トガった彼女をブン回せっ! 第8話その1
『行方不明になってしまいました』

「妹さんの方はどこに飛ばされるか、予測すらできないのですよ!」
賢者がハッキリと言った言葉である。
角田昭士(かくたあきし)とその妹・いぶきは、異なる世界を行き来する力を持っている。その力を以て、人類の敵と戦う「救世主」の役割を担ってはいる。
だがそれはあくまでも「二人で一組」。昭士が剣士でいぶきが大剣。互いの世界を行き来するには二人揃っていないとならない。
これまでは何だかんだで二人で一緒にいる時に行き来していたから、問題に上がる事はなかった。
だが今回はいぶきを「一人残して」昭士だけがこちらの世界――オルトラに来てしまったのだ。
非難するようにそう言った賢者だが、知らなかったとはいえ、昭士を無慈悲に責める事はできなかった。
いぶきはとにかく「誰かに何かをする」という行動が大嫌いなのだ。
誰かを助ける事も。誰かと協力する事も。高額の報酬や役得があろうとも、自分が嫌いな事=人の助けになる事は一切やらない。
それは人が助け合う行為を「一人では何もできない無能の証明」と心底思っているからだ。
そして、そんな事をするくらいなら死んだ方が遥かにマシだと言い切り、本当に自殺をはかった事すらある。……無論命は助かっているが。
それなのに他人が自分を助け、自分のやる事に無条件で協力をするのは常識であり当然の事と、公言してはばからないような人物である。
いくら世界を救う救世主になれると言われても、彼女にとっては「自分が大嫌いな事」を無理矢理させられるとしか考えておらず、どんな説得にも耳を貸そうとはしないし、そんな彼女を説得できる筈もない。
暗い顔だがあえて無表情を作る賢者。だが状況が今一つ判っていない、ジェズ教の長モーナカ・キエーリコ・クレーロ僧がそっと口を挟んでくる。
「け、賢者殿。何が一体どうなっとりますのん?」
雰囲気は重苦しいものだったが、長の使う日本語(に似たこの世界の言葉)のせいで、昭士は吹き出しそうになる。
しかし賢者は長の変な言葉遣いとイントネーションに巻き込まれる事なく、
「彼等は二人で一組。彼が変身をすれば妹さんも同時に大剣に変身します。彼が世界を飛び越えれば彼女も世界を飛び越える。ですが、二人が揃わない状態で世界を飛び越えた場合、お互いがどこに飛ばされるか判らないのですよ」
《えっ。けど俺、こうしてちゃんと来たい場所に来れたぞ?》
「それはあなたが変身や移動の主導権を握っているからです!」
賢者は強い口調でキッパリとそう言い切ると、
「ですが、あなたに同調して変身や移動をする妹さんの場合、変身はともかく移動となるとあなたなしには正確な移動ができません。そのため、どこに出現するか判らないのですよ」
賢者の真剣な説明に、昭士もさすがに表情を曇らせる。しかしすぐさま、
《じゃあ、この状態で俺が元の世界に戻ったとしたら……》
「妹さんも元の世界に戻るとは思いますが、どこに戻るか判りません。見知らぬ土地ならまだ良いですが、大海原の真ん中や地中深くに戻ってしまう事も、充分に考えられます」
どこに戻るか判らない以上、その可能性は大いにある。探すのが困難を極める事は間違いない。
いぶきの性格を考えると、こちらが慌てて困っているのを煽って、姿を現さず隠れ続ける可能性が高い。そういう「他人が困る事」に関しては自分を犠牲にしてでもやる性格だ。
それでいて見つければ「ナニしやがるンだこのボケ!」と、クセのある発音で罵詈雑言と仮借のない暴力をぶつけてくるのは間違いない。
だが昭士は、あまり賢者の真剣味が伝わっていなさそうな、若干呑気な態度で携帯電話を取り出した。
《判った判った。とりあえずあいつに電話してみる》
理由は判らないが、このオルトラ世界においても、彼の携帯電話は普通に使えるからだ。
《……あ、そうだ。元に戻っておかないとダメか》
電話をかけようとした時に、大事な事を思い出す。
現在の戦士としての服装は、この世界での昭士の姿と言い換える事ができる。つまりこの世界に来ると「自然に」この姿形になってしまうのだ。
それは大剣に変身するいぶきも同様で、こちらの世界に来ると自動的に大剣の姿になってしまうのだ。
剣の状態でも五感や彼女の意識はあるが、さすがにその状態で電話を受ける事はできない。動けないのだから。だから元の世界の姿に戻る必要があるのだ。
昭士はこの世界でムータと呼ばれているカード状のアイテムを取り出す。賢者の話によれば、もう作る事ができないので、昭士が持つ物ともう一枚とが現存する最後の二枚。
彼はそのカードを何もない空間に向かって突き出すようにかざす。するとカードの形がそのまま大きくなったような、青白い光でできた扉が眼前に現れる……筈なのだが、その気配がない。
昭士は気を取り直してもう一度かざしてみるが、そもそも反応がない。
《なっ、一体どうなってやがんだ、おい!?》
彼はカードをブンブンと振ったり、指でバシバシ叩いたり。まるで壊れかけの機械扱いである。機械ではないのに。
「二人一緒にこちらの世界に来なかった弊害、でしょうか」
そんな様子を見た賢者がポツリと呟く。それはあくまでも彼の推測に過ぎないが、そうなのかもしれない。
「それに携帯電話も、世界を越えて話はできるかもしれませんが、時代を越えてはできないのかもしれませんよ」
《時代? どういう事だ、そりゃ!?》
カードの反応がない事に苛立った昭士が、苛立ったまま賢者に荒々しく問いかける。
賢者は目を閉じて何かを思い出すように口の中でブツブツと小声でつぶやき出す。
「このムータが前に使われた、数百年は昔の文献にありました。あなた方のように二人で一組として活動していた兄弟の事が」
その言葉に昭士も長も驚いた。まさか過去にも自分達のような「戦士」がいたなど。
賢者は「古い言葉だったので、解読には骨が折れました」と、どことなく苦労した事を強調すると、
「もっとも彼等の場合はあなた方のように仲が悪くありませんでしたが。こちらの世界では二人とも人間でしたが、別の世界では兄が戦士で弟が槍になったとありました」
色々なパターンがあるものだ。昭士は素直に感心してうなづく。
「ある時の戦いで共倒れを恐れた兄が、槍になっていた弟だけを光の扉を通じてこちらの世界に戻したそうです。その後敵を倒したが重傷を負った兄は別の世界に残された。ケガを癒してこちらの世界に戻ってみると、弟の姿がどこにもなかったそうです。自分より遥かに先に戻っていなければならない筈なのに、です」
「賢者殿。弟はんハ一体どないナってン?」
物語を聞く子供のように、話の続きを催促する長。それに気を良くしたように、賢者は続きを話す。
「行方が判ったのは三年後。兄の前にいきなり現れたそうです。まるで『世界を飛び越えて』きたかのように」
その言葉に長が安堵の表情になる。確かに消息不明で終わっては、話の後味が悪い。
「しかも弟はこの世界に戻ってきた直後だと話しました。つまり別々に移動したがために、三年の時間差ができてしまった訳ですね」
《ちょっと待て。じゃあこれから三年待つのか、俺!?》
昭士が驚くのも当たり前である。その間いぶきは行方不明扱いだし、自分もこの世界から動けない。自分の世界に連絡はできるがさすがにこれ以上親に心配をかけさせる訳にもいかない。
ただでさえいぶきの事で普通の親とは桁違いの苦労と心配をかけているのだ。それに上乗せする訳にはいかない。
カンカンカン。
部屋の中に再び響く涼しげな金属音の鐘の音。いわゆる呼び鈴のような物だとさっき聞いたばかりなのだが、昭士はさっき以上にビクッとして身構えてしまう。
賢者はそんな昭士の様子を見て苦笑すると、先程やっていたように紐を引いて鐘を軽く鳴らしてから部屋のドアを開ける。
「失礼致します」
聞き慣れた若い女の声。やって来ていたのはモーナカ・ソレッラ・スオーラ。
今ここにいるモーナカ・キエーリコ・クレーロ僧の愛娘にして、昭士といぶきの「相棒」。つまり、このオルトラ世界出身の「救世主」である。
昭士が持つカード状のアイテム・ムータの最後の二枚の、もう一人の持ち主でもある。
彼女はこちらの世界での姿――ボタンのない学生服のような僧服に白いマントという姿で部屋に入ってくる。額を出して後ろで縛った長い髪を軽く揺らして。
部屋の中に自分の父にして自分の宗教の最高責任者がいる事を見て取った彼女は、その場で片膝ついて礼をする。しかし当の父親は、
「ララ、スオーラ! キイミノニノチ! セチセチクチ・ナスイトニツラ!」
甘えたデレデレ顔で、片膝ついて畏まるスオーラにすりよる父親。それもこれ以上ないくらい力一杯。
宗教団体の長とは思えない、子煩悩を通り越した親バカなその姿。以前一度見た事はあるが、さすがの昭士も少し引いている。
こちらの世界の言葉になってしまったため、昭士には何と言っているのかは判らないのだが。
ひとしきりスオーラを抱きしめていた長が離れると、彼女は昭士に向かって、
「アキシ様。今日はどういったご用件ですか? それに、イブキ様は?」
傍若無人ないぶきにすら敬語を貫くスオーラの応対。しかし口ごもる昭士を見て、賢者が代わりに答える。
「本来二人一緒に世界を越えねばならなかったところを、知らなかったとはいえ彼独りで越えてしまったために、妹さんの方がこの世界のどこに飛ばされたのか、判らなくなってしましました」
賢者の淡々とした物言いに、さすがのスオーラも表情が凍りつく。
「その。判りやすく言うと、行方不明になってしまいました」
表情が凍りついたスオーラに、さらにだめ押しの一言。
「過去の文献では、揃わない状態だと場所はともかく時間的なズレも生じて現れた事があるとあります。従って今回もその可能性があるのです」
スオーラの顔が凍りついたままふらりと倒れそうになる。無理もない。それほどの衝撃なのだ。
彼等が戦うべき人類の敵。便宜上「エッセ」と呼ばれる謎だらけの侵略者。
その侵略者に効果的なダメージを与えられる唯一の武器が、いぶきが変身した大剣「戦乙女の剣」なのである。
剣なしで戦って来た経験を持つスオーラには、剣なしでエッセと対峙する危険と苦労が身に染みて判っているからこその衝撃。愕然とするには充分以上の理由である。
「あ、あ、あ、あの、あの、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ……」
元の世界の昭士のドモり症が伝染したかのようなスオーラ。衝撃のあまり普通に喋る事すらできなくなっている。
それを自覚したスオーラは、胸に手を当てて何度も何度も大きく深呼吸する。
「…………ゆ、ゆ、行方不明、とは、どういう、事で?」
だが、それでもなかなか落ち着けないらしく、やっぱりドモりが抜けていない。
《ああ。賢者が言った通りだよ。追加する事はない》
肩を掴まれ真正面から真剣な目でスオーラに見つめられた昭士は、力なくそう言うと、最後には黙ってしまう。
自分が悪い。黙ってはいたが、彼の逸らした視線、表情が露骨にそう語っていた。
「で、でも。イブキ様の事ですから、きっとどこかで飄々と……というより騒動を起こしているでしょうね」
スオーラは固まった表情のまま、昭士の両肩からそっと手を放した。
何とかなだめようと必死に言葉を探すが、結局何の慰めにもなっていない。
励ましの言葉の一つも出てこない辺り、まだまだ聖職者としての修行が足りないと、自分の力の無さを恥じ入って黙ってしまう。
その時、手に持ったままの昭士の携帯が激しく震えた。一瞬取り落としそうになるが、そこは改めて握り直し、画面も見ずに電話に出る。
《はい、角田ですが》
『ああ、君か。いや、君の携帯電話にかけているのだから当然か。警察署長の渚(なぎさ)だ』
昭士が住む町の管轄である警察署の署長・渚 肇(なぎさはじめ)氏だ。いぶきが原因のトラブルやもめ事のおかげで、昭士も警察署の常連と化している。そのため署長とも面識があるのだ。
『必要な書類を整えたよ。それと共に短剣を引き渡す。できれば今日中に署の方へ来てもらえないかね』
何とも強引な署長の電話に、昭士の顔が露骨に引きつった。
昭士の住む町の河原で発見されたいかにも古そうな短剣が、実はこのオルトラ世界の物と判ったのだ。
しかも変身後のいぶきのように意志を持ち、話を聞いてみるとオルトラ世界の人間かもしれないようなのだ。
加えて短剣としても何らかの力を持っているようなので、これからの戦いに役立ててほしいと譲り受ける約束になっていたのだ。
しかし今は警察署に預けられた「持ち主不明の拾得物」という扱い。本人に返すならまだしもそうではないのだから、色々としち面倒な手続きやら手順やらがいるのだ。昭士の世界は特に。
だから早く手続きを終えてほしかったのだが、まさかこのタイミングで終わるとは。この動くに動けない時に。
『どうした。今日は都合が悪いかね』
確かに都合が悪いのだが、明日になったら大丈夫という保証がまったくない。かといってこうまで手筈を整えてくれた人に対して「いつになるか判りません」と答える度胸が昭士にはない。
そこでふとスオーラと目があった。
そうだ。こうなったら彼女に頼むしかない。自分といぶき以外で向こうの世界に行けるのは彼女だけだ。言葉の方はだいぶ上達して来たと言っていたし。
しかし。重大な問題がある。
問い:彼女一人の力だけであちらの警察署に辿り着き、短剣と引き取って、ここに戻ってくる事ができるか。
答え:相当な困難が予想される。
理由:彼女にはあちらの世界の知識も常識も、ほとんど無い。
いくら記憶力や要領がイイとしても、今からこの場で一から説明するのが骨であるし、何より「現場で」突発的なトラブルが起きた場合、彼女一人で対処できる保証がない。
そして、往々にしてこういう状況に限ってトラブルは起きるものなのだ。
『どうした? 聞いてるのかね?』
黙って頭をフル回転させていたための沈黙が、相手を苛立たせてしまったようだ。声が少しばかり怒っている。
昭士は慌てて、見えない筈の相手に手を振りながら、
《ああ。あいにく俺はちょっと動けないんですけど、スオーラを行かせますから》
『彼女を? 大丈夫なのかね』
《ああ、大丈夫です、何とかします。それじゃ学校に車回しといて下さい。頼みます》
『良かろう。あの時君達と一緒にいた、女性警察官を向かわせる。それから……』
《あ、すいません。ちょっと呼ばれてますんで、切りまーす》
これ以上何か言われるのはゴメンとばかりに、強引に電話を切る昭士。それからスオーラに向き直ると、
《あー。この間の戦いに使ったあの短剣。手続きが整ったから取りに来てくれとさ。だから行って来てくれ》
確かに今の状態の昭士がこの世界から離れる訳にはいかない。それは理解しているが、いきなり話を振られたスオーラは驚いて、
「わ、わたくしがですか? 行く事自体は構いませんが、アキシ様の世界の事はほとんど判らないのですが、わたくしで大丈夫でしょうか?」
「スオーラ。大丈夫なんやろナ!?」
昭士の提案に、長も親バカな父親らしく心配そうな表情で昭士とスオーラを見つめる。
だが昭士は堂々たる態度――に見える、何も考えていなさそうな雰囲気のまま、
《迎えに来るのが一度会った事がある人だから大丈夫とは思うが、やってみなきゃ判らんな。おい賢者さんよ》
いきなり話が自分に来た賢者が、一瞬驚いて昭士を見直すと、
《お前のスマホ貸せ》
唐突すぎる昭士の言葉。
賢者はこのオルトラ世界の人間だが、魔法で別の世界の物品を(望んだ物とは限らないが)取り寄せる事ができる。その一環で彼は携帯電話、それもスマートフォンを持っているのだ。
「とにかく貸せ」と強く言う昭士に、賢者は黙ってスマートフォンを手渡す。それから昭士は素早くアレコレと操作していた自分の携帯電話をスオーラにポンと放ると、
《スオーラ。学校の方に車が来るから。あの時会った婦警さん。あ、婦警っても判らねーか。制服着てた女の人だよ。それに乗って警察署まで行ってくれ。言葉は何とかなるか?》
「大丈夫です、アキシ様。わたくしは今『あなたの世界の言葉で』話しているんですよ」
取り落としそうになる携帯電話をどうにか受け取り、小さく笑みを作るスオーラ。
彼女とはカードの力で会話だけなら問題なくできてしまうので、今まで全く気づかなかったのだ。それに気づかないほど流暢にやり取りできていたのだから、言葉に関しては問題あるまい。
《いいか。向こうに行ったらこっちから電話かける。そいつの蝶番の部分に、銀色のボタンがあるだろ?》
昭士はスオーラの持つ携帯電話を指差してそう言った。スオーラも彼の指摘通り蝶番の部分に銀色のボタンがあるのを確認すると、
「は、はい。このボタンを押すのですか?」
《ああ。違う違う。小さい画面がある……そうそう。そっちを上にしてから、押せばパカッて開くから。まぁ手で開けてもいいんだが》
スオーラが両手で、しかも上下と表裏を逆に持っていた携帯電話に、逐一指差して説明を続ける昭士。
この説明で判る通り彼の携帯電話は、いわゆる「ガラケー」と呼ばれる物である。しかも一番安い機種だ。
それは昭士への嫌がらせと八つ当たりで、いぶきがすぐに壊してしまうからだ。買ってもらったのは中学に入ってからだが、一年に一、二回は壊されるので、この電話で既に七代目だ。
そんな携帯電話を、昭士の説明をふんふん言いながら聞いていたスオーラは、彼に言われた通りの向きに携帯を手の中で動かすと、蝶番にある銀色のボタンを押そうとして、動きが固まってしまった。
今彼女は携帯電話を両手で大事そうに捧げ持っているので、どうやってこの位置のボタンを押したものかと考え込んでしまっているのだ。律儀にも。
だがしかし。自分から見れば蝶番の左側に付いたボタンを押すのには、右手に乗せて左手の指で押すのが良いだろうと判断。そのようにしてみるが、
ばくんっ。
スオーラの想像以上に勢いよく開いた事に驚き、携帯電話を取り落としそうになる。
生真面目な彼女は目を見開いて驚き、かつ床に落とさないよう携帯電話をお手玉した挙句、どうにか両手で鷲掴みにして落下を防ぐ。
途端に心底安堵した表情でため息をついた彼女を見て、昭士も心底微笑ましい気持ちで一杯になる。
そのせいか昭士は幾分口調を柔らかくすると、
《電話がかかってくればそれから音が出るから。そうしたらそのボタンを押す。そうしたらパカッて開くから、今みたいに落とさないようにな。開ければすぐ電話に出られるよう設定したから。そうしたら電話を耳に当てて話せばいい。……ああ、こっちにも電話くらいあったんだな。判るよな?》
「はい。ここまで小さくはありませんが」
スオーラも昭士の説明の一つ一つにうなづいて聞いている。
「ノラスイキチ シイミーテチ!?」
スオーラの父親がこちらの言葉で驚きの声を上げる。言葉は意味不明ではあるが彼の顔からそのくらいの雰囲気は察する事ができる。
「……いや失礼。これが昭士殿の世界ノ電話なノかね」
彼は取り繕うような咳払いの後日本語(≒)に言葉を戻すと、スオーラが持っている携帯電話をマジマジと覗き込むように見つめている。
《ああ。個人用というか携帯用というか、そんな感じのだけどな。俺の世界じゃ、もう持ってない人の方が珍しいくらい普及してるよ》
という昭士の説明を聞いてか聞かずか、感心したようにうなづいている長。
スオーラは携帯電話をキッチリ両手を使って折り畳むと、制服のポケットにキッチリとしまいこんだ。
《じゃあスオーラ。あの短剣の事は頼む。向こうに着いたくらいに、こっちから電話入れて指示出すから》
昭士はそう言って、賢者から借りたスマートフォンを掲げてみせる。
「あの。それなら私の携帯電話を彼女に貸す方がよいのでは?」
《あのな。いくら物覚えが良くたって、携帯電話ド素人にいきなりスマホはキツイって。それに俺の携帯は世界を越えても存在できるのは証明済だけど、お前さんのは判らんからな》
昭士の世界とこの世界では同じに見えても存在するための「法則」と言うべき物が異なるので、世界が変われば存在できない可能性が高い。目に見えないだけの物になるのはいい方だ。昭士やいぶき、スオーラのように姿形が変わってしまう物もあるが極めて珍しい。
そんなバクチみたいな事はできない。昭士にしては珍しい理路整然とした簡潔な理由に、賢者も素直に納得した。
「ではアキシ様、賢者様、キエーリコ僧様。行って参ります」
《おう、頼む》
「お気をつけて」
昭士と賢者がスオーラの言葉に答える中、キエーリコ僧――スオーラの父だけは、自身の娘の両手を力強く握りしめると、真剣な顔で延々と喋り出した。
こちらの言葉なので昭士には何が何やら聞き取れもしないが、心底心配している表情である事くらいはさすがに判る。
しかし心配にもさすがに限度というものがある。特にスオーラはこの世界では一人前として自立するとされている年齢(それでも十五歳だが)なだけに。
「お、お父様。そこまで心配なさるほど、アキシ様の世界に危険はありません。大丈夫です」
娘にキッパリとそう言われた長は、名残惜しそうに娘の手を離す。
それからスオーラは自分の持つムータを手近の壁にペタリと貼りつけた。
「それでは」
壁に青白い光る扉が現れると、彼女の姿が消えて行った。
扉の向こうの世界に。

<つづく>


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