先に目に入って来たのは、サンドウィッチをパクついているマオの背中だった。
「あれ、姐さん」
サンドウィッチを咥えながら首を捻じ曲げ、マオはソファー越しに侵入者の方を見た。
手を使わず、咥えていたサンドウィッチを器用に口の中に放り込んだマオは、面白くなさそうに言い放つ。
「何やってんだい、クルツ」
「いや、ちっとテッサちゃんに呼ばれたんだけどさ」
とりあえず後ろ手にドアを閉め、クルツはソファに身体を沈めているマオに近付いていく。
サンドウィッチの皿の隣に缶ビールが置いてあることから、マオはかなり前かららそこにいるようだった。
「まぁ、適当にしてなよ。あの子、まだ仕事みたいだしさ」
まるで部屋の主のように寛いでいるマオから視線を外し、クルツは部屋を見回した。
調度品は少ないのだが、その一つ一つに部屋の主の性格が現れている。
無駄な装飾のない調度品と、使用目的がはっきりと分かるそれらの品々は、テッサの几帳面さを示している。
「んで、姐さんは何をしてるわけよ」
「ここさ、衛星放送が入るんだよね」
マオの言う通り、マオの正面の大画面は衛星放送を流していた。
さっと見てみると、映画の再放送のようだった。
「下士官だって個室だろ」
「衛星入ってないの。コレ、前から見たかったんだよね」
「さいですか」
部屋に一つしかないソファーはマオが占領している。
クルツはため息をついて、キッチンの椅子を取りに向かった。


クルツが椅子を持ってソファの後ろに戻ってくると、部屋の主が息を切らせながら部屋に帰ってきた。
首にかかる髪の毛が張り付いているところを見ると、かなり急いで帰って来たのだろう。
「遅くなってすみません、ウェーバーさん」
「いや、構わないけどさ。先に着替えたら? 気持ち悪いでしょ、その汗じゃ」
「えぇ。それじゃ、失礼します」
シャワールームへ行く前に寝室へと入っていくテッサを見送り、クルツは椅子に座った。
丁度自分の肩のところにクルツの気配を感じたマオが、邪険に手を払う。
「邪魔」
「一つくれよ、それ」
「……ほら」
面倒臭そうにサンドウィッチの隣に添えてあったチェリーを取り上げ、クルツの口許に運ぶ。
マオのちょっとした意地悪に、クルツは何事もなくチェリーを口で摘んだ。
「……ヘタを引っ張ってくれると嬉しかったんだけど」
「こんないい女に食べさせてもらっただけでも光栄だろ」
何事もなかったように映画を観続けるマオに、クルツは自分でヘタを引っ張った。
チェリー独特の皮の張りを楽しみながら、クルツはヘタを皿の上に投げた。
「はい、あーん……とか言ってくれると嬉しかったんだけどな」
「バカ言わないでよ。どっかのキャピキャピ三つ編み娘じゃあるまいし」
「ついでに運動音痴の朴念仁想いってか?」
「おまけに甘党の奥手もつけといて」
そう言って笑ったマオを、クルツは腹を抱えながら窘めた。
「いくらなんでも、そりゃ言い過ぎだって」
「事実じゃない。とてもじゃないけど、あたしには無理な話だわ」
クルツが涙目になりながらふと背後を振り返ると、そこには私服姿のテッサが拳を震わせていた。
慌てて手を振ったクルツを無視して、テッサが足音を立てないようにしてゆっくりと二人に近付く。
未だに笑っているマオの背後にテッサが到達すると、クルツは黙って場所を空けた。
「……誰がキャピキャピ三つ編みで運動音痴の朴念仁想いの奥手なんですか?」
「んー、そんなの決まってるでしょ。今、あたしの後ろで怒ってる人」
「メリッサ!」
怒ったテッサの攻撃をかわして、マオはソファに突っ伏してしまったテッサに手を差し伸べた。
憮然とした表情で手を払おうとしたテッサに、マオは笑顔で謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、ごめん。ちょっとあんたが可愛いからさ」
「謝罪になってません」
「そのままでもいいけどさ、クルツのバカにパンツ見えてるよ」
「えっ」
慌てて起き上がろうとして、ものの見事にマオに抱きかかえられたテッサに代わり、マオがクルツを睨む。
「はい、今ので報酬はおしまいね」
クルツが肩を竦めて、了承の意を示す。
それを見て、テッサが咳払いをした。
「もういいです」
「そう? んじゃ、そろそろ退散するわ。クルツ、くれぐれもあたしのテッサに変なことしないでよ」
そう言って、テッサを離したマオが帰ろうとすると、今度は逆に、テッサがマオの腕をつかんだ。
不思議そうに振り返ったマオに、テッサはここにいるように頼んだ。
「メリッサにも相談に乗ってもらいたいんです。多分いると思ったから、連絡はしませんでしたが」
「あたしとクルツに相談ねぇ」
「ま、俺にできることならするよ」
「ありがとうございます。実は、カナメさんにこのようなものをいただいたんです」
そう言ってテッサが取り出したのは、女の子らしい封筒に入れられた一通の手紙だった。

  <dear テッサ
   突然手紙なんか出してゴメンネ。
   ソースケに聞いたんだけど、ミスリルにも夏休みってあるんでしょ?
   んでさ、もしよかったら夏休みにこっちに来ない?
   ソースケもいるし、テッサとは色々話もしたいし。
   この手紙はソースケに渡しとくから、返事はソースケにしてやって。
   浴衣用意して待ってるからね♪
                                  千鳥 かなめ>

テッサから手紙を受け取り、それを黙読したクルツが顔を上げた。
隣から覗き込むようにしてそれを読んでいたマオも、クルツから渡された手紙を再度読み返している。
「ふぅん、夏休みねぇ」
「まぁ、一応有休取れるわけだし、いいんじゃねぇの」
肯定的な二人に、テッサも軽く頷く。
「はい。それで、メリッサとウェーバーさんにもついて来て欲しくて」
そう言ったテッサに、手紙を封筒に入れ直したマオがそれを手渡す。
クルツはそれを見ながら、椅子をソファの正面へと運び直していた。
「護衛も兼ねてってわけね。いいわよ、あたしは」
「俺も構わないぜ。浴衣準備して待ってるってことは、夏祭りに連れてってもらえそうだしな」
椅子をセットし終えたクルツが、ポンッとソファを叩く。
それに反応してソファーに戻ったマオが、隣にテッサを座らせる。
クルツも反対向けに置いた椅子に腰を下ろし、背もたれに顎を乗せた。
「それで、相談ってそのこと?」
「はい。それから、浴衣の着付けの仕方を知っていたらと思って」
テッサはそう言うと、ネットで検索したであろう知識を披露した。
「浴衣というものは日本固有の服装のようです。日本人女性はこの浴衣の着付けが嫁入り修行としてあるそうなんです。それで、多分カナメさんは着付けが出来ると思うんです」
「そうだねぇ。カナメちゃんは結構家庭的だし」
「はい。だから、わたしだけが着付けが出来ないと言うのは……その、日本人であるサガラさんに好印象を与えないのではないかと」
そう言った途端、頬を赤らめて俯いたテッサを見て、クルツは心の中で歓声を上げていた。
しかし、マオは小首を傾げながら呟いた。
「ソースケにそんな情緒がわかるのかしら」
「ま、古典のできない人間だしなぁ」
そう呟く二人に、テッサはややうろたえながら反論する。
「わ、わたしも古典なんてできませんし」
「んー、そうなんだけどさ。何か、こう、ソースケには人間として足りないものがね」
「俺、女性にケシの花贈った奴は初めて見たな」
「うぅ……」
完全に困ってしまっているテッサを見て、マオは優しく背中を叩いた。
それに合わせるようにして、クルツも笑顔を向ける。
「ま、出来ないよりは出来た方がいいよ。俺、教えてやるよ」
そう言ったクルツに、テッサの笑顔が送られ、マオの半眼が突き刺さる。
「クルツ、あんたって何でも出来るのね」
「常識だな。もっとも、文庫結びしかできないけどな」
「文庫結び?」
テッサの問いかけに、クルツは少し言葉を選んでから答えた。
「帯ってのは着物のベルトって感じかな。ベルトのつけ方が色々あるってこと」
「それで、どんなのがあるわけ?」
「片流しとかフリージアとか。要は、帯は長過ぎて後ろで結ぶんだけど、その結び方が色々あるわけ」
クルツの説明に、ネットで少しだけ聞きかじっていたテッサが質問を繰り返す。
マオの方はと言うと、こちらはもう何がなんだかわかっていない様子だ。
「男性と女性では結び方が違うとも聞きましたけど」
「基本は一緒。文庫結びってのは女性用。男性用は教えるほどのもんじゃない」
そう言ったクルツに、テッサは勢いよく頭を下げた。
「ウェーバーさん、お願いします」
「それじゃ、次の休暇で浴衣を仕入れとくよ。頑張ってね、テッサちゃん」
「はいッ」
嬉しそうに顔を上げたテッサの横で、マオは面白くなさそうにビールをあおっていた。


かなめの手紙が届いてから一週間後、夏休みを受理された三人はテッサの部屋に集まっていた。
無論、着付けの練習の為である。
「んじゃ、これからクルツくんの着付け講座を始めます」
「前置きはいいって。さっさと始めなさいよ」
マオの言葉に素直に頷いて、クルツは持参していた紙袋の中身を取り出した。
それは薄赤を基調としたあまり模様の無い浴衣と、黄色の帯だった。
「ま、これが浴衣ってやつね」
「こんな布切れで外に出るんですか」
初めて本物の浴衣を目にしたテッサは、目を丸くしていた。
それには構わず、クルツはマオを立たせた。
「まずは他人に着せてみようか。てなわけで、姐さん、モデルね」
「はいはい」
吸っていた煙草を灰皿に押し付け、マオが立ち上がる。
クルツがその背後に立ちながら、着付けについての講義を始める。
「本当は肌襦袢を着るんだけど、なかったからもうそのままね」
「はい」
「最初は当然浴衣を羽織る。この時、左が前に来るように前を重ねる」
「左側が前ですね」
「それから、最初に気をつけるのが腰紐の位置。着物は曲線をあまり描かないんだ」
「どういうことですか?」
さすがにこの辺になると、テッサの頭脳をもってしても苦しいところがある。
クルツは着せるのを中断してテッサを側へ呼んだ。
「これが腰紐。これで持ち上げた裾を固定するんだけど、腰骨を隠すようにするんだ。やってみて」
「はい」
クルツが浴衣を持ち上げている間にテッサが紐を結ぼうとするのだが、どうしても上手くいかない。
プロポーションのいいマオは、初心者には整え辛い体型なのである。
「テッサちゃん、腰紐って言うんだけど、かなりヒップに近いところで止めるんだよ」
「わかりました」
「なんなら、腰より少し下ぐらいで覚えといて」
「はい」
テッサが必死に頑張り、紐を縛る。
しかし、着物の着付けとは指を上手く動かすことこそが真髄である。
運動音痴のテッサにとって、この着付けと言う作業は至極難関であった。
「うん、そんなもんかな。姐さん、苦しければ言ってね」
「大丈夫だよ」
「それじゃ、帯にいくぜ」
着付けと言うのは初心者には帯にいくまでが大変である。
テッサは既に返事をする気力を使い果たし、無言で頷いていた。
それでもやる気だけはあるのか、瞳は輝いている。
「姐さんもテッサちゃんも体型はスッキリしてるから、同じ結び方でいい」
そう言うと、クルツはパッと動き始めた。
帯を両手で持ち、マオと対面する。
そのまま一気に帯で羽根を作りあげる手順までを無言でやり終えて、今度はそれを外していく。
「ウェーバーさん……早くてわかりませんでした」
「あぁ、手順確認しただけだから」
そう言って、クルツは自分とマオの間にテッサを招き入れた。
戸惑うテッサの手を取りながら、クルツは要所要所を教えていく。
「短い方が上に来るように結ぶ」
「はい」
「羽根を作って、結び目と一緒に短い方を下ろして隠す。それから、それを帯の中に入れる」
「……最後にこれを回すんですね」
「その通り」
何とか帯を結び終えて、テッサは笑顔で自分で仕上げたマオの浴衣姿を眺めた。
マオも不思議な衣裳に心が動いたのか、珍しくモデルのような仕草で衣裳を確認している。
「へぇ、いいね」
「だろ? 日本の夏は浴衣だぜ」
そう言いながら、クルツは再び紙袋に手を突っ込んでいた。
取り出したのは黒い下駄。鼻緒は勿論朱色である。
それをマオに履かせ、クルツは大きく二つ頷いた。
「うん、いい出来。今のが一人で着る時の手順だから、後は練習してね」
「はい。ありがとうございます」
クルツの手を握り、テッサが満面の笑みを浮かべる。
何事にも努力を惜しまないテッサなら、夏休み当日まで時間はあり過ぎるほどだろう。
クルツは微笑みながらテッサの手を握り返していた。


「かわいい!」
「似合ってよかったぁ」
「んー、このこの」
男性陣を閉め出したかなめの寝室で、こちらも浴衣に着替えた三人がテッサの浴衣姿を誉めている。
夏休みを利用して飛んで来た日本で、テッサは最高の夏休みを味わっていた。
「よし、出陣!」
祭と聞けば、かなめの血が騒がない筈が無い。
今も、かなめは一番に寝室の扉を開けていた。
「むぅ……動きにくそうな服装だな」
「おおっ、四人とも美しいっ」
前者は宗介、後者はクルツのコメントである。
早速ハリセンで宗介を殴り飛ばしたかなめは、そのままのテンションで腕を突き上げた。
「いざ、夏祭りへ!」
「おー!」
女性陣が腕を突き上げていた時、ドアをノックして風間が顔を出す。
「あの、トラックの敷物終わりましたけど」
風間はこの家に来るなり取り上げられたカメラの存在に涙したが、それでも笑顔でドアを開けて待っていた。
先程飛ばされたばかりの宗介も、何事もなかったように立ち上がる。
「うむ。出発しよう」
宗介の言葉をきっかけに、かなめが恭子が、浴衣姿で玄関から出て行く。
その最後に、マオが車のキーを取りだし、クルツへと放る。
「この格好で運転はできないからね」
「了解。姐さん、綺麗だぜ」
「お世辞はいいよ」
「お世辞じゃねぇって」
力説しようとするクルツの額を持っていた扇子で二回ほど叩き、マオは右の口端を上げた。
「いいね、これ。いい音するわ」
「……本当に綺麗なんだってば」
「はいはい。ほら、さっさと運転しな」
まだ何か言いたげなクルツの口を閉じた扇子で封じ、マオは左の口端も上げた。
そして、クルツの横を通り過ぎる間際に小さな声で囁いた。
「ま、綺麗って言われんのはいい気持ちだよ」
「素直じゃねぇな。まったく」
そう言って先に出て行ったマオを追うクルツは、誰の目から見ても嬉しそうだった。


軽トラで走ること約三十分。
神社の夏祭りに到着するなり、かなめがテッサと宗介を荷台から引き摺り下ろす。
「ま、待って下さい。着物の裾が……」
慣れない浴衣はテッサの運動能力とも相まって、テッサの動きを制限する。
それを強引に立たせると、かなめのブーストにスイッチが入った。
「さぁ、行くわよ! 目標、全店制覇!」
「ま、待って下さぁい」
人ごみの中に突撃を開始する二人のすぐ後ろを、宗介が走る。
その手に拳銃が見えたかどうかは定かではないが、とにかく二人の背後を守るようにして駆けてゆく。
「もぅ、カナちゃんたら」
「下りられる?」
「うん。大丈夫」
三人に遅れること数十秒で荷台を下りた恭子は、隣で待っていた風間の方に笑顔を向けた。
顔を赤くした風間に、恭子は夜店の方を指した。
「行こっか。相良くんが何かやらかす前に取り押さえないと」
「そうだね」
恭子を気遣いながら連れ立って走っていく二人を見送って、クルツはたった一人残っていたマオに声を掛けた。
「なんかさぁ、微笑ましいねぇ」
「オヤジのセリフだよ、そりゃ」
まだ荷台の上に残っているマオを振り返り、クルツが手を差し出す。
その手を叩き払って、マオは荷台から軽く跳んだ。
見事な着地を決めて、気にいったらしい扇子で自分の肩を叩いた。
「ま、夏休みに入ってもいいんだけどね」
「夏休みじゃん」
そう言ったクルツの耳を引っ張り、マオは何食わぬ顔で夜店の方を眺めた。
今のところ、騒動は起きていないらしい。
「テッサの護衛とソースケのおもりがあるでしょ」
「いらぬお世話だと思うけどな」
「そうかい?」
「俺が夏祭りの楽しみ方を教えてやるよ」
そう言って先に歩き始めたクルツは、少し遅れてなり始めた砂利を踏みしめる音に振り返った。
練習していたのかしていないのか、マオの歩き方は様になっていた。
「上手く歩けてるじゃん」
「この姿になることは予想ついてたからね。SRTとして当然でしょ」
薄赤色の浴衣の袖を持ち上げて、マオがそう言った。
惜しむべくは笑顔がないと言ったところだろうか。
「ソースケじゃないけど、少しは気を抜けよ」
「あんたがいつも緩み過ぎなのよ」
「張り詰めた糸は切れやすいってね」
いつものようにそう言ったクルツに、マオは吐息をついてみせた。
しかし、いつものように手を出すこともなく、マオは扇子を開いただけだった。
口許を隠すわけでもなく、扇子で胸元に風を送り込み、マオが自分の胸元を見つめる。
「ま、この浴衣のお礼はしなくちゃね」
その言葉を聞いた途端、クルツが期待に笑顔を浮かべる。
犬のように率直な感情を示してくるクルツに心の中で苦笑しながら、マオはクルツの腕を取った。
「それじゃ、案内を頼もうか、クルツ」
「もちろんだぜ、姐さん」
クルツが最初に足を向けたのは、リンゴアメを売る露店。
一本三百円の値札のついたアメを買い、それをマオに手渡す。
「これが夏祭りの醍醐味かい?」
「これを食うのが定番なの。これを食いつつめぼしい夜店を探すのが通なんだぜ」
「……硬い」
いきなりリンゴに食いついたマオを見て、クルツが笑いながら訂正する。
「リンゴアメってのは、上の傘のところから食うもんなの」
「中のリンゴは味気ないね。こういうもんなのかい?」
「アメとリンゴのハーモニーさ」
「ハーモニーね……あれ、種まであるじゃない」
愚痴を漏らしながらも、マオは腕とリンゴアメを離そうとしない。
そんなマオを幸福感に満ち足りた表情で眺めながら、クルツは視線を次の露店に定めていた。
クルツの夏休みは、今、ようやく始まりを迎えていた。

<1本300円のステイタス 終わり>


あとがき

皆様、御機嫌いかがでしょうか。
親戚の伯父様に色々とお節介をかけられている小田原峻祐です。

今回はフルメタルパニックです。
たとえ戦闘シーンが一つもなくとも、宗介の出番が少なくとも、フルメタルパニックの二次創作です。

今回のコンセプトはただ一つ。
「浴衣着せたい」
……これだけです。

ただ、素直に浴衣を着るだけでは面白くない。
それに、かなめが浴衣を着るのではあまりにも普通だ。
そして何より、浴衣を着た彼女たちを誉めてみたい。

しかし、書き始めてすぐにクルツ×マオが頭をもたげてきました。
峻祐の読みたいのはクルツ×マオの小説なんだ。
読みたいものが見つからないなら、自分で書くしかないんだ。

……で、結局はこの話になりました。
クルツとマオの掛け合いに焦点を絞り切れなかったのは、浴衣のせいですかね。
ただ、マオに似合う浴衣というものが想像できなかったのが心残りです。

それでは、この辺で失礼致します。
次回登場時には、またサクラ大戦で登場したいと思います。
んじゃ、再見!

小田原峻祐さん。有難うございますm(_ _)m。
浴衣って、着るの難しいんですよね。男はともかく女の人の場合は。最近ではワンタッチ帯みたいなヤツも出回ってますけど。
しかし、やっぱり浴衣姿を見かけるってのはいいものです。

『戦闘シーンが一つもなくとも、宗介の出番が少なくとも』フルメタの二次創作です。
『読みたいものが見つからないなら、自分で書くしかない』。まさしくその通りかもしれません。
管理人の場合はドタバタ喜劇が好きだから、どうしてもそっちが多くなってしまいますけど。
という事は、管理人は「ドタバタ喜劇が読みたい」って事なのかな??
――管理人より。


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