トガった彼女をブン回せっ! 第33話その3
『行くしかないと思います』

翌日の昼近くになって、ようやくスオーラから連絡があった。
皆と別れてから乗った馬車の中で眠ってしまった事。そしてついさっきまで眠っていた事。それゆえ連絡が遅れてしまい申し訳ないと思っている事。
などなどがメールに書かれていた。
彼女の携帯電話の「熟練度」から考えると、メールではなく通話の方がよほど早かっただろうに。こちらの事情を考慮してのメールであろう。
携帯電話の存在しない異世界・オルトラ。そんな世界でなぜか使える地球の携帯電話でメールを受け取った角田昭士は、集合場所にしていた教会の応接室で彼女から連絡があった事を仲間に伝える。
《まぁ丸々一昼夜以上寝てなかったし、しょうがねぇよ》
大あくびをしながら「やむをえない」と言いたそうな顔のガン=スミス。それらを聞いているのかいないのか部屋の隅で丸くなって眠っている(ように見える)ジュン。
この三人とガン=スミスの愛馬ウリラは、遠い異国でそれだけの間逃げ回っていたのだから疲れて当たり前である。肉体的にはもちろん、精神的な疲労はそれ以上だろう。
本当ならすぐにでも出発したかったところだが、それを待った理由の一つがこれである。
そしてもう一つの理由は、応接室のテーブルに置かれた、いくつかの封筒である。つい先ほど届いた物で、彼らには読めない文字で(おそらく)宛名が書かれており、きっちりと封蝋までされている。
メールやSNSの発達によってこうした「手紙」と縁遠くなっている昭士は、実物の封蝋を本当に珍しそうにジロジロと眺めていた。
この封筒は、スオーラの父にしてオルトラ世界で一大勢力を誇る宗教・ジェズ教の最高責任者たる彼がしたためた紹介状である。
どれが誰宛なのかはこの場にいる全員が判らないが、彼らが判らなくてもどうという事はない。
《オオクさん。本当はすぐにでも戻りたいんだろうけど、もうちょっと我慢しててくれ》
典型的西洋建築の部屋にいる日本の典型的祭り装束の格好の中年男性という、あまりにも過ぎたミスマッチさに笑いがこみ上げてきそうになる昭士はそれをどうにか堪えつつ、どことなく不安さが消えていない彼に声をかける。
オオクの住むマチセーラホミー地方のノチミトチニ区域はここから約六〇〇キロ離れている(と聞いた)。徒歩なら約半月はかかる計算になる。
彼はここへは列車で来たそうだが、それでもほぼ丸一日かかる計算になる。現代地球のように気軽に電話やメールなどでリアルタイムの現地情報など手に入る訳がないから、今住んでいる街はどうなっているのだろうと不安になるのは当たり前である。
しかし昭士には音速で飛ぶ巨大な鳥型ロボがある。これにかかれば六〇〇キロなどそれこそ一瞬だ。
問題はこの世界に存在する筈のない物だから異常に目立つ事。現に昨夜夜闇に紛れたにもかかわらず見張りの警備兵に見つかって一騒動起こしている。
確かレーダーなどの機械から見つからないようにする機能はあったと思ったが、肉眼から逃れる方法は多分なかった筈。目立つのは仕方あるまい。時間が惜しい。
《で。お前はともかく馬はどうするんだよ。一晩休んだくらいで回復するモンなのか?》
昭士は馬の事は全く判らないが、人間がこれだけ消耗するのだ。馬だって消耗しない訳がない。疲れた時に必要以上にいたわってやってこそ、馬だって飼い主のために働こうとするだろうと思う。
《馬ってのはそこまでヤワじゃねぇよ。けどさすがに今回は少し休ませるつもりだ》
ガン=スミスは心配そうに昭士に答えると窓の外を見た。そこに愛馬がいるかのように。しかしもちろんいる訳がない。
馬は四〇〇キロもの自重をあの細い足だけで支えている生き物だ。丸一昼夜以上歩き続けたのなら足に負担がかからない訳がない。むしろ限界を超えて頑張ってくれたと褒めるところだ。
だからガン=スミスは愛馬の全身を綺麗に拭いてやり、いつもより多めに好物を食べさせてやった。人間ならこれにマッサージが加わるところだが、この時代はまだ筋肉の様子を見て疲労や痛みを知る程度で馬へのマッサージをする事はほとんどない。ガン=スミスのいた時代ならなおのことだ。
さらに警備兵達と交渉し(昭士には脅しているようにしか見えなかったが)人間ドックのような徹底検査と疲労回復を依頼したのである。
基本的な体調管理や餌やり、毛並み・蹄鉄の手入れなどはさすがにお手の物だが、専門的な検査や治療となるとさすがにガン=スミスの手には負えない。
そう判っていてもずっと共に生きてきた「相棒」を他人に委ねたり、しばしの間とて別れるのは相当辛いのだ。さっきからのガン=スミスの言い方に微妙なトゲを感じるのはそのせいだろう。
そんな微妙な威圧感を避けるように昭士は窓の外を見る。するとちょうどタイミングよくスオーラが歩いてくるのが見えた。
さすがに祭りの最中でしかも日中。当然どの道路も混雑しているためか、馬車や自動車での送迎はしなかったらしい。
そして彼女の隣を歩いているのは、昨日会った警備隊の制服姿のお偉いさん。ドゥーチェという名前、いや、苗字の人物である。
このパエーゼ国は昭士達日本人のように「姓・名」の順に名前を書く。さらにスオーラのような聖職者は「姓・洗礼名・名」となる。
オルトラ世界では国によってこの順番が異なるらしく、スオーラのような聖職者や、いわゆる上流階級の人間が相手となると国に合わせて並び替えたりせずに「パエーゼ国の住人で、ジェズ教キイトナ派の托鉢僧にしてモーナカ家の三女、ソレッラ僧スオーラ」のように長々と名乗ったりする。
昭士は窓を開けてスオーラに呼びかけると、彼女は慌てたように小走りで彼の前に来た。
「メールでもお知らせしたしましたが、寝坊して申し訳ございませんでした」
《いや、一昼夜以上寝てなかったんだろ。しょうがないって。で……》
昭士は後ろから歩いてくるドゥーチェの方を見て、
《どうして一緒? 護衛か何かか? お偉いさん自ら?》
「それが……」
スオーラはドゥーチェに気を使うように小声になると、手短に説明を始めた。
ドゥーチェがマチセーラホミー地方の言葉を教わったノチキラトクニモチ区域に住む彼の剣の師匠の息子が金属像にされてしまったという情報が、電信(モールス信号)で城に伝わってきたのだそうだ。
一応電話が存在するオルトラ世界だがまだまだ普及率は低い。無線やモールス信号の方がよほど普及している。長距離の連絡には向いていないが、今回は話に聞いた金属像が出たという事で、わざわざいくつもの城を経由して伝えられたそうだ。
余談ではあるが、ノチミトチニ区域での一件は城には伝わってきていた。単にスオーラ達に伝わっていなかっただけである。
そのノチキラトクニモチ区域は古くから武芸ごとが尊ばれる土地柄といわれている。特に剣術を学びたい者が国内外から多数訪れるそうで、ドゥーチェも若い頃そこで剣を学んでいたそうだ。
彼が使っていた剣法は昭士のところでいう「薩摩の示現流」そっくりだったので、何となく鹿児島を思い浮かべた。
《じゃあオオクのところに寄ってから、そっちにも行くしかないか》
「どんなエッセか判らない以上、行くしかないと思います」
「私、道案内と通訳をする」
スオーラの言葉を受けドゥーチェもやる気満々の表情を見せている。
人間をいきなり金属の像に変えてしまうなど、エッセの仕業としか思えない。だがエッセは何らかの生物の姿形をとる。そしてその姿形をとった生物の弱点をも受け継いでしまう。
だからどんなエッセかを知る事は戦い方を決める上でも重要な事なのだ。
昨日のオオクの話しぶりからすると、彼自身が直接見ていなかったからかもしれないが、何らかの生物が乱入してきたという線は薄そうである。
何せ小競り合い絶えない二つの地域が「仲直りの会」をしている最中に、代表者の二人だけが金属像になったのだから。もし乱入してきたのなら判る筈であるし、金属にされた者がエッセに食べられてもいるだろう。そんな話が一切ない。
もしくは。今回のエッセは肉眼で判別困難なほど小型なのか。である。
だが待てよ、と昭士の脳裏に思い至った事がある。
今回は二ヶ所で事件が起こった訳であるが、これまでのエッセが起こしている事件とは色々と異なる部分が多い。
エッセはこの世界に姿を見せていられる時間に限りがある。だからなのか生物を金属に変えてからすぐさま捕食しようとする。
だが今回は捕食しようとしている様子が見られない。ただ金属の像へと変えてしまうだけである。
それにこの世界にエッセが現れて、姿を消し、再び姿を現わす時は、最初に姿を見せた場所とさほど変わらぬところに現れる。
だが今回は二ヶ所目の事件が起きたのは全然違う場所である。
最初関西に現れ、そこから鹿児島に移動したと考えられなくもないが、襲う事しか頭にない(と思っている)エッセがその道中何の騒ぎも起こしていなさそうなのが、変といえば変である。
だが生き物をいきなり金属に変えるなどエッセの仕業としか考えられない。しかし……という思考の堂々巡りに陥ってしまう。
そこで昭士は考えを固めると立ち上がりながら、
《……よし。俺とお偉いさんでかごし、じゃなくて、その、ナントカに行ってくるから、スオーラ達でオオクさんの方を頼む》
《いい加減名前覚えろ東洋人》
昭士の物覚えの悪さにガン=スミスがすかさずツッコミを入れる。
《オイ、行くぞ、ジュン》
昭士は我関せずと言いたげに部屋の隅で丸まっていたジュンの頭をコツコツ叩く。ジュンは面倒くさそうにのろのろと起き上がると、
「ごはん?」
《ご飯じゃねぇ。出かけるぞ》
ご飯ではないと聞いてまた床に寝そうになっている彼女を無理矢理立たせて部屋の外に引きずっていく昭士。とはいえ単純な筋力はジュンの方が遥かに上なのであまり上手くいっていない。
見かねたオオクが昭士を手伝いながら、床に置きっ放しの彼の大剣をちらりと見て、
「あの剣は持って行かへんのどすか?」
《大丈夫。今は放っといていい》
そう言いながら二人がかりでジュンを部屋の外にひっぱり出し、そのまま教会を出て行った。


昭士(+剣になったいぶき)、スオーラ、ジュン、ガン=スミス、そしてオオクとドゥーチェの六名になった一行は、混雑する通りを抜けてどうにか街の外に出る。
街の外に広がる畑にはさすがに人影はなく、ポツンと建つ見張り小屋に警備兵が数人いる程度とドゥーチェが話してくれた。
充分な広さがある場所までくると、昭士はしまっていた銃を取り出した。とはいえ普通の人間にはとても銃には見えない華奢な作りである。
これはウィングシューターといって、昭士が幼少時代放映されていた特撮ヒーローが持っていた武器の玩具である。それが何の因果か番組設定上の「本物」に改造されてしまっており、番組内と同じ攻撃力を発揮できるのだ。エッセには効果がないが。
昭士はウィングシューターを慣れた手つきでカチャカチャと変形させ、鳥型メカにする。
そしてそれを天に向かって思い切り投げた。番組ではこうする事で鳥型の巨大ロボ・聖鳥王が現れるのだ。
その鳥は投げた勢いよりも次第次第に速さを増し、空の彼方へと消えて行った。
そして――空の彼方から巨大な物が降りてきた。
大きな白い翼に黒い胴体。全長五十四メートル、重量百五トン、最高速度マッハ二十で空を飛ぶ鉄の巨鳥。
スオーラ達は何度か見ているがドゥーチェが見るのは二度目である。しかも前回は夜。こんなにはっきり見るのはもちろん初めてである。ぽかんと口を開け空を見上げるのも無理はない。
何も知らないオオクは論外である。驚きすぎて言葉も出ていない。
そんな一行に構う事なく、聖鳥王から一筋の光が。その光が皆を包むと体がふわりと宙に浮く。そんな体験をした事のないドゥーチェやオオクは当然驚くが、そのまま一気に上空の聖鳥王の中へ吸い込まれる。
すると一同は全てが金属でできた無機質な通路の上に立っていた。
《じゃあ俺はコクピットに行く。スオーラ。すまんが地図を見てほしいから一緒に来てくれ》
「判りました」
昭士の言う事にスオーラは素直に従う。
《オッサン達は昨日の格納庫の方に行っててくれ。コクピットにこの人数はちと窮屈だ》
《オッサン言うなって言ってんだろ、東洋人》
昭士の言う事にガン=スミスは露骨に反発する。
《ジュン。頼むから壁とか床とかは食うなよ》
「食えない。食べない」
昭士の言う事にジュンも露骨に反発した。
《じゃあこれから出発する。一時間もかからず着くからちょっと我慢しててくれ》
昭士が言った事が耳に入っていないほど驚いているドゥーチェとオオク。
それから昭士とスオーラがコクピットに入る。昭士がシートに座り、スオーラがその隣に立つ。まだまだ微妙にぎこちなく計器を操作し、このオルトラ世界の地図を画面に表示させた。
「ソクニカーチ・プリンチペの街は……ここですね」
スオーラが画面のほぼ中央を指差す。昭士は地図の縮尺の数字をいじって表示範囲をスルスルと広げていく。
「アキシ様。マチセーラホミー地方のノチミトチニ区域は、この辺りになります」
スオーラの指が現在地からだいぶ左の方に移動する。昭士はその通りに設定を済ませる。すると自動操縦が起動して聖鳥王は動き出した。
とはいえ一気に最高速度のマッハ二十を出した訳ではない。そもそも距離一〇〇〇キロ未満でそんな速度を出すなどエネルギーの無駄である。何がエネルギーかは知らないが。
たかだか直線距離四五〇キロなら時速五〇〇キロで飛んでも一時間足らずで到着する。昭士はその事をスオーラに伝える。
「一時間ですか。時間を持て余しますね」
《持て余さないで休んでおけよ。さすがに完全復活には程遠いだろ。前みたいに無理するなよ》
「大丈夫です。ゆっくりと休めましたから」
そりゃあ王子付きの召使いの方々のお世話を受けたならゆっくり休めるだろう、と昭士は思った。
さすがに口には出さなかったが表情には出ていたようで、スオーラは彼を顔を見て小さく笑っていた。
その曇りのない笑顔を見た昭士は「大丈夫そうかな」と思い直した。


本当に一時間とかからずに、聖鳥王は四五〇キロ離れたノチミトチニ区域に到着していた。ただし昨日の轍を踏まぬよう、オオクの住むノンラナカラ市の市街地から二キロほど離れた場所に低空飛行で浮かんでいる。
昭士とスオーラは格納庫にいる皆のところへ行った。
《……って訳で着いたから。こっちの街で色々やるのは頼む》
本当に着いたのか疑わしい目だったオオクやドゥーチェだったが、窓から見えるノンラナカラ市のシンボルとも言える「キラマナーの塔」の下に広がる木製平屋の建物群と整然と整った道路を見て、目玉がこぼれ落ちそうなほどに見開いて驚いていた。
話しかけているのだがオオクもドゥーチェも昭士の言葉が聞こえていないようである。
(まー当然だわな)
無理もないかもしれないが。そう考えた昭士は仲間と話を進める事にした。
《じゃあスオーラとジュンとオッサン。頼むわ》
《だからオッサン言うな》
ガン=スミスが昭士の頭を叩く振りをして反発する。
「まずはこの紹介状の方々のところへ行ってみようと思います」
スオーラは肩から下げたカバンをポンと叩く。
彼女の属するジェズ教教会はもちろん、街を動かす有力人物達へ向けたものとの事だ。
ノンラナカラ市は宗教・宗派を問わず聖職者が力を持つ宗教国家に近い形式であり、新しい物事や制度を取り入れる傾向がほとんどない。
一方のララトチノチ市は有力商人達による合議制で市を動かしている。商人の街だからか反対に新しい物事や制度をいち早く取り入れる傾向が強い。
スオーラのそんな説明を聞いて、昭士はますます神社仏閣の多い京都と商人の街・大阪を連想した。
「ではアキシ様、後ほど」
《ああ。何かあったらケータイに連絡くれ》
昭士はスオーラ達を聖鳥王から下ろす。そうして格納庫に残ったのは彼とドゥーチェの二人だけだ。
《じゃあこっちに来てくれ。俺じゃこの世界の地図は読めないし判らないから、どっちに行ったらいいか判らん》
それでようやく我に返ったように、ドゥーチェが反応し、素直に昭士に着いてくる。
コクピットに入った時ドゥーチェはまた目を見開いてぽかんとしていたが、昭士に何度も急かされる。画面の地図を見て慌てて指で指し示すと、昭士は計器をカチャカチャ動かして、再び聖鳥王を発進させた。
そんな巨大飛行物体を見送ったスオーラ達は、市街地まであと二キロの山道を歩いて行く。
基本的にこの世界は街や村など人が住む集落以外はあまり人の手が入っていない場所が広がっている。
だがこのマチセーラホミー地方は面積の大半が山か谷であり、少ない平野に大きな街が作られている事が多い。オオクが住むこのノンラナカラ市は山に囲まれた盆地に街が作られているそうだ。
古くはこの山が自然の要塞の役目を果たし、外敵から守られていたとオオクが説明してくれる。
しかし他の面々はそんな説明をほとんど聞いていなかった。それは寒いからである。
パエーゼ国は冬の間でもそこそこ暖かい部類に入るのだが、マチセーラホミー地方は隣の国にも関わらずかなり冷える。それもこの山に囲まれた盆地の冬は、周囲の山から冷たい風が吹きつけてくる。この時期の気温は一桁が普通だ。
薄着に見えるオオクがあまり寒そうにしていないのは慣れているからか。一方慣れていないスオーラ達は本当に寒そうである。
「す、少しでも動いて体を温めましょう。じっとしていたら凍死するかもしれません」
少し震えた声で発したスオーラの提案に一同は無言で乗っかる。そのまま黙々と街へ向かって歩いて行く。
今歩いているのが市街地へ続く一番大きな街道だそうだが、それでも馬車がかろうじてすれ違える程度の幅しかない。
それを見たスオーラはサイドカー付きのバイクや地球からキャンピングカーを持ってこなくてよかったと感じていた。
そもそもバイクではこの人数は乗せられないし、キャンピングカーでは車幅が広くて道すら通れない。
仮に通れたとしても停めておく場所に困る。この世界にはありえない物だから非常に目立つし、何より不審物扱いで破壊でもされたら目も当てられない。
一同を置いていくように街に駆けて行くのはジュンである。ほとんど裸の薄着なのに全く寒そうにしていない。むしろその薄着っぷりにそれを見ている他の面々の方がより寒く感じるほどだ。
少し先へ行っては「早く来い」と言いたげに振り向き、また少し先に行く。それを繰り返している。
冬のため山の木々の葉がほとんど落ちていて寂しさすら感じるし、彼女が育った森とは全く違うのだが、それでも周囲が木々に囲まれている様子というのは故郷を感じて嬉しいらしい。
ところが、先を行っていたジュンがいきなり走って戻ってきた。何故だろうと皆が思っていると、冬の立ち枯れた木々の陰からぞろぞろと人が飛び出してきたのだ。
一応防寒具を着込んではいるものの、この国独特らしいオオクのような服装の男達である。その手に持っているのは自分の身長ほどの棒である。中にはその半分ほどの長さの棒に小さな鎌がついたアイテム――鳶口(とびぐち)まである。
そんな面々がスオーラ達を隙なくグルリと取り囲む。その雰囲気は殺気立っている者もいれば、邪魔だから出て行けという嫌悪感の方が強く発している人もいた。
《オイオイ。どう考えても歓迎はされてねぇぞ、こいつは……》
ガン=スミスが周囲の殺気を無視する振りをしつつもその右手は銃をすぐ掴めるように添えられる。ジュンも殺気こそないがすぐに戦えるように腰を落として飛びかかれるようにしている。
そしてそれらを抑えるようにオオクが慌てて皆の前に立つと、
「落ち着けみんな。この方々は敵ちゃう!」
「貴様。この街の一大事にどこへ行っとった!」
取り囲んでいる人間の一人が低い声で怒鳴る。他の面々もそうだそうだときつい口調で言い返してくる。
スオーラは先ほどまで読んでいた、昨日オオクから聞き出したこの地域の現状の内容を思い出す。
この市と隣の市の代表者がそれぞれ金属の像にされた。それをお互いが相手がやったと思い込んで一触即発寸前の大変な事になっている。
そんな状況下では隣の市の人間でなくともよそ者に対して友好的にできよう筈もなかろう。それを考慮せず無遠慮に近づいたこちらの落ち度である。
それでもこの街の住人であるオオクがいればあるいは、と思ったが考えが甘かったようだ。
だがガン=スミスやオオクに隠されるように後ろに立っていたスオーラの、ジェズ教聖職者の制服を見た一人が、
「その制服はジェズ教キイトナ派の制服では?」
その一言で周囲を取り囲む人々がざわつき持っている棒などをノロノロと下ろす。ノンラナカラ市は宗教・宗派を問わず聖職者が力を持つと聞いてはいたが、その権威は相当のようだ。
スオーラに皆の視線が一気に集まる。まさかこんな展開になるとは思っておらず、逆に息を飲んであたふたとしてしまう。
彼女の階級は聖職者の中でも一番下の托鉢僧(たくはつそう)。その意味はそれぞれの宗教宗派で異なるだろうが、ジェズ教においては「各地を旅して回り、布教活動に勤しむ者」という意味であり、その旅の費用や宿泊などのサポートは各地の教会がする事にもなっている。
本来の托鉢僧であれば辻々で人々を集めて法話をするのが常なので、こうした人々の視線などものともしない・しなくなるのが普通だが、スオーラの場合は話が違う。
エッセ討伐であちこちへ行っても都合がいいようにその身分になっているだけだ。実際法話など一度もした事がない。
だがここであまりにあたふたとしていては「偽物なのではないか」と疑わしい目で見られるかもしれない。そうなると周囲の人間に敵視されて良くて通行止め、悪くて袋叩きという展開が容易に想像できる。
スオーラはカバンの中から何通か封筒を取り出すと、
「あ、あの。わたくし達は金属にされてしまった方々の調査に来た者です。ジェズ教最高責任者モーナカ・キエーリコ・クレーロ様からの紹介状もあります」
封筒の封蝋――そこに刻まれている刻印を見た一同のリーダー格らしき大柄な男は、それを見て顔色がサッと変わる。
「ど、ど、どうぞ、通っとぉくれやす。お前達道を開けろ」
その一声で立ち塞がっていた人々が一斉に道からどいた。むしろ木々の間に戻って行った人までいる。
もしこの光景を昭士が見たら、きっと「水戸黄門の印籠か」と言っていただろう。
あまりの態度の変わりように、スオーラはぽかんとしたまま礼を言うと、おずおずと道を歩き出した。その後ろにジュンとオオクが続き、最後にはようやく銃のそばから右手を離したガン=スミスが続いた。
ガン=スミスはこの辺りの言葉がよく判っていないので、このあまりの様変わりの様子を思い切り怪しんでいた。こうして油断をさせた隙に後ろから撃つなど子供でも思いつく手段だ。
ガン=スミスは見送る人々に振り向いて手を振る。それはもちろん見送りを感謝しているのではなく、その視力をもって怪しい動きをしている者がいないかを見るためだ。
……幸い遠くからこちらに「矢や銃を向けている人物」は見つからなかった。
彼の驚異的な視力をもってしても。

<つづく>


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