トガった彼女をブン回せっ! 第27話その4
『判っだ。どっどど行っで来い』

エッセはしばし様子を見る。
人づてではあるが、賢者からそんな知らせを聞いた翌日の放課後。
昭士は帰宅してから、買い替えたばかりの携帯電話――相変わらず同じメーカーのガラケーでその賢者本人に電話をかけたのだ。
さすがにこんな話題を往来の真ん中でする訳にもいかないから当然である。
「け、け、けど、どっどどうして?」
昭士の疑問に、賢者は「うーん」と考えてから、
『今は一年の終わりに向けた、パヴァメという祭りの準備で、皆さんそれどころではないようなので』
パヴァメとは一年の最後を締めくくるジェズ教最大の祭り。開催までまだ一ヶ月以上あるが今くらいから準備をしないと間に合わないそうだ。
オルトラ世界を良く知らない昭士向けにした賢者の説明によると、このジェズ教は神が一人しかいないいわゆる「一神教」。
日本やギリシャ神話のようにたくさんの神がいるのではなく、キリスト教のように「万能の唯一神」がいるタイプ。
だがその神に仕える「随身(ずいしん)」と呼ばれる存在が無数にいる。その中でも有名な随身が九人おり、パヴァメとはその九人と神様のための祭典。らしい。
一年最後の九日間を使い、一日に随身一人ずつお祭りをして一年を終え、新しい年が始まってから九日間をかけてジェズ教の神様のお祭りをする。
ジェズ教の神に特に名前はない。神が一人しかいないのだから素直に「神」と呼べば良い。だから他と区別するための名前は必要ないのだそうだ。
ちなみにジェズ教の「ジェズ」とはこの宗教を興した人物の名前だという。
説明は有難かったが昭士の役には全く立たなそうな賢者の解説が一区切りついてから、昭士は疑問を再開する。
それほど大々的な祭り。準備も長期間にわたる。という事はそれだけ人が大勢集まっているという事でもあるし、万一の事態を想定して警戒を怠らない方が良いと思うのだが。
被害が出てからでは遅いと思うし、そんな大きな祭りの最中に万一が起きたら目も当てられまい。だがそう考えないのが「あちらの世界」流なのだろうか。
ところが実際には姿を見せては光の粒となって消滅するだけ。街や人々に被害らしい被害は出ていない。
だから「周囲に被害が出ない」エッセが現われても「そんな事よりパヴァメの準備が大事だ」とスルーに近い状態らしい。
『パヴァメには信者が規模の大きな教会に巡礼に行くのが義務とされているのですが、そんなエッセを見物しようと通常より早めに来る信者がかなりいる上に、そうした信者目当てに商売をする人々が歓迎しているのですよ。エッセの対応に消極的な理由の一つでしょうね』
いささか呆れた様子を含んだ賢者の声。
それはそうだろう。観光名所じゃあるまいし。
けれど自分の世界も変わらないか。昭士もそう思った。
オルトラ世界ではエッセの存在は皆に知られているのに対し、昭士の世界では極力隠すようにしている。
もし昭士の世界でこんな事が起こったら、ネットもメディアも大騒ぎの上に同じように警察等の制止を振り切り人々が見物に殺到・SNSで世界中に拡散しまくるに違いない。
しかし、消えたと思ったリカン・ト・ロポ型エッセが再び姿を見せ、消えてしまう。それも何度も。そこを奇妙に感じてもいた。
一旦消滅したエッセが再び現われた話など、これまで聞いた事がないからだ。
形はどうあれまた現われるというのは大丈夫とは言えないのでは。昭士は正直にそう告げると、賢者も「そうですよね」と前置きしてから、
『実質被害は出ていない。だから祭りの準備をする。これで片づけられてしまいます』
「け、け、けど、出てきちゃ、きき消えるってのを、く、くり繰り返すのって、うう鬱陶しくない?」
切れかかっている電球ではあるまいし。そう思った昭士だが、その喩えは賢者には通じないと思って実際に口にする事はなかったが。
『これはあくまでも推測なのですが……』
少し悩んだような間が空いた後、あまり自信がなさそうな声で賢者は話を続けた。
エッセは昭士の世界かオルトラ世界か、もしくは交互に姿を現わす事がある。
今回のエッセは最初昭士の世界にウーパールーパーの姿で現われ、その後オルトラ世界でリカン・ト・ロポの姿で現われた。それ以後オルトラ世界でのみ現われては姿を消している。
エッセが姿を消す時の条件は「ある程度の時間が経つ」「ある程度のダメージを受ける」。これまでの戦いからそれは判明している。あまり長い時間存在し続ける事ができないのだ。
それが本当だとするならば、今回の「消滅」はそのどちらにも当てはまらないだろうという。
『剣士殿はリカン・ト・ロポというのがどういった神かは……聞いていないでしょうね』
「う、う、うん。しし、死に関係してる、いい犬の頭の神様っぽい事くらいしか……」
『剣士殿のご指摘通り、ここオルトラでは犬の頭を持つ神というのは何らかの形で“死”に関わっています』
賢者曰く、今回のエッセの形である「リカン・ト・ロポ」という犬頭の神は、両脚が後ろ向きについている犬の頭を持った人間、という姿で描かれており、火や雷、不運や病、そして死を司る存在されている神。
そして死の世界を旅した神話がアレンジされ、その話が今でも「民話」として伝わっている。
オルトラ世界を全く知らない昭士にそう説明する賢者。
さらに賢者はいささか勿体ぶった口調で、民話――の元となった神話のあらすじを話してくれた。

リカン・ト・ロポは世界を照らすランプ(太陽)を燃やし続けるため火をくべていたが、火の量を間違えてランプ自体を燃やして無くしてしまった。
ランプ=太陽が無くなってしまったために昼が無くなり、世界は闇に覆われ、神々は怒り、リカン・ト・ロポは神の世界を逃げ出してしまった。
もちろん他の神々はリカン・ト・ロポを追いかけ、人間の世界、精霊の世界、そして死者の世界にまで逃避行は続いた。
その逃避行の中で追手=後ろを見ながら逃げ続けたために、上半身が後ろ向きになってしまったと伝わっている。
その死者の世界での逃避行の部分が「死者の世界を旅した民話」として残っているのだが(賢者は話そうとしたが、無駄に長くなりそうだったので昭士が断わった)結局リカン・ト・ロポは死者の国の住人となってしまったため、そこ以外で生きる事ができない身体になってしまった。

「じゃじゃあ、人間のせせ世界ではいきいき、生きられないから消えたって事?」
昭士の疑問はもっともである。死を司る神様だから自分も死にました、という訳でもあるまいし。
死者の国でしか生きられない者が人間の世界に姿を見せたので、そこで生きる事ができない。
リカン・ト・ロポのそんな特性をエッセは馬鹿正直に引き継いでしまったのだろう。
リカン・ト・ロポ型エッセは人間の世界に「存在できない存在」だから消えただけであり、一定時間が経った訳でもダメージを受けた訳でもない。
そのどちらの条件も満たしていない以上、エッセは“姿を消す”事ができない。
今回のエッセは“姿を消せる”状況になるまでオルトラ世界で延々に出現と消滅を繰り返す可能性が高い。それが賢者の推測である。
まるで思わぬバグでも起きたかのようだ。昭士はそう思った。
「けけ、けど。それじゃ、ど、ど、どう戦えば……」
自信なさそうな昭士の問いに賢者は少し悩んだような間が空けた後、これまたあまり自信がなさそうな声で答える。
『剣士殿がこちらの世界へ来ますか? いつ現れるか判らないエッセを待ち、現われてはすぐ消えるわずかな隙をついて攻撃を加える事ができればあるいは……』
「えええ……」
昭士は露骨に不満の声を上げる。
元々あまり成績が良くないところにエッセが現われ、そちらの対応で学校を休みがちなのである。
当然授業にもついて行けず、事情を知る数少ない生徒達の協力で何とか落第だけは避けている状態なのだ。これ以上成績や単位、出席日数を落とす訳にはいかない。
あちらの世界でとどめを刺さなくても、ダメージを与えて“姿を消さ”せ、その後こちらの世界にも出現するように仕向ければ良いだけなのでは。少なくともスオーラはオルトラ世界にいる訳だし。
と、なるべくあちらの世界に行かなくて済む案を提案する昭士。
どちらにせよ、平日日中に戦いとなれば学校を早退するハメになるからあまり意味があるとは思えないのだが。
『先ほども言いましたが、皆さん祭りの準備が最優先で、エッセは二の次らしいので、事態が急変しない限りは何もさせてもらえないでしょうね』
ダメだこりゃ。もちろん声に出さずに昭士も呆れはてた。


パエーゼ国第一王子の居城がある街ソクニカーチ・プリンチペ。
一年の最後を締めくくる最大の祭典パヴァメに合わせ、ジェズ教信者が集う街の一つである。
その街にいくつもある門の一つ――のそばにある検問所が、いささか騒がしくなっていた。
もちろん信者が続々と集まってくるので一人一人細やかに取り調べをする余裕などはない。だが門番達の目の前にいる人間は、明らかに信者とは思えない出で立ちであった。
貧弱な感じは薄いが、細身で二メートル近い長身。短い金髪に青い目をした三十過ぎの中年男性。ではなく、女性だ。
口調と態度が中年男性で顔と体型は中性的な雰囲気なので一瞬判別がつかなかったのだ。
そんな彼、もとい彼女の格好は、この場に昭士がいたら「西部劇のガンマン」と即答した事だろう。
白い長袖シャツの上から茶色い革製のチョッキ。同じ革でできたジーンズにつま先が尖った黒革の拍車付きショートブーツ。
何より下腹に巻かれているのは独特のガンベルト。右腰のホルダーにはもちろん銃が納まっている。
オルトラ世界でもこの銃という武器は存在するが、このパエーゼ国では極めて珍しい武器だ。
そんな理由からかあからさまに警戒された上、門番の手で検問所に連れて来られたのである。
彼女は不満全開な表情のまま、被っていた黒いウェスタンハットを脱ぐと、
[何だよ。信者以外ばお断わりじまずっでのが? 街にも入れねぇっでのが?]
発音が悪いので少々聞き取り難いが、必要以上に警戒をしている(ように見える)門番達をグルリと見回して悪態をつく。
彼女に付き従うかのように側を離れない、旅の荷物を背に乗せた一頭の馬も、女ガンマン同様の警戒心を持って周囲を見回している。
[噂で聞いだぞ。エッゼがいるんだろ? ぞいづを何どがじでやるがら通ぜっで言っでんだよ]
このオルトラ世界は、昭士の世界から見て機械的な文明が百年は昔の世界である。インターネットはもちろん、テレビやラジオだってありはしない。質の悪い無線機が関の山である。
そんな世界では噂の伝達はそこの何倍も遅い筈なのだ。にも関わらず近隣の街に噂が伝わっているというのがどれほど異常な事か。
「待て待て。こっちもエッセと戦う戦士の話は聞いているが、お前のようなヤツがいるとは聞かされていないぞ」
門番の中でも年かさが上の人間が胡散臭そうにそのガンマンを見上げる。別の門番も、
「そうだそうだ。この街には救世主たるモーナカ・ソレッラ・スオーラ嬢がおられる。お前のような氏素性も怪しいヤツは必要ない」
その門番の声に反応したガンマンは、
[おうおうおう、ごのオレ、ガン=ズミズ・ズダッブ・アーブ様をナメるなよ!?]
文句を言って来た門番に掴みかかり、細身の腕とは思えない力で持ち上げる。門番の足は完全に地面を離れており「ガン=ズミズ・ズダッブ・アーブ」と名乗った長身のガンマンは、自分の身長よりも高く門番を持ち上げ、
[祭りだが何だが知らねぇが、あの化げ物をぼっだらがじだままで準備ずるぼどの祭りがよ、ゴラ]
「お、お、落ち着いて下さい。ガン=ズミズ? さん?」
周囲の門番達が慌てて彼女を止めようと、持っていた棍を使って仲間の門番を下ろそうとするがびくともしない。ついでに発音が悪いので名前も間違えられている。
[ガン=ズミズ・ズダッブ・アーブだ! 人の名前を間違えるどば失礼にも程があるぞお前ら!]
ガン=ズミズ――正確にはガン=スミス・スタップ・アープが怒鳴りつけるのと同時に、持ち上げていた門番を荒っぽく地面に下ろす。さらに隣の馬も名を間違えた門番に向かって前脚で蹴るような仕草を見せた。
そんな仕草を諌めるかのように、馬の眼前に自身の腕をズイッと出したガン=スミスは、彼らを睨んで、
[よじ判っだ。今ずぐレディを……ズオーラを連れで来い。ぞうずりゃ判るだろ]
細いとはいえ背の高い人間が無駄に胸を張るとなかなかの威圧感を発する。
その威圧感に呑まれたのか、はたまたこれ以上面倒な事はごめんだとでも思ったのか。一番の下っ端らしき門番が棍を放り出して街の中に駆けて行く。
その背中を鼻息荒く見送ったガン=スミスは、同じく鼻息荒く門番の背を睨んでいる馬の首筋を優しく撫でながら「大丈夫だぞ、ウリラ」と言い聞かせている。
(お前が大丈夫じゃないよ)
その様子を見つめる門番達の心が一つになった。
時だった。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
街の喧噪の中にも関わらずハッキリと聞こえるその音。ガン=スミスは革のチョッキのポケットからムータを無造作に取り出す。音は確かにそのムータから鳴り響いていた。
このところは音が鳴り出すと割とすぐに音が止んでしまう。その辺の事情を聞くためにスオーラがいるこの街にやって来たというのが、ガン=スミス本来の目的でもある。
すると街の奥の方から小さく歓声が聞こえて来た。入り口まで聞こえてくるのだから相当な音量なのだろう。
ガン=スミスは歓声が聞こえた方をキッと睨みつける。ガン=スミスの目には確かに噂に聞いていた犬の頭を持った人が――小さくではあるが見えていた。
ガン=スミスが持つムータは「射手(しゃしゅ)」。言うなれば「飛び道具使い」。
《バレストラ》
これまで話していたオルトラ世界の言葉ではなく、言いやすい自分の母国語でそう呟く。
すると持っていたムータがひとりでにガン=スミスの手から跳ねるように宙に飛び出し、ガチャガチャと変化しだした。
その変化が終わった時、ガン=スミスの手の中にあったのはボウガン――英語でいうクロスボウである。
拳銃の先に小さな弓がついたようなデザインになっており、装飾などは一切ないシンプルすぎるタイプだ。
普通は専用の矢を装填して引き金を引き拳銃のように矢を放つのだが、このガン=スミス専用クロスボウに矢は必ずしも必要ではない。
そして、門番達がいきなり武器を取り出したガン=スミスを見逃す筈がない。
「待て待て待て! 何をしている貴様!」
「こんな街中で武器を出すとは、何を考えている!」
素早くガン=スミスの身体に飛びつき、腕を無理矢理上に持ち上げて押さえつける。……のが本来なのだろうが、まがりなりにも女性にそこまでしていいのかというためらいが出てしまい、腕と腰が精一杯だ。
《バカ野郎! エッセをブッ殺すに決まってんだろ!》
門番達を払いのけようとしながらガン=スミスは通じもしない母国語で怒鳴ると、狙いも定まってないにも関わらず、天に向けられたクロスボウの引き金を連続で二回引いた。
一回目で光の矢が現われ、二回目でそれが勢い良く射出されたのだ。何もない大空めがけて。
発射された光の矢は勢い良く、そして空を裂くほど鋭く、空高く飛び出して行く。
そしてその矢が急に方向を変えて飛んで行ったのだ。まるで生きているかのように。現われたエッセめがけて一直線に。
射手のムータの使い手たる特性である「射出した光の矢を自分の意志で方向を変えられる」力のおかげであるが、あまりやりすぎるとかなりの体力を消耗する諸刃の剣。
事実急な上り坂を激走したような疲労感が全身に押し寄せている。
がつん。
その光の矢はエッセが光の粒となって消える直前に突き刺さった。
先ほども使った、射手のムータの使い手のもう一つの特性「視力が極端に良くなる」目で確認すると、犬頭をしたエッセの左目に突き刺さってから矢が消えたのが判った。
しかしいくら目に直撃したとはいえ、小さな光の矢が一本刺さった程度でエッセがどうにかなるとは思えない。
ガン=スミスの使うクロスボウの矢はエッセに効果があるものの、高い破壊力を持つ訳ではないのだ。だから門番達を振りほどきながら、疲労感を堪え光の矢をもう一発放つべく引き金に指をかける。
だが……エッセは姿を消してしまった。その消え方は中空に溶けていくような感じであり、光の粒と化した訳ではない。これまでとは違う消え方であった。
エッセが現われていた広場の側で見物していた人々から、不可思議さを隠せぬどよめきが起こっている。
さすがに遠く離れた場所にいるガン=スミスがそのどよめきを聞く事はできないが、エッセが姿を消した事だけは判った。
《殺ったか? 判りづれぇな》
ゼーゼーと息を切らせながら相変わらず母国語の方で呟いているので、門番達には何と言っているのかは判らない。そしてガン=スミスが見ている遥か先などもっと判らない。
しかしガン=スミスがクロスボウをもう持っていない事を見て、ようやく取り押さえようとするのを止めた。
「な、何をした、貴様?」
門番の誰かの問いに、ガン=スミスは胸を張って、
[決まっでるだろ、エッゼに攻撃じだんだよ。ずぐに消えぢまっだげど、アレばまだ倒ぜでねぇな]
失敗したか。そんな目をしてエッセがいた方向を見るガン=スミス。だがその目の輝きが変わる。
なぜなら。先ほど駆けて行った門番の隣に、こちらに向かって走ってくるスオーラの姿が見えたからだ。
とはいえその姿は奇抜な格好の大人バージョンではなく、詰め襟にも似た僧服姿の、この世界「本来の」中性的十代半ばの少女の姿だったので、いささか残念そうな雰囲気は拭えない。
門番とスオーラは彼らの前まで来るとゼーゼーいう息をどうにか整える。
「ガ、ガン=スミス様、この街にいらしていたのですか? 申し訳ございませんがたった今エッセが……」
[ああ、今じがだ攻撃をじだ。ずぐに姿を消じでじまっだがな]
先ほどまであれほど横柄な態度だったのに、スオーラの前では急に丁寧な言葉遣いになるガン=スミス。変身した大人の姿であったらもっと丁寧な言葉遣いに加え、キザさ加減も一気に上がったろう。
「攻撃をした!? 確かにガン=スミス様のムータは『射手』ですから可能でしょうけど……」
ここからエッセが現われる広場までは歩いて一時間近くかかる距離だ。いくら飛び道具使いといってもそんな距離を攻撃できるとは思っておらず、スオーラも驚きを隠せない。
そんなやり取りを見ていた門番達は、おそるおそるといった感じでスオーラに、
「あ、あの。……おしりあい、なん、でしょうか?」
「はい。わたくしと同じムータを持つ、エッセと戦う同志ガン=スミス・スタップ・アープ様です」
救世主たるスオーラの言葉。それも即答した答えで、ようやくガン=スミスの事を信用する気になったようだ。
だが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
再びムータから鳴り響く不気味な音。エッセが現れた事を知らせる音である。
ガン=スミスが再び街の奥の広場の方を見る。しかしエッセがいる様子はない。
ムータは出現こそ知らせてくれるが、どこに現われたのかまでは教えてくれない。それが最大の欠点・欠陥でもある。
だがスオーラは慌てる事なく――しかし急いでどこからか取り出したのはあちらの世界から持って来たカーナビである。これにはエッセがどこに現われたのかを表示できるのだ。
「……どうやらあちらの世界に現われたようですね。すぐに向かいます」
あちらの世界、という単語にガン=スミスが反応する。スオーラの言う「あちらの世界」こそ、ガン=スミスが生まれ育った世界。
この世界では中性的な女性だが、元の世界ではれっきとした男性である。
しかし。スオーラは二つの世界をムータの力で行き来できるが、ガン=スミスにはできない。
それは彼女(彼?)のムータの裏面(表かもしれないが)に大きな傷がついてしまったためである。それでムータの能力が一部欠けてしまったのかもしれない。
ムータの製法は遥か昔に喪われてしまったため、修復もできない。だからあちらの世界=地球がある故郷の世界にエッセが出現した場合、ガン=スミスには何もできない。
[判っだ。どっどど行っで来い]
仕方ない。できない物は仕方ない。そんな割り切りを見せた、しかしいささか淋しそうな笑み。そんな笑顔を見せるガン=スミス。
「判りました。あなたの分まで戦ってきます」
スオーラはそのまま検問所の壁に向き合って立つ。そして僧服の上着のポケットからムータを取り出し、それを壁に貼りつけた。
ぴぃぃぃん。
質のいいガラスを弾いたような澄んだ音が響いた。響きに比例するかのように貼りつけたカードから光が溢れ、まるで壁に扉を描くように四角く広がっていく。
そう。それはまさしく青白く輝く「扉」。二つの世界を行き来できる扉である。
「行って参ります」
スオーラは周囲にそう宣言するように口を開くと、その扉に向かって飛び込んで行った。そして彼女の姿が消えると青い扉も姿を消した。
ほとんど同時に。

<つづく>


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