トガった彼女をブン回せっ! 第27話その6
『よくこれだけ資料が残ってたモンだ』

エッセを倒した週の終わり。どうにか時間を作った昭士は、皆と共にオルトラ世界へと飛んだ。
今回のウーパールーパー型にしてリカン・ト・ロポ型エッセに関する戦いの記録をまとめるためである。
まとめる役は賢者ことモール・ヴィタル・トロンペである。王子が手配してくれた、居城の一画にある離れに籠って、昭士とスオーラが話した断片的な証言を一つ一つメモしている。
その証言メモと賢者の知識を元にレポートを作成してまとめておく。こうした資料の蓄積がエッセとの戦いに少しでも役立つ事を祈って。
本当はジェーニオもこの場に呼びたかったのだが、地球でのインターネット内の「巡回」があるのでこの場にはいない。おそらくもうないと思ってはいるが、念には念を入れる、それを徹底したいという。
「では、その……『トラック』という乗り物がひとりでに動いたのを見て、驚いて逃げていた、という事ですか?」
昭士の証言を復唱するように、賢者が問いかけた。
戦った現場にいる筈の運転手や警察官達がいなかった理由を、昭士がそう語ったからだ。もちろん現職警官鳥居の証言、いや、文句である。戦い終わってこそこそ逃げる必要はないだろう、と。
だが警察官達にエッセの話は通しているが、鮮魚運搬トラックの運転手は別である。そうした情報を無駄に広めたくないという建前でそれ以上の追求を防いだ。
「その警察という組織は、こちらでいう役人のような組織らしいですが、それが敵前逃亡など許される事ではありませんが……」
賢者の文句は当然である。しかしその口調は決して刺々しいものではなかった。
「相手があのエッセですからね。それを知らなかったとしても逃げていた方が結果的に被害は少なく済みます」
もしその場にいたのならエッセによって金属にされていたかもしれない。それがなかっただけでも充分満足のいく「戦果」である。
賢者はしばし考え事をするように黙ってペンを走らせていたが、その手を止め、
「剣士殿の世界では、その『ウーパールーパー』という生き物の姿と仰っていましたが」
《正式名称は『サンショウウオ』らしいけどな。こっちの世界にはいないのか? スオーラも知らないっぽかったし》
昭士の疑問に賢者はその「サンショウウオ」の写真を見て、
「存在はします。しかしそれはもっとずっと西の……エッセ・ウ・ア国の一部に生息している事が確認されているだけなので、この辺りの方はおそらく知らないでしょう。古くはマチセーラホミー地方にもいたそうなのですが、ほとんど絶滅しているらしいですから」
そう言いながら適当に積まれたようにしか見えない机の上の本の山の一画を指差す。それらはいわゆる動物図鑑なのだが、もちろん中を見たところで昭士にはサッパリ判らない。
さらに、今回はあまり知られていないウーパールーパーだけでなく、喪われた神話の神の姿をしていた事もあり、国内はもちろん他国にあるリカン・ト・ロポに関する文献を多数借り受けているため、作業机の上はそれらの本も山と積まれている。
読めもしないのにその中の一冊を適当に手に取って中をパラパラとめくっていた昭士は、栞を挟んであったページにあった「犬の頭をした神」の挿絵を指差して、
《確かこのリカン……ナントカって神様、ジェズ教が広まる中で貶められた神だよな? よくこれだけ資料が残ってたモンだ》
貶められる過程で関連書も処分されそうなものだ。もちろん昭士の世界でも、かつてキリスト教が同じような事をしている。おかげで後世の研究家が恨み言をたらふく吐いている。
「そうは言いますが、そうした神々の事はどの本にもほんの数ページ程度しか載っていませんよ。おまけに大幅に改変されています。程度の方は差がありますがね」
本を見ながらその内容を書き写しつつ賢者は昭士にそう言った。
「ここにあるのは、あくまでもリカン・ト・ロポの事が少しでも載っている本です。一冊総てが『本来の』リカン・ト・ロポやオシッセム教の事を記した本など、さすがにもうほとんど残っていませんからね」
オシッセム教というのが過去この地で信仰され、リカン・ト・ロポ達が神と崇められ、そしてジェズ教によって貶められた宗教の名前だそうだ。
貶められたとはいえ「かつてこういう物があった」という事を研究する人間は現在もいる。民話レベルに改変された「物語」をまとめた本はもちろん多数ある。
いかにジェズ教とはいえそういった人々を差別したり弾圧を加えたりまでは(表向きは)できない。
そうした人々の研究もあって、総ての知識が葬られずこうして今役に立っているのだ。
そんな話に加わらず呑気にコーヒーを飲んでいたガン=スミスが、興味本位で賢者に訊ねる。
[ぞのオジッゼムっでのば、どんな宗教だっだんだ?]
「いささか誤解のある表現になりますが、生まれ変わりと生贄の宗教でしょう」
賢者曰く、オシッセム教において「死」は存在しない。世間一般で言う「死」は新しい人生を迎える準備と解釈される。
生き物は死んでもまた生まれ変わる。生まれ変わって新しい人生を何度もくり返す。それはその個人の「魂」の修行と見なされている。
だが生贄に捧げられた者だけが修行を終えたと認められ「死」に、神の世界に行く事ができる。だから生贄に捧げられた者=修行を終えた者=偉い。そんな発想らしい。
[生贄がぁ。オレ様ば詳じぐねぇげど、メギジゴの方に生贄がどうのっで宗教があっだっげなぁ]
《ああ。マヤとかアステカとか、そんな感じのはあるなぁ》
同じ世界だからか、変なところで話が合う昭士とガン=スミス。
「ですから今わの際の『わたしは生贄にされた』『ようやく死ぬ事ができる』の言葉も、オシッセム教の考えから見れば“修行を終えた者”と言えなくもないのかもしれませんね」
《神様が修行するのかよ》
昭士のツッコミにあえて反応しないまま賢者は本を閉じ、次の本を手元に引き寄せると、
「確かにオシッセム教は生まれ変わって新しい人生を何度もくり返す。古い人生を終える事を『死』と表現はしない。だから何度も何度もこの世界に現われては消えていた……というのは、だいぶ強引な解釈でしょうかね」
若干自信のなさそうな賢者の意見だが、昭士もガン=スミスも知識で賢者に意見する気は毛頭ない。
《前は死者の国の住人だから、とか言ってなかったか?》
だが、前に聞いていた話を思い出し、昭士が賢者にツッコミを入れる。
「オシッセム教において死んだ者が行く死者の国は、新しい人生を迎える準備をするための場所。あなたが想像している『死者の国』とは、多分微妙な違いがあると思いますよ」
引き寄せた本を早めにパラパラとページをめくる手を止めぬまま、
「それに遥か昔は文字などありませんでしたから、こうした伝承を伝えるのは口伝のみ。それでは年月と共に記憶違いや伝え忘れが起きて、少しずつ伝承が変わってしまうのも無理からぬ事です。いかに賢者と呼ばれる自分でも、そうした細かな違いまでは網羅していませんよ」
実際これまで調べた本の中ですら、同じエピソードにも関わらず話の途中や結末が微妙に異なるパターンが四つ程見つかっている。
《確かに長い年月を使った伝言ゲームじゃ、同じ話が場所ごとに違って来るのもしょうがないって訳か》
そうした知識を元にした言い争いで勝てる気はしないので、昭士もそれ以上言うのは止めた。
「ところで、先ほど話に出てきた『マヤ』『アステカ』というのは、そちらの世界の話ですか?」
《ああ。俺も詳しくはないけど》
そう言いながら、世界が違うのに何故か使える携帯電話で検索をかけてみる。最近はガラケーで表示できるウェブサイトが本当に減っているので、その辺は苦労するのだが。
昭士が携帯電話でインターネット検索をしている間沈黙が続く。時折興味津々といった感じで、ガン=スミスが後ろから覗き込んでくるが、画面に出ているのは全く判らない言語=日本語なのですぐに飽きたようだ。
《ああ、アステカの方だな。生贄云々ってのは。けど……》
昭士は画像付のウェブページの表示の遅さにじれったさすら感じつつも、
《リカン……とかいうヤツとそっくりな神様が、アステカの方にもいるわ》
賢者が小さく驚く中、昭士は構わずにようやく表示された文章を読み上げた。

ショロトル(Xolotl)は、アステカ神話の神々の一人。ケツァルコアトルの双子の兄弟とされる。
後ろ向きの脚を持った、犬の姿をした神である。
火と雷の神、不運・病・奇形・双子などを司る神。
冥府への旅をした、死と縁の深い神でもある。

《あと生贄になるのが嫌であっちこっちの世界に逃げたって神話もあるみたいだな。その時色んな動物に変身して追手の目をくらましてるんだが、オオサンショウウオにも変身したらしい》
検索で出たページの内容を、ザッとかいつまんで昭士が説明を加える。
「確かに似ていますね。それに二つの世界で異なる姿だったのも、案外その『変身して逃げ続けた』のが理由かもしれませんよ」
賢者が感心したようにうなる。
[似でるにじでも程があるな。もじがじでオレ様達みでぇなヤヅが絡んでるんじゃねぇだろうな?]
ガン=スミスが突拍子もない発想をみせる。だが、実際二つの世界を行き来できる昭士達のような存在がいるのだ。詳細は知らないが過去にいた事もハッキリしている。
お互いの似たような話が混ざり合って伝わってしまった可能性がないと誰が言い切れるか。
地球などの別な世界から来た人間が話を広めた可能性がないと誰が言い切れるか。
「その辺りもスオーラさん経由で猊下にお聞きしてみましょうか?」
《止めとけ。祭りの後回しにされて、忘れられるのがオチだ》
賢者の提案を昭士がバッサリと否定する。
[げどレディがいねぇんじゃ、オレ様がごの城に来る事ばながっだがなぁ]
カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、ガン=スミスがだいぶ不機嫌な様子でぼやく。
スオーラが来てすぐにいなくなってしまった事もそうだが、不機嫌の一番の原因は愛馬ウリラがジュンの方により懐いているからでもある。
今回はこの城専属の騎馬隊員達が蹄の入念な手入れから健康診断までやってくれている。本当はそれだけでも来た価値はあるのだ。
特に「第二の心臓」と云われている馬の足――蹄の手入れは馬にとって死活問題。ガン=スミスも手を抜いた事などないが、それでも専門家と比べればそのレベルは雲泥の差である。
そんなウリラはジュンを背に乗せて離れの外をゆっくり散歩している。こちらの季節も地球の日本同様冬であるが、パエーゼ国は日本の冬よりは暖かい気候のようだ。
そんな散歩を王子直属の部下である近衛親衛隊が見てくれているから滅多な事はないだろうが、それでも元気すぎるジュンにウリラが何かされないか不安なのである。
「『来る事なかった』などと言わないで下さい。あなたのクロスボウでの攻撃があったからこそ、エッセは剣士殿の世界に行く事ができ、とどめを刺す事ができたのです。功労者と言っても良いくらいですよ」
賢者は素直に誉めているのだが、ガン=スミスはテーブルの角にカップを置き、椅子に思い切り浅く座って背もたれに背を預けると、被っていた帽子を顔に乗せて「ぢょっど寝る」と一言漏らす。
《まぁオッサンなら拗ねるか》
《オッサンじゃねぇ》
ガン=スミスは間髪入れずにそう言ってカップを掴んで投げる真似をする。オッサンという部分は否定したが拗ねているという部分は否定しないらしい。
昭士はともかくガン=スミスは完全にスオーラ目当てだ。ここに来たは良いがすぐにいなくなってしまったのでは年甲斐もなく拗ねるのも無理はないだろう。
そのスオーラだが、ジェズ教最大にして年内最後の祭典・パヴァメの準備に駆り出されている。
まがりなりにもジェズ教の托鉢僧という、聖職者の階級では一番下の位である。こういう準備の時に一番働かされるのは、どこの国でもどこの世界でも同じ、という事だ。
《最大の祭典ってのは判るけど、まだ一ヶ月以上あるのにこんな慌ただしいのか》
「どんな祭典なのかは、先日お話ししましたよ、ね?」
話したか否か微妙に記憶がなく自信がない賢者の発言。一応極めて大雑把な説明は聞いていたので続きを話すよううながした。
賢者の話によると、ジェズ教の神様のサポートをする九人の「随身(ずいしん)」という存在がいるのだが、その九人の随身を一日に一人ずつお祭りしながら年を終え、年が明けてから九日間かけてジェズ教の神様のお祭りをする。
そんな九人の随身と神様の巨大な人形と祭壇の制作に追われているのが「忙しい」原因らしい。それこそいくら人手があっても足りないくらいに。
だが今年はエッセ見物でいつもよりずっと早くたくさんの信者が集まってしまっているため、彼らにも手伝わせているというが、それでも足りないらしい。
じゃあ、いつもはどれだけ人手不足なんだと昭士は正直に思った。
《こっちの世界じゃ、何かに供えて準備しておくって発想、あんまりないのかねぇ》
エッセが出現していた時も、祭りの準備が忙しいから後回し的な返事をされたし、その巨大な人形とて一年くらいかけてコツコツ作るとか、前回作った物を手直しして使い回すとかすれば良いだろうに、と。
「時間をかけて作る事は可能でしょうが、祭りの最後に祭壇と人形を燃やしてしまうので、使い回しはできませんよ」
そういう事情なら仕方あるまいと納得する昭士。もっともアレコレ言いたい事はあるが、自分のような部外者が口を出しても対策や改善はされなさそうだ。
部屋の外から誰かの声がする。オルトラ世界の公的な場所では部屋に入る前に小さな鐘を鳴らすようなのだが、この離れは「公的な」場所ではないので鐘はついていない。
部屋の中からの返事を待たずに開いたドアから入って来たのは、近衛親衛隊の制服を着た若者だった。
もちろん何か言っている訳だが、その言葉は昭士だけが理解できない。だが「ちょっと寝る」と言っていたガン=スミスが飛び起きたところから、何を言ったのかすぐに判った。
やって来たのはスオーラである。それも変身した=地球での大人のスタイルで。
「申し訳ございません。準備を一時抜けてきました」
両手を広げて「大歓迎する」と目で語るガン=スミスを見て現金だと呆れる昭士。
スオーラは持っていたハードカバーの分厚い本を賢者に向かって差し出すと、
「殿下よりお預りしてきました。ペイ国の国立博物館秘蔵の本だそうです」
「有難うございます」
賢者は自分の故郷・ペイ国の物だったからか、微妙に緊張した雰囲気で受け取る。だがすぐに読まずに脇にそっと置いた。
[大変だな、レディば。オレ様達も手伝うが?]
ガン=スミスのその言葉に、スオーラは申し訳なさそうな顔で、
「確かに人手が多いに越した事はありませんが……アキシ様やガン=スミス様が現場に行くと『異教徒に手伝ってもらうなど』と文句を言って来る方々がいそうで」
最後の方はいささか憤慨気味である。いかに異教徒だろうが自分達の祭りを手伝うくらい良いのではないか、と。
実際スオーラ以外の人間が“エッセと戦える救世主”という部分だけでも気に入らないと思っている熱心な信者や聖職者も数多いので、実際に彼らが行ったら間違いなく騒ぎになる。無意味にもめ事を増やされても困るのだ。
こうして居城の一画の離れに連れて来られたのは、そうしたトラブルを避ける意味もある。昭士とガン=スミスは隔離としか受け取っていないが。
「先ほどまでオーヴェスト広場で随身・ブルチャの人形制作作業を手伝っていましたが、今度はすぐにエオーオ広場に炊き出しの手伝いに向かわないとなりませんので、これで」
随身・ブルチャやナントカ広場と言われても、昭士には何が何やら、である。
一応この世界で十年ばかり過ごしているガン=スミスは大雑把な事は知っているようなのだが。彼(彼女)に聞いてもバカにするだけで教えてくれそうにない。
そもそも典型的アメリカ人だから根っからのキリスト教徒だろう。こうした異教徒の祭りを詳しく知っているとも思えない。
だから色々と祭りの細かい事を聞きたかったのだが、こうまで忙しくしているスオーラにあれこれ聞くのもはばかられる雰囲気だ。
《気をつけろよ、スオーラ》
去って行こうとする背中に昭士が声をかける。
おそらく移動の時間が惜しくて変身し、その際の瞬発力・跳躍力を利用しているのだろうが、このオルトラ世界においてその姿は「本来あり得ない」姿。どう頑張っても長時間は持たないのだ。
もし万一空中を移動中に元の姿に戻ったら目も当てられない。それを気をつけろと昭士は言っているのだ。
「大丈夫です。自分の力ですから限界は判ります。それにエオーオ広場で炊き出しの手伝いをすれば、今日のわたくしの職務は終わりですから」
《判った。帰って来たら飯にしよう。またカップヌードル買って来てあるから》
忙しい時にとっても便利なインスタント食品。オルトラ世界の住人にとっては変に濃い味に感じてしまうのは仕方ない。我慢してもらうしかない。
すると外が急に騒がしくなった。何かあったのかと窓から外を見てみると、ウリラの背から飛び下りたジュンが、一直線に離れに向かって猛スピードで駆けて来るのだ。おそらく馬より速いスピードで。
そんなジュンは窓に体当たりするようなスピードから一転。窓の前でピタリと止まってみせた。窓から身を乗り出している昭士を見て目をキラキラとさせながら、
「カップヌードル。食べる。くれ」
昭士の日本語とジュンの使うマチセーラホミー地方の言葉はほぼ同じだが、それでも建物の中の声が聞き取れるとは。耳が良いというより食い意地の張り方がもの凄いと言うべきか。
《まだだっての。も少し待ってろ》
呆れる昭士と食欲全開のジュンを見て、その場の一同は大笑い。
対比があまりにおかしくて。

<第27話 おわり>


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