トガった彼女をブン回せっ! 本編幕間その8
『いいもんだなぁ』

十二月二十一日。この日は試験休みであるが、剣道部は部活がある。
室内とはいえ暖房の一切ない寒い中、道着に身を包んだ部員達は懸命に、そして真剣に竹刀を振っている。
その様子を髪の薄い初老の剣道部顧問・小糸文隆(こいとふみたか)は、部員達の普段以上に真剣な態度をいぶかしみつつも、素振りの数をさらに追加する。
いつもならそれだけで不満の声が上がるのだが、今日に限ってはそれもなし。力強く「ハイ!」と返事して、皆黙々と竹刀を振る。
もちろんこれが改心して真面目に取り組むようになったからだとはこれっぽっちも思っていない。
段位こそ三段とそれほど高くはないが、市内のあちこちの剣道教室や部活からお呼びがかかる、教える意味ではかなりの実力者の眼力が、それをキッチリと見抜いていた。
……いや。彼でなくとも判るだろう。
なぜなら。剣道場の一画に積まれた彼らの荷物の量が、明らかに普通とは異なっていたからだ。
剣道の着替えや防具を入れておくカバンの他に、学校からほど近いディスカウントストアのロゴが入った、一番大きなレジ袋がいくつも置かれている。
色がついているので中はよく見えないが、おそらくお菓子であろう。それもお徳用サイズの巨大な物。
それから、どこから調達して来たのか判らないブルーシートも、畳まれた状態で一緒に置かれている。
(何をやるつもりなのやら)
最初に思い浮かんだのが何らかのパーティーだ。しかしクリスマスのパーティーにしては微妙に早い気もする。
かといって今日が誕生日の部員がいたかという所までは覚えていない。でも、それは無いような気がする。単なる勘であるが。
始める時点でその事を部員達に訊ねたがもちろん答える訳がなく。ほぼ全員が「早く始めましょう」という圧力でなし崩し的に始めてしまった程だ。
そうこうしているうちに、部活終了の時間になってしまった。小糸は素振りを止めるよう言い、すぐに整列させた。
部員達はそれこそキビキビとした動作で面を取りながらぴしっと整列し、その場に正座して畏まっている。
顧問は年内の部活はこれで終わる事。休みの間も練習しろとまでは言わないが、だらけた生活は送らない事など、簡単な諸注意を与えていく。
「では、解散」
小糸のその言葉を待っていたかのように、部員達は我先にと着替えの制服を入れてあるカバンを鷲掴みにして更衣室に駆けていく。
だったら最初から更衣室に全部置いておけと思いはしたが、この学校の更衣室はあまり広いとは言えない。入りきらない事は明白だ。
彼はそのままそばにある体育教師用の準備室に入った。
扉を開けた途端漂ってくる食べ物の匂い。部活を始める時にはなかった香り。それから人物。それで小糸もこれから何があるのかを完全に理解できた。
準備室の中にある小さなガスコンロと流し。お湯を沸かしたり簡単な調理くらいならできるスペースを陣取っていたのは、モーナカ・ソレッラ・スオーラであった。
ロングコートの上からエプロンという奇妙極まりない格好であったが。
火がついたコンロの上には大きな寸胴鍋が乗っており、かすかな湯気を上げている。
小糸は既にお湯が入っている魔法瓶から自分の湯のみにお湯を入れ、スオーラの調理を眺めている体育教師の峰岸に、
「やっぱりパーティーでもやるんですか」
「え、ええ。生徒達の発案で。食べ物を持ち寄って、剣道場で」
結局剣道部員達が一番自由にできる、大人数が一堂に会せる場所となると、ここしかなかったのだ。
その為、料理を作れる者は料理を。作れない者は出来合いの料理やお菓子類を。それぞれ持ち寄ったという訳である。
だがその本命は「スオーラの手料理を食べてみたい」である。
ところがスオーラは剣道部員達の話を全く聞いていなかったにも関わらず、料理を用意していたのだ。
料理の名前は『チノナチ・セチカーナサチ』。
色々な材料(主に魚と野菜)を水と酒だけで煮込んだ料理だという。地球でいうイタリアのアクア・パッツァのような料理らしい。
「酒!? ちょっと待て、さすがにそれを未成年に出す訳には……」
酒と聞いて、曲がりなりにも教師である峰岸と小糸が異口同音にそう注意する。しかしスオーラは笑顔を浮かべ、
[ご心配なく。アルコール分は完全に抜けていますから]
料理に詳しいスオーラがそこまでキッパリと言うのだから、料理素人の中年親父二人は黙るしかない。
特に小糸からすれば十五歳のスオーラなど自分の娘かそれ以下の年にしか見えない。大人びた外見はともかく。
そんな年頃の少女が台所に立っている姿というのは、自分の子供が男ばかりだったからか、非常に眩しく写っていた。
「いいもんだなぁ」
いつの間にかぽつりと漏れていたその言葉に、峰岸も無言でうなづいている。決してロングコートの上からでもハッキリと判る、くびれた腰から下半身に至るラインに見とれていた訳ではない。
するとスオーラは足元に置かれた台車に乗せていたもう一つの寸胴鍋をコンロに乗せた。だが火はつけていない。
そしてさらに、大型のクーラーボックスを空け、そこからバケツのような大きさの、何かの塊も取り出す。
布でグルグル巻きにされたそれを、流しの上に置いたまな板の上に乗せて放置。彼女は鍋の火加減を見ている。
気になった小糸がその塊の事を訊ねると、スオーラは料理の名前らしき『ノナスニトナモチトナ・セナシクニミーキナ』という言葉を言った。正直中年二人――というか日本人には発音はおろか記憶すら難しい、長く複雑な単語である。
スオーラは鍋の中身を軽くかき混ぜつつ、説明をしてくれた。
小麦粉・パン粉・獣脂を混ぜて作った生地の中にアルコール漬けの木の実や果物を混ぜ込み、型に流し込んで蒸し上げてから冷暗所で一ヶ月程発酵・熟成させて作る。
食べる直前に必要な分だけ生地を切り分けて加熱するそうだが、直火で焼いたり大鍋で茹でたりはたまた再度蒸し上げたりと、その辺りは家庭や地域での差があるらしい。
ちなみにスオーラの住む辺りでは薄い味をつけたスープで茹でる。火のついてない鍋に入っているのがそのスープだという。
[元々は、忙しい年末年始に少しでも楽をする為に作り置きしていた料理だと聞いています。実際『わたくしの世界』では年末年始はお祭りで忙しいので、食事はこれだけになる事も多いのです]
「わたくしの世界」という単語を聞いても、峰岸も小糸も何とも思っていない。
二人ともスオーラの正体は知っているからである。
始めは異世界の人間などと信じられなかったが、普段接している生徒達と同じ年代にも関わらず命懸けで戦い人々を確かに守っている。少しでもこの世界に馴染もうと、色々な事を覚え、実践しようとしている。
その真剣さ、真摯さは人々に――特に中年以上の人間にはとても好感を持たれる。
だからここで調理する事を許可している。異世界の料理を食べられるという興味本位の部分も関係しているが。
スオーラは二人の方を見ると、
[チノナチ・セチカーナサチの方ならもう食べられますので、お召し上がりになってみますか?]
「あ、ああ、せっかくだし、ごちそうになろうか」
小糸が一瞬驚いてそう言うと、峰岸は急いで棚からお椀を取り出して、スオーラに渡す。
[チノナチ・セチカーナサチの方は、有り合わせの材料で作った、料理店の賄いが元祖だという話が伝わっています。とはいえ随分と昔からある料理なので本当かどうかは判りません]
スオーラがそんな説明をしながらお椀に料理を盛りつけていく。その様子は少しでも自分の故郷の世界の事を知ってほしい気持ちがあふれていた。
二人の前に置かれるチノナチ・セチカーナサチという謎の料理。見た目は魚を中心とした汁物である。漂ってくる香りは全く未知の物だが、決して不味そうではない。
[わたくしの国では肉や魚はほとんど食べないので、あまり作った事はないのですが……]
心配そうなスオーラの表情。いくら普段から料理をやっていても、作った経験のない、乏しい料理を相手に出す不安はどうしてもある。
だが料理自体はそんな不安さなど感じられない。小糸は椀と一緒に出していた箸で、中に入っている魚の切り身をつまんでみる。どうやら魚のぶつ切りのようで背骨がしっかりと見えていた。
「何か、以前食べた漁師料理を思い出すな」
魚釣りを趣味としている峰岸が言う。確かに魚のぶつ切りをザッと煮込んだ大雑破さは、漁師料理に通じる物がある。
漁師料理は適当で大雑把に見えるが、実際食べてみると魚の味が出汁に溶け込んで不思議と美味いものだ。
「……おぅ、こりゃ美味いや」
スオーラの言う通りアルコール分は完全に飛んでいて、酒が入っている感じは全くない。だがそれが水と具材から出たうまみと混ざりあい、深い味わいへと変わっている。
「いいもんですな。寒い時期に身体を動かした後で食べる暖かい食事というのは」
小糸も目を細めて汁物をすすっている。
「しかし……」
そこで小糸はスオーラの背中を眺めつつ言葉を濁した。
「それだけの量だ。材料費だけでも結構かかったでしょう」
「ああ。それに関しては部員全員に言いました。『作ってほしいんなら材料費出し合え』って」
峰岸が代わって小糸の疑問に答える。
剣道部員の数も二十人以上いるのだ。仮に一人五〇〇円ずつ出したとしても予算は一万円を超える。二つの料理の予算には充分だろう。
そこに扉を開けて入ってきたのは沢である。彼は教師二人が料理、それもスオーラの手作り料理を食べているのを目ざとく見つけ、
「先生達、こっちより早く食ってるなんてズルイっすよ!」
「ズルくない。お前達の準備が遅いのが悪いんだ」
理由にもなっていない峰岸の言葉で「仕方ない」と黙ってしまう沢。だがすぐにスオーラの背中に、
「そろそろ準備ができるから、料理を持って来て下さい。器は持って来てますので」
教師の峰岸と違い、微妙に丁寧な言い回しになっている。しかも少しだけカッコつけてもいる。
[判りました。もう少し経ちましたらお持ち致します]
わざわざ振り向いて沢にそう告げる。沢はそれだけで「得した」と言いたそうな笑顔で準備室を出て行く。
実際着替えが終わったのだろう。準備室の外が無駄に騒がしくなっている。あちらはあちらで色々と準備をしているのだろう。
スオーラは峰岸達が覚え切れない長い名前の料理用のスープが入っているらしい寸胴鍋に何かハーブらしき物をいくつか沈めると、
[申し訳ございません。こちらの鍋とノナスニトナモチトナ・セナシクニミーキナの生地の方は、このままにしておいて頂けますでしょうか?]
言われた峰岸はすぐに、
「ああ、判った判った。こっちも後から顔を出すって言っておいてくれ」
それを生徒達が全く望んでいない事は百も承知しているが、酒やタバコなどをやっていないかの確認はしなければならない。そういう大義名分がある。
スオーラは「判りました」と返事をすると、魚の具沢山スープの入った寸胴鍋の方を台車に乗せ、峰岸が開けてくれたドアから準備室を出て行った。


スオーラが剣道場に入ると、既に何名かの部員が黙々と準備をしている所だった。着替えの関係か男子部員がほとんどだ。
彼らはスオーラに気づくと一様に笑顔を見せて彼女の鍋を持とうと近寄ってくるが、寸胴鍋一杯の煮込み料理というのは結構な重さがある。
おまけに靴を脱ぐスペースの所はともかく、板が張られた部分は基本土足厳禁。それは台車の車輪にも適応される。だから手伝おうとしているのだが、スオーラはそんな鍋を軽々と持ち上げ、
[こちらは大丈夫ですから、そちらの準備をお願い致します]
いかにも重そうな寸胴鍋を軽々と胸の高さまで苦もなく持ち上げられては、男としても立つ瀬がないし立場もない。
「何をダラダラやってるんですか!」
スオーラの後ろから聞こえて来た女子の声。もう顔を見なくても判る、鹿骨ゆたかの怒りの声である。
そんなゆたかは着替えを急いでいたのが丸判りで、古典的セーラー服のスカーフは微妙に変な結び方になっているし、いつもはキレイに整っている髪も少しだけまとまりに欠けている。
「早くブルーシートを広げて。それから食べ物は大皿に取り分ける。そのグレーの袋に入ってますから、早く!」
まるで肝っ玉母さんを思わせる、有無を言わせぬ威圧感。半ば怒りに任せているとはいえ指示は的確。
男子部員達は怒りの矛先がこちらに向いては敵わないと作業スピードを上げる。
「さ、スオーラさんもそんな重い物は早くあちらに置いて下さい」
ゆたかが指し示しているのは、わざわざ知り合いから借りて来たと説明するアウトドア用のコンロである。もちろん本来は屋外で使う物である。
「やっぱり料理を作って下さる訳ですから、道具もきちんと用意致しました」
[有難うございます]
スオーラはコンロの上に寸胴鍋を置いた。それは準備室にあった小さなガスコンロと大差ないデザインで、専用のガスボンベを使うので火力も遜色ないレベルなのである。単にスープを温め直すのに使うなら充分すぎる物だ。
けれどこれはここに運ぶ寸前まで火を通してある。いくらここが暖房器具がなくて寒いとしても、そんなにすぐ冷たくなってしまう程ではない。
そういう感じでバタバタと準備が進む中、着替えを終えた部員達も続々と集まって準備を手伝っている。普段こうした面倒事を人任せにしがちな面々もスオーラの目の前とあってはキッチリと張り切っていた。
その甲斐あってあっという間に準備は整った。スオーラ特製の汁物もスチロール製の椀に入れて行き渡った。
[まだアキシ様がお見えになっていませんが?]
角田昭士がまだ来ていない事をスオーラが訊ねる。彼は部員達が部活で汗を流している間、教室で補習を受けているので学校には来ている筈。まだ補習が終わっていないのだろうか。時間的には終わっている筈なのだが。
その辺りはやっかみも手伝って「あいつに知らせないでおこう」と主張する部員も実はいた。
だが携帯電話が普及している現代。すぐに連絡でも取られたらそれがすぐバレる。そうなった時スオーラが自分達に向けてくるのが好意であろう筈がない。
それだけは何があっても絶対にしてはならない。男嫌いで通しているゆたかですらそう主張したくらいだ。
「まぁあいつの教室からここまで遠いしな。先にやってようぜ?」
沢がコーラの入った紙コップを掲げて乾杯の準備に入る。大半の部員達も「料理が冷めるし」と彼に従って紙コップをめいめい掲げた。それを見てスオーラもぎこちなく紙コップを掲げる。
それを見た沢は、少しだけ考えてから、
「名目は色々とあるが面倒なので……乾杯!」
『乾杯!』
それを待っていたかのように、広げられた食べ物に向かう者。まず始めにとスオーラが作ってくれた汁物を食べる者。一応乾杯なのだからと、紙コップに入った飲み物をまず一気に飲み干す者。
その根底にある感情は皆同じだ。「せっかくだから楽しくやろう!」である。
「あー、久しぶりに食べるな、このお菓子」
「おい誰だよ、たらこ味なんて買って来たの?」
「やっぱりシンプルにうす塩味だろ」
「ねーねーこのクッキー作って来たの誰?」
「誰かそこのペットボトル取ってくれー」
「ヘー、これがあっちの世界の料理か」
「味は薄いけどうめーな、これ」
剣道場が一気に騒がしく――いや、うるさくなる。それは同時に若者のパワーそのものと言えなくもない。
そのパワーはピッタリと閉まった入口から確かに漏れている。見えない筈なのに見えている壁のようにも感じられる。
だから、入って行こうとした峰岸がためらったのも無理はないかもしれない。自分がこの輪の中に入って行くのは場違いであると察したのだろう。
しかし監督責任がある以上、入口で突っ立っている訳にもいかない。たとえ邪魔者扱いされようとも、行くしかないのである。
「あ、あ、あ、あの、せ、先生」
取手に手をかけた時、峰岸の後ろからかけられたドモり声。
「ああ、角田兄(あに)か」
補習を受けて遅れた角田昭士の到着である。一応は走って来たらしく、少しだけ息が乱れている。
しかし伊達に剣道部員ではなく、すぐさま息を整えると、
「も、もう、はじ、始まって……ますね」
確認するまでもない、部員達の大騒ぎ振り。それなりに防音効果のある扉にも関わらず、それが全く役に立っていないのだから。
昭士は扉に手をかけると一気に開いた。
扉が動くガタガタッという音で、騒ぎはそのままに皆の視線が一気に入口に――昭士に向けられる。一瞬の無言の間の後、
「おー、やっと来たか補習野郎が」
「早くしないとメシが無くなるぞー?」
「つーかお前、何持って来たんだよ?」
一応持ち寄りがルールのパーティーである。皆決して多いとは言えないなけなしの小遣いはたいて、人数分相当のおかしやら料理やらを持って来ているのだ。
いくら補習漬けだったとしても、参加する以上昭士にも例外は許されない。参加メンバーほぼ全員が「ナニ持って来たんだ?」と興味津々で昭士を見ている。
[アキシ様、そちらが空いていますよ?]
スオーラが、自分より少し離れた場所を指し示す。その声が微妙に弾んだ物である事に気づいたのは何人かいた。同時にいささかムッとした表情になるのはやむを得ないのか。
昭士は勉強道具を入れているカバンと一緒に持っていた大きな袋を、少し荒っぽく空いているスペースに置いた。
「あれ。その袋、確か『kaka』ってケーキ屋のだろ、駅前の?」
「えっ、じゃああそこのケーキ……な訳ないか。袋だけだろ?」
確かにその袋はこの辺りでは評判のケーキ屋の物であるが、二十人分となると一番安い物でも一高校生の小遣いだけで買おうという発想にはならない値段である。いくらクリスマス(が近い)パーティーであっても。
別にもったいぶっている訳ではないのだが、口を締めている紐がなかなか解けず、結果的にそうなってしまっている。
加えてスチロールの椀に魚料理を持って来たスオーラが渡すタイミングを逃しているのにも気づいていない。
ようやく紐が解け、昭士がそこから取り出したのは……意外な事にケーキであった。
より厳密に説明するのなら、ケーキのスポンジ部分のみ。それもいかにも「切れ端」。それもたくさん。
それを見た部員達は一瞬ガッカリしつつも「切り落としの即売に行って来たのか」とすぐに納得した。
名店だけに切り落としといえども高い人気があり、最近では事前に発行された引換券がないと購入すらできないと言われている。
そんな店の切り落としを、この試験休み中補習漬けの筈だった昭士が、なぜ手に入れる事ができたのだろうか。皆の疑問はもちろんそこに行きつく。
だがその疑問も、切り落としとはいえなかなか手に入らない店のケーキの前には無力。そう言いたくなるような、そして半ば奪い合いのようなスピードで切り落としのスポンジケーキはみるみる無くなっていく。
[アキシ様、こちらをどうぞ]
スオーラはようやくお椀を昭士に差し出せた。昭士もそれを受け取ると、
「ああ、あ、ああ。これ。ああ、あっちの食堂で、たた食べたヤツ?」
[はい。チノナチ・セチカーナサチです。基本的な作り方は知っていたのですが、細かなコツなどをお聞きして作りました]
「そ、そっか。ススオーラの国は、魚食べ、食べないしね……うん。けど、やっぱり美味しい」
[有難うございます、アキシ様]
黙っていれば冷たい印象の美人だが、自分が作った料理に美味しいと言ってくれた嬉しさが素直に表に出た笑顔。過去の事から女性には積極的にならない昭士でも心がぐらつく笑顔。
ふと気づくと、二人は部員全員と峰岸に取り囲まれていた。
『恋人でもねーのに、二人の世界作ってんじゃない!』
女子部員達の手でスオーラは引きずられて離され、昭士の方は男子部員その他から加減された仮借ないやっかみの拳や蹴りを受けている。
皆揃って笑顔を浮かべている。やっかみはあっても恨みや憎しみは全くない。
だが被害を受けている方にとってはたまったものではないのは言うまでもない。
だがそこに浮かんでいるのは、やっぱり笑顔であった。
昭士もスオーラも。

<つづく>


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