トガった彼女をブン回せっ! 第4話その2
『ノナスラナ トニカイモチトナミイ』

「魔法使い」
昭士が真っ先に思ったのはそんな言葉だった。
全身をスッポリと覆うフード付きの草色一色のローブ。手には頑丈そうな木の杖。その先には見るからにいわくありげな拳大の宝玉が取りつけられている。
焚き火を背に振り向いた昭士の前には、そんな人物が立っていた。
フードをしっかりと被っているのでどんな顔かは判らない。言葉も発しないので男か女かも判らない。ローブというのはだぶだぶの布で全身を覆い隠すようなデザインになっている。そのためどんな体型か判りづらい。
「ノラノラシイ ミラマナノナ シイトナノチ」
魔法使い(?)は随分と低い声でそう声をかけてきた。その声で多分男だろうと判断する。
《悪いな。俺はこの世界の言葉は判らねえんだ》
通じるとは思っていないが、昭士はそう言い返す。少なくともこの国の言葉を知らない事くらいは相手に伝わってほしい。そう願って。
すると魔法使いは全ての動作をピタリと止めた。右手を顎の下に添えてじっと黙っている。まるで考え事をしているかのように。
何か攻撃をしてきそうな気配は全く無いが、それでも昭士はいつでも転がったままの剣に飛びつけるように少しずつ身構えていく。
「モシカしテ、コノ言葉ナラ通ジマスカ?」
《!!?》
昭士の表情が明らかに驚きのあまりにこわばった。
それは明らかに「日本語」だったからだ。発音はだいぶ怪しげでメチャクチャではあるが、理解できないほどではない。
《何で、こっちの世界で日本語話せるヤツがいるんだよ!?》
《イケメン声なのにスッゲー変な発音》
驚く昭士に対しバカにしてケラケラ笑ういぶき。こんな時でも他人をバカにできるいぶきを昭士はガシンと蹴り飛ばす。
「ソノ『日本語』トイウのハ良ク判リマセンガ、貴方の言葉はまちせーらほみー地方の言葉ニ似テいまス」
《マチセー……?》
またよく判らない単語が出てきたが、この世界にも日本語に近い言葉があるようだ。違う世界なのに。
その驚きがハッキリ見えたからだろう。魔法使いの男(?)は小さく笑うと、被っていたフードを取った。
声の通りの男。年はハッキリしないが昭士よりは上。いって二十代半ばという若さである。
雲に覆われ始めて若干薄暗くなった森の中でも一際目を引くピンクに近い赤紫――マゼンタの髪。顔立ちはかなり整っており十人中九人は「美形」と判断する、男が見ても恨めしいを通り越すイケメン振りである。
しかし昭士には、その胸中に何か山ほど隠し事をしているような風にも見えた。正直にいえば「勘」のようなものだが、こんな森の中にこつ然と現れたところからも「何となく胡散臭い」という視線を露骨に向けている。
「警戒ハ当然デスガ、貴方ヲドウコうシヨうトハ思ッテイマセンよ」
そう前置きをすると、そのイケメンはゆっくりと、しかもジリジリと昭士に近づいてくる。
「ソロそろ雨ガ振ッテキマスヨ。野宿ヲすルナラモっト別な場所ノ方がイい」
彼に言われるまでもなく、空模様の方は一目瞭然なくらいに厚い雲に覆われてきた。しかもこんな山の中である。よくてにわか雨、悪くて土砂降りの雨になる事は知識のない昭士が見ても容易に予想がつく。
《ったく。山の天気は変わりやすいって、こっちでも言うのかよ》
独り言のように呟いた昭士だが、スオーラが食べ物を調達に言ったきり戻ってきていない。その状態でここを動く訳にはいかないだろう。
《そうしたいのは山々だけどな。連れが席を外してるモンで、ここを動くって訳にもいかなくてね》
「ミチスナクラシラ」
男はこちらの世界で何やら呟く。やっぱり何を言っているのか見当もつかない。さっきまで日本語(?)を話していたのに。しかしとっさの時に母国語が出てしまう外国人、みたいなものだろうと、特に気にはしなかった。
「確カニソレデハ動クに動ケナイでショウ。しかし……」
彼がそう言う間にも、小さな小さな雨粒がぽつり、ぽつりと落ちてきている。さすがにこの程度で消えるほど小さな焚き火ではないが、このまま本降りになったらあっという間に火が消えてしまう事は間違いない。
《こんな事ならもう少し真面目にボーイスカウトとかの本、読んでおくんだったぜ》
……と、今さら悔やんでももう遅い。そうした本にならこういう状況になった時の対処法の一つ二つは載っているだろうから。
その時遠くから足音が小さく聞こえてきた。昭士はそちらを振り向くと、彼が思った通りスオーラがこちらに駆けてくるのが見えた。脱いだ上着をカゴ代わりにして、そこに木の実や果物らしいものをたくさん入れている。
「アキシ様! 食べ物を調達して参りまし……け、賢者様!?」
焚き火の側に戻ってきたスオーラは、昭士の側にいるマゼンタの髪のイケメンを見て驚きの声を上げる。思わずカゴ代わりの上着を落としそうなほど衝撃を受けている。
《賢者!?》
昭士といぶきも彼女の口から出た単語に驚いている。賢者などRPGの中でしか聞いた事がない二人。確かに言われてみれば、そのテの賢者はこうした山奥に籠っているというのが定番だ。
「はい。アキシ様、イブキ様。この方は、世に知らぬ物はないと云われるほどの賢者様で、モール・ヴィタル・トロンペ様にあらせられます」
出会えた喜びに満ちたスオーラの表情。それはもはや驚きを通り越して感動すらしている。
「ノチニノチコナスニ シイトナンラ」
「買い被りなどと謙遜なさらなくても。そもそもムータの存在をお教え下さったのは賢者様ではありませんか」
慌てて言葉が戻ってしまった賢者に、スオーラが畳み掛けるような勢いでベタ誉めしている。
賢者はそのベタ誉めから逃げるかのように、上に視線を逸らす。本降りになりそうな雨を恨めしく見上げながら、
「天気ガ変ワラナイウチニ行キマショう。狭い所デスが我が家ヘオ越し下サい」
賢者はフードをスッポリと被ってそう言った。


スオーラが念入りに焚き火の始末をしている間に、昭士の方も剣と胸当てを抱え上げる。
胸当ての方は、何となくレベルではあるが着け方の見当はつく。しかし問題はこのバカでかい大剣である。
背負うための鞘がない以上、むき出しで持って行くしかない。だがこんな森の中でこんな二メートルあまりの剣など、周囲の木々が邪魔をして扱いづらい事この上ないので、実はかなり困っている。
《ったく。誰かさンのせいで鞘を持って行かれるから。これじゃ雨で濡れちゃうじゃない。風邪引いたらどうしてくれンのよ》
結局長い柄を利用して肩に担がれているいぶきが、ブツブツブツブツ文句を言っている。
《お前がいつも通り無駄に怒らせたのが原因だろ。自覚しろ、自覚》
剣を垂直に立て、そのまま竹トンボのごとく柄を両手でクルクルと回転させられるいぶき。
《やめろバカアキ! テメェ後で絶対殺すぞ!》
剣のまま言われても怖さは薄いが、いぶきの場合後でホントにやってくるので、昭士は回すのを止めてやる。
「あ、あの。アキシ様。その『無駄に怒らせた』とは、どういう事でしょうか?」
火が完全に消えた事を確認したスオーラは話に入っていい物か微妙に判断しかねるように、遠慮がちに口を開く。
《いつも通りだよ。このバカが王子さんをわざわざ怒らせてな》
《ちょっとオコチャマ扱いした程度で飛行船から突き落とす、冗談も通じない器のちっちゃいセコ王子よ? アレが王子ってンならこの国はそのうち滅ぶわね。絶対》
といういぶきの発言。剣なので判らないが、間違いなく堂々と無駄に胸を張ってキッパリと言っているだろう。
ところがいぶきのテンションとは正反対に、スオーラと賢者が絶望感を浮かべるくらいにガックリと肩を落としている。
《でしょでしょ!? 今からでも遅くないから、そのオコチャマセコ王子、替えといた方がイイって》
自分の意見に賛同されてテンションが跳ね上がるいぶき。しかし現実は正反対である。特にスオーラなどは本気で困り顔を作り、その顔には涙さえ滲んでいる。
「……アキシ様。どうしてイブキ様は他人を怒らせる事と困らせる事しかなさらないんでしょう?」
《そんな事、今に始まった事じゃないしな》
自分の妹がやった事であり、自分もしっかり巻き込まれているにもかかわらず、完全に他人事の態度を取る昭士。
「……イブキ様。よくお聞き下さい」
スオーラはわざわざ重苦しくそう前置きをしてから語り出した。
「この世界のほとんどの地域は、相手を年下に見るという事を『とても失礼な事』としています。特に成人した人間にした場合は、最大級の侮辱と受け取られます。その場で殺されてしまったとしても、同情する人は誰一人いないでしょう。そのくらいの……」
《ふーン》
力を込めて説明するスオーラの言葉に、いぶきは露骨に「どうでもいい」という態度である。
《オコチャマ扱いで侮辱ねぇ。ホンットこの世界ってレベル低いわねぇ》
きちんと説明しているのにこの態度。先程のスオーラの言葉「他人を怒らせる事と困らせる事しかなさらない」通りの言動。
「コノ国ハ多国籍国家。異ナル文化のぎゃっぷニは寛容なオ国柄デはアリマスガ」
賢者もスオーラの言葉に続いて説明する。
「イキナリ突き落トシタとイウ事ハ、ヨホド怒ッたノデしョう、ぷりんちぺ殿下は」
《一応「こういうヤツだ」って説明はしたんだけどな》
判っていても腹が立つ、という事もある。そんな雰囲気で取り合えずかばうように発言する昭士。
「でも。これはとても困った事になりました」
スオーラが完全に血の気の引いたこわばった顔で、ぽつりぽつりと説明を始める。
「この国の王子を、よりにもよって子供扱いして怒らせてしまった。これはイブキ様がこの国を相手に宣戦布告をしたも同然の行為。当然この国の政府・軍隊・警察・教会はもちろん、一般国民のほとんど総てを敵に回すという事に等しいのです」
《おいおい……》
さすがに昭士も自分の妹のしでかした事の重大さに気づかないほど鈍感ではない。
「それだけではありません。この世界でのイブキ様はその大剣という事になっていますから、その持ち主であるアキシ様にその責を負う事が求められます。全国に指名手配されて、身動きが取れなくなる事は間違いないでしょう。もちろん、お二人を連れてきたわたくしもですが……」
言いながらスオーラがうっすら涙を浮かべている。
何の不自由もないお嬢様から一気に犯罪者の仲間入りという急転直下の転落振りだ。落ち込まない方がどうかしている。
「イブキ様がここまでダメな人間だったとは。わたくしの想像を遥かに上回ってました」
《……ちょっと。興味ないから黙ってりゃ調子に乗るンじゃないわよ、このバカ野郎どもが!》
昭士に担がれたままのいぶきが、不機嫌を隠そうともしないで怒鳴り出した。
《悪いのは誰がどう見てもオコチャマ扱い程度で落っことしたバカ王子の方でしょ? むしろあたしは被害者よ? 殺されかかったって事で百億くらいの損害賠償請求するのが当然なくらいだっての!》
いぶきとしては真っ当な意見を言っているつもりだろうが、昭士は彼女の喋りを刀身を叩いて黙らせる。
《ところ変われば品変わるって言ってな。日本の常識がここでも常識とは限らんだろう。家庭科以外の成績がトップのクセしてそういうところが判らんとは。これは家庭科の内容じゃないぞ》
《こンなトコ来たくないし化物退治もゴメンだって何度も言ってるのに、無理矢理連れて来たのはそっちでしょ!? やりたくないって言ってる人間を連れてきたあンた達が悪い!》
そのいぶきの怒鳴り声。確かに彼女はこの世界に来る事はおろか、「化物退治」の手伝いすら始めからキッパリと拒絶している。そういう意味ではいぶきの言葉は合っている。
それは「誰かの助けになる」という行為を嫌っているからであり、他人が助け合う行為を「一人では何もできない無能者の行動」と心底思っているからだ。
しかしその化物退治に必要な武器に変身できるのはいぶきだけだ。スオーラの世界の書物にあったという、化物に極めて効果的なダメージを与えられる「戦乙女(いくさおとめ)の剣」なのだ。
もっとも、外見的特徴が極めて一致しているだけで本物かどうかはまだ判らないのだが、その能力は本物としか思えない。
「ソレ……剣ダッタノデスカ?」
賢者が昭士の担ぐ大剣を見て、とても驚いている。
それも無理からぬ事だ。何せ刀身の長さは約百八十センチ。幅は何と四十センチ。刃の厚みに至っては五センチはある。しかもその刃はノコギリのようとくれば、もうそれは剣には見えない。「持ち手のついた巨大な鉄板」と言った方が正しい。
《ま、一応はな》
《ったく人のハダカ見せるなバカアキ!》
相変らずの調子で怒鳴りつけるが昭士は無視する。どうせ現在の状態のいぶきに欲情する輩などいないに決まっているからだ。
「重クナイノデスカ?」
《ああ。俺だけは簡単にブン回せるけど、他の人間には多分無理だろ。三百キロ近くあるらしいし》
賢者は派手な装飾が一切ない、無骨な剣をまじまじと見つめながら訊ねる。相変わらずいぶきの「人のハダカ見てんじゃねぇ!」という怒鳴り声はするが。
「コノ剣ハ『にみーかいすにまいみーから とらほしら』ナンデスカ?」
「『知性を持った剣』という意味になります、アキシ様」
賢者の口から出た意味不明の単語に、スオーラが注釈を入れてくれる。
《知性を持った剣、ねぇ。俺の妹がこっちの世界に来るとこのカッコになるから、それは違うかなぁ。そもそもこいつに知性なんて立派なモンがあったら、こんな事態にはならなかったろうし》
《んだとゴラァ!!》
案の定腹を立てるいぶき。しかし昭士の言葉の方が正しいとスオーラは思った。


そんなやりとりをしている最中に、とうとう雨が本格的に降ってきてしまった。
しかし傘などないので、昭士は剣となっているいぶきを頭上に持ち上げて傘代わりにした。真ん中を昭士が持って支え、前には賢者が、後ろには昭士の胸当てに拾ってきた食べ物を乗せたスオーラが続いている。
何せ刀身部分だけでも幅約四十センチ、長さ百八十センチである。三人縦に並べばどうにか傘代わりにはなる。
……いぶきのキレた怒鳴り声にさえ目をつぶれば。
《こういう時こそあンたの魔法使いなさいよ。そっちのピンク頭だって魔法使えるンだし》
「私ハ魔法は使エマセンヨ」
賢者の口から驚く言葉が飛び出した。
《え!? 賢者って魔法が使えるんじゃねーのか?》
驚く昭士の言葉に、スオーラは少し考えると、
「ひょっとして、アキシ様の世界における『賢者』とは、そういう人物を差す言葉なのですか?」
日本の常識がここでも常識とは限らない。さっき昭士自身がそう言ったばかりなのに。同じ言葉でも意味が変わってもおかしくないのだ。世界が違うのだから。
もっとも昭士の賢者の知識はゲームからだ。魔法使いの上位互換であらゆる魔法を使え、豊富な知識を持った存在。それが昭士のイメージする賢者の姿だ。
《じゃあ、こっちの世界でいう『賢者』ってのは、どういうヤツを言うんだ?》
「知識を売り物にしている人の事ですよ。このムータに関する事も、大半は賢者様からお聞きしたものです」
スオーラが取り出したのは、昭士も持っているカードだ。
「特にこちらの賢者様は『世に知らぬ物はない』と云われる程の方なのですから」
「ソレハアクマデモ宣伝文句。本当ニ知ラナイ物ガない訳デはあリまセン」
《じゃあただの詐欺師じゃない。ウソの看板出してンだから》
傘代わりにされているからか、言い方は静かでも相当刺が入っている言い方だ。賢者はそんないぶきに向かって言い返す。
「デハ、私ガ知ッテイル事ヲオ話シ致しマしョウカ」
賢者は勿体ぶった口調でそう前置きをすると、
「コノ山ヲ下リタトこロニアルすっどとイウ村ニえっせガ現レマシたネ」
エッセというのが、昭士達が戦うべき化物の名前である。
「ソノ姿ハ巨大ナ四ツ足の獣。短イ足ニ巨躯。顔の中央に長い触手のヨウな物ガアリ、そレが絶大な破壊力ヲ誇ル」
《でっかくて短い四つ足。顔の真ん中に触手……?》
賢者に言われるままに、そのエッセの姿を想像してみる昭士。
顔の真ん中に触手というのはさっぱりだが、巨大で短い四つ足の方にはハッキリとした心当たりがあった。もしかしたら。
《なぁ。それってひょっとして象かマンモスなんじゃねーのか?》
それなら説明の全てに納得がいく。賢者が触手と言ったのは象の長い鼻の事だろう。という事は。
《ちょっと待った。ひょっとして、この世界に象とかマンモスっていねーのか?》
もし居るのであれば、わざわざそんな長ったらしい説明をする必要がない。象かマンモスの形をしていると言えばいいのだから。
「象? マンモス? 少なくとも、わたくしは知りませんが……」
高い教育を受けている筈のスオーラですら知らないのだ。きっとこの世界には象もマンモスも存在しないか、もしくは遥か昔に絶滅してしまっているのだろう。
賢者も同様に判らないと言いたそうにしている。世に知らぬ物はないと言われていても、この世界に存在しない生き物の事まで知っている訳ではない。彼が先程「宣伝文句」と言って否定していた理由でもある。
《あー、ちょっとそこの木陰で止まってくれないか?》
スオーラと賢者が不思議そうな顔をするが、とりあえず雨宿りのような感じで大木の下で立ち止まる。
昭士は剣を木に立てかけると、雨に濡れないように気をつけて携帯電話を取り出して親指で操作し始めた。
その状態でしばし携帯を操作し数分後、
《なぁ賢者様よ。その目撃されたエッセってヤツは、こんな感じの外見じゃないか?》
昭士は賢者に「これを見ろ」と言わんばかりに画面を突きつける。その画面にはインターネットで見つけた象の写真が大きく映し出されていた。
「うわ。何ですかこれは? これが『象』という物なのですか?」
「確カニコンナ感ジデシタ。でモ、こレハ一体何でスか?」
画面の象を見て驚くスオーラに、携帯電話そのものを見て驚く賢者。スオーラにはさっき説明したがこの世界に住む賢者とやらが携帯電話を見るのは間違いなく初めてであろう。
《これは俺の世界にある個人用の電話だよ。こうして調べものにも使える、もはや日常生活に欠かせない道具だな》
昭士は賢者にそう説明すると、これまた雨に気をつけて携帯電話をしまう。もっとも彼のモデルは生活防水に完全に対応しているので、この程度の雨で壊れる事はまずない。何となく気分の問題である。
それにしても、相手が象かマンモスとくれば大変な事になるのは目に見えている。
前回戦ったTレックス型の骨格標本よりはマシなものの、その巨体と体重差が自分達人間とは決定的に違う。
特に象の突進は時速三十キロほどと決して速くはないが、それでも高さ三メートル体重五トンを超える物体がそのスピードで迫ってきたならば、下手な軍隊など簡単に蹴散らしてしまうだろう。事実そうした事から戦の「武器」として使われてきた長い歴史がある。
そんな相手に武器があるとはいえ生身で戦わねばならない。しかもたった二人だけで。
もし王子を怒らせずにいたら、私兵や軍隊の協力が多少なりとも得られただろう。彼らの武器ではエッセに傷一つつける事はできないが、罠をしかけたり誘導する囮には充分になれる。
つまり、多才な作戦・戦法がとれるのだ。戦う上でこれほどやり易いものはないだろう。
《ったくよ。誰かさんのせいで王子さんを怒らせるから。これじゃ少ない手勢で戦うしかなくなったじゃないか。やられたらどうしてくれんだよ》
《やられなきゃイイだけでしょ。ったく、その程度も事も判らないで戦おうってンだから呆れちゃうわよね〜》
さっき言われたのと同じやり口でいぶきに言い返す昭士だが、彼女は例によってバカにした態度で返してくる。
「……イブキ様。我々はその『やられなきゃイイ』方法を模索しているのです。その方法があるのなら意見として述べて頂けますか」
言葉は丁寧だが口調は明らかに刺があるスオーラの発言。いぶきが原因で自分までお尋ね者にされてしまったのだから当たり前だろう。
その刺が伝わったのか喋るのも面倒になったか、いぶきはだんまりを決め込んでいる。
もっとも方法を思いついていたとしても「他人の為に」何かをするのが大嫌いないぶきの事だ。「こンな簡単な事も思いつかないこいつらバカ過ぎ」とでも思うだけで発言はしないだろう。
《大丈夫だ。通じるかは判らんが戦法はある》
行こう、と剣を傘代わりにし直した昭士が、自信満々に言う。
《この象って生き物は足が弱いんだ。地面スレスレにこいつを力一杯ブン回して足に叩きつけてやればそれでおしまいさ。自分の体重を支え切れなくなって自滅確定だ》
もっともそれをやるためには、猛スピードで迫る巨体に対する恐怖心に耐え抜いて肉薄する距離まで近づかねばならない。まさしく「言うは易く行うは難し」である。
《ちと待てバカアキ。またあたしをブン回す気!? 身動きできないあたしをブン回して叩きつけて。これってハッキリ言ってイジメよ、イジメ!?》
《何言ってる。普段お前が俺にしてる事の方がよっぽどイジメだろ。因果応報って言葉の意味、よ〜く思い出しておけ》
《どこが因果応報よ! 適材適所の間違いでしょうが、このストレス解消アイテムな軟弱バカアキの分際で!》
ちょっとした事ですぐに始まってしまう二人の口喧嘩。もう何度目になるのかも数えたくなくなる程である。
「ノナスラナ トニカイモチトナミイ」
賢者がスオーラに向かってこの世界の言葉で呟いた。彼女は少し疲れた表情を浮かべて「そうですね」と、
苦笑いをした。

<つづく>


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