トガった彼女をブン回せっ! 第8話その2
『俺が女子更衣室に飛び込むよりはマシだ』

スオーラが光る扉を抜けた先には、たくさんの半裸の男達がいた。
制服のシャツを手にしている者。ジャージのズボンに足を通している者。下着一つになっている者。様々な格好の男達の視線が、いきなり現れたスオーラに注がれている。
あの教会からこの世界に飛んでくると、昭士の通う市立留十戈(るとか)学園高校の敷地内に出る。
この世界は休日である日曜日だが、この学校はスポーツに力を入れている新設校。そのため日曜日に練習がある部活も当然ある。だから無人になるとは限らない。
だが――当たり前の話だが――別の世界に住むスオーラがそんな事情を知っている筈もない。
そんな彼女の視線がぐるりと部屋を見渡す。そこで初めてスオーラは、ここが着替える為の場所・更衣室なのだと理解した。世界が違うとはいえ更衣室くらいは彼女の世界にもある。
ただ世界が違う事からくる常識の違いか、異性の半裸を見たスオーラが悲鳴を上げたり顔を赤らめたりする事は全くなかった。至って平静である。
スオーラの世界では更衣室が男女に分かれていたりする事はなく、完全な全裸でないのならば男女共に「見て・見られて恥ずかしい」と考える・感じる概念がない。事実彼女はこの世界の大勢の前で平然とトップレスになった事もある。
しかしこの世界では男女で更衣室が分かれている上、男子更衣室にいきなり女子が現れれば空気が凍るし驚きもする。
ぴぴぴっ、ぴろぴろぴろろっ。
そんな空気の中響き渡る軽快な電子音。音の出所はどこだろうと、スオーラが表情を引き締めて充分警戒をしながらゆっくり周囲を見回し出す。
だが、とある生徒が遠慮がちにスオーラを指差し、
「あ、あの。携帯、鳴ってますよ」
見るからに外国人であるスオーラに、言葉が通じるか不安そうな表情である。
無理もなかった。オルトラの世界では小柄で少年のような体躯のスオーラも、こちらの世界ではファッションモデルもかすむ長身とスタイルの持ち主になってしまう。
加えて服装も腰丸出しの丈の短いジャケットに、少し動けば下着が丸見えになりそうなマイクロミニのタイトスカートに膝上丈の革のブーツ、そして元の世界と変わらぬ白いマント姿ときている。
だいぶ昔のロックやメタルやパンク好きにありそうな、そんな格好なのである。色合いはともかく。
指を差された事で音の主が自分だと察したスオーラは丈の短いジャケットのあちこちをぺたぺたと触り、携帯電話が内ポケットに入っている事を確認すると、すぐに取り出した。
[確か、小さな画面がついた方を上にして、蝶番についたボタンを押すのでしたね]
先程のように取り落としそうになるのを防ごうと、右手でしっかりと携帯電話を固定。左の人差し指をしっかりと立てて、つつくように蝶番のボタンを押す。
するとカチンと小さな音がして、勢いよく蓋が開いた。そこに見える液晶画面には「通話中 賢者」と日本語で表示されていたが、スオーラはまだ日本の文字は読めない。
[後は、このまま耳に当てて話せばよい、でしたね]
独り言を言いつつ髪をかきあげて耳を露出させると、そのまま携帯電話を耳に当てる。
『おい、スオーラ。聞こえてるか?』
耳から聞こえる昭士の声。まるですぐ近くで話しているかのようなクリアな声に彼女が軽く驚く。
[はっ、はい。アキシ様。聞こえていますよ]
『今どこだよ。つーか、どこに出たんだよ』
スオーラはもう一度キョロキョロと周囲を見回すと、
[どうやら更衣室のようです。男の方ばかりですけど]
きょとんとした彼女の声に、昭士が電話の向こうで声にならない声をあげたのが聞こえた。
『そこは男子更衣室! そっちはどうだか知らないけど、ウチの世界は着替えるトコは男女別々なんだよ。今すぐ出ろ!』
[はっ、はい! 判りました!]
いきなり怒鳴られて反射的に直立不動になったスオーラ。今度は慌てて周囲を見回し、ドアらしい物を発見。人をかき分けるようにして駆け出して、ドアを突き破らんばかりの勢いで開けてくぐり抜けた。
背中でドアを閉め、ほっと一息つくスオーラ。
『……か? 大丈夫か、スオーラ? 聞いてるか?』
携帯電話から小さく聞こえる昭士の声。走る間に耳から離してしまったからだ。スオーラは急いで耳に当てると、
[ハ、ハイ、聞コエテイマス。申シ訳アリマセンデシタ!]
走ったばかりのためか緊張のためか、それとも「何か間違えてしまったのか」と真剣に思っていたからか。声がずいぶんと上ずっている。その声がよほどおかしかったのだろう。昭士はクスクス笑いながら、
『まぁ俺が女子更衣室に飛び込むよりはマシだし、騒ぎにゃならねーからイイよ』
昭士はそこで言葉を切ると「それよりも」と前置きをしてから、
『魔法には気をつけてくれよ。ウチの世界にゃ魔法なんてモノはないからな』
[は、はい。それは判っています]
スオーラはどことなく緊張した趣のまま即答する。
昭士達の世界に魔法が存在しない事は以前聞いている。そんな世界で、それも大っぴらに魔法を使えばどんな大騒ぎになるか。
『判ってるとは思うけど、一応な。特に人前では気をつけろよ。大騒ぎどころじゃ済まねーぞ』
同じ事を昭士はくり返し言ってくる。念を押す、というヤツだろう。今は昼間で人の往来がない訳ではないのだ。充分に気をつけて行動しなければ様々な人に迷惑をかけてしまう。
スオーラは自分の胸に手を当てて「気をつけなくては」と言い聞かせるように呟く。
昭士の方はそんな彼女の様子が見えているのかいないのか。雰囲気をガラリと変えると、
『とにかく、後は回してくれる車を待てばイイや。来るのは前に会った婦警だし。校門が判らなきゃ、その辺の先生にでも聞け』
ずいぶんといい加減なナビゲーションである。
だがこの学校の暗黙のルールとして、敷地内の駐車場には入れるのは学校関係者か来訪者のみ。タクシー等の車は校門の前までしか来られない事になっている。
となれば駐車場か校門か。しかし校門を潜らねば駐車場には入れない。なので昭士は、
『校門の前で待ってりゃ大丈夫だから。さすがに向こうもスオーラの事は判るだ』
ぷつっ。
スオーラが少しだけ持ち替えた途端、急に昭士の声が消える。電話の方もうんともすんとも言わない。
そのままの姿勢でしばらく微動だにしなくなる彼女。だが、さすがに奇妙に感じ、
[? アキシ様?]
電話に呼びかけてみたり、色々と携帯電話を観察する。その液晶画面は真っ黒で何も映っていない。
実は微妙に持ち替えた時に、うっかり親指が「切り」ボタンを長押して、通話はおろか電源まで切ってしまっていたのだが、携帯電話を知らないスオーラがそれを理解できる筈もなく。
声が聞こえなくなった理由が判らないスオーラは、通路の真ん中で必死に携帯電話を振ったり、画面に向かって声をかけたりしている。
「……何だお前……ああ、あの時のお嬢ちゃんか」
ぶしつけな声から一転した声に驚くスオーラが向いた方向には、ジャージを着た中年男性がいた。この学校の体育教師である。きっと部活の顧問として学校に来ていたのだろう。
そして、スオーラが初めてこの地に来た時に出会った人間の一人でもある。彼の峰岸(みねぎし)という名前は知らないが、顔は覚えている。
だからスオーラはきちんと相手に向き直って会釈する。その対応に峰岸は感心したようにうなづくと、
「見た目はともかく、礼儀正しいのはいい事か。……って、そう言えばこっちの言葉は判らないんだったな」
[大丈夫です。言葉は覚えて来ました。ご無沙汰しております]
かなり流暢な日本語に、峰岸の方が驚く。
[実は、アキシ様から携帯電話という物をお借りしたのですが、急に話が途切れてしまって、困っていたのです]
「アキシ『様』?」
もちろん峰岸は昭士の事をよく知っている。それだけに「様」付きに物凄い違和感を感じる。
そんな違和感を含んだ苦笑いのまま、スオーラが持っている携帯電話の画面を覗き込むと、
「何だそりゃ。ひょっとして電源が切れてるんじゃないのか? ちょっと貸してみてくれ」
携帯電話をスオーラから受け取った彼は、左手で携帯電話を持ち、親指でチョンと電源ボタンを押す。それを見たスオーラは感心したように、
[そう言えば、アキシ様も同じように持っていましたが、それが正しい持ち方なのですか?]
「正しいかは知らないがな。この方が使いやすいんだよ、色々と」
液晶画面に明かりが灯り、無音のまま起動していく。その画面の動きが、待ち受け画面になったところで止まった。
「ほら。これで大丈夫だ。こっちからかけてみな」
彼はそう言ってスオーラに携帯電話を返すが、彼女は少し困った顔をして、
[実は使い方までは教わっていないので、この携帯電話という物の使い方が判りません]
「何だあいつは。肝心な事教えてないのか。困ったヤツだな」
[仕方ありません。わたくしの世界にはこんなに小さい電話などありませんから。アキシ様を責めないで下さい]
真面目な顔で静かにそう注意され、ムッと言葉に詰まってしまう峰岸。
彼はそう言ったものの、言っている内容ほど昭士を責めているつもりは毛頭ない。その辺の微妙なニュアンスが通じていないのだろう。彼の想像以上に生真面目な性格らしい。
それからスオーラはふと思い出したように、
[それより、今は校門まで行く方が先なのです。ここに『フケイサン』という方が迎えに来ると、アキシ様が]
「校門? フケイ?」
[はい。校門がどこか判りませんか?]
この学校の教師に「校門はどこにあるのか判るか」という質問も相当間が抜けているが。それでも峰岸は「しょうがないか」と苦笑すると、
「よし。案内してやるから、ちゃんと着いてきな。ウチの学校はムダに広いからな」
[はい。判りました]
こちらの世界のスオーラは大人びた、かつ冷たい印象の美人という顔立ちになるが、その素直さが産む柔らかな笑顔のギャップに、
「今時の生徒達も、そのくらい素直ならいいんだけどなぁ」
と呟かずにはおれない峰岸だった。


峰岸が言う「ムダに広い学校」の中を、スオーラの事情説明を聞きながら延々と歩く。途中何人かの生徒や他の教師とすれ違ったが、彼が一緒だったためかそう騒ぎになる事もなかった。
先程言っていた謎の「フケイサン」も、経緯を聞いた結果「婦警さん」と判って彼も納得である。
別の世界の事だの訳の判らない怪物の事だのと、自分には理解できない事ばかりではあるものの、懸命に頑張っているその様子には素直に「ガンバレ」と応援したくなってしまう自分がいた。
「ホント今時分の生徒達も、このくらい真面目に何かに取り組んでくれればいいんだがなぁ」
と呟かずにはおれなかった。
そうして無事、敷地の一番端にある校門に着く事ができたスオーラ。
この学校の校門――正確には正門だが――は上下二車線ずつある大きな道路に面しており、大小様々な車が右に左に走り抜けている。
車が出入りする事も考慮されているようで、かなり大きい。重く大きな鉄の門扉が引き戸のように横にスライドする仕組みになっている。現在は開け放してあるが。
「ほら、ここが校門だ。迎えが来るって言うんなら、こっちで間違いないだろう」
と説明する峰岸の言葉など聞いている様子がないスオーラ。目を驚きに見開いてその場に棒立ちになってしまっているのだ。
目の前の道路を走る車の量・種類。何よりそのスピードに呆気に取られてしまっていたのがその理由だ。
もちろん彼女がこの世界に来るのが初めてという訳ではない。
そのほとんどは人知れず侵略者・エッセと戦うためだったので夜が多く、これほどたくさんの車をよく見る機会などなかったのだ。
昭士は以前「この世界では免許証がないと車を運転できない」と言っていた。
警察署の署長は「日本の交通ルールを覚えてくれ」と言っていた。
確かにこれだけたくさんの車があっては、ルールを覚えてなければ大変な事になる。それを理解したのだ。
とはいっても、それはあくまで車が少ない世界のスオーラだからそう感じた事で、この世界の人間の基準であれば交通量が少ないとしか見ない。
そんな彼女を何となく微笑ましく見守るような峰岸の視線にようやく気づいたスオーラは、まるでその場を取り繕うように慌てた調子で彼に頭を下げる。
[も、申し訳ございません。ここが校門なのですね。有難うございました]
スオーラが素直にそう礼を言うと、視線がすっと遠く――峰岸の背後の遥か向こうを見た。
その視線の先には、学校の敷地の隣にある大きな公園がある。昭士達と初めて会った日の前日。その公園で巨大な恐竜の骨格標本のようなエッセと一線交えた事を思い出した。
その公園がとても賑やかそうなのだ。大勢の人で賑わう声や、何かの歌が流れているのが聞こえる。戦いとは無縁の、平和な証である。
峰岸もそれに気がつくと、
「ああ。今日はあの公園でフリーマーケットが開かれてるからな」
そう言ってから「フリーマーケットって言って判るのか?」と心の中でセルフツッコミを入れると、
「要らなくなった物や売りたい物を持ち寄って売り買いする、限定の市場、みたいな、そんな催し物の事だ」
[ああ。わたくしの国で『プルチェ』と呼んでいるお祭りと同じですね]
どこの世界にも同じようなお祭りがあるのだと、一つ何かを覚えた嬉しさを秘めた目で、そして争い事のない平和な一時を感じながら、公園の方を見つめるスオーラ。
だが。そのスオーラが見つめている先で、とんでもない事が起こった。
公園から出てきた小さな女の子を、入口そばに停めていた車から駆け出してきた男が口を塞いで抱え上げ、車に飛び込んだのだ。途端にその車は急発進。猛スピードでスオーラ達の前を横切って行った。
だがスオーラにはハッキリと見えていた。車内で口を塞がれた少女の驚く目を。恐怖を感じる目を。助けを求める目を。
誰が見ても明らかに「ただ事ではない」その様子を。
そう判断すると、彼女の行動は迷いがなく、実に迅速だった。
[済みません、これをお願いします!]
「お、おい、ちょっと待て!」
スオーラは手にしていた昭士の携帯電話を峰岸に押しつけるように預けると、自分は車を追いかけて走り出した。峰岸が声をかける間すらない、人間とは思えないスピードだ。
あっという間に小さくなってしまったスオーラの後ろ姿。そのあまりの速さに、
「短距離やらせたら、記録出るぞ、絶対」
思わずそんな言葉が漏れるのは、体育教師だからか。
そんな風に唖然と立つ彼のすぐ脇に、白い乗用車がピタリと止まる。運転席から下りてきたのは、先の警察署での一件で昭士やスオーラと出会っていた女性警察官である。もっとも今は目立たないような私服であったが。
さすがに一高校に何度もパトカーや制服警官が出入りする訳にはいかない。どんな学校にだって世間の評判というものもあるのだから。
「あ、あの。今向こうに走って行ったのは、ひょっとして……」
「ひょっとして、さっきお嬢ちゃんが言っていた『迎えの婦警さん』って?」
二人の声が重なる。その事に揃って謝罪するが、その声もまた重なってしまう。そしてまた謝る……という堂々回りを遮るように峰岸が、
「お嬢ちゃんなら今、あっちに走って行っちゃいましたよ」
「え!?」
彼女が驚くのも無理はないだろう。迎えに来た人間がいなくなってしまったのだから。


スオーラは全速力で車を追いかけて道路を駆ける。
普段の彼女ならいざ知らず、この世界での「変身した」彼女は魔法使い。しかしそれでも一般的な人間よりは遥かに強靱な肉体を誇っている。
全身を一気に消し飛ばされるようなケガでないのなら自然治癒してしまうし、助走をつけずに数メートルの高さにジャンプする事だってできる。
それだけの脚力を速く走る事に注ぎ込めば――短距離の金メダリストも赤ん坊のはいはいにしか見えないだろう。
そんな彼女が追いかけるのは小型のワンボックス・カーであるが、そんな名称は彼女に判る訳もなし。
だがどんな形かは見れば判る。一度も見逃していないので間違える訳もない。さすがに車の方がわずかに速いので差はなかなか縮まらないが。
スオーラに幸いしたのが、今走っている区間に脇道も横断歩道もなかった事だ。それは道路の左側に広大な留十戈学園高校があるからだ。
しかし。車に乗っている人間からすれば悪夢でしかない。
幼児誘拐の現場を目撃されただけでなく、まさか「走って」追いかけられるとは。しかもなかなか引き離せないのだ。
脇道に逃げる事もできないし、反対車線にUターンしようにも、高いガードレールのような中央分離帯があるお陰でそれもできない。
もうダメかと車内の人間――特に運転手が思った時、走ってきていた女が立ち止まった。疲れが出たのだろう。
これ幸いと今まで以上にアクセルを踏みしめて加速しようとした途端、ガクンと車の動きが止まった。
当然ブレーキは踏んでいない。タイヤは回っている。スピードメーターもぐんぐん加速している事を示している。しかし車は微動だにしていない。
幼女の口を塞いだままの男が窓越しに後ろを見ると、走ってきていた女がこちらに向かって右腕を突き出しているのが見えた。左手に分厚い本らしき物を持って。
すると今度は車が前ではなく後ろに動き出したのだ。ゆっくり。少しずつ。これに驚かない訳がない。
タイヤは回り、法定速度の数倍のスピードを出しているのに「ゆっくり後ろに動く」車。訳が判らない。
怖くなってそこから逃げようとドアを開けようとするが動かない。慌ててロックが上手く外せないのか。それともドアが外側から物凄い力で押さえつけられているのか。
訳が判らない。訳が判らない。車内の男達の頭は完全にパニックを起こしていた。
その原因は、もちろんスオーラが使っている魔法である。彼女が操る見えない巨大な手が車を鷲掴みにし、かつ車を自分の方に引っぱっているのだ。
だがこの魔法は「引っぱっている間中」精神を集中させていなければならないという欠点がある。精神の集中が途切れれば魔法は切れる。おまけに彼女の魔法は基本「使い捨て」なので、同じ手は(ゆっくり休むまでは)使えない。
失敗すれば彼等は逃げてしまう。失敗すれば車内に連れ込まれた少女がどうなるか判らない。
魔法を操るのに必要なのは魔力だけではない。絶対に術を成功させるという強固な意志だ。魔法使いとなって日が浅い彼女ではあったが、今この瞬間の意志の強さだけは、一流のそれに迫るものがあった。
その意志の甲斐あって、ワンボックス・カーは実際のスオーラの手に届きそうな位置にまで引っぱられていた。
「なんなんだよぉ。わけわかんねえよおおぉぉ」
大の男としてはかなり情けない叫び声が車の外にも聞こえる。アクセルやブレーキをメチャクチャに踏みしだくような音も漏れてくる。
だが。ここへ来て運はスオーラに味方しなかった。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
空気を震わせる鈍い音。その音にスオーラが悔しそうに舌打ちをする。
これは彼女が持つカード状のアイテム・ムータが発するものだ。彼女が戦い、打ち倒せねばならない侵略者・エッセが現れた証拠なのである。
その舌打ちが術の集中を揺らがせてしまったのだろう。車を拘束する力が薄れ、後ろへ引っぱる力がガクンと失われてしまった。
その拍子に車は数メートル前に進んでしまうが、すぐに何かにぶつかったようなガシャンという音が響いて車が停まる。同時に男達の悲鳴も。
特に障害物などない場所でする筈のない音。それに悲鳴。スオーラが急いで車の前に回ってみると――
一目でその理由を理解した。
車のフロントガラスを突き破っていた物があったのだ。それは、
巨大なバッタである。

<つづく>


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