トガった彼女をブン回せっ! 第9話その4
『力を貸してくんなまし』

夜が白々と明け始めようかという頃。準備は整った。
キャンピングカーにあったリュックサック。森の案内人を兼業するボウの家にあった物入れ袋――としか形容できそうにない、丈夫そうな布で作られた袋。
それらに日持ちする保存食を分けて詰め込む。もちろん瓶に入った水。夜営に使える丸めた毛布も。
昭士はそんな荷物をパンパンに積めたリュックサックを持つと、
《じゃ、とっとと行くとするか》
それを背負おうとした時、横から伸びた手がその重いリュックサックを軽々と奪い取った。ボウである。
「持つ。荷物。役目。自分。任せろ」
量ってはいないが一番重いリュックサックを軽々と持ち上げ、ひょいと肩に担ぐボウ。その巨体に見合った筋力はさすがというべきか。
もっとも本来背負うのがリュックサックの使い方だ。だがベルトの調整をしたところで、彼女の巨体に合うとは思えないが。
スオーラも自前のリュックサックを背負い、昭士に物入れ袋の方を差し出すと、
「アキシ様はこちらをお願い致します」
《判ってるよ》
何の文句もないのだが、不満があるように見えたのだろう。スオーラはジュンやケンには聞こえないように、
「あのお二人に、荷物を持たせる訳にはいきません。特に食料を持たせたら勝手に食べてしまうので、あっという間になくなってしまいます」
スオーラがこうした言い方をするのは珍しい。誰に対しても敬語と丁寧な言動を貫くタイプであり、あのいぶきにすら「様」付きの敬称で接するくらいなのだ。
「以前わたくしがこの川のそばでエッセと戦った事はお話しましたよね。その時がまさしくそうだったので」
スオーラからすれば「備えあれば憂いなし」の考えだったのだが、村人達が不思議がったという。
森の中なら食べ物があるし、そばに川があるから水も手に入る。いちいち持って行く必要がどこにある。
おまけに大きな荷物を抱えていたのでは早く動けないし狭い森の中ではかえって邪魔になってしまう。
森の中で暮らし、森を隅々まで知っている、森の民らしい言葉だとは思う。
しかし「持っていて困る事はない」という言葉には、さすがに反対する理由はないとみえ、ごねるのを止めた。
止めたのだが、食料を持って歩くという習慣がない彼女ら。歩き進めるうちに邪魔に感じたのだろう。「食べて」荷物を減らすという行動に出たのだ。それもほとんど全員が。
村人達の言う通り、食事の時はその場で木の実や木の根、それから小動物を捕って食べたし、水もすぐそばに川があった。持って行かなくとも何も困る事はなかったのだが。
それでもこうして大荷物を抱えるのは「備えあれば憂いなし」の考えがこびりついているからだ。「持っていて困る事はない」のは事実なのだから。
《じゃあケンとジュンが先頭。俺とスオーラがその次。最後にボウが来てくれ》
これは以前ネットで見た、ボーイスカウト等の隊列の知識からきている。サブリーダーが先頭。次に体力がない者や初心者が続き、最後をリーダーが歩く。
もし経験豊富なリーダーが先頭を歩いてしまった場合、体力のない者や初心者が置いて行かれやすいのだ。そういった事を避けるため、サブリーダーに先頭を行かせ、リーダーは後ろから隊全体の様子を見て、指示を出す。
その辺りはジュン達の村もそうらしく、これには意義を唱える事はなかった。
《で。どうやって行くんだ?》
昭士が川の方を見て、誰に聞くともなしに訊ねた。
それはそうである。川には橋もなければ小舟もない。少なくとも見える範囲には。
向こう岸が見えないほど広くはないが、それでも目分量で百メートルはありそうな川幅である。
案内するのが原始的な生活の村の住人。平気で「泳ぐ」と言ってきかねない。
「こっち。歩く。ずっと。橋。ある。そこ。渡る」
ケンが川の下流の方を指差した。見えないので本当にあるかどうかは判らないが。道案内人が「ある」と言っているのだから、こっちはそれを信じるしかない。
昭士とスオーラは少し不安そうにボウをちらりと見上げる。ボウは「大丈夫」と言いたそうに微笑むだけだ。
すると彼は腰のポーチから携帯電話を取り出して広げ、親指でちょいちょいと操作している。それから携帯を持ったままその場でクルクルと回り出した。
「アキシ様。どうかされたのですか?」
スオーラが昭士の手元を覗き込むようにして訊ねてくるが、彼はそれに答えずに携帯電話を畳むと、元のようにしまい込んだ。


下流に向かって川岸を歩く事数時間。ようやくケンの言っていた「橋」に到着した。
さすがにこの時代だけあって鉄の橋ではない。木の橋である。幅は数メートルと言ったところか。さすがに荷馬車程度なら行き来できそうなものの、あのキャンピングカーは絶対不可能な構造である。
「ここ。渡る。入る。森。あと。歩く」
非常に単純な案内である。
ここに来るまでに、皆からだいたいの事情や関係を聞き出していた昭士。
儀式を行っていた場所は村から十数キロ離れた所にあるそうで、村では昔から「聖なる地」として崇められている場所らしい。
どんな場所かと聞くと、だいたい二メートル強の墓碑らしき物が建てられた小島がぽつんとある湖との事だ。しかし聖地認定されているためか、そこの水を飲む事は厳禁らしい。
かつてスオーラがワニ型のエッセと戦った時、エッセは村の周辺に出没していたそうだ。そこをボウの案内で村へ来たスオーラは、皆と協力してエッセを川へ追いやった。それを下流に向かって延々と追跡と戦いを繰り返して行くうちにあの大きな川に辿り着き、エッセが別の世界――昭士の世界に行ってしまった。
それを追いかけたスオーラはそこでエッセを仕留めたものの、知らずに着いてきてしまったジュンが世界を移動した事によって短剣(の刀身)に変わってしまった。だが短剣となったジュンに気づく事なくスオーラは帰郷。ジュンが短剣のままで取り残されたという訳だ。
しかしそれから一月あまり。考えてみればジュンは行方不明か死亡扱いになっているだろう。
にもかかわらずケンがその事を気にしている様子が全くなかった。普通なら「どこに行ってたんだ」とか「心配したんだぞ」とかいう言葉の一つもありそうなものだが。
「これ。理由」
その時ボウが自分の額の印を指差した。白い丸の中に黒丸というその印を。白い丸が一人前になる儀式を果たした証というのは昨日聞いたが。
「黒い丸。村祭。大会。優勝。印。これ。村。出て良い。証」
数年に一度、村を挙げて格闘技大会が開かれるという。大きな輪の中で素手で戦い、輪から出たり倒されたら負け、というルール。日本の相撲とほとんど同じようだ。
そしてその大会で優勝すると、白い丸の中に黒い丸が記され、「いくさし」と呼ばれる村の中でも高い地位につくというのだ。
その地位の人間は村を好きに出て行く事が認められる。もっとも村と周辺の森が世界の総てという彼女達。本当に出て行く者は過去においてもほとんどいなかったが。
その「特権」を使ってジュンも村を出て行った人間と思われていたため、心配も何もないらしい。
その辺の考え方のズレは、やっぱり自分達と異なる文化の人間なのだなと、昭士とスオーラは感心する事しきりだ。
「わたくし達はジュン様を村へお返ししようと思っていましたけど、どうやら取越し苦労だったようですね」
《ま、世の中そんなモンだ。返さなきゃいけない訳じゃないんなら、俺達の方を手伝ってもらっても文句はないだろ》
ジュンが変身した、つまり昭士の世界での姿は短剣の刀身。その短剣は刃こそ付いていないが、攻撃を「受ける」事に使うと絶大な威力を発揮する事が証明されている。
基本的に両手で戦乙女の剣を使う昭士はともかく、魔法使いとなるスオーラには充分以上に頼りになる「相棒」になれるだろう。
《もちろん、あいつの了承を得てから、だけどな》
「でも二つ返事で引き受けそうです」
いかにもありそうな展開に、スオーラが小さく笑い、前を行くジュンを見ている。
ジュンはケンから自分が村を離れていた間の事を聞き、本当に楽しそうにしている。
その楽しそうな様子を見ていると、とてもじゃないが強そうには見えない。村一番の戦士であり、村の格闘技大会(?)の優勝者。本当なのだろうかといぶかしんでも無理はない。
その辺りは、これから嫌でも判るようになるだろう。この先には、嫌が応でも戦いが待っているだろうから。
そんな風に若干気負っていた昭士だが、森の中は至って平和。独特の「森の香り」というヤツだろう。木や土の匂いでむせ返るようだ。
さすがに太陽光は木に遮られて若干薄暗いが、動くのに支障があるほどでもない。微かに風もある。
小さな虫がうるさくつきまとって来て鬱陶しいが、刺されたり毒に冒される訳でもない。野生動物に襲われる事もない。急に天候が変わって足止めを食う事もなさそうだ。さすがに整地されていない道だけに歩きにくい事は確かだ。
だが昭士は不思議に思った。これだけの森である。すぐそばに(ある程度とはいえ)文明の発達した国がある。それならばこの森を切り拓いたりなどして「開発」する人間がいてもいいと思うのだが。そんな様子は欠片もない。
原始のままの森。パターンだがそんな言葉が良く似合う、そんな古い森だ。
ふと横を見ると、重い荷物を背負ってもいるので、スオーラの息が少し荒れているのに気づいた。
彼女よりは余裕がある昭士が、携帯電話の時計を見る。現在時刻午前八時四十七分。出発したのが明け方という事を考えると、そろそろ小休止を挟んでもいい時間帯だ。
《どうする、ひと休みするか?》
「だっ、大丈夫です」
本心か強がりか判らないスオーラの即答。しかし昭士は彼女に構わず、
《ちょっと待ってくれ。一旦休もう》
先頭を揚々と歩くジュンとケンに声をかける。
「休む? ナンで?」
「早く。行く。早く。助ける」
ジュンは不思議そうに首をかしげ、ケンは急いで行きたいところを邪魔され、不満をあらわにしている。
《……とりあえず、何か食おうや》
「食べる」と聞いた途端、ジュンの疑問顔もケンの不満顔も、一気に笑顔になる。実に現金である。
直後二人は互いに違う方向に駆け出した。昭士が止める間などないほどのスピードだ。凸凹だらけで草ばかりの地面を、信じられないスピードで駆け抜ける後ろ姿しか見えない。
「大丈夫。持ってくる。水と火」
何か言おうとしている昭士に、ボウが後ろからそう言って、荷物を下ろした。
ボウの言った「水と火」とは、この森で採れる果実の事だそうだ。
「水」とは皮を剥くと水分をたくさん含んだ果肉が詰まった果実。スオーラの国ではボッラッチャと言うが彼女達はジュウと呼んでいる。
「火」とはとても硬い種を打ち鳴らして火花=火を熾すのに使う木の実。セルチェという名前だが彼女達はチッと呼んでいる。
この二つの実はこの森ならどこにでも生っているそうで、狩りや試練の旅の時は、必要な時にこれらの実を探して使うという。
食料も木の実や小動物を捕まえてくる事がほとんどで、たいがいの物は現地調達が基本。森から出る事もないため、彼女達に「旅の荷物」という物はほとんど要らないのだ。
そもそも戦士の派閥が行う一人前の儀式は「一人で旅立ち木を一本伐って持ち帰る事」。道具を持って行けない決まりなのだから、道具を使いたいなら現地調達――自分で作るしかない。それができねば一人前になれない。
それゆえ、その場にある物を活用できない人間は一人前とはみなさない。この村独特の概念だが、そういう生活なら理解もできる。
だが。やがて戻って来た二人が持って来た物は「ジュウ」でも「チッ」でもなかった。
人間である。それも全身ずぶ濡れの。
長い髪、まとう布。もちろん手足からも水滴がポタポタとたれ落ちる。うつ伏せではあるが、ジュンとケンが運んで来たその人物を見たボウは、
「呪(まじな)い術師。どうした」
とても驚いた様子で、荷物の中の丸めた毛布を引っぱり出した。


ボウが「呪い術師」と呼びかけた通り、二人が運んで来たのはヴィラーゴ村の人間だった。
それも術師の派閥の長「呪い術師」。まさしく昭士達が用事のある人物であった。
ずいぶん若い頃に派閥の長となり、それから二十年あまり長を続けている人物との事だ。女性の年齢を問うのは昭士の世界ではご法度だが、単純に考えても三十代。下手をすれば四十代の可能性もある。
肌はジュンやケンと同じ褐色だが、顔つきのメリハリはどちらかと言えばボウの方が近い。しかし顔に刻まれた皺はその年代とは思えないほど多く深い。そのため二十歳は年を取っているように見える。額に刻まれた術師派閥の一人前の証である青い丸が皺に隠れかかっている。
しかし今は毛布に包まり、急いで熾した焚き火の前でぐったりとしたままだ。意識はあるがまだ目を覚まさない。スオーラは「何らかの事情で気を失っているだけ」と見立てたが。
さすがに拾って来てしまった以上、いくら何でも放り出して行く訳にもいかない。手当をしつつ彼女の意識が戻るのを待ちがてら、食事をとる事にした。
といっても運んで来た保存食を適量かぶりつくだけである。ジュンもケンも「変なの」と顔をしかめてはいたが、それでも一人分はキッチリ食べていた。
ケンの話を聞いたところ、川岸で果実を拾っている途中、上流から流れて来たそうである。この上流にはこれから彼等が向かう予定の「聖地」があるそうなので、そこから来た事は間違いがなさそうなのだが。
濡れた衣服――といっても貫頭衣やふんどし(?)くらいだが――を脱がしている間背を向けて座って物を食べていた昭士は、毛布にくるめ終わった事を確認すると、改めてケンに訊ねる。
《その「聖地」とかいう場所で、何があったんだ?》
もちろん昨日、聖地で行われている「試練」を、たくさんの魚――エッセかもしれない魚が邪魔をして、皆が石より硬い像にされてしまった事は聞いている。
だが聞いた事はそれだけであり、詳しい話はあえて聞いてこなかった。
トラウマ、というレベルではないかもしれないが、精神的に傷ついている状況で、その傷をえぐるような真似はさすがにはばかられたからだ。
一人前の人間達ばかりではなかったとはいえ、村人皆戦士と謳われるヴィラーゴ村の住人が逃げ出して助けを求めてくるような事態である。
確かに目の前で生きている人間が金属の像に変えられる様を見せつけられるというのは、良い気分がするものではない。それは昭士も実体験として身に染みて理解している。
だがそれでも昭士は続けた。
《魚って言ってたが、どんな魚だ?》
「羽。付いてた。デッカイ」
ケンはサラリと答えた。その声に恐怖感が全くない。気にもしていないのだろうか。昭士が拍子抜けしてガクッとこけそうになった。
「湖。飛び出した。飛んだ。空。速い」
「羽が生えた魚、ですか」
ケンの答えにスオーラは自分の知識を総動員して考えるが、
「……そんな奇妙な魚は聞いた事がありませんね」
思い当たる魚はいないらしい。だが昭士は例によって携帯電話を取り出すと、親指で何やら操作を始めた。理由は判らないが、この世界においても彼の携帯電話は普通に使えるのだ。電話もメールもインターネットも。
《羽の付いてた魚。ひょっとしてこいつか?》
皆に背を向けたまま携帯電話の画面を皆に見せた。隣に座っていたスオーラがぎこちなくそれを受け取ると、
「……確かに羽が生えた魚ですね。これが本当に魚なのですか?」
「ナンだ。これ。ナンで。ここに。魚?」
「これ。魚。間違いない。でも。大きさ。違う。もっと。大きい」
スオーラ、ジュン、ケンが携帯電話の小さい画面を覗き込んで、それぞれ勝手に物言っている。
《俺の世界にいる魚だよ。名前は「トビウオ」。空を飛ぶっていうよりは高く遠くジャンプするって感じだがな。ちなみにお前らが羽だと思っているのは「ヒレ」だから》
「呪い術師。気がついた」
介抱していたボウが皆に声をかける。それを聞いたケンとジュンは心配そうな表情のまま、真っ先に飛びつくように呪い術師のそばに駆け寄る。
「生きてる?」
「……ケンでありんすね。無事でありんしたか。ジュンも元気そうでありんすね」
心配そうに顔を覗き込むケンに、優しい言葉をかける呪い術師。その言い回しはまるで花魁調。昭士の世界で短剣となったジュンのようである。
それからボウの方を改めて見ると、
「久し振りです」
「……ああ」
短い言葉で総てを理解しあう二人。そんな風にも見える落ちついたやりとり。そこに恨みつらみは全く見られない。
昨夜ボウは自分が村を出る時に諭した術師の長がいたと言っていたが、もしかしたら目の前の人がその当人なのかもしれない。
視線が自分を取り囲む皆を見回し、最後に昭士の方を見て、
「どなたでありんすか?」
《角田昭士。アキとかアキシって呼んでくれれば良い》
「アキ。……アキシ。……アキ」
彼の名前を聞いた途端、彼女は難しい顔で黙ってしまった。まるでどこかで、遠い昔に聞き覚えでもあるかのように。
だが記憶へのダイブを打ち切らせたのは、その昭士だった。
《早速で悪いんだけどな。こっちには急いでやらなきゃならない事がある。あんた達をそんな風にした魚を何とかしてやるから、俺の探し物を探すのを手伝ってくれ》
「あ、あの、アキシ様。それはさすがにいくら何でも失礼では……」
昭士の気持ちも判るが、さすがに村の権力者相手にこの横柄な態度はないと。下手に卑屈になる事などこれっぽっちもないが、頼み方というものがある。
下手をすれば機嫌を損ねて協力を拒むかもしれない。そうなったらアテもなく探すしか手がなくなり、どのくらいの時間がかかるか判ったものではない。
「男の力は借りんせん。……と、言いたいところでありんすが、わっち達だけでは無理。力を貸してくんなまし」
一瞬憎々しげに昭士を睨むも、現状が判らないほど馬鹿ではない。自分達だけで戦ってほとんど全滅の憂き目に遭っているのだから。
すると昭士は自分が持っていた荷物の中から保存食と水の入った瓶を取り出し、長に手渡した。
《とりあえず、襲われた時の状況が知りたい。できるだけ詳細に話してくれ。あ。食べながらで良いから》
昭士はそう言うと、長の真正面にドカッと座り込んだ。
長は本当に保存食を頬張り瓶の水をラッパ飲みする合間合間に、状況を話し出した。
とは言っても、話せるほどの事はない。いつものように「儀式」をするため湖に赴き、湖を渡って小島へ向かおうかという時に羽の生えた魚――トビウオの集団の襲撃を受けたと言うのだ。
そのトビウオに体当たりをされた者。羽(ヒレだが)で切られた者。口から吐いた煙を浴びてしまった者。そんな者達がみるみるうちに金属の像へと姿を変えてしまったのだから。
長も数人の村人にかばわれようやく逃げられた程だ。そして同じく生き残ったケンに助けを呼ぶよう命令し、自身は金属と化した村人をどうにかしようとしていたがどうにもならず、村人がかばってくれたおかげで二度目の襲撃をかろうじてかわして逃げ出し、村へ走る。
だがその途中で力つき川に落ちて気絶。そこをジュンとケンの二人に拾われて今に至る。という訳だ。
「……その『トビウオ』という魚がエッセである事は間違いありませんね」
長の話を聞いたスオーラが確信を持って力強く言う。それからきちんと長に向き直ると、
「以前もお話しましたが、わたくしはそのエッセと戦うのが役目。こちらのアキシ様も同じです」
「やる。オレも。助ける。みんな」
ジュンが珍しく真面目な表情で長と向き合っている。ケンも無言だが気持ちは同じなのが表情からでも良く判る。だがスオーラは慌ててそれを止める。
「わたくしとアキシ様はエッセの攻撃にある程度耐性がありますが、あなた方では……」
《そうだな。仲間を助けたいって気持ちは判るが、仇を討つつもりが自分が同じ目に遭うだけだぞ。ここは俺達にやらせてくれ》
昭士もジュンとケンの二人を止めに入る。もっともいつも通りどことなくやる気の感じられない口調だけに、説得力はないが。
《あともう一つ教えてくれ。って言ってもこっちは単なる興味本位。話せないから別に良いけどな》
「何でありんしょうかぇ?」
長は少し身構えた表情で昭士に聞き返す。すると昭士は、
《あんたらが儀式とかいうのをやってる「聖地」には、何があるんだ? 鉄の柱があるってのは昨日聞いたが、エッセがそいつを狙ってるって事はないんだろうな?》
「剣士。ナニ。聞いてる」
今まで黙っていたボウが険しい顔で詰め寄ってくる。彼女達の村の「聖地」に関わる事だから、多少こうしたリアクションは覚悟していたが。まさかボウから来るとは思っていなかった。
「構いんせん、ボウ。手荒な真似は止めてくんなまし」
長のやんわりとした口調で、ボウは押し黙ってしまう。
「話せん事ではありんせん。聖地にある湖。その小島にあるのは鉄の柱などではありんせん」
長は一同をぐるりと見回すと、昭士の方を見つめて言った。
「あれはどんな力自慢も抜く事ができなかった巨大な剣。恨みつらみを吐き続ける恐ろしい剣でありんす」
その微かな恨みつらみの声を聞く事ができるか否かが、術師の派閥の「一人前」になれるかどうかの儀式だという。
「今度はこちから訊ねんす。ぬしの探し物とは?」
彼女のその言葉に、昭士は携帯電話を取り出し、素早く操作してから、
《こんな感じの剣だ。本当の大きさは俺の身長よりもずっとデカイ》
ずいと携帯電話の画面を突き出してみせる。そこに写っていたのは、以前撮影した「戦乙女の剣」。鞘から抜かれた状態と、鞘に納めた状態の二枚の写真を見せる。その写真を見た長が、
「これこそ聖地の巨大な剣でありんすが!?」
目を見開いて驚いていた。

<つづく>


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