トガった彼女をブン回せっ! 第3話その3
『ひ、飛行船!?』

「イブキ様。寝ています」
いぶきの事は良く知っている昭士でも、その行動には驚いた。どうりでさっきから一言も喋らない筈である。
それにしても。未知の世界に飛び込んだにも関わらず、何が起こるか全く判らないにも関わらず。よくもここまで熟睡できるものである。驚くよりは呆れるというか感心するというか。
胆が座っているというか。開き直っているというか。何と形容するべきなのか昭士の頭では今一つ良く判らない。
スオーラはずっと自分にもたれかかっているいぶきを、どうにかしようともがきながら、
「と、とりあえず、イブキ様を自動車に……」
「テチカチトクニキチ ンチスニモチトナ」
運転手が何か言って手を差し伸べた途端、
がつんっ
運転手の顔が一瞬ブレたかと思うと、その場にへなへなと崩れ落ちた。一体何が起きたのか。昭士もスオーラも目を見開いて驚いている。
だが原因はすぐ判った。いぶきの振り回した拳が、運転手の顎に当たったのである。しかもまともに。
人間、顎に強い衝撃が加わると、まともに立っていられなくなる。ボクシングなどではよくある事だ。昭士もしょっちゅういぶきに喰らっているので実体験としてよく判っている。
それを眠った状態でやってしまうとは。本当は起きているのではと首をかしげる昭士ではあるが、さすがに今はそんな場合ではないと判断し、運転手に駆け寄る。
《だっ、だいだいだいじょうぶで、で、ですか!?》
だが、いつものドモり症に加え、眠ったままのいぶきのまさかの攻撃に頭の中は崩壊寸前である。
いぶきを抱えたままのスオーラも、一体どうしたら良いのかと口を半開きにして呆然としてしまっている。
確かに今の状態のいぶきには「周囲の動きを超スローモーションとして認識する力」があると聞いている。そのため彼女に攻撃をしても完璧に見切られて反撃を喰らう。
だが寝ていても攻撃が来るとまでは思っていなかったのだ。まるでセンサーによる自動報復装置である。
見えていない状態から、あそこまで正確に顎に拳をヒットさせたのだ。精度はかなり高いと見て間違いはない。
しかし一方のスオーラは全くの無傷である。何の攻撃もされていない。さすがに何もしてこない人にまで手を出す程ではないらしい。
何だか寝ている時の方が常識があるように思えて、昭士は思わず苦笑してしまった。
《じゃ、じゃあ、いいいいぶきちゃん、車に、のせ乗せて、もらえる?》
寝たり気絶している状態の人間は実体重よりも重く感じるものだ。本当は男である自分がやるべきだろう。
だが。そうしようと手を伸ばした直後、先程の運転手のような目に遭う事は判り切っている。昭士には殴られて喜ぶような趣味など持ち合わせてはいないのだ。
スオーラもその辺の事情は理解したようで無言で了承すると、全身を使って苦労しながらどうにかいぶきの身体を車の中に押し込めた。
それはいいのだが、当然ながら問題発生。
たった今いぶきが運転手をノしてしまったおかげで、車を運転する人間がいないのだ。
もちろん彼の回復を気長に待つという選択肢もあるが、さすがに一教団のトップを長々と待たせてしまうというのも、何となく悪い気がする。
それに昭士がいる世界と違い、この世界で自動車は「最新技術」の産物らしい。運転に精通した人間が多いとはとても思えない。その辺の大人に気軽に頼む訳にはいきそうにない。
しかし昭士とて車の動かし方はよく知らない。仕組み自体はそれほど難しくはないだろうが、それ以前に免許を持っていない。
《ととところで、く車の運転できる人、他にいるの?》
「わたくしが運転できますけど」
何と。思わぬところからの返答に、昭士は思わず声を上げて驚いてしまう。
昭士の住む日本では、バイクの免許が十六歳から、車の免許は十八歳からになっている。
こちらの世界の免許事情がどうなっているかは判らないが、それを考えに入れていた筈なのに驚いてしまった。彼女の年齢は聞いていないが、おそらく自分達とそう変わらない年齢だろう。
もっとも、自動車が普及し出したばかりのこちらの世界で免許があるかどうかは判らないが。
そんな考えが顔に出ていたに違いない。スオーラは不思議そうに昭士を見つめながら、
「……おかしいですか、アキシ様?」
《い、い、い、いや。べべ別におかしい訳じゃ……》
きょとんとした顔で見つめられ、意味もなく恥ずかしくなって顔を赤らめる昭士。
「こう見えても機械には強いんですよ」
何でもない事のように言ってのけたスオーラは、ノされたままの運転手に肩を貸そうとする。それを見た昭士も慌てて彼女に手を貸し、後部座席のいぶきの隣に座らせる。
「さあアキシ様、乗って下さい」
スオーラは助手席を指し示しながら、自分は運転席の方へ周りこんでいく。ふと周囲を見ると、こんなやりとりがあったのにも関わらず、周囲の人間は「早く動かないかなぁ」と言いたそうに、ワクワクした目でこちら――いや、車を見つめている。
これまでのやりとりが全く目に入っていないらしい。そもそもいぶきが運転手を殴り倒した時点でどよめきの一つもなかったし。
という事は、そこまでこの「自動車」という物が珍しいのだろう。そしてそれを簡単に手配できるスオーラの(実家の)人脈。
(やっぱり偉いんじゃないのかな)
自身では否定しているが、やはり彼女は「お嬢様」なのだ。自分達のような庶民とは全く異なる人種。
思えば変身していた時も、服装はともかく育ちや品の良さに深窓のご令嬢のような物がにじみ出ていたし。
加えて自分は――世界が違うとはいえ普通の家庭の普通の小市民だ。とんでもない双子の妹はいるが昭士自身は普通の域を出る程の特徴はない。
そんな自分が彼女の隣に平然と立っていて良いのだろうか。釣り合わないのではないか。
その時だった。出てきたばかりの教会(?)の入口から誰かが飛び出してきた。
その表情はまさしく「泡喰って」と言うべき慌てたもので、スオーラを見つけるなり駆け寄りながら怒鳴った。
「エッセキチシーカチ! トクニスラクイ ニカーイノナスイ!」
その声にスオーラの表情が凍りついた。さっきまでの笑みが消え、深刻な様子が見て取れる。
それから彼女は昭士の顔を真剣な目で見つめると、
「アキシ様。エッセが出現したそうです。まず、ここから城へ向かいます。よろしいですか?」
よろしいも何も、エッセが現れたのでは致し方あるまい。
自分達がここへ来たのは、そのエッセと戦うため。行くのが遅れたとしても、教団のお偉いさんも判ってくれるに違いない。
だから昭士は無言で車の助手席に乗り込んだ。それを見たスオーラも急いで運転席に乗り込む。
扉を閉めるのももどかしいかのように彼女の腕が素早くあちこちと動いたかと思うと、車が急に走り出した。それも猛スピードで。
背もたれに身体を叩きつけられながら、昭士はシートベルトを探すべく手を動かして、
《スス、スオーラ! そそそんな、きゅ、きゅ急に発進したら、あぶあ危ないよ!》
手以外にも頭をあちこち巡らせてみるが、シートベルトらしき物が見当たらない。スオーラはこちらに一瞬だけちらりと視線だけ向けると、
「アキシ様、急ぎますのでしっかり掴まっていて下さい!」
そう言うが、掴まる場所などどこにもない。
石畳の微妙な凹凸にタイヤがまともに反応している。旧式のクラシックカーだ。こうした衝撃を緩和する装置が無いか、未発達なのだろう。横にも縦にも激しく揺れまくっている。乗り心地は最悪だ。
昭士の後ろでガツンと派手な音がした。直後、
《うるっさいな! ナンなのここ!? それにナニよこの狭っ苦しいポンコツくるっ》
目を覚ましたらしいいぶきの怒鳴り声が急に止まった。昭士が後ろを見るとその場に口を押さえて足をバタバタとさせながらうずくまっている。
(舌、噛んだな)
昭士は後ろを少しだけ見て声に出さずに呟く。
おまけに気を失ったままの運転手がいぶきの上に倒れてかかってきたからたまらない。無論不様に押し潰されるような事はなかったが、避ける隙間などこれっぽっちもないために肘を力一杯叩きつけて反対側に押し返している。
《それにナニよこのオッサン! 変態なの? 変質者なの? 痴漢なの? 犯罪者なの?》
眠っていて黙っていたさっきとは一転。これまでの分を取り戻すかのようにポンポンと文句が口から溢れ出している。
《それにナニよあンた! 運転ヘッタクソ過ぎ! あたしに代われ!》
運転席のシートを後ろからガンガン叩いて抗議するいぶき。しかしそんな抗議を受け入れる訳はなく。
「そんな暇はありません! もうすぐ着きますから、それまで我慢して下さい!」
スオーラは背中からの攻撃に顔をしかめながら、思い切り左にハンドルを切る。全員の身体が揃って同じ方向に傾き、ついでに石畳の上を滑るように曲がっていた車体まで派手に傾きかける。
「……ふんっ!」
スオーラが車体全体を振るような感じで、強引に反対側に体重をかける。同時にシフトレバーやブレーキを駆使してどうにか体勢を立て直すと、再び走り出す。
どうやったのかは運転知識のない昭士には全く判らない。スオーラ自身も無我夢中でやったような感じだったので、彼女に聞いても判らないだろう。
それからそれなりに人通りがある道をクラクションを鳴らしながら豪快に突き進んで行く。急がねばならないためかそれともスオーラの運転技術の問題か。相当荒っぽい運転だ。
右や左へ曲がる度に車体が軋んで傾き、ガタガタと衝撃が車内に走る。まるでいつ壊れてもおかしくないかのように。
「アキシ様、イブキ様。もうすぐ城に到着します……あ、見えました。正面です」
ガタガタ揺れ過ぎる車内にもかかわらず、舌を噛まずに喋るスオーラ。
その言葉に昭士も正面を見ると、道のずっと向こうに大きな壁が立ちはだかっているのが見えた。いや。あれがスオーラの言っていた「城」なのだろう。いかにもそれらしき、跳ね上げ式の大きな扉が見える。
《あ、あああ、あれが、お城?》
「はい。我がパエーゼ国国王第一子にあらせられる、パエーゼ・インファンテ・プリンチペ殿下の居城です」
スオーラが昭士の問いに答えると、彼女はますますアクセルを踏み込む。
お城と聞いて昭士が思い浮かべたのは、ディズニーランドにあるシンデレラ城のような感じの建物だ。上に向かって伸びる尖塔があるために「尖った」イメージがある。
だがこの城は「四角い」。高い石の壁の向こうにある建物はせいぜい三階建てくらい。見張り台のような尖塔は全く見当たらない。
しかし石壁の上に人が立っているところを見ると、この壁がその「見張り台」を兼ねているらしい。だから昭士は、中世ファンタジーに出てくる轟華絢爛の城というよりは、三国志などに出てくる堅牢な砦が思い浮かんだ。
壁の上に立っている人が当然こちらに気づいたようで、高らかにラッパを吹き鳴らし出す。するとそれに呼応するように、上がっていた跳ね橋が大急ぎで下りてきている。
ついでにいうと、跳ね橋の厚さ分の段差を少しでも無くすための板らしき物まで敷いているのが見える。親切な事である。
敷き終えた人間が退くのとほぼ同時に、この車は跳ね橋に乗り上げた。
一瞬車体が浮いたかと思うと、次の瞬間車全体が激しい地震のように揺れまくる。上下左右に揺れ過ぎて焦点がズレにズレてちゃんと前を向いているのかすら怪しくなる程だ。
そんな風に揺れたまま車は城の中に入った。中庭に入ると同時に荒っぽくブレーキがかかって車は停まる。その度に皆の身体がガクンガクンと前後に揺れた。
「さすが自動車です。こんなに速く走れるとは思っていなかったでしょう?」
自信満々のスオーラの態度ではあるが、この車の最大時速は五十キロ程なので、昭士達の感覚ではあまり速いとは感じられなかった。むしろ激しい揺れの方に閉口したくなる。正直また乗りたいとは思わなかった。
礼儀正しい言動のスオーラが、ここまで荒っぽい運転をするとは。
(ハンドルを握ると性格が変わるタイプなのかな)
昭士のそんな思いをよそに車から飛び出すように下りたスオーラは、駆け寄ってきた警備兵らしい、制服を着て槍を持った人間に向かって、
「モーナカ・ソレッラ・スオーラです。殿下はどちらに!?」
「モチモラミチノナ ラモニーミニ ミチスニモチトナ!」
相変わらず何を言っているのか判らない。激しい揺れのせいで今でも脳みそがガクガク揺れ続けている感じがしている。有り体に言えば乗り物酔い一歩手前の状態だ。
そこへ真後ろから強い衝撃が来て、昭士の身体は前に吹き飛ばされる。このパターンはいぶきが全力で昭士の蹴り飛ばしたに違いない。
倒されたもののどうにか顔面からの着地を避けた昭士は、振り向いて文句を言おうとした時再度背中に衝撃を感じた。いぶきが片足で力一杯踏みつけたからだ。
《……で、ココドコ、バカアキ?》
《けけ蹴っ飛ばしてから言わないでよ》
それを聞いてからつまらなそうに足をあげるいぶき。どうにか起きようとすると、さすがの彼女も怒鳴ったり暴れたりせず、周囲を見回していた。
いぶきはどこなのか訊ねていたが昭士にだって判らない。さっきスオーラは「殿下の城」と言っていたから、偉い人がココにいるのだろうとは見当がつくが。
《な、何か、ええ偉い人の城、みみみたい》
「アキシ様。確かにもうすぐ殿下がお見えですが、そこまでひれ伏さなくてもよろしいですよ?」
《ふふ、踏まれてたの!》
昭士は慌てて跳ねるように起き上がる。それから制服についた埃を急いでバタバタと叩き落とす。そうしている最中に、周囲の雰囲気が一変した。ざわつきがピタリと止まり、警備兵達がその場に直立不動になっている。
その警備兵達の視線の先には、自分よりも一回りは年上そうな青年が早歩きでやってくる様子が見えた。
白一色の高価そうなスーツに身を包んだ、逆三角形体型の引き締まった体躯の持ち主。顔立ちは美形ではなかったが、造詣そのものがブサイクという訳ではない。一応中の上くらいには入るだろう。
そんな青年が灰色の髪をくしゃくしゃと掻きながらこちらにやって来た。
「スオーラマラナ ラノラトニノナシチトチスニ チスニキチカラナキラツチニモチトナ」
「いっ、いえ、殿下自ら足をお運びになるとは思っておらず、失礼を致しました」
スオーラの声があからさまに緊張して固くなっている。
国王第一子という事は、この国の王子という事。教団のトップではなく国のトップに等しい人間が相手では、さすがの「お嬢様」も緊張しない訳がないのだろう。
かなり開き直っていたと思っていた昭士だが、さすがに表情がこわばって指先が緊張で震えているのが自覚できる。スオーラ以上にこういう「上流階級の」人間とは縁がないのだ。
しかし言葉が全く理解できない以上どうしたものかと考え込んでいると、昭士とその青年の視線が合った。青年は昭士を指差してスオーラに何か言うと、
「は、はい殿下。異なる世界より連れて参りました、エッセと戦う戦士でございます」
スオーラのその言葉を聞いて、青年の顔に満面の笑みが浮かんだ。心の底から出た表情、とでも言えばいいのだろうか。誰が見ても喜んでいるのが一目で判る、そんな笑顔。
しかしその前に一瞬だけ見えた「憎々しげ」な表情。何しに来た。邪魔だ。そんなネガティブなイメージの目。それが昭士に心に引っかかった。
「トイミートニシラミラ ンラスラトニノナ ラミーキチニ ニカチトクニモチトナ」
「あ、あの殿下。彼らにはこの世界の言葉が理解できません。わたくしが代わってお伝え致します」
「クニノラナトイミー テラ ンラナニトニカチ ニトラニシークラトニー」
「ひ、飛行船を!? あ、有難うございます。早速出発致します」
そんなやりとりをした後、スオーラは昭士といぶきの方に来ると、
「殿下より『よろしく頼む』と伝言です。それから、飛行船の使用許可が下りました。すぐエッセの元に向かいます」
《ひ、飛行船!? いい一体どこに行くの!?》
出てくるとは思っていなかった単語に、昭士は耳を疑う。
「目的地は、ここから南に二〇〇キロ行ったところにあるスッドという小さな村です。そこにエッセが現れたと報告がありました」
説明する時間も惜しいと言いたそうに、スオーラは昭士といぶきの手を取った。もっともいぶきの方はその手をサラリとかわしていたが。
「エッセは長い時間この世界にとどまる事ができませんが、再び現れるのは必ず最初に姿を見せた地点の周辺です。待ち構えて撃退する。これが作戦です」
《作戦って割にえっらいアバウトね。さすがいい加減な世界は違うわ》
スオーラの案に案の定反発してくるいぶき。
《人の事情も都合も聞かないで勝手に連れ回して、あンな乗り心地の悪いボロ車に詰め込まれて、今度は飛行船!? ふざけんじゃないわよ。あたしはこンな変な世界の事なンて知ったこっちゃないって、何回言わせるのよ!》
これまでの不満を一気に爆発させたいぶきの声に、周辺の警備兵が「何事か」と言いたそうに注目し出す。言っている内容は理解できなくても、怒っている雰囲気くらいは判る。
《い、い、いぶきちゃん。いい言い過ぎだよ》
「普段他人の都合も聞かず傍若無人な振る舞いをするあなたに、それを言う資格はありません」
なだめようとする昭士と、キッパリと厳しい言葉をぶつけるスオーラ。だが、
《ぼうじゃくぶじン? 人の事情も都合も聞かないで勝手にこンな変なところに連れて来たあンたこそ、そンな事言う資格ないわよ!》
そこまで怒鳴り散らしてから、いぶきは黙ってしまった。それから少しの間が空いて、
《そう言えば、あのバカ痴女は? それにこのオコチャマ誰?》
スオーラを指差して首をかしげるいぶき。
《……い、い、今頃それ聞く?》
昭士が急に脱力してへなへなとその場に崩れ落ちそうになる。
同時に誰だか判らない初対面の相手にすら平然と喰ってかかれるその神経に、昭士は「どこへ行ってもいぶきちゃんはいぶきちゃんか」と半ば呆れていたが。
だが無理もない。いぶきはこの世界に来る直前から寝ていたので、これがスオーラの「この世界での」姿だという事を知らないのだ。
「そう言えば、こちらの姿でお会いするのは初めてでしたね」
スオーラもようやくその事に気がついて口を開く。
「モーナカ・ソレッラ・スオーラの、このオルトラでの姿です」
《それは判ってンのよ。単にからかっただけ》
胸を張って鼻息も荒くふんぞり返るいぶきの態度にこけそうになるスオーラだが、
「イブキ様。遊んでいる時間がないのです。一刻も早く飛行船で目的地へ行かないと」
《だから。あたしの知ったこっちゃないって何度も言わせるな! そンなのあンた達で勝手に行けばいいでしょうが。ナンの関係もない人間を勝手に巻き込むなっての!》
「関係なくなどありません! あなたは『戦乙女の剣』かもしれないのです。普通の武器が効かないエッセに対し、唯一有効な攻撃を与える事ができる剣。それが……」
《かもしれない、でしょ? 完璧に判ってから来てくれない? まぁ来たところでやる気は全くないけどね》
スオーラといぶきの口げんかに、周りの警備兵達は槍を持ったままどうしたものかと行動を決めかねていた。
それはそうだろう。彼らにはスオーラの言葉しか理解できないのだから。この場で双方の言い分をきちんと理解できるのは昭士のみ。
しかしその昭士はと言うと、ポケットから携帯電話を取り出して、今まで自分が乗って来た車を撮っていた。
実物はさすがに見た事がない昔の車。車のマニアでなくとも、こうして写真の一つ二つは撮っておきたいというのが「男の子」としての人情だろう。
「アキシ様、何をしているのですか?」
昭士はそれには答えず、別のポケットから例のカードを取り出すと、何もない空間に向けて突き出した。
青白い扉が現れ、それが昭士を包むと同時に彼の姿は軽戦士の姿に変身した。いや、この世界においてはこの姿こそが昭士の本当の姿。元の姿に戻ったと言うべきだ。
当然それに連動していぶきの身体は二メートルの巨大剣に早変わり。運良く誰もいない空間めがけて倒れてくれた。
軽戦士の姿となった昭士は、めんどくさそうにとぼとぼと歩いて倒れた剣を拾い上げる。
見るからに重そうな大剣を片手で軽々と持ち上げた事に、警備兵達がおお、と驚きの声を上げる。
《……っっっっ。また勝手に人の事剣にしてくれやがったわね? ナンで勝手に剣にされて、行きたくもないトコ行って、やりたくもない事をやらされなきゃならないのよ!?》
《それがお前の運命だ。諦めろ》
ギャンギャン喚くいぶきのテンションと正反対に、ため息混じりに静かに呟いた昭士は、その大剣を背中に背負う。鞘越しとはいえ地面スレスレになっている切っ先。
《おいバカアキ。間違っても地面に引きずるンじゃないわよ? 服汚したら承知しないからね!?》
この剣はいぶきの肉体が変身したもの。鞘は着ている服が変身したもの。地面を引きずれば当然汚れる。その辺りは刺々しいとはいえやはり「女の子」なのである。
《ま、なるようにならぁな。ところでスオーラ!》
いきなり声をかけられ、思わずビクンと直立不動になってしまう彼女。
《その「飛行船」とやらに乗るんだろ? それならこいつも重量オーバーにはなるまい? 急ごうぜ》
《だから勝手に人の事連れてくな!!》
淡々とした態度に変わった昭士に、相変わらず非協力的ないぶき。
スオーラの胸中では、いよいよ形になろうとしていた。この世界に来る時に感じた、
漠然とした不安が。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system