『テッサのスイート・サマー・バケーション 後編』
次の日は、夜に夏祭りに出かけることになった。どうも、テッサが事前に調べていたらしく、その為の浴衣もしっかりと用意してあった。
「どうです、似合っていますか?」
「はっ、とても良くお似合いです」
テッサの浴衣は紺色の布地に、真っ白な兎と黄金色のすすきが描かれている。一足先に秋を彩った浴衣で、なんとも涼しそうである。足元は黒塗りの厚下駄。鼻緒は真っ赤な色で、真っ白な足の美しさを際立たせている。そして、手元には紫、黄、赤の三色に塗り分けれられた巾着袋を下げていた。
「じゃあ、出かけましょうか?」
「はっ、お供致します」
祭りの会場は、近くの神社だった。お正月にも、テッサやかなめ達とお参りに来たことがある(注:作者の書いた『NEW YEARパニック』より)。
「わたし、日本のお祭りって初めてなんですよ」
「そうですか。自分は、千鳥と一度だけ来たことがあります」
(………カナメさんと、ですか)
テッサの心の奥がチクリと痛む。
「では、参りましょうか?」
「はい♪」
テッサの目の前には、不思議な光景が広がっていた。赤や緑の光の提灯の色。その光に照らされ、様々な屋台が軒を並べる様。親子連れや、カップルの姿。いずれも幸せそうな顔をしている。ここには、戦場にない温もりがあった。
「よっ、そこのお嬢さん。やってかない」
「あのっ、わたしですか?」
「おうよ!!」
声をかけてきたのは、捻じり鉢巻きのおじさん。いかにも、威勢の良い感じだ。目の前の水の中では、色とりどりの金魚が元気良く泳ぎ回っていた。
「あのぉ、これは何ですか?」
「金魚すくいだよ。おっ、外国の人かい珍しいねぇ。じゃあ、おじさんが教えてやるよ。これで、こうしてな……」
おじさんの説明を真剣に聞くテッサ。おじさんの一字一句にうんうんと頷いている。
「サガラさん、やってもいいですか♪」
「どうぞ」
どうも素っ気のない言い方だ。
「それにしても、別嬪のお嬢さんだな。彼氏もいい子を見つけたねえ」
「えっ、そんな……彼氏だなんて……キャッ、恥ずかしい♪♪」
テッサは、顔を真赤にして喜ぶ。
(やっぱり、恋人同士に見えるんですね。何だか、嬉しい……)
テッサがチラッと宗介の方を見る。だが、宗介には何のことだかよくわかっていないようだった。
「じゃあ、がんばんな」
テッサは狙いを定めると、一気に水の中にタモ(金魚をすくうヤツ)を入れる。
「よーし、えい!!」
高速で撃沈。
タモの真中に盛大な穴が開いている。
「えい!!」
光速で爆沈。
「えいえい!!」
電光石火で轟沈。
「しゃーないなあ。もう一本サービスしたるわ」
「……すみません」
だが、それから何度トライしてもダメ。上手くいかない。目の前には、失敗したタモの山。なんだか、おじさんも気まずい顔をしている。
「もう一回お願いします!!」
だが、負けず嫌いのテッサは諦めない。おじさんだってそうだ。ここまで来たら、どうにかして金魚をすくってもらいたい。
「釣れました♪」
「よかったな。お嬢ちゃん、うんうん」
店のおじさんも感激して、涙を流している。
「ありがとうございました」
「そっちの彼氏と仲良くな!!」
おじさんが手を振っている。
「サガラさんは、やらなくてよかったんですか。金魚すくい?」
テッサは自分の釣った金魚を愛しそうに眺めている。
「いえ、自分は、前に千鳥とやったことがありますから」
(……また、カナメさん……ですか)
心の中で生れた負の感情を処理する。心の奥がチクリと痛む。
「あらっ、あれは何ですか?」
親子連れが、おもちゃのライフルで的を撃っている。
「射的ゲームのようです。やりますか」
「はい♪♪」
テッサは狙いを定めると、引き金を引く。パンという音で弾が飛ぶが、的である人形には命中しない。
「結構難しいですね。これ……」
「何か欲しい物があるのですか。でしたら、自分に任せて下さい」
「じゃあ、お願いします。あの一番右端のやつです」
テッサの狙いは、ボン太くん人形だ。愛くるしい瞳で『僕を取ってくださいと』と、こちらに訴えている。
「あっ……」
一発目は、はずれ。テッサが残念そうな声をあげる。
「ふむ。どうやら、銃身が曲がっているようだな」
(それを考慮に入れると……)
二発目は見事に命中。ボン太くんは、ぱたりと倒れる。
「やりましたね、サガラさん」
「どうぞ」
「ありがとうございます。大事にしますね♪」
テッサは、嬉しそうにボン太くんを胸に抱きしめた。


目の前の屋台から、ソースの焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。
「サガラさん、あれ何ですか?」
「あれは、たこ焼きです。以前、千鳥に食べさせてもらいましたが、中々の味わいでした」
(また、カナメさんなんですか……)
そう叫びそうになるのをぐっと堪える。
目の前では、美味しそうなたこ焼きが次々に焼けている。すると、どこからともなくお腹の鳴る音が聞こえる。音の主は一人しかいない。
「サガラさん、お腹が空いているんですか?」
「恥ずかしながら……少々空腹であります」
ポリポリと頬をかきながら訴える。
「実は、わたしも……。じゃあ、サガラさん。これ半分ずつにしません?」
「はっ、御迷惑でなければ」
「勿論です」
二人は、たこ焼きを一パックだけ注文した。蓋を開けると、ソースの香ばしい匂いが漂う。テッサは、たこ焼きと食べるのは初めてだった。爪楊枝で刺し、口に運ぶ。
「美味しいですね、これ」
「はい。なかなかの味わいです」
外側はパリっとしてて、中はふんわり。ソースとかつお節の組み合わせも丁度良い。しばし、二人ともたこ焼きに夢中になる。
「あっ、サガラさん。ソースがついていますよ。じっとしてて下さい」
「はっ……申し訳ありません」
テッサは巾着の中から、ハンカチを取り出すと宗介の口元を拭う。宗介は、赤ん坊のようにされるがままだ。
「はい、終わりです」
「きょ、恐縮であります」
宗介は照れているのか、少し顔が紅潮していた。


宗介が腕時計で時間を確認する。午後八時少し前、もうすぐ花火が始まる。
「では、そろそろ行きましょうか」
「えっ、何処にですか?」
テッサは少し驚いたような顔をする。
「この先に、自分と千鳥とで見つけた……」
胸の奥がチクリと痛む。
(なぜ、なんですか、サガラさん!!)
言いたくない。でも、もう我慢出来ない。気がつくと、テッサは叫んでいた。
「もう、やめて下さい!!」
「大佐殿、どうしたのですか?」
宗介には、どうしてこうなったのか原因がわからない。
「さっきから、千鳥、千鳥、千鳥って。カナメさんのことばかり………」
「……すみません」
「わたしは、テレサ・テスタロッサです。カナメさんじゃないんですよ。もっと、わたしのことを見てください!!」
テッサの声に驚いたのか、周囲の人間も二人のことを見ている。
「大佐殿……」
「もう、やめてください。わたしは、あなたのなんなんですか?」
テッサの声が響く。
「上官、それとも、単なるお友達なんですか? 答えて下さい!!」
悲痛な叫び。それは、単に宗介だけに言っているのではない。その質問は、自分自身にも向けられ、深く胸を抉る。
(わたしは、サガラさんのことが好きです。大好きです。いつも、一緒にいたい……)
それは、テッサの本心。
(でも、わたしは艦長。時には、大勢の命を守る為、一人の命を犠牲にしかねない。それを、サガラさんはわかってくれますか……)
だけど、それは無理。もう、カナメさんの存在は消せないくらい、サガラさんの心の中でも大きくなっている。
(だから、恐いんです。サガラさんの本心を聞くのが……)
だが、そんなテッサの体を宗介の腕がぐっと引き寄せる。
「離してください!!」
手を振り解いた瞬間、右手の時計が額に当たった。
「あっ……」
気まずい雰囲気。宗介と目を合わすこともできない。
(なんで、こんなことになっちゃったんだろう。嫌われましたよね、わたし……)
テッサは今更ながら後悔したが、後の祭り。
だが、不意に宗介の両腕がテッサの肩を優しく抱きかかえた。
「大……テッサは、自分のかけがえのない大事な人です」
「……サガラさん」
「決して、失いたくない人です」
決して大きくはないが、しっかりとした口調で言う。宗介の気持ちが、テッサの心に染み込んでくるようだった。
「それでは、いけませんか?」
「……ありがとうございます」
テッサは、宗介の胸に顔を埋めいていた。そして、灰色の瞳からは真珠色の涙が溢れていた。
しばらくして、二人はどちらからともなく離れた。テッサの目は、涙で少し腫れているような気がした。
「で、では、行きましょうか。この先に、花火を見るのに最高の場所があります」
宗介が少し恥ずかしそうに手を差し出す。
「はいっ♪♪」
涙を拭い、宗介の手をしっかりと握り返す。ゴツゴツとした手だったが、温かかった。


ボ―――ン。
花火があがった。二人は、高台の上のベンチに並んで座っていた。ここからだと、花火の一部始終が良く見える。
「額は大丈夫ですか?」
宗介の額には血が滲んでいた。
「いえ、これぐらい何ともありません。通常の任務に比べれば……」
「ありがとうございます、元気付けようとしてくれてるんでしょ?」
「いえ……それは……」
宗介はテッサの視線に照れたような顔をしている。
ボ―――ン。
今度は、赤と緑の大輪の花が夜空に咲く。
寄り添う二人のシルエットが、花火で浮かび上がる。
「フフッ、今日は、楽しかったです。わたしのワガママに付き合ってくださってありがとうございます」
「いえ、そんなことは……」
「じゃあ、これはわたしからのお礼です」
背伸びをして、頬にチョンと口付けする。
「……テッサ?」
「フフッ……大好きです、サガラさん」
夜空には、沢山の花が咲き乱れていた。


次の日、テッサは迎えの飛行機でメリダ島へと帰還した。テッサの短い夏休みは、これで終わった。また、明日からは艦長としての責務が待っている。
「よお、テッサ。お帰り」
「メリッサ」
ソファーの上では、マオ曹長がビールを飲んでいる。すでに、四本が空。結構なペースのようだ。そして、五本目を傾けながら、質問してくる。
「どうだった、短い夏休みは?」
「はい、最高の夏休みでした」
「そりゃ、よかったね」
マオは、テッサの嬉しそうな顔を見て一安心する。そして、中身の空になった缶を握り潰すと、つまみに手を伸ばす。
だが、テッサが腕に抱えているモノを見て口を開く。
「で、そりゃ何だい?」
「わたしの宝モノです」
テッサの腕には、金魚鉢に入った金魚とボン太くん人形があった。
その後、テッサは金魚に『サガラさん』と名付けて可愛がっている。そして、ベッドの上にはボン太くん人形。机の上の写真立てには、二人で撮ったプリクラが飾られていた。

<テッサのスイート・サマー・バケーション 終わり>


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