「Baskerville FAN-TAIL the 1st.」 VS. Narkan
世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。


柔らかなフカフカのシーツにくるまって、幸せそうな顔でグッスリと眠っていた彼女がようやく目を覚ました。
名前はグライダ・バンビール。
当年とって19歳の(自称)美少女剣士。
だが、すがすがしい朝とは反対に、体の方はやけに重く感じられた。全身が、ギュッと締めつけられるような感覚さえある。
しかし、彼女は昨日はそんなに飲んでいたわけじゃないし、全身がだるくなるほど疲れているわけでもなかった。
………………………………………………。

「起きろ、セリファ————ッ!」

いきなりブワッとシーツを剥ぎとる。
ゴロゴロゴロッとド派手な音をたて、床を転がり、壁に当たり、更に大きな音がする。
………………………………………………。
グライダの眼が再び点になる。
「セリファ」はグライダのぬいぐるみに抱きついたまま、
「……おねーサマ、おはよ〜」
ニッコリと笑顔を作って彼女に挨拶する。
「……おはよじゃないっ!」
グライダは、ニコニコ笑う「セリファ」とは対照的にものすごい剣幕で怒鳴ると、
「人のベッドに入ってきちゃダメって、いっつも言ってるでしょっ!」
背中まである髪を振り乱してゼーゼーと肩で息をしながら「セリファ」を睨みつける。
「だって……だって……」
「セリファ」の眼にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「きのーの夜はカミナリ鳴っててこわかったんだもーん!」
マンドラゴラもかすんでしまうであろう大声でワンワン泣き始めた。
今、大声で泣いているのがグライダの実の妹であるセリファ・バンビール。同じく19歳である。
もっとも、心身共に「子供」しているのでとてもそうは見えないけれど。
「……あ〜、もー泣くなっ!」
と、グライダが怒鳴るとピタッと泣きやんだ。
きょとんとしていたセリファは、グライダのぬいぐるみを抱きしめたまま、
「……ねーねー、おねーサマ。このおねーサマのぬいぐるみね、コーランが作ってくれたんだよぉ」
ほらほら、と言いながらそのぬいぐるみをグライダに見せる。
だいたい50センチ弱の、結構大きいサイズのぬいぐるみである。
「コーランが?」
グライダの眼が三度点になった。
ちょうどその時、そのコーランがやってきた。
「お二人さん。朝ごはんができたわよ」
燃え上がる炎をイメージさせる、軽いパーマのかかった赤髪の女性が入ってくる。
全身を、金属のような光沢を放つマントですっぽりと覆い、フライパンを持った左手だけを出した状態でやってきた。
コーランは、腕の良い魔法使いで、魔法と名のつくものならだいたい扱える。
ただ、彼女自身魔族の出身で、しかも呪いを得意としているので、悪魔扱いされてる事は確かだ。
「コーラン!」
グライダが怒った顔のままコーランに詰め寄る。
「何よ、あのあたしのぬいぐるみはぁ?」
コーランは、セリファが大事そうに抱えているぬいぐるみをチラ、と見ると、
「ああ。あれね。セリファがあん〜まりにも寂しそうだったからね。でも、隣で寝るぐらい別にいいじゃないのよ、実の姉妹でしょ?」
「だから何だ」といわんばかりにサラリと言うコーラン。
「そーゆー意味じゃないわよ。あんたが作ったんでしょ、あれ? 呪いの人形にでもしたんじゃないの?」
別に怒鳴っているわけではないが、何故か苦しそうに肩で息をしているグライダ。
「よくわかったわね」
「…………は?」
グライダは「まさか」と思いながらセリファの方を見ると、彼女はぬいぐるみを「しっかりと」抱きしめていた。
「セリファ。いい子だからそれ離しなさい」
「や」
セリファは間髪入れずにプイッと横を向き、同時にぬいぐるみを「ギュッ」と強く抱きしめた。
「うっ……」
胸のあたりが急に苦しくなってくる。
「おねがいだからはなして……」
「や」
今度は反対側を向いてしまう。
「はなして……」
「や」
「…………」
「や」
グライダとセリファの声が交互に聞こえる中、コーランは部屋を出ていった。
「二人とも。朝ごはん、早く食べちゃってね。かたづかないから」
鼻歌まじりに食堂へ戻るコーランだった。


むぐむぐむぐ。
はぐはぐはぐ。
薄いブルーのパジャマのグライダと、淡いピンクのパジャマのセリファは、向かい合って焼きたてのパンをかじっていた。
例のぬいぐるみは、セリファの隣の椅子にチョコンと腰掛けている。
コーランは、そんな二人を横から眺めている。
「……やっぱり、姉妹っていいわね」
そんなコーランのため息交じりのつぶやきを聞いたグライダは、
「ふーん。コーランって、兄弟とかいないんだ」
そう言って、お気に入りのハーブティーを一口飲んだ。
「コーランて、おねーサマとか、いないんだね……」
セリファもどことなく悲しそうに言った。
「まあね。仲間は……いるけどね」
悲しいのを無理に堪えたような微笑みを浮かべるコーラン。
「なかまって、お友だちのこと?」
「……そうよ。私の大事なお友達」
そう言って、セリファの頭を優しく撫でる。
彼女自身は自分の過去を一切語ろうとはしない。それゆえにグライダもセリファも「魔族の魔法使い」程度の事しか知らないのである。
物心ついた頃、だいたい両親が死んだと聞かされた頃から、いつも二人のそばにいた事だけははっきりしている。
そして、その話題を持ち出すと、コーランは決まって悲しそうな表情になる。
だから、二人ともそれ以上の追求はしなかった。


グライダとセリファの二人は、午後になって町へ出た。
グライダは厚手の麻のシャツにスリムジーンズ。
セリファの方はピンクとスカイブルーのカラーシャツを重ね着し、下はひだのないシンプルなスカート。
もちろん、セリファはグライダのぬいぐるみも持っている。
ニコニコ笑顔でぬいぐるみにほおずりまでしているセリファとは逆に、グライダは何となく不機嫌そうであった。
「セリファ。それ、何で家に置いてこなかったの?」
グライダの質問に、セリファはニコニコ笑顔のまま、
「だって、クーパーに見せに行くんだもん」
そう言って、ぬいぐるみをギュッと抱きしめる。同時に体がギュッと締めつけられるグライダ。
「……だから、そうやって抱きつくのはやめてって言ってるでしょ?」
もう何を言っても無駄だ、と判断し、むなしくため息をついた。
クーパー。本名オニックス・クーパーブラック。このシャーケンの町外れの小さな教会にたった一人で住んでいる青年だ。
詳しい事は彼女達自身も知らず、何かと謎の多い彼だが、不思議とセリファが懐いているのである。
「やあ、グライダさん、セリファちゃん。いらっしゃい」
神父の略式の礼服をピチッと着込んだクーパーが、教会にやってきた二人をいつもの優しい笑顔で出迎える。
髪が長かったら女性と間違えそうな、中性的な青年である。
「ねーねークーパー。コーランが作ってくれた、おねーサマのぬいぐるみ」
背の低いセリファの目線にあわせて少しかがんだクーパーの鼻先にぬいぐるみを突きつける。
「……ああ。なかなかかわいくできてるじゃないですか。コーランさんもなかなか器用ですね」
そう言ってぬいぐるみの頭をポンとたたく。
「……それ、呪いの人形にしてるのよ」
グライダは完全にあきれ顔。
「へぇ。そうなんですか。面白そうですね」
クーパーがぬいぐるみの脇腹をくすぐり始める。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
脇腹を押さえてそこらをのたうち回るグライダ。
「くっ、くすぐったい……。やめてよ。ちょっと。やめてったら……」
笑いすぎて、呼吸困難を起こしかけてしゃがみ込んでいるグライダを見下ろして、
「……じゃあ、お茶にしましょうか、セリファちゃん」
準備のため、奥に引っ込んでいくクーパー。
「おねーサマ。だいじょうぶぅ?」
「…………」
もはや物言う気力も失せたグライダだった。
海に面した高台に立っているこの教会には、一年中海風が吹きつけてくる。
でも、この時期は穏やかで優しい風であるため、外にテーブルを出してのティータイムというのも、なかなかシャレているだろう。
白いテーブルの上に、これまた白いティーセット。そのそばに置かれた白い小皿に可愛らしいクッキーが乗っている。
「……平和ですねぇ」
カップになみなみと注いだ紅茶を一口すするクーパー。
「この平和がいつまでも続いてくれれば、ボクとしても嬉しいんですけどね……」
その時、遠くのほうで誰かの声が微かだが聞こえてきた。
「ぱーぽーぱーぽーぱーぽーぱーぽー!」
救急車のサイレンのような大声を上げて、上から下まで黒ずくめの少年が三人の前に現れた。
少し釣り上がった眼に、ロクに手入れもしていないボサボサの黒髪。
袖を切ったダブダブの黒いシャツ。
足首のところを紐で縛ったゆったりとしたズボン。
ボロボロに破れた黒革のマントを纏い、手に何か持っていた。
名は、バーナム・ガラモンドという。
「バーナム。何か用ですか?」
ズズーッと紅茶をすすっているクーパー。
一心不乱にクッキーを食べているセリファ。
完全に無視しているグライダ。
そんな三人三様の反応を見て、
「仕事だっつーの。し・ご・と!」
そう言って、手に持っていたビデオテープをテーブルに叩きつけた。
「ああっ。そんな乱暴に扱うなんて……」
バーナムの行為を見たクーパーが、
「紅茶がこぼれてしまったじゃないですか」
いつのまに出していたのか、ふきんを取り出して、こぼれた紅茶を拭きとっていた。
バーナムは、完全に無視された格好となる。
「苦労して手に入れたんですよ、この紅茶の葉。遙か遠い紅茶の名産地・センチュリーオールドの地よりわざわざ取り寄せた業者から分けてもらった最高級の品なんですよ。このティーセットだって、陶磁器で有名な岩田焼の一品なんですからね」
「どーでもいいだろ、この際。そんな事よぉ」
バーナムが何とか止めようとするが、
「そうはいきませんよ。バーナム。あなたは余りにも『物を大切にする心』というものが欠けています。それだから……」
と、そこまで話した時、セリファが元気よく小皿をつき出した。
「クーパー。クッキーおかわり」
無邪気な笑顔を浮かべ、ニッコリ笑う。
「あ。ちょっと待ってくださいね。今、おかわりをとってきますから。おとなしく待っているんですよ」
クーパーは、そう言って、また奥に引っ込んでいった。
再び取り残された格好のバーナム。
「……早くデッキ貸してくれよぉ」
怒りをムリヤリ抑えた声でそう言った。


紅茶とクッキーをクーパーの部屋へ持ち込み、早速バーナムが持ってきたテープをビデオデッキに押し込む。
しかし、中へ入らない。
「あれ? 何でだ、こりゃ?」
「どうしたのよ。バーナム」
グライダがビデオデッキをのぞき込むと、
「……あんた。なにテープをひっくり返して入れてるのよ」
グライダは完全にあきれ顔。
「え? だってさっきA面見てたからよ。これからB面見てみるんだよ」
「ビデオテープにA面B面なんてないって何回言えばわかるのよ! この機械オンチ!」
「レコードにもカセットテープにもレーザーディスクにだってあるくせに、どーしてビデオテープにはないんだよ! 訴えてやる!」
「まあまあ二人とも。痴話ゲンカはそのぐらいにして……」
「誰が痴話ゲンカだっ!」
クーパーの言葉に過敏に反応するバーナムとグライダ。
「いい加減にして、ビデオテープを見てみましょう。これじゃあ、いつまでたっても話が進みませんよ」
クーパーのもっともらしいセリフに納得し、グライダが正しくテープを入れ、巻き戻した。
やがて巻き戻しが終わると、低い音がして、再生が始まった。
「これで、テープを間違えていた、なんて事はナシにしてほしいですね」
相も変わらずの調子で紅茶をすすっているクーパー。
セリファは、さっきからずっとクッキーを頬張っている。グライダのぬいぐるみは赤ちゃんをおぶる様な感じで背中にくくりつけられている。
バーナムとグライダは、とりあえず画面を見つめている。
画面は、しばらく何も写し出していなかったが、やがてぼんやりと人影が見えてきた。
『ヤァ、諸君。御機嫌ハイカガカナ』
何故か妙にカン高い声で、その人物はしゃべり出した。
『平穏ナ生活ヲ送ッテイルトコロ本当ニスマナイガ、仕事ガ入ッテシマッタ』
ようやく画面にその人影がハッキリと写った。
「…………」
画面を見ていたクーパー、グライダ、セリファの三人は、目が点になった。
その人物の顔にはモザイク処理がされており、画面下の字幕には「プライバシー保護のため、画像と音声を変えてお送りしております」と出ている。
「……何考えてんのよ、この人は」
グライダが大きくため息をついた。
「放っておきましょう。こちらからは、何を言っても聞こえないんですから」
クーパーはそう言うと、自分のカップに紅茶のおかわりを注いだ。
『マズ、コレヲ見テモライタイ』
画面が変わり、そこには八本脚のケンタウロスの写真が写し出されていた。
『コレハ、太古ノ昔。世界中ヲ氷ヅケニシテイタ魔獣・なーかんダ。誰カガソノ封印ヲ解イタバカリデナク、洗脳シテ配下トシタヨウダ。今回ノ仕事ハ、コノなーかんヲ封印。モシクハ殲滅スル事ダ』
今度は、画面に地図が写し出された。
『今、なーかんハ、コノしゃーけんノ町ノ南方百きろノ所ニイルトイウ情報ダ。ドウヤラ、なーかんノ実力ヲ試スツモリデ、近クノコノ町ヲ滅ボス気ダロウ』
画面が地図からモザイクされた人物に変わる。
『報酬ハイツモ通リ、成功シテカラ支払ウ。諸君ラノ健闘ト任務遂行ヲ祈ッテイルヨ』 
一方的にそう言うと、ブツッと音がして、画面が再び真っ黒になった。
「……しょーがないか。仕事は仕事だもんね」
グライダが、すっかり冷めてしまった紅茶を一息で飲み干すと、
「セリファ、帰って支度よ。今日の夜七時。町の南門でね」
スッと立ち上がったグライダ。
「わかりました。コーランさんにも声をかけておいて下さい。彼女の力も必要になると思います」
「わかってるわよ、クーパー」
ウィンクすると、セリファと二人で帰って行った。

<To Be Continued>


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