トガった彼女をブン回せっ! 第30話その4
『でも生きてンでしょ?』

スオーラが信仰している宗教・ジェズ教は神様が一柱という一神教である。
神は一柱であるが、その神様に使える「随身(ずいしん)」という存在がたくさんおり、中でも九柱の随身が有名だと聞いている。
そして今このオルトラ世界では、その随身と神様のための祭典が行われている。だから異世界の人間である昭士も「随身」という単語そのものは知っていた。
……神様の部下にあたる随身それぞれの名前まではさすがに判らなかったが。
《いや、あの、いきなりブルチャ? だっけか。そう言われても困るんだが……》
変型が完了したためか、目の前にはSF映画に出てきそうな「宙に浮いているレーザー状のディスプレイ」が浮かんでおり、そこには頭部が鳥の人型メカ(線画・モノクロ)が表示されている。
《前に話したっけか? 俺が子供の頃やってた特撮ヒーロー番組に出てきた巨大ロボ。それなんだけどな》
昭士は「特撮ヒーローロボ」と言い、スオーラは「随身ブルチャ」と言うこの姿。どちらも鳥の頭と翼を持った人であった。もちろん昭士はブルチャという随身の姿を見た事はない。
このロボットは手の指が五本ではなく鳥の足のかぎ爪の様な3本。カラーリングなどはその随身とは全く違う(と思う)。
そもそも全長六十メートル、重量百五トン、最高速度マッハ六(番組内設定)なんてスケールの神様などいるのだろうか。
視界に広がる村の方では人々が建物からゾロゾロと出てきて何やら騒いでいる。だがその様子は恐怖・驚愕ではなく畏怖・感動。それが遥か上空の昭士でも判る程なのだ。
スオーラを始めとしたこの国――いや、ジェズ教信者にとっては、これはその随身ブルチャそのものに見えるのかもしれない。
ジェズ教を全く知らない昭士でも、この随身と呼ばれる存在が神様同様に崇められているであろう事は想像がついた。
タダでさえ自分達「異教徒」のせいでスオーラが色々大変な目に遭っているのは知っているので、ここはそのふりをしても悪い事はあるまい。
一応人助けなのだからバチとか当ててくれるなよ、と思いつつ、昭士は足元のペダルを強く踏んだ。多分これで上に飛べるだろうと予想して。
すると予想的中。昭士には見えないがロボの足の裏からロケットのようにバーニアが噴射。その勢いで空高く上昇して行く。
『アキシ様、どうかお気をつけて!』
携帯電話からスオーラの激励の声がし、通話は切れた。


随身ブルチャもとい、特撮ヒーローロボ・聖鳥王はバーニアを吹かして、高く飛び上がって行く。
もちろん遥か上空から蜂型エッセが雨あられと降り続けている。
昭士の感じる能力でもコクピットにあるレーダーでも、エッセの巣らしき物体をハッキリとキャッチした。
そこから一定間隔である程度の量の蜂型エッセが飛び出しては降下して行くのだが、空気が薄く、そして冷たいここでは動きの方は相当鈍くなっている。
基本的に蜂はあまり寒いと活動が鈍くなる。地球では上空に上がる程気温は低くなるが、オルトラ世界もそのようだ。そのため蜂の特徴を受け継いだエッセ達も機敏な動きをしていない。
地上での俊敏さが嘘の様な緩慢さ。あるのかは判らないが「やる気」という物が全くないのが一目見て判る程だ。だから蜂型エッセがこのロボを攻撃して来る様な気配はない。
……エッセが攻撃をして来るのは基本的に生物なので、生物ではないこのロボが攻撃を受ける事はなさそうだが、隙間から侵入でもされたら敵わない。
ジュンが見つけ昭士も何となくその存在を確認している巣(仮称)までもうすぐなだけはあり、だんだん霧の様な蜂の大群も密度が濃くなってきており、鬱陶しい事この上ない。されるがままのままではやはり不味かろう。
この状態でできた攻撃は、確か「目から冷凍光線」「翼からカミナリ」「胸から熱線ビーム」「両手のクロー攻撃」だったと覚えている。
この場合で有効なのは前2種類だろう。熱線ビームはとどめの必殺技に使っていたのでエネルギー消費量が桁外れの筈。この状態でエネルギーが切れたら真っ逆さまである。
両手のクロー攻撃では、霧の様な蜂が周辺にバラけるだけである。全く意味がない。
だが。そもそもどうやってそれらの攻撃をすれば良いのかが全く判らない。さっきはたまたまうまく思った操作ができたが、今度もそううまくいくとは。
番組中、コクピットの中で攻撃する瞬間の映像があったかどうか思い出してみるが、さすがに覚えてはいない。当たり前である。
今度レンタル屋にでも行って借りてみるか……と場違いなくらい呑気に考えながら、今握っている電車の吊り輪の様な三角形のレバー――の親指の位置にある小さなスイッチを押してみた。ゲームなどならたいがいこの位置にあるのは攻撃をするスイッチだからである。
しかし。何かが起こっている様子は感じられない。ここからでは全身が見えないのだから当たり前かもしれない。
ただ、宙に浮いている画面では、両手の部分が赤く点灯している。
(これは手を動かすっぽいな)
手だけ開いたり閉じたりしていても、この状況では何の意味もないので止めておく。
そんな風に蜂に取り囲まれながら上昇し、地上まで約五十キロ程の上空まで来た時、ようやく巣(仮称)に到着した。
もちろん敵側の迎撃態勢は万全。非生物であるこちらに有効な攻撃手段はないが、群れているだけでも充分に脅威である。
いくら寒くて動きが鈍くても、巣を覆い尽くすように蜂型エッセが取り囲んでいるため、まずはそれをどうにかしなければならない。
昭士はレバーを押したり引いたりしてみる。おそらくこれが腕を動かすレバーだろうと見当をつけて。
宙に浮いたディスプレイに描かれたロボの両腕部分が赤く点灯しており、実際見える視界内でも両腕をまっすぐ前に伸ばしている。
その両腕を左右に大きく振り回す。あまり速い動きではないが、のろのろとしか動けない蜂型エッセをある程度は撃退できている。事実霧(と表現すべき大群)が少しだけ薄くなった様な気がする。
昭士はレバーを何度も操作して蜂を追い払おうとする。もちろん蜂も自分達の本拠地である巣を守ろうと行動しているが、相手が非生物のため全く攻撃が通っていない。
少しは薄くなった蜂の大群の中に、昭士は片手を突っ込んだ。そしてロボのレーダーと昭士の能力のおかげで、見えていない「巣」を鷲掴みにする。
そこで昭士はしまっていた自分のムータをかざして、この場にいぶき=戦乙女の剣を呼ぶキーワードを叫んだ。
《……キアマーレ!》
するとすぐ足元から高速で飛来する剣の気配を確かに感じ取った。
だがこのままでは昭士がいる頭部のコクピットを突き破って目の前に突き刺さりかねないので、レバーを動かして腕を操作。さらにかぎ爪の指先で太く平たい剣の刃をしっかりと掴んだ。
鷲掴みにした「巣」と摘んだ「戦乙女の剣」を眼前に持ってくる。巨大ロボの視点から見たそれらは、かたやテニスボール、もう片方はカッターの替え刃のようだった。
ロボのセンサーがギャンギャン喚き散らすいぶきの声をキャッチしているが、無視。昭士は替え刃の切っ先をテニスボールの真ん中に力一杯突き立てた。
刃は根元近くまでボールに突き入った。刃はそのままにボールだけをゆっくり回していく。その様子は桃の実を二つに割る時のようだった。
やがて刃が一周し、切り口が綺麗に繋がった。そして桃の時のようにねじって真っ二つに割った。
その中にあったのは一匹の蜂である。蜂の習性を考えると女王蜂かもしれない。現にぽこぽこと小さな卵らしき物を身体から吹き出し、その卵の殻が次々割れて蜂の幼虫となっている。
その女王蜂の様なエッセの全身は青白い光に覆われているが、その光が日焼け後の皮膚のようにボロボロと全身から剥がれ落ちている。
良く見れば、そのエッセに大ダメージを与えているのが昭士にも判った。何故ならカッターの替え刃=戦乙女の剣の刃が女王蜂型エッセの頭部をしっかりとカチ割っていたからだ。
だが昆虫の場合、頭部が失われてもある程度は活動し続ける事が可能だ。残酷に見えるかもしれないが、とどめを刺さねばならない以上、非情な選択をとらざるを得ない。
昭士は女王蜂の頭部を貫く戦乙女の剣に力を込め、刃を頭部から胸、そして胴体にまで押し進めた。無論刃は女王蜂型エッセを縦まっ二つにした。
その途端、切り口が淡い黄色に輝き出した。その淡い光は次第に女王蜂型エッセの全身を包み込んでいく。やがて、
ぱぁぁぁぁぁあん!
その身体は小さな光の粒となって一斉に弾けたのである。それこそ四方八方へ一気に。そして雪のように優しく地上向かって降りていく。
これはエッセにとどめを刺せた証である。戦いは終わったのだ。前のめりに座っていた昭士は、ようやくレバーから手を放してシートの背もたれにドサッと身を預けた。
ばさっ。
いきなり後ろから聞こえてきた何かの音。彼はそのまま身を預けて休みたい欲求と激しく戦うも、数秒で止めて背もたれの後ろ側を覗き込んだ。
そこにあったのは何かの冊子を思わせる本だ。気づかなかったが背もたれのポケットに挟まっていた物らしい。
その表紙には「OPERATING MANUAL」の文字が。操縦のためのマニュアルである。
疲れ以上に脱力し、ガックリとうなだれてしまった。
《早く言ってくれよ》
昭士が力なく呟いたのも仕方ない事かもしれない。


「あ、来ました!」
頭上を指差すスオーラの先には、鳥の翼と頭を持った人型ロボがゆっくりと地上に降りてくるところだった。
とはいえ隣にいるジュンとガン=スミスは、彼女以上の視力を持っている。ずっと前から見えていた事だがあえて黙っていた。
昭士はマニュアルと首っ引きでロボを操作し、どうにか地上まで降りてきた。
単純な行動であれば操作自体はそこまで難しい物ではない。直感だけでも何とかなる。それ以上となるとやはりマニュアルなしでやるのは相当厳しい。最低限の訓練がいる。
基本的に(人型の時は)両手のレバーと両足のペダルがロボの両腕両足に対応している様なのだが、単に手足を振る動作ならともかく肘や膝を曲げたりとなると直感では難しいのである。
そこまでの難しい動作が必要ない、単なる棒立ちの飛行と着地をどうにか終えて、昭士はようやく一息ついた。
背もたれに身を預けたままマニュアルをパラパラとめくる。ロボから降りる方法を探しているのだ。
その中で、昭士が持っていて、さっきジュンに遠く放り投げられた銃・ウィングシューターがこのロボットに変身した事が書いてあってギョッとしていた。
昭士はウィングシューターを飛ばすと巨大ロボ・聖鳥王が「やって来る」と覚えていたのだが違うのである。変身なのである。探しに行かなくて済んだのはまさしく僥倖、というヤツだ。
そのマニュアルに従って計器のボタンを押していく。別に紛らわしくはないのだが少々数が多い。でも仕方ない。極度に簡略化されたゲームセンターの筐体とは違うのだから。
スイッチを押し終わると昭士の身体は一瞬で地面に転送され、そこに立っていた。後ろには全長六十メートルのロボットが屹立している。彼は思わず振り返り、首が痛くなる程に見上げた。
角度が相当に急ではあるが、幼い頃に見た憧れの巨大ロボの“本物の”勇姿が確かにそこにあった。
あまり視聴率が良くなかったとはいえ、こんな角度で見られたファンは誰一人いない。自分がその唯一の存在という極度の優越感が胸を支配する。
思わず携帯電話を取り出して撮影したい衝動に駆られたが、ポーチを探っている間にその姿は煙のようにかき消えていく。思わず「ああ」と声が漏れ、探る手が止まってしまった。
そして。上空から落下してくる「戦乙女の剣」。まだロボが手に持ったままだったのである。ロボがいなくなった事で支えが無くなれば落ちてくるに決まっている。
感動のあまりそれを失念していたが、そこは落ち着いて、
《……キアマーレ》
剣になっているいぶきを自分の元に呼ぶキーワードである。すると落下の軌道が急激に曲がり、昭士の真上に落ちてくる。彼はその柄を両手で掴み、自分から数回転して勢いを殺してから回るのを止めた。
「アキシ様。戦乙女の剣の鞘です」
《お、アリガトな》
スオーラから鞘を受け取ると、二メートル近い刀身を鞘に収め――ようとする。
ふと妙な違和感を感じ、剣の角度を微妙に変えてみる。今気づいたが、戦乙女の剣の刃の部分が少しだけキラキラとしている。少しだけラメでも入ったかの様な感じに。
しかしこの刃はいぶきの肉体が変化したもの。鞘のない今彼女は全裸。当然文句が帰って来る。
《いつまでジロジロ見てンだエロアキ!》
《はいはい判りましたよ》
無愛想にそう言うと、昭士は長過ぎる刀身に苦戦しながらもどうにか鞘に納めた。
この瞬間こそ「戦いが終わった」と本当の意味で安堵できる一瞬であり、まさしく「このために生きている」と思える程の喜びでもある。いぶきのツッコミのせいで喜びは半減したが。
それから昭士はスオーラに向かって、
《この辺にいた蜂はどうなったんだ?》
「急に光の粒となって総て消えてしまいました」
親が死んだら子も死ぬ。一蓮托生な関係だったらしい。下に来てまで戦わずに済んで良かったと、昭士は胸を撫で下ろした。
その健闘を称えるかのように、鳥型に変型していたウィングシューターが昭士の元に飛んできて、その肩に止まった。本当に懐いている鳥のようである。
昭士はその鳥に向かって手を差し出すと、鳥の方がちょいちょいと彼の手のひらに乗り、自分からビーム銃に変型して彼の手に収まった。
「ああ、お疲れ様でした」
全員の死角から聞こえた声に、全員がビックリして身をすくめた。声の主は美和である。
ビックリして胸を押さえているスオーラ。目を丸くしているジュン。そんな中美和に詰め寄ったのはガン=スミスである。
《この泥棒が。何一人だけさっさと逃げ出してんだ》
胸ぐらを掴み上げようとするガン=スミスの腕をさらりと避け、美和は淡々と言った。
「仕方ありません。盗賊というものは正面きっての戦いは得意としておりません。足手まといはさっさといなくなるに限ります」
そして美和はいぶき――戦乙女の剣を指差すと、
「そもそも発信機だか盗聴器だかの様なアイテムを取り出して処分したんですよ。何らかの追撃なりがあるのが普通でしょう?」
ジェーニオがいぶきの体内から取り出した「それっぽい」アイテムの事について触れてきた。確かにそれに気づかなかった事はこちらの落ち度である。だが、
《それでもいきなりいなくなるなよ。つか、せめてジェーニオは置いて行って欲しかったぜ?》
掴みかかったり殴りかかったりする気はないが、昭士も釘を刺すように文句をつける。
「今ジェーニオは回収したデータ解析を手伝わせています。そのデータがないと、ご親戚の方を元に戻す方法が判らなくなります」
方法があるかは判りませんが、と小さくつけ加えた美和。
「でも物事は最悪の事態を常に想定するべきと思いましたので、あちらに戻りませんか?」
《気楽に言うなよ……》
相も変わらずの無表情顔と声で言われては、怒る気も失せる。それを狙ってやっている体なのだが。
《まぁ一応戦いも終わったしなぁ。そうするか》
戦い以外で役に立てない昭士がこの場にいても仕方ない。
《じゃあ俺らは帰るわ。祭りの邪魔して済まなかったな》
今はちょうどこの世界ではスオーラが信仰している宗教最大の祭りの最中と聞いている。まがりなりにも聖職者の家系であり自身も一僧侶なのだから、いくらエッセが現われた緊急事態とはいえ抜け出させる様な真似をさせた事は悪く思っている。
「いえ。今回はこちらも随分とご迷惑をおかけしました」
スオーラが丁寧に頭を下げて謝罪する。
「では、行きましょうか」
美和はさっきと同様に自分のムータを何もない空間に向かって斬りつけた。そこに空間の切れ目を思わせるような黒線が生まれる。さっきよりも大きいのは気のせいではない。
「時間が惜しいのでこちらで行きましょう。お手を拝借」
美和が差し出してきたその手を、昭士は何となくおっかなびっくりといった感じで手を重ねた。美和は昭士の手を強めに握ると、その黒線に身体を滑り込ませた。さらに昭士の身体を力一杯引き込む。
《うわっ!?》
本当に、言葉通りに昭士の身体が黒い線の中にスルリと吸い込まれた。人の身体はおろか指先すら精一杯の細い隙間に、いとも簡単に。
一瞬バランスを崩しかけた昭士が体勢を立て直すと、そこは既にオルトラ世界ではなかった。
ここは(おそらく日本の)病院の一室である。個室らしく普通の病室よりも広めに感じる。
「どど、どうなってるの?」
こちらの世界に来て元の姿に戻った昭士の、ドモり症のため聞き取りづらい問いに美和が答える。
「盗賊のムータは世界を超えるだけではなく、違う場所へ移動する事もできますから」
美和が片手で指し示すベッドには人が一人横になっていた。
「……!」
その顔を見た昭士の表情がこわばった。親戚の落合広道だったからだ。
彼の身体にはコードやらチューブやらが何本もつけられており、脈拍や心音等を測定するらしき機械と繋がっている。
とはいえ機械はただ動いているだけであり広道の身体の変化は全く記録されていない。
「発見されたのは北海道ですが、無理を言ってこちらに運んでもらったのですよ」
広道が発見されたのは首がない状態だったと聞いている。遺体として処理されなかったのは警察内だけにはエッセの情報がある程度伝わっているからだ。
首のない遺体と同じエッセが現われる可能性が高い事、切断面の異常さから普通の遺体ではないと怪しんで、遺体として処理せずに保管したのである。
そして美和が広道の首を発見したので、警察に手を回して胴体をこちらに運んでもらったのだと彼女は話した。
その説明の最中、いきなり昭士は腕を力一杯はたかれた。といっても全く痛くない。痛がっているのは元の姿に戻ったいぶきである。直接殴るとその痛みが自分にはね返ってくるようになっているためだ。
「ドコよココ。こんなトコ連れ込んでナニする気、この能面女?」
相変わらずのいぶきの態度。だが親戚の落合広道を見つけると、興味深そうに枕元に向かう。
今の彼は首と胴体が離ればなれの状態。一応元のようにくっつけてはいるがくっついてはいない。ちょっと触れればすぐにコロリと首が転がってしまう。
首を指先でちょいと突いて転がった様子を見たいぶきは、ブフッと吹き出して笑い出した。
「へー。ホントにスッパリ切れてンだ。でも生きてンでしょ? まぁバカアキよりは生きてて良い人間だけど、こンなンじゃどうしようもないわよね」
転がった首をひょいと持ち上げ、綺麗すぎる断面を見てケラケラ笑っている。
美和は、まるで考えていた段取りがメチャクチャになって唖然としている新米のようのポカンとしていた。いくら何でも首を玩具のようにして、かつ断面を見て愉快そうにケラケラ笑うとは予想外だったからだ。
「あー、まー、そのままで良いので聞いてて下さい」
もうコイツは無視しよう。無表情なのにそう言いたいのが丸判りである。
「一応ジェーニオにデータの解析をさせて元に戻す方法を探してもらってはいますが……おそらく出てこないと思っています」
それでも美和の口から出た残酷な現実。驚く昭士と生首と戯れるいぶき。話は続く。
「あのスーフル・ドットレッサという人物は、エッセを作る事は考えていましたが、元になった生物を元に戻す事は考えていなかったと思います。考えが及ばなかったという意味ではなく。理由を聞いたらおそらく『めんどい』の一言で済ませそうな性格でしたし」
いぶきそっくりの来世(自称)ならば、確かにその一言で済ませそうな事は、昭士にも想像がついた。
「ですからご親戚は二度と元に戻らない。生きてますが永遠に目を覚まさない可能性が高いです。延命処置にお金はかかりませんが、この先ずっとこのままが良いのかどうか、親族の方々含めてご相談する事をお勧めします」
「へー。まぁ死ンでないンなら良いンじゃないの。どうでも」
両手で生首を玩びながら、無責任にいぶきが言う。ここで言い返したところで暖簾に腕押しで終わるのが目に見えている。
「ともかく、一旦その首を置いて頂けますか。こちらの世界ではよく知りませんが、生首を玩具にするのは誉められる行動ではないのでしょう」
元々は美和はスオーラと同じオルトラ世界の出身。とはいえこちらの世界での生活も長いのでよく知らないという事はない。彼女なりの冗談だろうか。
するといぶきは特に不機嫌そうな顔も見せずに広道の頭部を元のように置いた。顔面を枕に押しつけるようにして。
(せめて顔を上に向けてやれよ)
「やると思ってた」と言いたそうに無言のまま見つめる昭士と美和。
その視線が相当気に入らなかったらしく、いぶきはふんと鼻を鳴らして不快感を表すと、仕方なくと言いたそうに首をひっくり返して顔面を上に向け、ヤケになったように切断面同士をギュッとくっつけるように押しつけた。
すると。広道の全身から淡く黄色い光の粒の様なものが煙のように立ち上った。その光は戦乙女の剣でエッセにとどめを刺した時の光と同じように見えた。
そして、
「あれ。ここどこだ? 何で病院? 三角(さんかく)山にいたよな、俺!?」
今まで横たわっていただけの広道が、唐突にむくりと起き上がったのである。何事もなかったかのように。
覚えている直前の記憶との差があまりにもあり過ぎて、自分で自分の状況が全く判っていないのだ。当然である。
雪山にいた筈が病院らしきベッドの上。アウトドア用の防寒着姿の筈が薄いブルーの入院着。そして、
「あれ、アキといぶき? 何でお前らココにいるんだ?」
久しぶりに会う親戚がいつの間にかこの場にいる。変化と驚きの大きさに頭の中が完全に着いて行ってない。
「お、お、お、お、おおおち、おちち、おちついて」
一方昭士の方も、死んだ人間が生き返ったに等しい広道の様子に、ドモり症も加わって必要以上に慌ててしまっている。なので、
「あなたが落ち着いて下さい」
美和が冷静にツッコミを入れる。だがその姿は先程までの盗賊の服(?)――身体にぴったりフィットしたタンクトップとスパッツが合体したような服から、看護師の服に変わっていた。いつの間にか。
盗賊だけに変装はお手の物という事だろうが、こうも一瞬で変わる事ができるとは。昭士は広道の事以上に驚き慌ててしまう。
「ご自分のお名前は言えますか? 住所や家族構成は?」
看護師に扮した美和の質問に、広道は少々不思議そうな顔をしつつも正確に答えている。
彼女は時折昭士の方に「合っていますか」と訊ねているように視線を送っている。そのやりとりをいぶきは黙って、しかしとてもつまらなそうに見ている。
「どど、どどうしたの。ぶぶ無、無事だだったのに、そこそこ、そこまでつまらなそうにしな、しなくても」
「だからアンタはバカアキなのよ。首が離れてても生きてるのが面白かったンじゃない。これじゃ普通で面白くもナンともないわよ」
空気を呼んで小声で訊ねた昭士に対し、ことさら大声で、本当につまらなそうに不満をぶちまけたいぶき。それを聞いた美和は、
「済みません。ここは少し離れたところに見張りがいる、面会謝絶の病室です。人が来ないうちに退散します」
美和は再び自身のムータを取り出して先程のように空間に黒い切れ目を入れ、間髪入れずに飛び込んだ。昭士も急いでいぶきの腕を鷲掴みにし、同じように飛び込む。もちろんいぶきはギャーギャー言いつつ引っぱられる。
いぶきの大声を聞きつけて血相変えて飛んできた警備員――という名の私服警察官が病室に飛び込んだ時には、誰もいなかった。
広道以外の人間は。

<つづく>


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