トガった彼女をブン回せっ! 第33話その6
『デハサラバダ』

エッセの制作者の名前はスーフル・ドットレッサ。ただし自称。
昭士達の時代から三百年後の人間である。ただし自称。
十三歳にして一流大学を卒業したIQ230の大天才。ただし自称。
何から何まで「自称」がつきまとう怪しい以外の何者でもない人物だが、昭士の妹・いぶきの来世の姿である。ただしこれも自称だが。
一応付きで情報収集を担当している益子美和が調べてくれた情報によれば、自身の前世である角田いぶき、そしてそのさらに前世のプラーナ・ラガッツァというオルトラ世界の人物。
これらの人間に共通するのは「度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた女」である。
しかしスーフル・ドットレッサはこの二人に心の底から尊敬の念を抱いており、自らの名にプラーナ=イブキというミドルネームをつけた程である。
しかもエッセを作ったのも「先祖の苦悩と恨みを晴らす」のが理由らしい。もちろん前世=先祖とは限らないが、生まれ変わりの仕組みなど人間風情に判る訳もない。
だが同時にいぶきを利用もしていたようで、彼女に気づかれないように何らかの機械らしきものを埋め込み、エッセと戦う戦士の情報を集めさせていた事も判っている。
あまり物覚えがいいとは言えない昭士だが、さすがにこれは覚えていた。
どうしてシズマ達の駆け落ちを手引きした人物の事を聞いて彼女の事を思い出したのか。
実はいぶきは自分勝手で独善的で暴力的な言動ばかりしており、同時に誰かの助けになるような行動を見るのもやるのも死ぬほど大嫌いなのである。
目の前で助けを求められようが、どんな褒賞を積もうが間髪入れずにキッパリと断れるくらい徹底しており、そんな事をするくらいなら死んだ方がマシと言い切る人間である。
そのせいかは判らないが、いぶきは「助かった」「有難う」といった感謝の言葉を聞くのも死ぬほど気持ちが悪いらしく、言われただけで気分が悪くなって吐いてしまうのである。
確認はしていないがそこまで共通しているなら前世のプラーナも来世のスーフルも同様の可能性が高い。
だから駆け落ちの手伝いという「誰かの助けになる」行動をして気持ち悪くなって吐いたのだろう。
そういった事をあまり上手とは言えない語り口で話す昭士。それを聞いたドゥーチェもシズマも「そんな人間がいるとは信じられない」と呆然としていた。
《まぁ状況証拠でしかないけどな。けど怪しい事は確かだ。人助けしたらゲーゲー吐くような人間が山ほどいてたまるか》
しばし無言の間ができたが、やがてドゥーチェが口を開いた。
「ないかン作戦かもしれもはンな」
《作戦か》
「剣士どンをこけ誘い出し、そン間に別ン場所で本来ン作戦を決行すっ。ようあっ手口じゃっどン」
《……やっぱりそう思うか。そうだよなぁ》
地球でもウェブサイトやサーバーへ謎の侵入事件が多発しまくっていると言っていたし、金属化に関して不審点が山ほどあったし、やっぱり誘い出された感じが強い。
しかしそれらは全てエッセが直接やった訳ではなさそうなので、昭士達だけでどうにかできる事件ではなくなった。
昭士にできるのはエッセと戦う事。そして今も背負う戦乙女の剣にできるのは、そのエッセによって金属にされた者を元に戻す事だ。今回のようなケースでは何の役にも立てない。
もちろんこの駆け落ち騒動はもっとどうでもいい。自分達が関与しなければならない事ではない。スオーラに事の次第を連絡して帰ってもいいくらいだ。
しかし、昭士の持つ「周囲の動きを認識する」特殊な能力が、森の中からこっそりやってくる人影を確認していた。その人物は大きな木の陰からこっそりとこちらを見ている。
《なぁ。あっちの木に一人隠れてる奴がいるんだけど、ひょっとして……》
昭士がそう言って指を差した先には、確かに人が隠れていた。見つかった事に気づいたその人物は観念したのか木の陰から姿を見せた。
黒い着物に黒い袴。そして額には白い鉢巻。小柄でやや細身の体型の、儚げな美人という形容の似合う少女。年は自分と同じくらいか、違っていても一つくらい。
さらに意味も理由も根拠もないのに「この人は大事にしないとな」と思わせる「何か」を確かに感じた。
その人物は昭士達の前に出てきて深く頭を下げると、
「初めまして。コナカラナ教徒の巫女トニミカラナ・テルテと申します」
昭士の日本語=標準語っぽい口調で静かに挨拶をする。それから少し悲しそうな、そして何かを諦めたような無表情になると、
「わたし達はこのまま連れて帰られるんですか?」
どうやら彼女は昭士やドゥーチェを自分達を取り戻しに来た追っ手と思っているらしい。駆け落ちしたのに追っ手に追いつかれては、当然引き裂かれ元の場所に帰らせられる。当たり前である。
正直に言って、ドゥーチェにはどうしたらいいのか判断がつかなかった。利用はされたかもしれないが、そうしてまでも駆け落ちをしたい二人を強引に引き裂いて良いのか悪いのか。
だからうまい言葉が出なかった彼を見て、昭士が口を開いた。
《こっちはあんた達の駆け落ちを手伝う理由も止める理由もないよ。勝手にしな》
二人に向かって淡々と言う。それを受けたテルテは、シズマの方をチラリと見るとキッパリとこう答えた。
「もちろん勝手にさせていただきます。いくら望まぬ婚姻が宿命であろうとも、嫌なものは嫌と言います」
さらにシズマも立ち上がりながら、
「当たり前じゃ。わたしは彼女を守り、支ゆっ、そん覚悟はできちょっ」
昭士から彼女をかばうようにして彼の目をじっと見つめるシズマ。
しかし昭士はため息をつくと、
《そりゃ覚悟じゃなくて「当たり前」なんだよ。駆け落ちって事はお互いの家族・親族・友人知人全員との縁を切って、故郷はもちろん地位も名誉も財産も全部捨てて、二度と戻らぬ覚悟と互いの身一つだけで生きて行くって事なんだぞ?》
昭士はそんなセリフをよどみなく語って行く。
《そんな今後が想像できるのか? やっていけるのか? もしできないなら今のうちに止めた方がいいぞ。ふざけたヤツと結婚させたくないって気持ちだけならなおさらな》
応援してるのか止めているのか判りにくい昭士の言葉。
「駆け落ちをさせよごたっどか、させよごたなかンと?」
ようやく口を開いたドゥーチェが、どことなく冷めた声で訊ねてくる。
《さっき言ったろ。俺は完全に部外者だからな。正直成功しようが失敗しようが関係ないし》
無責任の極みのようなセリフだが、
《少なくとも、他の人間からあれこれ言われたくらいで気持ちがグラつくようじゃ、止めといた方がいいだろうけどな》
このように正論もブチまけるので考えが判りづらい。
ドゥーチェとてお互い心底好きあった者同士が結ばれる方がいいとは頭では判っている。けれどそれが理由で何かよくない事件が起きるのは歓迎しかねると思っている。
だが今回は相手が悪い。テルテは一つの街の長である。その長が原因不明で謎の金属にされて大騒ぎなところに加え、二つの街が一触即発の状態になってしまっている。
しかもその実態は駆け落ちなのだから。詳細がバレた時の人々の騒ぎようは、もう彼の想像の域を超えている。
《……あと、一つ質問いいか?》
少し考えをまとめた昭士がシズマとテルテに訊ねる。
《その手引きしてくれたヤツだけどさ。こうして二人が落ち合ったらどうしろって言ってた? まさか故郷から逃げる手はずしか整えてなかったとか?》
「そういえば……そんた聞いちょらんやった」
今頃気がついたと言わんばかりにハッとした表情になるシズマ。テルテも同じらしい。無事抜け出して落ち合えるという部分にばかり気がいっていて、そこまで思い至らなかったようだ。
昭士は「バカかお前らは」と言いたくなるのをグッと飲み込むと、
《俺、嫌な予感するんだよ。これがもしスーフルが俺達をここに呼び寄せる罠だとしたら、このままで済ますとも思えない》
「どげン事や、剣士どン?」
ドゥーチェの質問に昭士は彼ではなくシズマとテルテに向けて、
《あんた達の服とか持ち物とか、下手すれば体のどこかに……その、どこに行っても居場所が判る何かのアイテムを埋め込んでて、必要になったらみんなにあんた達の居場所をバラすかもしれない。そうなったらあんた達の故郷は大騒ぎ確定だ》
スーフルがいぶきの来世であれば、その程度の「嫌がらせ」は絶対にやってくる。しかも最悪のタイミングで。いぶきは「代々」そういう性格なのだ。
駆け落ちだとバレるのは仕方ないだろう。いつかはバレる。だが二人が常に追跡されるような状態であれば事態はもっと混乱する。
そうなれば追いかけるものも出かねないし、その手助けをしてよけい混乱に貶めるくらいの事は、いぶき「達」なら嬉々としてやってのける。
《京都……じゃなかった。テルテだっけ。あんたの住む街に、俺の仲間の姉貴が嫁いでるんだ。街がこれ以上大騒ぎになったら、そいつが本来の任務どころじゃなくなっちまう。前科もあるし》
以前スオーラの上の姉が嫁いだ国でクーデターが発生した時の事を思い出す。責任感の強いスオーラはエッセ討伐を優先すると言っていたが、その胸中が揺れに揺れていた事は昭士にだってすぐ判った。
その時見せた、貼りつけたような作り笑いの笑顔など、もう二度と見たいものではない。
《そういうのを調べられればいいんだけど……今できるヤツが……》
あちらの世界のインターネット世界で頑張っているジェーニオが思い浮かぶ。以前いぶきの体内にアイテムを埋め込まれているというのはジェーニオが発見した事だ。ジェーニオなら間違いなくできるが今は呼び出せない。
どうしたものかと視線を上に向ける。少々小さいが上空に浮かんだままの聖鳥王が見えた。
《……いけるかもしれないな》


この聖鳥王は、元々は昭士が幼少時代に放送されていた特撮番組に登場するロボットである。
いろいろあってこうして番組内の「本物」を使えるようになった訳だが、動画配信やレンタルDVDなどで番組を見返している最中、人間の体内に仕掛けられた爆弾を目から発したビームで消滅させて、その人を救うシーンがあった事を思い出したのだ。
昭士は一人聖鳥王のコクピットに戻り、マニュアルをつぶさに見ていく。するとマニュアルのだいぶ後ろの方にその方法がちゃんと載っていたのだ。
昭士はマニュアルに従って目の前の機器を操作し、そのビームの照準を眼下のシズマとテルテに向ける。そして、発射。
メインのスクリーンにはこちらを見上げている二人の様子がサーモグラフィの画面のように色つきで表示されており、シズマに一ヶ所テルテに一ヶ所、明らかにこの世界の物ではない物質が付着しているのが判った。
計器を操作してその「物質」を破壊、そして消滅させる。画面には「ALL CLEAR」の文字が表示されていた。
そしてそのまま下にいる三人を聖鳥王の中に収納した。
収納先の格納庫に昭士が行くと、いきなり宙に持ち上げられて慌てていたのか、冷や汗をビッシリとかいて表情が凍りついたままのシズマとテルテが。
《説明なくて悪かったけど……大丈夫か?》
「は……はい。どうにか」
「済みもはん。高かところは苦手でして」
テルテとシズマが息を整えて落ち着こうとしている。だが高いところが苦手らしいシズマはまだ顔色が悪い。周囲に何も見えていなくとも「高いところにいる」というだけでもマズイらしい。
「剣士どン。いったい何をすっつもりかね?」
一度経験しているがやはり慣れないらしく、ドゥーチェも気分が良くなさそうな顔のまま訊ねる。
《とりあえず、あんた達を手引きした女からの追跡はなさそうにしといたけど、あのままにしておいたら今度はこいつらが捕まるだろ。あそこからの移動手段考えてなかったっぽいし》
同様の質問の答えに困窮していたし、そもそもシズマが乗ってきた馬は派手に転んでしまっていたので脚に異常があるだろう。これ以上乗る事はできまい。
《だからこいつでそうそう見つからなそうな国に行く。そこで仲良く暮らすなりケンカ別れするなりしてくれ》
昭士の提案にテルテの表情がぱあっと明るくなると、
「……それでしたら、以前から話に聞いていて、一度行ってみたいと思っていた国があります」
そうして上がった国の名前はファエント国といった。
海洋国家と名高い国で、その海の美しさはオルトラ世界でも五本の指に入るほどだという。
テルテの住むノンラナカラ市には海がなく、幼い頃から海への憧れが強かった。加えて海洋国家ゆえに様々な人種・民族のるつぼでもあり、自分達の様なよそ者が行ってもそこまで目立たない筈だ。
その辺りは白子のため白髪白肌のシズマを気遣ってもいる。
そこでドゥーチェから追加情報が入った。
現在のファエント国の国王は極端なタカ派で、豊富な海洋物流と資源をタテに周辺国家に脅しとも言える要求をいくつもしているそうだ。
特に海軍の力が強く、その猛者ぶりは陸の上でも変わらない。国王も海賊の親分とあだ名されるほどで荒っぽい性格と聞いている。
だがそれは腕ずく力ずくで解決したがる傾向が強いだけで、戦争をしたがる指導者という訳ではないらしい。
それゆえに他国からの侵略される確率も低そうだし、案外いいアイデアかもしれない、と。
何よりここからとても遠い。まだまだ情報伝達速度の遅いこのオルトラ世界であれば、おそらく見つかる事はないだろう、と。
《……で。その国ってどこにあるんだ?》
「だいたい一万キロ先てったところかな」
《一万かぁ……》
素直に答えてくれたドゥーチェの答えに、昭士は「ん?」と頭の片隅に引っかかるものを感じた。
《確か昨日行ってたヒュル……ナントカって国も、そのくらいの距離じゃなかったかな》
「ヒュルステントゥーム国ん隣国ん一つだ」
《また戻るのかよ》
困った顔を隠そうともしない昭士のボヤキ。しかし言ってしまった以上叩き出すのもナンだし、と気持ちを切り替える。
《じゃあみんなでこっちに来てくれ。シズマにはちょいと済まないが、我慢してくれ》
昭士が「ついて来い」と言いながら格納庫を出て行く。行った先はもちろん操縦席。前方にはスクリーンに映る外界の景色が広がっており、さっきまでいた鬱蒼とした森が下の方に小さく見えている。
「確かにおじかが、彼女を守っためにも、克服せんな」
シズマの顔色は悪く足もガクガク震えているが、何とか頑張ろうとしているのは伝わってくる。昭士はドゥーチェに聞きながら地図を表示させ、行き先を設定する。
そして自動操縦に切り替えると、聖鳥王はスルスルと上空一万メートルにまで上昇し、一気に加速してオルトラの空を駆けて行った。


夕暮れのノンラナカラ市内。その高級住宅が立ち並ぶ一画にて。
自分達を尾行していた者のうち一人を拘束。その理由を力づくでも問おうとした時オオクとスオーラにそれを止められ、仕方なく掴み上げていた手を離したガン=スミス。ジュンもしがみつくのを止めたので、青年の体がドスンと地面に落ちる。
もちろんそのまま逃げられない様にガン=スミスとジュンが囲んでいる。
「自分が委細を話す。その者は逃がしてやってはもらえないか」
彼らの後ろからいきなり声をかけてきたのはスキンヘッドに強面顔の大男。先ほど別れたばかりの自由僧シーダであった。胸の前で両手を合わせ、その大柄な身体を不器用に折りたたむような礼をしてくる。
その右頬には何かがかすめたような一直線の傷が。その原因を何となく察したガン=スミスは、スオーラに彼の言葉を訳してもらうと、
《……まぁ、話してくれるんならな》
相手に通じないと判ってはいるが、母国語の方でそう言うと、青年が通れるように道を開けてやるガン=スミス。その隙間に滑り込むようにして青年は足早にここを去って行く。その後ろ姿を確認したシーダは、
「……自分達は一ヶ所に定住できない自由僧。喜捨を求め街中を練り歩く。それゆえに街の噂が嫌でも耳に入る」
「そ、それは先程お話しして下さいましたよね?」
スオーラが疑問を発するが、シーダは構わず話を続ける。
「だからこそ、我ら自由僧は軍隊でいう情報部の先兵と同等の役目を担っているのです」
ここマチセーラホミー地方は統一をされていないので周辺国に「国家」と認識されていない。だから国を守る「軍隊」がない。各区域や市が独自に防衛組織を抱えている状態だ。
もちろんいがみ合いや出し抜きもあっていつも平穏とは言い難いが、マチセーラホミー地方全体の危機とあれば鋼鉄のような固い絆をもって団結し命がけで外敵と戦う。そう伝わっている。
街中を歩いて喜捨を求めるのが役割の自由僧であれば、どこにいても不自然になる事はない。それゆえに情報収集の役割も担っているのだ。
人それぞれに与えられた役割があり、街の中の不穏な動きを探る者がいれば、今回のような一件の火消し・調査・情報操作を担当する者もいる。
さっきまで捕まっていた青年(本当にそうかは判らないが)は街に重要人物がやって来た時に、陰ながらの護衛を担当する者のようだ。紹介状を持って街の重鎮に会いに来た人間なら確かに重要人物だ。
無論すべての自由僧がそうだという訳ではない、とシーダはつけ加える。その説明を聞いたスオーラはシーダに対し、
「もしや。あなたはその組織の中でも、ある程度の地位にある方なのですね?」
トップではなくとも、それなりの部下を持ち、現場での指揮権や裁量を与えられた人物なのだろうと推測した。
「地位に関しては話せんが、自分達の活動自体は公然の秘密、というものだ。それでも口外はご遠慮願いたい」
シーダは再び身体を折りたたむように礼をしてくる。
ぴぴぴぴっ。ぴぴぴぴっ。ぴぴぴぴっ。
そこへ皆が聞いた事もない奇怪な音が流れ出した。鐘の音でも鳥の声でもない。いったいこれは何だとオオクとシーダは辺りを見回している。
しかしスオーラの方は慌てず騒がず自分の僧服のポケットから取り出したものはゴツイ腕時計。これが彼女の携帯電話(プリペイド式)である。
昭士の世界では普通の折りたたみ式のガラケーなのだが、オルトラ世界に来るとこんな姿になってしまう。しかしその機能は全く変わらない。
スオーラはいくつもあるボタンのうちの一つを押すと、腕時計に向かって話し始めた。
「アキシ様ですか?」
『ああ。ちょっとこっちで動きがあったから、簡単に知らせとく』
そう前置きしてたった今あったシズマとテルテの事を話していく。訳の判らない腕時計のようなものと話をする様子にこのマチの二人はもちろん驚いていたが、会話の中身――二人の駆け落ち工作にはさらに驚いていた。
『そんな訳でこれ以上俺達が係わる必要はないな。金属にされたナントカいう代表者には気の毒だが、俺達じゃ元に戻せない』
昭士と戦乙女の剣にできるのはエッセが金属に変えた者を、とどめを刺す事によって元に戻す事。そうでないケースで金属にされた者を戻す事はできない。
『その、テルテとかいう女の提案で、一旦そっちに戻る。そんなに時間はかからないとは思うけど……』
電話(?)口から昭士の声が聞こえてくるのと同時に、夕暮れの街の上空に聖鳥王が姿を見せた。それも鳥の姿ではなく、巨大な翼に鳥の頭を持った巨人の姿で。
当然街のあちこちから驚きの声が上がる。それは明らかにこの近所だけからではない。きっと街中で大騒ぎになっているだろう。
スオーラは何を考えているのか、と思った。昨日も迂闊に近づいて大変な目に遭ったというのに。しかもこの街は代表者たるテルテが金属像にされて一大事という状況なのに。
そんな風に内心で焦るスオーラをよそに、上空の巨人を見たシーダは「カイミキナ」と呟いた。
それはこのマチセーラホミーの山中に潜むと云われる化け物の事で、鳥の頭を持ち背に翼を持つ人間の姿をしているという。
山で迷った者は助けてくれるが山を荒らす者は惨らしく殺すという二面性を持った存在だという。
するとその上空の「カイミキナ」はどこかに着地し、しゃがみ込んだ。そして立ち上がると、
『コノ巫女ハ、我ガ花嫁トシテ貰イウケル』
そのボリュームは凄まじく、両耳を押さえなければならないほどであり、それでも全く音を遮断できない。しかも周囲の壁や建物がびりんびりんと激しく震えているのだ。
どうにか音をこらえて「カイミキナ」を見たガン=スミスは、その鉤爪が人間サイズの金属の像を持ち上げているのが見えた。
『デハサラバダ』
「カイミキナ」=聖鳥王は文字通り街を「震撼」させそのまま飛び去っていく。それも一瞬で遥か彼方へ。
街のあちこちから驚きと悲痛に満ちた怒号が聞こえてくる。スオーラ達でも巫女=テルテの事だと察せられた。自分達の長が連れ去られた怒りや悲しみがこのまま暴動に発展するのでは。そんな心配が胸をよぎる。
『……えるか。スオーラ。聞こえるか』
電話から再び昭士の声がした。
彼がテルテから聞いた作戦によると、このマチセーラホミー地方ではこのカイミキナの花嫁に選ばれるというのは生贄に選ばれたという意味であり、同時にこの土地を末長く守ってやるという約束を交わした証でもあるそうだ。
『だからこのテルテって女がアレコレ追及される事は……多分ない。これでこの件はとりあえず終わりって事で』
金属の像とはいえ花嫁として巫女を連れ去るという、何とも乱暴な作戦である。
スオーラとしても今回の金属化事件がエッセの仕業でなかっただけまだ良かったと思ったのが本音である。これ以上変な事態に発展しなければ、それに越した事はない。
『そんな訳で、この駆け落ちカップルを逃してくるから』
「そ、それで、お二人はどちらへ行かれるのですか?」
思わずスオーラがシズマとテルテの行く先を訊ねてきたが、
『いや。それはここでは言わないでおく。まだ決まってないし』
本当は決まっているのだが、盗聴を警戒してあえてごまかした昭士。敵はやり方がズサンだったりズボラな雰囲気もあるがその技術は自分達より遥かに上だ。言うのは終わってからでいい。
『それからさ。確かその街にはスオーラのお姉さんがいるんだろ? そっちで一泊したらいいんじゃねえかな。そして明日の朝落ち合えばいいだろ。そこまで時間はかからないと思うし』
「た、確かにそうですが……」
スオーラはカバンの上から中に入っている紹介状に触れた。結果としてこれらが全く意味のない物になってしまったからだ。属している宗教最高責任者であり自分の父親が、忙しい中わざわざ書いてくれた物なのに。
(せっかく書いて戴いたのですが)
それを訴えようとした時「じゃあまた明日」と昭士は通話を切った。まだいろいろ聞きたい事があったスオーラは慌ててかけ直そうとするが、
「……今のやり取りは何だったのだ?」
「テルテ様が駆け落ち!?」
スオーラとゴツイ腕時計(携帯電話)をキョロキョロと見比べ呆然としたシーダの声と硬直したオオクの声。その二人に「一芝居」の種明かしをすべて聞かれてしまっている。
オオクはこの街でも知られた企業の社長。シーダは軍隊の情報部相当の人間。しかも音が去った事により、周囲の屋敷からパラパラと住人が姿を見せ「何だったのだろう」とキョロキョロしている。
これ以上話が長引くのはまずい……とスオーラはかけ直す手を止め、
「詳しくはお話できませんが、口外はご遠慮願います」
腕時計=携帯電話をポケットにしまいながらも、さっきと同じセリフで返してやった。まさか異世界文明の産物などと言える訳がない。
オオクはすぐに黙ってうなづいてくれた。シーダは何か言いたそうにしていたが、情報部員が素人(と思っている人間)に出しぬかれるという致命的な大失態をしてしまったのだ。同じく黙ってうなづいてくれた。
ちょうど話の区切りもいいし、自分達もそろそろ姉のところへ行かなければならない。そう判断したスオーラは、
「申し訳ありませんが、さすがにわたくし達もそろそろ……」
体良く立ち去ろうとそう切り出した時、シーダはすぐそばの屋敷を指差して、
「宿泊先にお困りならば、自分がそのお屋敷の方に頼んでみましょうか?」
キョトンとするスオーラに向かって彼は、
「その家が、亡き妻の実家なのです。義兄もその奥方様も話の判る方なので、皆さんも受け入れてくれるでしょう。こんな形でなければ、宗教談義に花を咲かせたいところではあるのですが、それはまたの機会に」
彼の指が指し示してるのは、スオーラの姉の嫁ぎ先の屋敷である。そこへ耳を押さえながら出てきたスオーラの下の姉・エレミータは、スオーラとシーダの二人が揃って目の前にいる事に驚いていた。
この屋敷の主人がスオーラの義兄、その妻=奥方様がスオーラの下の姉。シーダの亡き妻はスオーラからすれば義兄の姉にあたる。
そんな事実が発覚し二人の聖職者は驚くしかなかった。
「世間は狭い」と。

<第33話 おわり>


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