トガった彼女をブン回せっ! 本編幕間その2
『まずいんですよ!』

「……正直、あまりかっこいいと言える状態ではありませんでしたが、確かにあの時彼女はこの世界の救世主となった、と言えるでしょう」
時は現代。所は異世界オルトラ。パエーゼ国内の大都市ソクニカーチ・プリンチペ。この国の第一王子の居城がある国有数の都市である。
その一画にあるジェズ教キイトナ派の教会のとある一室での事だ。
オルトラとは違う世界からやってきた角田昭士(かくたあきし)は、目の前にいる薄赤い髪の青年から詳細な話を聞きに来ていたのだ。
その青年はモール・ヴィタル・トロンペ。この世界に古くから知られている有名な賢者と同じ名前の賢者である。
そんな風にややこしく名乗る理由はよく判らない。本人に問うても答えてくれないからだ。
別に世襲制とか何代目とかいう訳でもないようだし、名を騙っているにしては、その知識は賢者の名に相応しいもの。あまり細かい追求はしてくれるなと無言の訴えを、昭士は一応聞き届けている。
説明というよりはくどい朗読、もしくは一人芝居のような彼の長々とした話を、一切の茶々を入れずに聞き続けていたのだ。
それは、この世界では「相手の話を遮るように割って入るのは非常に失礼な事」と何度も言われているからだ。そんな考えがない昭士の世界ではあるが、同じお説教を何度も聞きたくはない。
昭士はそんな思いであくびをかみ殺している。
《そりゃあ、スオーラの過去の事話してくれって、頼みはしたけどさぁ》
それから半分ボーッとした目で賢者を見つめると、
《何もそこまで詳細に話してもらわなくてもよかったんだがな。それに何だよ話の前半と後半。前半がダイジェストで後半が実況中継じゃねえか》
声に元気が少ないが、きっちり文句を言う昭士。元の世界ではドモり口調で遠慮がちな性分だが、この世界での昭士には遠慮がない。思った事はポンポン言う性分に変わってしまう。
賢者もその辺の「変化」は承知しているので、そんな口調にすら腹を立てた様子もなく、
「致し方ありません。他人から聞いた事と自分が実際に見聞きした事では、話しやすさと思い入れというものが随分異なります」
昭士は賢者のその理由に「それもそうか」と変に納得してしまった。
《こっちも初陣は大変だったけど、あいつの場合は前例すらなかったから、もっと大変だったろうな》
昭士はなかなかにクッションの利いた背もたれに大げさに身を預け、どこか懐かしそうに呟いた。
それは昭士もスオーラと同じ「救世主」の立場になってしまったからである。
彼女が「魔法使い」として力を発揮するのに対し、昭士は技やスピードが売りの「軽戦士」としてその力を発揮する。現に今の昭士の格好は、作業着のようなつなぎに胸当て・篭手・脛当てをつけただけの軽装備。こちらの軽戦士によくある格好だそうだ。
スオーラが救世主となってから各国は自国の宝物庫などを調査。すると出てきたのだ。彼女が使えたのと同じムータが。
自分の国からも救世主を、という思惑の元、自国の民をしらみつぶしに調査したのだが、スオーラのように力を発揮できた者は現れなかった。
別の世界の力を使うのなら、別の世界にならいるかもしれない。
そんな賢者の仮説を元に、スオーラは見つかった十枚程のムータを携え、様々な世界に飛んだ。中にはエッセを追いかけて飛んだ世界もあった。
そんな風にエッセを追いかけた世界で、スオーラと昭士は出会ったのである。
だがその世界での戦いにおいて、スオーラの魔法使いのムータと昭士が持つ軽戦士のムータを除く総てのムータがエッセによって破壊されてしまったのだ。
おまけにこのムータの生成法が全く判らない以上新しく作る事もできないし修復もできない。
だからもう、エッセにまともに対抗できるのはこの二人しかいない。エッセが出れば二人のうちどちらか、もしくは両方が出かけなければならないのだ。
《けど、俺が軽戦士でスオーラが魔法使いか。他にも僧侶とか盗賊とかもあったんだろうな》
「自分にもそこまでは判りかねます。ムータに直接書いてある訳ではありませんから」
いかに賢者と呼ばれる人間でも、その知識には限界がある。その辺は昭士も責めるつもりはない。
賢者は話を戻しますと言いたそうに少しだけ背筋を伸ばして座り直すと、
「彼女はその後も大変でしたよ。彼女はまがりなりにも代々聖職者の一族ですから。ご実家でもめにもめたそうです」
《もめる、ねえ。確かスオーラってみんなを守るのが使命って言ってたろ? 何で坊主の一族がそれを邪魔するんだ?》
昭士が曖昧な記憶で言った通り、スオーラが属している「キイトナ派」のモットーは「人々を守る」事らしい。
人々を守る救世主ならば、まさしくそのモットー通りの役目だと思うのだが。昭士はそう考えていた。
ところが賢者が言うには、
「代々聖職者の一族だからもめた、でしょうね」
「代々」の部分を変に強調する賢者。当然昭士は「何で?」と目で訊ねる。
「今の彼女の身分はあくまでも見習いにして学生。エッセが現れる場所や時間は、そんな彼女の都合など考えてくれませんから」
エッセとまともに戦えるのはスオーラしかいない。だからエッセが現れれば彼女が現地に行くしか方法がない。
そうなるとどうしても「学生」としての部分がおざなりになってしまう、という訳だ。学校の遅刻早退はもちろん、出かけた場所によっては長期の欠席。
スオーラの成績がどんなによかったとしても。いくら重大な事情があろうとも。滅多に学校に来ない人間を下手に優遇しては、他の生徒に示しがつかなくなってしまう。
それに「代々」聖職者を務めてきた一族であれば、そうした学校を出て、真面目に修行に励み、一人前の聖職者になるのが当然と考えるだろう。
いくら世のため人のためとはいえ、学業が疎かになる事を良しとはしないに違いない。
《なるほどな。下手すりゃ休み続きで退学になりかねない。そうなったら『一族の恥』とかナントカって展開になる訳か》
「その通りです。さらに聞いた話ですが、今年に入ってだいたい半分くらいの日数しか通えていないそうです」
こちらの世界の学校制度など判る筈もない昭士だが、出席日数半分というのはさすがにまずいだろう。
《やれやれ。どこの世界も『お嬢様』ってヤツは大変だねぇ》
それでもやはりどこか他人事でどうでもいいという態度である。
かく言う自分も、入学早々結構学校を休んでしまっている。このエッセ絡みの事件でだ。
丸一日休んだ回数は少ないが、遅刻や早退は結構続いている。昭士はスオーラと違って優等生どころか成績があまり良くないので、授業に追いつくのも大変だ。
その辺は、クラスメイトや部活の仲間の協力を得て、ノートだけはどうにかなっている。こういう事情だからといって、学校の成績を考慮してくれる、なんて都合のいい事は起きっこないのだ。実際には。
そんな昭士の胸中を察したか無視したか、賢者は話を続けた。
「その為、先日再び家族会議が開かれたと聞きました。もう一人エッセと戦える人間が現れたのだから、戦いを辞めてちゃんと学校に通えという声が出てきたとかで」
じゃあ俺に全部押しつける気かよ。昭士が声に出さずにそう思ったのは当然だろう。
「もっとも、その意見には反応が真っ二つに分かれたそうですが」
賢者が言うには、一族でも年輩の人間を中心に「中途退学など一族の恥。きちんと学校に通って、聖職者としての教育と徳を積むべし」という意見が多く、若い年代を中心に「この世界の厄介事を別の世界の人間に尻拭いしてもらう事こそ一族の恥」と一歩も引かない状況だったらしい。
《リアクションはともかく、行きつくところは『一族の恥』か。ホント、どこの世界もお嬢様ってのは大変だ》
相変わらずどこか他人事な昭士の態度である。
《で。本人は何て言ってんだ?》
こういう事は周囲の人間よりも本人の意見の方がよっぽど大事である。おそらくスオーラの意見など全く聞かずに、自分達の考えのみを展開して、押しつけようという気だろう。そんな意志を自覚しているか否かの差はあるだろうが。
「本人は、一度引き受けた事でもあるし、エッセと戦える人間が少ない事もあって、エッセ討伐の方をやりたいと言っていますけどね」
本人の意志がその「家族会議」とやらに全く反映されていないようなのは、賢者の言葉の濁し方で昭士にも容易に想像がついてしまった。だが賢者は言葉を続ける。
「ですが、猊下(げいか)の鶴の一声で処遇が決まったそうです」
猊下とはスオーラの父にしてジェズ教の最高責任者モーナカ・キエーリコ・クレーロ僧の事である。
相当な子煩悩らしくスオーラにはかなり甘い。だが甘やかしているという雰囲気は不思議とない。昭士もその「可愛がり」ぶりは一度間近で見ているのでよく知っている。
《で。何て決まったんだ、あの親バカだかバカ親の声で》
相変わらず歯に衣着せぬ昭士の言葉。だが賢者も彼の子煩悩ぶりは知っているので、その辺はフォローも訂正もせずに、
「タクハツソウにしたそうですよ」
《何だ、それ?》
知らない単語が出てきたので、間髪入れずに聞き返す昭士。あまりのスピードに賢者の方が面喰らったように一瞬黙ってしまった。
「托鉢僧です。各地を旅して回り、布教活動に勤しむ。こうした宗教社会は厳格な階級制度が布かれていますが、その中でも最下層に位置するのが托鉢僧です」
托鉢僧。このジェズ教では「フラーテ」と呼ばれる階級に当たると賢者は言う。
《最下層って事は、見習いよりはマシって事か》
「彼女が受けているのは……喩えて言うなら軍隊の士官教育です。そこから二等兵になるようなものですから、むしろ逆ですよ」
賢者の説明に、昭士は口をぽかんと開けて惚けてしまった。あの親バカだかバカ親だかが、ここまでキツイ処分を出すとは、想像だにしていなかったからだ。
「確かに托鉢僧は階級制度から見れば最下層に位置しますが、旅に関する便宜は各地の教会がはかる事になっているそうです。『学校だけが「学ぶ」場所ではない。托鉢僧の旅路が各地方だけではなく別の世界にも及ぶだけである』。猊下はそう仰って反対派の一族の方々を無理矢理説得したそうです」
確かに無理矢理というか力技だ。
しかし昭士の国のことわざにもある。「可愛い子には旅をさせろ」。
「それに彼女が救世主を辞めてしまったらエッセと戦う人間が減ってしまいますからね。それでは人類側が損をしますし、困っている人を見捨てる結果になってしまいます。反対派の方々もその辺は理解していますが、さすがに大っぴらには言えないでしょう」
うん。やっぱりこのテの「ナントカの一族」というのは面倒でややこしい。それが昭士の素直な感想である。
「それで彼女は今、マチセーラホミー地方に詳しい方のところで、言葉を学んでいます。昨日少しお話をしてみましたが、かなり上達していましたね」
先程の賢者の話でも「物覚えがかなり良かった」と言っていたし、見た事もない車の操縦・操作をたった一晩で修得していたのを昭士本人も見て知っている。
記憶力が良いのか要領が良いのか。それだけでも一種の才能だ。
「もっとも。マチセーラホミー地方の言語は、母音も子音も数が少なすぎるので、一つの音でいくつもの使い分けをするのが大変だと言っていましたが」
マチセーラホミーの言葉≒日本語を普段から使っている昭士には少なすぎるも使い分けもピンとこない。だが全く違う言葉を覚えるのが死ぬ程大変な事は、普段からの英語の授業で身に染みて理解している。
カンカンカン。
そんな部屋にいきなり響く涼やかな金属音。昭士はビクッとして身構えてしまうが、賢者の方は全く慌てた様子がない。彼は部屋の入口につけられた小さな釣り鐘を指差すと、
「部屋の中の人間に用事がある時には、外からあの釣り鐘を三回鳴らすのです。それから……」
賢者は立ち上がり、その釣り鐘の下から伸びる紐を軽やかに引く。
カンカンカン。
「こうして鳴らしてから部屋の扉を開ける。こちらの世界、それも教会のような場所の決まり事です」
昭士にそう説明しながら扉を開けると、そこに立っていたのは親バカ――ではなく、スオーラの父親であるジェズ教最高責任者モーナカ・キエーリコ・クレーロ僧本人であった。
年相応だがいかつい顔立ち。整ってはいるが顔の下半分を覆う髭。そんな人物がスオーラと同じデザインの、ボタンのない詰め襟制服のような僧服に、白いマントを羽織っている。
だが、僧服には儀礼用の軍服のような肩当てを模した飾りがついているし、白いマントには綺麗な青い縁取りがされている。
彼は部屋に足を踏み入れる直前、後ろに向かって小声で話しかけた。彼はまがりなりにも長である教団最高責任者。お付の者にでも「ここからは自分だけでいい」とでも言ったのだろう。
事実彼は一人で部屋に入ってくると、扉を自分で閉めた。それから賢者と何やら話している。
昭士にはこの世界の言葉は全く判らない。だから二人の会話はさっぱり判らない。スオーラとならカードの所有者同士という事で何の問題もなく意思疎通ができるのだが。
賢者は日本語(によく似ているらしい、この世界の一地方の言葉)を話せるので、今までそちらで話してもらっていたが、長が話しかけてきても昭士は困るのだ。賢者が通訳してくれない限り。
ところが。
「アキシ殿。はるばルよーお越しやシた」
喋ったのである。日本語(に似たこちらの言葉)を。……アクセントやイントネーションが微妙に変であるが。
「うちは、昔布教活動であチらに五年程おりましてんな。その時ニ習い覚えマシテン」
ごつくいかつい顔立ちから飛び出す、思いのほか流暢な日本語。昭士の世界で言うなら、京都や大阪といった西日本の言葉である。各地の言葉がメチャクチャに混ざっているように聞こえるが。
《は、はあ》
以前話した時は、言葉が通じるようになる魔法をかけてもらっていたので、彼が日本語(?)を話せる事など判らなかったのだ。だから昭士はさっき以上にぽかんとするだけだ。
しかし長はそんな昭士の様子を気にした様子もなく、手に持っていた書類の束のような物を賢者に手渡した。
「有難うございます、猊下」
賢者はうやうやしくその書類の束を受け取る。それから昭士に向かって、
「以前お尋ねしていたマチセーラホミー地方ヴィラーゴ村に関する資料です」
そこで昭士は思い出した。先日警察署内で巨大な蛇型エッセと戦っていた時、その村から昭士の世界へ来たらしい「喋る短剣」が署内にあり、調べてもらっていたのだ。
賢者は貰った資料をパラパラとめくりながら、
「ヴィラーゴ村は深い森の中にぽつんとある小さな村です。昔ながらの……原始的な生活を頑なに守り続ける、女性ばかりが住む村と聞いています」
《女ばっかりか。俺の世界にも女ばっかりが住む『アマゾネス』の村の話があるんだが、そんな感じだなぁ》
「『アマゾネス』?」
昭士の言葉に賢者が反応する。さすがの賢者も別の世界の単語は知らないらしい。
《ああ。女ばっかりの狩猟民族とか、弓引くのに邪魔だから左胸だけ切り落としてるとか、他から男をさらってきて子供作っても、男だったら捨ててくるとか、そんな話くらいしか知らんが》
という昭士の説明とも言えない説明に、賢者と長が顔を見合わせる。
「アキシ殿。そのヴィラーゴ村も全くおんなじですがナ。こラびっくりやわー」
顔に似合わぬ長の言葉遣いに、昭士は吹き出しそうになるのを何とか堪える。さすがにここで笑ってしまってはこちらの身が危うい。
「それで、以前送って戴いた写真を拝見したしましたが……」
賢者が強引に話を変える。
昭士はジュンと名乗った短剣の写真を撮り、メールで賢者の携帯電話に送っておいたのだ。
「これは『マーノシニストラ』という名の短剣。それも随分昔の型ですね。間違いありません」
《何だそりゃ?》
昭士の疑問に即座に答える賢者。
「マチセーラホミー地方は、深い森や険しい山が国土の大部分を占めています。そのため重く大きな武器・防具はほとんどありません。武器は軽く小回りの利くもの。防具も厚手の服のような軽装を好みます。そんな国土で発達した『盾として使う短剣』をそう呼んでいます」
「あー。うち、それなら見た事アりますわ。二つの短剣を両手にこー持って、すぱスパッと斬リツける。鮮やかナもんでしたワー」
長がまるで変なボクシングでもするように両腕をコンパクトに振り回しながらそう説明してくれる。言葉遣いも手伝って、見た目の割には親しみやすいおじさんという感じがしてきた。
盾として使う短剣。言われてみれば確かに心当たりがある。
先日戦った巨大蛇型エッセの突進を短剣一つで軽々と止めてみせたのは、その短剣を持ったスオーラである。
あれは短剣の使い方を学んでいたとしても、それだけではとてもできない芸当だ。「盾として使う短剣」ならばその盾としての力が発揮されたのではという、強引な解釈をつける事もできる。
そこでもう一つ思い出した事がある。
《けどあのジュンってヤツ。村に名前なんてないって言ってたぞ? なら何で『ヴィラーゴ村』なんて名前があるんだ? 自分の村の名前を知らないなんて変だろ?》
昭士の言葉ももっともである。だがそれには賢者がサラリと答えた。
「ヴィラーゴ村は、あくまでも我々がつけた便宜上の名前です。元々交流が盛んな土地柄ではありませんし。彼女達にとって村とその周辺の森が世界の総てです。そんな村に他と区別をするための『名前』なんて、つける必要がありませんよ」
「アキシ殿の世界には、こコオルトラノよーな『世界を表す名前』ナどナいでしょー?」
賢者の後に長まで続けて説明してくれた。その説明には確かに納得である。
「でしたら持ってきて……いや、連れてきた戴いた方が、余程早かったのでは?」
そういう賢者の質問に、昭士は少々呆れたように息をつくと、
《俺の世界は何でも『許可』とか『手続き』とかがいるんだよ。一応譲ってもらいはしたんだけどな。拾得物の譲渡がどうのこうのって、俺もよく判らんモンに時間がかかってる》
今の日本の警察は、本当に持ち主なのかどうかキッチリと確認しなければならない事になっている。そのための本人確認が手間取るのだ。
特に今回は普通の落とし物ではない。刃が入っていないとはいえ立派な刀剣類なのだ。いくら事情があろうとも少しは慎重になって当たり前なのだ。。昭士の世界では。
「……ところでアキシ殿。あの妹殿ノ姿が見えへんノデすが、どないされました?」
辺りを見回していた長が、不意に昭士に訊ねてくる。
昭士には双子の妹・いぶきがいる。彼女も昭士と同じくこの世界で救世主として戦う身の上だ。
ただし。彼のように戦士としてではなく、その「剣」としてだが。
いぶきが変身した「戦乙女(いくさおとめ)の剣」は、昭士の身長よりもずっと長く、また信じられない太さと重さを持つ刃の、もはや剣と言うよりは鉄板の塊といった方がいい武器だ。
それはこの世界の伝承に残る戦乙女の剣と同じ物かは判らないものの、その特徴は総て一致している。
昭士だけはその三百キロ近い重量を一切無視して使う事ができるものの、その長さは使い勝手のいい物とは決して言えない。
さらにそのいぶきだが、性格に問題があり過ぎるのだ。
まず誰かを助ける事が大嫌い。他人と協力する事が大嫌い。どんなエサや報酬で釣ろうとしてもそんな事はしない。そんな事をするくらいなら死んだ方がマシだと、本当に自殺した事も何度かある。
加えて他人が自分を助け、協力するのは常識以前の当然と、胸を張って宣言するような人間だ。だから対人関係は最悪で、友達一人いた試しがない。
ではそんな武器、使わない方が良いではないかという意見も出るが、そうはいかない。
なぜなら、化物エッセに一番効果的にダメージを与えられるのは、この戦乙女の剣だけだからだ。
さらにこの剣でとどめを刺せば、そのエッセによって金属の塊にされた生物を元の姿に戻す事ができる。それができるのもこの戦乙女の剣だけだからだ。
しかし。そんな事実が判明しても、いぶきの「非協力的」な態度は全く変わらない。むしろ「人の事を勝手に使うな」と前以上に反発する有様なのである。
ついでに言うならば、こうした話し合いの場に持ってきても、いちいち難癖を、文句を、罵倒の言葉をぶつけてくるので話が全く進まない。かと言って無視をすれば騒がしくして鬱陶しい。
だからいない方がいいのだが、今や昭士といぶきは一心同体と言ってもいい。彼の変身と共にいぶきも巨大な剣に姿を変えるのだから。どちらか一方のみ変身という事ができないのだ。
そのためどこか別の場所に置いてきたのだろうと賢者はずっと思っていたが、長の質問でふと嫌な記述を思い出してしまった。
「ところで戦乙女の剣はどちらに? 一緒に来られたのでしょうね?」
賢者の顔色がサッと悪くなる。唇をぎゅっと噛みしめ、昭士の返答を待っている。
しかし昭士はそんな賢者の様子など気づいた様子もなく、答えた。
《ああ。置いてきた。あっちの世界に》
賢者の嫌な予感大当たり。
《だって今日は戦いじゃないしな。あんなのあっても邪魔だろうし。そもそもあいつが俺を含めた他人の言う事なんて、聞く訳ないからな。言い聞かせるなんて時間のムダムダ》
昭士の言っている事は事実だしその気持ちは実によく判るが、これだけはまずい。まずすぎる。最悪である。
賢者はそんな気持ちで重く口を開いた。
「……もうおしまいです。絶望とはまさしく今の状況に相応しい言葉です」
頭を抱えてうなだれる賢者。そのあまりの気落ちぶりにさすがの昭士も心配になり、
《おい。置いてきたのがそんなにまずいのか?》
「まずいんですよ!」
賢者は間髪入れずに顔を上げて言い返す。
「あなた方は、あのムータに二人で一組として登録されています。だから二人揃った状態でこちらの世界に来る必要があった! もし一緒でない状態でこちらの世界、いや、世界を行き来してしまったら……」
過呼吸になりそうなテンションでまくしたてた賢者は、そこで自分を落ち着かせるように息を整える。そして、言った。
「妹さんの方はどこに飛ばされるか、予測すらできないのですよ!」
昭士はぽかんと口を開けたまま、賢者の発言を理解するのに、
時間がかかってしまっていた。

<本編幕間 おわり>


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