トガった彼女をブン回せっ! 本編幕間その5
『我々で責任を持って』

時間は少しさかのぼる。
ホテル・ランコントルのスイートルームから、益子美和が出て行って数分と経たぬうちに、「自爆」していた角田いぶきが目を覚ました。
その間に昭士は受け取っていた白い学生服に着替えを終えていたし、開け放したままだった隠し部屋への入口も閉めておいたが。
《……》
いぶきはムスッと口を引き結んだまま大きな部屋を横切り、部屋の奥にあるベッドにゴロッと寝転がった。
かなり寝心地が良いのだろう。極めて珍しくムスッとした口がほころんでいる。
普段は暴力的というか殺人的といおうか。目の前の相手はブッ倒さないと気が済まないと言いたげなくらい他人に攻撃的な態度を貫くいぶきも、こうして黙っていれば性格がキツめの美少女である。
双子の兄ゆえにパッと見で間違えられる事が時々ある昭士からすれば、その評価は微妙と言わざるを得ない。自分も「美少女」とからかわれているようにしか聞こえないからだ。
ともかく。世紀の問題児が大人しくしてくれているのは有難い。
昭士は、先程先代の軽戦士の白骨死体から取ってきた「MOBILE BATTERY」と書かれたモバイル・バッテリーを不思議そうな顔で見つめている。
《ど、ど、ど、どうしよう、これ》
どうしようと言われても。賢者と軍人スュボルドネは、昭士と同じような不思議そうな顔で彼を見つめ返している。
昭士にしてみても、モバイル・バッテリーを使うようなアイテムは持ち合わせていない。持っていてもまさしく宝の持ち腐れというヤツである。
そして賢者やスュボルドネにとっても、使い方も判らなければ使いどころもない品物である。賢者の持っているスマートフォンなら使えるかもしれないので、
《けけ、賢者さんに、あ、あげあげ、ますよ。つつかつか、使えるでしょ》
昭士は相変わらずのドモり口調でモバイル・バッテリーの事を説明する。しかし、
「ですが、先代の軽戦士のムータの使い手が持っていた物ですから、あなたが持つ方が良いと思うのですが」
もっともらしい事を言って、遠回しに拒否する賢者。
モバイル・バッテリーを囲む男三人。だがどこかから伸びてきた白い手がそれを奪い取る。
もちろん手の主はいぶきである。
《ナニよコレ。モバイル・バッテリー? ナンでこンなモン持ってンのよ?》
少しクセのある声でそう言いながら、モバイル・バッテリーをクルクル回して見回している。
「あなたのお兄さんの前に軽戦士のムータを使っていた方の、いわば置き土産ですね」
賢者のその説明に、いぶきは見回す手の動きを止めて首をかしげている。別に理解困難・不可能な言い回しはしていないし、そもそも賢者は昭士達の国の言葉=日本語(マチセーラホミー地方の言葉)はきちんと話せる。
そんな賢者の肩をそっとつついたのはスュボルドネだった。彼はペイ国の言葉で、
「賢者様。彼女は戦士殿の事を、兄と思っていないようなのです。兄妹なのは間違いないようなのですが」
彼はその言葉と昭士から以前聞いた事で見当をつけた。実の兄妹であるにも関わらず彼の妹と思われるのがそこまで嫌いらしい。
「先程も『一緒にするな』と激昂されて背中を蹴られました」
スュボルドネはそう言うと、賢者に向かってチラリと背中を見せた。特に蹴られた痕らしいものなかったが。
今のいぶきは、相手に与えたダメージの総てが自分に跳ね返るようになってしまっている。スュボルドネは痛くも痒くもないが、いぶきは別だ。
彼女の性格から考えて手加減して蹴る事はあり得ない。渾身の力で足を叩きつけたダメージがそのまま自分の背中に跳ね返ったのだ。相当な痛みだったろう。
それは既に身を持って知っている筈なのに。懲りもしないというか、知っていてもやらずにはおれぬというか。
「難儀な性分ですね」
「自分もそう思います」
《ゴルァ、そこ! 訳判ンねー言葉でグチグチ言ってンじゃねぇ!!》
二人でペイ国語でこそこそ話しているのに気づいたいぶきは大声で怒鳴ると、間髪入れず賢者に向かって飛び蹴りを繰り出す。
他の皆が止める間もなく彼女の足は賢者の顔面に叩きこまれたのだが、
《ぎぃやっ!!》
当然自分の顔面を痛がって押え、しかも着地のタイミングを誤って背中から落ち、床に転げてしまう。それ以上悲鳴を上げたくないとばかりに声を殺す様子はとても痛々しい。
だがいぶきの性分を考えると自業自得にしか受け取れないので誰も助けない。ついでに言うとそんな状況でもモバイル・バッテリーを手放そうとしない。
ようやく治まった痛みを堪えて立ち上がると、彼女はモバイル・バッテリーで昭士の頬をグリグリとやりながら、
《で、ナンなのコレ。どこで拾ったの? パクったの?》
さっきの賢者の説明を聞いていたのかいないのか。元々人の話を聞くような性格ではないが。
「せんだいのけいせんしのむーたのもちぬしのいたいのうえにあったものです」
スュボルドネがそれでもきちんと説明をした。横にいた昭士も、
《ほ、ほ、骨になっちゃってた、け、けど》
がちゃーーーん!
いぶきは男三人が見愡れるような綺麗な動作で腕を振り、モバイル・バッテリーを床に力一杯叩きつけた。
《遺体? 骨!? 骨ってどういう事よ! 死体の上にポンって置かれてたの拾っちゃった訳、この拾い乞食野郎は!?》
床に敷かれた綺麗なカーペットをむしり取るような勢いで両手をこすりつけている彼女は、
《全くナンでもカンでもポンポンポンポン拾ってくるかね、このバカは。もうナン回言ったか自分でも判らないけどバカの極みの遥か高み級のバカよね。死体には害のある病原菌とか山ほどあンのよ。しかも病気で死ンだらその病原菌とかウィルスだってついてる訳なんだから、それに感染したらシャレじゃ済まないでしょうがっ!?》
相変わらず感情的になると饒舌になるいぶきの勢いは止まらない。
《別にアンタみたいな高みの極みのバカがどうなろうが知ったこっちゃないけどね。このあたしにそンなモンが移ったらどう責任とってくれるってのよ、この責任なンて言葉も意味も知りっこないヤツが責任とれるように成長するまで待てとでもいう気? そンなのアンタが年取って寿命で死ンでさらに生まれ変わってでも来ない限り不可能以外の何物でもないでしょうがっ!!》
《うるさい》
カードをかざした昭士のその一言で、いぶきのこえがパタッと聞こえなくなった。彼女の口は相変わらずものすごい早さでパクパクと動いているのだが、声が全く出ていない。まるでミュートだ。
昭士が持つ軽戦士のムータは、彼が使い続けるうちに「変化」し、いぶきのあらゆる行動を「強制」できるようになっていた。それこそ生殺与奪も思いのままなくらい強力な物に。
それから昭士は痛みが自分に跳ね返るのにガンガン蹴ってくるいぶきを無視している。もちろん動きを封じても良いのだが、カバーに大きな亀裂が入ってしまったモバイル・バッテリーを拾い上げ、溜め息をつく昭士。せっかくの「形見分け」のアイテムをあっという間に壊された空しさが大きい。
そこで昭士の上着のポケットから強い振動が。マナーモードにしていた携帯電話に着信があったようだ。
のんびりと見える動作で取り出し、蓋についた液晶画面を見ると、
《あ。スス、スオーラからだ。何だ》
そう言いながら蓋を開いて電話に出ようとした瞬間、その携帯をひょいと奪い取られてしまった。もちろん取ったのはいぶきである。
周囲の動きを超スローモーションで認識できる能力の無駄使いとツッコミたくなる早業である。
昭士の携帯を奪い取ったいぶきは、彼が行動を起こすよりも早く、その携帯電話を力一杯床に叩きつけた。さっきのモバイル・バッテリーと同じく。
《ああああっっ!!》
これにはさすがに昭士も悲鳴を上げる。彼女の攻撃は生き物相手だと己に跳ね返ってくるが、そうでない物は跳ね返って来ない。それを利用したストレス解消。という名の傍若無人な振る舞いである。
昭士の世界では、どんな物であれ携帯電話は社会生活を送るのに必須のアイテムと言っても過言ではないほど浸透・普及している。それを壊されて何も感じない訳がない。
《な、な、な、な》
何か言おうとするが言葉にならない。いぶきは少しだけ気が晴れたと言いたそうに鼻息を荒くしている。もちろん何か言っているのだが、さっきの「うるさい」というミュートが効いているので、何を言っているのかは判らない。
こんな感じに毎年一回は携帯電話を破壊されているので、彼が買うのはメーカーの一番安いモデルだ。しかしその金を出すのは親である。
だがそれも中学生まで。高校生になった今なら「バイトして払え」と言われそうで。遅れている授業や侵略者との戦いにバイトまで加えたくはない。
昭士はポケットからムータを取り出すと、それを眼前にかざした。
ムータから青白い光の扉のような物が飛び出すと、それが昭士に迫り、交差する。
すると昭士の服が白い学生服から青いつなぎ姿の軽戦士の格好に変身した。
《……よっと》
同時にいぶきは全長二メートル以上の大剣の姿へと変わる。それがグラリと倒れてきたので彼は片手で軽々と受け止めた。彼だけは本来の三百キロという重量を無視して扱えるのだ。
《ったく、ナニブッ壊してんだ、このバカ野郎が》
彼は変身するとドモり症が消えてしまうのである。かなりトゲを込めた口調で、大剣の柄に浮き彫りにされた全裸の女性像(上半身)の顔面に拳を叩き込む。
《これで何度目だと思ってんだよ。一年一年機種変してるみてーなモンじゃねーか。ポイントだってもうほとんど残ってねーし。だいたいもうお前がやった事はお前自身が責任もって後始末つけるようになってるの、忘れてんじゃねーのか? これの弁償代はお前がバイトでも何でもして払わねーとならなくなってんだぜ?》
まだ未成年であるいぶきが何をしても、その責を負うのは保護者である両親である。だが彼女はあまりにも問題を起こし過ぎ、同時に反省も後悔も全くしていない。なので彼女専用の条例ができ、既に施行されている。
だから昭士が言った通り、彼女が物を壊したり誰かにケガをさせた場合、弁償や賠償は総て彼女自身がどうにかしてお金を払わねばならないようになっている。
だが「その程度で」責任感や罪悪感を感じるほど心優しい人間であれば苦労はない。声は聞こえないものの相変らずの調子で「知ったこっちゃない」と言いたそうに胸を張っている。
昭士はいぶきが叩きつけて壊したモバイル・バッテリーと携帯電話をそっと拾い上げる。
その様子を覗き込みながら賢者が訊ねる。
「大丈夫そうですか?」
《ああ。こいつの金で新しいの買わせるから》
昭士はキッパリとそう言いながら作業を続ける。
携帯電話の方は蓋の蝶番が完全に外れて二つに分離しまっている。直して再利用とはいかなそうである。そもそも安いモデルであるから「買い替えた方が安いですよ」と言われそうだ。
彼は携帯電話の裏蓋と電池を外し、中に入っているSIMカードやらマイクロSDカードやらを爪の先で引っぱり出す。幸いこれらが曲がったり折れたりしている様子はないので、データそのものを移しての機種変更は可能だ。
モバイル・バッテリーの方はカバーが完全に割れているだけで中身の充電池の方は無事そうだからどうにかなりそうである。詳しく聞いてみないと詳細は判らないが。
だが聞くにしても、この世界の物を昭士の世界に持って行った場合「姿形が変わる」可能性がある。昭士の携帯のように変化しない物もあるのだが、最悪の場合「存在できない物」として消滅してしまう事もある。
だがモバイル・バッテリーの方はこれからの戦いに必需品という訳でもない。無くなったら無くなったで諦めもつく。
昭士がそういった物を腰のポーチに入れ終えたところで、スイート・ルームの窓が「外から」開かれた。
「アキシ様、ご無事です……か?」
勢い良く飛び込んできたスオーラが、部屋の中のあまりの平穏ぶりに勢いを削がれている。
「ええ……と。……あの」
そしてその平穏ぶりに、何と言って良いのか、言葉に詰まってしまっている。
「何か、いえ、何も、なかったのですか?」
“携帯電話とやらの呼び出し音が急に切れた割に、何も無いようだな”
“携帯電話とやらの呼び出し音が急に切れた割に、何も無いようだな”
すぐ後ろから入ってきたジェーニオの言葉で、スオーラが勢い良く飛び込んできた理由を理解した昭士は、事情を説明してやる。彼女が萎縮したように小声で謝罪をしたのは言うまでもない。


「呼び出し音が急に途切れてしまったので、何かあったと慌てて駆けつけたのですが……」
確かにそれは慌ててしまっても仕方ない事情である。スオーラは壁に立てかけられている戦乙女の剣=いぶきを恨めしそうに睨みつける。
「イブキ様の言動には慣れたつもりだったのですが、まだまだ甘かったようですね」
《悪いな。せっかく姉妹水入らずのところだったのに》
昭士は苦笑いしながら、一応謝罪をしておく。いぶきの言動で周囲の人間が迷惑しか被らないのはいつもの事だが、今回ばかりはさすがにタチが悪い。
携帯電話の呼び出し音が急に途切れた=昭士に何かあったと思い込んだスオーラは、ジェーニオの移動力を以てして屋敷からこのホテルに駆けつけて来たようだ。
屋敷に入る前に預けたバイクはまだそのままだし、ジュンも置いて来てしまっている。後でバイクの回収とジュンを迎えに行かねば。スオーラは昭士にそう告げる。
「アキシ様。実は敷地内の森の中で、このような物を見つけたのですが」
スオーラがそう言ってポケットの中から取り出した物。ジェーニオが『地図を表示する機械』と言っていた、タブレットのような機械である。
昭士はそれを一目見るなり、
《ひょっとしてコレ、カーナビか?》
「かあなび?」
《ああ。車なんかに付けられる、要は機械の地図だな。え〜と「NAVIGATION」って書いてあるし、間違いないだろ》
スオーラはジェーニオの『地図を表示する機械』という言葉を昭士に伝えていないのに、昭士は自信を持ってジェーニオの言葉を肯定している。ジェーニオが電気や電波という物との相性が良いというのは本当のようだ。
《実は、こっちもモバイル・バッテリー、まぁ電池だな。そいつを手に入れたは良いんだが……死体の上に乗ってたってんで、いぶきのバカがブッ壊しやがってなぁ》
昭士の方もカバーが割れたモバイル・バッテリーを取り出してスオーラに見せる。その痛々しいまでの割れっぷりにスオーラも溜め息をつくのを堪え切れない。
「ですが、その死体というのはどう聞いても穏やかではありませんが?」
「そこの壁の隠し扉の向こうに、先代の軽戦士のムータの使い手の遺体がありました。どうやらルリジューズ家の先祖ルイーズ・ルリジューズ様と何やら縁があったようですが」
賢者が大雑把にその時の状況を説明する。続けてスュボルドネも遠慮気味に、
「どうやらけいせんしどのとこいなかだったようであります」
それらを聞いたスオーラは、
「ではこの地図と電池は、何故別々に保管? されていたのでしょう?」
こうしたナビゲーションの機械は想像以上に電池を喰う。少しでも長持ちさせる為にバッテリーとすぐ繋げられるようにしておく方が賢い。今回のようにバラバラに保管しておく理由が見当たらないのだ。
その辺りは当人同士しか判り得ない理由でもあるのだろう。完全な部外者の彼等に判る筈もなし。
だがそこで昭士は一つの事に気がついた。
《何だ、これ。カーナビもバッテリーも同じメーカーっぽいな》
メーカーのロゴらしい物がどちらにも描かれており、それがどう見ても同じ物だったからだ。ただ昭士が全く知らないメーカーだったが。
《帰ったらネットで調べてみるか。とはいっても、もう長居する理由はないんだけどな》
スオーラの用事は(一応)済んでおり、確かに昭士の言う通りである。
とはいってもこの国はまだまだクーデターが終わった訳ではない。これからの滞在はもちろん、帰りにも難儀があるだろう。
しかしそれを片付けるのは彼等の役目ではない。
それこそ彼等の「プライド」とやらを傷つける結果に繋がりかねないし、昭士達の生活をそこまで犠牲にしてやらねばならない程の義理もない。
「アキシ様。その前にジュン様とバイクを……」
スオーラが申し訳なさそうに申し出る。昭士の元に急ごうとするあまり置いて来てしまっているのだ。
だがそこにバイクのエンジン音が開け放したままの窓から飛び込んで来た。
スオーラが窓から外を見てみると、確かに真下にバイク……それも自分のサイドカー付きのバイクが停まっていた。
「姉様!?」
運転して来た人物を見たスオーラが、思わず声を上げてしまう。
そう。サイドカー付きのバイクを運転して来たのは、さっき別れたばかりの姉・タータだったからだ。サイドカーの中にはもちろんジュンが収まっており、こちらに向かって手を振っている。
そんな二人にホテル入口の見張りをしていた軍人が駆け寄っている。さすがにここからではやりとりは聞こえない。
それから二十分ばかり経った頃、入口が静かにノックされる。続けて入って来たのはこのホテルの従業員。そしてその従業員が「お入り下さい」とばかりに後ろに手を差し伸べてから入って来たのは、やはりタータとジュンだった。
「ごめんなさい。この子をなかなか受け入れてくれなくて……」
タータがジュンの頭をポンポンと優しく叩く。ジュンの方も彼女にされるがままにされている。
こうしていると本当に仲の良い二人ではあるが、まだまだこの国では「褐色の肌」や「文明レベルが劣る」などの理由をつけて「下に見る」者の方が多い。
特にここは古く歴史のある高級ホテル。たとえ客(の客)であっても拒絶する意思は強いだろう。
スオーラがそんな風に考えていると、彼女は昭士に近づいて、
「チミチカチキチ チノニトニノナミ?」
そう話しかけてくるが、当然彼には判らない。スオーラが小声で、
「アキシ様にはマチセーラホミー地方の言葉でないと判りません」
と補足するが、タータはそこの言葉は知らない筈だった。彼女はスオーラに二言三言話しかける。
「姉が『よろしくお願いします』と言っています」
予想される当たり障りない言葉である。だが言葉が判らないのだから仕方ない。
「しかし姉様。一体どうしてここに……?」
改めてスオーラがタータに訊ねる。すると彼女は一枚の紙片を差し出した。四つくらいに折り畳まれた紙のようだ。
それはずいぶんと薄汚れており、しかも湿ってくたっとしていた。形容しづらい、心地よいとは言えない臭いをうっすらと感じる。
タータが言うには、土の中から見つかった地図の機械を包んでいた布に貼りついていた物のようだ。スオーラ達が機械を持って飛び出して行った後に気づき、何か関係があるのかもしれないと、追いかけたのである。
途中スオーラが忘れて行ったバイクを回収し、このホテルまで走って来たのだと言う。確かに出て行く時にジェーニオがこのホテルの名前を言っていたから、来るのは容易だったろうが。
スオーラはそんな姉の行動に感謝すると、破かないよう注意して畳まれた紙を広げにかかる。
無事広がった紙を見てスオーラは思わず唸ってしまう。
一応何やら文字が書いてあったようなのだが、長年土の中に埋もれて、しかも紙が湿ってしまった影響で、かなり滲んでいるのでとても読みづらいのだ。このペイ国の、それも三百年前に布に包まれたのだから、おそらく当時の古い文字だ。
この国の出身であるスュボルドネや賢者に見せてみるが、現代の文字とは同じ部分もあれどずいぶん変わってしまった部分も多いらしく、時間をかけて解読しなければならないらしい。
国は違うが一応ジェーニオにも見せてみる。彼(彼女)は間違いなく「昔」に生きていた存在だ。現代の者よりは何か知っているのではないか。そんな一縷の望みとも言えない何かにすがるように。
ジェーニオは広げられた紙面をじっと見つめている。
“『此の地図がシャスール殿、若しくは彼の志を継ぐ者の手に渡ります様に』だな”
“『此の地図がシャスール殿、若しくは彼の志を継ぐ者の手に渡ります様に』だな”
苦もなく読んでみせたその様子に、周囲から「おお」と感嘆の声が漏れる。
「なるほど。そこは『若しくは』になる訳ですか」
「自分はシャスールという名前しか判りませんでした」
賢者やスュボルドネが感心している。国は違えど古くからいる者なのは伊達ではないという事だ。
そんなペイ国の人間のやりとりを昭士に伝えるスオーラ。昭士は少し考えてから、
《判った。じゃあそれはこっちが遠慮なく使わせてもらおう。っても、使える状態かどうかは判らねーけど》
三百年も土の中に埋まっていた機械である。外見は無事かもしれないが中身が確実に劣化しているのは間違いない。一応使うと言ったものの、多分そういった事情で使う事はないだろう。
そんな物でもある意味で「形見」である。ここでいぶきのように「要らん」と斬って捨てる真似は、昭士にはできなかった。
《あと、それからもう一つ》
昭士はそう言うと、スュボルドネと賢者を見てから、部屋にある燭台の一つを指差した。
《せめて『先輩』を……この手紙と一緒に葬っちゃもらえないか?》
そう。その燭台こそ隠し扉を開ける唯一の鍵であり、そこには先代の軽戦士のムータの使い手・シャスールの白骨遺体が閉じ込められたままなのだ。
「そうですねせんしどののおっしゃるとおりです」
「判りました。我々で責任を持って」
スュボルドネと賢者の重く堅い言葉が、届いている気がした。
壁の向こうに。

<本編幕間 おわり>


文頭へ 戻る あとがき メニューへ
inserted by FC2 system