トガった彼女をブン回せっ! 第5話その3
『と言いますと?』

キャンピングカーは別荘(という名の屋敷)を離れ、再び荒野をひた走る。
ただし大きな街に向かうためか、先程までのように何もない訳ではなく、ぽつりぽつりとではあるが集落らしき物が見えている。
時折通りがかった旅人や荷馬車が、この車のあまりの巨大さに目を丸くしていたが。いや、そもそもこの世界の普通の人間にこれが「車」だと認識できたかどうか。
本当は人目につきたくないのだが仕方ない。どこぞのRPGのように、街から一歩出れば誰もいない草原という訳にはいかないのが現実というものだ。
もっとも、昭士はこの光景に今一つ現実味を感じていなかった。
飛行船から落とされた事も、抱えられて空を飛んで助かった事も、こうしてキャンピングカーに乗っている事も、身体一つ剣一つで象のような化物と渡り合った事も。
実体験をしている事は確かなのだが、まだどこか信じ切れていないような。実はこれは夢なのではないか。そんな胸の内である。
昔からマンガやアニメで語られ続けてきた物語。そう。主人公が異世界で勇者となって冒険をする物語だ。
自分がそういう物語の主人公になるとは思いもしていなかったが、そんな主人公達と自分は決定的に違うなと、漠然と考えていた。
そうした物語はたくさんあるだろうが、さすがに国や世界を敵に回してしまった主人公などいないだろう。いたとしてもごく少数に違いない。
自分は一体何をしにきたのだろうか。この世界を救いにきたのか敵に回しにきたのか。答えが出せない複雑な心境、というヤツである。
しかしスオーラはそんな自分に対しても敬語を貫くし、我が身を顧みず助けてもくれる。
自分が犯罪者と共犯扱いになったにもかかわらず、である。
そんな彼女の真剣な顔に、さっきもガラにもなく「イイな」とドキッとしてしまった。
妹いぶきに振り回された影響で女性への興味というものが乏しかった自分にも、そういった感情が芽生えてきたのだろうか。
でも相手は聖職者。それにこの国の王子の婚約者でもある。もっとも聖職者としての使命感からか、婚約の方は意識が薄かったようだが。
恋愛とは縁が遠そうだし、自分もイイとは思ったがそこまでしたい程でもない。
(何がしたいんだろうなー、俺は)
ハッキリ言って今の自分は流されているも同然だ。こうして戦う事を決めた事こそ自分の意志だが、戦う理由がまだない。
せいぜい「あんな化物ほったらかしたらのんびり暮らせない」くらいだ。これも立派な理由かもしれないが、戦う理由としては今一つ弱い。もちろん理由なく戦う事が悪い訳ではない。
だが理由がある事で「気持ち」に強さが生まれる。その気持ちは「気迫」とも「覚悟」とも言い替えられる。
その理由から生まれた気迫が迷いを消し、覚悟が憂いを断ち、本来の実力を越えた力を発揮する事ができる。
それは――あまり強くないとはいえ――小さい頃からの剣道生活で教えられ、そして自分でも理解ができた事である。
(決めといた方が……良いんだろうけどなぁ)
そんな考えを邪魔するかのように、再びポーチがブルブルッと震えた。反射的に触れてみるとやはり携帯電話の着信だ。
素早くポーチを取り出して着信相手を見てみる。誰かは表示されていない。という事は――
《はい》
『私だ』
さっきと全く同じ声。それに言葉とタイミング。時間が巻き戻ったかのようなやりとりに、何となく昭士が噴き出しそうになる。
《何か用かい、賢者さんよ》
その言葉にスオーラが「えっ」と驚いた反応を見せる。しかし昭士は会話を聞かれたくないとばかりに操縦席から狭い廊下に出て、後ろ手で扉を閉める。
『今どの辺りにいますか?』
《さっき、スオーラの別荘があるっていう小さな町だか森だかを出たトコだ。車で半日くらいとか言ってたから、夜には着くんじゃねーのか》
その昭士の答えを聞いて、賢者は少し考え込むように黙り込んでいる。しかしほんの数秒程唸ったあと、
『殿下がこれから飛行船で町に戻るようです。私も便乗させて頂きます』
賢者が言うには、昨夜化物に襲われて王子一行は全滅したが、村人は半分くらい生き残っていた。その生き残りが近くの町まで走って無線で救援を呼んだそうだ。
普段ならこんなに早く来る事はあり得ないが、王子一行が全滅しているのである。一刻も早く救援に行かねばと意気込んだ結果、どうにか飛行船の都合をつけて、それがようやく到着したという事だ。
『そういう理由で、今から二時間後にはこちらは町に到着します。そちらが着くのはその後になりそうですか?』
《おそらくな》
車で半日という事は、あくまでも「この世界の」車で半日という事。いくらこのキャンピングカーがそれ以上の速度と安定感で走れるといっても、あと二時間以内に着けるとは思えない。
《まーさすがに異世界の事とはいえ、何から何まで他人におんぶに抱っこって訳にはな。少しは自分で何とかするさ。「無双」以外で》
どこか他人事のように割り切った昭士の言葉に賢者も、
『こちらも殿下や「げいか」に働きかけてはみますが……あまり期待はしないで下さいね』
《何だ「げいか」ってのは?》
聞いた事のない単語に反応し、間髪入れず訊ねる昭士。すると賢者は特にバカにした様子もなく、
『猊下(げいか)というのは……位の高い僧侶に対する敬称の事です』
《って事は、スオーラの親父さんか。教団のトップって話だから》
さっきも聞いたが、彼は相当な子煩悩らしい。スオーラの名を出せば結構簡単にいきそうな予感がする。
もっとも「予感がする」だけで、実際はうまく行かないんだろうなーという思いが、昭士の胸の内に漠然と広がっている。
『では私もソクニカーチ・プリンチペの街へ向かいます。幸運を』
それで電話は切れた。昭士も携帯を畳みながら操縦席に戻る。
「賢者様から電話?……ですか?」
昭士が持っていたのが「個人用の携帯型電話」という事は前に聞いていたが、それでもどこか疑問を隠し切れない様子のスオーラである。
彼女からすればそんな小さな電話が存在するのかどうか、実物を見ても半信半疑なのだろう。
《ああ。さっきも何故かこれにかかってきた。どうやってかけてきたんだか》
昭士は、この電話は交換手によって繋いでもらうタイプではなく、各携帯電話に固有の番号が登録されており、それを入力する事で交換手を介さずに通話するのだと説明する。
「アキシ様の世界は、随分と機械技術が進んでいるのですね。うらやましいです」
スオーラはお世辞も嫌みもない、本当に感心した様子で呟く。
《進んでるのも良し悪しだけどな。物事ってのは、良い事ばかりじゃないけど、悪い事ばかりでもないっつー複雑なモンだから》
昭士の言葉に、スオーラは神妙な顔で考え込むように間を空けると、
「その言葉。リボーボロ僧のお言葉にも通ずるところがありますね」
誰の事かはもちろん判らないが「お言葉」という感じから察するに、相当偉い僧侶の事だろう。時代までは知りようがないが。
この世界にも偉い人が言った(らしい)そんな名言だか格言めいた言葉があるようだ。世界が違うとはいえ、やはり人間はどこへ行っても根っこの部分は大差ないといったところだろう。


車を走らせる事数時間。遠くに小さくではあるが大きな街らしき影が見えてきた。そのためか周囲には畑が広がり、それの監視小屋らしき小さな小屋がぽつりぽつりと建っているのが車内から見渡せる。
畑なので当然人が作業をしているので、このキャンピングカーが嫌でも人目についてしまう。
何もする事がなくて退屈を持て余していた昭士は、あくびをかみ殺しながら、
《なぁスオーラ。あそこに見えてるのが、例の街か?》
すっかり名前を覚える気がないのが丸判りの尋ね方だ。しかしスオーラは笑顔を絶やさぬまま、
「はい。あれがソクニカーチ・プリンチペの街です。そろそろ道を外れて丘の方に……あれは?」
セリフの途中で怪訝そうな声になった彼女の声。昭士は彼女が見るのと同じ方向を一緒に見る。
スオーラが指差す先には、小さな円筒型の物体がゆるゆると街に下りていくのが見えた。きっと飛行船が昨日発進したあの城の中庭(?)に着地するに違いない。
あれがきっと王子や賢者を乗せた飛行船だろう。二時間程かかると言っていたが、さっきの電話からは三時間程だ。
風の影響でも受けて時間がかかったのか、はたまた性能が劣る飛行船だったのか。そんな事は昭士にもいぶきにもスオーラにも判らない。
彼らの方が先に街に着いた事は間違いないのだ。その辺りは予想通りではある。
それから約一時間程車を走らせた。街はかなり近づいて来ており、目立つ建物ならしっかり目視できるくらいの距離である。
昭士は携帯電話の時計を見た。時間は午後四時を少し回ったところだ。作戦通りに夜を待って街に侵入するには、さすがにまだ少しばかり時間が早い。
スオーラが言っていた通り、町外れの丘に身を潜めて……。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
突然の、空気を震わせる低く鈍い音。一瞬身構える昭士ではあるが、すぐに音の元と正体に気がついた。ポケットに入れっぱなしにしていた、あの変身の際に使う青いカードを取り出してみる。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
思っていた通り、そのカードは全体を青白く点滅させ、低い音を出している。まるで何かを知らせるように。
「アキシ様。この近くにエッセがいるようです」
《何だって!?》
そう。倒すべき化物・エッセが現れると、このカードは青白く光り輝き、こうして音が鳴るらしい。
遠く離れていても、たとえ世界が違っていてもこうなるらしい。しかし、
《けど、あの象だかマンモスだかの時は、鳴らなかったな》
昭士はついさっきの戦いの前を思い返していた。あの時はカードはこんな風に光ったり鳴ったりしていなかった筈だ。
「そこはわたくしにも判りません。しかし賢者様ならば、何かご存知やもしれませんが」
一介の見習い僧侶では、いくらカードの使い手であっても判りかねるという事か。そう思っている昭士も立派な「使い手」ではあるのだが。
大事なのはなぜ光ったり鳴ったりするのかという事ではなく、確実にどこかにエッセがやって来たという事実だ。
昭士は考えていた。
いくらこういう状況であっても「皆の為に戦う」という意識の強いスオーラが、エッセを放っておく訳がない。放っておきたい訳がない。
実際その横顔は、自分を送り届けるのとエッセを倒すのと、どちらを先にするべきなのか迷っているようにも見えるからだ。
だが幸か不幸かその心配はしなくて済みそうである。
なぜなら。見るからに怪しい巨大な鳥が、これから行く街めがけて遥か上空から一直線に突っ込んでくるのが見えたからだ。
その鳥はスズメやインコのような感じではなく、もっと凶暴な、タカやワシのような感じに見える。当然その全身は羽毛ではなく見た事もないような金属でできている。
この世界にはロボットの鳥は存在しないと思う。昭士は無言でそう思った。
「あんな大きな鳥、自然の物ではあり得ません!」
操縦席から唖然とした表情で大声を出してしまうスオーラ。この世界に住む彼女がそう言うのだから間違いあるまい。街に向かって突っ込んでくるのは、倒さねばならない化物・エッセである。
目立つ建物ならしっかり目視できるくらいの距離からでも十センチくらいには見えるのだ。実際の大きさは相当な物だろう。
おまけにそんな化物の鳥を相手に、普通の人間ができる事などたかが知れている。攻撃が当たらないよう逃げまどう事のみである。
攻撃をしようにも普通の武器はほとんど通じないし、かつ普通の人間は空を飛べない。相手が空を飛んでいる限りは投げ槍や弓矢、それから銃や大砲を使っても限度があるというものだ。
それに人民や建物を守るという観点からも、むやみやたらに街の中で攻撃をする事はできない。落ちて来た流れ弾(?)が街の中に落ちて建物や市民、それから友軍を傷つけてしまう可能性が高い。
それだけでも圧倒的に不利なのに、敵には物を金属に変えてしまうガスを吐き出す能力がある。そのガスを浴びた物(特に有機物)はエッセが唯一捕食できる金属だと云う。
そんなガスが上空から無防備な街に吐き出されたら。風向きによってガスが一気に拡散したら。それこそ被害は甚大な物になる事は、子供でも簡単に想像できる。
これから向かうソクニカーチ・プリンチペは首都ではないが、いわゆる規模の大きな地方都市に当たるそうだ。
そんな街が機能を失ってしまったら、この国の政治経済あらゆる物が困った事になる。
《……あの。あンたらひょっとして》
昭士やスオーラと一緒にその光景を見ていたいぶきが、嫌な予感を感じつつも、二人にそう訊ねずにはおれなかった。
「戦うに決まっています。そのためのわたくし達です」
《アレを俺達で倒して、王子さん達の心証を良くするってのも、有りだろ》
《無しよ!!》
スオーラと昭士の戦う気満々のセリフを、いぶきは当然ながら真っ向から否定する。
《そンな事してるヒマなンか無いって言ってるでしょ!? たとえ街がブッ壊れようが人が死のうが関係ないわよ。とっととこンな物騒な世界とはオサラバするのが当然でしょ!? ナンで判らないかなこのバカ連中は》
《あの化け物が礼拝堂をブッ壊しちまったらどうするんだ? そうしたら俺達は永遠に帰れないんだぞ。何で判らないかなこのバカ妹は》
癇癪を爆発させたようないぶきの怒号に、昭士は淡々と言い返す。同じフレーズを以てして。
もっとも昭士の言葉は半分以上ハッタリである。しかし多分そうなるのではないかという憶測はあり、しかもそれが確信に近いように感じているため、結構説得力がある。
それからいぶきに耳打ちするように近づくと、小声で、
《さっきから言ってるけど、俺はリアルで「戦場無双」する気はこれっぽっちもないからな》
戦場無双。もしくは単に無双と呼ばれるゲームをたとえに持ち出す昭士。
これは一人のキャラクターを操作して、並みいる敵をバッタバッタと薙ぎ倒していく3Dのアクションゲームだ。簡単操作でド派手なアクションをして大軍を薙ぎ倒せるのが売りである。
通りに群がるこの国の兵隊達(3Dポリゴン)を、いぶき(大剣)を振り回してバッタバッタと薙ぎ倒し、吹き飛ばしていく光景を想像してしまった昭士は、
《さすがにそれはねーよ。ゲームと違って疲れるしな》
小声でそう言うと、パッといぶきから離れる昭士。そんな二人のやりとりを知ってか知らずか、スオーラが口を開く。
「街の中で戦う訳にはいきません。あちらは自由自在に動けますが、こちらは道の通りにしか動けません」
《大きな建物を盾にするって戦法もありだろうけど、それはこっちに強力な飛び道具あっての事だしな》
こちらにあるのは魔法の力と巨大な剣。その剣すら上空の相手には投げても届かない。
《どっちにしろ作戦変更。街への突入じゃなくて、街の外で迎え撃つ方がマシだろ》
街の外なら障害物がないので隠れる事ができないというデメリットがある。だが街への被害は最小限で済むし、銃や大砲といった飛び道具も街の中よりは自由に使える。
……まぁ協力してくれるという保証はないのだが。むしろそれでこちらを狙ってくる公算の方が大きい。
《だ・か・ら。人の話を聞けって言ってるでしょ!? ナンで判らないかな? あの鳥が街をブッ壊してる隙にこれで突入して礼拝堂まで行けってのよ!!》
堪忍袋の緒が切れた。そんな形容がピッタリのいぶきの怒りの叫び。
しかし昭士は柳に風とそれらの言葉を涼しい顔で聞き流すと、ポーチに手を突っ込んだ。そして取り出したのは携帯電話。
指先でちょいちょいと操作して耳に当てる。
《…………あ、もしもし母さん? 俺、昭士》
どうやら自宅か母親の元に電話をかけたらしい。
《悪いんだけど、もうちょっと帰るのに時間かかりそうだわ。だからさ。今日の夜のいぶきが観てるドラマ、撮っといてくれない? 使い方判るだろ? 頼むわ。じゃあ》
ピッとボタンを押して電話を切る。それから携帯電話をしまいながらいぶき(大剣)の方を向き、
《母さんに録画頼んでおいたから、落ち着け》
《そうじゃねぇよバカアキ!》
今日一番の怒りの怒鳴り声。しかし昭士はそんないぶき(大剣)にガツンと拳を叩き込むと、
《うだうだダラダラみっともない声出してんじゃねぇ。ここまで来たら一蓮托生。腹くくって開き直れ》
《する訳ないでしょ、勝手に人の事決めるンじゃねぇ。後で絶対ブッ殺すからな!》
完全に脅迫の言葉であるが、昭士は相手をからかうかのように両耳に指を突っ込んで「聞こえません」というポーズを取っている。それがさらにいぶきの怒りの火に油を注ぐ結果となる。
その怒りに呼応したのか偶然か。街の上空を滑空するように飛んでいたエッセが、とうとう街に向かってガスを吐き出した。これ以上一刻の猶予もない。早くしなければ犠牲者が増える一方だ。
だが。エッセをどうやって街の外におびき出すか。
普通の動物ならエサでもぶら下げればイイかもしれないが、エッセのエサは自分のガスで金属と化した物のみ。そんな物ここにはないし、スオーラが魔法で作り出すという事もできない。
大声で叫んだところでこちらに来るとは限らないし、いくら鳥の目が良いといっても、こちらに注意を引きつけるなど――
そこまで考えて、昭士はスオーラに訊ねた。
《なぁスオーラ。あのエッセっていろんな動物の姿形になってる訳だよな?》
「はい。こちらの世界に存在する生物になる事がほとんどですが。それがどうかしましたか?」
さっきはこの世界に存在しない象になったから、多分「ほとんど」なのだろう。
《たとえエッセであっても、その生物の特徴とか習性とかは生きてるのかねぇ?》
「と言いますと?」
昭士は自分の言いたい事が微妙に伝わっていない事に、無責任に少し腹を立てると怒りを含んだ声で、
《だからよ。あのエッセはワシだかタカだかになってる訳だけど、あいつにワシとかタカとかの習性とかを持ってるのかって事だよ》
「……そういう点を気にした事はありませんが、外見的特徴と能力は間違いなくあると思います。従って習性もあると思います」
スオーラは少し考えてから、余り自信がなさそうにそう答える。
《じゃあ、やってみるしかないか。スオーラ、車を停めろ》
理由は判らないながらも、スオーラは素直に車を停めた。昭士が何か作戦を思いついたらしい事を察したからだ。
そんな視線を感じた昭士は、
《作戦、なんてご立派なモンじゃないけどな》
彼はそう言うと扉を開けて車の外に出た。それから長い大剣の柄を掴んで床に寝かせると、すぐに剣を抜けるように準備を整える。
《あっ、コラバカアキ! 服が汚れるから止めろって言ってンだろゴルァ!!》
そんないぶきの声に構わず、昭士は携帯電話を取り出した。それから基本設定の画面を呼び出し、ちょいちょいと操作して目的の項目を呼び出す。
その項目は「音の設定」。しかも「メロディの一覧」の項目を表示させる。そこには彼の携帯電話に登録されている着信メロディ――着メロのリストがあった。
《え〜と。……よしこれだ》
携帯電話の決定ボタンを押して鳴らすよう命じたメロディ名は……「小鳥のさえずり」。もちろんボリュームは最大だ。
ちちちちちっ。ぴぴぴぴぴっ。
少しでも遠くに届けと携帯電話を高々と掲げ、内臓スピーカーを街の方に向けたまま、くり返し音を鳴らし続ける。
本物のワシやタカがエサとしているのは、自分よりも小さな小動物。そうした小動物がいると判れば、こっちに向かってくる「かもしれない」。
ハッキリ言ってバカバカしい手段と判っている。オリジナルよりも知能がありそうだから、こんな怪しい物に引っかかるとは思えない。でも、このくらいしか手段を思いつかない。だからやった。それだけである。
睨みつけている街の方では、そんな音が聞こえていないかのようにエッセは翼をばたつかせて物や兵士を吹き飛ばし、ガスを浴びせかけている。
だが。その動きに変化があった。
来たのである。街の外であるこちらに方向を変えて。確かにまっすぐに飛んでくる。鳥型の化物・エッセが。
「よっしゃ、行くぜっ!」
昭士はすぐ抜けるようにしてあった大剣の柄を持ち、そのまま車から離れるように駆けながら引き抜いた。
エッセもおびき出された事に気づいたようだが、逆に昭士達を獲物と認識したようだ。
……戦いが始まった。

<つづく>


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