トガった彼女をブン回せっ! 第6話その2
『それは残念です』

自分の身長よりも大きな大剣を肩に担ぎ、昭士は街の入口に向かって歩を進める。
実際問題として、街のどこに目的地である「礼拝堂」があるのかは知る筈もない。一人で歩き出したのは、半分カッコつけである。
《あンたも言う時は言うモンね。すっごく珍しいけど。でも、まだまだ甘っちょろいけどね》
いぶきの極めて珍しい褒め言葉である。一年に数回あるかないかというくらい珍しい。その珍しさにこれから何かとんでもない不幸が起きるのではないかと、昭士は身震いする。
しかし昭士は、
「甘っちょろいって、どの辺が?」
《あたしならあのバカ王子を叩き斬ってるわ。あンなオコチャマセコ王子、いない方がよっぽど世のため人のためよ。そういう連中でも殺したら犯罪になるってのがサッパリ判らないわよ》
「だから世の中間違っている」と力説するいぶき。同時に昭士は「スオーラに聞かれなくて本当に良かった」と胸をなで下ろす気分だった。
「スオーラの父親の方は、斬らなくていいのか?」
昭士は一応いぶきに聞いてみた。いぶきの性格からすると、世の中の人物のほぼ全員は敵とみなすから。
《う〜〜〜ン。あのくらいならせいぜい引っぱたくくらいね。親バカで鬱陶しいだけだから》
やっぱりか。昭士はガックリとうなだれる。同時に、この妹が手放しで褒めちぎるのはどんな人物か、真剣に聞いてみたくなってきた。
(答えを聞くのが正直怖い気もしているけどな)
そう思いながら横目で自分の周囲を見回してみる。
そこには厚手の服を着て(昭士の世界から見れば)型の古いライフルを持った兵隊らしき人物が多数こちらを見ている。おそらくこの街の警備兵だろう。
しかし、こんなゴツイ大剣という武器をむき出しで歩いているにもかかわらず、それを注意しようとこちらに来る者が一人もいない。声すらかからない。
先程の戦いを見ていたためだろうか。それともこんな見るからに重そうな剣を軽々と担いでいる様子が「化物」に見えるのか。
(……後者、かな)
もし自分がこの街の警備兵(?)だったら。こんな重量級の剣を軽々持ち上げる人物に注意や警告できるだろうか。
そこまで考えて、考えるまでもなく「無理」と結論づける。
《あーーーーーーーーーーーっ!!!》
いきなりいぶきが大声を上げた。いきなりだったので思わず昭士はビックリして剣を落としそうになる。
「な、何だよいきなり」
《あンたね。さっさとあたしの服取りに帰りなさいよ。あの車に置きっぱなしじゃない。危うく素っ裸で帰るところだったわ。ナニ考えてンのこのエロアキ!》
今度はバカアキではなくエロアキである。
この剣はいぶきの身体が変身したもので、彼女の着ていた制服が剣の鞘に変身する。そのため、見た目はともかく今のいぶきは一糸まとわぬ全裸なのだ。
自分勝手で理不尽な事しか言わないいぶきだが、彼女も一応女性である。この憤りは仕方ないと言える。
「ハイハイ、判りましたよ……」
せっかく街の入口まで歩いてきたのに、また戻るのか。そんな徒労を感じつつ元来た道を戻ろうとする。
「あれ。そういえばスオーラのヤツ、どこに車停めたんだ?」
鳥型をしたエッセに攻撃されないように「その辺の影に隠しとけ!」と言ってはおいたのだが、どこに隠したのかは全く確認していなかったのだ。
昭士は上空を飛ぶエッセに集中していたので、確認していなかったのも仕方ないと言える。
だが、そんな余りにも呑気な対応に、いぶきの怒りが爆発する。
《だからあンたはバカアキだってのよ! 化物と戦うヒマがあンならそっちを先にやンなさいよ! 人の事化物の口の中に突っ込んでくれるし、ホンットロクな事しないわよね、あンたは!?》
例によっていぶきのくどくどとした嫌みが飛んでくる。でも本来の姿だったらこれに容赦のない急所攻撃がガシガシ来ているので、相当マシなのである。うるさいのに変わりはないが。
そうしているうちに、遠くから駆けてくる影が見えた。
草色一色のダブダブのローブ姿。間違いなく賢者の姿である。ちゃんとモール・ヴィタル・トロンペという名前はあるのだが、誰も名前では呼ばない。
妙に移動速度が早いと思っていたが、何と彼は「杖に乗って移動していた」のである。
初めて会った時に持っていた杖の、いわくありげな拳大の宝玉を地面に向け、まるで陸の上でサーフィンでもするような体勢でこちらに駆けてくるのだ。……よく見たらほんの数センチだが地面から浮いていたが。
やがて賢者は昭士の前で杖に乗ったままピタリと止まってみせると、
「ふう。ようやく追いつきましたよ、剣士殿。意外と歩くのが早いですね」
「それはどうでもいいから。何か用なのか? 用がないなら道案内頼みたいんだが」
昭士の間髪入れない淡々とした言葉に、賢者はさすがに寂しそうに、
「私のこの姿を見ても何のリアクションもないとは。もしや剣士殿の世界にはこの杖が存在するのですか?」
器用に杖の先を高く跳ね上げながら下りると、片手でキャッチ。しかる後にくるりと半回転させてみせる。見事なものである。
「いや。無いけどどうでもいい。それよりこの街にあるスオーラの礼拝堂に行きたいんだがな」
しかし昭士はあくまでも自分の用事を優先させようとする。さっきまでのやりとりのおかげで日はほとんど地平線の彼方に沈んでおり、明かり溢れる街の側でなければ、何も見えないくらい真っ暗になっている事は間違いない。
明かり溢れると言っても、昭士から見れば百年は昔の街。電灯ではなくガス灯である。明るさのレベルはだいぶ低い。
そこへ真横から強い光が差し込まれた。眩しそうにそちらに注意を払うと、昭士の予想通りキャンピングカーのライトがこちらに向けられていた。小さくエンジン音も聞こえる。
車は昭士達の少し手前でピタリと止まると、
「アキシ様! 乗って下さい!」
運転席からひょっこりと顔を出したスオーラが、元気な顔で声をかけてきた。
「乗って下さいって……」
運転席に駆け寄りながら返事をすると、彼女は、
「キエーリコ僧様、いえ、お父様が仰いました。『お前が正しいと思う事をしなさい』と。わたくしにとっての正しい事は、アキシ様とイブキ様を、無事に元の世界にお届けする事ですから」
その笑顔は夜の帳に包まれた中にあって、不思議と静かに輝く明るさを放っていた。
この笑顔には誰も勝てない。逆らえない。そんな雰囲気すら感じられる。しかもそれが少しも嫌味でない。
「……判ったよ。どうせ道案内が欲しかったところだしな」
昭士は入口のドアの取っ手をくいっとひねって簡単に開けると、時間が惜しいと言いたそうに運転席に飛び込んだ。
《ほら、早く服着せろこのエロバカアキ!》
すっかり女王様気分のいぶきが昭士をせっつかせる。しかし狭い車内で二メートル以上ある剣を鞘に入れるなど、ハッキリ言って難しいというレベルではない。この車ならばやり方がない訳ではないが。
「じゃあな賢者。世話になった」
ノリの軽い挨拶に賢者の方も持っている杖を軽く振って、
「こちらこそ、二体のエッセを倒して下さって、有難うございました。何かあったら呼びます。電波が届けば」
そう言って懐から出したのは、何と携帯電話。しかも昭士の世界にいかにもありそうな物。それもスマートフォンだ。もっとも年輩者向けの簡単操作が売りの機種だったが。
実際昭士の世界から親からメールが届いた事は実体験済だ。何故かは知らないが電波は届く。賢者が連絡をすれば、敵が出た時にこの世界に来る事ができる。
一応変身する時に使うカードの点滅でもそれは判るが、どこに何が出たのかという情報までは判るかどうか。
「テメェ、勝手に人の番号盗んでんじゃねぇ!」
半分笑いながら怒りの声を上げてドアを閉める昭士。その音を聞いたスオーラはすぐさま車を発進させた。
本来なら街に入るあらゆる車輌は、危険な物、人物を乗せていないかというチェックを受けるのだが、初めて見る巨大な車に警備兵達は腰を抜かさんばかりに驚いて、任務を忘れてしまっている。
スオーラは構わず車を走らせる。一応法定速度(という物があるかは知らないが)は守っているらしく、荒野を走っている時のような、無茶なスピードは出していない。というよりも出せない。
現代日本のように車道と歩道が明確に分かれていないためもあるが、ようやく車が出回り始めたこの世界において、このキャンピングカーはあらゆる意味で「規格外」。要は道が狭いのだ。この車が走るにしては。
道行く人達が驚きの声を上げてこちらを見ている。当たり前だろう。この世界には存在しない物なのだ。もしかしたらさっきの化物と同じ物かもしれない。そんな恐怖の表情で車を指差す者もいる。
(うっかり攻撃してこないだろうなぁ)
驚く者と逃げ出す者が半々の道路を、この車は悠々と走っていく。そんな昭士の心配も乗せて。
しかし。そんな昭士の心配は、いぶきの怒鳴り声に掻き消される。
《ったくナニぼーっとしてンのよ! さっさと服着せなさいよ気が利かない男ね! だからあンたモテないのよ自覚しろこのバカアキが!!》
「はいはい」
感傷に浸るヒマもなく、昭士は早速その作業に入った。
作業といってもそんな仰々しい訳ではない。このキャンピングカーにはコンパートメントのように仕切られた、内部を縦一直線に貫く通路がある。
この通路は狭いが長さは六メートル近くある。あらかじめ鞘を通路に寝かせておけば、剣を通路にどうにかねじ込ませて鞘に収める事もできるのだ。天井も自分の身長くらいはあるし。
《ふぅ。毎回毎回脱がされちゃたまったモンじゃないわよ。あたしはストリップ劇場の踊り子じゃないンだから、脱いで喜ぶ趣味も脱がされて興奮する趣味もない!》
通路に寝かされたまま、相変らずブツブツと文句を言い続けるいぶき。昭士はそんな言葉など聞きたくないとばかりに、通路に続く扉をキッチリと閉めた。
「アキシ様喜んで下さい。先程お父様が確約して下さいました。何かあったら教団を頼れと。つまり、お父様が命を下した以上、我が教団はわたくし達の味方です」
先程の父親とのやりとりを、さっきまでの笑顔で報告するスオーラ。昭士も一瞬ホッとした表情を浮かべるが、すぐさま渋い顔になる。
「お前が入ってるその宗教団体がどんなモンかは知らねえけど、トップが命令を下したからってそれがすぐさま末端まで行くのか? そこまで一枚岩でもないと思うんだがな」
「大丈夫です。我が教団の影響力はとても大きいのです。少なくともこの大陸のほとんど全ての国の大多数の人々に信仰されていますから。お父様はそんな教団を束ねる最高責任者なのですよ?」
自信満々の態度のスオーラに、昭士はどうも疑いの気分が抜けない。それは無理もないだろう。
宗教に限らず団体とはそういうものなのだから。規模が巨大であれば特にそうした傾向が強い。表向きは従っているが裏ではどんな事をしているか、判ったものではない。
「……そういえば今まで聞いた事なかったが、その宗教の名前ってあるのか?」
「名前ですか? ジェズ教と言います。中でもわたくしは『キイトナ派』と呼ばれる分派に所属しております」
分派。そういえば世界史の授業で聞いた覚えがあった。
キリスト教における「カトリック」「プロテスタント」。イスラム教における「シーア派」「スンニ派」。
同じ宗教だが教義の違いだか何だかで分かれて、お互いがお互いを不倶戴天の敵と思っているくらいにいがみ合っている、というイメージしかない。
少なくともそれがこじれにこじれて紛争と化し、未だ収まる様子すら見せない事態を、ニュースという形で飽きるほど聞いている。
「やっぱり一枚岩じゃねーだろ。そういうのは派閥の争いがシャレにならない事くらい俺にも判るぞ? 一応安全なのはお前の親が属している派閥だけなんじゃねーのか?」
「派閥の争いですか。確かに全く無いとは言えませんが、アキシ様が考えているような事は、おそらくありませんよ」
スオーラは自信タップリにそう前置きをすると、
「我々ジェズ教徒の聖職者が『するべき事』と定めている三つの事柄があるのですが、その三つを効率良く行うために分かれているだけなのです。一般的な会社でいうなら部署のようなものです。あくまでも専門に行う部署というだけであって、それ以外の事をやらない訳ではありませんよ」
スオーラは相変らず器用にハンドルを操作しながら話を続ける。
「するべき三つの事柄とは、人々を守る。人々を支える。人々を導く。この三つです。わたくしが属する『キイトナ派』は人々を守る派閥。そのために戦闘訓練を積んだ僧兵になる者が多いのが特徴です。わたくしも一応は訓練を積んでいます」
以前棒一本で人間状態のいぶきとやり合ったのを見たが、確かにその動作はなかなか堂に入ったものだった。
「後は、ボランティア活動を中心に人々を支える役目を負った『マイトナト派』。それから『ソクスニトカ派』という、人々を導く役目を負った方々がいらっしゃいます。役職上教団の経営する学校の教員や街の礼拝堂の聖職者が多いです。アキシ様がイメージする聖職者は、多分ここの方々だと思います」
これまでしたかったのを我慢していたかのような怒涛の説明。次から次に云われるため言われた事の半分も理解できていない。
しかしせっかくきちんと説明をしてくれたのだ。理解できなくとも礼くらいは言わねばなるまい。
「まぁ……今一つピンと来ないけど、色々あるのは判った。もしかしてお前が戦う事を選んだのも、その……派閥に属しているからなのか?」
人々を守る役目の部署の見習い。それならばまさしくこの「救世主」は自分がやりたい事だろう。
なのに周囲の人間から「化物」呼ばわりされたのでは、確かにふつふつと不満がたまるというものだ。それが爆発する前で本当に良かった。
「おそらく。しかし他の派閥にいたとしても、引き受けていたと思います」
模範的。しかし偽りの無い本心の言葉。窓にうっすらと写る彼女の真剣な目を見れば一目瞭然だ。
「ま、宗教談義はこのくらいにしておこう。お前には悪いが俺もいぶきも特に何かの宗教に入るつもりはないからな」
「それは残念です」
そう言ってスオーラは小さく笑った。
もし普通の聖職者であれば、ここで間違いなく強く勧誘しているだろう。
しかしこの宗教はこの世界のもの。別の世界でも「信仰されるべき」宗教であるかどうかは判らない。
自分達が正しいと思っている事が、よその土地でも世界でも正しいという保証はないのだ。
(もしかしたらアキシ様達の世界では、宗教に入らない事が正しいのかもしれない)
スオーラがそんな風に考えていたのは、多少なりとも「他の世界」という物があると、頭の片隅によぎったからかもしれない。
「ところで、あとどのくらいで着きそうなんだ?」
昭士はライトで明るく照らされた道路の先を眺めながらスオーラに訊ねる。スオーラは角を曲がるためにスピードをグンと落とし、「念のため」という感じで側面の窓を開け、首を出して確認をする。
「そうですね。わたくし達が入った入口とほとんど正反対の場所にあるもので、もう少しかかります。かと言って街の外をぐるりと回ったのでは、もっと時間がかかります」
そう返答しながら、ハンドルを切って少し狭い脇道に車を滑り込ませる。
そのテクニックは、文字通り昨日今日動かし出したばかりとは思えないほどだ。どんなに車の運転に慣れていたとしても、自家用車しか動かした事のない人が、いきなり大型トラックをここまで器用に動かせるとも思えない。
ずっと思っていた事だが、ここまで来ると学習能力や適応能力の高さだけとは思えなくなってくる。でも、実際にこうしてできているのだから。考えていても仕方ない。
自分に都合のいいご都合くらい笑って許さなければ、考えに押し潰されて自滅するのが関の山だ。
「……! アキシ様、どうやら検問のようです」
ヘッドライトが照らしている先には、ランタンを高く掲げているこの街の警備兵らしき人物が。言葉は聞こえないが「止まれ」と言っているであろう事は昭士にも見当がついた。
「何で検問?」
「判りません」
スオーラは「どうしましょうか」と言いたそうに、一瞬だけ昭士を見た。
昭士も「ここで頼られてもなぁ」と思いはしたが、
「一応止まっておくか。強行突破はいつでもできる」
スオーラは警備兵の数メートル手前でピタッと車を停めた。同時に道の脇からバラバラッと同じ格好の警備兵が五人ばかり姿を現わす。
「何の検問ですか?」
さっきと同じく運転席側の窓を開け、首を出して警備兵に話しかけるスオーラ。声をかけられた警備兵は車の大きさと運転していたのがまだ若い女性という事に驚いていたものの、
「モーナカ・ソレッラ・スオーラ殿に、間違いございませんね?」
そう問いかける表情は道が暗いために判りづらかったが、明らかに嫌々やっているようでもあった。やりたくないのにどうして自分が。そんな風に。
しかもその「嫌々」は、上からの命令が嫌だというのではなく、スオーラと相対するのが嫌だとハッキリ表情が語っていた。
そのため、スオーラの表情も少しばかりこわばっている。
「その制服は……プリンチペ殿下直属部隊の方々ですね?」
たった今その殿下を振り切って飛び出してきたばかりなのだから仕方ないと言える。
自分が王子を怒らせたという事は無線でこの街にも連絡が来ていてもおかしくない。
そのため礼拝堂へ行くのに「絶対通らねばならない」この道に検問を敷いて自分達を待ち構えていても何の不思議もない。ようやくそこに思い至った。
同時に、つい先ほど父親とジェズ教教団が自分や昭士の味方すると言った事を、彼等が知らなくても無理はない。
その可能性を考えてはいたが、すっかり忘れていた。うっかりミスでは済まされない落ち度だ。
昭士にも「殿下直属部隊」という言葉は聞こえていた。親衛隊とか近衛兵士とか、そんな感じだろう。どう贔屓目に見ても自分達の味方を積極的にしてくれる筈はない。
さすがに入口を開けて乗り込んでは来ないが、明らかに出入口に見える場所には最低二人の警備兵が待ち構えているのが見えるだけだ。
ついでに言うと道一杯にバリケードまで張られており、何が何でも通してやるものかというハッキリとした意思表示すらひしひしと感じる。
そんな警備兵達の視線は、明らかに自分達を恐怖する目だ。化物を殺せる化物。自分達と同じ人間ではない。そんな風に。
おまけに見た事もない巨大な車に乗って現れたのだ。これは警戒をするなと言う方が間違っている。化物扱いはさすがにゴメンだが。
スオーラを見上げている警備兵は、無意識にごくりと息を飲むと、
「こうして検問をかけられる理由、お判りですね? どうか抵抗をせずに我々と同行して下さい。ご一緒の剣士殿にもその旨をお伝え下さい。抵抗すればもっと罪が重くなりますので」
彼女に告げるその声が、明らかに震えていた。
「抵抗するな」とは言っていたが、もし抵抗してきたらどうしよう。殺される。そんな風に怯えているのが見え見えの声だ。
昭士もいつでも逃げられるように覚悟を決める。
自分の姿を見られている以上、いぶきを回収する時間は取れそうにない。もしこのまま通路に引っ込んだら「何かしてくるな」と必要以上に警戒されるに決まっている。
いぶきならどう転んでも問題はあるまい。あの剣を持ち上げるには四、五人はいないとダメだろうし、この狭い通路にそんな人数が入れる訳がないからだ。
もしいぶきがこの場にいたら「全員ブッ殺せ」と言うに決まっている。さすがに昭士もそこまでする気はないししたくもないが、かと言って迂闊にケガをさせる訳にもいかない。
そうした話をねじ曲げて尾ひれをつけまくって「王子側が正しい」という論調をバラまくに決まっている。
そうなればいくら一宗教がバックにいるとなっても、困った事になるのは明白。スオーラ自身も彼女の父親も。
仮に大人しく着いて行ったとしても、王子はともかくスオーラの父から釈明を得るまでに時間がかかり、これまた帰る時間が遅くなる。それもできれば勘弁してほしい。
そんな風に考えをめぐらせる昭士を、スオーラも「どうしましょうか」と訊ねそうな目で見ている。
強行突破か捕まるか。どっちもやりたくないけれど、どうしてもどちらかを選ばなくてはならない。そんなまさしく「苦渋の決断」を迫られる昭士。
ところが。自分達を取り囲む警備兵達がいきなりくずおれたのだ。バタバタと倒れるその様は、まるで急に糸が切れた操り人形のようである。
スオーラに話しかけていた警備兵もうっと唸ってがっくりうなだれてしまった。いきなりの事にスオーラが驚いてオロオロしていると、
「スオーラ様。ご無事ですか」
警備兵を横たえながらそう話しかけてきた人影。スオーラと同じ濃紺の詰め襟のような服。声や動きは若々しいが、老人のような白い髪。
「カヌテッツァ僧様!?」
スオーラの声が驚いて裏返る。
カヌテッツァ僧。昭士が初めてこの世界に来た時にバッタリ会った、ジェズ教教団の副長。スオーラから見れば遥か上の上司である。もうすぐ四十歳ほどと言っていた女性の筈だ。
不意をついたとはいえ鍛えられている王子直属の兵士を、気づかれる事なく一撃で気絶させるとは。人々を守るために訓練を積んでいる僧兵が多いというのは本当らしい。
だがここまで来ると忍者か暗殺者だ。昭士は声に出さずそう思った。
「この場は我々が何とかします。お急ぎ下さい」
「でっ、ですが……」
スオーラが口ごもる。それはそうだろう。王家を敵に回した人間一行をかばおうというのだから。
いくら教団の長であるスオーラの父が味方するとは言ったが、それはあくまでも正式な指令ではない。それ以前にその知らせがこんなに早くここに届いている筈がないのだ。
しかし白髪の彼女は、賢明にバリケードを退かしている同じ格好の同志や、明らかに一般の街の人々を指差して、
「スオーラ様がこの世界のために戦っているのに、何も手伝う事ができない自分達にできる、ささやかな事です。たとえ世界の全てが敵になろうとも、我々はスオーラ様の味方であり続けます。きっと、キエーリコ僧様もそう仰る事でしょう」
バリケードの撤去が終わったらしく「早くしろ!」という声が聞こえる。一般の街の人に至っては道の端に立って万歳三唱している有様だ。
「行こうスオーラ。確かにお前は化物と思われていたかもしれないが、そう思ってない連中だって、こんなにたくさんいたんだからよ。それに応えてやれ」
スオーラの肩を叩き、昭士が声をかける。彼女は浮かんできそうな涙を指で素早く拭うと、
「判りました。皆さんのそのお気持ち、有難くお受け致します」
運転席につき、ゆっくりとアクセルを踏む。巨体の車がゆっくりと動き出す。
そのエンジン音に負けない歓声が道の両脇からこれでもかと上がっている。まるで英雄の凱旋か、
旅立ちのように。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system