トガった彼女をブン回せっ! 第6話その3
『バッカじゃないのあンた?』

キャンピングカーはゆっくりと通りを走って行く。
あまり広くない道の両脇には、近所の住民が並んで手を振り歓声を上げている。
時折「有難う」「頑張れよ」という励ましの声が聞こえ、車を運転するスオーラは嬉しそうに、そしてどこか恥ずかしそうにしている。
自分がこれまでしてきた事が、ちゃんと認められていた。正しい事と思った事をし、正しいと認められた。
要はきちんと「誉められた」訳だ。
よその世界の人間はもちろん、自分が今まで「化物扱いされていた」と思っていたこの世界の人間でもきちんと誉められていたのだ。スオーラの気持ちが昂らない訳がない。
そんな人々に囲まれ、車はゆっくりと道を曲がって行く。
スオーラが言うには、ここともう二つほど「絶対に通らねばならない」道があるとの事だったが、この様子だと他の道にも同じようにスオーラの同僚や街の人々が向かっているのかもしれない。
そしてそれはその通りだったようで、こんな暗くなった街にもかかわらず、同じ教団の面々も口々に「ここは任せておけ」「頑張って行って来い」と力強い声をかけてくれている。スオーラの気持ちが昂らない訳がない。
だが。その昂った気分に水を差す事態が起こった。
元々このキャンピングカーはこの世界に存在しない。それゆえにこの世界の「規格の外」にある。
先程から気を使って進んでいたが、とうとうそれも厳しくなってきたのだ。
その理由はさっきも思った「道幅の狭さ」。いや。道幅は決して狭くはないのだ。本来なら。この世界の馬車や車なら充分にすれ違えるだけの広さはきちんとあるのだ。
しかし、横幅だけでも約三メートル。長さに至っては約七メートルもあるのだ。この世界の道路はこんな巨大な物が道路を走る事を考えて作られてはいない。
「ここを曲がれれば礼拝堂まですぐなのですが……」
スオーラは運転席から首を出し、ハンドルを微妙に操作してわずかな前進と後進を繰り返す、いわゆる「切り返し」作業を行っていた。
だがそれでも限界はある。何度か建物や街灯にぶつかりそうになったり擦りそうになったりと、見ている方は危なっかしくて仕方ないくらいなのである。
そして悪い事というのは重なるもの。後ろが急に騒がしくなったのだ。
スオーラがバックミラーで後ろを見ると、どこからか駆けつけてきたらしい王子直属の兵士と、ジェズ教キイトナ派の僧兵達が、すぐ後ろで「通せ」「ダメです」と押し問答をしているのが見えたからだ。
互いの怒号はピリピリと殺気立ち、まさしく一触即発という雰囲気に包まれている。
もちろん王子直属の兵士達は、スオーラ達を追いかけてきたのだろう。彼らにはまだ街の入口であった一件が伝わっていないのだから。命令に従って自分達を捕えに来たのだ。スオーラがそう思ったのも当然である。
しかし車はまだまだ曲がれそうにない。いくら「自分達の事はいいから先に進め」と送りだしてくれた同僚が盾にも壁にもなってくれるとはいえ、彼らを見捨てて行く事に、胸が締めつけられんばかりの罪悪感に襲われている。
スオーラのそんな曇った表情を見た昭士は、
「捨てて行くか、この車」
「ですが……」
ここでこの車を捨てて礼拝堂へ向かう。それが一番早くて確実であろう。
しかしこの場にこの車を乗り捨てて行っても、誰も動かせそうにないので邪魔にしかならないだろう。この道路は礼拝堂へ続く道。そんな道を塞いでしまうのにも罪悪感を感じるのは、彼女が見習いの僧侶だからだろう。
いくら僧兵達が日頃から鍛えているとはいえ、王子直属の兵士達と真っ向からぶつかって勝てるとは思っていない。最悪総崩れになってこの車に殺到してくるだろう。相手の方が武装度が高いのだから。
切り返しが終わるまで持ってくれればいいのだが、そんな時間は絶対にない。
「……アキシ様」
バックミラーで押し問答の様子を見ていたスオーラが、重く口を開いた。
「アキシ様はイブキ様を連れて、車を下りて先に行って下さい」
彼女はこれから曲がろうとしている先を指差して、
「この通りをまっすぐに行けば左側に礼拝堂が見えてきます。入口は夜でも開いていますから入るのは容易です。さすがに中にまで殿下の兵士はいないと思いますから、大丈夫でしょう」
「いや、でもお前は……」
昭士が「どうするんだ」と続けようとして押し黙った。
さっきスオーラは言った。「わたくしにとっての正しい事は、アキシ様とイブキ様を、無事に元の世界にお届けする事ですから」と。彼女は絶対にそれを貫こうとする。どんなことをしても。
昭士とてこのままスオーラを残して行くのは心苦しい。何とか助けてもやりたい。だがその辺りはなかなかに頑固な性分というのはもう判っている。
車は捨てない。この街のみんなが困るから。
昭士といぶきを元の世界に返す。それが自分にとっての「正しい事」。
その二つをギリギリまで貫こうとしているのだ。
「結構バカなところもあるんだな」
「まだまだ見習いですから」
冗談混じりの昭士の言葉に、スオーラは笑顔だか真剣な眼差しで答える。冗談を真剣に返されて若干拍子抜けしたが、
「判った。でもお前や仲間達が犠牲になっておしまい、なんて結末は認めねーからな。ちゃんと死ぬ気で逃げ延びてトコトン生き延びろ」
「はい」
「! それからエンジンはそのままで、頭低くしとけ」
「……はぁ」
理由は判らないが素直にその言葉に従うスオーラに見送られ、昭士は通路に置きっぱなしのいぶき――大剣を掴んで、最後部の出入口から外に飛び出した。
「お前ら、そこ退いてろ!!」
昭士はそう怒鳴りながら大剣を抜いた。もちろん長過ぎるので簡単には抜けない。ある程度抜いてから鞘の方を弾くように滑らせて飛ばす。
《なっ、ナニする気よこの変態!》
いぶきにとってはいきなり全裸に剥かれた訳だから、怒らない訳がない。しかし昭士はいぶきの言葉を無視して、剣を大きく振りかぶる。
それを見た街の人々は「何をする気だ」と思いはしたが、抜き身の武器――それも巨大な刀剣を剥き出しで持っている人間に近寄ろうと考える者はいないらしく、一斉にその場から逃げ出している。
「ぬおりゃああああああっ!!」
気合一閃。昭士が振り下ろした剣は、道路に立てられた街灯の根元に叩きつけられた。
《いっだああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!》
いぶきの悲鳴が響き渡り、それを聞いた一同の注目が昭士に集中する。
「たーおーーれるぞーーーー!」
昭士は、まるで古いきこりのような調子で兵士と僧兵達の方に大きな声をかける。その声に「何事か」と押し問答が一瞬だけ止む。
それを見計らっていたようなタイミングで、街灯がゆっくりと倒れて行く。兵士と僧兵達の真上に。
『うわあああぁぁぁぁっ!!』
重くて長い鉄の棒が自分達に向かって倒れてくるのだ。いくら鍛えているとはいえ、そんな物を受け止めようと試みる者は誰一人としている筈もない。巻き込まれてはかなわんと、一目散にその場から逃げ出している。
どずずずぅぅぅん。
石畳に倒れこんだ街灯が血の気も凍る大音量を上げる。さすがに鍛えられている兵士と僧兵。下敷きになった者は誰もいないようだ。
その様子を確認した昭士は剣をひょいと肩に担いで、
「そこの坊さん達の偉〜い人が、俺やスオーラの味方につくって言ってくれたから。みんな仲良く!」
一同が呆気に取られる中、そう声を張り上げる。しかしすぐさま担いでいた剣をひょいと逆手に持ち変え、ゆっくりと振りかぶる。その様はまるで槍投げの選手だ。
まだ皆が呆気に取られる中、昭士は大剣を本当に槍のように力一杯投げ飛ばした。昭士だけが巨体に見合った重量を感じないからこそできる芸当である。
それは一直線に宙を切り、そばの建物の四階の窓付近に下から斜めに突き刺さる。狙い通りに飛んだ事を確認した昭士はそちらを向いて指差すと、
「それから! そこの狙撃兵! 誰狙ってたんだかは知らねーが、んなコソコソしてねーで下りて来い!」
その声に驚いた一同が見上げると、驚きすぎて動くに動けないでいる兵士がいた。確かにその兵士はライフルを持っている。
実はさっきスオーラが切り返しに夢中になっている車のバックミラーにチラリと写りこんでいたのを、昭士はちゃんと目撃していたのである。
もし放っておいたら狙撃兵は確実にスオーラを撃っていただろう。もっとも王子の手の者なら彼女を殺す事はないだろうから、麻酔弾の可能性もあるが。
どちらにせよ、撃たれてしまえば動けなくなるに決まっているし。見知った誰かが撃たれるシーンなど見たくはない。
《テメエゴラバカアキ! ンな事で人を投げ飛ばすンじゃねぇ!》
「うるせぇバカ女! テメェは人の役に立ってナンボだろうが!」
壁に突き刺さったままのいぶきの怒鳴り声に昭士も怒鳴り返す。そのやりとりが全く理解できる筈もない周囲の人間は、益々ポカーンとしてしまっている。
《えっ、ヤダ、ナニこれ、グラグラしてる、うわ、落ち、落ちそ……わあっ!》
上で切羽詰まった声が聞こえたと思いきや、刺さっていた剣が約三百キロという自重によってずり落ち、壁から抜けて落下してしまったのだ。
《わあああぁぁぁぁっ!!》
しかし昭士は慌てず容易に落下地点に走り込むとガシッと両手で剣の柄を握ってキャッチする。周囲の動きを極端なスローモーションで認識できる能力のフル活用である。
《あぶねーだろこのバカアキ! 死ンだらどうしてくれンだ!》
「殺して死ぬような女かよ」
前にも言った気がするセリフで返しながら、昭士は落ちていた鞘に剣を収める。
そこでポカーンとしていた僧兵の何人かが、大慌てで建物の中に飛び込んで行く。もちろん狙撃兵を何とかするためである。
同時にスオーラのところにも慌てて駆けて行く。もしまたどこからか狙われでもしたら。そんな気持ちで。
僧兵達は真剣な眼差しで周囲の建物を観察している。自分のミスがスオーラを危険な目に遭わせる。そんな気持ちで。
そんな風にテキパキと動く僧兵達の中から、数名がパラパラと昭士の方に歩み寄ってきた。
「あ、あの。先程の話は?」
「先程の話?」
別に機嫌が悪かった訳ではないが、いぶきの文句に応対したばかりなので、かなりきつい口調で言い返してしまった。加えて巨大な剣を軽々投げつけた場面を目撃してしまったからか、自分より少しばかり年上そうな相手は相当びくびくした態度で、
「我々の偉い人が、あなたやスオーラ様の味方につくと、いう話です」
すると昭士は「ああ」と前置きをしてから、
「正式な命令は後から来ると思うけどな。スオーラの父親からしっかり言質は取った。まぁ、いきなり言われても無茶な事は判ってるが……ここは一つ仲良くやろうや」
そう言うと、改めて剣を背負い直す。剣の方が遥かに長いのでサマにはならないが。
その時、兵士達と同じ格好をした――おそらく同僚だろう――が慌てて司令官らしき人物に、
「た、隊長! 殿下から通信が入ってます!」
暗い中よく見ると背中に大型のリュックサックほどの機械を背負っている。昔の戦争映画で見た覚えがある。あの機械は無線機だ。という事はその兵士は通信兵だろう。
昭士達の世界では片手でらくらく持ち運べるサイズになっているが、この世界の機械文明レベルではあれが精一杯なのだろう。受話器のような物を受け取った「隊長」が通信に出た。
「こちらカッターネオ。はっ。……そ、それはどういう……いえ、まだ……ですが……り、了解しました」
あまり大きな声ではないが、成り行きを見守ろうとしている周囲の人間がピタリと動くのを止めてその隊長格の兵士を観察している。
やがて通信が終わったらしく、電話の受話器のような機械を通信兵(?)にポンと手渡す。それからふうと大きく息をつくと笑顔を浮かべて、
「全員、ただちに撤収! モーナカ・ソレッラ・スオーラ嬢とその仲間への手出しは厳禁! これは殿下の勅命である!」
その命令に周囲の兵士達から安堵の息がもれる。露骨にホッとして安心している表情だ。
その光景に驚いている昭士に、さっき話しかけてきた僧兵がそっと話しかけてきた。
「王子殿下の命でスオーラ嬢を確保しろという命令があったのですが、いくら近衛隊でもスオーラ嬢を敵に回すのは恐ろしいでしょう。その命令が撤回された訳ですから」
周囲の声をよく聞いてみれば、大半は「攻撃されないで本当に良かった」「やりたくないけど命令だったから」と胸を撫で下ろしており、僧兵達のように「自分達の味方だから」という意識ではないようだ。
理由はともかく、スオーラを捕まえる命令を喜んでやっていた兵士はほとんどいないらしい。
そこで昭士の腰のポーチがブルッと震えた。どうやら携帯に電話らしい。すぐに取り出してみると蓋についた小さな液晶画面には「電話です」の文字。
昭士はすぐさま携帯を開いて電話に出る。
「はい」
『私だ』
またさっきと同じ応対に笑いそうになる昭士だが、
「今度は何だい、賢者さんよ?」
すると賢者は勿体ぶったような微妙な間を空けると、
『たった今プリンチペ殿下がお二人に手出しをするなという命令を出したところです。無線で伝え……』
「悪いな。たった今その現場を間近で目撃したところだ。残念だったな」
昭士は言葉の途中で得意そうに鼻でその報告を笑うと、賢者は特に残念そうな雰囲気を出さずに、
『相手の発言を遮って自分の発言をするのは、この世界ではあまり好まれません。覚えておいて損はないですよ』
逆に昭士の方が諭されてしまった。
他の世界という事を考えずに起こした行動が悪い事態を招いたしまった経験がある以上、その忠告には黙って従うしかない。いぶきとは違うのだから。
『キエーリコ僧様の説得もありましたが、一番大きかったのはやはり婚約解消でしょうね』
「あーー。あれはやっぱりそうだろうなぁ」
ほとんど自業自得というか自爆というか。具体的な言葉では言われなかったが、男としてはこれ以上ないくらい傷つく事態ではあった。
そこで逆上して徹底交戦をしてこなかったのは、王子というプライドを守るためか。はたまた完全に気力が萎えてしまったか。
恋愛ごとにうとい昭士ですら王子の気分を察して、それ以上触れるのを止めようと思う程だった。
「これで大手を振ってこっちの世界に来られるな」
『そのようですね。剣士殿の使命を考えると、来てほしいと素直に言い切れない部分もありますが』
別に化物――エッセが出現しなければこの世界に来られないという訳ではないが、何の用事もなくただの観光という訳にもいくまい。
命懸けの任務なのだから、そのくらいの自由やワガママは聞いてくれてもいいとは思うが。
そこへスオーラが駆けてくる。車のエンジン音がしないところを見ると、一旦止めたらしい。さすがの彼女も先程の「隊長」の言葉に目を丸くして驚いているようだ。
「良かったですね、アキシ様。イブキ様。これでもう追求を受ける事はありませんよ」
驚きの中にある、他人の事を心底喜んでいる笑顔。笑顔の女性の美人具合は三割増らしいが、この笑顔を見てはその言葉に嘘はないと思えてしまう。
しかし電話中の為にそれに返答できず、手で「ちょっと待ってくれ」と制止する昭士。それでスオーラも昭士が今「電話」中である事に気づく。
「あの。ひょっとして今、賢者様とお話中ですか?」
彼女の問いに昭士がうんうん無言でうなづくと、彼女はずいと真剣な顔を近づけて、
「済みません。お電話を代わって頂けませんか?」
昭士も特に賢者と話し込みたい訳ではない。彼にスオーラに代わるよう伝え、携帯電話を彼女に手渡した。
それを受け取った彼女は、そのあまりの軽さ、小ささに、さっき以上に目を丸くして驚く。まるで強く触れたら壊れてしまいそうな、繊細なガラス細工を扱うかのように両手でそっと持ち上げ、
「ええと。これはどう持てばよろしいのでしょうか」
「ああ。こっちが上で、ここに耳当てるように。電話自体は使った事あるんだろ? あんな感じで」
昭士は電話をいちいち指差して持ち方から教える。しかしスオーラは「本当にこれで大丈夫なのだろうか」と不安の表嬢を隠せぬまま、どうにかおっかなびっくり携帯を持ち替えて言われた通りにしてみる。
「あの賢者様。代わりました。モーナカ・ソレッラ・スオーラです。聞こえますか?」
『はい。とても良く聞こえます。何の御用ですか?』
彼女の耳にはっきりとした賢者の声が聞こえる。ほとんど雑音もなく。まるで自分の側で話しかけられているかのように。受話器に付けられたスピーカーもないのに声が聞こえる。その事に衝撃すら受けるスオーラ。
確かに交換手が必要な初期型の電話しか知らない人間がこんな携帯電話を見たら、その存在自体が「衝撃」だろう。
しかしスオーラはそんな「衝撃」から何とか立ち直ると、
「実は、先程わたくしのムータが白一色に変色してしまったのですが。何かお心当たりはございませんか?」
昭士はその言葉にとても驚いていた。同時に尻のポケットに入れっぱなしのカードを取り出してみる。
自分の物は青一色だ。両面に記号だか文字だかも判らない物がビッシリと刻み込まれている。このカードを使って「変身」したり、互いの世界を行き来するのだ。
『……そうですか。それはおめでとうございます』
嬉しそうな賢者の声にスオーラが首をかしげる。
『ムータも少しずつ成長していたのですね。白一色になったという事は、もう場所に囚われずに世界を行き来できるようになった筈です。入った場所からしか帰る事ができない不自由さから解放された訳です』
その報告にスオーラの不安そうだった顔がパッと明るくなる。原因が判れば人間落ち着くものだ。しかもその結果が自分に益をもたらす物ならなおさらだ。
「そ、そうだったのですか。さすがは賢者様です。有難うございました」
『いえ。もしかしたらあのレクリエーション・ヴィークルごと、剣士殿の世界に行けるかもしれませんよ』
レクリエーション・ヴィークル。スオーラが今まで乗っていたキャンピングカーの事である。元々はこことは違う世界から賢者の魔法によって「持ってきた」代物だそうだ。
よその世界から持ってきたものなら、よその世界へ行っても大丈夫かもしれない。そんな安易な想像が湧く。もっともこの車があった「よその世界」と、昭士達の住む「よその世界」が同じかどうかも判らないのに。
でもここまで持ってきてしまった以上、このまま礼拝堂の側まで行けたとしても置場がない。こんな巨大な車が停められる程のスペースはない。
『あの車に乗った状態でムータをかざしてみて下さい。行けるようなら入口が現れる筈ですから』
どの辺りで仕入れた知識なのかは判らないが、車のまま行き来ができるようなら移動手段が増える分お徳である。
問題はあっちの世界に行った時に人をはねたりしないかどうかという不安が残るが。
スオーラは携帯を耳から放すと、そのまま昭士に携帯電話を差し出した。もう話は終わりました、と言いたそうに。
昭士は賢者に二言三言話すと、親指で電話を切り、ポーチにしまう。
「じゃ、俺は礼拝堂から行くから、スオーラは車ごとそこから行けよ」
と、昭士はちょうど曲がろうとしている丁字路を指差す。
「剣道場からあの礼拝堂に出たって事は、あっちの位置関係からすると、そこから行けば校舎からグラウンドにズルッと出る筈だから、あんまりスピード出さなきゃ平気だろうよ」
そう言ったもののその根拠はない。あちらとこちらの地図を重ねてみて、その通りの位置に出るかどうかなどやった事がある筈ないのだから。
だがこの提案にスオーラはえっと驚くと、
「あの、アキシ様? どうしてその事を?」
昭士は苦笑いしてもう一度携帯電話を取り出すと、
「この携帯には『ハンズフリー』って言って、耳に当てなくても会話できる機能がついてんだよ。不器用に持ち替えてる時に、指先がうっかりそのボタンを押しちゃったんだろうな。だから、さっきの会話はみんなに丸聞こえ」
《うわっ、バッカじゃないのあンた? いくらケータイが無い世界の人ったって、不器用過ぎるじゃン》
今まで黙っていたいぶきも、ここぞとばかりにバカにした態度で大笑いしている。こういう部分は非常に目ざとい。
自分の会話が聞かれていた事に、スオーラの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「……と思ったけどさ。もう王子さん達に追いかけられる心配も無い訳だし。無理にこっちに来なくてもいいんじゃねーのか?」
《そーだそーだ。人口が一人増える分食べ物が減る。来ンな来ンな!》
苛めっ子気質全開でいぶきが文句を言う。これが本心だから扱いに困る。昭士はそんないぶき(の刀身)をガツンと殴る。
だがスオーラはまだ赤い顔のまま昭士の前に立つと、
「でもわたくしは、アキシ様とイブキ様と共に戦うと決めましたから。どこまでもお供致します」
こう見えてスオーラが頑固な事はもう充分に知っている。言っても聞かないだろう事も。
いぶきとは違うタイプで自分の言う事を聞かない女。昭士にとっては仕方のない事かもしれない。
そう考えたのは。

<つづく>


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