トガった彼女をブン回せっ! 第33話その1
『扱いに差があり過ぎねぇか?』

直線距離一万メートルの行程も、音速で飛べばあっという間である。
全長五十四メートル、重量百五トン、最高速度マッハ二十と特撮番組の「設定資料集にあった」巨大鳥型ロボ・聖鳥王(せいちょうおう)が異世界オルトラの空を飛んでいるのだ。
時折マニュアルを見ながら操縦しているのはこの特撮番組が放送されていた世界・地球出身の少年角田昭士(かくたあきし)である。
その姿はヘルメットこそないものの、まさに特撮番組に出てくるヒーローの変身スーツそのものだ。とはいえその例えが判る人間はここにはいない。
その例えの判らない人間が一人、眼下に広がる夜のオルトラ世界をコクピットのガラスに顔面を貼りつけるようにして見下ろしていた。
地球と比べオルトラ世界の文明レベルは百年は昔のもの。綺麗なイルミネーションの夜景など望むべくもない。満月の明かりに多少照らされてはいるが、大雑把な山や海・湖が識別できる程度である。
《まさか空を飛ぶなんて夢物語みてぇな事、体験できるとはなぁ》
少し訛った言葉で感慨深げに呟いたのはガン=スミス・スタップ・アープ。元々は二百年ばかり昔のアメリカ出身の保安官だ。
昭士と同じように異世界オルトラへやって来て、しかも自分の知らないうちに二百年という時間まで越えていたという、数奇な運命をたどった人物だ。
しかも元の世界では三十代の中年男性だが、オルトラ世界では外見だけ女性の姿になっている。スレンダーかつ中性的に過ぎる上、言動の方は完全に中年男性なので、口が悪く品に欠ける女性と思われているらしい。
《あんまり顔をベタッとくっつけないでくれよ。脂は落とすのが大変なんだ》
昭士は形だけそう注意すると、計器に目をやった。そこには現在時刻(地球の東京のもの)が表示されている。
『01月02日 20:19』
自分の故郷では新しい年を祝うお正月の真っ最中。正月早々こんな大立ち回りをしなきゃならんのかと、いささか悲しくもなってくる。
昭士達がこうして異世界にいるのは外敵――あらゆる生物を金属の塊へと変え、それのみを捕食するという生命体(?)エッセと戦うためである。
何でも通常兵器がほとんど効かず、ムータというカードに選ばれた戦士のみがこれと戦える。そう言われ、実際にそうだと理解し、戦う事を選んでもうすぐ一年が経つ。
しかし肝心の敵側の事はほとんど判らないままだ。一応この生物(?)を生み出した人物の事は判ったのだが。他は大して判っていない。
《えーと。だいたいこの辺だと思うんだよなぁ》
昭士は聖鳥王のスピードを緩め、レーダーを良く見直す。そこに表示されているのはオルトラ世界ではなく地球の地図だ。
一般的なメルカトル図法の地図ではなく、正距方位図法(せいきょほういずほう)という円形で各大陸が丸く変形して描かれている地図。
中心からの距離と方位だけが正確に表記されるため空を飛ぶ飛行機に使われる。
地球とオルトラ世界は互いの位置がリンクしており、行き来した場合地図的には同じ場所に出現する。だから土地勘の全くないオルトラ世界の地図ではなく、見慣れた地球の地図を使ったのだ。
その時、コクピットの入口のドアが優しくノックされた。それを聞いたガン=スミスはガラスから顔を引き剥がす勢いで離れると、急いでドアを開けた。
そこに立っていたのは二人の少女だった。
一人はモーナカ・ソレッラ・スオーラ。昭士と同い年の中性的にも見える少女で、オルトラ世界で広く布教されている宗教・ジェズ教最高責任者の娘であり、自身も僧兵であり托鉢僧だ。
彼女が纏っているのはボタンのない学生服のような、聖職者の制服。左胸の部分に六角形の中に五芒星という文様が刺繍されている。
もう一人の、背が低く浅黒い肌に長い白髪を持った少女はジュンといい、深い森の中で未だ原始的な生活を営む女性ばかりの村の出身だ。
ジュンも昭士とほとんど変わらない年齢だが、好奇心が旺盛で精神的にまだまだ幼いため随分と年下に感じる。ジュンは大きな布の真ん中に穴を開けただけの貫頭衣(かんとうい)。その下には質素な木綿のシャツと膝丈のズボン。足は裸足だ
二人とも生乾きの服を着たままである。ついさっきまでサメ型エッセと戦っていた時に皆全身ずぶ濡れになってしまったからである。
あいにくここには洗濯機も乾燥機もないが、せめて水気くらい搾って欲しいと違う部屋にいてもらっていたのだが、わざわざやって来たらしい。
オルトラ世界では男女問わず上半身裸でも気にしない風潮と聞いているので、濡れているとはいえちゃんと服を着てきた事に安堵する昭士。もしそうだったら色んな意味で大騒ぎである。特にガン=スミスが。
《も、もう大丈夫なのか、レディ?》
明らかにカッコつけた態度でガン=スミスはスオーラの前に立った。
「はい。乾いてはいませんが、先程よりは随分ましになりました」
スオーラが丁寧に頭まで下げてくる。育ちが良いからか誰に対しても丁寧な言動である。しかしその片手はジュンの手を強く握ったままだ。ジュンがコクピットの中に飛び込もうとしたその瞬間を見抜き、
「ジュン様。色々見て回りたいのは判りますが、あまり好き勝手にうろついたり物をいじるのは、感心しませんよ?」
丁寧ではあるが少々威圧感を感じるのは気のせいか。いや、この威圧感からするとすでに何かいじった後なのだろうか。一抹の不安を拭えない昭士。
一方ジュンの方は露骨に不満そうな顔つきだ。仕方ないだろう。彼女がいた森にこんな機械などあろう筈もないし、元々好奇心が強いので、珍しいと思った物には「ナンだ。これ?」としつこいくらいに聞いてくる事が多い。
だが昭士もこの聖鳥王に関しては番組内容以上の事は何も判らない。聞かれても困るだけだ。そんなジュンが口出ししてこないうちに、彼は計器をぎこちなくちょいちょいといじって、メインのスクリーンにオルトラ世界に地図を表示させた。
《なあ、スオーラ。この地図がオルトラ世界の地図で、白く点滅してるのが今いるところ。パエーゼ国はこの辺でいいのか?》
スオーラは少々遠慮がちにスクリーンに近づくと、まずそこに表示された地図の正確さに驚き、それから周辺の国名・地名から現在位置を確認する。
「そうですね。パエーゼ国内にはすでに入っています。ソクニカーチ・プリンチペの街まではこのまま北東に進めば大丈夫です」
昭士が初めてこの世界に来た時に現われた街の名を出す。この街にあるスオーラが属する礼拝堂と、彼が通う高校の剣道場の位置がリンクしているのだ。だからスオーラにとっても昭士にとってもこの街に帰ってくるのは都合がいいのだ。
《そうか。あの街の目立つ建物って……あの王子さんの城くらいか?》
「おそらくそうだとは思いますが……今は夜ですし。ここから見えるとも思えませんが」
スオーラが昭士の発現に同意を見せつつも、少々困った顔になる。
王子さんというのはこのパエーゼ国の第一王子パエーゼ・インファンテ・プリンチペ。スオーラを通じて何度か会った事はある。悪い人間ではなさそうだが、よその世界の人間である自分達を微妙に信用し切れていない。そんな風に感じている。
その信用し切れない原因を作った張本人こそ、昭士の双子の妹・いぶきである。
とにかく「誰かのために」「皆で協力して」という行動を見るのもやるのも死ぬほど大嫌いと公言してはばからない人物で、初めて会った時にそれこそ歯に衣着せぬレベルを超えた発言=暴言の数々で王子を怒らせ、飛行中の飛行船から兄妹揃って叩き落とされた事がある。
そんないぶきはエッセと戦う戦士ではないものの、昭士達の戦いになくてはならない存在である。
それはエッセに最も効果ある攻撃を繰り出す事ができる巨大剣「戦乙女(いくさおとめ)の剣」に変身するからである。しかもそれでとどめを刺した時に限り、エッセによって金属に変えられた生物を元に戻す力も持っている。
しかし当のいぶき本人はそうした「人助け」をする事をもちろん嫌っており、誰が頼もうが報酬を積もうが一度たりとも引き受けた事がない。なので剣になると自力で動けなくなるのを幸いと勝手に使っている状態だ。
今もこの場にいると文句しか言ってこないので進む話も進まなくなる。よって格納庫らしい空間に一人きりで放置している。
これ以上王子の話を持ち出しても仕方ない、そう思った時、昭士はさっき遭遇しそうになった飛行船の事を思い出した。第一王子――というよりパエーゼ国は飛行船を一隻持っているのだ。
《そういえば、さっき出発直前に飛行船がいたな。スオーラの国にもあったけど、こっちじゃあっちこっちにあるモンなのか?》
《そうそう。「かとい、せ、いす、にみに」だか、よく判らねぇけど、名前みてぇなのが書いてあったな》
昭士の問いにガン=スミスまで割って入ってきた。スオーラはそんなガン=スミスの言った言葉に首を傾げつつ、
「カトイセーイスニミ号、という名前の飛行船はあります。現在十隻ほど作られていまして、我が国にもその同型機があります」
そしてその王子が飛行船に乗ってラント国――さっきまで自分達がいたヒュルステントゥーム国の隣国に向かったと話してくれた。
「早く飛べる飛行船とはいえ、さすがに一日足らずで到着できる距離ではありませんから、アキシ様達が見かけたのは、おそらくは近隣諸国の同型機でしょう」
早く飛べるとはいっても、現在乗っている聖鳥王よりはずっと遅い。それは比べても仕方のない事だ。
昭士はレーダーではなくコクピットから直接見える景色に目をやると、地面の辺りがうっすらと明るい地域を見つけた。
この世界には現代地球のような蛍光灯などない。せいぜいガス灯である。しかしそれでも人工的な明かりがないこの世界では充分に目立つ。
昭士はスピードを落とし、それから高度も落とした。満月とはいえ夜である。人の目でこちらの姿を見る事は難しいだろう。
スクリーンを使ってその映像を拡大してみる。するとガス灯の明かりに照らされた「四角い」城が見えた。
ディズニーランドにあるシンデレラ城のように上に向かって伸びる尖塔を持った「尖った」建物ではない。三国志などに出てくる堅牢な砦。昭士が思い浮かべたのは後者のイメージの四角い城だ。
そんな城が壁に囲まれた大きな区域――街の中央に建っているのが見える。
この世界に来て早々見たのがその四角い城だったので、細部はすぐ忘れがちになる悪癖の昭士でもよく覚えていた。
《どうやら着いたみたいだな。さすがにこいつで街の真上に行く訳にもいかないから、下りる準備してくれ……ん?》
城を囲む高く分厚い石の壁。そこは人二人くらいが歩ける幅があり、制服を着てヘルメットを被った見張り兵が歩いている。その見張り兵がこちらに気づいたらしく、腰に吊るしたラッパを吹き鳴らし始めた。
《……まずった》
このオルトラ世界はもちろん、地球にだってこんな巨大な鳥などいない。不用意に近づけば怪しまれて当然である。
特にこの街はかつてタカだかワシだかの姿を模した巨大なエッセに襲われている。再来したのではと警戒されて当たり前である。
スクリーン越しなので音こそ伝わってこないが、明らかにこちらを見て警戒している兵士を見たガン=スミスは、遠慮なく昭士の頭を引っぱたいた。
昭士は「見えていなくとも周囲の動きを感知できる能力」でそれを避ける事はできたが、明らかに自分のミスだけに甘んじてそれを受ける。
《まさかこの距離で捕捉されるとは。見張り兵の視力をナメ過ぎたか》
「聞くところによれば、タカのように遠くを見る目とフクロウのように夜を見通す目の持ち主に鍛え上げるそうです」
スオーラが静かに解説をしてくれる。以前見た雑学番組でも、第一次・第二次世界大戦で活躍していた飛行機のエース・パイロットは夜でなければ見えない星が真昼でも見えたと言っていたから、人間鍛えればスゴイ事ができるのだ。
《追いつかれないけど、ここで逃げたら絶対怪しいよなぁ。こうなったら変形して着地してやろうか》
この巨大な鳥型メカ・聖鳥王は鳥の頭を持った人型ロボにも変形できる。そしてその姿は、スオーラが信仰する宗教・ジェズ教に出てくる神に仕える神(?)の姿に似ているというのだ。
「お止め下さい。余計に混乱するだけだと思いますので」
珍しくスオーラが昭士に冷たく言い切った。


もうバレているのだからと割り切って、昭士は街の入口に聖鳥王を着陸させた。
明らかに未知なる存在を前に投げ槍や大砲まで持ち出して、街を背に身構えている警備兵達。この短時間にここまでの準備を整えておくとは、さすがは第一王子の居城を守る兵隊達だけの事はある。
聖鳥王自体は未知なる物であるが、彼らが恐れているのは「未知なる」部分だけだ。この国にある飛行船の全長は二三五メートル。聖鳥王の約四倍の大きさがあるのだ。大きさに関する威圧感はそこまで大きくない。
そんな未知の存在から出てきたのは、彼らが救世主と崇めるモーナカ・ソレッラ・スオーラだったから驚きである。中には偽物なのではと怪しむ声すらあったが、それを抑えたのは警備兵を指揮していた隊長格の人物だった。
他の警備兵達よりも豪華な印象を受ける、色違いの制服をカッチリと着込んだ中年男性である。腰のベルトには細身の剣が下がっている。鍔に綺麗な石がいくつか埋め込まれた高価な印象の剣だ。
彼はスオーラの前でヘルメットを脱いで片膝をつき、剃り上げてつるつるの頭を深々と下げると、
「ハニシチミカトチホカチ様。お帰りなさいませ」
ハニシチミカトチホカチというのは「婚約者」という意味である。もちろんそれはスオーラがこの国の第一王子と婚約関係にあったからの呼び名である。
だが今はエッセ討伐を最優先という理由で解消している。だがそれでもその呼び名で呼ぶ者は少なくない。
「申し訳ありません。今はもう、殿下の婚約者という立場にはありません」
頭を下げずとも構わないとスオーラは彼を立ち上がらせようとするが、彼は畏れ多いと頭を上げただけであった。
ところが兵士達に驚愕のどよめきが巻き起こった事に驚いて、何か起きたのかと立ち上がってしまう。
驚く兵士達の視線の先には、何と、たった今まであった巨大な鳥(らしい未知なる者)の姿が、影も形も無くなってしまっていたのだ。これには数々の経験を重ねた猛者たる彼も驚きを隠せない。
しかしスオーラは何度か見た事があるので、落ち着いたものである。
「大丈夫です、ドゥーチェ・レッジオーネ卿。あれはエッセ討伐の戦いの中で手に入った、わたくし達の『特別な』乗り物です」
「そ、そうですか……」
ドゥーチェと呼ばれたその隊長格の人物は、スオーラにそう言われ、訳の判らぬまま納得するしかなかった。
やや離れたところから歩いてくる三人とその馬には、ドゥーチェも見覚えがあった。良い意味でも悪い意味でもだ。
一番最初にスオーラと共に戦う事になった、巨大な剣を操る軽戦士。
森の蛮族と蔑まれる、原始的な生活を送っていた村の出の黒人少女。
どこからやって来たか判らない、ガンマンという謎の肩書きをもつ口の悪い女性と、その相棒たる馬。
三人ともジェズ教教徒ではない異教徒である。無論異教徒だからと差別をするつもりはないが、常識や価値観が自分達とあまりにも違いすぎる。それを原因とした些細なトラブルが絶えないのが嫌なのだ。
特に今の時期は新しい年を迎えるジェズ教の祭りの真っ最中。この街以外のジェズ教教徒も多数滞在している。特に黒人の少女とガンマンはこの祭りの間だけでも小さなトラブルを多数巻き起こしている。
そんな彼らが救世主と崇められるスオーラと共に異形の外敵と戦いを繰り広げている。その辺りは感謝してもし足りないが、やはり自分達こそがしなければならない「人々を護る」というものを部外者にさせている嫌な気分は拭えていない。
彼らを見る目が懐疑的になってしまうのはドゥーチェだけではない。極力表に出さないようにしているが大多数がそうだ。
そんなドゥーチェはいきなり昭士達に向かって駆け出した。その表情には感情らしいものは一切浮かんでいない。
もちろん昭士達もその接近には気づいている。だが一体何の用なのだろう。少なくともこの三人(と馬)が見知っている人間ではないのだ。
互いの目がはっきり見えるくらい――だいたい数メートルまで距離を縮めた時、ドゥーチェはいきなり腰に下がった剣を瞬時に引き抜いて高く振り上げた。
片手用の剣の柄を左手に持ち替えると刃の根元に右手を添える。間合いに入ると同時に、
「チェェェエェェェエエエエイイィッ!!!」
身をすくませるような奇声を上げ、渾身の力で剣を振り下ろす。この間まさに一刹那。普通の人間であればなすすべなく斬られていた事だろう。だが相手が悪かった。
昭士には「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力があり、刹那の速度の刃をわずかに横に動いてたやすく避ける。
ジュンも深い森の中で過ごしてきた野生児。とっさに真後ろに飛んで刃の届く距離から離れる。
ガン=スミスには極めて高い視力が備わっており、動きを見抜く速さこそはないが斬りかかってきた事は判っていたので、彼の足元に数発の銃弾を叩き込んで威嚇する。さすがにこの状況で彼を射殺しては大事では済まないからだ。
[どういうづもりだ、おっざんよぉ?]
オルトラ世界の言語になるとかなり訛って聞き取りにくいガン=スミスの言葉だが、これがもしガン=スミスの故郷の言葉である英語のままで言っていたとしても、意味は充分に伝わっただろう。
《まるで薩摩の示現(じげん)流だな》
昭士も自分が剣道をやっているためか、それなりに知名度の高い剣法・示現流を見た事くらいはある。かけ声といい斬りかかる時の動作といい、異世界の筈なのにとてもよく似ていた。
よく「チェストー」というかけ声と言われているが、実際はそうではなく、今の方がより近い。それに「最初の一撃で相手を仕留める」「初太刀をかわせば」と言われるがそんな事はなく、連続攻撃は存在する。
だがその連続攻撃を繰り出してこない。絶対の自信を持って放った剣がかわされてショックを受けている、という感じでもない。
ドゥーチェは振り下ろしたままの剣を上げて鞘に収めながら、後方にいるスオーラに向かって、
「ご無礼をお許し下さい。確かにこの方々は本物に間違いありません」
昭士は何度かこの街でエッセと戦った事がある。昭士は会った事がないが、ドゥーチェは昭士の強さを知っていたのだろう。だから「本物ならかわせる」と変なテストのような行動に出たのだ。相当物騒な考えだが。
それからドゥーチェはスオーラの着ている服も髪も生乾きな事を指摘すると、
「先程までヒュルステントゥーム国でエッセと戦っていました。その時に一同濡れてしまいましたので。風邪を引かぬうちに着替えを済ませたいのですが、街に入ってよろしいでしょうか」
そこで初めて気がついたかのようにドゥーチェは姿勢を正し過ぎて棒のようになったまま、背後にいる部下に向かって、
「ハニシチミカトチホカチ様に着替えと温かい食事を! それから薬師(くすし)の手配! 共の方々にも。早く!」
号令と共に大勢の部下が一斉に動き出した。この国の言葉が判らない昭士とジュンは続けて攻撃されなくてよかったと思っただけだが、言葉が判るガン=スミスはいささか渋い顔になると、
《そりゃあ「共」だけどよ。扱いに差があり過ぎねぇか?》
「私が案内する」とスオーラの取り合いになっている警備兵の上官達の様子と、自分達には誰一人寄ってこない状況を見やったガン=スミスのストレートな感想である。


そんなガン=スミス、ジュン、昭士、剣のままのいぶき、そして馬のウリラは警備兵達の詰め所となっている大きい天幕の中にいた。中にはカンテラが幾つか下がっていて、電気のように明るくはないが視界に不自由さはない。
しかも身長一八〇センチのガン=スミスや馬のウリラが普通に立って歩ける天井の高さ。何よりこれだけの人数が入っても窮屈さを感じないサイズである。もちろん警備に必要な備品が隅に置かれたままではあるが。
昭士は特撮ヒーローのスーツのような服から普段通りの青いツナギに胸当て・脛当てという姿に戻った。こちらの方が着替えなどが楽だからである。
天幕に入ってから、一応と言いたそうに木製のマグカップに砂糖多めの紅茶、水の入った瓶、ほとんど味のしない堅パン、煮豆が詰まった缶詰がそれぞれに。馬のウリラにはリンゴやニンジンが与えられた。もちろん剣であるいぶきの分はない。
おそらく警備兵達の保存食であろう。無いよりは遥かにマシであるが、この場にいないスオーラはどう扱われているのやら。
とはいえ自分達とは比べ物にならない高待遇であろう事は、警備兵達の態度や馬車に乗せられて王子の居城へ行った事からすぐに察する事ができたが。
ちなみにいぶきは関わるのも面倒を無言と無視を貫いているので非常にやりやすいが、不満を露骨に漏らしているジュンとガン=スミスを昭士はどうにか抑え込む。
《ったくよぉ。これなら自分でやった方が早ぇぜ。コーヒーもねぇしよ》
ガン=スミスは馬のウリラに乗せていたリュックサックを下ろす。以前昭士がプレゼントした、現代地球製の防水性能の高いモデルである。
おかげで中にあった乾燥肉やコーヒー豆の入った袋は全く濡れていない。特にコーヒーはこの周辺国ではほとんど飲まれないのでガン=スミスにとっては貴重品なのである。ずぶ濡れでダメになってしまうのはあまりに惜しい。
さらに、スオーラから借りたままのキャンプ用バーナーコンロだの鉄製のポットだのを取り出し、勝手にコーヒーを煎れる準備を始める始末だ。
《オレ様特製のコーヒー、お前らも飲むか?》
ガン=スミスはケラケラ笑いながら麻布に包んだコーヒー豆を叩いて粉にしている。おそらくそれをそのままポットの中に入れて煮出すのだろう。
《寝る前にコーヒーは止めとけよ。それより問題は食い物の量だな。こいつ絶対足りないって顔してるぜ?》
昭士は目の前であぐらをかくジュンを見ている。誰が見ても「不満です」という表情としか判断できない顔のジュンが、缶詰の中に残った煮汁を指ですくってはしゃぶっていた。
そんなジュンは恨めしそうに昭士を見ると、
「アキ。ないのか」
《何を》
「麺。熱くて。濃いの」
以前食べさせた事のある、昭士の世界で売られているインスタントラーメン。ジュンはどうやらそれが食べたいらしい。だがもちろんそんな便利な物は持ってきてなどいない。むしろあるなら最初からそっちを食べている。
《今日は持ってきてない。ってかアレ意外とするんだぞ。金が続かん》
とにかく無い事が判ったジュンは、今度はマグカップに溶け残った砂糖を指ですくってしゃぶり出す。そのくらいスプーンを使えよと思ったが、そんな元気すら今はない。
そんな風に勝手にやっている一同の元にノックもせず(天幕でどうやるかは判らないが)入り口を開けて入ってきたのは、先程ドゥーチェと呼ばれていた人物だ。「卿」とも呼ばれていたしおそらく警備隊の中では一番偉い人物。多分貴族階級。
彼は昭士達をぐるりと見回している。少なくともあまり機嫌がよろしくない。むしろ不承不承という雰囲気がありありと見て取れる。
[何が用が、お偉いざんよ?]
ガン=スミスがコーヒー豆を砕く作業をしながらオルトラ世界の言葉で問いかける。相変わらず訛りが酷くて聞き取りにくい。その酷さに露骨に顔をしかめつつも、
「貴様らの中に、マチセーラホミー地方の言葉が判る者がいると聞いている。名乗り出ろ」
一応彼らのエッセ討伐の活動はスオーラが王子や位の高い知識人達に届けているので、彼のような指揮官クラスであれば、そうした情報は共有されているようだ。
《マチセーラホミー? ……ああ、確かお前らがそうだったな》
ガン=スミスは自分の国の言葉の方でそう言いながら、昭士とジュンを見た。その意味ありげな視線を察したドゥーチェの視線も彼らに動く。
マチセーラホミー地方というのは、このパエーゼ国の隣にある国、いや、地域である。この世界では何らかの形で統一をしないと「国」と認められないらしい。ここはその統一をしていないので「地方」と区分されていると聞いている。
この街はそのマチセーラホミー地方との境が近いので、少ないが交流が全くない訳ではない。多少なりとも言葉を知る者は多い。
まずスオーラ。この街の礼拝堂にいるジェズ教教団の副長を努めるカヌテッツァ僧。教団の最高責任者にしてスオーラの父モーナカ・キエーリコ・クレーロ。そして第一王子のパエーゼ・インファンテ・プリンチペ。あとは他の国にも何人かいる事を確認している。
しかし今はジェズ教最大の祭りの真っ最中。そんな状況でこんなお歴々を引っぱり出してくるのはさすがに無理だろうと思ったようだ。それで自分達に声をかけてきたのだろう。妥当な判断である。
まずジュンがそのマチセーラホミー地方の出身である。しかし話し方が単語を並べただけのような感じなので細かなニュアンスが伝わりにくい。加えて年配の人間や身分の高い人間から「森の蛮族」と蔑まれる存在だ。
昭士は異世界の地球の現代日本人だが、この地方の言葉はほとんど日本語と同じなのである。このパエーゼ国と違って意思疎通は可能といえば可能だ。
先に挙げたスオーラを除く三人はそれぞれが全く異なる、かなりキツイ方言で話してくるので、標準語プラス若者言葉しか知らない昭士はスムーズな意思疎通が難しいだけである。
だからといって何でもかんでもスオーラにおんぶに抱っこという訳にもいかない事は判っている。
特に今回は丸一昼夜以上眠れずに逃避行を続けたため限界以上に疲労がたまっている。このままゆっくり休ませてやるのが優しさというものだろう。
中身だけ中年男性のガン=スミスと、事情があって女性に好意的な印象をなかなか持てない昭士は、口にこそ出していないがその気持ちは同じだった。
《ガン=スミス。俺が話せるって言ってやってくれ》
昭士は立ち上がりながらガン=スミスにそう言うと、一応キチンと通訳したのだろう。ドゥーチェという隊長は昭士の腕を掴み、着いてこいと言わんばかりに彼を引っぱって歩き出した。
余談であるが、スオーラはわざわざ王子の城まで馬車に乗せてもらっている最中に眠ってしまっていた。
深く深く。

<つづく>


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