トガった彼女をブン回せっ! 第33話その4
『感じない。殺気』

スチトクラナの門。
このノンラナカラ市の入り口に建つ大きな門。市民からすれば街の中と外とを隔てる境目であり、出て行く者には見送りの者に見え、帰ってきた者には迎え入れてくれた家族に見える。
オオクのそんな説明があったこの門には、さっき道中で出会った者達よりは若干重装備の門番が二人立っていた。
といっても、胴を覆う鎧にすね当て。それから硬い木の棒。それだけである。体躯も小柄であり筋肉もついてそうには見えない。
一行で一番背の高いガン=スミスからすれば、ほんの子供にしか見えなかった。とはいえ実年齢はガン=スミスと似たり寄ったりだろうが。
明らかにこの街の住人であろうオオクはともかく、それ以外は明らかにこの街、いや、この国の住人ですらない事は一目瞭然。
二人の門番は慌てて互いの持つ木の棒を宙でクロスさせ、一行の行く手を遮る。オオクは先頭に立つと門番に向かって何か話している。
だが街の様子が様子なだけに門番達の表情は険しい。話し声は聞こえるが少し早口なので聞き慣れていないスオーラ達には理解しづらい。
しかしオオクは粘り強く門番と交渉を続ける。そしてスオーラも割って入って一緒に通してもらえるよう頼み込む。
この街の住民と(異国とはいえ)聖職者の二人がかりの交渉が功を奏したのか、微妙に納得できない顔のままではあったが、門番は道を開けてくれた。
たった二キロほどの道のりだったが、いろいろあったためかもう夕方に近い。特に新年の祝いの真っ最中という事で忙しいのはどこも変わらない。
スオーラの父がこの街の人物に宛てた紹介状は二通。
一通はこの街の先代の長であるトニミカラナ・ノテウンという人物。もう一通はこの街のジェズ教教会の長ケイリツロ・オッサマ・ダイシという人物。
いくら紹介状があったとしても、こんな急に、しかもこんな遅い時間に会ってくれるかどうかは正直微妙である。どこにでも営業時間に相当するものくらいはあるのだから。
だからといって火急の用事であろうとも、自宅にまで押しかけるのはさすがに無作法が過ぎるというものだ。
道を開けてくれた門番の一人が、
「けど、宿はどないすんのどすか?」
このマチセーラホミー地方にも新年の祭りはある。その時にこのノンラナカラ市の様々な宗教施設に観光やお参りに来る者が多いので、自然と宿も多くなる。その辺の事情はパエーゼ国も同様なので門番が言いたい事をすぐ察する事ができた。
「……一応、当てがある事はあります」
スオーラは門番に向かって、あまり気乗りしない様子でそう告げ、門をくぐった。


パエーゼ国は石造りの建物が多いが、こちらはほぼ全部木製である。道路も土を押し固めただけのもの。舗装がされていない。さらに高い建物が少なく、そのため街のシンボルとも言える「キラマナーの塔」が一際目立って見える。
道行く人々もオオクと同じような格好か、スオーラの感覚ではガウンを重ね着しているような服――昭士の国の和服と呼ばれていた服のどちらかがほとんど。自分達と同じような服の方が少数である。
《オレ様の故郷も木造建築に押し固めた土の道路だけど、ずいぶん違うモンだな》
故郷アメリカはイリノイ州の様子を思い浮かべながら、ガン=スミスが辺りをきょろきょろと見回している。
隣の国にも関わらずそのあまりの異文化ぶりにスオーラ達は歩くのも忘れて釘づけになっている。一応ジュンが暮らす森も同じマチセーラホミー地方ではあるが、そこはそこで異文化ぶりが全く異なる。
そんな視界にチラチラと飛び込んでくるのは、異なる人種への視線である。警戒心も多少はあるが本当に珍しいものを見ている視線を感じている。先ほど山道で出会った邪魔者を嫌悪するような視線はほとんどない。
仕方あるまいと苦笑いになったオオクは、
「ところでスオーラはん。先ほど当てがある言うてましたけど?」
スオーラがこの街を訪れるのは初めての筈である。土地勘などはさすがにあるまい。確かにジェズ教托鉢僧として旅の最中に教会に助けを求める事はできるが、当てとはその事なのだろうか。オオクはそう考えていた。
しかし、スオーラの口から出たのはちょっと意外な言葉だった。
「……実は、この街のジェズ教教会の長ケイリツロ・オッサマ・ダイシ様というのが、わたくしの義理の兄にあたる方なのです」
一応義兄という事になっているが、直接会った事は一度もない。だから彼の顔を全く知らないのである。
この時代写真もあるにはあるがまだまだ高価。親族一同に渡せるほどの量の複製(焼き増し)も難しいので見た事がないのである。
スオーラは三人姉妹の末妹――上二人と少しばかり年が離れている――であり、上の姉タータは隣国ペイ国へ、下の姉エレミータがこの街に嫁いだのである。ちなみに先に結婚したのは下の姉エレミータの方であり、彼女が結婚した十五歳の時スオーラはまだ六歳だった。
口数は少ないがスオーラをとても可愛がってくれていた事は間違いがなく、仲良くしてくれた思い出ばかりである。だが記憶が鮮明かと言われればさすがに自信がない。
とはいえ約一年前。スオーラがムータの力を得た事から親族会議となった時、上の姉同様わざわざ実家にやって来ている。だから今のスオーラの姿を覚えている筈である。
そのためまず一応の面識があるそちらの方に向かおうと思ったのだ。スオーラはその時姉が渡してくれたメモを取り出すと、
「あの。オオク様。この住所……だと思うのですが、どこの事だかお判りになりますでしょうか?」
そのメモにはこの国の文字とパエーゼ国の文字の二つでこう書かれていた。
“3―4 みなみ ケイリツロ家”
中身を読んだオオクは、スオーラの困り顔の原因をすぐに理解した。
このノンラナカラ市の道路はマス目のように整えられており、その道路に全て番号がついている。
だからこの場合は『北から三番目の道路と東から四番目の道路が交わる交差点を南に行ったところ』という意味になるのだそうだ。
「こんねきは高級住宅街どすなぁ」
だからこの場合は街の北東部にある高級住宅街の辺りだと、地元の人間はすぐに理解できるのである。
その説明を聞き、スオーラは昭士の国のテレビで見ていた京都の街の特徴を思い浮かべた。世界は違えど同じ特徴を持った場所はあるのだな、と。この場に昭士がいればまさしく同じ事を思ったろう。
《なぁ。観光も結構だが、とっととそこへ行かねぇか? 日が傾いてきたから余計に寒いぜ》
いささか大げさに体を震わせるガン=スミス。彼の言葉は判らずともそのリアクションを見れば何を言いたいのか誰でもすぐ判る。
「お腹。空いた」
ジュンの方も悲しそうな表情である。
街の入り口付近の大通りだけあって色々なお店が軒を連ねており、そこには当然飲食店も多い。美味しそうな匂いがここまで漂ってきている。このまま放っておいたらジュン一人がフラフラと勝手に店に行ってしまうに違いない。
無論予算が全くない訳ではないが、今手元にあるのはこの国の通貨ではない。両替が必要である。その場所が判らない。かといってオオクに人数分の食事代を負担してもらうのも気が引けた。だが、
「若社長はん。素通りするとは水臭いどすなぁ」
オオクにそう声をかけてきた女性が一人。厚手のガウンのような服――昭士の国ならどてらといったが――を着た、スオーラより少しばかり年上そうな女性である。
彼女が立っていたのは、中からいい匂いのする店の前。女性の隣には厚い木の板で組まれた台の上にフタをした寸胴鍋が乗っていた。
おそらく飲食店なのだろう。スオーラ達に読めない文字が看板に書かれているので、何の店かはよく判らない。ところが、
「グニ?」
ジュンがそう言いながらトコトコと店の前に行ってしまった。慌ててスオーラ達が着いていく。
ジュンは深い森の中で原始的な生活を続けていた村の出身。森の外では「蛮族」と蔑まれる存在だ。だがその女性は嫌悪感を発している様子は全くなく、営業スマイルを少しだけ崩し、心配そうな声で、
「えらい服汚れてはるけど、どっから来たん?」
「森。そこの村」
一応ジュンの話す言葉もマチセーラホミー地方の言葉なのだが、こうして単語をつなぎ合わせたような喋り方になる。だから内容を推理しないと正確に理解できない。
しかしスオーラはオオクに向かって、
「あの。『若社長』とは一体?」
すると彼は幾分照れ臭そうに、
「ああ。実はこの街にある大工の棟梁なんどす」
棟梁というのは大工、つまり建設会社の責任者・社長という事だ。とは言ってもまだまだ跡目を継いだばかりなのでそう呼ばれるのは慣れていないのでかなり照れ臭い、との事。
「しかし。一触即発の雰囲気とは程遠いですね、この辺りは」
「ああ。こんねきは観光客も多いさかい、その辺を割り切らな商売になりまへん」
スオーラとオオクがそんなやり取りをしている間にも、店員の女性はジュンと色々話をしながら、自分の目の前にあった寸胴鍋の中から何か丸い物をひょいひょいと取り出して、器に入れていく。
「さぁ、食べとぉくれやす。熱いさかい気ぃつけて食べとくれやっしゃ」
そう言って笑顔でジュンに器を手渡す。ジュンが器の中を覗き込むと、そこには灰色をした球がゴロゴロッと入っていた。それを見たジュンが自分の予想が当たっていた喜びを表に出す。
「グニ!」
「アキシ様の世界で見た『こんにゃく』みたいですね」
確かにそれはこんにゃくであった。こんにゃくを熱湯で温めただけの代物である。
こんにゃくを見たスオーラは、以前昭士の母親が作ってくれた「こんにゃく田楽」を思い出していた。あれは確かミソとかいう調味料を使ったソースをつけて食べた筈だが。この街ではそのまま食べるのだろうか。
「店員よ。いささか意地悪が過ぎるようだな」
女性店員の後ろにいつの間にか立っていた、スキンヘッドの大男がジロリと彼女を見下ろしていた。
その声と表情は怒りを隠した苛立ったもの。いかつい強面の顔もあって相当に怖い。
しかもその男が着ているのが、昭士の剣道着のような「着物に袴」。色は上下ともに黒である。これはこのマチセーラホミー地方土着の宗教・コナカラナ教の聖職者にとっては制服にあたると聞いている。
その大男は一旦店の中に引っ込むと、一分と経たず小さな皿を持って出てきて、それをスオーラに手渡す。
「それは『ノラミンチノナ』と言ってな。芋から作った食べ物だ。これ自体にはほとんど味がないので、そういうタレにつけて食べるのが普通だ」
そう聞くとますますこんにゃく田楽を彷彿とさせる。男は女性店員を見てため息をつくと、
「よそ者を見ると笑顔を浮かべて見下して遠回しにからかっては『からかわれているのにも気づかない頭の悪い田舎者』と内心でほくそ笑むのがノンラナカラ市民の悪癖だぞ」
図星を突かれたようなムッとした顔をして店の中に引っ込んでいく店員。それを見た大男は両手を胸の前で合わせると頭を下げ、
「とはいえそこの御仁のような人間もいる。ノンラナカラ市民全員が、あのような意地の悪い者と思わんでほしい」
「……はあ」
優しく微笑んではいるのだろうが、上からいかつい顔面で見つめられてはその笑顔の効果も半減である。スオーラも返答に困ってしまう。
オオクはそんな大男の服装――両胸のところに宗派の紋が記されていないのを見て訝しげな表情になると、
「……あんたは破戒僧(はかいそう)どすか」
「自由僧(じゆうそう)の身である」
彼のそんな問いかけにも大男は両手を胸の前で合わせ淡々と応える。
破戒僧とは僧侶としての決まりごとを破って破門された者の事であり、白い目で見られる対象にもなる。
自由僧とは僧侶には違いないがどこの宗派にも属していない僧侶の事だ。一人前になりたてか師匠と反りが合わずに宗派を出た者を指す言葉である。
そのため聖職者そのものがそれなりの権力を持つこの市内でありながら、権力のない聖職者と云われている。
しかし破戒僧はともかく、自由僧の方は「聖職者が権力まみれになるなどあってはならない」として、彼らこそ本当の聖職者であると思っている者達も、あまり多くはないが一定層いる。
そんな異国事情に関心を覚えるスオーラだが、そんな事など知った風ではないと、ジュンとガン=スミスはこんにゃく――ノラミンチノナを一つ頬張り、
「熱!」
《熱!》
同じタイミングで叫ぶと同じタイミングで手のひらに吐き出した。


大男はシーダと名乗った。生まれはマチセーラホミー地方だが別の土地らしい。どうりでこのノンラナカラ市と言い回しが違う訳だ。
スオーラの来訪を先日の事件の調査と聞いて渋い顔つきになると、
「この国は新しい年を盛大に祝う。その祝い事の最中はそれ以外の事は最低限、下手をすれば後回しになる。戦の最中とて一時停戦するくらいだ」
オオクもその言葉にうなづくと、それでも不満げに、
「けれどあの時の一触即発の雰囲気は……」
ノンラナカラ市民は「ララトチノチ市民の仕業だ」と言い、ララトチノチ市民は「ノンラナカラ市民の仕業だ」と言いあった。誰が言い出したのかももはや判らない。そのくらいの勢いで一気に広まってしまった。
何せこのノンラナカラ市の代表者はまだまだ跡を継いだばかりの十六歳の少女。名前はテルテ。
代々コナカラナ教の聖職者の家系であり、その美貌と分け隔てのない献身的な性格は市内はもちろん市外からの人気も高く、一種のアイドルのように扱われているのだ。
街のアイドルがそんな目に遭ったとあっては、信仰心の薄い者であっても一触即発の雰囲気になるだろう。
だがその「仲直りの会」に参加していた偉い僧侶の一人が「真相が判るまで互いに一切の手出しは無用」と命じたのである。
その鶴の一言のおかげで戦いは「ケンカ」レベルで終わり「戦争」でこそなくなったが、当然わだかまりは残っているし、よそ者に対してピリピリした空気はある。それは先ほど街の外で味わっている。
戦の最中でも一時停戦して新しい年を祝う行事を優先させる習慣の土地であっても、一触即発継続中なのは変わらない。
「それならば、オオク様が慌てて来る必要はなかったのでは?」
詳細な事情を聞いたスオーラがオオクに訊ねる。
「『手出し無用の触れ』が出とったなんて知らへんかったさかい。つい」
彼の顔が恥ずかしそうに赤くなった。おそらく彼が出発してからお触れが出たのだろう。
「それに、重要な仕事相手に何かあったら、確かに大騒ぎでしょう、オオクの若社長さん?」
加えて、シーダがオオクの肩を叩いて(一応)穏やかな笑みを見せている。言われたオオクの顔はさらに赤くなっていった。
オオクの会社は建築会社ではあるが、その専門は土着宗教コナカラナ教の宗教施設。このマチセーラホミー地方の大工の中でも特に「宮大工」と呼ばれる、業界でも一目置かれる存在だ。
今は新年の祭りで止まってはいるが、この街で一番規模の大きな宗教施設(社寺(しゃじ)と呼ばれる)の修復・改装工事の真っ只中であり、その社寺の責任者=テルテがこのノンラナカラ市の長を兼任しているのだ。
テルテもオオクも跡を継いだばかりという共通点がある。オオクが彼女に変に感情移入して焦ってパエーゼ国へ行ったのはそれも理由かもしれない。
それにひきかえもう片方のララトチノチ側の代表者ミナハナ・ナミナンに関しては「あいつは金属にされた方が世のため人のため」とまで言われている。権力はあるのかもしれないが人気の落差が凄まじいの一言である。
「この市の住人だけに、とてもお詳しいのですね」
シーダと名乗った僧に、スオーラが素直に感心していると、
「自由僧は一つの社寺に定住できない。それゆえに喜捨を求め街中を練り歩く。それゆえに街の噂が嫌でも耳に入るのです」
裏を返せばこんな一介の僧侶が知っているほど街中の噂になっている、という事である。今しがたの一般市民達の反応もそうした過程で手に入ったものだと言う。
しかし。スオーラの中に若干の疑問が浮かび上がってきた。
代表者達が金属にされてからまだ数日しか経っていない。それにしては情報の錯綜というものが見られなさすぎる。普通ならもっといろいろな噂が飛び交って「どれが本物なのだろう」と人々は混乱する筈だ。
そもそも「真相が判るまで互いに一切の手出しは無用」と言ったそうだが、真相を調べている人々がいるようにはとても見えないし、そんな事まで最低限とも思えない。偶像化された人の一大事なのだから。
まだ見に行ってはいないが、隣にあるララトチノチ市も内情は似たり寄ったりなのだろう。あちらが攻め込んできている風にもこちらが攻め込んでいる風にも全く見えなかったから。
何かが不自然。うまく他人に説明できないが、スオーラにそんな考えが生まれつつあった。
しかしまずは金属にされてしまった人がどうなっているのか。それが気になった彼女はシーダに訊ねてみるが、
「それは自分には判りません。若社長さんはご存知でしょうかね?」
シーダも答える事ができないのでオオクに話を振るが、彼にも判らないようである。
《なぁ、レディ》
ガン=スミスはさっき食べたノラミンチノナで火傷した舌がまだ痛いらしく、だいぶ不機嫌そうに口を開いた。
《もう面倒くせぇから、金属にされた連中を「友好の像」とでも名前つけて飾っとけよ》
「ガン=スミス様!?」
本当に面倒くさそうなガン=スミスに向かって当然怒るスオーラ。しかしガン=スミスは、
《こっちの事はよく判らねぇけどよ。仮にも一つの街のトップがやられてんのに、いくら何でも大人しすぎるだろ。普通なら街がメチャクチャになるくれぇの暴動か戦争が起きてるぜ?》
「で、ですから、それを避けるために『真相が判るまで互いに一切の手出しは無用』ときつく言い渡したのではないですか?」
そんなスオーラの意見にもガン=スミスの態度は変わらず、
《けど、過激派くらいはいるんじゃねぇのか、坊さんよ? そんな連中がこんなチャンスを見逃す訳がねぇ》
確かにガン=スミスの言い分にも一理ある。どこの国にも体制側に反する考えの人間はいるものだ。
《そういう連中の手口がいろんな噂を流して街を混乱させるってモンだが、そういうのもねぇし。変っちゃ変だぞ?》
「感じない。殺気」
ジュンも鋭敏な野生の感覚で何かを感じ取ったようだ。スオーラにはそういった方面の感覚はほとんどないので判らないが、彼女の超能力としか形容できないこの感覚が裏目に出た事はこれまで一度もない。
「そのためにも、金属にされてしまった方々を調べる必要があるのです。わたくしの義兄を通じてそれができないかお願いしてみましょう」
もともとそのためにこの街に来たのである。それを思い出したかのようなスオーラの一言。それから彼女はシーダに向き直ると、
「いろいろと実りある情報を有難うございました。宗教宗派は異なりますが、あなた様の信仰によき道がありますよう」
少々社交辞令は入っているが、それでも深く頭を下げ、皆で揃って店から離れた。


一応車というものが存在はする世界だが、普及しているとはとても言えない。街の中の移動は徒歩くらいしかない。
大きな荷物があれば馬車を利用するが、そうでなければ歩くしかない。しかも街の入り口から目的地までは結構な距離がある。
細々したやりとりもあって、オオクの案内で目的地に到着した時には、すでに日が暮れかかっていた。
高級住宅街と言われるだけあって、さっきまでと違って人影は少ない。おまけにそれほど高い建物がないにもかかわらずずいぶんと薄暗く周囲が見づらくなっている。
「こちらのお屋敷がそうですね」
オオクが指し示したのは、この高級住宅街の中でも割と敷地が大きそうな建物だった。
ここに来るまでは平屋が多かったがこの辺りは二階建ても少しはある。その建物を囲う高い塀は石の土台、下半分は板で上半分は土壁でできているという、マチセーラホミー地方でもここノチミトチニ区域発祥と云われている作り方だと、大工のオオクが解説してくれた。
さて入ろうかとした時、ガン=スミスがチョッキのポケットからムータを取り出した。これはカード状のアイテムであり、エッセと戦う戦士の証でもあるアイテムである。
ガン=スミスが使っているのは「射手」を意味するムータであり、それを持つガン=スミスの視力は猛禽類をはるかに超える。その視力が把握しているのは、姿と気配を隠してこちらを見続けている謎の人物達の事である。
そんな人物をどうやって見る事ができたのか。理屈は簡単である。移動する以上どうしても何かに隠れ続ける訳にはいかない。そのわずかな一瞬を見抜いていたのである。
そしてムータは持たずとも野生の勘、いや「感」を持つジュンもムスッとした顔で「ガン=スミスと」全く同じ方向に注意を向けている。
「ない。におい。けど。におう」
相変わらず単語のみで何が言いたいのかよく判らない物言いである。だがこの二人が同じ行動を取ったという事は、何かあるという事である。
ガン=スミスの持っていたムータがガチャガチャと音を立て、いつの間にかクロスボウへと姿を変えた。
「なんかあったんどすか」
《安心しろ、加減はする》
不安そうな言葉のオオクを無視し、ガン=スミスはクロスボウを地面に向けたまま素早く引き金を数回引いた。白い光の矢が一旦地面すれすれの高さになると、そのまま地を這うように突き進む。
この光の矢はガン=スミスの意志の力で生まれ、ガン=スミスの精神力で軌道を自由に操る事ができるのだ。あまりやりすぎると極端に疲労してしまうが。
「ギャッ!」
少し離れたところから小さく悲鳴が聞こえた。それも三つ。
《なぁ。この国はよそ者が街に来たらストーカーが着いてくるって決まりでもあるのか?》
ガン=スミスは息を切らしながら母国語でオオクに向かって嫌みたらしく訊ねた。その言葉を理解できないオオクだが、遠くから聞こえた小さい悲鳴にスオーラは驚いて辺りを見回す。
「ストーカーとはどういう事ですか?」
《そのうち一人は街の外でオレ様達を囲んでた中にいたヤツだし。どういう国だよ、ここはよぉ》
母国語のままではあったがガン=スミスが発する尋常ならざる雰囲気は、さすがにオオクも理解した。
「拾った」
ジュンはいつの間にか一番近くにいた「ストーカー」をズルズルと力任せに引きずってきた。その格好は本当に(この街の)その辺にいるような服装に、どこにでもいそうな平凡な顔つきの青年であった。
その青年は脚から血を流しており、さっきのガン=スミスの放ったクロスボウの光の矢が当たった事を示している。
ガン=スミスはすぐそばにあった人目につかなさそうな塀の隙間に連れ込むよう指示すると、青年の胸ぐらをつかみ上げて高々と持ち上げる。ガン=スミスの方がはるかに身長が高いので、文字通り「宙ぶらりん」である。
さらにジュンは青年の下半身にガシッとしがみついて動けなくしてしまう。
息が合わなそうで実に息の合うコンビである。ガン=スミスはジュンが下から支える青年を片手で持ち上げたまま、
《話してもらおうか……って、オレ様の言葉は判らねぇか。なあ、レディ》
不意にスオーラに話を振る。もう片手のクロスボウの先を青年の肩に押しつけると、
《「話さなきゃこいつを急所じゃねぇところに一発ずつブチ込む」って、通訳頼む》
「何か判りまへんが、手荒な事は止めとぉくれやす!」
必死になってガン=スミスとジュンを止めようとすがりつくオオク。
「……お気持ちはお察ししますが、そのような真似は絶対におやめ下さい」
スオーラは脱力感を感じつつ、そう言って止めるのが精一杯だった。
ため息をつきながら。

<つづく>


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