トガった彼女をブン回せっ! 第6話その4
『今は目を瞑っておいてやる』

「じゃあ、先に行ってるからな」
昭士はいぶき(大剣バージョン)をちょっとだけ背負い直すと、人垣をかき分けてひょいひょいと道を進んでいく。
スオーラも下りていたキャンピングカーに戻ると、改めてエンジンを駆け直す。
「バックしますから、離れて下さーい!!」
運転席から顔を出して、後ろに向かって大声で叫ぶ。後ろから「おー」と人々の声が聞こえ、バラバラと車から離れていく。
スオーラはハンドルの側にある「RADAR」と書かれたボタンをカチカチっと二回押す。すると自分の目の前のウィンドウに「直接」何かの映像が浮かび上がった。しかし窓からの風景を邪魔する程ではない。
四角い線のみで描かれたこの車と、その周囲の建物の形のみが映し出されているのだ。まだ四つ程車の側にある丸い点は人間だ。
さすがにスオーラには仕組みそのものは判らないものの、車とその周囲を上空から「見る」事によってバックや車庫入れがやりやすくなる機能なのである。
「これは……便利でイイですね」
ハンドルを微妙に操作しながらスオーラが呟く。ハンドルの操作に合わせて、車の内側に書かれている小さな四角が微妙に回転している。これがきっと車のタイヤなのだろう。
建物にぶつけないように、周囲の人を巻き込まないように、慎重にハンドルを操作して、丁字路の突き当たりに向かい合うような形で車を一旦止めた。
賢者の言葉が本当ならば、今の自分は場所に関係なく世界の行き来が可能。この車ごと行けるかもしれない。
だが、この車が通れる程の「扉」を開けるにはどうしたら良いのだろうか。賢者は車に乗った状態でムータをかざすと言っていたが……。
スオーラはジャケットの胸ポケットからもう一度カードを取り出した。白いカードだ。その表面にはスオーラにも賢者にも読めない文字のような物がビッシリと刻み込まれている。
スオーラは賢者の言葉を信じ、腕を突き出すようにかざしてみせた。
ぴぃぃぃん。
指でガラスを軽く弾いた時のような、澄んだ音が響く。カードから四角い光が照射され、目の前の壁を明るく照らす。
照らした光はするすると大きくなり、やがて青白い光を放つ扉――大きさからするとトンネルを作り上げた。その大きさはこの車が通るに充分な大きさだ。
その光景を見た街の人々が意味が判らずとも歓声をあげる。スオーラの旅立ちを祝うファンファーレのようでもある。
旅立ちの準備はできた。スオーラは改めて車を発進させる。ゆっくりと。
壁との距離が次第に狭くなっていく。一メートル。五十センチ……。
賢者は「剣士殿の世界に行けるかもしれません」と言っていたが、もしダメだったら。このスピードなら車と建物がちょっと傷む程度で済むが。
行けないとなったら、この車を停めておく場所を確保しなければ。どこに停めようか。
そんなスオーラの悩みを乗せたまま車は進む。……二十センチ。十センチ。〇センチ。
建物に浮かび上がる青白い光の扉と車がピタッと接触した。
次の瞬間、車は光の扉に吸い込まれるようなスピードで飛び込んでいった。急激な加速にも関わらず背中を圧されるような圧迫感はこれっぽっちもない。
車が光の扉の奥に完全に消えると同時に、その扉はパッと消え失せた。
後にあったのは、車が軽くぶつかったにもかかわらず全くの無傷の建物だけである。


昭士は人垣をかき分けてひょいひょいと進んでいく。背中に背負った自分の身長よりも遥かに長い大剣が、人垣になるべく当たらないように気をつけながら。
《オラオラどけ! ブッ殺すぞ!》
といぶきが周囲の人間に物騒な事を怒鳴りちらしているが、今の彼女の言葉を理解できる人間は、人垣の中には誰もいないので一安心。
しかし大剣をぶつけてケガをさせてしまうのも酷であるため、昭士は、
「ハイハイごめんなさいね、ちょーっと通してね。あ、コラ、この剣危ないから、当たったらケガどころじゃ済まないよ?」
通じているのかいないのか。人々はわざわざ昭士の目の前にやって来ては「頑張れよ」と声をかけて去って行く。さすがにこの人数でいちいちそう来られては鬱陶しい。
きちんと応対しないと通さないぞ、とまでは言っていないのだが、なんだかそう言われているかのようになかなか退いてくれない。
対応しないと退かないというのは、この世界の「普通」なのだろうか。世界が違うのだから、こういう「常識」が違っていてもおかしくはないが。
それでも鬱陶しいものは鬱陶しい。いぶきではないが本当に人混みを薙ぎ倒して進んだ方が早いのではと昭士ですら考えた程だ。
それでもそれをやらないのが昭士――というか普通の人間だが。
「ごめんねー。時間がないからそこ通してねー」
日本人独特らしい「手刀」で人混みをかき分けるような仕草をしつつ、人混みを何とかかき分け、ようやく礼拝堂の前に到着した。
入口にはこちらの世界のスオーラと同じ格好の男が門番のごとく二人立っている。彼らは昭士を見るなり、
「剣士様。お早く!」
そう言って閉じていた扉を素早く開けてくれた。扉に向かうその背に、街の人々の怒声とも表現できる歓声を受ける。
昭士は一応天井が引っかからないよう気をつけて礼拝堂の中に飛び込んだ。
明かりが弱々しいので薄暗いし、本当は走ってはいけないような雰囲気のある場所だが、急ぐ必要がある。背中のいぶきが非常にうるさいからだ。
《早くしろバカアキ。今から帰ればギリギリでリアルタイムで視られるかもしれないンだから!》
大剣になっている以上仕方ないのだが、こうも人を顎でこき使うような態度はいい加減止めてほしいと真剣に思う。
でも言ったところで絶対に止めないのはこの十五年あまりの生活で身に染みて判っているので、無言で礼拝堂の奥に急ぐ。リアクションがない事にさらに苛立ったいぶきの怒鳴り声が益々うるさくなる。
確かこの辺りから出た、とおぼしき場所まで来たが、出入口らしい物はない。
来る時は壁に向かってカードをかざしたので今回もそうかと思ってかざしてみたが、反応はなかった。
近づけば自動ドアのように扉が開くかと思ったが、そうでもないようだ。
「……聞いときゃ良かったぜ」
今さら後悔しても遅い。そんな言葉通りの心境の昭士。だが帰らねばお話しにもならない。まさか今から賢者やスオーラに聞きに行く訳にもいくまい。
彼は壁を手で撫で回すようにして何かないかと探し始めた。この辺りは奥だけあって明かりがあまり届いていないからだ。目で見えなくとも触れば何か判るかもしれないからだ。
壁に手を当てすーっとさすっていた時、急に指先が壁の向こうにめり込んだ。
「おわっ!?」
驚く間もなく手が、腕が、壁の向こうに吸い込まれていく。体勢を立て直す間もなく一気にすぽんと吸い込まれてしまった。
がつん!
吸い込まれたと同時に顔面に感じた痛み。衝撃。どうやら何かにまともにぶつかってしまったようだ。
「ナニしてんのバカアキ」
背中からズシッと重い感触と同時にいぶきの声が聞こえる。剣の時はほとんど重さを感じていなかった事から考えると、どうやら元の人間の姿に戻ったらしい。
という事は、無事元の世界に帰って来たようだ。世界が変われば姿が変わる。この姿になったという事は元の世界に戻れたいい証明だ。
そこで昭士は、ようやく自分が地面にうつ伏せになって倒れている事に気がついた。
場所は当然剣道場だ。真っ暗ではあるが、窓から入る月明かりでそのくらいは判る。
「い、い、い、いぶきちゃん。はや、早くど、どいて」
「あ、そうね。とりあえず……」
昭士の背中からふっと重さが消える。と思いきや、強い衝撃と痛みが襲いかかった。
「ぐあっ!?」
「このバカアキの分際でよくもこのあたしを好き勝手にしてくれやがったわね!? ブッ殺すって言ったの、忘れてないでしょうね?」
昭士に立ち上がる隙を与えない、いぶきの仮借ないかかとが振り下ろされる。それも連続。何回も。昭士の背骨を中心に背中一面にこれでもかと叩きつけられている。これでは立ち上がるどころではない。
だがある時にぴたっと止むと、
「あ。こんなバカに時間使ってたらドラマに間に合わない!」
そう言ってサッカーボールのように昭士の脳天に爪先を叩き込むと、いぶきは猛然と入口に駆けていく。そして鍵のかかっていない入口を開け放して出て行ってしまった。
「あ、こら、いぶき!」
何故か聞こえて来た鳥居の声を最後に、昭士の意識はすっと遠ざかっていった。


昭士が次に目を覚ましたのは、狭苦しい部屋の中だった。一応ベッドに横になってはいたが。
だがここは見覚えがある。
二メートル×一メートル程の小さな部屋。その約半分を占める狭めのベッド。枕元に小さなテーブル。テーブルの上あたりには大画面TVサイズくらいの黒いシートが飾られている。
スオーラの世界で乗っていたキャンピングカーの個室に間違いない。それがなぜ自分の世界に。
一瞬疑問が湧いたがすぐに解決した。スオーラが車ごとこちらの世界に来たのだろう。
だが身を起こしてみて思った。やっぱり間取りが違う。あの車は狭い入口から入ってすぐ真正面にベッドがあった筈。しかしこの車は部屋に入ってから右を向かないとベッドに横になれない。
立ち上がろうとした時、制服のポケットに入れていた件のカードがシャツの胸ポケットに入っていた。
スオーラのは白くなったと言っていたが、自分のは青い。きっと何度も使っているとカードのレベルが上がって、色々な事ができるようになるのだろう。
昭士が胸ポケットにしまい直すと部屋の入口がスッと開いた。入って来たのはスオーラだ。
《! アキシ様、気がつかれましたか。まだ痛みはありますか?》
その姿はあちらの学生服のような僧服とは違い、丈の短いジャケットにミニのタイトスカートという初めて出会った時の格好である。
その後ろから入って来たのは昭士やいぶきと顔見知りの警察官・鳥居だ。
ただでさえ狭い部屋だが、三人も入ればもうギュウギュウで余裕がないように感じる程だ。
「お、ちゃんと戻って来たか。ご両親にはもう連絡はしてあるからな。ところでいぶきは……」
「い、い、いぶきちゃんは、いい家に。みみ、視たいドラマがあるって」
「何考えてんだあのバカ」
昭士の答えを聞いた鳥居がガックリと肩を落とす。だがしかし、壁にかけられた埃まみれの昭士の学生服を見て、
「ま、何があったのかは見当つくけどな。でもホントに大丈夫か、お前?」
あれだけ容赦のないかかとを何発も喰らったのである。それも背骨を重点的に。下手をすれば背骨が折れて生きてはいない筈だ。
だがその辺りはスオーラが治してくれたのだろう。痛みはおろか疲労感すら身体から吹き飛んでいるし。
「あああ、あ有難う、スオーラ。き、き、君が、な治してくれた、んでしょ?」
《こちらの方がぐったりしているアキシ様をどこかへ運ぼうとしているのが見えたので、わたくしがこちらに運んで下さるようお願いしました。身ぶり手ぶりでしたがどうにか判って戴けました》
ついさっき「言葉が通じるようになる魔法」を使ったばかり。ゆっくり休んで回復するまでこの魔法は使えない。それがスオーラの魔法のルールだ。
《それにしてもイブキ様には困ったものですね》
「ま、まぁ、いい今に始まった事じゃないし」
同病相憐れむ。ではないが、そんな感じの雰囲気でため息をつく二人。
「……で。早速で済まないんだが、こいつを動かしちゃもらえないかね、お嬢さん?」
鳥居が咳払いと共にそんな雰囲気に割って入る。一瞬ビクッとした昭士はスオーラにその話を伝えると聞き返す。
「け、けけ、けど。うごうご、動かすって?」
「ここグラウンドのど真ん中なんだよ。さすがにこのままにはしておけないから、駐車場の方に動かしてくれとさ」
昭士の予想通り、あの丁字路からこのグラウンドに着いたようだ。理由は判らないが、この世界とあちらの世界の位置関係は密接にリンクしているらしい。
「け、け、けど。めめ、免許がないんじゃ、すすスオーラ?」
《免許? 何ですかそれは?》
予想通りの答えが帰って来て、昭士はガックリと肩を落とす。そのリアクションで、
「免許ないのかよ!? ……けどまぁここは学校内。公道じゃないから、今は目を瞑っておいてやる」
鳥居が「やむを得ない」と言いたそうにぼやく。
免許とは公道を走るために必要なのであり、公道でない場所ならば、無免許の人間が車を運転しても罪に問われる事はない。
そう言うと鳥居は「俺が誘導するから」と先に部屋を出て行った。
《あの、アキシ様。一体何をするのですか?》
鳥居の言葉が判っていないスオーラの当然の質問。昭士が説明すると、
《判りました。先程の方の指示に従えば良いのですね》
素直にそういうものの、まず言葉が判らないと昭士は心配になる。おまけにボディ・ランゲージとて動作と意味が一致するとは限らない。変に勘違いして辺りに被害を出す訳にはいかない。
「あ。お、お俺も、い行くから」
昭士は慌ててベッドから飛び下りると、制服の上着を掴んで部屋を飛び出――そうとしてピタリと急停止した。
部屋を出た直後。窓から外の様子が見えたからである。自分が立っているのが、とっても狭い車内の通路だという事が判ったのは、その直後だった。
確かあちらの世界では車の中央に通路があったようだが、この世界では車内の端に通路が配置されているようだ。
しかし窓があるためか、あちらの世界の時よりは開放感があって広く感じる。若干だか。
世界が変われば外観も変わるような事を、以前スオーラが言っていたが、この車も変わるとは。驚きである。
気になった昭士はスオーラのいる操縦席に向かわず、狭い通路をカニのように横歩きしながら車内を見て回った。


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1:ドアに「COCKPIT」とあったが、これは車の操縦席と言った方がいい。
2:昭士が寝かされていた「部屋」。大きさを正確に計ると幅百二十三センチ・奥行き百九十五センチ・高さ百九十七センチ。ベッドは幅七十センチ・長さ百九十五センチ・床からの高さ百三十七センチ。下にちょっとした荷物を入れられるスペースが空いている。ドアの位置が違うだけで間取り自体は変わった様子がない。
3:2と全く同じ作りの部屋。
4:作り付けの棚があるガランとした部屋。おそらく倉庫か荷物入れ。
5:トイレ。その奥にカーテンで隔てられたバスルームがある。いわゆるユニットバス。キャンプ用の小型洋式トイレ。水洗である。
6:2と全く同じ作りの部屋。
7:小さなシステムキッチン(しかもIH式)と冷蔵庫がある、いわゆる台所。ただし冷蔵庫の中身はカラッポ(当たり前だ)。
8:申し訳程度の浴槽が設置されている。お風呂というよりもトイレ側にお湯を流さないための壁と言った方がいい。天井にはスプリンクラー状のシャワーが付いている。
9:出入口。


どうやら基本的な設備は変わっていないらしい。間取りが変わっただけのようだ。
《アキシ様! 先程の方が何やら光る剣を持っています! 何ですかアレは!?》
スオーラが操縦席の扉を開けてこちらを見ている。いつまで経っても来ないので不思議に思ったようだ。昭士もそれどころじゃないと急いで操縦席に向かう。
操縦席の中の様子はほとんど変化がないように見える。通路に続く部分が完全にフラットになっており、段差がないのは有難い。
《あの方が持っている光る剣。なぜこの状況で武器を取り出すのですか!?》
スオーラがこわばった顔で指差す先を見てみると、鳥居が赤く輝く誘導棒を持って立っていた。俗にビームサーベルだのライトセーバーだの云われている光る棒である。
「あ、あ、あれは、く暗い中でも見やすくするためだよ。た叩けば痛いけど、ぶぶ武器じゃ、なないから」
あの光る棒の動きで暗い中でも人や車を誘導できるのだと説明する。その説明でようやくスオーラはホッとした表情になると、
《なるほど。アキシ様の世界には、色々と便利な物がたくさんあるのですね》
勉強になったと言いたそうにうんうんうなづいている。大人びた顔に似合わぬ、どこか子供っぽい仕草に見える。
そんなスオーラを見るのがどこか照れくさくなった昭士は、視線を逸らしたついでに操縦席を観察してみる。
ここがどのくらい変わったのかは昭士には判らないが、気のせいだろうか。随分と狭くなったように感じる。
《先程大まかに測ってみましたが、車の横幅が随分と狭くなっていました》
不思議そうにキョロキョロと見回している昭士に、スオーラはそう言って操縦席に着いた。昭士も正面を見る。
「おーい。こっちに来てくれ。ゆっくりな」
棒を軽く振りながらそう言うのが聞こえる。昭士もスオーラに、
「あ、あ、あの人に、つつ着いて行って。ゆゆっくりね」
《はい、判りました》
そんな感じのやりとりで、グラウンド側の敷地内の駐車場に誘導を済ませる。本来は練習試合などでやって来たマイクロバスなどを停めておく場所だ。
無事指定の場所に停め終わったスオーラは車のエンジンを切って背もたれに身を預ける。一仕事終えた、という感じだ。
入口をノックして来た鳥居を見て、昭士が中から開けると、彼がひょいと入って来た。
「ご苦労さん。それにしてもこんなゴツイ車なのに、運転上手いな、彼女」
車が大きい程死角も出るし操作も難しくなる。普通の運転はもちろん、車の運転でも一番難しいと言われる「車庫入れ」もそうだ。
だがスオーラはほとんど戸惑う事なく一発で決めてみせた。それはさっきあちらの世界でも使った「RADAR」機能のおかげなのだが、それだけではこうまで上手くはいくまい。
「本当はこれから色々と話を聞きたかったんだけど、いぶきもいないしもうとっくに八時過ぎちまったから、犯罪者でもない未成年を拘束できん。パトカーで送ってやる」
それからスオーラを見ると、
「ところで彼女はどうするんだ? 確か別の世界の人って言ってたけど、これから帰るのか?」
昭士が通訳してそれをスオーラに伝える。すると彼女は、
《わたくしは共に戦う仲間として、アキシ様達と行動を共にするつもりです》
堂々とそう言い切る。
だが行動を共にすると言っても昭士の家に居候という訳にもいかないだろう。そこまで広い家ではないからだ。
もしいぶきが友好的な性格なら、しばらくは同室で寝起きする事に同意しただろうが、そんな奇跡より確率の低い事が起きよう筈もない。もちろん昭士の部屋に寝泊まりさせるのは論外である。
かといって今のスオーラは言葉が通じない上に彼女個人への連絡手段が何もないので一人にさせる事もできない。
その言葉を理解できるのが昭士といぶきの二人しかいない以上、そのどちらかと一緒に行動させないと何かと不自由。
今この場にいるのは昭士しかいないので……必然的に昭士が面倒を見ざるを得なくなってしまう。
昭士からスオーラの返答を聞いた鳥居はそう考えると、
「……判った。とりあえず明日、色々話を聞かせてもらう事になりそうだ。まぁいぶきと違ってお前や彼女がどこかに逃げるとも思えないしな。今日はもう休め」
「あ、あ、有難うございます」
昭士が反射的に頭を下げる。スオーラは「これがこの世界での何かのマナー」だと思い、同じようにぎこちなく真似をしてみる。それを見た鳥居は、
「そんなに頭を下げる事じゃないよ。むしろ頭下げにゃならないのはこっちだからな。助けてももらったし」
あえて軽い調子でそう言うと「早く降りろ」と手招きする。
鳥居、昭士が降り、最後にスオーラが降りる。彼女は抜いていた鍵でドアをロックしている。
そうして外側から見てみると、外観そのものはあちらの世界とそう大差ないようだ。少し大きめのマイクロバス。落ち着いたモスグリーンの車体の下に、コバルトブルーの太いライン。ただタイヤの方は六つから四つに減っていた。
「そ、そそ、外側は、かかかわ、変わってないんだ」
「さっき大きさを測ってみたら幅が二百五十センチだった。これは日本の道路法で公道を走れる最大サイズだ。お嬢さんが免許持ってれば、この車で帰れるんだがなぁ」
鳥居が説明するには、それ以上の横幅になると特殊車両扱いとなり、いちいち通行許可を取りなおかつ許可が出た道路しか走れないのだという。
車を正確に調べてみないと判らないが、もしかしたら普通免許ではなく中型・大型車両用の運転免許でなければダメかもしれないという。
おまけに中型免許を取るためには、普通免許を取ってから二年以上経たないとダメ。それ以前に日本の法律では十八歳にならないと免許が取れないので、十五歳のスオーラが取得するためにはプラス三年は待たねばならない。
もっとも言うまでもない事だが、スオーラにはこの世界の戸籍が存在しないので、そういった免許を取るために必要な諸手続きすら受けられない。
という事は、この車をわざわざこちらの世界に持って来た意味が全くない、という事になるのだ。この世界で動かせないのなら、あちらの世界に置いて来ても何も変わらないのだから。
たった今話題が出たにもかかわらず、そんな根本的なことが頭からするりと抜け落ちていたのだ。
「……どーしよ」
昭士は一体どうしたものかと頭を悩ませる事となった。
珍しくどもらずに。

<つづく>


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