トガった彼女をブン回せっ! 第7話その2
『けど、何だよ?』

ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
いきなり鳴り響く不気味な音。昭士とスオーラの顔色がサッと変わる。スオーラはジャケットの胸ポケットを探った。
取り出したのは手のひらサイズのカード。それが青白い輝きを放ちながら、その不気味な音を発していたのだ。
「そっ、それは……!?」
署長が口を半開きにして驚いている。そしてさっきから見ていた昭士制作の紙資料をパラパラとめくる。
「エッセという化物が出現した、もしくはそばにいると、カードが光って音が鳴って教えてくれる」。
その一文が目に入る。そしてそのカードは、確かに光って音が鳴っている。
「も、もしかして出たのかね。その……例の化物が」
「はい。どうやら近いようです」
スオーラはこくこくと二回うなづくように首を倒すと、
「アキシ様。急ぎま……って、またですか!?」
さっきから昭士達が会話に入ってこないのを不思議に思っていたスオーラが、珍しく声を荒げてしまった。
なぜなら。昭士といぶきは互いに向かい合い、今にも飛びかからんばかりにじりじりと間合いを取りあっていたのだ。
これにはもちろん理由がある。
昭士もスオーラと同じカードを持っている。そのカードの力を持って「変身」をするのだが、当然持っていなければ変身はできない。
昭士が戦士の姿に変身すると、同時にかつ自動的にいぶきの身体は大剣に変身してしまう。
他人はもちろん実の兄を手伝ったり協力したりするのが大嫌いないぶきは、それを防ぐためにこっそりと彼のポケットからカードを抜き取っていたのである。
もちろん持ち主である昭士でなければこのカードは使えないし、昭士以外の人間が持てばとんでもない事になるらしいのだが、同時に変身するいぶきは例外らしく、持っているだけならとんでもない事にはならないらしい。
さらにいぶきには「周囲の状況を極端なスローモーションのように認識できる」という特殊な力がある。なので昭士が飛びかかろうものならアッサリと返り討ちにあうのがオチだ。それも気を失う程の過剰な攻撃を加えて。
以前酷い目に遭っているというのに、懲りもせずまた同じ事をしたいぶきに向かって、
「イブキ様。いい加減にして下さい。早くアキシ様にムータをお返しして下さい」
「ムータ?」
「イブキ様のスカートのポケットに入れている物の事ですよ」
そう言われてみれば、彼女はカードと呼ばずにずっと「ムータ」と言っていた気がする。
あちらの言葉でカードの事をそう呼ぶのか。それともこのカードそのものがムータという名前なのか。その辺は聞いていないので判らない。
そんな昭士の考えを吹き飛ばすようにいぶきが怒鳴る。
「返す訳ないでしょ!? また勝手に剣に変身させられて。人助けなンて気持ち悪いモノを手伝わされて。ンな事されるくらいなら、ヤクザに脅されてジジイ相手に援交する方が何億万倍もマシだっての!!」
言うに事欠いて、とはおそらく違うと思うが(いぶきは本心からそう思っているし)、目を釣り上げて激抗するいぶき。
ついでに言うとその喩えはどうかとも思う。
警察官三人がいる中で堂々としてくれた「援交の方がマシ」宣言に、警察官達は非常にコメントに困った困り顔を見せている。
さすがにこういった応対に慣れ、埒があかないと悟ったスオーラは昭士を促す。
「判りました。二人で現場に向かいましょう。どちらにせよムータは取り戻せる訳ですし」
持ち主が願えば、このカードは世界のどこにあっても瞬時に持ち主の手元に戻ってくる。壊れていなければ。
だからこちらからいぶきと離れ、その状態でカードを呼び戻して使えばケンカになる事はない。そう言っているのだ。
「あ、ああ。でででも……こ、こ、このままじゃ、おお俺は、たた、た戦えないよ」
昭士はスオーラについて駆け出そうとして、一瞬足を止めてしまう。
スオーラはともかく、確かに昭士はこのままでは戦えない。今いぶきが持っているカードを使って「変身」する必要があるのだ。
変身するといっても、昭士の場合は服装以外の外見の変化はない。ドモり口調が無くなってあまり言葉を選ばなくなるくらいだ。
だが「このままでは」戦えないとはもう一つの意味がある。
昭士が変身すると同時に、いぶきは二メートルを超える大剣に変身する。それが昭士のメイン武器「戦乙女(いくさおとめ)の剣(?)」である。
剣に変身してもいぶきの五感やその性格の方は健在で、使われる事にぶつぶつネチネチ文句は欠かさないし、剣で斬りつければものすごい悲鳴を上げて痛がる有様だ。
さらにはいぶきの身体が剣そのものに。着ている服が剣の鞘に変身するため、剣を抜くという事は服を脱がされる事に等しいのだ。その辺もいぶきが変身を嫌がる理由でもあるのだが。
化物・エッセに対しては唯一かつ絶大な威力を誇るのだが、欠点がない訳ではない。
この「戦乙女の剣(?)」最大の弱点は、その全長二メートルオーバーという巨大さ。刃の部分だけでも昭士の身長より長く、その刃も幅は四十センチ厚みは五センチもある。
遮蔽物のない屋外ならいざ知らず、狭い空間――こうした建物の中では壁や天井が邪魔をして、こんなゴツイ剣を振るう事すらできないのだ。
どんなに威力があろうとも、使う事ができなければ何の意味もない。もし敵が建物の中にいたら。この剣は役に立たないどころが建物内を動くのにも邪魔になるだけだ。
昭士は不器用にその事をスオーラに伝えると、彼女は一瞬表情を強ばらせた。
「確かにこの狭い空間であれだけの巨大な剣を振り回すのは無理ですよね」
この警察署は古い建物なので、廊下は狭いし天井は低い。それは部屋とて同じ事。部屋が広かったとしても棚や机が邪魔になる。
「あ、あ、あの、ススオーラ。い、い、戦乙女の剣って、おおお、大きさは、かえ、かえ、変えられないの?」
大きくて邪魔になるならば小さくしてしまえばいい。確かに出て当然の発想である。
もちろん小さくした分威力が落ちるという危険性はあるが、通じない武器を使うよりは通じるけれど威力が小さい方が遥かにマシなのである。
スオーラも過去読んだ文献を思い出そうと必死に首をひねったが、
「おそらくそういった事は書かれていなかったと記憶しています。ですが、もし仮に大きさが自在に変えられたとしても……」
どちらにせよ、建物内で剣を振り回すというのは難しいのだ。それだけは自信を持って言える。剣の扱いは素人のスオーラにもそのくらいは判っている。
そもそも剣であるいぶきが非協力的なままでは。もし大きさの変更にいぶきの意志が必要だったのなら。
いぶきは絶対に協力しないと断言できる。それだけは自信を持って言える。スオーラにもそのくらいは判ってきた。
スオーラも「我関せず」とパイプ椅子にふんぞり返るいぶきを見ている。そんな風に見られるいぶきは、
「人助けをしろって言われないのは嬉しいけど、役立たずに思われるのは心外ね。こンな有能で優秀な人間を捕まえて」
それでもつまらなそうに大あくびまでして文句を返してきた。
「役立たずに思われたくないのであれば、役に立って頂けますか?」
「嫌よ。ナンであたしがそンなめンどくさい事しなきゃならないのよ。あンた達で勝手にやればぁ?」
スオーラの挑発するような言葉に、いぶきは椅子の背もたれに完全に身を預けてだらけている。
その時、部屋の外が一気に騒がしくなった。明らかに慌てて急ぐ足音がこちらに向かってくる。
バンッ!
会議室のドアがノックなしで一気に開いた。
「何事だ! ノックくらいしたまえ!」
渚署長が署長らしく鋭い声を上げて、入ってきた女性署員を一喝する。その恫喝に身をすくめた署員だが、すぐにその場に直立不動になると、
「しょ、署長! つい今し方署内に頭が二メートルはあろうかという巨大な蛇が出現しまして。その蛇が……蛇が……」
彼女の声が震えている。それも見るからに怖さで。口がカタカタと震え、うまく喋れないのだ。
しかしそれでも報告をしなければという責務感からか、力一杯口を開く。
「署員の何名かが、その蛇に飲み込まれました!」
「何だと!?」
その報告にはさすがの署長も大声を上げる。
「そ、その蛇はどういった蛇でしたか? 身体の表面が金属のような蛇ですか?」
入ってきた彼女にスオーラが詰め寄る。見ず知らずの人間(それも美人)に必死の形相で詰め寄られた彼女は、一体誰なのかと問うより早く、
「そ、そうであります。一瞬で口を大きく開けて、あっという間に飲み込みました」
スオーラの世界では判らないが、昭士達の世界には全長十メートル近い巨大な蛇がいる。それはあくまで「全長」であり、頭が二メートルという種類はさすがに存在しない。
確かに蛇は自分の体長の何十倍もの獲物を丸のみにする習性がある。署員が呑み込まれたというのも、蛇の特性を持ったエッセならば充分想像がつく。
動物の姿形をしてはいても、その能力は常識外れなのがエッセである。スオーラのこれまでの戦いの経験から、自然とその事を学んでいた。
「判りました。蛇が出たのはどの辺りですか?」
「君。彼女の言う通り、案内してやってくれ。署員の避難も平行してな」
署長はやってきた女性署員にそう命じると、彼女はスオーラと昭士を先導する形で部屋を飛び出して行った。それを見届けた署長は、
「我々も避難するか。だがその前に……」
紙資料をパラパラとめくりながら、署長は内線電話の受話器を取った。


「こっちです。この階段を下りれば……」
さっきまでは泡喰っていたが少しは落ち着いてきたのだろう。口調も足取りもだいぶ普通に戻っている。
その時、署内に署長の声が響いた。館内の放送だろう。
『署内の署員は大至急建物外に避難するように。それから避難の際、署内の』
その声がバキッという音と共にいきなり止まった。どうやらどこか近くのスピーカーが破壊されたらしい。ずっと離れた場所から放送の続きが流れているらしい事は判るが、何と言っているのかの判別はできていない。
「な、何これ!?」
下りている途中で署員の足が止まる。昭士もスオーラも、彼女が足を止めた理由を即座に理解する。
階段を下り切った下のフロアの廊下一杯に、見た事もない金属の壁が広がっていたからである。
「あ、あ、あれ、シシ、シャ、シャッター?」
昭士が署員に訊ねるが、そんな訳はないとすぐに理解する。
金属のシャッターが、まるで「うねるように微妙に震えながら」右から左に動く事などあり得ないからだ。
「間違いありません。エッセです」
スオーラは自信満々でそう告げる。
という事は、目の前一杯に広がるこれは、蛇型エッセの胴体の一部分という事か。きっとスピーカーが壊れたのもこの胴体が通った時の影響だろう。まさに胴体が廊下を埋め尽くしているようだ。
一応蛇型という事は聞いてはいたものの、ここまでの巨大さは予想していなかった。昭士は呆気に取られて微妙に動く壁(のような胴体)を見つめている。
一方スオーラはさっき取り出したままのハードカバーの本をパラパラとめくっていく。
この場に頭があるのならともかく、胴体しかないのであれば、ここで攻撃を加えておく方がイイと判断したからだ。反撃はまず来そうにないから。
だが。
「……困りました。やはりわたくしの魔法の威力では、この建物にも被害を出しかねません」
同じ屋内でも剣道道場のようにある程度の広さがあるならともかく、ここは狭い廊下だ。余波が簡単に建物を傷つけてしまうだろう。場合によっては倒壊の危険すらある。
昭士も困っていた。もしこの場に「戦乙女の剣」があったならば、一気に攻撃して大ダメージを与えられただろう。
だがこの階段は天井がとても低い。二メートル程しかないと思う。
それゆえに、この場に全長二メートル越え幅四十センチもの剣を持ち込むのは難しい。特に廊下から階段に入る部分は天井がさらに低く、そんな剣を通すだけで一苦労だ。
それでも攻撃のチャンスである事に変わりはない。昭士は意を決して右手に意識を集中させた。
「ト、トルナーレ」
どんなに離れていても、手元にカードを呼び出すキーワード。昭士の口からその言葉が漏れた一瞬後、いぶきに取られたカードが彼の手にあった。
敵が目の前にいるためか未だ点滅を繰り返すそのカードを、眼前に向かって力強く突き出した。
するとそのカードから青白い火花が激しく散る。散った火花は次第に大きくなっていき、彼の目の前で扉のような形で固定される。その扉は昭士に迫り、やがて彼の身体を包み込み、消えた。
そこに立っていたのは青一色の作業着を思わせるつなぎ姿の昭士だった。胸には金属の胸当て。腕には金属の篭手。脛には金属の脛当てをつけた、スオーラの世界では「軽戦士」と呼ばれる戦士によくある格好である。
「よしっ。とりあえず素手でいってみるか」
さっきまでのドモりが一転。澱みない言葉遣いになると、昭士は右手を開いたり閉じたりし始めた。
どのくらい通用するかはもちろん判らないが、初めて素手で対峙した原寸大の恐竜の骨格標本型のエッセの時はある程度は通じていた。雀の涙程かもしれないが、ダメージを与えておくに越した事はあるまい。
昭士は残る階段を一気に駆け下りながら助走をつけると、
「おらぁぁっ!」
固く握りしめた拳を渾身の力と体重を込めて蛇型エッセの胴体に叩き込んだ。その拳は昭士の肘の辺りまで相手の胴体に深く突き刺さる。
が。それだけだ。むしろ叩き込んだ拳に激しく反発する何かの力のような物が伝わって、逆に拳を押し出そうとしている。
そしてその力に押し負けて、彼の拳は胴体から弾き出された。勢いあまって身体ごとひっくり返りそうになるところを、スオーラが後ろから支える。
「大丈夫ですか、アキシ様!?」
「ああ。手応えは硬いんだが、あのめり込みようは……」
拳が叩き込まれた辺りを二人は見る。傷を負った様子は全くない。まるで空気をパンパンに入れたゴムボートを叩いたかのような感触だった。
「尖った剣ならグッサリいけるかもしれんが、あのゴムみたいなのを考えると剣でも弾き返されかねんな」
拳に残る変に硬い感触を思い出し、昭士が呟く。それからスオーラに向かって、
「何か魔法ないか? 例えば……凍らせる魔法とか?」
「凍らせる魔法、ですか?」
昭士からの提案を聞いたスオーラが、手持ちの本をパラパラとめくる。
「ああ。蛇ってのは変温動物。身体が冷えればそれだけで動きが鈍くなる。凍らせられればさらにいい」
昭士の頭には、随分前に見た科学バラエティの映像が浮かんでいた。凍った物がいとも簡単に砕ける様子である。
スオーラの魔法でそれをこの場で再現できれば話は一気に早くなる。
やがて、本をめくっていた手がゆっくりと止まる。そのページをまじまじと見つめるスオーラは、
「凍らせる魔法というのは一応ありましたけど……」
少々問題があります、と言いたそうに語尾を濁すその反応に、昭士はおうむ返しに尋ね返す。
「けど、何だよ?」
「凍らせる魔法というものは、より多くの魔力を使ってしまいます。これだけ大きな蛇を凍らせるとなると……」
「は?」
スオーラの言葉に昭士が再び尋ね返したのは言うまでもない。
聞けば、スオーラの魔法は「ページに書かれた魔法を実体化する」もの。その実体化の際に、使う魔法相応の魔力を注ぎ込まねばならないというのだ。
あらかじめページという形で魔法が形になっている訳だから、何もない状態から魔力を込め呪文を唱えるパターンよりは早く、それに少ない魔力で魔法が発動するとスオーラは言う。
だが、その肝心の魔力が、まだまだスオーラには足りないらしい。正確に言うならば、凍らせる魔法を使うには、とするべきだが。物を温めるよりも冷やす方がより多くの力を使うからというのがその理由らしい。
スオーラの魔法は基本使い捨てなので、連続で同じ魔法を使用して魔力が無くなるという事はないのだが、今のスオーラの力量では、たった一回の凍らせる魔法で、今ある魔力の大部分を使ってしまう事になるという。
そうなると昭士の援護がほとんどできなくなってしまう。
彼の作戦通り蛇の胴体を凍らせ、そこを攻撃して倒せればいいが、もしそうでなかったら昭士はたった一人で戦わねばならなくなる。何の援護もなく。頼みの綱の戦乙女の剣もなしに。
しかもこれだけ巨大な蛇である。蛇全体を凍らせられるかどうかは判らない。かといって、ほんの一カ所程度では意味はなさそうだ。
これがもし広大な屋外であればそれこそ様々な戦法が取れるし、昭士も戦乙女の剣を存分に振るう事ができた。
それが屋内というだけでこれ程行動と戦法が制限されてしまうとは。
しかしこの蛇を建物の外に出すなど論外である。何としてでも、この建物内で勝負をつけなければならない。
「まだまだ修行が足りませんか。ですが、修行している暇は、なさそうですね」
スオーラは己の力不足を痛感したかのように、心底悔しそうに、
呟いた。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system