トガった彼女をブン回せっ! 第7話その1
『でたー。あたしの嫌いな言葉』

翌日。角田昭士(かくたあきし)とその妹いぶき。それから異世界から来た見習い僧侶モーナカ・ソレッラ・スオーラの三人の姿は、市内の警察署の中にあった。
先日、昭士といぶきが初めて対峙した化物・エッセに関する事件の証言の為である。
署内の会議室に昭士・いぶき、スオーラ。それから顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)と私服警官の門山(かどやま)。それからこの警察署の署長。
会議室の長机に昭士・スオーラ。少し離れていぶきが露骨につまらなそうに座っている。その反対側には署長一人だ。鳥居と門山は昭士達の後ろで彼等を見守るように立っている。
いつもはいぶきがしでかした事件の後始末として来るので気が重いが、今日はあくまでも事件に関する事を話すだけだ。それに比べれば遥かにマシである。
それでも警察官と対すると緊張してしまうのを、顔馴染みがいる事で少しでも緊張を和らげようという配慮である。顔馴染みも警察官では大して効果はないだろうが。
昭士は隣に座るスオーラをちらりと見ると、ここへ来る直前の今朝の電話のやりとりを思い出していた。


朝から警察署で証言する事は判っていたので、クラスメイトであり同じ部活に入っている友人に授業のノートを写させてもらえるよう交渉していたのだ。
いぶきはロクに勉強しなくてもトップの成績を取り続けられるが、さすがに昭士はそうもいかない。
「そ、そそ、そういう訳だから。た頼むよ」
緊張とドモり癖のせいでだいぶ聞き取りづらかろうが、こっちは真剣だ。相手も昭士のドモり癖は理解している。
『それは別に構わないんだけど……』
友人はわざとらしく言葉を濁す。代わりに何かしろと続くのが定番だろうが、平凡かそれ以下の成績しか取れない自分に、代わりに何をしろと言ってくるのか。
昭士は緊張して息を飲んで相手の言葉を待った。
『……じゃあさ。あの女の人、また連れて来いよ。来てるんだろ? 今度は一杯やりながらさ』
もちろん「一杯やる」といってもお酒の事ではない。もちろん呑めない訳ではないが、見つかって停学や部活動停止を喰らうのは誰だって御免である。
そしてそれはいつどこからバレるか判らないのだ。そんな心配をしながら呑む酒など美味い訳がない。
近所のファミレスのドリンクバーで飲みながら楽しくお喋りしたい。一対多数の集団デート、のようなもの。それにスオーラを連れてくるならOK。そんな条件である。
基本傍若無人な性格のいぶきのおかげで、女性に対する興味が薄い昭士からすれば「そこまでしたいものかね」としか思えないが、自分が女性に淡白なのは自覚している。友人達のリアクションの方が普通なのだろう。
そう思って「スオーラに聞いてみる」と条件をつけて電話を切った。
が。朝からほとんど十分おきくらいに携帯電話にメールが来ている。マナーモードにし、ハンカチで包んで制服のポケットに入れているのでさほどうるさくはないのだが。
(大丈夫かな)
あちらの世界では見習い僧侶にしてお嬢様でもあるスオーラ。その割に自分が上流階級の人間だと威張る事がない。
むしろ自分達のような典型的な平民相手でも親しげに接してくるし、異なる世界であるこちらの事を積極的に学ぼうと腰が低いくらいだ。
見習い僧侶といっても彼女は戦う術を持つ僧兵である。棒術ならば見た事はあるが、素手での戦闘も(人間相手なら)そこそこいけるらしい。
そんな彼女に手を出す人間がいるとも思えないのだが、積極的に学ぼうとするその姿勢につけ込んで、トンデモないか偏り過ぎた知識を植えつける人間は絶対いそうだなと、冷静に考えていた。
そのため集団デート、いや、ファンの集いもどきへの参加の案内を言えない昭士である。


「アキシ様。どうかされましたか?」
昭士の視線に気づいたスオーラが少し首をかしげ、穏やかな顔で訊ねてくる。
彼はどことなく気恥ずかしそうに「なな何でもない」とドモりつつもぶっきらぼうに返した。
そんなスオーラであるが、彼女を見る署長の目は一瞬固く、険しいものになっていた。
それはそうだろうと昭士は思う。
彼女の服装は、この世界の基準では「異質」か「趣味の悪い」物にしか見えないからだ。
丈の短い長袖のジャケットは、縫製するパーツごとに色がバラバラ。その下はスポーツブラのようなもの一つきり。
履いているのは黒いマイクロミニのタイトスカート。スカート丈も少し動いたら下着が丸見えになる短さである。
それから脚にピッタリフィットした、少しかかとの高い革のサイハイブーツ。色は黒だ。
そんな上からまとうのは白いマント(今は室内ゆえか座っているためか外しているが)。奇妙といえば奇妙な組み合わせの服装ではある。
しかし彼女自身はモデルのようなプロポーションを誇っており、見事としか表現できない豊かな胸がスポーツブラ(?)やジャケットの胸元をぐいんと押し上げ激しく自己主張している。
ジャケット丈の短さのせいであらわな腰は誰が見ても判るようキュッとくびれ、形の良いへそはフェチの心を激しく揺さぶる事請け合い。
さらにタイトスカートの布地を裂きそうな程にピンと張るボリュームのヒップから太ももへと繋がる美しい脚線をも含めて、成熟した女性らしい色気を申し分なく漂わせている。
見た目で判断してはいけないと良く云われるが、正直に言って「真っ当な」職業の人間には見えないだろう。
それでも彼女の肩書は「見習い僧侶」であり、昭士やいぶきと同じ十五歳だと言うのだから、世界の差を含めたギャップに彼等の頭は絶対に混乱するに違いない。
だがそこは警察官。それもこの署長は叩き上げの苦労人と聞いている。それなりの人間観察の目、洞察力を身につけている……と思う。
真っ赤な長い髪を持つ冷たい印象の美人に見えるその目は真剣かつ本気の目。そして正しい事をしようとしている人間の目だ。
彼女は自らの役割を受け入れ、それを貫こうとしている。その決意と覚悟を署長はしっかりと見て取った。
彼はできるだけ温和な表情を浮かべて三人を見つめると、
「まあ何度も会ってはいるが、そちらのお嬢さんの事もあるから、自己紹介をしておこうか。わたしがこの警察署の署長を勤める、渚 肇(なぎさはじめ)と申します」
「わたくしはこの世界とは異なるオルトラという世界のパエーゼ国から来た者です。モーナカ家の三女にしてジェズ教キイトナ派の見習い僧、ソレッラ僧スオーラと申します」
魔法によってこの世界の言語を話せるようになったスオーラが、丁寧に挨拶をしかえす。その流暢な日本語の発音と見習いの僧侶という単語に渚署長は目を丸くするが、
「綺麗な日本語ですな。魔法と聞いてはいましたが……」
あえて後者の方にはツッコミを入れない署長。スオーラも素直に、
「その『ニホンゴ』という物を話している訳ではありません。互いの言語が理解できるようになるだけで、わたくしはオルトラの言葉のままです。あいにく二時間程しか持たないのですが」
その申し訳なさそうな彼女の言葉に、署長はうんうんと考え込むようにうなづいた。
魔法の事を色々聞きたかったが、二時間程しか持たないのであれば先に用件を済ませてしまおう。署長はそう考え、早速切り出す。
「では早速ですが、先日現れた、あのエッセ……とかいう化物の件で、お話を伺いましょう」
口でそう言いながら手元に置いた紙資料をパラパラとめくっている。昭士が以前スオーラから聞いた話をまとめたレポートのような物だ。
昭士の記憶を頼りにしたものを、昨夜スオーラに手伝ってもらって補足した物だ。


エッセとは、元々スオーラのいた世界(オルトラ)に出現した化物。侵略者である。
基本的にこの世界に存在する生物を模した姿になる事が多いが、多少の例外もある。
共通するのは全身金属のような光沢を放っている事。通常の武器・兵器は全く効かず、口などから吐くそのガスは生物を金属へと変えてしまう。そしてエッセはその「金属に変えた生物」のみを捕食する。
生物かどうかは資料がないために検証できていないが、人類にとって脅威の存在である事は事実である。
その脅威がこの昭士達の世界にも現れ、幸か不幸かその場に居合わせた昭士がエッセとまともに戦う事ができる存在と判明。スオーラと共に戦い、これを倒したのだ。
その立て役者となったのが昭士の妹いぶきである。
戦う際、昭士は軽戦士――スオーラの世界の言葉で、技や速さを活かして戦う戦士の意味――にありがちな軽装備の姿に変身したのだが、いぶきは何と身の丈二メートルを超える長さの大剣に変身したのである。
おまけにその大剣は通常兵器では歯が立たないエッセの身体を簡単に斬り裂き、あまつさえとどめを刺した際エッセの身体が光の粒となり、その光の粒が金属へと変えられた人々を元の姿に戻しまでしたのである。
その大剣の外見的特徴や能力は、スオーラの世界に伝わる文献に載っていた「戦乙女(いくさおとめ)の剣」に極めて酷似しており、おそらく戦乙女の剣そのものなのではないかという確証もある。
だがこの戦いにおいて、資格を持つ者が戦士へと変身できるカード全てが破壊されてしまい、おまけにそのカードはもう二度と新しく作れないと判る。
従って、このエッセなる化物とまともに戦う事ができるのは、昭士とスオーラ。それからいぶきの三人だけとなってしまったのである。
もっとも。他人を助ける、力になるという事そのものを激しく嫌悪するいぶきだけは、その事実が判ってからも極めて非協力的である。


化物が現れたあの日からまだそれほどの時が経っていないにもかかわらず、昭士にはもう随分と遠い昔のように感じられた。
最初に恐竜の原寸大骨格標本の化物と戦い、スオーラの世界へ行ってからは象型と巨大な鳥型と戦い。
スオーラの世界・オルトラで過ごしたのはほんの数日の筈だったが、その密度がかなり濃いものだったと言えるからだろう。
あちらの世界に行ったとはいえほとんど戦いと逃亡に明け暮れていたので、あちらの世界に関する事は昭士はほとんど知らないと言っていい。
だから署長は手短かに、しかし要点を押さえてオルトラの事をスオーラから聞いている。
「……なるほど。我々の世界でいうと、百年近く前の時代によく似ている。文化も文明も」
それは昭士もあちらの車を見て思った事だ。こちらの世界では百年程昔の自動車があちらでは「最新技術の結晶」であったし。
だが。この会議室に入ってから、ほとんどスオーラと署長のやりとりだけで話が進んでいる。自分達がここに来る意味があったのだろうか。ふと昭士がそんな事を思ったのも無理はないだろう。
一方のいぶきはというと、自分は知った事ではないと言いたげに、長机に突っ伏して眠っていた。
「お、おいいぶき。起きろ」
見かねた鳥居が後ろから小さく声をかけるが、反応はない。本当に眠っているのか、はたまた寝た振りをして無視しているのか。そのどちらの可能性も高いのがいぶきである。
他人を助ける事と自分に興味のない事に対する無関心さは小さい頃から徹底している。ここへも完全に警察権力に物言わせて連れて来たくらいだ。それでも一時間くらいごねていたが。
「い、い、いぶきちゃん」
隣に座る昭士が、話し込んでいる署長とスオーラに気を使って小声でたしなめようとするが、もちろん反応はない。
仕方ないと彼が肩を掴んで揺さぶろうと手を伸ばした瞬間、
ドダンッ!
何かが強烈に机に叩きつけられた大きな音がした。その音に話し込んでいた署長とスオーラまでが昭士の方を向く。
「うるさい邪魔すンなバカアキの分際で」
ようやく身を起こしたいぶき。少しクセのある発音だが、完全に脅迫する低く抑えた口調。そんな彼女の右手は握られた状態で机に叩きつけられていた。
拳の下には昭士の手が。状況から察するに、いぶきが昭士の手の上に拳を叩きつけ、その勢いで彼の手を机に叩きつける結果となった訳だ。
もちろん手加減などしないため相当痛い。昭士の顔が痛みを堪えるために歪んでいる。
こういう態度はいつもの事なので、他の面々も特に慌てた様子はない。鳥居が「大丈夫か」と昭士を心配するだけだ。いぶきはいぶきで「あーめんどくさ」と露骨に怠惰な様子を見せ、また机に伏して寝始めた。
「ったく、朝からこンなところに無理矢理連れて来られたと思ったら、くっだらない事ダラダラダラダラ言わされるのに付きあわされて、たまったモンじゃないわよ」
単に突っ伏しているだけだったらしい。嫌味な口調でネチネチと愚痴りだした。
「そもそも人を呼びつけといてお茶の一つも出さないなンて、それでも立派な大人のつもり? そンな大人が社会の常識だのマナーだの語るなンて笑わせるわよね。だからバカとつき合うのは嫌なのよ。なのに権力振りかざして無理矢理連れて来るンだから呆れるってのはこの事よ、判る、そこのくっさい親父?」
署長の顔色が明らかに変わる。もちろん悪い方に。こういう態度を取られたのは何度もあるが、それでもそれに慣れる訳ではない。
「い、い、いぶきちゃん!?」
「おいこらいぶき!」
昭士と鳥居が同時に怒る。本来なら警察官に対する侮辱罪で逮捕されてもおかしくないのだ。曲がりなりにも目の前で堂々と言っているのだから。
「お茶出したって飲まないだろう、お前は」
門山の方が完全に呆れた様子でいぶきに言うが、彼女は「当然でしょ」と得意になると(机に突っ伏したままだが)、
「あンなクソ不味い番茶出されて喜ンで飲むのは、そこのバカアキとバカ女くらいのものよ。最高級のにしろとまでは言わないけどさ。もう少しいいヤツ使いなさいよ。そんなところで予算ケチる? 警察が?」
警察だって予算で動いている。それも決して多いとは言えない。特にこんな地方都市の一警察署ならば。
警察署長の目の前だというのにもかかわらずこんな態度を取り続ける事に、署長が怒りを堪えている。
しかし昭士のしたためたレポートでは、彼女が変身した剣でとどめを刺さなければ金属にされた者が元に戻らないという。だから彼女は不可欠な存在だ。
もちろんそれを傘に来て好き放題やるというのは認められないが(今でもほとんどそんなノリだが)、それと叱らないのは違う。
だが署長は相変わらず怒りをぐっと堪えたまま、
「いぶきさんは相変わらずですね。修伍(しゅうご)の苦労が偲ばれる」
昭士達の祖父・修伍は、隣の市にある警察署の署長である。修伍からすれば自分の孫。渚署長からすれば管轄内の要注意人物という事で目を光らせているという共通項もある。
「……イブキ様は、本当に誰に対しても変わりませんね」
注意したいが何と注意すればいいのか。そんな様子をありありと浮かべたスオーラが呟く。
「と、言いますと?」
スオーラの言葉に署長が反応した。彼女は、
「わたくしの国の第一王子殿下に対してもこのような感じでした。おかげで色々ありましたが」
まさか「世界を敵に回していました」とも言えず、スオーラは言葉を濁す。
「お、王子? そんな人物にまで……」
いぶきの態度の徹底ぶりに、彼女を除く全員が呆れていた。そのリアクションに大いに不満があると無言で訴えるいぶき。しかしその意図が伝わらなかったと感じ、
「王子ったって、あンなオコチャマでセッコイヤツに、どンな敬意を払えってのよ。バッカみたい」
と、ついでにバッサリと斬り捨てる。それも堂々と。
それから身を起こしてパイプ椅子の背に身を預け、椅子の後ろ足だけで身体を支えるようにフラフラさせながら、
「ったく。それにしてもあっついわね。冷房効いてないンじゃないの?」
今着ている冬の制服――古式ゆかしいセーラー服の、校章が刺繍された胸当てを掴み、風を送るように動かした。それもわざとらしくゆっくり、大きめに。
小さなホックやスナップボタンなどで軽く止まっているだけの胸当てなので、そんな動かし方をすれば剥がれはしなくとも、隙間から制服の下の肌がチラチラと見えてしまう。
まだまだ成熟した女性とは言えない体つきのいぶきだが、それでも見た目だけなら美人の部類に入る女子高生である。警察官とはいえ成人男子がそんな様子に無反応な訳がない。
この後「ナニ見てンだゴルァ! 痴漢だセクハラだ!」と騒ぎ立てるのが判っていたとしても。
だが、それを見越して微妙に視線を逸らして無関心を装う大人達を見て、いぶきはつまらなそうに机に頬杖ついてむくれた。
署長はいぶきが特に行動を起こさない様子を見て咳払いをすると、
「えー、それで、何だがね。その……見せてもらう事はできないかね?」
「何をでしょうか」
署長の疑問にスオーラが間髪入れずに訊ね返す。署長は主語が抜けていた事に気づいてハッとなるとすぐに、
「魔法だよ。さすがにこの世界には『魔法』なんて物は存在しないのでね。どうにも信じられないのだよ」
その言葉でスオーラは、以前昭士が言っていた「この世界に魔法はない」という事を思い出した。
確かに魔法がない世界で「魔法使いです」と言っても疑問しか残らない。下手をすれば「何なんだこいつ」と変人扱いをされるであろう。
「そうだよなぁ。魔法なんて物語の中だけだもんな」
門山も署長の提案にうんうんうなづいている。物語の中にしか存在しない「魔法」。それが現実の物として見る事ができる。
以前現場に居合わせた事がある鳥居はともかく、門山や署長は知らないのだから興味を惹いても当然である。
とはいうものの、既にスオーラは「言葉が通じるようになる魔法」を使っており、既に目の当たりにはしているのだが。
それでも彼女は「見たいと思うのは当然だろう」と思い、
「判りました。室内でお見せできる物はほとんどないのですが……」
そう前置きをしたスオーラは、何のためらいもなく自分の胸に右手を押し当てた。するとその右手が胸の中に押し込まれていくではないか。二つの膨らみに手が埋もれているのではなく、身体の中に入り込んでいるのだ。
その様子を目の当たりにした署長達は目を丸くして唖然としたのも当然だろう。
やがて身体の外に出てきた手が持っていたのは、分厚いハードカバーの本だった。
何の本かは判らない。表紙に書かれた文字は皆の見た事がない物なのだ。読む事も理解する事も当然できない。だいぶ古そうだが傷んでいる様子は見られない。
スオーラはその本を机に置くと、
「これがわたくしが使える魔法です。この本のページに書かれた魔法を発動させる事ができます。発動させるためにはそのページを切り取らないとなりませんが」
そう言いながらパラパラとページをめくり、とある一点で止まる。それから無造作に根元からページを破り取ると、それを真上に放り投げる。
放り投げられたページが天井にペタリと貼りついた。するとそのページが明るく輝き出す。
太陽光のように明るく、それでいて決して眩しくない。部屋の蛍光灯などよりずっと。
「明るくしてみましたが、いかがでしょうか」
この世界には電気の明かりが普通にあるが、それよりもずっと明るく目に優しい。そんな光を見上げ、いぶきを除く一同が感嘆の声を漏らす。
「これは確かに……凄いですね」
「いや、まったく」
「ドコが? 電気の方がよっぽど手軽で手間かかンないわよ」
わざと大きな声を出して感嘆の声を打ち消し、かつ嫌みを言ういぶき。他人のやる事なす事にいちいちケチと文句をつけなければならないと誓いを立てたかのような態度である。
当然この不粋極まりない態度に、慣れたとはいえ腹を立てた鳥居は、
「構ってほしくてダダをこねる子供か、お前は」
「むしろ構って欲しくないンだけど」
鳥居を忌々しく睨みつけながら淡々と言い返すいぶき。
「それと、人を無理矢理こンなバカバカしくて下らない事に付き合わせて欲しくないンだけど」
それからパイプ椅子を後ろにガタンと蹴り飛ばして立ち上がると、
「あたしは何回も言ってるわよ。人助けなンて気持ち悪くてくっっっっっっだらない事に付き合わせるなって。なのにこうして国家権力に物言わせて引っぱってきて。それだけでもブッ殺したいくらい腹立ってるってのに!」
拳の背で鳥居の胸を小刻みにトントントントン叩きながらネチネチと文句を言い始める。
「ま、まぁ、そう言わず。ここは若者三人が一致団結をしてだね……」
署長の「一致団結」という言葉を聞いたいぶきは、気持ち悪そうに吐くリアクションを見せると、
「でたー。あたしの嫌いな言葉。もう聞いただけでジンマシンでも出そうよ。気持ち悪いったらないわね」
他人を助ける、力になるという事が嫌いないぶきだが、皆と協力するという事も同じくらい嫌っている。
そのため幼稚園から数えても敵ばかりで、味方も友達もいた試しがない。強いてあげるなら「お兄ちゃんなんだから」と理由をつけて何とかするよう言われている昭士くらいのものである。
そんないぶきではあるが、どんな事でもこなせる完璧超人かと問われると皆が揃って「否」と答える。
性格的な事はともかく、彼女には「料理」に関する技術が全くないのだ。
いや。技術がないというのは少々語弊があるかもしれない。何かもう、呪われているとしか思えないくらいなのだ。
野菜を切ればまな板ごとテーブルをも真っ二つ。
ガスコンロに普通に火をつけただけで火災を起こし。
電気ポットや電子レンジすらも原因不明の爆発を起こし。
あとは玉子を割って落とすだけという状態に手筈を整えたとしても、目玉焼きすら作れない。
そのため自宅でもキッチンへの立ち入りが禁止されている程だ。
だがそうして他人の助けが必要なのだから、助けられた分他の誰かを助けるというギブ・アンド・テイクの理論は、彼女の中には存在しない。他人が自分を助けるのは常識であり当然と考えている。
何度目かになる「またか」という感触。そのたびに昭士の中で何かがすり減って行くような気がしないでもない。
だがその時だ。運命の音が突如、
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
鳴り響いた。

<つづく>


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