トガった彼女をブン回せっ! 本編幕間その4
『これは剣士殿の世界の物なのですか?』

角田昭士(かくたあきし)が手に持っている物=三百年前に閉じ込められて死んだ人間の死体の上に置かれていた物。
それは紛れもなく自分の世界に存在するアイテム。スマートフォンやタブレットに電力を供給する為のモバイル・バッテリーに間違いなかった。そう書いてあるし。
大きさはちょっとした手帳程。大きすぎず小さすぎもせず。昭士自身は持っていないが友人達の中には持っている者が何人かいる。だから良く覚えている。
しかし。彼からすれば百年は文明レベルが遅れているこのオルトラ世界に決してある筈のないアイテムだ。携帯電話はおろかようやく「電話」という物が普及しだしたレベルなのだ。
しかも三百年という年月を経ているにも関わらず、その外見は全く劣化していない。いや、多少の擦り傷程度ならあるが、どうみても三百年経ったとは思えない外見である。
普通に中古品として置かれていても疑問に思う人はいないだろう。そんな感じなのである。繰り返すが三百年前にこの死体の本人が持っていた筈なのに。
「それはいったいなになのですか」
昭士の案内を仰せつかったこの国の軍人・スュボルドネが彼の隣から覗き込んでいるが、携帯電話はもちろんコンピュータと呼ばれる物自体存在しないこの世界の人間に、何と説明したら良いのだろうか。
そう考え込んでいると、同じくモバイル・バッテリーを覗き込んでいる賢者モール・ヴィタル・トロンペが、
「剣士殿。これは剣士殿の世界の物なのですか?」
知識を売りとする賢者らしからぬ発言をする。もっともさすがの賢者も「この世界に」存在しない物に対する知識までは持っていないようだ。
その割に昭士の世界にありそうなスマートフォンはちゃっかり持っているのだから良く判らない。
《うう、うん。すす、少なくとも、こ、この世界にないもの》
元来のドモり症に加え驚きが抜けていない昭士の発言。
《なな、な、何だってこんな、も、も、ものが……》
オルトラ世界の現代でもある筈がないアイテムがある。昭士が不思議がり、かつ驚くのは当然である。
三百年前に閉じ込められて死んだ人間の死体の上に置かれていたのだ。という事はこの世界の三百年前に彼が持っていた事になるのだから。
しかしどうひいき目に見ても頭脳派ではない昭士。豊富な知識は持つが他の世界の物品そのものがよく判っていなさそうな賢者。そして携帯電話というものの存在すら知りようがない軍人スュボルドネ。
そんな三人がいくら考えたところで、判る筈もないのだが。
「ああ、制服をお返しにあがりました」
いきなり後ろから声をかけられ、飛び上がらんばかりに驚く賢者とスュボルドネ。今は「周囲を超スローモーションで認識する」力がない昭士も同様である。
さっきとは別種の驚きのまま後ろを振り向くと、キチンと畳まれた白い学生服を両手で捧げ持っている益子美和(ましこみわ)の姿が。だが一緒に行った筈の精霊ジェーニオの姿がない。
美和は相変らずの無表情な顔と声で昭士に制服を渡すと、
「無闇に話さないよう言っておいた筈ですよね? 約束は守ってもらわねば困るんですが」
そう淡々と非難するものの、やむを得ない部分もあるかと自分に言い聞かせるようにしている美和。
その場にはいなかった筈なのでいくらでもしらばくれる事は可能なのだが、それが完全にできないのが昭士という人間である。
「まぁ罰則として、後ほど酷い目に遭って戴くとしましょう。ところで……」
どうやって取ったのか、昭士が持っていた筈のモバイル・バッテリーをいつの間にやら奪い取った美和が、あちらこちらを眺め回しながらバッテリーを玩んでいる。この辺の素早さは盗賊ならではである。
「モバイル・バッテリーですね。どうされたのですか、これ?」
美和の当然の疑問に、昭士はもう一度説明をする。
「……なるほど。先程のタブレットの件といい、三百年前のムータの使い手は、現代文明のアイテムと深い関わりでもあったのでしょうかね」
先程この死体の霊=先代の軽戦士のムータの使い手シャスールは、相棒にしていた盗賊のムータの使い手が光るガラス板――タブレットPCを使っていた事を証言している。
だがシャスール本人が使っていた訳ではなさそうである。何故そんな人物の死体、それも胸のところにこんなモバイル・バッテリーが置かれていたのだろうか。
スュボルドネは当然判らない。事の成り行きすらも。
昭士も当然判らない。美和はそんな事情に興味なさげに、モバイル・バッテリーを昭士に返す。
知識が豊富な筈の賢者も、さすがにこうした方面になると頭が働き切らないらしい。何故だろうかと首をかしげるばかりであった。
「そうそう。モーナカさんのお姉さんですが、こちらの軍隊のお偉いさんであるアンヴィー・ディクタテュール少将さん率いる部隊に拉致されてまして」
当たり障りない世間話のような口調と態度で、とんでもない事を話し出す美和。昭士達は再び驚く。
そんな驚きの顔が楽しいらしく、無表情ながらも微妙に嬉しそうに話を続ける。
「その辺は解決済です。ジェーニオも手を貸しましたし」
すると昭士達の顔から緊張と驚きが取れて、心底安堵したものになる。そんな移り変わりが面白いらしく、美和は、
「モーナカさんのお姉さん。ルリジューズ家でしたか。皆さんもそちらへ行かれてみては。まぁ検問が張られていますけど、その辺は強行突破でも何でもして」
《きき、き、強行突破って……》
相変わらずサラリと物騒な事を言う美和に、もう呆れるしかない反応の昭士である。
「その辺は先程の罰則の一つと思って戴ければ。では失礼」
こちらが何か言う間も与えぬ雰囲気で、美和は堂々と扉から出て行ってしまった。


ペイ国軍人フィス・ルリジューズ少佐は、目の前にやって来た面々に対して、露骨に不信感を露にしていた。
まずさらわれた筈の自分の妻タータ・ルリジューズ。
そして義理の妹になる隣国パエーゼ国に総本山を持つ宗教ジェズ教の托鉢僧モーナカ・ソレッラ・スオーラ。
……にではなく、残りの二人に、である。
一人は褐色の肌に白い長髪。ポンチョを思わせる貫頭衣を着た裸足の少女。
一人は砂漠の国と謳われた異国サッビアレーナの民族衣裳を着た、右半分が女性で左半分が男性という奇怪な人物。
その奇怪な人物が運んで来たのは、軍の同胞ではあるが反りの合わぬ派閥の人間アンヴィー・ディクタテュール少将。それも気絶した状態でロープでグルグル巻きに縛られている。
義妹は裸足の少女の方をヴィラーゴ村のジュン、男女半々の人物の方を精霊ジェーニオと紹介した。
その紹介の後、ディクタテュール少将は縛られたまま。その部下達は一斉に引っ立てられて行った。
ここに残っているのはルリジューズ家の面々とスオーラ達だけである。
そんなルリジューズ家の面々は一層の不信感を募らせた目でジュンとジェーニオを遠巻きにでもするようにしていた。
ヴィラーゴという村は深い森の中で未だ非文明の生活をしている、女性だけの村と伝わっている。彼女達には自分達の村以外の集落を知らない。それゆえにヴィラーゴの名は外部の人間がつけたものだ。
男をさらって来ては自分達と交わらせ子供を産む。男が産まれてくれば容赦なく殺す。そんな話から「森の蛮族」と蔑まれている存在だ。
精霊と云われたジェーニオは当然である。明らかに人型はしているが人間ではない。加えてサッビアレーナの精霊といえば人間離れした能力を持つ存在と伝わっている。
自分達と似た姿だが異質な存在というものは、どうしても警戒心が先に立ってしまうものだ。それこそ人ならざる化物同様の存在として。
だが肝心の二人は、周囲の人間が放つ拒絶感が伝わっているのか無視しているのか、至って平然としている。
ジュンは頭にタータが飼っている鳥を乗せ、その鳥と何やら話でもしているかのように時折口を鳴らしている。しかも傍らにペイ国軍の軍用犬を寝そべらせて。
軍用犬は他の犬と違い、徹底的に他者には懐かないよう訓練を重ねている。筈だ。にも関わらず間違いなく初対面の相手に完全に心を許している。ようにしか見えない。
ジェーニオは異国の建物の内装を珍しそうに無言で眺めているだけであった。
紹介をされ、何と返答したら良いのか考えるような間。本当は関わりたくないと面倒がる。そんな雰囲気が支配している空気を撃ち破ったのは、
「……何をしているのだっ!」
まさしく仁王立ち(オルトラ世界に「仁王」がいるかは不明だが)。そして凛とした力のある低めの声。
眉を釣り上げ周囲の白い制服の軍人達を見回してそう言い放ったのは、タータ・ルリジューズその人であった。
タータは視線が泳ぎっぱなしの自分の夫に鋭い視線を向けると、
「わたくしはどうなっていましたかっ。そして今どうなっていますかっ!」
特に大きな声を張り上げている訳ではないが、その迫力たるやまさしく「堂々たる騎士」。地味なシャツにロングスカートという貴族階級らしからぬその質素な服が、何故か光り輝く騎士甲冑のように見えた。
「そう。わたくしはディクタテュール少将に拉致され、そして彼女等に助け出されました。こういう時頭首は、そして夫がまず最初にすべき事は、彼等への感謝でしょう。違いますかっ!」
頭首である義父はともかく夫たるフィスの方は、その迫力に完全に飲み込まれている。
傍らのスオーラも、以前「かかあ天下」の状態と聞いていたものの、この様子では「尻に敷かれる」の方が正しいかもしれない。そのくらいの夫婦の力関係に見える。
「いや。タータ。しかしだね……」
「しかし、ではありませんっ!」
何となく恐る恐るといった具合のフィスの言葉を遮るようにビシッと言い返すタータ。
この世界では相手の言葉を遮って発言するのは大変失礼な事とされているのだが、それを失礼な事だと指摘する事すらできない迫力が確かにあった。
彼女は傍らに立つジュン――言葉が判らず不思議そうな笑顔のままだが、そんなジュンを差して、
「確かにこの白髪の少女はヴィラーゴ村の出身。わたくし達が『森の蛮族』と呼んで貶みすらしている存在ではあります……」
そこで一息ついたタータは強い視線で自分の夫フィスを睨むようにすると、
「ですが。わたくしは彼女に助けられました。あなたの妻を助けたのです。にも関わらず礼の一つもできないような礼節のない人間が、彼女等を蛮族と笑うおつもりですか。それこそ笑止というものです。違いますかっ!」
まさに一喝。自分の夫に向けたものであるが、その怒声にはこの場の軍人達が背筋を伸ばして震え上がる。そんな中、ただ一人動じずにいたルリジューズ家頭首。タータからすれば義理の父だが、彼が、
「違わんよ。貴族は決して平民に頭を下げてはいけないのだ」
淡々とした重い声で、しかしハッキリと言った。
「そもそも平民、いや、蛮族などに助けられた事を、君が恥じるべきだ。私なら悔しくて恥ずかしくてその場で死を選ぶ。それが貴族というものだよ」
その顔には彼女への嫌みや嘲る感情は全くない。真剣な本心そのものである。
「以上だ。即出て行きたまえ。これ以上一緒の空間にいては貴族が穢れてしまう」
ずっと座っていた彼は面倒そうに立ち上がると、タータの方を一瞥する事なく部屋から出て行った。夫であるフィスはタータ達を気にしつつも、最後は父に従って部屋を出る。
その背中をタータはもちろんスオーラも何も言い返す事ができなかった。
それは、生粋の貴族にとってみれば彼の言う事が正論だからである。
貴族とは人々の上に立つ者。上に立つ者は下の立場の者に対して常に自分が上である事を示し続けなければならない宿命がある。態度で示したり言動で示したり。
だがそれは上の者が下の者に何をしても良いという事では断じてない。むしろ上の者は命を賭けて下の者を守らねばならない。だからこそ貴族は民から税を得られるのだ。
だから上に立つ貴族は、下の者に守られる事・助けられる事を絶対に良しとしない。
貴族とは人々に感謝「される」存在であって人々に感謝「する」存在であってはならないからだ。特に軍人が権力の頂点に位置する軍事国家では。
では使用人はどうなのだ。そんな声もあるだろうが、貴族からすれば使用人は「人型をした便利な道具」に過ぎない。
道具が人間の役に立つ事をとがめる者はいないのだ。問題は使用人ではなく町の平民達にまでその思考で接する貴族があまりに多い事だろう。
一方タータやスオーラは聖職者の家系である。ある種の特権階級ではあるが、貴族ではない。
人々を守る事ではなく人々を助け、救う事が目的だ。その為根本の思考自体が全く違うのである。
夫であるフィスは世代的にそうした「貴族的」な考え方に若干抵抗があるようだが、義父の世代ではそんな考え方がある事すら思いつきもすまい。
それゆえに。それが判っているだけに、タータもスオーラも強く反論ができなかったのだ。
とは言っても、助けられて感謝の一つもない。それそのものを捨ておく事もできない。タータは自分のペットや軍用犬と戯れるジュンの前に膝をつくと、
「申し訳ありません。あなたがわたくしを助けてくれた事は紛れもない事実。むしろ誇らしい事であるのに」
だがジュンにはこのペイ国の言葉も彼女の故郷パエーゼ国の言葉も判らない。表情から申し訳なく思っている事が読み取れるだけだ。
ジュンはその申し訳なく思っているタータの瞳がうっすら滲んでいるのを見ると、
「泣く。何。悲しいか?」
軍用犬を撫で回す手を止め、首をかしげるジュン。だが彼女の言葉もタータには判らない。判るスオーラがタータに伝える。
だがタータが口を開くより早く、今まで沈黙を保っていたジェーニオが話しかける。
“彼女はお前を助ける為に行動したのではない。それゆえ恩に感じる事はない”
“彼女はお前を助ける為に行動したのではない。それゆえ恩に感じる事はない”
どことなく偉そうで、もったいぶったジェーニオの言い回し。
“彼女はその鳥と犬を助ける為に行動を起こした。その結果お前が助け出された。それだけだ”
“彼女はその鳥と犬を助ける為に行動を起こした。その結果お前が助け出された。それだけだ”
ジェーニオの言う通り、ジュンが行動を起こしたのは飼い鳥のカーロがケガをした事と、軍用犬の不必要な虐待を見てからだ。実際にタータを助けたのはその隙に乗り込んだスオーラの方である。
タータはスオーラが実の妹である為か、感謝の気持ちをジュンに向けた面が大きい。聖職者の家系で育った為か自分よりも他人を優先する質なのだ。
その場にいなかった筈なのに、まるで見ていたかのようにそう話すジェーニオ。すると彼(彼女?)は、
“どうやら我は機械、それも電気だの電波だのという物との相性が、すこぶる良いようだ”
“どうやら我は機械、それも電気だの電波だのという物との相性が、すこぶる良いようだ”
部屋に置かれっぱなしの無線機を指差した。
“あの機械の用途を悟り、乗っ取った。電波を通じた移動もできた。だから我はあの場にいた”
“あの機械の用途を悟り、乗っ取った。電波を通じた移動もできた。だから我はあの場にいた”
なんと。ジェーニオにそのような特性があったとは。どうりで彼(彼女)の声が無線機からした訳だ。
これは電気や電波が殆どないこのオルトラ世界ではそうそう気づく事のできないものだ。まさしく「奇跡の出会い」かもしれない。
“そして、お前の夫や親を恨む事もない”
“そして、お前の夫や親を恨む事もない”
ジェーニオは改めてタータに向かって、そう告げた。
“貴族のプライドという、我には理解できんものだろう”
“貴族のプライドという、我には理解できんものだろう”
プライドゆえに無理しているか、本心かは判らないが。皮肉っぽく小声でそう付け加える。
“この国では女が戦う事を良しとしない。だが活躍したのは女だ。それもあるだろう”
“この国では女が戦う事を良しとしない。だが活躍したのは女だ。それもあるだろう”
ジェーニオはスオーラの方を少しだけ見て、そう言った。
「わ、判るのですか?」
バカにしている意図はないが、スオーラはそう訊ねずにはおれなかった。「理解できない」と言っているのにそう結論付けられたのだから。
だがジェーニオは特に怒った素振りも見せずに、
“数百年経っても人は変わっていないようだ。良くも悪くもな”
“数百年経っても人は変わっていないようだ。良くも悪くもな”
感心するでもなく、嘆くでもなく。その辺りの微妙な気持ちは達観した人間のそれのようである。それとも人ではない精霊ならではのものなのだろうか。
ジェーニオの言動に興味なさそうにしているジュンはともかく、スオーラとタータは文字通り何か感銘を受けたような雰囲気で黙り込んでいる。
だが当のジェーニオは何か心配そうに考える素振りを見せている。そんな彼(彼女?)はスオーラとタータの方に恐る恐る視線を向けると、
“今ので良かったのだろうか”
“今ので良かったのだろうか”
あまりに脈絡のない唐突な物言いに、この場の誰もが言葉に詰まってしまった。
“自分で考えて自分で判断する。これでいいのか?”
“自分で考えて自分で判断する。これでいいのか?”
その言葉でスオーラはジェーニオが何を言いたいのか理解できた。
ジェーニオは精霊。それも何らかの方法で「作られた」存在だという。しかも主人の命令に従い、それを実行する事を絶対としている。
その為「自分で考えて」「自分で判断して」という能力が根本的にない。命令を実行する為に「どう判断するか」という基準ならあるが、それは「自分で」考え、判断をしているとは言い難いものだ。
主人から解き放たれた今、それができるようになりたいのだろう。だからタータを励ますような事を言った。誰かに言われる前に。
しかしスオーラは本当にそうなのかの判断が今一つつかなかった。こればかりは「そうだ」と言い切れるものでもない。同時にまだまだ自分は聖職者として未熟だと痛感する。
だが「やろうと」した事は間違いがない。そこは明らかな進歩だろう。
だからスオーラは、正直にその事を伝えた。
「自分で考え自分で判断したのかは判りませんが、そうあろうと行動できた事は、評価に値する事だと思います」
“そうか”
“そうか”
うまくいって嬉しいのか、うまくできずに落ち込んでいるのか。どちらとも取れない短い返答だ。
だがジェーニオはスオーラを見下ろす目を動かさない。何かを観察しているかのように。
「な、何かご用でしょうか?」
少し警戒気味のスオーラに、ジェーニオはすっと彼女の左手を指差すと、
“先程から気になっていた。それはどうやら機械らしいが”
“先程から気になっていた。それはどうやら機械らしいが”
言われて初めて思い出したように、スオーラは左手に持っていた物を差し出した。
それはジュンがさっき土の中に埋まっていたといって掘り出した何かだった。随分昔のものらしい。箱か何かを布で何重にもグルグルと巻いた物だ。
重さはほとんどない。ずいぶんと軽い。ジェーニオは「機械らしい」と言ったが、こんなに軽い機械がこの世界にある事が信じられない。昭士達の世界であれば、携帯電話を始めとして軽い機械など山のようにあるだろうが。
スオーラは床に土が落ちるのも構わず大雑把に土を払い落とすと、ゆっくりと巻かれている布を解きにかかる。ずいぶん長い間埋まっていたらしく、布が箱(らしき物)の形にキッチリ固まってしまっている。
そうしてようやく解いた時に姿を現わしたそれは、明らかに機械であった。それも昭士の世界で見かけた「タブレット」と呼んでいたガラスの板状の機械に良く似ている。
だがタブレットにしてはずいぶんと小さい。それに厚みもある。一応文字らしき物が見えるが、スオーラには昭士達の世界の文字が魔法を使わない限り認識できない。なので何と書いてあるのかが判らない。
ジェーニオはその機械にすっと手を添えると、
“なるほど。これは地図を表示する機械のようだな。動きそうもないが”
“なるほど。これは地図を表示する機械のようだな。動きそうもないが”
さすがにずっと土の中に埋められていた為に壊れてしまったのだろう。その辺はやむを得ない。
「修理は、可能でしょうか」
“そこまでは判らぬ。調べれば良かろう”
“そこまでは判らぬ。調べれば良かろう”
とジェーニオは言うが、どうやって調べるのかまではさすがに判らない。
ただこの世界の物が別の世界に行った時にその存在・形を保てるかどうかは、やってみないと判らない。
現にスオーラの携帯電話はこの世界に来るとごつい腕時計のような形になってしまうし、自分も外見が著しく変わってしまう。
だからスオーラも昭士の世界に行ければできるかもしれない、と思った程度だ。
そこで彼女はポケットから携帯電話(腕時計型)を取り出した。それを目ざとく見つけたジェーニオは、
“それは電話器のようだが、連絡を取るのか?”
“それは電話器のようだが、連絡を取るのか?”
「はい。姉の無事も確認できました。エッセがいない以上、アキシ様達だけでもあちらの世界に戻った方が良いでしょうから」
一応あちらの世界にも生活基盤があるスオーラではあるが、昭士達はあちらが本来の世界。しかも学校をサボる結果になってしまっている。
自分もエッセと戦うようになって殆ど学校に行けなくなり、結果辞めてしまったこともあって、彼等には自分と同じ轍を踏んでほしくないという気持ちからだ。
ところが。形が変わっているのに表示される文字は昭士の世界の物のまま。テンキーの数字も昭士の世界の物のまま。
それではスオーラには読む事はできない。それゆえに画面やキーを操作する事ができないのだ。
かといって電話をかける為だけに文字を解読する魔法を使うのは、さすがに効率が良いとは言えない。
しかしスオーラは持ち前の記憶力の良さで「どの位置のボタンを何回押せば良いか」という面倒な方法で記憶している。その要領で昭士の番号に電話をかける。
携帯電話用のアンテナなどある筈のないオルトラ世界にも関わらず、アンテナが三本ちゃんと立っているので、問題なく通話ができてしまうのだ。
彼女の耳に電話の呼び出し音が聞こえている。二度。三度。四度。なかなか出ない。
まだ持ち慣れない自分と違って、昭士は周囲がよほど騒がしくない限りはすぐに電話に出るタイプ。五度。六度。七度。やっぱり出ない。
何かあったのだろうか。それとも騒がしくて気づかないのだろうか。知らず知らずに小さく苛立ちながらそんな事を考えているうちに、急にプツンと切れた。
呼び出し音が。

<つづく>


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