トガった彼女をブン回せっ! 第30話その2
『ねえねえ今どんな気持ち?』

ジェーニオの二本の指に挟まれていたのは、何に使うのか全く判らない、小さな人工物であった。
大きさは五ミリ四方もないだろう。強いてあげるのであれば、コンピュータの内部に収まっている様な、何かしらのチップ状のパーツである。
ジェーニオはそのパーツを「よく見て下さい」とばかりに美和に突き出す。彼女は、無表情の顔のまま、
「見当はつきますし詳しく調べればもっと判ると思いますが……おそらく無理でしょうね」
《お、お、お、おそらく無無、無理って?》
元の世界での姿に戻った昭士が訊ねる。彼は元々ドモり症なので、元の世界ではこんな話し方になってしまうのである。
だが美和がその問いに答える前に、そのパーツがいきなり火を吹いた。精霊らしいジェーニオはちっとも熱いそぶりを見せていないが、そのパーツはそのまま燃え尽きてしまった。
「さて……」
美和は人間の姿に戻ったいぶき(ジェーニオに組み伏せられたままだが)の顔を四つん這いになって、さらに顔の角度を合わせるように首を傾けて覗き込みながら、
「スーフル・ドットレッサと仲が良かったのかは判りませんが、少なくともあちらはそう思っているとは限りませんよ、という事を申し上げておきますね」
《はぁ?》
「だって。あなたの身体にあんなチップの様な物が埋め込まれてましたし、スマートフォンの中に、明らかにこの時代のものではないアプリがインストールされていましたから。あなたの状況はもちろん、周囲の音声や画像もどこかに送られている筈です」
《はぁぁ!?》
美和の驚きの発言に、さすがのいぶきも驚きを隠せなかった。
「スーフル・ドットレッサは、エッセに関する情報をあなたに渡しているかもしれませんが、それ以上にあなたからエッセと戦う者の情報を仕入れている筈ですよ。それが……」
いぶきの目の間に埋め込まれていた謎のチップであり、スマートフォンに入っていた謎のアプリがその役目を果たしていた。美和はそう見当をつけている。
もちろんジェーニオが手に入れたかつての生産工場のデータから、そんなアイテムの存在を知った訳だが。
「エッセを戦う者がいる場所にわざわざ出現させていたようですからね。もちろん多少の誤差はありましたよ、場所とか時代とか。じゃあどうやってその位置情報を入手していたのか、と考えれば誰にでも判る事です」
それを聞いた昭士は慌てて自分の携帯電話を取り出した。スオーラもである。当然自分の携帯電話にもそういった物が入ってしまっているのではと思ったからだ。だが美和は、
「おそらくお二人のは大丈夫だと思います。ガラケーは基本他のアプリやデータをインストールできない構造ですし」
昭士の物もスオーラの物の、いわゆる古い携帯電話・ガラケーである。アプリはともかくデータを入れる事自体は可能だ。現に全盛期には着信メロディなどを入れまくる事が流行した。
だが現在ではシェアの縮小からそうしたガラケー用のサービスはどんどん衰退。動かすOSも独自規格のため、そんな少ないシェアを攻撃する為だけにウィルス等を作るメリットが全くない。
それに。スーフルが生きている遥か未来の世界では、現在のスマートフォンですら「遥か昔の骨董品」扱いだろう。それ専用のウィルスやアプリを作るだけでも、喪われた技術を総動員するという相当な手間の筈だ。
特にコンピュータの世界は技術革新速度が速い。ほんの数年昔でも「古くさく使えない」「皆に忘れられた」技術になるなど珍しくもない。現代より遥か未来らしいスーフルの技術では、むしろこの時代のスマートフォン用のアプリが作れただけでも大した物だ。
その辺りは自称とはいえ天才と言うだけの事はある、のだろう。美和はいぶきの顔を覗き込んだままさらに顔を近づけると、
「まぁあなたがご自分の事をどう評価しているのかはさすがに判りかねますが、赤の他人から見れば、ひじょ〜〜〜〜〜〜につけ込みやすいカモ以外の何者でもありませんよ」
《はぁ!? ナニいきなり失礼な事言ってくれてンのよ、この無表情女!》
独特のアクセントで毒づき言い返すいぶき。普段なら無言でスルーを貫くが、さすがにこのリアクションでは言い返さざるを得ないらしい。
「だって。ほとんど他人と付き合った事がないでしょう。だから人付き合いのスキルが非常に低いのですよ。それこそそこらの幼稚園児にも負けるくらいに。売れない詐欺師や人心掌握術をかじった程度の人間でも、あなた相手なら簡単に騙せるでしょうね。詐欺師が罪悪感を覚えるレベルで。それもあなたは騙されていると全く気づく事なく」
美和は淡々と話を続ける。
「確かにスーフル・ドットレッサはあなたの来世で、あなたの境遇に心底同情はしたかもしれません。けれどそこにつけ込んで信用させて味方に引き込んだり利用するというのは、詐欺や新興宗教の基本テクニック。ロクに疑いもせずにスーフル・ドットレッサの元に通い詰めていた時点で、相手の術中にハマりまくっていると自分で明言したも同然なんですよ?」
《うるさい、そっちの知った事か!》
いぶきは怒り顔で言い返しつつ、どうにかジェーニオの拘束を解こうともがいているが、地力の差があまりにもありすぎるため、もぞもぞと動く事しか出来ていない。
「そんな。図星を突かれたからと言って、そんなに誉めないで下さい」
《誉めてないわよ、この能面女!》
「そんな風に利用され続けていた事をたった今知った心境をお聞かせ下さい」
《そンなモンあるか! ふざけンのもいい加減にしろ!!》
「ねえねえ今どんな気持ち? 勝手に変なモノ埋め込まれたのってどんな気持ち?」
相変わらず仮面の様な無表情の顔に、淡々とした無感情の声。それにいちいち反応して声を荒げるいぶき。
その様子はどこからどう見ても遊ばれていた。もちろんいぶきが、である。
だがそんないぶきを見ても、同情する気持ちは全く起きなかった。
そのくらいいぶきには振り回されたし迷惑も被った。昭士に至っては死にかけた事が何度もある。実際に死んだ事もある。
美和は散々いぶきを煽りまくっていたが、やがて顔を離して立ち上がると、
「まぁここまでダラダラと話を続けたのは、覚えてられなそうな皆さんに話をするのと、スーフル・ドットレッサが仕掛けた『何か』を見つける為です。予想通り妹さんの身体に直接埋め込んでましたね」
美和は昭士に視線を向けてから、ジェーニオにいぶきを離すよう言う。
「それで。埋め込まれていた物は判りますかね?」
“ダメだな。身体から取り出した時点であちらが気づいて破壊したようだ”
“ダメだな。身体から取り出した時点であちらが気づいて破壊したようだ”
しかめ面のまま首を小さく横に振る。
“もうこれはただの「何か」だ”
“もうこれはただの「何か」だ”
「そうでしょうね」
むしろ煙のように消滅しなかっただけでも御の字である。再起不能なように壊れているとはいえ現物が残っている以上分析の手段はある。
「どうせ技術が違い過ぎる。分析など不可能」とタカをくくって舐めてかかっているのがよく判る対応だ。
その辺りも他人など知った事ではないといういぶきの「何か」を受け継いでいるかのようだ。
ようやく解放されたいぶきは組み伏せられていた時に掴まれていた腕を、さも今にもへし折れそうだったとばかり無言でアピールしながらジェーニオを睨んでいる。
「では、こちらの用件は済みましたのでこれで。あとは帰るなり打ち上げをするなりご自由に」
美和は自分のムータを取り出すと何もない空間に向かって斬りつける。するとそこに空間の切れ目の様な黒い線が走った。
人の身体など到底入りそうにない筈のその隙間に、美和の身体はスルリと入り込んで行ってしまった。後に続いたジェーニオも同様である。
そして美和の手だけが隙間からにょきっと出てくると、その手は遥か頭上をちょいちょいと指差して、
「どうかお気をつけて」
それだけ言って手が線の中に消えると同時に、空間は元の通りに戻った。
厳密にはまだ話が終わった訳ではないのだが、こちらの都合など考えない様子は、ある意味いぶきと同じかもしれない。昭士はそんな事を思った。
《……ったく、勝手にやって来て勝手に帰ってったな、あの女》
ガン=スミスが呆れ顔のまま元通りになった空間を殴る真似をする。
《まま、まぁ。あのひひ、人にそれ言っても》
美和は一応は昭士といぶきの同じ高校の先輩という事になっている。こうして親しくなる前から聞いていた彼女の話からしても、今回の様な行動をしても「まぁあの人だから」で済む人物である。
「確かに役に立つ情報はありましたが……」
スオーラは暗い顔でそう言うと、さっきから黙ったままのいぶきに視線を移した。
組み伏せられていたため制服についた土ぼこりを、無言のまま手ではたき落としている。「これだけでも」普段の彼女とは全く違う事がスオーラには判った。
もし普段のいぶきであれば昭士の服で汚れを落としているし、腹いせに二、三発昭士の事を殴りつけているからだ。
色々あっていぶきは「自らの手足で相手を傷つけた場合、その傷と痛みが本人にはね返る」という、呪いとしか思えない状態にあるのだが、そんな事情などおかまいなしに手でも足でも繰り出してくるのが角田いぶきという人間の筈である。
傍若無人で他人の事など構わない性分のいぶきでも、自分が誰かに、それも頼っていた相手に利用されていた事は少なからずショックだったのだろう。
とはいえこちらから話しかけても素直に答えてくれるとは思えない。強がりにしか聞こえないがおそらく本心で「気にしてない」と言ってくるに違いないのだ。
その辺の「本当の」本心を明かしてくれないのは、やはり自分以外の誰かを信用していないからなのか。
だがスーフルにはある程度は心を開いていただろう。頻繁に通っていたようだから。
自分達とスーフルの差は一体どこにあるのだろうか。一聖職者としても興味が尽きないところではあるが、それを学ぶのが自分の修行なのだろうと、スオーラは思っておく事にした。
その時、これまでの会話に一切口を挟んでこずに寝転がっていたジュンが、唐突に身を起こしたのだ。
そのいきなりの行動にスオーラは一瞬引いてしまったが、ジュンはそれに構う事なく自分にかけられていたスオーラのマントをひょいと突き返すと、
「変。何か。上」
首を真上に向けて、何やら不思議そうな顔をしている。
ジュンは深い森の中で育ったいわば野生児。自分達文明社会の人間が持っていない、もしくは失くしてしまった不思議な能力をいくつも持っている。
そんな能力を発揮して、まだ見えぬ敵の姿でも察知したのだろうか。
同じように上に視線を向けるガン=スミス。射手=飛び道具の使い手となるムータの特性で強化されたその視力をもってしても、視線の先に何かがいるようには見えない。
昭士も同様である。今の彼にはたとえ自身が見えていなくとも周囲の動きをスローモーションで把握できる能力がある。普段は自分の周囲数メートルが限度であるが、意識を集中すればずっと遠くの動きも把握可能だ。
その昭士の能力でも、やはりジュンの視線の先に何かがいるようには見えなかった。
代わりに「感じた」のは、自分達に一切構わずにどこかへ歩いて行こうとするいぶきの姿である。
エッセ討伐はもちろん自分達と一緒にいる事すら嫌と言い切っているので不思議な事はない。
しかし、エッセと戦う戦士となった代償なのか、昭士もいぶきもこの世界の言語を理解する能力が全くない。
意思疎通が全く出来ず土地勘も全くない、まさに無い無い尽くしのこの状態で、このオルトラ世界でどう生きて行くつもりなのかは全く判らないが。
だが、いざとなればすぐ呼び戻せるので昭士は何も心配していない。
《オイオイ黒いの。ナニが見えてんだ、オイ》
ずっと真上を向いたままのジュンを見下ろし、ガン=スミスが小突く真似をする。微妙に視線を反らした困り顔のままで。
それは相変わらずジュンの姿が森の中にいた頃同様のふんどし一つの格好だからだ。
いくら肉体的に未成熟とはいえ、ジュンが十代半ばの少女なのに変わりはない。裸同然の格好で隣に立たれては――いくら自分の好みと全く違うとはいえ平静なままではおれない。
かくいう自分も外見だけは中性的で体型の凹凸に乏しい女性だが、その中身は元の世界と同じ男なのだ。無理もない。純粋な男である昭士も同様である。
だが女性であっても上半身であれば裸でも気にしない、オルトラ世界の住人のスオーラは全く気にした様子もなく、皆と同じように空を見上げているが彼女には、怪しい物は何も見えない。
だがジュンは良くも悪くも自分が感じた事に正直。間違っても冗談を言うタイプではない。彼女には判る「何か」が、その視線の先にあるのだろう。
「ジュン様、一体何が見えるのですか?」
「ス」
その返事にスオーラはもちろん、聞こえていた昭士もガン=スミスも首を傾げてしまう。おそらくは彼女の故郷の村の言葉なのだろうが。
「ア、アキシ様? 確かアキシ様の国の言葉と、ジュン様の言葉はあまり変わらない筈でしたよね。お判りになりますか?」
スオーラの言う通り、昭士の国の言葉=日本語と、ジュンの故郷の言葉はあまり変わらない。ただ、ジュンの話し方が単語を並べただけなので、微妙に判りづらいだけだ。
それに、あまり変わらないのはあくまでも言語であって、固有名詞はかなり異なるし、そこまではさすがに判らない。
何かは判らないが何かがいる事は確からしい。昭士はポケットからムータを取り出して、それを眼前に突き出した。
ムータは青白い火花を激しく散らせ、それは次第に昭士の目の前で大きく広がっていく。
広がった火花は青白い扉の様な四角い形となって固定された。その扉が昭士に迫り、彼と交差する。
するとその姿は、私服から剣道着+黒マントという姿に変わる。そして少し離れたところでいぶきが戦乙女の剣の姿に変わり、地面に轟音立てて倒れる。割と大きな地響きが伝わってきた。
その揺れの中、昭士の持っているムータから、いや、皆のムータから聞き慣れた共鳴音が響いてきた。
《おいでなすったか……》
ガン=スミスの手の中で、ムータがクロスボウに変化する。射手のムータの持ち主に与えられた視力で上空を見回すが、怪しい者は何もないように見える。
昭士は今すぐ「何か」が襲って来ないように見えたので、スオーラに声をかける。
《ちょっと剣取って来るけど……気をつけろよ》
「もちろんです。油断をしているつもりはありません」
《そうじゃないって》
昭士の言葉に即答したスオーラが首を傾げる。
《ムータから音が鳴ったのは、ジュンが「何か」を見つけた後だ。だから「何か」イコールエッセとは限らない。最悪「何か」とエッセの二種類の敵を同時に相手にする事になるかもしれないって事だ》
スオーラにそう説明すると、昭士は一目散に剣=いぶきの元に駆けていった。
(……まさか、とは思うけどなぁ)
先ほど美和が去り際に頭上を指差して「お気をつけて」と言っていたのは、まさかこの事だったんじゃ。そんな事を昭士は考えた。


昭士やガン=スミスの故郷の世界――地球に戻ってきた美和。もちろん傍らにはジェーニオの姿も。
とはいえあちらでは男女半々の姿が地球では男性と女性の二体に分かれてしまう。その美和の姿は二人の精霊を従える魔術師のようである。
だがこの地球ではそんな精霊はいないという事になっているので、今はその姿を消して見えないようにしているが。
《良かったんですか、放ったらかしてきて》
女性体の方のジェーニオが美和だけに話しかけてくる。その表情はいささか不安そうである。
「そうは言いましても。盗賊は真っ向からの戦いには全く向きません。あの場にいても足手まといが関の山ですし」
小声で言い返す美和。
彼女の言っている事は事実だが、その言い方が完全に無責任な人というイメージしかない。
そう言い合いつつ美和達がやって来たのは、昭士やいぶきが住む留十戈(るとか)市内にある警察病院である。
いささか誤解があるのだが、警察病院とは警察関係者しかかかれない病院という訳ではない。あくまでも運営が警察の関連団体というだけである。
だから警察と無関係な患者も診てくれるし、警察関係者だから優遇されるという事もない。
とはいえ、警察があまり大っぴらにしたくない、何らかの事件の関係者が入院するというケースはよくある。
今回美和がここにやって来た理由が、まさにそのケースなのである。
入院しているのは落合広道(おちあいひろみち)という名の大学生。北海道札幌にある三角(さんかく)山の山中で「首のない」遺体となって発見された。
それだけであれば単なる猟奇殺人の領域であるが、その首のない遺体は、厳密には「遺体」ではなかったのである。
何故なら腐敗していないから。いくら真冬の雪の山中で発見されたとはいえ傷みが全くないのだ。
「まるで時間が止まっているかのようだ」と評した人がいたのだが、そう言われるとそうとしか思えないほどに。
もちろんこの地球の人間にその理由は判らない。それはエッセが絡んでいるから。
エッセを作るには生物の首を確保し、それを専用の機械にかける必要がある。
首のない遺体からその生物の姿をしたエッセが作られている事だけは判った為、怪しいと判断され遺体は保管された。
そうすると「落合広道の記憶を持った人間型エッセ」が生まれ、スオーラ達と出会ったのである。
一時はその記憶をアテにしていた。これまで謎でしかなかったエッセの事が何か判るかもしれないと思ったからだ。
だがその最中に美和がエッセを作る現場といぶきの来世を名乗った創造主を発見。あいにく創造主には逃げられたがそこにあったデータと落合広道の首は確保。
そのデータを分析し、何とか元に戻す方法はないかと調べてもらっている最中である。
美和もデータの収集や分析に力を貸せない訳ではないが、それよりも落合広道の様子が気になったのである。
一応「関係者以外立ち入り禁止」「面会謝絶」と銘打ってはあったが、そんな物は盗賊のムータを持ち、かつ精霊であるジェーニオの助力が得られる美和にとってはただの貼り紙である。
幸い落合広道が寝かされた部屋には誰もおらず、彼の頭や腕には脳波や脈拍、心音を測定する機械が繋がっているのが判った。
だがそのどれも示している数値はゼロのままだ。当たり前である。
良く見れば一応首と胴をくっつけた状態で寝かせられている。とはいえくっつければ元に戻るという単純な問題ではない。見た目的にあまりよろしくないからこうしているだけだろう。
「ジェーニオ。あなたの目で切断面を見て、何か判りますか?」
美和はそんな状態に構わず、彼の頭をひょいと持ち上げて、ジェーニオ達に断面図を突きつけた。
人間を遥かに超える能力の精霊になら、人間に判らない事も判るかもしれないからだ。
美和が気になっているのは、首を切ってくる為の専用マシンで切られた物による違いである。生物であればこうなっているが、それが無生物だった場合は真っ二つになるだけで何の影響もないのが判っているからだ。
現に昭士のガラケーもいぶきのスマートフォンもそのマシンで真っ二つにされているにも関わらず、その操作には何の影響もない。
生物と無生物による違いというだけなのか。それならそれで良いのだがそれすら断言できないのだ。
しかし。
《単に切れているだけだな。もっとも、出血の様子はないから、何かあるのやもしれんが》
《精霊に判る領域じゃ、ないのかもしれないわね》
男性体と女性体が残念そうに言う。確かに人間よりも優れた事ができるが、万能な存在ではないのだ。こうした結果も仕方あるまい。
「まぁ機械にかかってた物を無理矢理持ってきた様な物ですからね。それによる何らかの不具合がないとも限りません。パソコンも強制終了したら問題が起きる事もありますし」
適当に首を置いたジェーニオに苦笑いしつつも、美和の無責任以外の何物でもない発言が。
だがこんな態度でも美和の胸中は複雑であった。
もし何らかの不具合が起きていた場合、何をやっても回復しないかもしれない。そうなると「死体」として処分するしかなくなってしまう。
せっかく離れた首と胴体が揃ったのだから、何か方法があって欲しいのだが。
そんな物は単なる願望でしかないし、世の中がそんなに甘い物ではない事は、美和もよく判っているつもりだ。
だが、それでもと、何か幸運や奇跡にすがりたくなってしまうのも人間というものだ。それもよく判っているつもりだ。
そんな美和の胸中を知ってか知らずか、男性体のジェーニオがそっと彼女の肩を叩いた。
《最悪の事態を考えておく方が良いのか?》
「……復活不可能、という事ですか」
男性体のジェーニオの言いたい事も判る。だがそれはあれこれ手を尽くしてからにしたい。データの分析もまだ終わっている訳ではないのだ。
「せめて、データの分析が終わってからにしましょう」
《判った》
美和の言いたい事も判らなくはないので、二人のジェーニオはその言葉に従う事にした。
その時、美和のスマートフォンが震えて着信を知らせる。画面を見ると来たのはメールであった。片手でちょいちょいと操作をして、メールの本文を表示させる。
『データの解析完了。しかし、元に戻す方法は判らず』
美和はふうと溜め息をついてメールを閉じる。
「ジェーニオ。警察署へ飛んで、データ解析をもう一度やってもらって下さい。少なくともあなた方の助力があれば一回目よりは早く、より詳細にできるでしょう」
元々ジェーニオはこの世界の電波や機械といった物との相性がとても良い。コンピュータの中で色々と細工をする事も雑作なく可能だ。
二人のジェーニオがスッと姿を消した。それを見届けるようにとどまっていた美和だったが、ジェーニオが適当に置いてしまった落合広道の頭部を、元のように置き直した。
自分の運命が判っているのかいないのか。自分の様に無表情で動かない顔を見ながら、
「……呼ぶべきですかね、遺族の方々」
美和は呟いた。

<つづく>


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