トガった彼女をブン回せっ! 第30話その1
『つつ、作ったとは!?』

「話して下さいますかね」
普段以上に無表情を作った盗賊の益子美和(ましこみわ)の視線はゆっくりと動いて戦乙女の剣に――角田いぶきに行き着いて止まった。
一応自分達を助けてくれているものの、美和が盗賊という事で全く信用する気がない元保安官のガンマン、ガン=スミス・スタップ・アープは無言で美和を観察するように視線を向けている。
陰ながら自分達を助けてくれているのは判っているが、盗賊とは相対する聖職者という存在故に、今ひとつ良い接し方が思い浮かばない、托鉢僧のモーナカ・ソレッラ・スオーラも、黙って事の成り行きを見守っていた。
そんな風に微妙な緊張感が漂っている四人を、全く関心がないかのように寝転がって見守っているジュンという野生児の少女。
そしてそんな面々を見て「どうにかしたいけどどうにもならないだろうな」と変に割り切っているのはいぶきの兄の昭士である。
《こいつから何聞き出すんだよ》
「まぁいろいろです」
昭士の言葉に曖昧に返答しているが、視線はいぶきから片時も離さない。
その視線は何が何でも話してもらおうという脅迫めいたものは感じられない。むしろ「期待してはいないけど話してくれれば有難い」という程度の、だいぶ冷めた視線である。
元々いぶきは誰かのためにとか誰かの役に立つという言動を、自身がするのはもちろんの事、他人がやっているのを見るのも死ぬ程嫌っている。美和の全く期待していない視線は正しいだろう。
だがその正反対の協力的な性格だったとしても、単に「話してくれますか」だけでは、何をどう話せば良いのか判らないのだが。
その矛盾を知ってか知らずか美和は黙っていぶき――正確には戦乙女の剣の柄に浮き彫りにされた、両手を広げる裸婦像を見つめている。
だがそれでも質問をぶつけた。
「スーフル・ドットレッサという人物に、お心当たりはありますか?」
《ナニよそれ》
極めてつまらなそうに即答するいぶき。会話などする気がない。いや、してたまるかという強い意志すら感じる。
そんな方向に強さを発揮されても何の意味もないのであるが、それで止まってしまった会話に昭士がするっと割って入った。
《誰なんだよ、そいつ》
「エッセを作った人、ですね」
これ以上ないくらい即答した爆弾発言に、この場の人間が一斉に驚いたのは当然であろう。
「つつ、作ったとは!?」
中でもスオーラの驚きは格別であった。この中では彼女が一番エッセとの「付き合い」が長い。
何処から、何の目的で現われるのか一切不明の謎の存在。判っているのは生物を模した姿で現われる事。その体表は特別な金属のような物で覆われ、もしくは作られ、通常の武器は一切効かない。
そして口から吐くガスの様な気体で生物を金属の塊へと変え、それのみを捕食する。長い時間この世界にいられる訳ではないのだが、そんな理由であらゆる生物と共存が出来ない謎だらけの存在。
この一年あまりの無数の戦いを経て、判ったのはたったこれだけである。
謎に満ちた存在の事をそんなあっさりと言われてはスオーラの、そして彼女に協力をしてくれている各国の知識人達の立場がない。
「作った人は作った人ですよ。自称三百年後の人間です」
『三百年!?』
美和の話す一語一語にいちいち反応する一同。
そんな事をして疲れないのかなと思いつつも、彼女は皆を前にして話を始めた。
エッセの本当の名前は「アルマビオロージコ」。制作者のスーフル・ドットレッサが天才的な頭脳を駆使して造り上げたもの。
生物の首を取ってきて、それを機械にかけるとその生物の姿を模した、全身金属で覆われた生物兵器が誕生するというのが大雑把な仕組みである。
その目的は口から吐くガスを使って生物を金属化し、どんどん仲間を増やして行くものだったらしい。
首を取ってくると言っても、首と胴が離れているだけで生命活動は「中断」しているだけ。つまり動けないだけで死んでいる訳ではない。実際その状態のエッセ――アルマビオロージコには元の生物の記憶も意識も残っている。
だが、首を斬り落とされた「死体」と判断されて首か胴体、もしくは両方が処分されると、生物の本能のみとなるらしく、金属化した生き物を食べる事しか頭になくなる様なのだ。
今日遭遇したエッセのうち、昭士といぶきの親戚・落合広道(おちあいひろみち)の姿をしたエッセは前者。たった今倒したステゴサウルス型エッセは後者のタイプといえる。
特に後者になると意思疎通が出来ないので制作者のスーフルでも手に負えなくなるらしい。
《おいおい。そこまで判ってるって事は、直接会ったのか?》
制作者からの言葉という事は、諸悪の根源と直接対峙したという事である。ガン=スミスは物騒と判っていても、こう訊ねずにはおれなかった。
《殺せたか、もしくは逃げてきたか、どっちなんだよ?》
「逃げられた、でしょうね。製造工場も空間ごと潰されましたから、文字通り振り出しに戻る、でしょうか」
淡々とした物言いにガン=スミスは腰に下げた銃に手を伸ばしながら、
《よくもまぁのうのうと言えたもんだな、おい。まるっきり役立たずじゃねぇか》
「話は最後まで聞いて下さい。その製造工場にあったパソコンのデータは全部コピーして持ち出しています。ジェーニオに調べてさせていますから、何か収穫はあると思いますよ」
ジェーニオとはこの世界の精霊であり、美和からすれば部下も同然の存在である。
通常の人間以上の力や魔力はもちろん、電波やインターネットなどのコンピュータ関連の物との相性が抜群なので、そうした作業を受け持っている。
とはいえこの世界――オルトラにコンピュータそのものはもちろん理論すら存在していない。相性は良くても作業効率が良いとは決して言えないのだが。
「そもそも自分は盗賊です。盗みが本業で戦いや殺しは専門外。盗み以外を期待されても困りますね」
終始淡々とした無表情顔がピクリと動いた気がした。盗賊であるというポリシーを傷つけられてはさすがに黙ってはいられなかったと見える。
だがそれで本来の話の筋を思い出したかのように、わざとらしい咳払いをすると、
「ただ、移転先の見当はついています」
《それを早く言えよ。手が足りねぇってんなら当然加勢するが?》
「確証はありませんが、おそらくはあちらの世界の壱多比(いちのたくら)村。つまり、先日妹さんが倒れていた場所です」
あちらの世界と聞いて、ガン=スミスのテンションは一気に下がった。
彼等だけが持つ、エッセと戦う戦士の証拠同然の、ムータと呼ばれるカードがある。このカードには別の世界へ行く事が出来る力があるのだが、ガン=スミスのムータには大きな傷がついており別の世界へは行けないのである。
「そう推理した理由、お聞かせ願えますか?」
スオーラの言葉に昭士も首を縦に振る。
「先ほど『生物の首を取ってきて、それを機械にかけると全身金属で覆われた生物兵器が誕生する』と言いましたよね? その首を取ってくる機械があるんですよ。ファルチエというらしいんですが」
そのファルチエという機械は気配や存在の感知が不可能だった筈が、確率が低いとはいえ察知されるようになったのだとつけ加えた。
「クレーンのように、こう、相手の首をくわえるようにして断ち切り、瞬間移動で運ぶ構造の様なのですが……」
美和は手をクレーンに見立てわきわきと動かしてみせながら、
「妹さんがそれに引っかかり、首が断ち切れずに掴まれたままで瞬間移動。ですが基地には入れず村に置き去りにされた。本来なら首を切断する力で首を絞められたようなものですから、気を失うのも仕方ないかと」
確かに最後に監視カメラに目撃された場所・時間と倒れていたと報告された場所・時間を比較すると、通常手段で移動するのは不可能と断言できる事だったのは確認済だ。
それにいぶきのスマートフォンが極めて綺麗な切断面で真っ二つに斬られた状態で発見された。おまけに真っ二つになっているにも関わらずスマートフォンは普通に動作していた。明らかに普通の刃物ではこうはならない。
いぶきが発見された時、首に細い首輪を思わせるような痕があったというから、それらの情報を組み合わせてそのファルチエという首を斬る機械の仕業と判断したのだろう。
美和は「話を元に戻します」と前置きしてからさらに話を続ける。
「そんなエッセを作ったスーフル・ドットレッサという人物は、駅近くの裏通りに建つ六階建ての雑居ビルの『七階部分』に製造工場を構えていました。その辺の話は長くなるので割愛しますが……」
美和は相変わらずいぶきを見つつ、他のメンバーの「割愛部分を話してくれ」と聞きたそうな視線を無視し、
「ともかくその雑居ビルに妹さんが入っていく様子が、監視カメラの映像に残されています。今年の五月からだいたい二日か三日おきくらいの間隔で。もちろんお一人で」
何かを思い出すように指折り数えながら、
「この雑居ビルに入っているテナントは、一階は夕方から営業の居酒屋。二階は税理士事務所。三階と四階は空きテナント。五階はネット通販の会社が倉庫代わりに使っており、最上階の六階にはビルのオーナーの自宅があります。どう考えても一介の、そして誰からも嫌われている女子高生が頻繁に通い詰める場所は何一つとしてありません」
《じゃあこいつがそのスーフルとかいうヤツに会いに行ってた、って訳か?》
ガン=スミスが昭士をチラリと見て嫌味たらしく問う。自分の妹の動向を全く把握していないにも程がある、と。だいぶバカにした様子で。
「証拠はありませんが、ほぼ間違いないと踏んでいます。一階のエレベーターの扉に設置された防犯カメラの映像には、妹さんがコンビニの袋を持っていたり、たこ焼きを食べながら出て行く姿が残っています。行きは明らかに何も持っていないのに。スーフル・ドットレッサから買うか貰うかしたのでしょう」
そんな美和の説明はさらに続いた。
「確かその雑居ビルの側に『福せん』というたこ焼き屋がありましたね。スーフル・ドットレッサは頻繁にそこでたこ焼きを買っています。そしてその店というのが……」
《最後までいぶきに物を売ってくれてた店だよ》
美和の言葉に昭士が付け足した。
いぶきはそのあまりの傍若無人、他人を一切顧みない性分が改まらない為、町内のほとんどの店で出入り禁止処分を受けている。そこにはコンビニやファストフード店まで含まれている。
そんな中でもそのたこ焼き屋・福せんのご主人だけは、いぶきにたこ焼きを売ってくれていたのだ。
「確か条例も出ていましたね。もう少年法で守られなくなって、何か損害を与えたら妹さん自身に支払わせる、みたいな感じの」
美和が念を押すように昭士に問いかける。事実いぶきが起こす事件――たいがいはケンカが発端ではあるが、相手を必要以上に叩きのめすのだ。おかげで障害が遺った人間も多い。
加えてエッセとの戦いが進む中彼女に変化が起こり、剣の姿になっていない時でも驚異的な破壊力を発揮するようになってしまったのだ。このおかげでブロック塀や建物の壁はもちろん、刑務所の建物そのものを破壊した事もある。
少年法で守られなくなったので何か事件を起こせば逮捕・拘留されるのだが、この破壊力を発揮されてはたまらないと、刑務所や警察署からすら「受け入れ拒否」されている。
「請求されると数日経たずに相手の口座に請求額以上の金が振り込まれているそうです。もちろん妹さんにそんな財力はありはしません。そもそも世界クラスの大富豪でも出せない金額です」
昭士も詳しい金額は聞いていない。だが額は安くとも件数がトンデモナイ数であるし、それに建物そのものとなると億の単位に行く事は間違いない。一介の女子高生がそんな大金を持っている筈がない。
言われてみればその通り。いぶきの背後に何らかのスポンサーでもいない限りそんな事は不可能だろう。何故気にもしなかったのだろうか。
「もちろん証拠はありません。さすがにスーフル・ドットレッサの預金の流れまで調べる事は出来ませんでしたし。ですが状況証拠ならあります」
美和の、本当に推理小説の探偵の様な態度と言葉に、一同は口を挟めず注目する。
「スーフル・ドットレッサは、現在スーフル・P=I・ドットレッサと名乗っています。P=Iというのは彼女が尊敬の念を抱いた人物の頭文字から自分でつけた名前だそうです。その人物というのが……」
自分達の目の前にいる「角田いぶき」。
そしてそのいぶきの前世とされている「プラーナ・ラガッツァ」。
その二人の頭文字Prana(プラーナ)=Ibuki(いぶき)を取ってP=Iというミドルネームをつけたようだ。
いぶきはもちろんそのプラーナという人物も「度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた女」である。控えめに言っても好きになる人間も憧れを抱く人間もいるとは思えない。いや、思えなかった。
だが今日いる事が判ってしまった。世の中が信じられなくなりそうな衝撃の事実である。
「あ、あの。まさかとは思いますが、そのスーフル・ドットレッサという方は、イブキ様の前世、もしくは来世なのではないですか?」
何か良くない事を思いついたかの様な凍った表情のまま、スオーラが美和に訊ねた。オルトラ世界には生まれ変わりの考えが割と普通に浸透している。
加えてスオーラは位が低いとはいえ聖職者。その考えも強く持っている。
もちろん生まれ変わりだから記憶を受け継いでいると決まっている訳ではないのだが、何らかの関連性はきっとあるだろう。そう考えても無理はない。
「来世らしいですよ。自称ですけど」
そもそもエッセを作った目的が「先祖の恨みを晴らす」と公言していた。生まれ変わり=先祖という訳ではないのだが、少なくともプラーナといぶきの境遇に同情している事は間違いがなさそうではある。
……あるのだが。
美和はいくつか引っかかる点を感じていた。とはいえいぶきの方から話してくれそうもない。
《しかし「先祖の恨み」ねぇ。むしろ「恨まれ」なんだけどな》
《そりゃ同類から見れば「恨み」だろうよ》
エッセを作った目的がプラーナといぶきの「恨みを晴らす」と聞かされ、呆れる昭士とガン=スミス。
そもそも「度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた」人物をそこまで尊敬できる人間がいた事自体が信じられない。
だがプラーナの事を聞いたいぶきも彼女の事を悪く言う事はなかったし、いた事はいたのである。
これまでの話を聞いていたスオーラは、思い浮かんだ疑問を皆にぶつけてみた。
「で、ですが、エッセを作ったのはイブキ様の来世で、イブキ様をご存知なんですよね? でもそのエッセを倒せるのはイブキ様が変身した『戦乙女の剣』だけというのは、いささか奇妙ではありませんか?」
スーフルがいぶきの境遇を知って本当に同情していたのならば、戦乙女の剣で倒せないようにするのではないだろうか。
戦乙女の剣が対エッセで唯一有効といえる武器だから使われるのであって、通じないのであれば使われる事もないし、いぶきの言う「無理矢理やらされる」事もなくなるだろう。
「その辺の事情はさすがに判りませんけどね。自分が戦乙女の剣を作った訳でもエッセを作った訳でもないですし。ただ……」
美和はそこでスオーラに眼を向けた。そして改めて問いかけてきた。
「モーナカさんは戦乙女の剣の由来、聞いてはいませんかね」
「戦乙女の剣の、ですか……。由来まではさすがに判りません。昔そのような剣があった事は聞いていますが……」
申し訳なさそうなスオーラの答えに美和は「やはりそうですか」と短く前置きしてから、
「戦乙女の剣、というくらいですから、本来の持ち主は『戦乙女』さんです」
《いや、だからその「戦乙女」って何だよって話だろうが》
《無駄に前置きすんな。チャッチャと話せ》
昭士とガン=スミスによるツッコミをサラリと聞き流し、美和は話を始めた。
この世界で「戦乙女」と呼ばれる存在は何人かいるが、この話における「戦乙女」はただ一人。セッモーパと呼ばれた戦いの女神の事だろうと言う。
これは遥か昔に信仰されていた宗教の神の一人であり、スオーラの信仰するジェズ教が布教する過程で貶められ忘れられた神々の一人でもある。
数多くの腕を持つ多腕の女性の姿で描かれ、その腕に持っているのは剣とたいまつと槍。
戦が終わった戦場に現われ、死んだ者をたいまつで燃やし、持った武器で刺し貫くと云われている。
剣で死んだ者は蘇って神の尖兵となり、槍で死んだ者は死者の国へ行く。そしてどちらでも死なずに焼け死んだ者は地獄へ行く。そう伝えられているそうだ。
「自分が『生きていた』時代なら、まだそうした話を覚えている人は多かったんですが、さすがに何百年も経ったこの時代では仕方ないでしょうね」
美和は訳あって二百年前の過去から現代に飛ばされたという経歴を持っている。だからその時代の知識はさすがに持っている。わざわざ調べるまでもない。
「まぁともかく。そのセッモーパという女神が持っていた剣というのがスクァファという名前の剣でして。外見上の特徴も、そこにある戦乙女の剣そのものなんです」
美和はそう言って戦乙女の剣=いぶきを指差した。
《ウチの世界で戦乙女と言ったら、北欧神話のヴァルキリーが思い浮かぶかな。主にゲームで》
昭士が思い出しながらそう言った。あちらのヴァルキリー≒戦乙女は武器が槍だった覚えがある。剣も使っていたかもしれないが、ゲームで知った程度なのでそこまで詳しくない。
そしてガン=スミスも故郷こそ昭士と同じ地球だが、こちらはアメリカ。しかも数百年は昔の西部開拓時代の出身である。よその国の神話までは詳しくなく首を横に振るだけだ。
「ともかく。スクァファつまり戦乙女の剣には『蘇らせる力』があるんですよ。条件付きではありますが」
死んだ者を殺して蘇らせる。どことなく矛盾した響きを感じるが、神話の文章など割とそんなところがある。
蘇らせるというと、昭士には死んだ人間が蘇るくらいしか使い方が思いつかないが、元の姿というか「かつての姿に戻す」と考えれば、確かにいぶきが変身した戦乙女の力そのものだ。
前世云々を考慮しなくとも、戦乙女の剣に秘められた「かつての姿に戻す」能力を発揮して、エッセが金属に変えてしまった生物を元に戻していると考えるのが自然かもしれない。
その剣になるのがたまたまいぶきであり、スーフルの前世だったというだけで。
「先ほど『先祖の恨みを晴らすために作った兵器を破壊できるのはその先祖のみというのは奇妙』とおっしゃいましたが、今回登場したステゴサウルス型のエッセが、まさしくそれだったんですよ」
いぶきとジュン以外の面々が驚く中、美和は先ほど調べた情報を話し出した。
もちろんスーフルとてそんな奇妙な事を放っておく事はしてはいない。
少なくとも旧製造工場のデータには新しいタイプのエッセ=アルマビオロージコを作ろうとアレコレとやっていた証拠が残っていた。
その結果生まれたのが戦乙女の剣での一撃が全く効かなかった、ステゴサウルス型のエッセだ。
その原理は単純明快。戦乙女の剣専用のバリアで全身が覆われていた為だ。どうやって作ったのかまではさすがに判らないが、その効果はたった今体験したばかりである。
しかし「グワリジョーネの水晶」をぶつければ良い事が判った。
それは触れた部分をたちまちに癒す力を秘めた魔法のアイテム。しかしスオーラのミスによってエッセに踏み潰されてしまった。
それをきっかけにバリアが解けたのか、攻撃が通じるようになって倒せた。それは良かったのだ。
だが貴重なアイテムが失われてしまった。また同じ特徴のエッセが現われた場合同じ手を使う事は出来ないのだから。
「あ、あの。済みません」
スオーラの声がだいぶ弱々しい物になった。自分が原因なだけに人一番責任を感じてしまっているのだ。
「エッセは倒せたのですが、その、グワリジョーネの水晶は、壊れてしまいました」
それだけを言うのにスオーラは相当の勇気を振り絞らねばならなかった。
貴重なアイテムを壊してしまった罪悪感はもちろん、自分と対極の存在にある盗賊に謝罪をしなければならなくしてしまった事とが入り混じった心境。
「ああ、別に構いませんよ。古い物という意味での価値はともかく、稀少品という意味での価値は全くない品物ですから」
美和は無表情のまましれっと言ってのけた。無表情故に感情の判断はしづらいのだが、
古い物の総てが骨董品――ヴィンテージだのアンティークだのと言われて好事家の間で尊ばれる様な代物ではないのである。
バヂッッッ!!
唐突に何か火花が激しく散る様な音が聞こえた。
一同が音のした方向を向くと、なんと。いつの間にかやって来ていた美和の部下である精霊・ジェーニオが音の主であった。
右半身が妙齢の女性。左半身が青年の男性。ガン=スミスはそんなジェーニオを「半分野郎」と呼んでいる姿である。
その青年の拳が、戦乙女の剣――いぶきに叩き込まれていたのである。むろん剣となっている状態。この程度で破壊されるほど柔ではないのだが、痛みだけはストレートにいぶきに伝わってしまう。
《…………!!?!?!?!!》
それでも必死に痛みをこらえて声を押し殺しているのが見え見えである。顔は見えないのだが。
“早くこの女を元の姿に戻せ”
“早くこの女を元の姿に戻せ”
まるで組み伏せるように両手で剣を押さえながら、ジェーニオは言った。その視線の先にあるのは昭士だ。
今の昭士の「剣士」としての姿はこの世界のもの。本来の世界での姿とは違う。それはいぶきも同様だ。
そしてその変身は昭士が起点となっていぶきと共に姿が変わる。だから昭士に言ったのだ。
その昭士も理由は全く判らないもののジェーニオなりの考えがある事は判ったのですぐさまムータを取り出した。そして自分の眼前にムータをかざそうとして、思いとどまった。
なぜなら。いぶきの「肉体が」剣に変わるため、抜き身のまま元に戻したら彼女は全裸である。いくら温暖とはいえ真冬の屋外でそんな格好をさせる訳にもいかず、昭士は慌てて鞘を拾ってきて剣を収めた。
そして改めてムータを眼前に突き出す。あちらの世界で変身する時と同じく、青白い火花が激しく散った。散った火花が広がりながら青白い光の扉を形作り、それが昭士に迫り交差。彼の全身を包み込む。
昭士の姿が普通の私服にコート。いぶきの姿が通っている高校の制服姿の女子に変化する。そしてジェーニオはいぶきをうつ伏せにして手足を拘束して組み伏せていた。
《いでででででででででで》
何とか振りほどこうとはしているが、いぶきが驚異的なのはあくまでも「破壊力」。その筋力そのものは一般的な女子と変わらない。関節技のように組み伏せられては解く事が出来ないのだ。
“動くな。動くとどうなるか判らんぞ”
“動くな。動くとどうなるか判らんぞ”
ジェーニオが一層低い声で囁くように言うと、腕の拘束が一瞬だけ解けた。片手を離したからだ。
そしてその手はいぶきの顔――両目の間の部分に伸び、その人差し指と中指が明らかに彼女の顔にめり込んでいた。
しかしすぐに指は顔から抜かれた。めり込んだ場所には一切の傷がない。
“見つけたぞ”
“見つけたぞ”
ジェーニオは二本の指を美和に向けて軽く突き出した。それは明らかに無機質な人工物であった。
指にあったのは。

<つづく>


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