トガった彼女をブン回せっ! 第28話その3
『どうしても必要な事なのです』

この中で“日本語”の判るメンバーは二人いる。
一人はもちろんスオーラである。あちらの世界では日本語で生活できている。
そしてもう一人はジュンだ。彼女の故郷であるマチセーラホミー地方の言語は日本語とほとんど変わりがない。ジュンの話し方が単語を並べただけのようになっているだけで。
一口にマチセーラホミー地方と言っても、その中はいくつもの区域に別れており、その区域ごとに言語が全く違うのだ。
あちらの世界の日本語を話す昭士が言うには「どれも日本語。方言というだけ」という事だ。
方言というものをスオーラもあちらの世界で何度か聞いた事があるが、とても同じ日本語とは思えない違いを感じた事も少なくない。
だがこのエッセが話しているのは、昭士達とほぼ同じ標準語らしい。そのためスオーラでも容易に理解できる。彼女は頭の中を日本語に切り替えると、
《はい。あなたはどうされたのですか?》
できる限り優しくそう話しかけた。警戒を完全に解いた訳ではないが、これまでのエッセのように問答無用で襲って来ない上に、意思の疎通ができそうなエッセに初めて会ったから、というのがある。
だが自分の後ろではガン=スミスが馬に跨がったまま露骨に警戒している。その手には対エッセ用の武器である特殊なクロスボウがいつの間にか握られていた。
スオーラは「ダメです」と言いたそうに手で制すると、
《そちらが攻撃をしない限り、こちらも手出しは致しません》
こちらの声が届いたのだろう。エッセは腕をだらりと下げた。
《あの。自分でも何が何だかサッパリ判らないんですが、これは一体どうなっているんですか?》
声は明らかに困惑し、しかし話が通じる人に出会えて喜び、そんな複雑な感情が手に取るように判る。
だが顔面、表情はぴくりとも変化がない。文字通り仮面のようだ。そこがとても不気味に思える。
一体どうなっている。それはこちらが聞きたい事。そう言いたい気持ちをグッと呑み込んだスオーラ。
だがこうして「意思の疎通が」可能なエッセは初めてである。これまで何もかもが謎だった、エッセに関する背後関係などが少しでも判るかもしれない。
だからスオーラは、
《……少し、お話をしませんか?》
いささかためらいはあったが、そう話しかけた。もちろん驚いたのはガン=スミスである。
《お、おいおいレディ。そいつと何を話すってんだ!?》
ガン=スミスは慌てて馬を下り、スオーラを通せんぼするように眼前に立ちはだかる。彼女はガン=スミスを目をハッキリと見つめて言った。
「これまでのエッセは意思の疎通が全くできませんでした。ですが今は違います」
ガン=スミスは最近エッセの存在を知ったので「戦闘歴」は浅いものの話は聞いている。スオーラの言う通りこれまでのエッセは――言葉を話せる生物でなかった事もあり――意思の疎通どころか問答無用で襲いかかって来た。
だが今回は違うのだ。最初で最後かもしれないのだ。このチャンスを逃したくはない。そんなスオーラの強固な意志をガン=スミスも感じた。
……その意志を覆すのが、非常に困難だという事も。彼女はこう見えて頑固な面がある。ガン=スミスは「お手上げ」と言いたそうに溜め息をつくと、
《判った。でも攻撃して来た時は容赦しねぇ。いいな?》
「はい」
エッセを見上げて睨みつけると、なるべく視線をそらさないようにしてスオーラから離れるガン=スミス。
スオーラはガン=スミスの心遣いに小さく感謝の言葉を述べると、改めてエッセに向き合った。
《わたくしはスオーラと申します。まずは、あなたのお名前をお教え願えますか》
フルネームを名乗ろうかとも思ったが、普段の名乗り方「モーナカ家の三女、ソレッラ僧スオーラ」では長過ぎると、昭士と出会った頃に言われた事があるので止めておいた。
《名前? ああ、落合(おちあい)って言います。落合広道(ひろみち)。》
日本暮らしをしているので「落合」が苗字で「広道」が名前であると理解したスオーラは、
《ではヒロミチ様とお呼びします》
そう前置きをすると、スオーラは話し出した。
自分達はエッセという神出鬼没の侵略者と戦う存在である事。
エッセという侵略者に関して判っている事。
今のヒロミチの姿がそのエッセという侵略者の特徴に酷似している事。
しかし、これまで戦ったどのエッセとも異なる「意思の疎通ができる」存在がヒロミチである事。
マスクのように表情が読めない顔色をうかがいながら、そういった事を丁寧に説明して行くスオーラ。
エッセ=ヒロミチはスオーラの話に口を挟まず黙って聞いていた。聞いた事もない、冗談としか思えない、そんな話を。
突拍子もない、荒唐無稽としか思えない訳の判らない話を黙って聞いていたのは、そしてその話に不思議な説得力があるのは、目の前で語りかける美女の持つ雰囲気。
冷たい印象の外見ながらも優しさに溢れた物言いがそうさせたのか。単に美人の言う事に間違いはないという男の下心がもたらしたのか。
何がどうなっているのかサッパリ判らないまま歩き回った結果、こうして今の自分の「何か」を知っていそうな人に出会えて安堵した気持ちが一番大きいかもしれない。
だからヒロミチもスオーラに話した。
旅行で北海道の三角(さんかく)山に行った事。雪山の中にいたと思ったら、いきなり見知らぬ土地に立っていた事。自分の姿を見た周囲の人々が我先にと逃げ出した事。川面に映っていた自分の大きさと異様な姿に驚いた事。
それらの話をスオーラは黙って聞いてくれた。それだけでもヒロミチにとっては有難かった。
しかし。
そのヒロミチの姿がすうっと消えてしまった。エッセは無限にこの世界に存在できる訳ではない。時間制限があるのだ。
会話が途中で強制的に終わってしまった事に悔しさを隠せないスオーラ。ガン=スミスもようやく手にしていたクロスボウを下ろした。
「消えた」
これまでずっと黙っていたジュンがぽかんとしたまま口を開く。そしてキョロキョロと辺りを見回して、
「どこ行った」
どこに行ったと聞かれても、スオーラに判る訳がない。
ただ、エッセは一度姿を現わして消えると、次も前回現われたのと同じような場所に姿を現わす。そのため次に姿を見せるのもおそらくはメリディオーネ地方だ。
そうなるとこちらから出向く方が良いだろう。スオーラはジャケットのポケットからゴツイ腕時計を取り出すと、何やらいじり出す。
実はこれが彼女の携帯電話(プリペイド式)なのである。あちらでは普通のガラケーの形だが、オルトラ世界ではこうなってしまう。
電話をかけたのはあちらの世界にいる桜田富恵。同性で警察官という事もあり、定期連絡をしている間柄である。
『どうしたの、スオーラさん?』
富恵はすぐに電話に出てくれた。
「申し訳ございません。今すぐ調べて頂きたい事があるのですが」
『調べて欲しい事?』
「はい。“オチアイヒロミチ”という名前の方です。先日ホッカイドウのサンカク山に行ったらしい方です」
『オチアイヒロミチ? 北海道のサンカク山……?』
「お願い致します。どうしても必要な事なのです」
その押しの強く、また真剣なスオーラの声に、富恵はいささか気圧されたように了承すると電話を切った。
「わたくし達もメリディオーネ地方へ急ぎましょう」
スオーラにはこの世界での足であるキャンピングカーがある。オルトラ世界はもちろん昭士達の世界においてもオーバースペックの一品。時速百キロ以上で飛ばせば丸一日かからず到着できるだろう。
だがこの車ではガン=スミスの愛馬ウリラを乗せる事ができない。かといってガン=スミスがウリラを置いてキャンピングカーに乗ってくれるとも思えない。
しかしスオーラとジュンの二人もウリラに乗ってはさすがに重量オーバー。ガン=スミスのムータの力でウリラをペガサスに変身させても同様だろう。
一番確実なのは、サイドカー付きのバイクを引っぱり出して来る事だろう。それならばガン=スミスはウリラと別れずに済むし、ジュンも一緒に行く事ができる。ただしバイクでは早くても三日はかかるが。
だが。そこでスオーラはしまおうとしていた携帯電話をもう一度(何となく)構え、電話をかけようとしたが、
「ああ。そういえば電話番号が判りませんでした」
彼女が連絡を取ろうとしたのはジェーニオである。彼(彼女)はもちろん携帯電話もスマートフォンも持っていないが、電気や電波との相性がとても良い。電波に乗ったりインターネットの世界を行き来する事も雑作もない。
基本あちらからこちらに色々と情報を伝えてくれるので、逆にこちらから連絡する事が少ない。
だがこの場にジェーニオを呼んで運んでもらえれば、車やバイクよりずっと早くメリディオーネ地方に行く事ができるのは間違いない。
そんなジェーニオをどう呼び出したものかと頭を悩ませているところに、スオーラの携帯が呼び出し音を奏でる。富恵からである。
『もしもしスオーラさん? さっきの“オチアイヒロミチ”さんの事だけど』
スオーラの耳に入って来たのは、驚きの声を隠せていない富恵の声だ。少し震えてもいる。スオーラもこんなに早く連絡が来ると思っていなかったので声には出していないがとても驚いている。
『名前の読みだけしか聞いていないから合ってるかどうかは判らないけど……』
そう前置きをしてから、富恵は少しだけ間を開けると、
『北海道の三角(さんかく)山山中で遺体として発見されている人で“落合広道”さんという人がいるのは間違いないわ』
三角山は北海道の札幌市にある。
標高は三百メートル程とそれほど高くなく、加えて登山道がとても良く整備されている為、初心者にも登りやすいので有名なのだそうだ。
その“落合広道”という遺体は首がない状態で発見されている。首の切り口も鋭利そのもの。しかし血は一滴も流れ出た様子がないという不可思議そのものな遺体である。
そして不思議としか言えないのだが、その首のない遺体は、遺体であるにも関わらず「死んではいない」のだという。
その理由は心臓が止まっているものの生命活動自体が停まっている訳ではなさそうで、その細胞までは死んではいないらしい。ただ、それでも新陳代謝が止まっているので「生きている」と表現して良いかは微妙。
遺体の検分に立ち合った者の一人が「時間が止まっているかのようだ」と表現したのだが、むしろ言い得て妙だと関心された程だという。
そんな不思議な遺体なのでおおっぴらに解剖などはせず、北海道の警察署内でほぼそのままの状態で保管されているそうだ。
すると当然この質問が帰って来た。
『スオーラさんはどこでその名前を知ったの?』
もちろんスオーラもその質問が来る事を読んでおり、淀みなく答える。
「実はつい先ほど現われた『人間型エッセ』がそう名乗りました」
『は!?』
富恵の驚きは当然だろう。スオーラ達から「エッセが言語を使える」事など聞いていないのだから。
『え、エッセって、言葉を話せないんじゃなかったの!?』
驚いたものの、すぐに周囲に気を使うように声を潜めるようにしてそう訊ねるが、
「そ、その筈なのですが、今回はキチンと意思の疎通ができました」
『あー、そうよね。スオーラさんの方が驚きは大きいわよね』
思い直した富恵は素直に謝罪する。
『もう少ししたら、その“落合広道”さんに関する資料を送ってあげる。本当は部外者には見せちゃいけないんだけど』
資料を送ると言われてもどうするつもりなのか。メールの本文に入りそうにはないし、スオーラのガラケーでは添付した資料を見られるか判らない。それを告げると、
『判ってるわよ。ちゃんと紙の資料のコピーをあげ……あ、字が読めなかったっけ、スオーラさん』
スオーラは魔法を使わない限りあちらの世界の文字を認識できない。違う文字であろう事は判っても違いが全く判らない。以前そう聞いている。
富恵は電話の向こうで「う〜〜〜ん」と困ったうなり声を上げているが、
『その辺はどうにかするから。それじゃ』
まるで逃げるように電話を切ってしまった。


医師によるいぶきのケガに関する説明を聞き終え、昭士と母・さくら。その帰路の途中、ジェーニオからオルトラ世界にエッセが出現したと聞いて、母と別れ警察署に直行した。
もう何度も来ているので、入り口に立っていた署員とはすっかり顔馴染みであり、完全に顔パスで署に駆け込んで行く。
受付の署員から「四階の会議室にみんないるよ」と教えられ、エレベーターで向かう。
もちろん警察署員と何度もすれ違うが、いぶきが起こした暴行・傷害事件でケガをしたり、いぶきと間違われて殴られてケガをしたり。そういった理由で通って顔馴染みになったのが悲しいところである。
四階の会議室でドアをノックしようとした時、部屋の中から富恵の驚く声が聞こえた。
何だろうと思いつつも丁寧にノックをする。その辺の律儀さが昭士らしいと言える。いぶきのような妹がいても昭士がそこまで極端に嫌われない理由の一つだろう。
部屋の中から出てきたのは、これまた顔馴染みの警察官の鳥居である。彼は無言で「入れ」と手招きした。
会議室に入ると、富恵が誰かと電話中であった。ひそひそと声を潜めているので何を言っているのかはほとんど聞き取れない。とはいえじっくりと聞く気もないが。
「なぁ、アキ。……多分って頭に付くが、お前を嫌な気分にさせちまうかもしれない話がある」
出迎えた時から思い詰めたかのような暗く沈んだ表情の鳥居。いつもニコニコ朗らかなタイプでないが、こうまで露骨に暗い表情というのは珍しい。
「な、な、なな、何です?」
いささかドモり症の昭士は、その暗さに圧されたのか、必要以上にドモる。
やがて富恵は電話を切り、やって来た昭士に気づくと、やっぱり手招きして自分を呼び寄せる。何だろうと思い彼女の隣に行ってみると、紙の資料らしき物を渡された。
「ホントは部外者には見せちゃいけないんだけど」
そんな前置きをして手渡されたので、無駄に緊張してその紙資料に目をやった。
その紙資料のタイトルらしき位置にあったのは「北海道三角山山中遺体遺棄事件」とあり、読み進めるとその被害者の名前が「落合広道」と書かれてあった。写真も貼付されている。
「とと、と、鳥居さん。お俺を嫌な気分に、ささ、させ、させるって、これ……」
「その反応からすると……間違いないみたいだな」
「やっぱりな」と言いたそうに鳥居が溜め息をつく。そのリアクションが判らない富恵が昭士に訊ねると、
「こ、この、お落、落合広道って、はは、は、母方の親戚」
ドモりつつもそう説明した昭士の顔色は、申し開きのないくらい血の気の引いた真っ青な顔だった。
昭士の説明によれば、母の姉だか妹だか(その辺は昭士もうろ覚えだった)の子供で、高校一年生の昭士より五つばかり年上の大学生だ。
頻繁に会ったり連絡をかわしたりしている仲ではないものの、それでも年賀状のやり取りは欠かしていないし、地元名産品を年に一回送り合ってもいる。
そんな親族の「遺体遺棄事件」被害の連絡を見たら、さすがに平静ではいられなかった。
「あ、あの。落ち着いて、聞いてね?」
富恵は紙資料にも書いてある事でもあるが、一応口頭での説明を始めた。
親戚の落合広道が北海道の山の中で遺体として発見された事。その遺体には首がなかった事。その切り口からは血が一滴も流れ出た様子がない事。そして、遺体にしては劣化が全く進んでいない事。
それらの情報をすでにスオーラにも伝えてあると、話を締めくくった。
《その首のない死体の話って、あちこちにあるものなの?》
昭士の背後から不意に話しかけて来たのはジェーニオ(女性体)である。富恵も鳥居もジェーニオの事は知っているが、姿を消したままだったので驚かない訳がない。
ジェーニオは「ごめんなさい」と軽く謝罪し、姿を見せた。幸い鑑識や検死を担当していた、科学研究所の所員は席を外していたので、この場にいるのはジェーニオの存在を知っている者達ばかり。
《妹さんが倒れていたっていう「壱多比(いちのたくら)」っていう村にも、そんな死体の話が伝わってるらしいわよ》
その村について調査に行ったのは男性体の方だが、お互いに記憶は共有している。それはオルトラ世界では一人の精霊となるからかもしれない。
そんなジェーニオが仕入れた話によると、その壱多比村に伝わる“くびばきら”という化け物に首を食われた人間は、その断面が刃物で切ったかのように綺麗な切り口をしており、しかも血が一滴も流れていないと伝わっているそうなのだ。
エッセは実在の生物ばかりを模す訳ではない。それは実体験として経験済の事だ。そんなエッセが現われて人間の首を切ったのだろうかとも思った。
だが今現在現われたと報告があったのは「人間型」エッセ。くびばきら型ではないし、第一くびばきらは人間の形をしていない。
しかし一度に複数のエッセが現われた事は今のところないらしい。が、今までそうだったからといってこれからもそうという保証もない。これが複数のエッセが現われた最初のケースかもしれないのだし。
「え、えーと、落ち着いて、聞いてね?」
富恵は再度そうやって前置きをすると、大きく深呼吸をしてから、
「あっちの世界に現われた人間型のエッセが、その『落合広道』って名乗ったそうなのよ」
「はぁ!?」
真っ青の顔色のまま素っ頓狂な声を上げてしまった昭士。当たり前だろう。遺体となっていた事が相当なショックなのだ。エッセにされたまで加わってはショックの一言で済む訳がない。
確かに以前「これまで現われたエッセは、謎の首なし死体と同じ生物の姿をしていた」と聞いてはいたが、実際にそれが現実になると、これほど内面をえぐってくるような痛みを覚えるとは。
昭士はさらに胃の中がギュウッと締めつけられる感覚を覚えた。その締めつけがじわじわと上って来るのが判る。
彼は手で「ちょっと出てきます」と合図して会議室を飛び出した。すぐ側の男子トイレに駆け込み、流しに向かってこみ上げて来た物を吐き出した。
げーげーと吐き続ける昭士の背中を、いつの間にかやって来ていた鳥居がさすってくれていた。
「あー、まー、そりゃー、吐くよなぁ。見知ったヤツが遺体で発見、なんて事になっちまったら」
同情気味に、慰めるように、元気づけるように。警察官という事もあるのか、鳥居が昭士に対する接し方はたいがいがそうである。
いぶきの事で警察のお世話になるようになってからの縁。十年以上もの付き合いであり、良い兄貴分でもある。
その兄貴分な接し方を、今日程有難いと思った事はなかったかもしれない。
「しかも首なし死体の上にエッセにまでされちまってる。ショックなんてモンじゃあないわな」
鳥居は昭士の背中をさすりながら、
「けどこいつはチャンスかもしれない」
どういう事かと口を開こうとしたが、今の昭士にそんな気力はなかった。
「エッセってのは何から何まで謎だらけなんだろ? でも今度はお前の親戚がエッセになってる。しかもちゃんと自分の意識や記憶がある」
そこまで聞いて、昭士も鳥居が何を言いたいのか察する事ができた。
エッセになってしまった「意思疎通可能な」者がいるのなら、エッセの事が何か判るかもしれない。
昭士は手の甲で口を荒っぽく拭うと、蛇口をひねった。勢い良く流れる水を手に受け、それで顔をバシャバシャと何度も洗う。
「け、けけ、け携帯電話、もも、もう大丈夫ですか?」
警察に「証拠品」として預けてある携帯電話の事を聞いてみる。
「依存症」という程手放せなくなっている訳ではないが、たとえガラケーでも現代社会の必須アイテム。やはり持っている方が落ち着くのが現代の高校生である。
「まぁ『判らない事が判った』みたいな感じだからなぁ。結局なんで真っ二つになったのかはサッパリだし。返しても良いかもなぁ」
鳥居の言う通り、何かで切った事は明白だが何で切ったのかが判らない。そんないい加減な結果になっている。
確証はないが、今回の携帯電話の切断と、落合広道の首切断の件は、関係ある気がしている。むしろ同一犯の可能性すら感じている。ただの勘だが。
親戚の事はあるだろうが、今後の為にも少しでも早く回復して欲しいところではあるのだ。酷なのは承知の上で。
「けど画面が真っ二つのガラケーじゃ、使い難いだろう?」
「で、で、でも、あたあた、新しいのは、もう買え、買えないし」
取り出したハンカチで顔を拭きながら、少々困ったように昭士が答える。
いくら安いガラケーといえども、高校生の財力で一括購入は難しい。おまけに一年に何度も何度も買い替えているので、前、そのさらに前の「ローン」がまだまだ残っている。壊れて買い替えたとはいえそこまでの融通を利かせてはくれないのである。
昭士はこの世界とオルトラ世界を行き来するため、オルトラ世界で「存在できるか」どうかが選ぶポイントになる。
その問題もあって、今までの物から変える事に踏ん切りがつかないのが現状だ。鳥居もその話は聞いているので、気軽に違う物に買い替えるよう言えないでいる。
「……判った。今回はこっちで一括で出してやる。とっとと行って来い」
鳥居はヤケのように力強くそう言った。
溜め息混じりに。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system