「Baskerville FAN-TAIL the 10th.」 VS. MOTOYA
「え〜。僭越ながら、不肖、このグライダ・バンビールが、乾杯の音頭を取らせていただきます」
片手にジュースの入ったグラス。もう片手にスティック状のクラッカーをマイクに見立て、彼女は元気よく言った。
「それでは、かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
その場にいる全員の声が綺麗に重なり、グラスを合わせる音が部屋に響いた。
「グライダさん、セリファちゃん。お誕生日おめでとうございます」
いつものように神父の略式礼服を着込んでいるオニックス・クーパーブラックが、二人に小さな包みを手渡した。
「ありがと、クーパー」
セリファ・バンビールが満面の笑みを浮かべてそれを受け取り、小さな指で包みを解いている。
それを横目で見ているのは漁師のゴナ。「セリファちゃんファンクラブ会長」を自称する彼にはあまり面白くない光景らしい。
「おう、セリファちゃん。オレからのプレゼントだ。開けてみな」
クーパーの包みを開けている最中にもかかわらず、無理矢理自分の持ってきた大きな包みを持たせる。それを見たグライダが、
「今度は大丈夫なんでしょうね? 去年なんかファンクラブの会員とかいうの全員が持ってくるもんだから、家に入り切らなくて困ったんだから」
じろーと冷たい目つきで睨まれるが、ゴナはどこ吹く風といった感じだ。
「それにバーナム。あんたにプレゼントなんてシャレたもの期待してないけど、料理ばっかり食べてるんじゃないわよ」
「いいじゃねーか。冷めるとマズイし」
そう言いながらもテーブルの料理に次々と手を伸ばしていくのはバーナム・ガラモンド。彼はグライダに頭をはたかれ、テーブルにキスしそうになる。
「バーナム様! 大丈夫ですか?」
彼の隣に座っていた女性が血相を変える。
「グライダ様! いくらバーナム様のご友人でも、そのような振る舞いは許しませんよ!」
軽くこづかれてオーバーに動いただけなのに、極めて過敏に反応するのは、彼と同郷のスーシャ・スーシャ。グライダは悪い悪い、とばかりに笑うだけだ。
そんな楽しくほほえましい光景を、少し離れた位置から冷静に(というより冷めた目で)見ているのはロボットのシャドウだった。
「いつ敵が攻めて来るか判らないと云うのに随分と呑気だな」
シャドウの隣で壁に寄りかかって立っているコーランが、手の中の果実酒を一口飲んだ。
「そう言わないで、シャドウ。この子達の二十歳の誕生日くらい、きちんと祝ってやりたいのよ、一応の保護者としては」
「確かに、人界の法律では二十歳で大人として扱われる様だからな。だが、現在の状況を考えるべきだ。敵が何処から来るかも判らないのに、それを忘れているかの様な大騒ぎ。相手を油断させる戦法でもあるまい?」
「戦いの前だからいいんじゃない、景気づけよ、景気づけ」
そう言うと、残った果実酒を全て胃に流し込み、グラスをテーブルの空いている所に置くと、
「ちょっと“買い物”に行ってくるわ。後はよろしくやってて」
「はいはい」と元気な声がする。その声を聞いて淋しそうな笑みを浮かべるとそのまま部屋を出ていった。
玄関まで来たところで、後ろにシャドウが立っているのに気づく。コーランは立ち止まり、そして振り向かずに、
「……何?」
「何を隠している? 自分一人で総てを背負い込む。そんな印象の顔だ」
「……そんな事ないわ、と言いたいトコだけど、シャドウにはお見通しみたいね」
悲しみの中に決意を込めた、そんな声で。
「そう。私一人でやらなきゃならないの」
「何をだ?」
「“買い物”よ。二十年も前のものだけど」


「あ、サイカ先輩。これからお邪魔しようと思ってたのに、お出かけですか?」
コーランが家を出たところで、後輩のナカゴ・シャーレンに出会った。魔界治安維持隊(まかいちあんいじたい)人界分所所長としての職務が長引いたので、来るのが遅れてしまったのだ。
「みんな中にいるわ。私は出かけてくるから」
「二十年前の一件ですか?」
ナカゴは世間話でもするかのような軽い雰囲気だったが、目は真剣そのものだった。彼女は、コーランの沈黙を肯定と判断すると、
「彼……ずっと人界にいたみたいです。それだけは確認しています」
そう言いながら、カバンの中から書類の束を出し、コーランに手渡す。その表紙には魔界の文字で「持出厳禁」と書かれている。
「こんなのを持ってきて……。減俸になっても知らないわよ」
「ちゃんと返して下さいね。こっそり戻さないとならないですから」
呆れ顔のコーランに真面目にそう言えるあたり、いい性格である。
「じゃ、あとの事はお願いね、ナカゴ」
「……了解しました。お気をつけて、サイカ先輩」
ナカゴは真面目な顔でビシッと敬礼する。
コーランはナカゴに見送られ、その書類を見ながら夜の町を歩く。
ふらふらと歩き続けて立ち止まったのは、誰もいない寂れた空き地だった。遠くの方から車のクラクションが聞こえてくるくらいで街灯もなく、頼れるのは月明りくらいといった感じだ。
「……そろそろ出てきたら?」
誰もいない空間に向かってコーランが静かに、そして威圧的に言った。やがて、コーランの後ろから小さな押し殺した笑い声が聞こえると、彼女はそちらを向かずに神経を集中させる。
「お見事。腕の衰えはないようだね。嬉しいよ、二十年ぶりに君に出会えて」
その声を聞いて間違いない、と彼女は思った。自分の想像していた相手である。
元治安維持隊魔界本部捜査官モトヤ・K(カイン)・ショウだった。
コーランと同じ金属光沢を放つマント。彼女とは対照的な真っ青でストレートの髪。そして、クールな芸術家のような印象を与える容貌。随分丈の長いサックを右肩だけで背負っている。
「以前に比べて……より大人っぽくなったね。セクシーというのは君の為にある言葉だろうね」
人間よりは長寿の魔族でも、二十年の歳月がたてば、いくら何でもある程度年を取るし、それに伴い外見も変わる。
「それはどうも。あなたは二十年前とちっとも変わってないわね。特にネチネチジワジワと攻める性格は」
懐かしさも手伝って穏和な雰囲気のモトヤに対し、コーランの方はピリピリとした緊張感を漂わせている。
「そんなに怒らないでほしい。……フランクリン教授の件で怒っているのかい?」
失われた筈の「死者使役の法」で教授を蘇らせたその裏に、彼の存在がある事は見当がついていた。モトヤはそれを見抜かれたものの、あえて隠そうとはしなかった。
「君の所属しているバスカーヴィル・ファンテイルの事を知りたくてね。何せ、君の総てを知る事は、このモトヤ・K・ショウ最大にして最高の楽しみなのだから」
恍惚とした笑みまで浮かべて熱っぽく語る。その笑みを見てコーランはますます怒りをあらわにして振り向き、
「私はあなたを楽しませる為に生きている訳じゃないわ!」
「昔から、君は怒りっぽかったね。そんな風に感情が豊かなところも君の魅力の一つ……」
そこまで言った時に彼の頬に赤い筋が入った。ゆっくりとした動作でその筋をなぞると、指先がうっすらと紅く染まる。
「ふふ」
小さく笑うと指先をペロリと舐め、
「何のつもりだい? このモトヤ・K・ショウは、君の総てを知っているんだよ。君の技だって癖だって……」
「あなたなんかに一時でも身も心も許したのは人生最大の汚点だわ」
コーランは露骨に嫌な顔のまま吐き捨てるように言った。しばらくコーランをじっと見つめていたモトヤだったが、
「やはり、最も美しかったのはあの時だな。今も充分美しいが、もう『質』が違う」
一人で納得した感じのモトヤ。自分が背負ったままのサックをチラ、と見ると、
「やはり、あの時保存しておいたのは正解だったみたいだね」
「まさか……」
「そう。ここにあるのは、二十年前に斬り落とした君の手脚だよ」
モトヤは平然と言ってのけた。


「いらっしゃい、ナカゴさん」
「遅くなってごめんなさいね。どうしても抜けられない仕事の準備があって」
ナカゴはグライダとセリファにプレゼントを渡すとシャドウの隣に立ち、
「プライベートはここまで。今日は本当は仕事で来たんです」
「おしごと?」
セリファが不思議そうな顔をしている。他のメンバーもそうだ。みんなの注目が集まったところで、ナカゴはもったいぶって一通の封筒を取り出した。
「『グライダ・バンビールさんとセリファ・バンビールさんが二十歳になった時にコレを渡すように』と預かっていた物をお届けに参りました」
そう言って封筒を二人の前に差し出した。
グライダは半信半疑でそれを受け取ると封を切って中身を取り出した。それは、随分真新しい手紙だった。
「ナカゴさん。この手紙は……」
「サイカ先輩から、お二人へのメッセージです。あなた達のご両親ドム・バンビールさんとノリール・バンビールさんの事について、と聞いています」
その言葉に、一同が驚きの声を上げた。


二十年前、グライダとセリファが生まれてから一週間後、シャーケンの港町近郊の小さな村に、赤髪の魔族の女性が向かっていた。
「……まさか、ドムとノリールができちゃった結婚とはね〜。こっちは自宅謹慎中だってのに、面倒くさいったらないわね」
そうぶつぶつ言いつつも、楽しそうに歩きながら手に持ったホットドックをぱくついているのはコーランだ。
愚連の炎を連想させる、赤くウェーブのかかった髪を腰まで伸ばし、金属光沢を放つマントを着込んでいる。
そうして歩いて着いた村の入り口は、木枠の門で閉じられていた。
もちろん簡単に強行突破できるくらいお粗末な作りだが、彼女は治安維持隊魔界本部捜査官。そうでなくても問答無用で壊して入る、などできる訳がない。
仕方ない、と溜め息をつき、印を組む。自分の意識を飛ばして周囲を探る術を使うからだ。
術の効果で意識のみで村の中に入る。家の場所は聞いていたので、その記憶通りにまっすぐ二人の家に向かう。
家の前まで来ると、村中の人間が集まっているのでは、と思うほどの人だかりが玄関を取り囲んでいた。彼らを無視して家の中に入り込む。意識のみという事は、幽霊と大差ないからだ。
家の中では二人の赤ちゃんをベッドに寝かせ、心配そうに赤ちゃんを見つめている細面の女性・ノリール。そのそばで椅子に座ったまま腕組みしている固太りの無骨な男・ドム。無骨な男を前にして凄い剣幕で何かをまくしたてる小太りの男の三人がいた。
「……ドム。先程警察の者が言っていたではないか。魔界の者がこの村で獲れる宝石の原石を狙っていると」
「まだ未確認だろう? 採掘場はこの村の奥。この村を通らずして行く事はできん」
ドムは、何度めかも判らない説明をする。
「第一、唯一の出入り口は塞いである。正規の手続きで開けなければ罠が作動する仕組みだ。警戒を怠る事はないが、そう神経質になる事もない」
「何か起こってからでは遅いのだ。私には村長としてこの村を守る義務がある。魔界の者が今この瞬間にも入り込もうとしているやもしれんのだぞ」
「魔界の者魔界の者とうるさいが、別に魔界の者総てが悪い訳でもあるまい?」
「他の世界の者など信用できるか!!」
そのやりとりを聞いていたコーランがため息と共に呆れた顔をしている。
確かに人界と魔界との交流が珍しくなくなったのはつい最近だ。特に人界の者は同型の異種に対する恐怖感や拒絶の心が大きい。
そんな折、家の外で叫び声が聞こえた。
「大変だ! 村の入口に魔界の者が!!」
「何だと!?」
(しまった!)
村長が怒鳴り、コーランの意識が舌打ちする。意識が飛んでいる間に身体に何かあれば大変な事になる。下手をすれば二度と身体に戻れずに死んでしまう可能性もあるからだ。
だが、宙を飛ぶようにして身体に戻った時には門は開け放たれ、彼女は何人もの村人に遠まきに取り囲まれていた。
「随分と物騒な物を持っているわね」
肉体に戻り、術を解いて冷静に周囲の人物を見回している。おっかなびっくりという感じではあるが、長い棒や鍬・鋤、槍や剣を持っている人もいた。その武器以上に人々からの敵意剥き出しの視線の方がよほど痛かったが。
「何だ、貴様は!? この村に何の用だ!!」
人垣をかきわけてやってきた村長がコーランに向かって怒鳴りつける。やや遅れてドムもやってくる。
「コーランじゃないか。どうした、こんなところまで」
ドムの方は驚きと嬉しさ半々といった感じだ。警戒している雰囲気はあるものの、それはコーランに向けてではない事は容易に察しがついた。
「村長。彼女は魔界の治安維持隊捜査官。いわば警察組織の者。怪しい者ではない」
ドムは控え目に村長にそう告げるが、村長の方は聞く耳もたん、という感情をあらわにしたまま、
「うるさいっ! こんな怪しげな警察官がいるかっ!?」
コーランはスッと村長の目の前に立ち、腰のポーチから自分の写真付の身分証明書を取り出し、彼に見せながら、
「私は魔界治安維持隊のサイカ・S(ショウン)・コーラン捜査官。現在は“非番中”ですが、この村に住むドム・バンビール夫妻の出産祝いに駆けつけた次第です」
と、極力優しく告げた。村長は無理矢理怒りを抑えるように渋い顔のまま、
「……それなら、疑われるような行動はとらないでもらいたい。人間総てが魔界の住人を歓迎している訳ではないのだからな!」
ぶっきらぼうにそう言うと、集まった村人に家に帰るよう告げて回り、彼らも渋々それに従う。その場に残ったのはドムとコーランの二人だけだった。
「……まったく。来るんならあらかじめ連絡するのが普通だろ、コーラン?」
「それを言うなら、結婚するのは、子供産む前が普通でしょ、ドム?」
「……変わらねぇな、お互い」
口の端でニッと笑うと、彼は自分の家に招待した。家で待っていたノリールも、彼女の来訪を喜んで向かえた。
こんな騒ぎの中でも、二人の赤ちゃんはすやすやと眠ったままだった。
「さすが二人のお子さん。大した度胸だわ」
「どういう意味だ、コーラン」
彼女の頭をコツンとこづく。それを見て静かに笑うノリール。
「……それにしても、この警戒は只事じゃないわね。この村で魔法触媒用の宝石が採れるのは知ってるけど」
「そこに『魔界の者が攻めてくる』と警察の方が言っていたそうです」
「あ、そう……」
コーランが呆れ顔で呟く。警戒するのは判るけど、いくら何でも反応が過敏すぎる。
普通の宝石と違い、魔法の触媒用の宝石は装飾品には適していない。仮に腕利きの職人が加工したとしても三級品止まりがせいぜいだ。だから、盗賊の線は薄い。
金銭的な価値がないから、使い捨て同然の触媒用に使われる。もちろん質のいい宝石の方が術の効果が上がるのは間違いないのだが。
以前村が魔界の住人に攻め込まれたというのなら話は別だが、コーランはそんな話は聞いた事がない。ここに採掘場ができたのは比較的新しいとは聞いていたが。
「何かあるんじゃないの? この村……」
コーランが窓の外を見ながら呟く。不思議そうな顔で見られている事に気づいたコーランは、心配させまいと明るく笑い返した。


その頃、村長は自分の部屋の中でうろうろと落ち着かない様子で歩き回っていた。
「何という事だ。治安維持隊の捜査官が来るなど聞いてないぞ」
「確かに」
一緒に部屋にいた人界の警察官が、かぶっている帽子の角度を片手で直す。
「第一、お前が言ったのではないか。この村で採れる宝石は『裏社会なら麻薬の材料としても』高く売れる、と。だから私は危険を冒し、村人を騙してまで採掘場を作ったのだ」
「確かに言いました。しかし、治安維持隊が、こんな地味な村の採掘場を捜査するとは思っていませんでしたので」
警官の態度はあくまで冷淡だった。
「ならば何故あの女は……?」
「……女?」
片手で微妙に帽子の角度を変えている男の動きが止まる。
「ああ。治安維持隊の捜査官。ドムの家の出産祝いに来たと言っていたが、怪しいもんだ。名前はサイカ何とかと言っていたな」
「サイカ・S・コーランか……」
その警官は何の迷いもなく彼女のフルネームを語った。
「そうだ。そんな名前だった」
「彼女は今どこにいる?」
「ドム・バンビールの家だろう」
その答えを聞き、警官はいきなり銃を抜いた。村長はびっくりして手を上げ、
「なっ、何のつもりだ!!」
「あなたの役目はここまでで充分です。後はこちらでやりますから」
そう言うと村長の口を塞ぎ、銃口を胸に押しつけ、ためらいもせずに引き金を引いた。サイレンサーの音と塞いだ手が銃声も悲鳴もかき消した。


次の日の朝。ドムの家に泊まっていたコーランは、警官に手錠をかけられて派出所の中で椅子に座っていた。
「……あらかじめ言っておくけど、私は何もしてないわよ」
自分で無実が判っているだけに、かなり強気の態度である。そんな彼女を冷ややかな目で見つめる警官は、
「村長を殺した弾丸は、魔界の捜査官が持っている銃と型が一致しています。人界は正規の軍隊以外銃は持てませんから、アリバイがちゃんとしていても、必ずあなたに疑いがかかるでしょう」
派出所の窓は閉められ、ブラインドをかけてある。建物の中には警官と彼女しかいない。
「特に村の人々は、あなたが村長を殺したと思っています。最初からあなたに敵意を持っていた村人の誤解を解くには、相当の困難が予想されますよ」
相変わらず、警官は淡々と話している。
「……で、私はどうなるわけ?」
言った後で「どうせロクな事になりはしないでしょうけど」と心の中で毒突くコーラン。だが、彼は意外な行動をとった。
「こうしましょうか」
彼がそう言った途端、「何か」がコーランの右腕を肩から斬り落した。斬られた直後は何も感じなかったが、数秒後に急激な痛みが全身に走った。
「うぐあぁあぅっ!!」
痛さのあまり頭が真っ白になり、気づいた時には椅子から転げ落ちていた。彼はそんな彼女を冷ややかに見下ろしている。
「ここで殺されてしまえばいい。死者を恨む人は、そうはいないですから」
「あんたは……どうする気? 人殺しておいて……どうごまかすのよ」
コーランが痛みに耐えつつそう言うと、彼はどこから出したのか、サイレンサー付きの銃を斬り落とされた右手に握らせる。そのままで自分の足に向けて発砲した。痛みに顔をしかめながら、
「ほら。これで正当防衛が成立する。せっかくだから『生きる人形』として永遠にその美しさを保たせてあげます。永遠の美は女性の夢ですからね」
その時初めて帽子で隠した警官の顔が見えた。その顔は間違いなく自分の知っている顔だった。
「……貴様、やっぱり!!」
彼女は唯一自由になっている足で蹴り飛ばそうとしたが、また「何か」で両脚をそろって斬り落とされる。その痛みは数回気絶させてもお釣りが来るほどだったが、奇跡的に気力のみで耐えた。
「何だ、今の音は!?」
そこに、扉を破壊してドムが飛び込んできた。手脚を斬り落とされているコーランを見て一瞬硬直するも、すぐさま気を引き締め直して警官に飛びかかる。
「待ちなさい、ドム!」
コーランはそう叫んだつもりだったが、声にならなかった。次の瞬間ドムの脇腹が大きく裂け、一気に血があふれ出した。
「このやろぉっ!!」
それでもドムの動きを完全に止める事は出来なかった。脇腹を押さえながらも肩から警官にぶちあたり、彼を吹き飛ばす。
コーランが覚えているのはそこまでだった。次に目を覚ました時には魔界の病院のベッドの天井が見えていた。
起きようとしたが、身体は動いてくれなかった。首だけ動かしてシーツ越しに自分の身体を見る。身体の盛り上がり方を見ると、どう見ても両腕両脚がなかった。
愕然として、唖然として、それから半ば放心状態で再び天井に視線を向けた。
あとから聞いた報告によると、その警官は村人の何人かを「何か」で斬り裂きながら彼女の手脚を持って逃走したらしい。もちろん手脚もその警官も見つかっていない。
まだ繋がっていた左腕をわざわざ斬り落として逃走するなど、正気の沙汰とも思えなかったが、我ながらよく命があったと思った。
だが、斬られた手足がなければ魔法で治療する事も不可能である。
あの後、ノリールが自分の限界を超えてまで、賢明に治療の魔法で止血していたのを聞いたのは、随分たってからの事だった。

<To Be Continued>


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