トガった彼女をブン回せっ! 第4話その3
『あんた、何モンだよ?』

賢者と呼ばれた男――モール・ヴィタル・トロンペの家は、山の森の中にぽつんと建てられた、予想通りこじんまりとした小さな物だった。
外から見ただけでは何とも言えないが、おそらく八畳くらいの部屋が二つ程度のものだろう。
さすがにこちらの世界に鉄筋コンクリートやプレハブ建築を期待してはいなかったが、作りは案外としっかりした物だ。これから酷くなってきそうな雨でも充分耐えられそうなくらいには。
一応大剣になっているいぶきを傘代わりにしていたから全身ずぶ濡れは免れたものの、それを支えていた昭士の両腕は見ているだけで風邪を引きそうなほどに濡れてしまっている。
雨は真上からだけ降るとは限らないし、いくら重さをほとんど感じないとはいえ長い板を掲げていたのだから。実際雨に打たれたせいでかなり冷えているのが自覚できる。
だがここは昭士達の世界ではない。お風呂や暖房、乾燥機など求める方が間違っている。
ついでにいえば、この家の中はガランとして何もない。家ではなく納屋か倉庫と言った方がいい。そんな空間だ。右奥と左奥に扉が見えるから、そのどちらかが賢者の個室なのかもしれない。
もっとも最初の野宿から比べれば雨・風・露がしのげる分、こんな何もない空間に泊まれるだけでも遥かにマシだが。
しかし、だからと言ってこのまま横になるというのも。昭士はつなぎのような服の上半身だけを脱ぎ、袖の部分をベルトのように腰に軽く巻きつけながらどうしたものかと考えている。さすがのスオーラもいぶかしげな表情で賢者に訊ねた。
「あの、賢者様。ここで一体どうしろと?」
「コチラヘドウゾ。オ見セシタイ物ガアリマス」
賢者は部屋の左隅にある扉を開け、こちらへ来いと手招きをする。昭士達が行ってみるとそこには下りの階段だけが下へ向かって伸びていた。狭い上に先が見えないが随分深くまで伸びているようだ。
昭士が何の警戒もせずトトンと階段を下りて行……こうとしたが、狭いのでいぶきを持ったままでは下に下りられない。かといって置いて行く訳にもいかない。
仕方ないので剣を前方下に突き出した格好のままゆっくりと階段を下りる事にする。これなら下りるのに邪魔にはなるまい。
《けど何だよ、この階段》
「行ケバ判リマスヨ」
賢者のどことなく突き放した物言いに逆に興味が湧いた昭士は、その体勢のまま階段をどんどん下りて行く。
《おらバカアキ! こンな露骨に怪しいトコに入ンないでよ。あンたの巻き添えで死ぬのだけはゴメンだからね》
そんないぶきの怒声が狭い階段にわんわん反響する。その怒鳴り声の後ろから、スオーラがどこかおっかなびっくりな足取りで続く。最後に扉を閉めて悠然と歩いて下りるのは賢者だ。
窓がない上に電気もついていない筈なのに、不自由しない程度には明るい。
細い階段を一列になって下りて行く様は、まさしくRPGのダンジョン探索のようでもある。戦士に魔法使い二人という、非常にバランスの悪いパーティーではあるが。
しかし。壁や足場が崩れる事は一切なく。モンスターが現れる事も全くなく。階数にして二階分は下りたところに、明らかにこの通路とは異質の扉が道を塞いでいた。
《おい、コレ開くんだろうな?》
何となく後ろから歩いてくる賢者に向かって訊ねる。しかし彼の返答を待たずに昭士は剣先でドアをこうこつと器用に突ついてみせる。
《おいコラ。ナニ人を勝手に使ってンだよ》
彼女なりにドスを利かせた声で文句を言うが、昭士は狭い階段の中で器用に大剣を取り回して壁に立てかけると、レバーに手をかけて扉を一気に押し……ても開かなかったので、引いて開けた。
《……なっ、何じゃこりゃ!?》
扉の向こうにあった物を見て、さすがの昭士も言葉を失ってしまった。
狭いが清潔感溢れる通路。その通路を煌々と照らす間接照明。その通路には一定間隔でドアノブのない扉が。右側に四つ左側に三つずつ並んでおり、奥の突き当たりにも一つ扉がある。
大剣を立てかけたせいで後の二人が通れない事を思い出した昭士は、これまた器用に取り回して大剣を通路の方に引っぱり込んだ。
ここはさっきの階段よりは狭い――お互いが身体を横にすればすれ違える程度――が天井が高いのでいぶき(剣バージョン)を斜めに持てば突っかかる事もない。そのまま通路を歩いて行く。
そして一番奥の扉に何か書かれているのを発見する。何とそこに書かれていたのは、
「COCKPIT」
どこからどう見ても昭士の世界のアルファベット。それも英語である。意味は「操縦席」。
なぜ明らかな異世界の物に昭士の世界の文字が書いてあるのだろうか。どこか怖さを感じ、その扉に触れるのをあえて止めておく。
そしてその両脇にも同じような扉がある。こちらには何も書かれていないが、ドアノブにあたる場所に四角い模様が描かれている。これも昭士の世界のタッチ式自動ドアを彷佛とさせた。
試しにそこに触れてみると音もなくドアが横にスライドして開く。やっぱり自動ドアだ。開くと同時にドアの向こうがパッと明るくなった。電気はあるらしい。
側に剣を立てかけ、若干低くなっている入口に気をつけて扉を潜ると、そこは天井から目に優しくかつ明るい照明が降り注いでいる小さな部屋だった。
だいたい横幅と高さが二メートル奥行き一メートル半くらいの部屋だから、相当小さい。部屋の半分をベッドが占めている。
他にあるのは小さなテーブル、そして壁には大画面TVサイズくらいの黒いシートのような物が飾られていた。窓はなさそうだ。
狭いなんてレベルではないが、寝るだけなら充分な居住性に見える。ベッドもスプリングが利いているし。
《まさしくホテルの部屋だな、こりゃ。それにしちゃ狭すぎるが》
「……これは、誰かの部屋でしょうか? それにしては変に生活感がありませんけど」
後ろから覗き込んでいるスオーラが、ポカンと口を半開きにしたまま部屋の中を興味深く見回している。
「誰ガ遺シタノカモ判ラナイ物デスが、オ役ニ立ツヨウでしたら使ッテ下サい」
そのさらに後ろから賢者の声がする。
《遺したって、どういう事だ? こりゃどう見てもここじゃなくて、俺達の世界にありそうなホテルか何かの部屋だぞ? だいぶ狭いけど》
さっきから「狭い」を強調する昭士。確かに狭いが。
「どういう事ですか、アキシ様?」
《言っちゃ悪いが、こんなのはこの世界には似合ってねぇ。強いてあげるなら未来かよその世界からここに持ってきた、かな》
自分でも何を言っているのかよく判らないが、そんな言い方の方がむしろしっくりと来る。
百年前のヨーロッパ(っぽい世界)に現代日本のビジネスホテルの部屋か個室の寝台車をそのまま持ってきたような感じなのだから無理もない。おまけに「COCKPIT」という英語の事もある。
そうなると「これはどこの誰が作ったのだろうか」という疑問より「この中はどうなっているのだろう」という好奇心の方が勝ってくる。
昭士の目は未知への恐怖心や警戒心よりも、新しい物を発見した喜びと好奇心に満ちて輝いている。新しい玩具を見つけたような、そんな明るい輝きが。
昭士はスオーラを押し退けるように他の扉を次々と開けていった。どれも鍵はかかっておらずすんなりと開いた。
そうして昭士が出した結論は「これはキャンピングカーだ」である。

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大雑把な見取図を書くとこんな感じだ。太線が壁で細線がドアである。


1:ドアに「COCKPIT」とあったが、これは車の操縦席と言った方がいい。席は乗り合いバスや観光バスのように一つだけで左ハンドル。ここも計器類は全部英語(?)で書かれてある。進行方向向かって右側に階段があり、そちら側からも出入り可能になっている。
2:昭士達が初めて見た「部屋」。大きさを正確に計ると幅百九十五センチ・奥行き百二十三センチ・高さ百九十七センチ。ベッドは幅七十センチ・長さ百九十五センチ・床からの高さ百三十七センチ。下にちょっとした荷物を入れられるスペースが空いている。
3:2と全く同じ作りの部屋。
4:作り付けの棚があるガランとした部屋。おそらく倉庫か荷物入れか。
5:トイレ。キャンプ用の小型洋式トイレ。壁にあった操作盤のピクトグラムを見るに、何と水洗らしい。
6:2と同じ作りの部屋。左右反転しているだけ。
7:小さなシステムキッチン(しかもIH式)と冷蔵庫がある、いわゆる台所。ただし冷蔵庫の中身はカラッポ(当たり前だ)。
8:何もないので一瞬何の部屋か判らなかったが、壁の操作盤のピクトグラムを見るとシャワールームらしい。天井からスプリンクラー的にお湯が降り注ぐようだ。
9:出入口。昭士達はここから中に入った。


操縦席のドアから外に出てみると、そこはガランとしたガレージとしか思えない、打ちっぱなしのコンクリートで覆われた空間だった。明かりはほとんど入ってこないが、寒々とした雰囲気からそのくらいは判る。
昭士は携帯電話を取り出して開く。画面がぼんやりと光を放ってちょっとした懐中電灯代わりとなるので、あちこちに光を向けてぐるっと一回りしてみる。
キャンピングカー(?)の外観は、本当に昭士の世界にありそうな物だ。少し大きめのマイクロバス。全体が落ち着いたモスグリーンで、車体の下の方にコバルトブルーの太いラインが一本引いてある。
そんな車体を支えるのは、これまた太く大きなタイヤだ。何と前に二つ後ろに四つもある。
「アキシ様。どうですか?」
開いたままの運転席の窓から首だけ出したスオーラが訊ねてくる。
《どうもこうもな。普通のガレージだ。おい、賢者さんよ?》
昭士の大きな声が聞こえたのか、スオーラの後ろに賢者がスッとやって来た。昭士は運転席まで駆け寄ると、
《誰が遺したか判らねぇって言ってたがな。これは「遺した」って感じのモンじゃねぇぞ》
「ドウイウ、事デスカ?」
一瞬言葉に詰まった賢者は、どこか口ごもるように返事をしてきた。
《劣化してねぇんだよ、こいつ。完全に新品同様だ。しかもこの世界の今の文明レベルで作れる代物じゃない。ここの世界の車は、俺の世界から見ても百年は遅れてるからな》
「ナルホド。文明ニソグワなイ物ガ『昔カラ』『劣化セズに』存在スる訳がない、ト?」
知識を売り物にしている賢者らしい頭の回転で、昭士の言いたい事を見抜いた彼の言葉に、スオーラの表情がサッと凍りつく。
「で、では、これは一体どこの誰が作った物なのですか?」
《知るか俺が。しかも運転席の計器をよく見ろ。それは俺の世界にある「英語」って言葉の文字だ。この世界にそんな文字あるのか?》
昭士の指摘で、スオーラは慌てて車の計器類を改めてまじまじと見た。
「…………確かに。こんな文字は初めて見ます」
「らなこいに地方ノ古イ文字ガコンナ感ジデスが、ソレでモ随分違いマすネ」
驚いて言葉に力がなくなるスオーラに対し、賢者の方はあくまでも他人事のように淡々としている。
《ゲームに出てくる「古代より伝わりし機械兵器」じゃあるまいし。経年劣化しない素材なんてそうそうある訳ないだろうが。外側だけならいざ知らず、ベッドマットやスプリングまで劣化してないってのはなあ》
こうした乗り物の「外側」だけならば特殊な素材云々でいくらでも説明はつくが、内部の装飾まではそうはいかない。特にスプリングなどは何十年と「いい状態が」持つ事はあり得ないからだ。
《自分の家にこんな訳の判らない物がある。しかもいつからあるのかどこから持ってきたのかも判らないって時点で、怪しさ百二十%だぜ》
と口では怪しむ昭士だが、これが使えるのであればそれに越した事はないと思っている。スオーラ自身「この世界の」車は運転できるので、計器類の文字が判らなくとも、使っているうちに何となく判ってくるだろう。同じ車だ。
昭士はそんな呑気な考えをとりあえず隅に押しやって、賢者に訊ねた。
《あんた、何モンだよ?》
昭士の視線と賢者の無表情に挟まれ、どこか会話に乗り遅れているスオーラが、明らかにオロオロした様子で二人を見比べている。
一方で男二人の睨み合いは続いている。先に視線を逸らした方の負け、という取り決めがあるかのように。
片方は厳しい表情で。もう一方は感情が読み取れない顔のままで。ずっと睨み合っている。
しかし。先に視線を逸らしたのは賢者の方だった。小さな笑顔と共に。
「……思ったよりも鋭い人物のようですね」
何と。先程までのぎこちない発音がウソのような、流暢な「日本語」。こちら風に言うならマチセーラホミー地方、だったか。
「確かにこのレクリエーション・ヴィークルはこの世界には存在しません。別の世界の、ずっとずっと未来で作られた物ですから」
彼の口から飛び出した驚くべき言葉。別の世界。ずっとずっと未来。
《レクリエーション・ヴィークル?》
だが昭士が訊ねたのは一番最初に出た「意味不明の」単語だった。もっとずっと突っ込むべき場所はあるだろうと賢者は内心思ったものの、
「休暇・楽しみのための自動車、という意味ですよ。休日のドライブに使う自動車から、このようにキャンプが可能な車まで、幅広い意味を持っています」
《ご高説どうも。で。そんな代物をどうやって持ち込んだんだ、この世界に? 確かスオーラは世界が変われば姿形が変わる物がほとんどとかナンとかカンとか言ってたが》
別の世界では、全く同じように見えてもあらゆる「法則」が異なる。そのためほとんどの物は別の世界での姿形を持たない(可視・不可視という意味ではない)ため「その世界に存在できない」。それはスオーラと初めて会った時に教わった事実だ。
別の世界に存在するためには別の世界の「法則」を持ち、変換できる者でなければならないとも。
「それを無視して異なる世界の物体をこの世界に呼び込む事ができる。それが私が使える魔法です。もっとも、正確に世界や時代、物品を選べる訳ではないのですが」
魔法で何でも片付けるなよ。昭士は心の中でそう毒づいた。その一瞬の苦々しい表情が見えたのか、
「そうして呼び込んだ物品や知識で、私は初めて『賢者』と呼ばれるに足る存在となれたのです」
どこか寂しげな調子で、そうつけ加えた。
思わぬ展開から垣間見えた賢者の過去。賢者の秘密を知って言葉を失うスオーラ。しかし彼女は思い直すと、
「しっ、しかし賢者様。魔法が使える者は豪華な服を着るのが決まりの筈……」
スオーラは自分が着ているカラフルな(と言えば聞こえのいい、縫製パーツごとに色が全く違う)ジャケットをチラリと見る。その視線に気づいた昭士は、
《ちょっと待てスオーラ。じゃあその服って……》
「はい。魔法が使える者の証『豪華な服』です」
控えめなスオーラが珍しく自慢げに胸を張る。その際に同性も羨む見事な胸がツンと突き出され、昭士は何となく気恥ずかしくなった。
《う〜ん。豪華な服、ねぇ。ならもうちっと色に気を使うとかしろよ。俺の世界じゃ趣味が悪いどころの話じゃないぞ、それ?》
ストレートに言うべきか歪曲に言うべきか。あまり良くない昭士の頭が猛スピードで回転したが、結局ストレートに言ってしまった。
だからスオーラはどことなくガッカリとした表情を浮かべている。まるで「誉めてもらえると思ったのに」と肩すかしを喰らったかのように。
「はあ。アキシ様の世界ではそうなのですか。わたくしの世界ではたくさんの色を使う方が『豪華な服』という印象があるのですが」
使うのはいいが、その「配色」を何とかしろ。昭士は心の中でそう呟いた。
「ですから私は、こういう険しい山の中で、魔法を使わないように暮らしているんです。元々あまり人前に出るのが好きでも得意でもないので。賢者ならば、そういう隠遁生活も不自然ではないでしょう」
なるほどと昭士は思った。こちらの世界でも「賢者」というのはそういうイメージのようだ。
《じゃあ魔法使いはみんなそんな趣味の悪……じゃない。豪華な服を着てる訳か?》
「はい、アキシ様。そもそも魔法は才能に恵まれた人が超人的な修練を積んで、初めて使う事ができる物なのです。わたくしは変身によって魔法使いになっていますから例外としても、この豪華な服はその修練の証でもありますから、魔法使いの方々は皆誇りを持ってこの服を着ています」
スオーラの妙に力の入った解説。しかも目をキラキラと輝かせて言うので、この世界の事を知らない昭士としては「はあ」とうなづくしかない。
「ですが、魔法の発動のさせ方は人によって全く異なります。魔法陣を書いて魔力を注ぐ。材料を揃えて呪文を唱える。物に込めた魔法を決まった文句や動作で開放する。特殊な言語で物に命令を下す……。そのため自分と同じ発動法の師を探すのも一苦労なのですよ」
という、しみじみとした賢者の言葉。確かに人によって全く違うのであれば、ほとんど独学のような物だろう。
「さらに人によって発動回数も異なりますし。普通の人で数回。過去記録が残っている方でも、多くて一日に十回ほどです」
《一日に十回も使えないのかよ、魔法?》
「その通りです。確か百年ほど前の宮廷魔術師様が一日に十回も使えたという記録があります」
昭士の言葉にスオーラが註を入れてくれる。細かく覚える気はないがその配慮は有難く受け取る昭士。
《多くても一日十回か。どの魔法を使うか頭を悩ませるところだな》
回数が少ないなら、やっぱりここぞという時に効果的な使い方をするべきだろう。めったやたらと無駄打ちができる物ではない。いつ使うのかという「頭」も必要なのが魔法使いなのだろう。
ところがスオーラも賢者もきょとんと首をかしげている。
「あの、アキシ様。『どの』とはどういう事でしょうか?」
スオーラが首をかしげたままそう切り出した。昭士は予想外の質問に微妙にうろたえながら、
《あ。いや。その。何だ。火を出したり雷出したりって、色々あるんだろ、魔法って? そういう自分がいくつか持ってる魔法が、合計して一日十回しか使えない、とか?》
スオーラはしばし昭士の言った言葉の意味を考えるように黙り込んでから、
「魔法使いは複数種類の魔法なんて使えませんよ? 使える魔法は一人一種類。そう決まっていますし、そもそも向き不向きがありますから複数なんて覚えられません」
《はぁ!? 何だよそれ、一つしか使えないのかよ!?》
昭士の驚きは当然だろう。典型的RPGをイメージしていたのだから。すると賢者は、
「そうですよ。例えば火の玉を出す魔法が使える人の場合は、火の玉しか出せません。数や大きさは修行次第で調整できますが、同じ火でも火で壁を作る事はできません」
「鷲を呼ぶ魔法を使う方が我が国にはいるのですが、鷲の種類や数の増減はできてましたが、鷹や隼を呼ぶ事はできませんでしたし」
《……意外と不便なんだな、魔法って》
彼に続きこれまた丁寧なスオーラの解説に、昭士はただただ唖然と口を半開きにするばかりだった。
「賢者様は異世界から物品を取り寄せる魔法。わたくしは……」
スオーラはそう言うと自分の右手を胸の中に押し込めた。そして手が出てきた時に持っていたのは分厚いハードカバーの本。
「……この本に書かれている魔法を、実体化させる魔法です」
そう言えば彼女の魔法は総てこの本のページを破り取る事で発動していた。彼女がたくさんの種類の魔法を使えるのだとばかり思っていたが、実際はたくさんの種類の魔法が載っている本の中からピックアップしていただけなのだ。それならば確かに言った通り「一人一種類の魔法」だ。
「さて。剣士殿への魔法講義はこのくらいにして」
話題を切り替えるように賢者がパンパンと手を叩く。
「剣士殿の頭ならそのうち出る疑問でしょうから、今のうちに答えておきましょう」
彼は講義でも始めるかのように、わざとらしい咳払いをすると、
「私がこうして色々な物を異世界から取り寄せているのは、あなた方がエッセと戦う手助けになるであろうからです。私自身では何の手助けにもなりませんが、エッセを倒してほしいのは、この世界に住む一人の人間としては当然の考え。道具だけ出して『後はお前が身体を張ってこい』という感じで、本来は好みではないのですが……」
《ま、どんな思惑があるかは知らねえが、乗ってやるか。あんなのがいたんじゃおちおちゆっくり寝てもいられねぇもんな》
どこか考えの読めない賢者を見ながら、昭士は空元気を出すように提案に乗った。
《けど一つ条件がある。あんたはこの世界じゃ有名な存在なんだろ?》
「はい。世に知らぬ物はない、とまで云われている方ですから」
スオーラが代わりに、自分の事のように胸を張ってそう答える。
《……それなら、あんたの知識と権力で、あの王子さんを説得してくれ。さっき言ってたみたいに、世界全部が敵に回るのなんざゴメンなんでな》
ただでさえよく判らない敵と戦うという面倒ごとを背負い込んでいるのである。これ以上面倒を背負わされては重くて動けなくなるに決まっている。
「説得……ですか、プリンチペ殿下を?」
相当な無理難題を押しつけられたような苦い顔で賢者が唸る。
王子は割と革新的で穏健派な人間ではあるが、それでもこの世界で最大の侮辱行為を受けているのだ。その原因となった人間を手放しで許すとは考えにくい。
「そうですね。先程『道具だけ渡してお前が身体を張ってこい』というのが好かないと言いましたしね。交換条件として、やれるだけやってみましょうか」
賢者としても、昭士とスオーラの存在がなくなるのは困るのだ。エッセと戦う人間を減らしたり無くしたりする事は絶対に避けなければならない。
昭士とスオーラはエッセと戦う事に全力を注ぎ、賢者は王子の説得に全力を注ぐ。大した交換条件である。
《よし、決まりだ。ちょっと早いが飯にして早めに寝ておくか》
賢者もスオーラもその提案に異を唱えるつもりはないらしい。無言で首を倒して肯定する。
それを見た昭士は大きく伸びをしながら言った。
《いやぁ。いぶきがいないとこんなに早く話が進む。いい事だ》
昭士が見せた晴れ晴れとした顔。スオーラは少し疲れた表情を浮かべて「はぁ」と、
苦笑いをした。

<つづく>


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