トガった彼女をブン回せっ! 第5話その2
『さっむいラブコメは止めてくれない?』

昭士は携帯電話の蓋を開いて「通話」ボタンを押した。
《はい》
『私だ』
短い返事に対抗するかのように短く名乗った(?)相手。
これだけでは訳が判らないが、昭士はもっと訳が判らなかった。判ったのは相手が誰かという事だけだ。
《……おいおい、賢者さんとやら。いつの間に俺の番号盗みやがったんだ?》
そう。先程まで一緒にいた、このオルトラ世界でも有名(らしい)賢者からだったのだ。
名前はモール・ヴィタル・トロンペというのだが、あまり名前を覚えるのが得意ではない昭士はその名前が記憶からすっかり抜け落ちていた。
それよりも訳が判らないのは電話である。この世界にも電話はあるようだが、それは交換手を介して会話するものと聞いている。相手の番号を入力して通話するタイプではない筈だ。
従って、こんな風に教えた覚えがない携帯電話にかけて来られる筈がないのだ。
そんな昭士の考えを見抜いたかのように、賢者は話を続ける。
『その辺りの解説は長くなるので、今は置いておきましょう。お聞きになりたいのならお話しますが』
《パス》
ぶっきらぼうだが力強い拒絶の一言。その一言で昭士の胸中を察した賢者は、電話の向こうでどこか空しそうなため息を一つついてから、
『プリンチペ殿下の件ですが』
プリンチペ殿下。いぶきが怒らせてしまった、この国の第一王子の事である。
賢者の話術と権力を利用して、王子の怒りをどうにかしてもらうよう頼んではいたのだ。かなり適当かつ乱暴な言い方ではあるが。
《どうだった》
『ダメでした』
申し訳なさそうなイメージ皆無のあっけらかんとした調子で、キッパリと言い切った。しかも間髪入れずに。それから普通に真面目な口調に戻ると、
『先程飛行船に侵入して大暴れしたそうですね?』
大暴れというよりは、単に飛行船内に置いてきてしまった大剣の鞘を取りに行っただけである。誰一人傷つけるどころか殴ってすらいない。
……逃げる時に叩き割った窓ガラスを例外として。
『あなたの世界はともかく、この世界――特にこの国ではガラスはとても高級な代物。特にこういった飛行船に使うような特別製は』
昭士は嫌な予感がした。
『子供扱いした事に加え、そんな特別製の高級品を木っ端微塵にしては、いくら何でもすぐに怒りを解くのは無理でした。という結末です』
嫌な予感大当たり。しかもこれをやったのはいぶきではなく昭士である。申し開きすらできない。
やっちまったーと内心後悔してうなだれる昭士。賢者はそんな様子が見えていないにもかかわらず、
『そんなに落ち込まないで下さい。どのみち殿下を子供扱いしてしまった時点で、平和的解決の望みはほとんどありませんでしたから』
完全に他人事のその言葉に、労りの気持ちはこれっぽっちもない。
でもどれだけ取り繕ってもそれが事実である。和解は無理という事だ。少なくとも今すぐには。
『さすがに飛行船がまだ直っていないので、殿下はまだ村にいます。顔を合わせずには済みそうですけど』
その辺は昭士も安堵する。さすがに顔を合わせたら躍起になって向かって来るだろう。そういう面倒はもうお腹一杯である。
《おまけに陸路で山一つ越えるには二、三日かかるんだろ? まだ大丈夫だろ》
『それはそうですが……』
その山はまだ道路の整備が万全ではなく、この世界の車なら早くてもそのくらいの日数がかかる事は聞いている。
『ただ。モーナカ・キエーリコ・クレーロ殿には無線で連絡をされたそうです』
その名前も聞いた覚えはある。昭士の記憶通りスオーラの父親にしてこの国の宗教団体のトップである。彼は何となく自分の世界のローマ教皇を連想した。
《スオーラの父親か。確か一番偉い坊さんだっけ?》
『私も詳しいお人柄は知りませんが、大層な子煩悩だと伺っていますよ』
子煩悩。子供を非常に可愛がる(父)親の事だ。悪くいえば親バカ。下手すればバカ親だ。
そんな賢者の言葉に、昭士は益々頭を抱えたくなってきた。
そんなある意味権力の頂点にいるような人物における「子煩悩」。それは得てして「子供の為になら何をしてもいい」という態度で表れる。
娘は同世代の見知らぬ男と一緒で、しかも家に帰って来ない。血相変えて「人の娘に何をした!」と問答無用で捕まえに来るには充分以上の状況である。持ち前の権力をフル活用してでも。
しかも娘は見習いとはいえ聖職者であり、第一王子の婚約者。子煩悩でなくとも来ない方が間違っている。
そんな状況では何をどう言っても問答無用でかかってくるし、娘の言葉も聞く耳を持たないだろう。
確かスオーラは「王子を子供扱いして怒らせたという事は、この国を相手に宣戦布告をしたも同然の行為。この国の政府・軍隊・警察・教会はもちろん、一般国民のほとんど総てを敵に回すという事に等しい」とも言っていた。
まさしく彼女が言った通りになった訳だ。いわゆる「この世界の救世主」的な存在であったとしても、それが許されて差引ゼロになる訳でもない。
それは、この世界を襲う化物と戦えるのが自分達しかいないという訳ではないからだ。
確かに確実に倒せるのが自分とスオーラの二人だけであり、効果的にダメージを与えられる上に金属と化した人々を元に戻せるのがいぶき(が変身した大剣)だけというだけだ。
もっとも、普通の人が全く戦えないという訳ではない。ただ金属と化した人々は元に戻らないし、一体の化物を倒すまでにどのくらいの犠牲が出るのか見当もつかないだけで。
「もし許してほしいのなら、こっちの言う事は絶対服従の上、化物と戦い続けてもらう」くらいの事は言ってくるだろう。そんな自由の全くない「道具」扱いでトコトン使い倒す気だろう。
さすがにそれは願い下げである。そんな条件を呑むほど昭士は素直でも優しくもないのだ。
(やっぱり早く行くんだったかなー)
冷静になってあれこれ考えてみたが、どう考えてもいい状況にはなりようがなさそうである。
スオーラの状態を考えて仮眠を取らせたが、やっぱり無理をしてでも急ぐべきだったか。昭士は胸の内で苦虫を噛みしめたように渋い顔になる。
しかしあのまま運転をさせていたら、絶対途中で本人が「ガス欠」になった事は間違いない。本人も気づいてはいなかったようだが、閉じようとしていた目を無理矢理こじ開けるようにして物を見ていたのだから。充血して真っ赤になった目で。
『ですから、配下の僧兵を総動員してくる可能性は、大いにありますね』
僧兵とは兵隊にして僧侶である人物の事を云う。戦う訓練を積んでおり、偉い僧侶の護衛から教会の見張りに至るまでの様々な荒事を一手に引き受ける者の事だ。
教団のトップであれば、そうした僧兵はいくらでも動員できるだろう。近隣の街や村からも召集すれば、かなりの人数になる事は簡単に予測できる。
《俺が元の世界に帰るには、その街の礼拝堂から帰るしかないらしいからな。それは王子さんも知ってるらしいし、スオーラの親父さんならもっと詳しいだろ》
異世界の自分に変身できるカードに関する事は賢者から聞いたとスオーラは言っていたが、それを父親が知らないとは思えない。子煩悩ならその場に立ち合って話を聞いていた可能性は大きい。
《で。そいつらをそこから追っ払う事……できねーか》
何とかしてほしいと頼もうとして、おそらくダメであろう事を察した昭士は言葉を濁らせる。いくら何でも彼一人ではそんな芸当はできそうにない。
王子の説得がダメに終わった以上、賢者の事は王子も警戒していそうだし、今王子の元にいるらしい賢者が礼拝堂のある街にいるスオーラの父親を説得できるとも思えない。そう考えた昭士は、
《このままだと「無双」しなきゃならねーしな。面倒だし疲れるしできるかどうか判らないし、無駄に犠牲出すだけで終わりそうな予感もするんだが……》
『「無双」?』
《ああ、気にすんな、こっちの話だ》
昭士はこの世界の人間に通用しない単語を出した事に気づいて話を打ち切る。
このままではいぶきが言っていた通り、兵士達を薙ぎ倒さねばとても帰れそうにない。
理由はどうあれ敵を作る事を良しとしていない以上、なるべくなら穏便にいきたい。自分達はこのまま帰ってしまえば後腐れないが、スオーラは別だ。
さすがに自分達が原因で彼女が不利な立場になるというのは夢見が悪い。その辺りが「自分さえ良ければ他人がどうなろうと知った事ではない」という心情のいぶきとの決定的な違いだ。
なるべく兵士達の犠牲を少なくし、完全包囲されている礼拝堂の中に入り込んで元の世界に帰る。
そんな神業のような理想を実現させなければならない。大仕事である。
いくら初めてとはいえ、この世界に来てからはスオーラに頼りっぱなしの上に命まで助けられている。帰る時まで何から何までおんぶにだっこというのは、昭士の男としてのプライドが許さなかった。
が。プライドがあるからイイ知恵が浮かぶ訳でもなく。
《ま。こっちはこっちで何とかするから、もう一度王子さんの説得とか、頼めるか?》
出たのはあまり頼りになりそうにもない、あやふやな言葉だった。普通の人間ではこの辺が限界だろう。賢者もそれを察したのか、
『まぁ、ダメでしたが努力はしてみましょう。できたとしても、おそらくとんでもない条件をふっかけてくるとは思いますが』
「ご愁傷様」と言いたそうな賢者の言葉。その直後電話は切れた。昭士も携帯電話をパタンと畳んでポーチにしまう。
《だからとっとと行けば良かったのよ。こんなグダグダやってないで》
話が聞こえていたのかいないのか、いぶきが「バカだわコイツ」という態度丸出しで呟く。
確かにしっかり休んでいこうと思って出遅れたために、村の半分が犠牲になったばかりである。しかしだからと言って丸二日もスオーラを休ませず酷使させるのも気が引ける。
一応昭士には「こうしよう」というアイデアが全くない訳ではないのだが、うまく行くかどうかは神のみぞ知る。
少なくともスオーラの手は借りる事になるし、その彼女がヘトヘトでは何の意味もない。
だから、彼女をここで休ませておくのは正解である。そう思う事にした。
(こいつが少しは役に立てばいいんだけどなぁ)
もしいぶきがスオーラのような性格だったら。もしくは「金をくれるならやってやる」という性格だったら。
一番周囲に顔を知られていないいぶきに偵察に行ってもらうなどして、少しは作戦の幅や選択肢を広げられるのだが。
絶対不可能と判っていても、昭士はそう思わずにはおれなかった。


スオーラが目を覚まして部屋から出てきた時、既に太陽は天高いところから傾いていた。この角度なら昼下がりといった時間帯だろう。
寝る直前は全身が重だるく鉛か何かになってしまいそうだったにもかかわらず、今は飛んで行けそうなほどに軽い。頭もスッキリとしている。時間は短かったが充分な休息がとれた証だ。
彼女が操縦席にやって来ると、その床に昭士がゴロリと横になっていた。眠っているのだろうか。そう思って覗き込もうとした時、
《ああ、起きたのか》
閉じていた目を開けて、彼女の方を見る昭士。
《その分じゃ、良く眠れたようだな》
「おかげさまで。自分でも思っていた以上に疲れていたようです」
《そりゃあ何度も魔法を使った上に夜通し車の運転覚えて、それから休む間もなく慣れない運転続けてたんだ。そりゃ疲れるさ》
昭士はわざとらしく「よっこいしょ」と呟いて立ち上がると、
《行けるか?》
「大丈夫です。アキシ様とイブキ様は、必ず無事に元の世界にお届け致します。それがあなた方を巻き込んでしまった、わたくしなりの責任の取り方ですから」
スオーラは真面目な顔でキッパリとそう言い切ると、素早く操縦席につこうと踵を返す。
だが、そんな背中に昭士が声をかけた。
《その前にスオーラ。頑丈なロープないか? 人一人ガッチリ縛れそうな感じのヤツ》
「……おそらく別荘の倉庫にならあると思います。何に使われるのですか?」
《こいつを縛る》
昭士は平然とそう言っていぶきである大剣をコンコンと叩いた。
「え?」
《はぁ!?》
スオーラといぶきが驚いたのは当然だろう。
《いいから。早いトコ頼む。時間が惜しい》
スオーラは首をかしげながらも「判りました」と言って車から出て行く。それから五分ほどで一抱えほどもあるロープの束をえっちらおっちらと運んできた。それを車の入口付近のドサッと投げ置く。
「アキシ様。これでよろしいですか?」
昭士は持ってきたロープを持って、軽くグイグイと引っぱってみる。太さも強さも申し分ない。
《上等上等。じゃ、やるか》
昭士はそのロープをするすると伸ばしていくと、そのロープを大剣となったいぶきにぐるりと巻き付けた。
《なっ、ナニすンのよこの変態!》
何の説明もなくいきなりロープを巻き付けられては、いぶきでなくとも慌てるし怒るだろう。
しかし昭士は彼女の言葉に耳を貸さず、ロープをどんどん、それもかなりきつく巻き付け――縛り上げていく。
《イタッ、痛いっての。ナンでこンな状態で縛られなきゃなンないのよ、バカアキ!》
「あの……アキシ様。なぜ剣の状態で縛らねばならないのでしょうか?」
当然不満と怒りをあらわにするいぶきと彼の行動が判らないスオーラは、昭士のする事をただ見ている事しかできない。
さすがに何か考えがあっての事なのだろうが、剣をぐるぐる巻きに縛りつける事の意味が二人には読めなかった。
《スオーラ。魔法の力はどのくらい回復しているか、判るか?》
スオーラの魔法は身体から取り出した分厚い本のページを破る事で発動する、基本「使い捨て」の魔法だ。一晩以上休まないと本のページは回復しないので、回復しない限りまた同じ魔法を使う事ができない。前にそう聞いていたからだ。
しかしスオーラは「心配ご無用」と前置きをすると、
「一晩以上というのは、そのくらいゆっくり休むという意味です。本当に一晩以上の時間をかけねば回復しないという意味ではありません」
たとえ時間は短くても、ゆっくり休息を取る事ができれば回復する。そう言っている訳だ。
その説明の間にも、昭士は大剣をロープでグルグルに縛り上げている。いぶきの《痛い痛い止めろ止めろブッ殺すぞ》という何とも痛々しい怒鳴り声が途絶える事もない。
《よし。こんなモンだろ》
そう言って立ち上がった昭士が見下ろすのは、鞘の部分にびっしりとロープが巻き付けられたいぶき(大剣バージョン)の姿である。
人間の時の姿を知っているスオーラは、まるで生身のいぶき自身が全身を縛られているようにも見えて、どうしたものかと苦悩の表情を浮かべている。
「あの、アキシ様。そろそろイブキ様を縛り上げた理由を、ご説明して頂けませんか」
《説明はイイから早くほどけこのバカアキ!》
いぶきの威勢のいい脅し文句をよそに、昭士はパンパンと手を叩いて埃を落としながら、
《まずはこのまま車で礼拝堂のある街まで向かう。さっき賢者が連絡してきたところによると、お前の親父さんが出ばって礼拝堂の周りをガッチリ固めてる可能性が高いそうだ》
「お、お父さ……キエーリコ僧様が!?」
お父様。いかにも身分の高いお嬢様らしい単語を言いかけ、昭士は「やっぱり育ちが違うな」と変なところで感心しつつも、
《だから車で礼拝堂の前まで乗りつけるのは無理だな。轢き殺しでもしない限りは》
「それはダメです。いくらアキシ様の頼みでもそれは聞けません」
《心配すんな。いぶきじゃねぇからそんな頼み事はしねえよ》
《よけいなお世話だバカアキ》
昭士とスオーラの会話に、ぼそっといぶきが割って入る。それが会話の一段落になったかのように一瞬間が空く。するとスオーラが何かを思い立ったように、
「ところで、賢者様が連絡してきたと仰っていましたが、どうやって……?」
《それは後で直接聞いてくれ。俺にも判らん》
しかし昭士はやんわりとそれを止めさせる。それに聞いていないのだから話しようがない。
そして、ようやくロープで縛られた状態のいぶきを見下ろし、
《ともかく。街の近くまで来たら俺といぶきは元の姿に戻る。スオーラは変身して、魔法で空飛んで俺達を礼拝堂の屋根まで運んでほしい。街に着く頃には真っ暗になってるだろうし、空からなら見つかりづらいと思う》
そこまで言われてスオーラは昭士の行動を納得した。
いぶきが剣になっている状態では、その重量は約三百キロ。昭士以外の人物が単独で運べない事は既に実証済だ。
しかし人間形態になっている時ならば、一応二人を抱えて空を飛べる事も既に実証済だ。
いぶきを縛り上げたのは有無を言わせず行動させるため。いぶきが人間の姿に戻ると「周囲の行動を超スローモーションとして認識する」特殊能力を発揮して、縛られてくれるどころか殺されかねないくらいの反撃を喰らうのは間違いない。
そして何より、こちらに協力する意志が全くない。いぶきがそういう性分なのはもう既に知っている。
だから身動きのとれない剣のうちにガッチリ縛り上げ、強制的に運ぶ必要があった訳だ。
《礼拝堂に着いたら変身して、屋根をブッ壊して中に乗り込んで、一気に帰ればOK。スオーラは魔法をフル活用して好きに逃げてくれ》
「逃げてくれ、と仰られても……」
《スオーラはあくまでも「共犯」扱いらしいけど、命令されたからとか巻き込まれたって形なら、たとえ捕まったとしても、そう悪い事にはならんだろ》
最初はスオーラも自分の世界に連れて行こうかとも考えた。命の恩人を置いてきぼりにして自分達だけ生還するのはどうかと思ったからだ。それで彼女が犠牲になってしまったら後味が悪すぎる。
第一見習い僧侶だけに「献身」の心は強いだろうから、この世界を放り出して逃げるとも思えない。
しかし彼女自身第一王子の婚約者ではあるが、化物と戦う姿を「人間ばなれした存在」と受け取られているらしい。
それは優れた人間を崇拝するというよりも化物を倒す化物と見る恐怖の方が先に立っているという。
それが本当なのかスオーラの思い違いなのかは判らないが、だからといって故郷や家族を捨ててでもこちらに来てくれるとは思えない。
《本当は俺達だけでやるのがスジなんだろうけどな。何から何までスオーラに頼りっぱなしってのは、さすがに》
しかしその言葉に、スオーラが激しく反応する。
「逆ですよ、アキシ様。先程も申し上げましたが、わたくしがお二人をこんな戦いに巻き込んでしまったのです。むしろわたくしにさせて下さい。お願い致します」
そうキッパリと言ったスオーラの目は真剣そのものだ。本当に心の底からそう考え、信じている者のみが持つ目の輝き。それが確かに見えた。
《あのさぁ。さっむいラブコメは止めてくれない? いい加減ブン殴りたくなってくるンだけど。つまンな過ぎて》
その場の真剣な雰囲気をしっかりとぶち壊すいぶきの仮借ない言葉。
だがその言葉で真剣に見つめ合っている事に気づいた昭士とスオーラ。お互い反射的に視線を逸らして黙ってしまったのは、本当に「盛り上がってきたところに邪魔が入ってしまった初々しいカップル」のようだった。
こんな妹のせいで女性に対してさほど興味を持てない昭士ではあったが、正直グラッと来ている事を自覚していた。
(こんなベタな恋愛もどきしてるヒマねーよ!)
彼は自分自身にそう言い聞かせる。そして話が中断してしまった事によって、一つ思い出した。
スオーラは一見相手に従順そうに見えて、結構「頑固」なのだ。自分がこうと決めたら、誰が何と言おうが絶対にやり抜く意志の強さ。とでも言おうか。
彼女が自分やいぶきの事を「様」付きで呼ぶ事を決して止めないのも、相手にきちんと敬意を払うものだと固く信じているから。もしかしたら巻き込んでしまった事による負い目も、多少はあるのかもしれないが。
もちろん照れくさく恥ずかしいが、こういう頑固な相手の考えを変えさせるのがどれほど疲れる事なのか。無駄に終わる事なのかは、妹いぶきの相手をして身を持って嫌というほど体験している。
そうと判れば昭士も覚悟を決める。
《判った。じゃあその辺は遠慮なく頼ろう。作戦はさっきも言った通り。まずは街の側まで行こう》
「はい、アキシ様」
彼女は小さく笑みさえ浮かべて操縦席に座った。それから差しっぱなしのキーをひねってエンジンを起動させる。その様子は本当に危なげがない。まだ動かし始めて一日目だというのに。
「では、礼拝堂のあるソクニカーチ・プリンチペ側の丘にこの車を停めて、時を待ちましょう。よろしいですか?」
そのスオーラの提案に反対する理由はなかった。
昭士もいぶきも。

<つづく>


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