トガった彼女をブン回せっ! 第8話その4
『精一杯の感謝の証なんだから』

「……どうしてパパが叩いたか、判るか、めぐみ」
男は自分の足元にくず折れた少女に向かって、淡々と言った。
「パパの側を離れちゃダメだって言ったのに、勝手にどこかへ行ったからだ。それと、木登りは危ないからやっちゃダメだって言ったのに、木を下りてきたからだ」
そう言って、男はもう一回少女の頬を叩いた。それも結構強く。鋭く、痛々しい乾いた音が響く。
少女は無言でうなだれたまま、叩かれた頬を手で押さえている。
「やっちゃいけない事をしたんだ。叩かれてもしょうがないんだぞ。判ったな」
男――少女・めぐみの父親は、我が子を見下ろしたまま言葉を続けている。そこに恐る恐る言葉をかけたのは、私服の婦警だった。
「あ、あの。さすがに自分のお子さんとはいえパンパン叩くのはどうかと……」
「どなたかは知りませんが、我が家の躾に口出しはしないで下さい」
言われた彼女はポケットから警察手帳を取り出して、父親に見せる。
「躾は結構ですが、行き過ぎは家庭内暴力になりますよ」
さすがに警察官の前ではそれ以上叩く気はなかったのだろう。振り上げかけた手をすっと下ろした。すると、
「では、この誘拐犯を捕まえて下さい」
その手でスオーラを指差すと荒々しい声で、そう言ったのだ。
いきなり「誘拐犯」と言われ、驚かない人、慌てない人はいないだろう。父親の言葉は続く。
「見るからに怪しい格好しやがって。それに、現行犯がグダグダ言うな!」
確かに彼女の格好はこの世界では怪しい以外の何物でもない。だが、
「ちょっと待てお前! このお嬢さんはそんなんじゃない」
「落ち着いて下さい。彼女は違います。誘拐犯なんかじゃありません」
峰岸と婦警は二人揃って父親をなだめにかかる。しかし父親は聞く耳持たんという感じで娘の手を強く引きながら、
「さ、帰るぞ。親に心配をかけさせるんじゃない」
その様子は親子仲良く手を繋ぎというものではなく、明らかに嫌がる娘を力づくで連れて行く感じだ。
「待って。待って。パパ。違うの。おねえちゃんが。大きなバッタを……」
「口答えするな!」
今度は手ではなく言葉で引っぱたくように怒鳴りつける。その声と表情の威圧感に、娘は声を押し殺して黙ってしまう。泣き出さないのが不思議なほどだ。
そのまま親子はこの場を去って行った。
「あの……確かスオーラさん、でしたよね?」
時間が止まったかのように身じろぎ一つしていなかった中。婦警がスオーラに声をかけた。
「あの人は誘拐犯って言ってましたけど……何があったんですか?」
スオーラはたった今殴られた頬に手を当てたまま、
[大丈夫です。慣れてますから、こういう事には]
彼女の世界では、エッセを倒しても感謝される事はほとんどなかった。それは化物を倒した自分が「それ以上の化物」と思われていたからだ。
しかし本当にエッセより強かったから倒せた訳ではない。幸運が七割、知恵が二割ほどだろう。実力なんて一割にも満たない。
だから「それ以上の化物」と思われるのは心外だったが、どこかやむを得ないと考えていた事は確かだ。誰しも「常人離れした力」を恐れるものだから。
スオーラが感謝される事のない、報われない戦いを命懸けでしてきた事は事実だ。だから「慣れている」。さすがに面と向かった罵倒は初めてだったが。
「慣れてる……ねぇ。無理はしない方がいいわよ」
婦警の口調が不意に砕けたものになった。
「悲しいのに悲しめない。悲しいのを無理矢理我慢してる。それも無自覚に。そんな感じに見えるわね」
[我慢……ですか]
「警察も同じようなものだけどね。みんなの為に仕事して人々を助けても、感謝一つ言わない人とか、逆ギレして文句言ってくる人とかも多いしね。でも『こういうものだ』って心のどこかで割り切ったり我慢してるの。だから判るの」
[判り……ますか]
どこか無表情で呆然としているように見えたスオーラの顔に、少し変化が現れる。
「それでも戦うのを辞めない。そんなスオーラさんは立派だと思います」
「なんだなんだー。もう終わっちゃったのか?」
急にフェンスの外が騒がしくなった。フェンスといっても頑丈な金網なので、グラウンドの中は丸見えである。
そこに現れたのは、年齢も性別もバラバラな一団であった。若干若い男の数が多いくらいか。
彼等はさっきエッセが現れた時にその現場に居合わせて大騒ぎした野次馬達だ。何と、スオーラを追ってここまで来たようである。
「化物どこだよ、おい」
「おい、あの女の子はどうなったんだ!?」
「うわ。すっげー美人」
「オネーサーン。こっち向いてーー」
「幼女ー幼女ーー」
野次馬なのかスオーラの追っかけなのか微妙なところだ。スオーラもどうリアクションをしたものかと困ってしまっている。
しかし婦警は、彼等の声を聞き逃さなかった。彼女は素早くフェンスに駆け寄ると、
「あの。この中に現場を見た方は、いらっしゃいますか?」
さっきしまったばかりの警察手帳を取り出して、掲げて見せる。途端に一同がギョッとした顔になるが、
「現場って、さっきの巨大バッタの事か?」
一団の誰かから呑気な声が聞こえる。
「バッタ?」
そう言えば、さっきの少女も「大きなバッタ」と言いかけていた。
「ああ。車の中から女の子を助けてたな」
「フロントガラスにでっかいバッタが刺さっててな」
「女の子を抱えてフェンスを飛び越えたんだよ、そのお姉さんが」
「車を運転してたヤツは、とっとと逃げちまったけどな」
「何だと!? 男の風上にも置けんヤツだな」
などと、無秩序にそれぞれが言いたい事を言い出して、収集が今一つつかない状態だ。
だがそれでも判った事がある。
現れた巨大なバッタから少女を助け、フェンスを飛び越えて逃げ、この場で迎え撃って倒した。倒したところに自分達が到着した。
しかし巨大バッタがなければ、女の子をさらっていった部分しか残らない。誘拐犯に見えてもやむを得ない。
それでは父親が怒り心頭になるのも無理はないだろう。何のかんのと今は物騒な世の中なのだから。
婦警は「う〜ん」と渋い顔で考え込みながら、
「やっぱりあのお父さんの誤解というオチになりそうですね。でも事件は事件ですから、必要な書類を作らないといけません」
彼女はフェンスの向こうの野次馬達をぐるりと見回すと、
「この子の無実を、誘拐犯じゃないって証明してくれる人、ちょっと付き合って貰えませんか?」
まるで子供相手に「手をあげて下さーい」とやるような感じで、周囲の野次馬達に声をかける。
もちろんその場のほとんど全員が間髪入れずに手をあげた。ほとんどノリだけでやっているのではという絶妙なタイミングだ。
その完全に軽いノリを見て、
「大丈夫なのかな?」
と苦笑いした婦警がいた事は、改めて語るまでもない事である。


「壁越しに話し合うのもナンだし、この学校の校門のところで落ち合いましょう。先生、スオーラさん、皆さん、それでいいですね?」
婦警らしく、一応手際よく仕切ろうとするが、
[あの。このくらいの壁なら、簡単に飛び越えられますけど]
スオーラが金網を指差してそう言った。
「飛び越えるって、あなた……」
婦警は帰ってきた答えに驚き、それから彼女の格好を上から下までジロジロと眺め倒す。
スポーツブラのようなインナー(っぽいもの)の上に丈が極端に短い、色合いが変なジャケット一つ。
ちょっと動いただけで下着が丸見えになりそうな長さの超ミニタイトスカート。膝上丈の革のブーツ。ついでに白いマント。
特にミニスカートのところに目をやると、指先で「ちょっとこっちに来なさい」と合図する。
その合図の意図が全く判らずにキョトンとしていたスオーラだが、「ちょっとこっちに来なさい」と小声の怒鳴り声が聞こえたため、ムッとした顔の婦警の元まで来る。
彼女は両手でスオーラの肩をがっしりと掴むと、子供に言い聞かせるようにスオーラに向かって小声で、しかしキッパリと強い調子で言った。
「あなたねぇ。そんな格好で飛び跳ねたら、下着が丸見えになっちゃうでしょ? 男共にガン見されちゃうわよ? もう少し恥じらいを持ちなさい」
しかし言われたスオーラは相変わらずキョトンとしたままだ。
だが。しばし考えてから何か思い至った事があったかのように、笑顔で両手をパンと叩くと、
[下着を穿いていますから、お尻は丸見えにはなりません。大丈夫ですよ?]
「???」
婦警は自分の意志が、言いたい事が全く伝わっていない事に首をかしげている。
「……そうでした。世界が違うからこの世界と常識とかが違うって、言ってましたっけ」
彼女は昭士がまとめた書類にあった事を思い出し、ガックリと肩を落としてうなだれる。だがすぐに、
「ともかく。こちらの世界では下着も見せないに越した事はないんです。男女問わず。ですから、わざわざそんな格好で宙に飛んで、パンツを見せびらかす必要は全くありません」
物凄く淡々と、しかし真剣な婦警の訴えに、スオーラは何かに思い至ったように、
[ああ、こちらの世界ではそうなのですね。判りました。勉強になります]
再び胸元で両手をパチンと叩くスオーラ。その様子に脱力感を覚えずにはいられなかったが、同時に物凄く素直でやりやすいと、婦警は真剣にそう思った。
[ところでフケイサン様]
「は!?」
女性警察官だから「婦警さん」という呼ばれ方はともかく、そこに「様」がつくのは初めてであり奇妙であり、そして驚きである。
だがスオーラはその驚きの表情を何か間違えたのだと認識し、
[あ、あの。何か間違えましたか?]
見た目クールな女性がおっかなびっくりの表情になったのが逆におかしく、彼女はプッと吹き出す。
よくよく考えてみれば、自分はスオーラの名前を知っているが、こちらから名乗った事がなかった事を思い出した。
……それでもフケイサン「様」はないと思いはしたが。
「そういえば、名前を言った事、ありませんでしたね」
そんな葛藤の中苦笑いを作る彼女。
「桜田富恵(さくらだとみえ)といいます。今後ともよろしく」
[は、はい。よろしくお願い致します、トミエ様]
スオーラは微笑んでそう言うと、軽く握った左手で自分の胸をトントンと軽く叩き、そのまますっと手を差し出した。右手を出しかけた富恵も慌てて左手を出し、スオーラと握手する。
それはスオーラの世界では、左手での握手は深い信頼や感謝の証とされているからだ。こちらの世界とは違うものの、相手を信頼すると言ってきているのに、それをわざわざ反故にするような真似をする必要はない。
……それでもトミエ「様」はないと思いはしたが。
彼女はそんな気持ちが表に出るのをどうにかぐっと堪えて、
「では行きましょう。渡す予定の短剣も、ちゃんと持って来ているから安心して」
後半はスオーラだけに聞こえる声で話す。その声でフェンスの外の団体もゾロゾロと動き出した。
だがスオーラは、まるで後ろ髪を引かれるような思いで振り向いた。その寂しげな目が向いた先は、先ほどまで結界が張られていた倉庫前。
そこで自分の意志とはいえ、大切な魔法の本を燃やしてしまったのだ。跡形もなく。
このエッセと戦う力を授かってそれほど長い年月が経ってはいないが、それでも自分の大事な一部分がぽっかりと無くなってしまった喪失感を味わっていた。
よほどの傷を負わない限り回復してしまう体質を活かして、と言えば聞こえはいいが、実際は後先を考えない、命を大事にしない無謀な特攻そのものの、出たトコ勝負の戦い方。
以前昭士の戦い方を「捨て身も同然の戦法を取る事は、お薦めしかねます」と諌めたが、人の事を言えないとはまさしくこの事だ。
おまけに今回は、下手をすれば「魔法使いとして」二度と戦えないかもしれないのだ。
魔法の本がもし回復しなかったら、戦いの全てを昭士に託すしかなくなってしまう。
だが今は昭士にも「戦乙女(いくさおとめ)の剣」がない。戦いはますます不利になってしまう。
やってしまってから胸の奥にジワジワと膨らんでくるような後悔。胸の奥を押しつぶしてしまいそうな不安感。
指先は小刻みに震え口の中がカラカラに乾いているのを自覚できる。顔色もきっと病人のように悪くなっているに違いない。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回っている間に、さっきの「校門」に到着していた。
フェンスの外にいた集団の方が早く到着していたようで、校門には人だかりができている。さすがにそこから学校の敷地内にズカズカ入ってくるような真似をする者はいなかった。
本当は停めてはいけないのだが、緊急事態という事で校門の側に停めてあった富恵の車。彼女はそこの後部座席から厚手の布に包まった細長い物体を取り出す。
「スオーラさん。これを持って行って下さい」
富恵から包みを受け取ったスオーラは、その包みをそっと解く。
そこにあったのは短剣の刃の部分。正確には刀身と呼ばれる部分だった。
刃の長さは約二十センチ。刃も幅広で割と厚みがある。先端もあまり尖っていないところを見ると、こうした金属器が生まれて間もない頃の、原始的な金属器である事がうかがえる。
そんなシンプルといえば聞こえのいい古代の調度品のような短剣の刃。しかしその刃に切れ味はほとんどない。
『お久し振りでありんすぇ』
そんな短剣から飛び出したのは何とゆったりとした花魁言葉。喋る事を知っていた富恵はともかく、事情を知らない峰岸はギョッと驚く。
[はい。ジュン様を迎えに来ました。これからあなたの故郷へお連れ致します]
この短剣はジュンといい、スオーラと同じオルトラ世界の住人。深い森の中で未だ原始的な生活を営む女性ばかりが住む村の住人らしい。この世界風に言うならアマゾネスのような存在らしい。
それがひょんな事からこの世界にやって来てしまったのだ。しかもこの世界では強制的にこのような短剣の姿になる。
住んでいる時代は全く同じなのだが住んでいる環境の違いの為、このような古代の調度品のような短剣に変身したのかもしれない。
この世界ではこうした刀剣類を持ち歩くのが普通ではないと聞いているので、スオーラは素早く再度布で包む。
その時だ。校門の前の人だかりが、ざわめきと共に割れ出したのだ。ゆっくりと。割れた人だかりの向こうにいたのは――先ほどスオーラが助けた一つの命。確か名前は「めぐみ」。
めぐみは自分の身体くらいある大きな物を両腕でしっかり抱きしめるように持っていた。はあはあと息が荒いところを見ても、きっとここまで急いで走って来たのだろう。
……帽子を持って。
そう。彼女が持っているのは明らかに帽子だった。色は黒。広く大きなつば。山の部分は先がピンと尖った円錐。ただ、その先が少しくにゃっと折れている。山の根元には、白い布を大雑把に巻きつけたような感じの帯布がある。
「……魔女の帽子?」
人だかりの誰かがポツリと漏らす。そう。確かに「魔女の帽子」である。魔女とか魔法使いのかぶる帽子と言えば、大なり小なりこんなイメージであろう。少なくともこちらの世界では。
彼女は割れた人だかりをこわごわと歩いてスオーラの前まで来ると、
「あ、あの。魔法使いのおねえちゃんに、おれい……」
息を整えつつ、恥ずかしそうにうつむき加減のまま、大きな帽子をスオーラに差し出した。
[オレイ……お礼、ですか?]
不安感に満ちた表情で、小さく口を開く。それから意味を理解して目を見開いた。それからめぐみに駆け寄って両膝をついて彼女の前に立つ。それから小さな少女の顔を覗き込むようにして、
[お礼なんていいんですよ。わたくしは自分にできる事をしたまでです]
しかしめぐみはにっこりと笑って、しゃがんだスオーラの頭にちょこんとその帽子を乗せた。
途端、人だかりから歓声が上がる。
「おお、似合う似合う」
「この方が魔法使いらしいな」
「ジャケットはちょっと戴けないけどな」
スオーラの着ているジャケットは縫い合わせるパーツごとに色が違い、しかも統一感が全くないメチャクチャな配色。
しかし彼女の世界では色を数多く使う服が「豪華な印象」であり、また魔法使いはこうしたたくさんの色を使った服を着るのが「正装」なのである。
「けどお嬢ちゃん。この帽子どうしたんだい?」
疑問に思った峰岸が、ペタンとしゃがんでからめぐみに訊ねる。するとめぐみは、
「パパが今日フリーマーケットに出してたの。ママが使ってたヤツ」
「ママが使ってた?」
めぐみの母親がどんな人物だったのかは知る由もないが、こんな魔法使いの帽子など何に使っていたのだろう。
「うん。『こすぷれ』って言ってた」
その一言でこの場の大半の人間は納得した。当然大半に含まれないスオーラはきょとんと首をかしげていたが。
「こらっ、めぐみ!! また勝手に……!」
再び聞こえた怒鳴り声。先ほどと同じ怒りの感情しかないその声の主・めぐみの父親は、目を釣り上げて人だかりを突き飛ばすようにかき分けてやってくる。
「オイ、誘拐犯! 貴様まだ懲りずにめぐみを狙ってんのか!!」
しかし今度は、目撃者である人だかりの方も黙っていない。
「オイオイちょっと待て。娘さんを怒るのは筋違いだ」
「あの人は誘拐犯なんかじゃねえよ」
「そうそう。イイ場面に水を差すなよ」
「命の恩人なんだぞ? むしろ親のお前が礼を言えよ」
父親と目撃者で押し合いへし合い。それを止めようとする他の目撃者や富恵と言った関係者までが入り乱れる。
しかしとても止まりそうにない。聖職者としてまだまだ未熟なスオーラには、彼等を止める言葉が思いつかない。
だがこのまま放ってもおけない。スオーラが彼等に駆け寄ろうとした時、それを止める者がいた。峰岸である。
彼はスオーラから預かりっぱなしだった昭士の携帯電話をポンと渡し、布に包まった短剣を指差すと、
「ここへ来たのはそれを受け取るためだろう? 別の世界でやる事があるんなら、それを済ませて来い。こんなところで時間食ってる場合じゃないんだろう?」
先ほどスオーラを校門へ案内する時に事情を聞いていたので、彼は知っているのだ。
でも……と目を伏せがちになるスオーラ。自分が原因で起きてしまったこの騒動を、このままにして帰っていいものかどうかと。その辺もいたく生真面目なのだ。
「それから、その帽子も貰っておけ。その子なりの、精一杯の感謝の証なんだから」
感謝の証。言葉だけでなくこうした贈り物にもそれはある。何となくそれを自分の心に刻み込んだ。
スオーラは少し身をかがめ、目の前のめぐみに微笑むと、
[有難うございました。この帽子、有難く頂戴致します]
帽子を少しだけかぶり直すとすっくと身を起こす。そして喧喧囂囂な様子の人だかりに向かって、
[申し訳ありません。わたくしは元の世界に帰らないとなりませんので、これで失礼致します]
布に包んだ短剣を小脇に抱え、飛ばないように帽子を手で押さえ、彼等の返事も聞かずに一目散に駆け出して行った。
白いマントを翻して。

<第8話 おわり>


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