トガった彼女をブン回せっ! 第27話その3
『言われてみればその通りでありんすね』

エッセの全身が小さな光の粒となり、宙に弾け飛んで行く。それら光の粒は空中に静かに広がって行く。
「えっ……!?」
広がりきった光の粒は、まるで静かな雪のように優しく降り下りてくる。人類の天敵の最期とは思えない美しさだ。
その美しさと驚きのあまり、魔導書をめくるスオーラの手が思わず止まった。その様子にいち早く気づいた王子が声をかけるが、
「スオーラ嬢、どうしたのだ」
スオーラは目の前の光景に目を奪われたままだ。
それもその筈。エッセが光の粒となって消えて行く様子。それは昭士の持つ「戦乙女の剣」でエッセにとどめを刺して消滅する時と全く同じなのである。
現われた途端に消滅するエッセ。当然これもまた初めての事である。
「ま、まただ」
「一体なんなのだこの化け物は」
儀式の時にいたであろう聖職者達が空を見上げたまま騒いでいる。
その反応を見る限り、先ほど消えて行ったエッセと同じであろう事が判る。安全と判断したスオーラは魔導書を静かに閉じると、出した時の逆回しのように身体の中に押し込んだ。
まだ降ってくる光の粒に見蕩れているかのような聖職者達に向かってスオーラが口を開いた。
「あ、あの。皆様方にお願い致したい事があるのですが」
その声でとりあえず騒ぐのを止め、王子を含めたその場の皆がスオーラに注目する。
「リカン・ト・ロポに関する文献や資料を集めて頂けますでしょうか。それも、できる限り早く」
「そうだな。こちらも司書官達に調べるよう通達しよう。すぐに伝えてくれ、レージョ」
スオーラの言葉を受け王子自らそう告げると、近衛親衛隊たるレージョはすぐさま復唱し城に走って帰って行く。
理由はエッセは模した生物の特徴を色濃く受け継ぐため、模した生物の弱点がそのままそのエッセの弱点になるケースが多いからだ。
しかし今回の相手は神である。少なくとも一般的な「生物」とは違うと思われる。弱点があるかどうかは判らない。しかし「どんな神なのか」。それを知る事はできる筈である。
だがスオーラの頼みを聞いた途端、聖職者達の中でも年配の者だけが明らかにうろたえ出した。
無理もない事である。若い年代はもちろん、まだまだ勉強中の見習い同然の身であり、急に托鉢僧となった下っ端のスオーラは知らないのである。
元々は小さな地域でのみ信仰されていたジェズ教が広く普及していく過程で、布教先で元々信仰されていた神々を「悪」の存在にすり替える事で元々の神を貶め、反発する者達を力で押さえつけ、ジェズ教の神こそ絶対の善として信仰させてきた歴史を。
貶める過程でその神に関する文献や資料は片っ端から処分されている。そのためオリジナル同然の物はほとんど残っておらず、本当に最低限レベルの物や民話やその土地の伝承という形に、さらにはジェズ教の視点で見た存在として改変した物が残っているに過ぎない。
ともかく。そんな昔に「改変をされまくった資料」が「元々の神の資料」が求められるこの状況でいかほどの役に立つのだろうか。
何せこうして一国の王子がいる前で頼まれた物。改変され正しくなくなってしまった情報を提示したとあってはどんな罰が下るかと内心戦々恐々なのである。
ちなみに、彼らに元々の神を貶めたという罪悪感は全くない。ジェズ教の神の教えこそが「本当に正しい事」なのであり、それを教え広めた自分達は本当に正しい事をしたとしか思っていない。
「そ、そうだ。ソレッラ僧スオーラ様。噂に聞く賢者殿にも話を聞いてみるというのはいかがかな」
「そうですな。知らぬ物はない、とまで云われている賢者殿ですからな」
「ですが、今どこにおられるのやら」
聖職者達は口々にそれぞれが勝手な事を言っている。その様子は「自分は責任を取りたくありません」という態度が露骨に見てとれる。
そんな様子を見て見ぬ振りをしているかのように視線をスオーラに合わせた王子は、
「こちらも城内の書庫を調べさせよう。スオーラ嬢も賢者殿へ連絡を取ってみてほしい」
「かしこまりました。それではこれで失礼致します」
スオーラはキチンと王子に対して礼をすると、きびすを返して広場を去って行った。


洞穴の中で服を乾かし、暖をとった昭士は、着替えを済ませるとこそこそと穴から這い出て来た。
ここがどこかは判らない。見える範囲に道らしい道はない。おそらくは普通の山道や獣道では行きつけない「死角」の位置なのだろう。
ただ鉄砲塚山の中で川に落ちた。という事は、まだ山の中であろう事しか判らない。
まずやらねばならない事は道に出る事だ。願わくばアスファルトで舗装された道。
そこならできる限り粘れば人か車が通るだろう。ヒッチハイクは無理でも助けをよこしてくれるよう頼む事くらいはできるかもしれない。
自分が川から落とされてどのくらい経ったのかは判らないが、少なくとも今は明るい。空気の感じも日中や昼下がりといった感じである。
さすがに何も食べていないので空腹には違いないが、冬の山では食べられそうな木の実や果実など望むべくもないし、街中のようにコンビニなどが乱立していよう筈もない。
実体験やインターネット等で得た「山で遭難した時」の情報によれば、自身の体力などと相談した上で、尾根をめざして上る方が良いと云われている。
山の道というのは大概の場合頂上に行けるように作られている。それに裾野よりは頂上付近の方が「山の面積」が少なくなる。それだけ道に出くわす可能性が高いのだ。
この鉄砲塚山は小学生の遠足の定番に選ばれるほどの山。山登りの難易度は当然低い。だから登山道にさえ出てしまえばもう助かったも同然なのである。
不幸中の幸いなのが、財布の中身が無事である事だ。高い防水性能を持つ特別製のアウトドア用財布のおかげである。
今回の件もあるし、今度は少し大きめのポーチを買って携帯電話もそこにまとめて入れておこうと、この教訓を胸に刻む。
濡れていた服も乾いてはいるがきちんとしたクリーニングがされていないのでごわついた感じがする。正直着心地は良くないし、何となくいつもより寒い気がする。
すぐ助けられたとはいえ川に落ちているのだ。風邪を引かないうちに何とか帰り着きたいところである。
昭士は制服のポケットにムータが入っているのをきちんと確認すると、それを眼前にかざした。
ムータから青白い火花が激しく散る。散った火花は次第に大きく広がり青白い扉のような四角い形に固定された。
その扉の方がこちらに迫り、やがて昭士の身体と交差する。そうして扉が姿を消すと、昭士の格好が一変していた。
古典的な学生服だったのが、青一色の作業着を思わせるツナギ姿に。腕には金属製の小手。脛には脛当て。そして胸には軽くて丈夫そうな金属の胸当てが。
スオーラの世界では技や身軽さを武器に戦う「軽戦士」と呼ばれる職業に多い格好だそうだ。
別に変身をしても昭士そのものの姿には全く変化はない。筋力や素早さなどが変身前『よりは』高い、というレベルで上がった程度だ。
彼が変わるのは肉体よりも“内面”だ。
ドモり気味で口数が少ないタイプから、無遠慮にポンポンと喋るようになる。何より違うのは、妹いぶきが持っている「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力が昭士に移る事だ。
自分の気持ちを落ち着けて集中してその能力を発揮すれば、自分の周囲だけでなくかなり離れた動きも認識できるのである。
闇雲に歩くよりは人間がいそうな場所へ向かう方が助かる確率も高いだろう。そう考えての「変身」である。
まるで潜水艦がソナーを発して周囲の様子を探るように、波とも気配とも取れる「何か」が昭士を中心に少しずつ、そして確実に広がって行く。
しかし人の気配らしい物はまだない。まだ自分を中心にして五百メートル四方といったところだ。この程度ではまだ人には出くわしそうもない。「何か」をさらに広げて行く。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
ムータから鳴り響くエッセ出現の知らせ。同時に「何か」が何かに触れた。
だがムータからの音のせいで精神集中が途切れてしまった。舌打ちする昭士だが、その音もすぐに鳴り止んでしまった。こんな事は初めてである。
エッセは一度現われると、次に現われる時も位置的に同じような場所から現われる。
音が鳴る直前触れた「何か」。エッセかもしれないしそうでないかもしれない。もう少し時間をかけられれば詳細が判ったのだが。
しかし。どうしてエッセ出現を知らせる音がすぐに鳴り止んでしまったのだろうか。
どうしてなのかを聞こうにもこの場には自分以外誰もいないし、そもそも携帯電話が壊れてしまっているので誰にも連絡が取れない。
そもそもこんな山の中では携帯電話があったとしても、電波が届くかは微妙なところである。
だが「何か」が触れた「何か」の位置はだいたい判った。もし現われたのがエッセであるならば、すぐにスオーラやジェーニオも駆けつけてくるだろう。そうなれば願ったり叶ったりである。
……そんなスオーラであるが、音が鳴った直後すぐさまオルトラ世界に行ってしまった事を知ったのは、それから数時間は経ってからである。


「きょ、今日は、にに、日曜日か」
どうにか山の中から無事脱出し、売店の公衆電話から連絡を取れた昭士。
彼は元の学生服姿に戻り、迎えに来てくれた顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)のおごりで、道の駅のレストランで散々飲み食いしている真っ最中である。
ツイッターにエッセの情報が上がったのが金曜日。
土曜の早朝昭士は単独で出かけたものの、こっそりついてきたいぶきの手で崖から川に落とされる。
謎の老人に扮した美和に助けられて意識を取り戻したのが日曜日。そうしてその夕方こうして助けられた訳である。
その間にスオーラはオルトラ世界に行ってしまい、携帯電話がない昭士は彼女と連絡が取れない有様である。
必要な電話番号やメールアドレスは全部携帯電話の電話帳の中。割と頻繁にかけているスオーラの電話番号すらうろ覚えなので、レストランにある公衆電話も使えない。
昭士の現状を知った鳥居は、いぶきの「相変わらずさ」に溜め息をつきつつも昭士の無事を心から喜んでいた。
「今はこの道の駅とか車道周辺くらいなら携帯の電波が届くようになりはしたけどな。肝心の携帯がこれじゃあなぁ」
鳥居は表面はすっかり乾いている携帯電話をひょいと持ち上げて言った。
水分は乾いているものの、内部がしっかり水にやられているのでもうどうしようもない。水没直後であれば助かる方法がいくつかあるらしいのだが、丸一日も経ってしまってはおそらく直せまい。
「普通なら『そろそろスマホに変えろよ』って言うところなんだろうが、一年に一度はこんな調子じゃなぁ」
「りり、りょ、料金、倍いい以上になるし。ちょっと……」
現実はどんどんスマートフォンへの切り替えが進んでいるし、昭士もそうしたいのは山々……という雰囲気は見てとれる。
悩んでいるのは使用料金ではなく本体代だ。一年に一、二度壊されては気軽に買い替えるほど安くはない。
このまま自分の携帯電話の事を話し続けていても仕方ない。昭士は話題を変える事にした。
「それでスス、スオーラは……ああっちの方に?」
後半は周囲に聞こえないようにボリュームを押さえ――そもそも今店内にいるのは昭士と鳥居、それから少し離れたところに店員が数人いるだけなのだが。
「そうらしい。俺も詳しくは聞いてないけど」
そう前置きして、同僚の桜田富恵から聞いた話を話してくれた。
ウーパールーパー型のエッセが現われた事。それが写真付でツイッターに上がった事。ジェーニオが必死にネットの世界を探索してエッセの情報を削除して回った事。
ここまでは昭士も知っている。ついでにエッセが現われた時点で、ウーパールーパーの事をネット上の百科事典サイトで調べてある。
そして、桜田富恵の携帯電話にスオーラから電話があり、彼女の故郷・オルトラ世界にもエッセが姿を見せたというのだ。
だがあちらでの姿は犬の頭を持った人間という姿の神。ウーパールーパーではなかったという。
世界が異なると姿形が変わる例は存在する。実際昭士の変身した姿はオルトラ世界での「通常の」昭士の姿だからだ。
しかしエッセに関しては、世界が変わっても姿形が変わっていたケースは聞いた事がない。昭士もそうだしスオーラもそう言っていたそうだ。
極めつけは、何か攻撃をしてきた訳ではなく、姿を見せたと思いきや光の粒となって四散して消えたという事実だ。ちょうど戦乙女の剣でとどめを刺した時のように。
それも二度も。
もちろんどちらの時も昭士は全く関わっていない。このところオルトラ世界に足を踏み入れてはいないからだ。理由が中間試験や追試に追われていたからというのが情けないが。
だから昭士が密かに倒していた可能性はあり得ない。という事は、昭士ではない人物が戦乙女の剣ではない武器でエッセにとどめを刺したと考えるべきだろうか。
そもそもそんな人物や武器があるなどとは全く聞いていない。もしあるのなら昭士もスオーラもここまでの苦労をする必要はない。
「なな、なんで、なんで、しょうね」
そう呟く昭士だが、もちろん鳥居にだってそんな事は判らない。
とどめを刺した時と同様という事は、イコール死亡したという事である。
これがもしウーパールーパーであれば、基本水中でしか生活できない筈なので、陸上に揚げられて死亡したと強引に解釈できなくもない。
だがオルトラ世界では犬の頭を持った神様の姿だったらしい。その神様の事を全く知らないのでは予想の立てようもない。
もちろん知っている人に聞くしかない訳だが、携帯電話は使えない。スオーラの帰還を待った方が早そうである。美和に訊ねたところではぐらかされるのがオチだろうし。ジェーニオへの連絡もどうすれば良いのか判らない。
本当はあと一人オルトラ世界の住人がいるにはいるのだが、正直この状況で役に立つとは思えないのだ。
だがそれでも一応ダメで元々と聞いてみる事にした。


レストランでたらふく食べた後、鳥居の車で自宅ではなく学校に送ってもらった。
なぜ学校なのか。それは学校の駐車場に停めてあるスオーラの家を兼ねたキャンピングカーに用があるからだ。
彼女から預っている合鍵で鍵を開け、中に入る。一応車内には車で移動する時のための昭士の部屋がある。だが用があるのは自分の部屋ではない。
自分の部屋でもスオーラの部屋でもなく。もう一つある小さな個室。そのドアを開けた室内の備え付けのベッドの上にぽつんと乗っているのは、柄のない短剣である。
『お久しぶりでありんすぇ、アキ殿』
部屋の灯りをつけるとどこからか女の声がした。それも花魁のような喋り方。昭士は柄のない短剣に視線をやると、
「ちょ、ちょっとね。きき聞きたい事があって」
昭士は改めてその喋る短剣に向き直る。
この短剣の名前はジュン。本来は「彼女」もスオーラと同じオルトラ世界の住人である。
違うのは出身地。この現代において未だ深い森の中で原始的な生活をしていた住人。スオーラの出身地、それも年配の人間は彼女らを「森の蛮族」と呼んで蔑んでいる。
あちらの世界では(こちらで言う)小柄で細身な黒人の少女であり、その体躯からは信じられない怪力を誇り、日本語を話すが単語だけを繋げたような喋り方になる。
だがこの世界では短剣の姿な上にこんな花魁のような喋り方になる。世界が変わった事による外見・内面の変化の影響である。
「ああ、あっちの世界の、い犬の頭をしたか神、神様って、知らない?」
『犬の頭でありんすか?』
昭士はジュンにそう聞いてはみたものの、実のところ全く期待していない。
何せ森の中で原始的な生活を続けていたのだ。おまけに彼女は村の中では戦士であり、どう考えても知識や頭脳労働を求められていた訳ではない。
ところが。
『ンマンワ?』
いささか疑問形に聞こえたが、何か固有名詞らしい単語を発するジュン。
そのジュンの説明によると、ンマンワという神は彼女らの住む村で信仰されているたくさんの神の一柱だと言う。
その姿は全身が火に包まれた犬頭の人間。確かに特徴には合致する。
死んだ人間を死者の世界に送り届ける、いわば死神のような神らしく、葬式の時にその名の下に葬儀が行われるという。
同時に全身を火に包まれている姿から火を司る神でもあり、特に祭りで使う篝火を焚く時はその名を唱えながら火を熾すという。
だがこれはあくまでもジュンの住んでいた村での話である。他の地域ではどうなのか。他の地域でも「犬の頭をした神様」はいるような気がするし、さすがにそちらの方は全く判らない。
とはいえ一つの指針は見えた。同じ物を司る神様は、別の宗教や神話でも意外と共通項があったりするものだ。スオーラの国や宗教でも火か死に関係する神様の可能性はある。
その辺の事もジェーニオに聞ければ良かったのだが、こちらから彼(彼女)に連絡を取る事がまだできない。早く携帯電話を買い直したいところだが、携帯電話の中がどうなっているか。
最悪SIMカードが無事ならどうにかなるのだが。その辺は自分のような素人が見るより、ショップに持って行った方が良い。
『こな時こそ賢者殿の出番ではありんせんか?』
ジュンの言う「賢者殿」とはオルトラ世界に住むモール・ヴィタル・トロンペという人物だ。
確かに「賢者」の名に相応しい知識量を誇る、あちらの世界でも名の知られた人物であり、このキャンピングカーも彼の手引きによるものだ。
とはいえこんな車やスマートフォンをオルトラ世界で所持していたり――異なる世界から物品を呼び込む魔法が使えるとはいえ――いささか怪しさが拭えない人物でもあるのだ。
もちろんそんな賢者も携帯電話無き今連絡を取る事ができない。もしできるならここに来る事なく彼に聞いている。昭士のそんな返答を聞いたジュンは、
『言われてみればその通りでありんすね』
妙に納得したようにぽつりと呟く。
『ジェーニオには聞いてみたんでありんすかぇ?』
連絡法がないのにどうしろと。昭士がそうツッコミを入れようとした時、
《無事に帰って来たようだな》
後ろから聞き覚えのあるジェーニオの声。これは男性体の方だ。昭士が振り向くと女性体と同じ服装の、明らかに男が立っていた。
《団長からお前が無事という連絡を受けたので探していたが……携帯電話が壊れていたのか》
電波と相性の良いジェーニオは、昭士の携帯電話が壊れている事をすぐさま見抜いた。
「あ、ああ。ば番号もおぼ、覚えてなかったし。ごめん」
素直に謝った昭士だが、団長=美和から事情を聞いていたので文句を言う事もない。そもそも能動的に動くのが苦手な精霊だけに率先してそういう行動も取らないだけだが。
そこで昭士は話そうとしていた事を思い出した。
「ジェ、ジェーニオ。そそ、そっちの世界で、頭がいい、犬の神、神様って、いる?」
《頭が犬? 確かにそういう外見の神は何柱か知られているな》
ジェーニオはそう前置きして、自身の知識を話してくれた。
まずジュンが名前を挙げた「ンマンワ」。
そしてジェズ教によって貶められた神にして死の世界を旅した話が伝わっている「リカン・ト・ロポ」。
それからサッビアレーナと国境を接した国の一つにトッジェという国があるそうなのだが、その国に伝わっている神話に登場する、犬の頭を持つ死者の国の神「オルトレトンバ」。
さらに遥か東の果てには死者の王に仕える番犬に「アマラス」というのがいるとも話した。
「……なな、何かさ。ぜんぜん、全部『死』に関係あるんだね」
話を聞いていた昭士が、率直な感想を述べる。
《オルトラ世界では、犬という動物は仔をたくさん産むところから出産、もしくは命に関する事柄を象徴しているな》
というジェーニオの解説。命に関わるから同時に死にも関係がある、というところか。
確か日本にも出産関係の「戌(いぬ)の日」というのがあると、雑学番組で見た覚えがある。そのくらいしか覚えていないので、知識としては何の役にも立たないが。
この辺りは世界が変わっても人間という物は変わらないのだな、と思わせる。
そこで昭士は再び考える。
どちらにせよ、あちらでは犬頭の神様の姿。こちらでは両生類のウーパールーパー。世界が変わると姿形が変わるとはいっても変わり過ぎだろう。共通項が全く見当たらない。
正体からエッセの弱点やら戦い方やらの方法を模索しようと思っていたが、どうしたものか。
見当もつかない神様の姿より、ウーパールーパーの姿のエッセと戦った方がよほど対策も立てやすそうだ。もっとも。そう上手いコト事が運ぶとは思えないのだが。
だがすぐに思い直す。「毎回こうじゃないか」「いつもの事だ」と。
戦い始めてそろそろ一年だというのに、こういう部分は進歩が全くない。昭士もいささか落ち込み気味だ。
その時、ジェーニオが何か小さな物音を聴くかのように身動きを止めた。そしてじっと黙り込んでしまう。
待つ事しばし。緊張を解いて大きく息をつくジェーニオ。何があったのかと身を乗り出す昭士に、
《今連絡があった。そのエッセはしばし様子を見る、と》
どこの電波を拾って来たのか。電波と相性が良いだけに。
驚きを隠せない昭士は何と言って良いのか判らないがハッキリ驚いているのが丸判りの表情である。もしこの場にいぶきがいたのなら、笑い死にする程爆笑していたに違いない。
《何でもスオーラが賢者に相談したところ、そんな答えが返って来た。そういう連絡があった》
あっさりし過ぎである。返答も結果も。いくら怪しさが拭えない人物とはいっても、まさかスオーラ相手に賢者が堂々とした嘘を言うとも思えない。
何とも言いようのない脱力感が昭士の全身を包む。これまでアレコレと対策を考えていたのは何だったのか。
そう言いたげに。

<つづく>


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