トガった彼女をブン回せっ! 第3話その1
『今のこいつは武器だから』

市立留十戈(るとか)学園高校。最近合併によって誕生した新設校である。
スポーツに力を入れている事もあり、校内には立派な施設がズラリと揃っている。
その中の一つ。剣道場の壁に薄青い光でできた「四角」が突如現れた。その青い光の中から抜け出るように現れたのは一人の女性だった。
十代後半に見えるその外見にしては高い身長。無造作に腰まで伸ばされた長い真っ赤な髪。凛とした強さを内に秘めた厳しい表情を見せてはいるが、顔立ちは間違いなく「美人」の部類に入る。
大きな襟を持つ、丈が腰より上にあるジャケット。それは縫製パーツごとに違う色で縫われた、少々趣味の悪い色彩だった。その左胸のポケットには六角形の中に五芒星というマークが刺繍されている。
そんなジャケットのボタンを締めずに着ているその下は、白いスポーツブラのような物一つのみ。それをはち切らんばかりに押し上げる豊かな胸。そこからジャケット丈のおかげで隠れていないくびれた腰からお尻へのラインが何とも扇情的である。
下はマイクロミニの黒いタイトスカート。下着が見えるか見えないかというギリギリの短さである。
足にはスラリとした脚線美にピッタリとした革のサイハイブーツ。
そんな異性はもちろん、同性の注目をも嫌が上でも集めそうなスタイルの美女は、白いマントを翻して剣道場の出入口に向かって歩く。
ピッタリと閉められた引き戸の取っ手に手をかけて開……かなかった。
確かに外見通り筋力に長けた訳ではないが、力を込めても扉は微動だにしない。
そこでようやく彼女は「外から鍵がかかっているのでは」と思い至った。
彼女は扉から数歩離れると、自分の胸に手を押し当てた。
するとどうだろう。押し当てた彼女の手が服を通り抜け、胸の――いや、身体の中にめり込んでいったではないか。
そしてその手が外に出た時、手に握っていたのは分厚いハードカバーの本が一冊。
その本をパラパラとめくっていき、やがて一枚のページを静かに破り取ると、それを扉に押し当てた。途端にページは静かに小さく発光し、扉に溶けるように消えていく。
それから数秒後、扉の向こうでガチャン、ゴトンという鈍い音が聞こえた。その音を聞いてから彼女はもう一度引き戸の取っ手に手をかける。
するとどうだろう。あれほどびくともしなかった引き戸が、何の苦労もなく音を立てて動いたではないか。彼女は気づかなかったが、歩き出した足元にはごつい南京錠が「開いた状態で」転がっている。
剣道場から出て通路を十歩ほど歩いた時、彼女は周囲の「奇妙さ」に気がついた。
誰もいないのである。昼間にもかかわらず。
物音もしないのである。昼間だというのに。
人が活動をしている筈なのに、まるで眠りについている真夜中のような、気味の悪い静けさだけが周囲を覆っているかのようだ。
ここは学校だ。昼間であれば教師や生徒がいる筈である。
先日仕入れた情報によると、この剣道場がある「武術棟」と呼ばれる建物内は、体育教師の準備室がある。授業や部活でここを使う生徒はいなくとも、教師はたいがいいる筈なのである。
そういった状況にもかかわらず、人の気配が全くしないのだ。
こうした建物というのは、人がいなくなるだけで妙にガランとした寂しさを増幅させてしまう。自分のブーツの足音しかしない事が、より寂しさを生み出してしまう。
だが彼女が感じたのは寂しさではなく警戒心。
人がいる筈の時間帯に誰もいない。イコール。この学校の人間達に何か異常が起きたのでは。
異常の原因となった「何者かが」その角から飛び出して来ないとも限らない。不意を突いて死角や背後から襲って来ないとも限らない。
だから彼女は急に走り出した。立ち止まっていては的になるばかりである。襲撃されないよう絶えず自分の位置を変えていかなければならないと判断したからだ。
だが彼女の本業は肉弾戦でもこうした隠密業でもない。一応棒術の基本は学んでいるが、それでも誰かに襲われたらひとたまりもないだろう。
さほど広いと言えない通路を走る彼女の目の前に、この建物の出入口らしい扉が見えた。窓ガラスの向こうには広々とした校庭が見えている。
しかし彼女はすぐさまその扉を開ける事はしなかった。扉に貼りつくようにしゃがみ込み、呼吸を整えるように数秒じっとしている。
それからそろそろと立ち上がり、ガラスの向こうの様子を観察してみた。
そこから見える校庭にも、人の気配は全くなかった。これが夜なら建物の明かりなどから人の有無を判断できるのだが、昼間では厳しい。
しかしそれでも、建物内に明かりが点いている様子は見受けられなかった。
そこで彼女は考えを変えた。
異常の原因となった「何者か」を警戒するのはもちろんだが、それよりもこの学校の中を調べてみる方が、何か収穫があるのではないか。
もしかしたら「何者か」の襲撃から隠れて身を潜めている「生存者」と接触できるかもしれない。そうすればそこから情報を得られるだろう。
そのためには、まずこの狭い武術棟から外に出なければならない。幸い目の前には外へ出るための扉がある。
彼女は扉のノブにそっと手を触れて回してみるが、ガチガチッと硬い金属音がするだけで扉は動かない。やはり鍵がかかっているようだ。
その事実に彼女は小さく舌打ちする。鍵を開ける魔法は先程使ってしまったばかりだ。自分の魔法が基本「使い捨て」な事にため息をつくと、何か開ける方法はないかノブの周囲を観察し出す。
こうした扉の鍵というのは外部からの侵入を防ぐためにつける。だから内側からならば開ける方法がきっとある。さっきのような例外はあるにせよ、そうした常識に倣っての判断である。
だが鍵穴らしき物は何もない。鍵そのものがある訳でもない。あるのはドアノブの中央にある、小さな小さな「つまみ」のような物。ただそれだけだ。
そこで彼女は自分の考えに小さな疑問が沸き出してきた事に気がついた。
そう。こうした鍵は外部からの侵入を防ぐためにつける。それはたった今思いついた事柄だ。
ならばなぜ。人が活動をしている筈のこの昼間に「外部からの侵入を阻止する」鍵をかけているのだろうか。このように内側から。この建物の中には誰もいない筈なのに。
まず最初にそこに気づかねばならなかったのだ。いくら自分がこうした事に縁がなく、かつ専門外の事だからと言って許される失態ではない。
そうしてドアノブを観察している体勢のまま考え込んでいる時、ふと頭上からコツコツという音が聞こえてきた。
ハッとして音の方向に顔を上げると、窓ガラスの向こうから誰かがこちらを覗き込んでいるのが見えた。


そんな事があってから約一時間後。留十戈学園高校前に二人の男女の姿があった。
一人は昔ながらの黒い学生服に身を包んだ高校一年生。名を角田昭士(かくたあきし)。
その顔にはどこか困ったような「しょうがないか」という諦めにも似た、どこか達観した雰囲気がある。
もう一人は、古式ゆかしいセーラー服を着た高校一年生。名を角田いぶき。
その顔には見ただけで不機嫌さが伝わってくるような、露骨な拒絶感に満ちた表情が浮かんでいる。
そんな二人を乗せてきた「パトカーが」去っていくのを見計らっていたように、
「い、いい、いぶきちゃ……」
「命令すンな、バカアキ」
昭士のびくびくした言葉を遮り、いぶきは真横にいる彼の腕に容赦なく肘を入れる。
「何が悲しくてあたしまでこンなトコまで来なきゃならないのっての! あたしは金輪際あンな事に関わるのはゴメンだっての! 何回言ったら判るのよ、そのバカ頭は!」
コツコツ肘を入れながら喋っていたいぶきは、最後の部分で彼の頭に拳を叩き込んだ。
さらに、いきなり殴られてよろめく昭士を見て、
「このくらいかわしなさいよ。だからバカアキだって言ってンのに」
大声でそんなやりとりをしている間に「立入禁止」の札がついたロープが張られた校門にやって来ていたのは、一人の警察官だった。
「おー二人とも。やっと来たな。……つーか、事情は聞いてるんだから、いい加減腹くくれ、いぶき」
いぶきの態度を見て露骨にめんどくさそうな声をかけてきた警察官は鳥居(とりい)という。二人にとっても顔馴染みの人物である。
「ほら、早く入って来い」
彼はテープをぐいと持ち上げると、二人を中に招き入れた。昭士はともかくいぶきは露骨に嫌々ながら入ってくる。
ロープをくぐって入って来た昭士達の制服姿を見た鳥居は、
「今日日曜だろ? 別に制服じゃなくても良かったんじゃないか?」
「い、い、いや。そういうきき、決まりだから……」
昭士が言う通り、この留十戈学園高校の校則では、『いかなる理由であろうとも、学校に来る時は制服を着用の事』とある。
合併前の学校の一つであり、この市内では一番古い歴史を持っていた学校の校則と制服を受け継いでいるのだ。
もっとも、さすがに校章入りの金ボタンは当然変更されている。加えて元の学校は「私用の外出時でも制服着用」という校則だったが、そこは今の時代にそぐわないとして現行のように変更されている。
確かに古臭いとして一部生徒の間では評判は良くないものの、大半の人間――特に年輩の人間には「伝統ある制服」という事で受けと評価が良い。合併後の学校が制服を受け継ぐ理由になったのも、卒業生を中心とした年輩の嘆願あってこそだ。
だがそんな理由は現役の生徒達にとっては、ほとんどどうでもいい事である。
昭士は「それはそれとして」という態度で、早速話を切り出した。
「ああ、あ、あ、あの。ホホホ、ホントに、きき来てたんですか?」
いくら顔見知りとはいえ、警察官相手に緊張を隠せない昭士。元々ドモり症な事に加え、だいぶ呂律が回っていない。
「ああ。また剣道場に来たらしくてな。武術棟の中で発見された。どうやら鍵の開け方がよく判らなかったらしい」
それから鳥居は、歩きながら自分が遭遇した事を大雑把に語っていく。
学校内の警備システムが「侵入者」がいる事を感知。その連絡が警察に行き、鳥居達数人の警察官が学校にやって来たところ、出入口のドアにピタッとくっついてしゃがんでいた「彼女」を発見した。
そんなところである。
その口ぶりからして、二人とも「彼女」の事を気味悪がっている様子はおろか、全く不審に思っている節がない。
それはそうである。ついこの間からとはいえ見知った顔だからだ。
しかも驚く事に自分達がいるこの世界とは「別の世界の」住人なのだ。
始めは「そんなマンガかアニメみたいな事」と全く信じていなかったが、彼らの目の前で、その「マンガかアニメでしか起こり得ない事」が起こってしまった。
そうなると、さすがに信じたくなくても信じるしかない。百聞は一見にしかず、という言葉があるが、特に昭士といぶきは「体験まで」してしまったのだから。
昭士が戦士となり、いぶきが巨大な剣となり、これまた金属でできた原寸大の骨格標本としか表現できない「化物」と大立ち回りを繰り広げ、これを見事に打ち倒してみせたのである。
昭士達が日曜日にもかかわらず制服を着込んで学校を訪れたのは、全ての元凶であり、そんな「化物」と戦う力をくれた「彼女」に会うためである。
ところがその「彼女」は別の世界に住む人間。こちらの世界の事はほとんど何も判っていない。事情も常識も。
とはいえ、まさか日曜日にこうしてやって来るとは考えもしていなかった。お互いの連絡手段がないのだから、こうした事が起きても不思議はなかったと、今になって思う。
鳥居が二人を案内したのは武術棟の前。学校の警備員と一人の警察官にじろじろと見られている、長身でスタイルのいい、そして趣味の良くないカラーリングの服装。
そんな服装の「彼女」は、昭士達を見つけるなり大きく手を振って、
《アキシ様、イブキ様、お待ちしておりました!》
大きな声で叫ぶが、その言葉の意味が理解できたのは昭士といぶきの二人だけ。住む世界が違うのだから言葉が違っていても不思議な点は何もない。不自由極まりない事ではあるが。
(別に待っていた訳じゃないと、思うなぁ)
昭士は笑顔で自分達を待っていた(と自称する)彼女の前に、ようやく立った。
彼女こそある意味で自分達の人生を変えてしまった人物。
名をモーナカ・ソレッラ・スオーラといった。


《あの。これは一体どういう事なのでしょうか?》
二人に会うなり開口一番にそう訊ねるスオーラ。しかし。それだけでは何と答えたものか判らないだろう。
昭士の頭の中が「?」で埋め尽くされている。言葉は通じている筈だが首をかしげている彼に向かって、
《今は昼間なのに、この建物には誰もいませんでした。何か異変が起きたのですか?》
そこでようやくおぼろげにスオーラの質問の意図が読み込めた昭士は、
「あ、ああ。き、き、今日はに、に日曜日、だから」
《ニチヨウビ?》
まるで初めて聞いた単語のように、微妙に平坦な発音で尋ね返してくる。
「え、えっと。いい、一週間とか、こ、ここ暦(こよみ)って、わか、わか判らない? 今日はこここういう場所は、やや休みになるんだ」
文字通り住む世界が違うのだから、いきなり「日曜日」と言って絶対に判ってくれる保証はない。
しかしスオーラは「見習いの僧侶」と言っていた。宗教があるという事は、ある程度の文明がある社会っぽい事は判るので、暦くらいはあるだろう。
《暦、ですか。それはもちろん判りますが、休みになる、とは?》
きょとんとしたその答えに昭士はガックリと頭を倒す。だが「文化が違うんだ」と気を振り絞って頭を上げると、
「ここ、この世界は、なな7日間を一サイクルとして、こ暦が作られているんだ。そのうちのいい、一日が、ににち、日曜日って呼ばれて、だ、だ、だいたいの場所がき、『休日』として扱われるんだ」
ドモりながらの昭士の説明を真剣な目でうなづきながら聞いているスオーラ。自分達との文化の違いを積極的に聞いて覚えようとするその姿勢は、元々素直らしい性格と相まって、好感が高い。
妹いぶきの自分勝手な傍若無人っぷりに振り回され犠牲になる毎日が原因で、女性に対する関心が薄い昭士がそう思うのだ。一般的な男子だったらもっと激しくストレートに彼女への好意をあらわにしているだろう。
《休みの日、ですか。それにしても皆が一斉に一日中休んでしまったら、社会生活が不便にならないのですか?》
どうやら「休みの日」という事は判ってもらえたようだが、また出てきた疑問に、
「あー。そ、その。ああああくまでも暦の上での、やや休みだから。そ、それに、ここ、この日が休みじゃない人も、たたたたくさんいるから。ふふ、不便な部分はあるけど、ぜ全部が不便にはならないよ」
昭士のその言葉を聞いて、スオーラは考え込むように黙ってしまう。
《なるほど。やはり世界が変わると様々な事が変わるのですね》
何かに納得したようにうなづきながら呟く。
「だ、だから。や、休みで誰もいない筈なのに、すす、スオーラが現れたから。け、け、警備システムが侵入者とお、思っちゃったんじゃ、なないかな」
最近の学校は、こうした機械による監視・警備のシステムを導入しているケースが多い。特にこの学校のように敷地が広いと、従来のように警備員や用務員だけでは絶対に死角ができるし、手が回らない。
学校に侵入して忘れ物を取りに行くならまだしも、最近では女子生徒の体操着や着替えを盗む輩が出没するケースも後を絶たない。
警備システムという単語に「きょとん」とした反応を示していたスオーラ。きっと彼女の世界には、そうした機械的なシステムが存在しないのだろう。
魔法がある世界だけに、魔法の方が発達しているのかもしれない。昭士は漠然とそんな事を思った。
そんなやりとりを学校の警備員と警察官二人はぽかんと眺めている。特にこれで二度目の鳥居は、
「相変らず何を言ってるのかサッパリだなぁ」
昭士やいぶきは日本語しか喋っていないし、スオーラと名乗る少女は自分の世界の物らしい、訳の判らない言葉しか話していない。
にもかかわらず、この三人の間でこうして会話が成立しているのだから、通じてはいるのだろう。理由や理屈は全く判らないのだが。
そんな風に思った鳥居はたまらず昭士に声をかける。
「なぁアキ。そろそろこっちにも訳してくれないかね。訳の判らん会話を聞かされるこっちの身にもなってくれ」
昭士はこっちの世界の「日曜日」と言うものの説明をしただけだと、手短かに話した。実際それしか話していないので、そうとしか言い様がないのだが。
「そうか。お嬢さんのところには、日曜日がないって事か」
「休みがない方が、大変だねぇ」
ずっとスオーラといた警察官と警備員が、場違いなくらい微笑ましい会話を繰り広げている。
侵入者と思って焦って来てみれば、言葉は通じないものの素直そうな美人。抵抗もしていないし、する様子もない。警戒心が緩んでも仕方ないだろう。緩んだところで危機感などなさそうだが。
そんな和やかな雰囲気をぶち壊したのは、当然いぶきの拳である。その拳が昭士の後頭部に炸裂すると、
「ンな事はどうでもイイのよ! なンでよりにもよって日曜日も知らないバカのたわ言にいちいちつき合わなきゃならないっての!? こっちはアンタと違ってヒマじゃないンだけど。人の予定をいきなりブッ壊してくれた礼と侘びくらいはするのが礼儀ってモンじゃないの? 自称聖職者が聞いて呆れるわね。そっちの世界はホント常識ってモンがないのね?」
スオーラに向かって勢い任せに怒鳴り散らすいぶき。
元々「誰かの為に何かをする」のが死ぬほど嫌いな性分であり、自分の思い通りにならない事も同じくらい嫌いなのである。
その辺りが自分勝手で傍若無人と受け取られる訳だが、もちろんそんな性格が原因で、友達は一人もいない。
スオーラは、そんないぶきの胸中を全く察した様子もなくポンと手を打つと、
《はい。そうでした。申し訳ございません》
と、バカ丁寧に謝罪の言葉を述べる。
しかし時としてこういう応対は人の神経を逆なでする。それもいぶきのようなタイプには。案の定いぶきはスオーラの頭をゴツゴツ拳で軽く叩きながら、
「だ・か・ら。その辺をとっとと、ちゃっちゃと、速やかに、大急ぎで、判りやすく話せっての。自分の用事も忘れて話を脱線させるなンて、ホントバカとしか言い様がないわね。ああ、このままじゃバカが移っちゃうわね」
不意に叩く手を止めると昭士の制服にゴシゴシと拳をこすりつけて拭き出した。
《実は、わたくしの世界に来て戴きたいのです》
スオーラは目の前のいぶきの態度をあえて無視して、至極真面目な表情で二人にそう語った。
《わたくしが王室付の教団の見習い僧である事は以前お話しましたが、その教団の最高責任者であらせられるモーナカ・キエーリコ・クレーロ様が、是非一度お会いしたいと申しておりまして》
教団の最高責任者。つまり一宗教のトップ。そんな大物が出てくるとはさすがに思っても見なかった。昭士の表情が凍りつき、サッと血の気まで引いている。
ところがいぶきの方は「それがどうした」と言わんばかりで、いつもと全く変わった様子がない。
「で。そのお偉いさんが自分のところにあたし達を呼びつけた。あンたはそれを伝えに来た。簡単に終わるじゃない。こんな短い会話で済むのに、ナンでこンなネチネチグダグダダラダラ話し込まなきゃならないのよ、ったく」
それから心底つまらなそうにため息をつくと、
「パトカーが来て無理矢理乗せられて連れて来られたからどンな事件かと思ったら。単なる呼び出しじゃない。そンな事の為に貴重な休日の貴重な時間を割かれたかと思うと、心底腹立つわね。むしろそっちがこっちに来るべきでしょ。土下座して頭下げて『私達の世界の為に戦って下さい』とかナンとか言ってさ。まぁ頼まれたってやる気なンてさらさらないけどね」
「あーつまらん」と聞こえるようにぼやくと、そのままくるりと後ろを向いて帰ろうと歩き出すいぶき。
《あ、あのイブキ様、どちらへ……》
「帰るに決まってるでしょ!? こっちはそンな事にバカバカしい事につき合うほどヒマじゃないンだから。後はバカ同士適当にやってて」
スオーラ達の方を振り向きもせずに、早足でその場を去るいぶき。
ところが。彼女の全身から青白い火花がバチッと散った途端、いぶきの姿が消えた。代わりにそこにあったのは、人間よりも大きな、鞘に収まった大剣だ。一瞬だけ屹立していたが、自立できないだけあってバタンと地面に倒れる。
もっとも。この剣はとんでもなく重いので「バタン」という形容詞は不似合いなのである。実際グラウンドの土が重みで凹んでしまっている。
『……っっっっ。いってーじゃないの。ナニしてくれやがンのよ、バカアキ!! また勝手に人の事剣にしやがって、ふざけンじゃねーっての!!』
何と。地面に倒れた剣から、相も変わらぬいぶきの刺々しい怒鳴り声がしたではないか。
そう怒鳴られた昭士の方は、先程までの黒い学生服姿から一転。青いつなぎのような服に簡素な鎧をつけた姿に。
彼は無言のまま剣となったいぶきに歩み寄ると、その見るからに重い剣を片手でひょいと軽々と持ち上げてしまった。
別に彼が強力の持ち主という訳ではない。昭士だけがこの剣の重量を無視して持つ事ができるのである。
それからベルトを使って背中に背負う。自分の身長よりも遥かに長いので、柄の先は頭の遥か上。剣先の方は地面スレスレである。
「じゃ、行こうか、スオーラ」
そういう変身後の昭士の口調もドモりが全く入っていない。少々テンションが低くやる気に乏しい雰囲気はあるが。
「いつも言ってるけど、こいつの話聞いてたら進む話も進まないから。無視した方が早いからね。うん」
《……あの。よろしいのですか?》
「ああ、いいのいいの。今のこいつは武器だから。武器は持ち主が使うモンであって、自分で動いたり喋ったりするモンじゃないから。人間道具に使われるようになっちゃオシマイだよ。今のスマホとかパソコンがいい例だ……ああ、んな事言ってもスオーラにはわからねーか」
しかも意外と饒舌だ。
「それに、他人の頼みを聞こうともせず、自分の願いだけを押し通すようなバカな妹に説教するいい機会だ。ま、説教して聞くような可愛げなんて、これっぽっちもねーけどな、こいつには」
大剣の柄に浮き彫りにされている女性像の顔の部分に何となく拳をゴツゴツ叩き込みながら喋り続ける。
当然いぶきはそんな状態であっても、昭士に文句を言うのを止めはしない。放送禁止用語クラスの悪口がポンポン飛び出している。
《……ホントに大丈夫なんでしょうか》
嫌な予感しかなかったのだが、それは言うまでもないかもしれない。
スオーラの胸中には。

<つづく>


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