トガった彼女をブン回せっ! 第30話その5
『……はい』

今度の場所はどこかの通路らしかった。無機質な廊下、一定間隔で扉が並ぶ壁、少し淋しげに灯っている蛍光灯。
「……ここ、こ、ここって、けけ警察病院?」
自身の記憶に確かにあった光景。いぶきの傍若無人な言動に「巻き込まれ」入院した時、各種検査をした記憶が蘇る。
その記憶が確かなら、ここは警察病院の地下の筈である。
「さすがですね。この年末なら検査もないですし、人はまず来ないでしょう」
緊急事態の退避も同然だったのにそこまで気を使ってここを選択した美和の判断力。さすがは盗賊と言うべきなのか。
「……とはいえ病室よりは人が来ますからね。さっさと済ませましょう」
いぶきのせいでこうなった。いぶきに向かって露骨にそんな視線を向ける美和。だがその視線が少し変わった。
「ジェーニオ」
《……随分と急ね。何?》
美和の呼びかけに一瞬で姿を現わしたジェーニオ(女性体)。何かと訊ねはしたが、すぐに呼んだ理由を理解したようだ。
「妹さん、おかしいですよね、特にその手?」
《そうね》
「あのねぇ。二人だけで納得してンじゃねーわよ。そンな事よりもう終わってンだからとっとと解放しなさいよ」
握られたままの昭士の腕をブンブンと振り回して外すと、これまた大声を出して美和に突っかかるいぶき。
突っかかってきたいぶきの手を取った美和は、その手のひらをじっと見つめている。ジェーニオも同様だ。
《これはグワリジョーネの水晶? その破片みたいね》
ジェーニオはいぶきの頬を指で撫でながらそう言った。その指先――いぶきの肌を良く見てみると、ラメの入った化粧品を薄く塗ったかのように、何かがキラキラと光っているのが判った。
その「キラキラ」がラメではなくグワリジョーネの水晶の、砂粒のごとき破片だと言うのだ。
グワリジョーネの水晶と言えば、蜂型エッセの前に出てきたステゴサウルス型のエッセと戦っていた時に出てきたアイテムである。
詳細は判らないがケガを治すアイテムらしく、同時にステゴサウルス型エッセの身体を覆っていたバリアを外す力もあった。
事実バリアを外すまで、一撃必殺に等しかった戦乙女の剣すら全く効いていなかったのだから、もしかしたらあれが新型第一号だったのかもしれない。
その戦いの中、水晶はスオーラのミスで壊してしまっていた。だがそれによってバリアが外れたので怪我の功名と言えばそうである。
しかし壊してしまった事実は覆らない。いくら希少価値のないアイテムとはいえ無限に存在する訳ではなさそうであるが、毎回必要になるのだろうか。補充は難しいのだろうか。心配の種は色々と尽きなかった。
「ステゴサウルス型エッセと戦った時グワリジョーネの水晶が壊れたと聞いていますが、どんな風に壊れたんですか?」
美和が急に問いかける。すると昭士は素直にその時の状況をドモりながらも話し出した。
エッセの口に戦乙女の剣を奥まで突っ込んで足止めをしている時、水晶をエッセに触れさせようとしていたスオーラが、治り切ってない足の痛みが原因で転倒。その拍子に水晶が転がってエッセが踏みつけて破壊してしまった。
その途端エッセの全身が青白い光に包まれた。光に包まれたエッセが輝き出し、自分達をも包んだ。同時にムータも光っていた様な気もする。
いぶきの肌を見て思い出したが、さっき戦乙女の剣を鞘に収める際、剣の刃の部分が少しだけラメでも入ったかのようにキラキラしていた。今のいぶきの肌もそんな感じなのだ。室内なので少し判りづらいのだが、確かにキラキラとしている。
「その状況であれば、戦乙女の剣が水晶の成分を吸い取った可能性もありそうですね。だから蜂型エッセも倒せたのでしょう」
美和は先程蜂型エッセに攻撃が通じたのは水晶の力を吸収していたからだと見当をつけた。
《戦乙女の剣も正体は人間だし。生き物だけに成長とか進化とかしているんじゃないかしらね》
さらにジェーニオが憶測だけで物を言う。人間を超えた力を持っている精霊でも、知識や考えとなるとそうもいかないようだ。
「成長? 進化? こンっっな気持ち悪いブツブツが!? ナニふざけた事言ってンのよ。あたしは金輪際こンなバカげた事には関わりたくないって言ってンじゃない!」
腕を掴まれたままのいぶきは激しく抵抗し、大声で文句をつけてくる。美和は昭士に向かって淡々と、
「済みません。ちょっと妹さんを黙らせてもらえませんか?」
確かに人通りが少ないとはいえ、こんなところで騒がれては困る。さっきの病室と同じ目に遭いたくはない。
昭士はムータを取り出して、いぶきの行動に制限をかける。音声を消したテレビ映像のようになったいぶきを無視し、
「なるほど。このキラキラがグワリジョーネの水晶の欠片ならば、さっきご親戚の首に触れた時に治ったのも判らなくはないですね」
グワリジョーネの水晶にはケガを癒す力がある。欠片とはいえ癒しの力が宿った、「かつての姿に戻す」能力を秘めた戦乙女の剣の化身であるいぶきが首に触れた事でその二つの力が同時に発揮され、切断された首がくっついて復活した。それが美和の考えである。
《しかもこの欠片、もう皮膚と一体化してるわね》
「どど、どどういう事?」
《この肉体が健康な皮膚の状態を「こうだ」と記憶した、と言えば判りやすい? だからケガをして皮膚が剥がれても、皮膚が治ったらこのキラキラ付きっていう事》
「じゃあ、妹さんそのものがグワリジョーネの水晶の劣化版になった様なものですか」
美和やジェーニオの懸命の調査により、ステゴサウルス型のエッセ以降グワリジョーネの水晶の力でエッセのバリアを打ち破らないと戦乙女の剣の攻撃が通らないらしい事は突き止めている。
だから水晶をスオーラに預けたのだが、最初の一回で壊されてしまっている。
まだいくつか持っているので提供は可能であるが、いちいち持って来るのは面倒。あらかじめ預けておく事も考えたが何かの弾みで壊されるくらいなら自分で持っている方が安心できる。
けれどいぶき自身が水晶と同等の力を持った事でその心配もなくなった訳である。
元々戦うためにはいぶき=戦乙女の剣が不可欠であったし、剣に水晶の力が宿っただけでなく、いぶき本人も水晶の癒しの力を発揮できるとなればこれ以上頼れる物はないだろう。
……ただでさえ「こんな事に関わり合いたくない」と言っているいぶきではあるが、これで益々関わらざるを得なくなった訳である。
本人にとっては不幸以外の何物でもないだろうが、その辺は「世の中自分の思い通りに行くとは限らない」と割り切ってもらうより他ないだろう。
「その辺りは定めと思って割り切るか諦めて下さい。人間時にはそんな決断も必要ですよ」
普段からどことなく無責任な物言いをする美和だが、今回はさらに際立っている。
何を言っても拒絶以外の意志を示さない事は判っているが、いぶきには諦めてもらうしかないのである。
先程エッセの創造主スーフル・ドットレッサに利用されている事が判った時でも無視と無言を保っていたいぶきだが、もはやエッセとの戦いに攻守共に「無くてはならない存在」になってしまった衝撃は隠せなかったらしく、絶望に満ちた死んだ目をして呆然としてしまっている。
《……今警察の方に親戚の人が生き返った連絡が行ったみたいね。そろそろ来るわよ》
ジェーニオの言葉と時同じくして、美和と昭士の携帯電話が着信を知らせる。美和はともかく昭士はマナーモードにしていなかったので、しんとしている病院の通路に着信音が想像以上に響いてしまう。
昭士は慌てて着信音を止めた。来たのはメールなのでそのまま画面を凝視して内容を読んでいる。ちなみにいぶきもスマートフォンを持ってはいるが、諸事情により警察の元にある。着信が判る訳がない。
『落合ヒロミチさんが意識を取り戻しました』
顔見知りの女性警察官・桜田富恵(さくらだとみえ)からのメールである。急いでいたらしく、知っている筈なのに「ヒロミチ」が変換されていない。
昭士達には今さらな情報だが、こちらはその事を知っているがあちらは知る由もない。当たり前だが。
そんなメールの本文を横から盗み見る様な視線を送った美和は、
「ではお二方。急いで駆けつけたかのように、ご家族やご親戚の方々としれっと合流して下さい。では」
美和はナース服のままさっき同様ムータで空間を斬りつけてそこに入り込む。ジェーニオ(女性体)も後に続いた。
そこに残ったのは昭士と、強制的にミュートさせられたいぶきの二人だけである。


美和は「しれっと合流して下さい」とは言ったが、病院に近い昭士の両親はともかく広道の両親がここに来るまでには何時間もかかる。
彼女はああ言ったものの、いぶきが素直に見舞いに行くとも思えない。こういった事は意地になってでもやりたがらない性分なのはよく理解している。
しかしこういう状況になった以上昭士の両親は間違いなく病院に来るし、時間はかかっても広道の両親もやって来る。
そうなると、自宅に帰ったところで誰もいない。台所への立ち入りを禁止されている上に料理が全くできないいぶきが一人で帰ったところで、寝るくらいしかやる事はない。
一般的なパターンなら外食するなりコンビニで食べ物を買って家で食べる、というのがあるが、いぶきは市内のほとんどの店で出入り禁止処分を受けているのでそれもできない。
昭士はそういう状況が判っている上で、とっとと歩いて帰ろうとしているいぶきの背中に、
「ほほ、ホントにままっすぐ帰え、かか帰るの?」
「そうだ」と力強く背中で語りながら階段を上がって行くいぶき。もっともさっき昭士に会話を封じられているのがまだ解けていないから話せないというのもあるが。
昭士はそっとムータを取り出すとさっきかけた「制限」を解く。それに気づいたのか気づいていないのか、一階まで上ったいぶきはまっすぐ出口へと歩き去って行った。
それから十分も経たないうちに駆け込んで来たのは、さっきメールを送ってきた富恵である。いくら警察病院とはいえ警察の制服のままではまずいと思ったのか私服姿である。
彼女は昭士の姿を見つけると音を忍ばせて駆け寄り、
「は、早かったのね、妹さんは……やっぱり帰っちゃったの?」
「はは、は、はい」
歩きながらそんなやりとりをし、受付に向かう。身分を明かし広道の病室へ行く事、親族や両親が後に来た時は通して欲しい事などを伝え、昭士に着いてくるよう手招きする。
さっきまでその病室にいたのだが外から入った訳ではないので彼女の後に着いて行かないと病室に行けない。なので素直に着いて行く。
着いて行った先にあったのは「関係者以外立ち入り禁止」「面会謝絶」という貼り紙が貼られた扉の前。そこにはスーツ姿の男が二人、見張りのように立っていた。
彼らは富恵の顔を見ると小声で「連絡は受けています。どうぞ」と言って扉を開けてくれた。富恵とすれ違い様に、
「侵入者があったようで、今調べています。まだどこかにいるかもしれません。気をつけて下さい」
「侵入者?」
「はい。大声がしたので行ってみたら患者以外誰もいませんでした。しかし明らかに患者の声ではあり得なかったので」
「……有難う」
小声ではあったが周りが静かすぎるので昭士にも小さく聞こえてしまっていた。
その大声は間違いなくさっきのいぶきの声である。さすがにここでその事実がバレる訳にはいかない。
会話が終わった富恵と一緒に昭士も扉の中に入る。
とはいえそこも廊下で、さっきまでと同じ様な扉が両側に並んでいる。富恵は来慣れた様子で迷わずその中の一つの前に立った。
普通の病室なら入口に名札があるが、それがない。本来は関係者しか入れないので必要ないのだろうか。
ノックの後に中に入ると、白衣の医者と制服の看護士が二人、広道の診察をしているところらしかった。
聴診器を当てたり手首に触れて直接脈を見たり、色々な質問をしていたり。
それらが一通り終わると、医者の方が富恵に向かって、
「こちらがご家族の方ですか?」
チラリと昭士の方を見て訊ねる。
「親族ですが」
「診察する限りどこにも異常はないようですが、あまり時間はかけず、質問などは手短かにお願い致します」
「判っています。ですがこの件は……」
「判っています。では」
事情を知る者同士の会話らしく主語がないが、最後の「判っています」はこの件の秘匿の事だろう。
今まで首と胴体が物理的に離れていた人間が、いきなり首がくっついて復活したのだ。調査や研究などをしたくなりそうなものだ。
調査や研究をすれば、もしかしたらエッセとの戦いで「使える」情報が手に入るかもしれない。あちらの世界より約百年は進んでいる文明レベルで調べれば、あちらで判らなかった事が判るかもしれない。
だがそれは広道の生活の自由を奪ってしまう事になる。検査のために病院通いとなるし、守秘義務等も発生する。
昭士が胸中で渦巻くそんな考えをよそに、富恵は慣れた様子でパイプ椅子をベッドの側に置くと、腰かけた。
「初めまして。留十戈(るとか)市警の桜田富恵と言います」
持っていたカバンから警察手帳を出して、広道に見せる。彼もまさか警察官が来るとは思っておらず、自分は一体どんなマズい事をしたのだろうかと焦った顔になった。
「おお、おいアキ。さっきはいきなり来てていきなり消えるし、今度は警官が来るし、どうなってんだよ、オイ」
「え、いきなり来てて?」
広道の言葉を聞いた富恵が、驚いて昭士に訊ねる。
「ああ、あ、あ、あの。とりあえずせつせ、説明するから」
昭士は何度も深呼吸して自分を落ち着かせると、ゆっくり、ドモりながら、そして信じてくれるかは判らないけどと前置きをして説明を始めた。
この世界とは違う、パラレルワールドの様な世界の存在。どこからかやって来る生物の姿を模した人類の天敵の様な存在。そして、その天敵と戦える存在。
自分がその天敵と戦える存在である事。もちろん一人ではなく仲間がいる事。さっきはその仲間の力でいきなり病室にやって来て、いきなり消えた事。
その天敵を作るには「素材」が必要で、広道がその「素材」にされた事。その「素材」というのが斬られた広道の首であり、その天敵となった姿の広道と会って話した事。首の方はどうにかそれを取り戻した事。取り戻したはいいが元の身体にくっつかずこうして病院に寝かせていた事。
そして……いぶきが元に戻してくれた事。
もちろんドモりながらの説明である。いくら親戚で昭士がドモり症という事を知っていても、話下手以上に聞きづらく判りづらい。その辺は富恵も判る範囲で補足を入れた。
「けど、あのいぶきさんがねぇ」
普段のいぶきを知っているだけに、富恵が驚くのも無理はない。正確には「元に戻す力を持っている」なので、治すために尽力した訳ではないが。
「な、なな、何か、きゅきゅ、急になった、みみたいです」
一応説明はしたが昭士も言われた事をそのまま伝えた様なものだ。理解している訳ではない。
そして昭士は、一番気になっている、聞いてみたかった事を聞いてみた。
「そ、それでさ。どのくらい覚えてるの? 首切られてる間の事」
聞き方がもの凄く変だと思いはしたが、そう訊ねるしか訊ねようがない。
昭士の記憶では、広道の首が斬られ、それを元に天敵――エッセが生み出された。そしてそのエッセと昭士は直接対話をしている。
だからその対話した程度の知識は残っていないのだろうか、と。
「いや。山の中にいたと思ったら次の瞬間いきなり病院、ってのが正確な感じだな」
広道も自身の違和感や体験などを伝えたいのだが、血筋なのか伝え方はあまり上手ではないし、こんな程度の事しかできない。
「じゃじゃ、じゃあ、おお、俺と会ったここ、事、オボ、覚えてないの?」
「覚えてるも覚えてないもなぁ。さっきも言ったけど、ホントにいきなり病院で、お前達がいたからな。瞬きの前が山の中で瞬きしたらいきなり病院にいた感じって言って伝わるかなぁ」
驚く昭士に、広道はどことなく申し訳なさそうに口を開いた。
「じゃあ、エッセになってた間の事は覚えてない、という事ね」
広道がぎこちなく「はい」と言って首を倒したのを見た富恵は、手帳の空きスペースに素早くメモしている。
広道のエッセは、彼の首を材料にして作った、いわばコピーの様なもの。
コピーした方に色々メモを書き込んだとしても、オリジナルの方に変化はない。それと同じで覚えていないのは当然かもしれない。
昭士の方は、エッセの広道とほんの少しだけした会話――電話越しとはいえ――を思い出す。といっても会話らしい会話ではなかったが、その記憶がなかったというのはさすがに少しショックであった。
「アキ」
広道が済まなそうな顔のまま昭士に声をかける。
「良くは判らないけどさ。お前やいぶき達のおかげで、俺がこうして助かった事に変わりはないんだろ。助かったんならそれはそれで良いよ。ありがとな」
ありがとな。その他愛ないその一言。いくら報酬目当てで戦ってないと言っても、本当に何もないというのは空しいものである。こんな言葉だけであっても胸の内から嬉しさがこみ上げてくるものだ。
こみ上げてきた思いが目を潤ませてしまいそうになったのを、気恥ずかしそうに視線をそらして隠そうとする昭士。富恵もそんな気持ちは判るので、
「別に泣いたっていいじゃない。仲の良い親戚が無事だったんだし。何より、昭士くん達の行動が報われたんだから」
「……はい」
昭士の目から涙が流れ落ちた。押し殺した嗚咽が漏れる。それでも、二人からは視線をそらしたままであったが。


《……あまり入って行きやすい空気とは言えないみたいよ?》
広道の個室の前で、聞き耳を立てるように中の様子をうかがっていたジェーニオ(女性体)。
そんなジェーニオの様子に、少しだけ息が乱れたままのスオーラが少し悲しそうな表情になると、
[仕方ありませんね。ヒロミチ様を見舞うつもりでしたが……]
オルトラ世界では、男女共に人前で泣く事を恥ずかしいと思う習慣はないが、こちらの世界では――特に男はタブー、まではいかなくとも、見られたくはないものと聞いている。
《見張りがいるらしいから、行きましょうか》
[そうですね]
宙に浮いたままのジェーニオはもちろん、スオーラもサイハイブーツに気を使って足音を消すように歩く。
そして非常口から病棟の外に出ると、ジェーニオは「外側から」内側の鍵を閉めた。
スオーラはそのまま踊り場を蹴って宙に飛び出した。もちろんここは一階ではない。
宙に投げ出されたスオーラの身体を後ろから抱きすくめるようにキャッチしたジェーニオがそのまま空を飛んで行く。
今のスオーラならビルの屋上を飛び跳ねるようにして駆けて行く事も可能だが、まだ完治したばかりの足を気遣っての事だ。
ちなみに広道の病室に入るのと全く逆の手段を取っている。まさか警察側も「外側から内側の鍵を開け閉めする」という非常識な入り方をするとは予想していなかったようで、見張り等はいなかった。
[詳しい事情は判りませんが、ヒロミチ様がご無事で本当に良かったです]
スオーラが本当に安堵した表情でふと下を見た。
病院の正面にタクシーが止まり、そこから飛び出すように駆けて行く昭士の両親が見えた。一緒に見ていたジェーニオも、
《そうね。無事であるに越した事はないわね》
それからスオーラに視線を移すと、
《それは、あなた自身にも言える事よ? 団長から聞いたけれど》
ジェーニオの言う団長とは美和の事である。美和とジェーニオは元々盗賊団の団長と、それに仕える精霊であったから。
もちろんこれは足のケガの事を言っているのはすぐに判った。しかもその当人に言われたばかりであり、昭士達にも責められたところである。
これにはさすがにスオーラも申し訳なさそうにしゅんとして俯く。
《それだけ心配されている証拠でしょう》
そのジェーニオの言葉が自分を励ますものだと判ってはいる。判ってはいるのだがスオーラは益々俯いてしまうのである。
……本当に申し訳なくて。

<第30話 おわり>


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