トガった彼女をブン回せっ! 第26話その4
『その方が合理的でしょう』

それから一週間が経った、昭士は相変わらずの学生生活。
放課後のガランとした教室の中、事情を知っている同学年の剣道部員にノートを借り、彼は勉強の遅れを取り戻そうとしている。時には職員室へ行き担当教科の先生に直接質問までしている。
そこのみを見れば一応は真面目に勉強しようとしている、立派な一生徒である。
一方、いぶきの方は未だ学校に来ていない。
あまりに傍若無人で他人と問題を起こし、相手はもちろん周囲の公共物にまで被害が及ぶ事もある言動のために「彼女がケガさせたり物を壊した場合、いぶき自身が責任を取って賠償をする」という特例の条例が出ているためだ。
とはいえ一高校生であるいぶきにそこまでの財力はないし、刑罰として刑務所や拘置所に拘束していてもそこを破壊してしまうパワーがある。
そのため刑務所や拘置所などから「あいつを連れて来るな」と言われているらしい。
しかし「その程度で」言動を改めるいぶきではない。気に入らなければ容赦なく物に当たるし暴力も振るう。自分や相手がどうなろうと。
そんな理由でいぶきがいない方がいろんな意味で平和なのである。
しかし昭士の方はいぶきがいようがいまいがあまり勉強が得意な方ではないのでちっとも平和ではない学園生活なのである。
だが学校はいい。いぶきが来なければいいのだから。昭士自身は自分の家に一緒に住んでいるのである。学校にいても家にいてもちっとも平和ではない。
とはいえ、今は自宅と(それでも)留置所を行ったり来たりの、端から見れば不良学生のような生活である。
しかしまがりなりにも「学生」という身分である事に変わりはない。こんな状態ではあるものの、学校側から停学や退学処分は出ていないからだ。普通これだけの騒ぎを起こす生徒はそうなってもおかしくはないのに。
その辺の事情は、家族とはいえ一学生に過ぎない昭士の預かり知らないところではある。
そんな風に一応平穏無事な生活のため、エッセがいつ現れるか判らない緊張感が途切れている感じがするのは仕方あるまい。人間いつまでも緊張感を持ち続けられる訳ではない。
だがその一週間のおかげで、昭士が感じたというタコ(?)の情報の裏付けが取れたのは朗報と言えるだろう。
その情報を提供してくれたのは、ネットの海を行けるジェーニオ達ではない。昭士の前の席に腰かけている地味な女子生徒である。
校則に反しない無難な黒髪ストレート。少しソバカスの目立つ頬を隠すような大きめのメガネ。明らかにブサイクではないが絶対に美人ではないという微妙な容姿。加えて暗いのか表情が変わらないのか判らない無表情。
名前を益子美和(ましこみわ)という。
この学校の新聞部部長というのが表向きの身分であるが、その正体はスオーラと同じ世界の住人にして、ジェーニオの元主人。本名をビーヴァ・マージコという、かつては盗賊団の団長だった人物である。
色々とややこしい、そして謎だらけの人物には違いないが、一応昭士達の活動の手助けを影からしてくれている事も間違いのない事実である。
その彼女が手に入れた情報によると、ガン=スミスが言う通りアメリカはオクラホマ州の湖に、タコらしき生物がいる「らしい」という伝説は確かにあった。その名も「オクラホマ・オクトパス」というそのまんまな名前で。
しかし本当にそれだけで、タコやイカのような頭足類「らしい生物」がいるという情報のみだ。詳細は何も判っていない。
過去その湖では行方不明者や死亡事故が割と頻繁に起こっているので「これはきっとオクラホマ・オクトパスの仕業だ」と言われているに過ぎないのだが。
「らしい」「だろう」ばかりで情報というにはあまりに頼りない。昭士はそんな正直な気持ちをグッと抑え込んで彼女に礼を言った。
だが表情に出ていたのか盗賊たる美和のずば抜けた観察眼からか、淡々と「申し訳ありませんね」と返されてしまった。
「まずはテッポウウオ型エッセから対処して下さい。いるのかいないのか判らないヤツよりも、確実にいるのが判っている者から。その方が合理的でしょう」
皆と同じその言葉を残す。昭士が一瞬視線をそらした瞬間、美和はまるで幽霊か何かのようにいつの間にかすうっと姿を消した。いつも通りの神出鬼没ぶりにはだいぶ慣れたとはいえ、どこか薄気味悪いのは事実である。
(……それは言われなくても判ってるんだけどな)
タコ(?)の奇妙さばかりが気になるが、当面の敵はやっぱりテッポウウオ。自分に言い聞かせるように心の中でそう呟く。
[アキシ様。先ほどまでどなたかいらっしゃいませんでしたか?]
美和ほどではないが唐突にスオーラが教室にやって来た。
スオーラも美和の存在にはうすうす勘づいてはいるようなのだが、美和は盗賊スオーラは聖職者。お互いがお互いの存在を許せない、不倶戴天という言葉通りの関係なのだ。
それに美和は「影に徹するのが盗賊」というポリシーを激しく主張している。自分の存在を口外してくれるなと言われている。
「い、い、い、いや、なな、なに?」
そのため昭士は普段のドモり以上にビックリしてドモってしまっている。それを訝しんではいるスオーラだが、
[明日・明後日は学校がありませんので、わたくしは現地に向かうつもりですが、アキシ様はどうされますか?]
いくらエッセとの戦いがあるとはいえ、昭士には昭士の生活やプライベートがある。
「あ、だだ、だ、大丈夫。俺もい、い、行くから」
昭士も特に用事はないし、そもそも休日にどこかへ行こうとか遊びに行こうなどと誘ってくれるような友達もいない。幸か不幸か。
[判りました。こちらでお待ちしております]
スオーラはそう言うと、開け放したままの窓から下に飛び下りた。
この留十戈(るとか)学園高校の敷地は割と大きい部類に入る。確かにスオーラが飛び下りた方向が、彼女の住まいたるキャンピングカーに近い事は確かなのだが。
今のスオーラは、瞬発力や跳躍力といった方向にそれこそ超人的な力を発揮できる。ここは三階だが今の彼女にとっては飛び下りるのはもちろん飛び上がるのも雑作もない。
だが今のインターネットの世の中では、どこで誰が見ているか判らないのだ。もっと気を使ってほしいのである。
(あんまり目立つ事してほしくないんだけどなぁ)
昭士のそんな願いが彼女に届いているのかいないのか。悩みつつ昭士はノートを閉じた。


翌日早朝。学校の前でスオーラと合流した昭士は、そのままキャンピングカーで鉄砲塚湖に向かう。
その車内で、
[アキシ様。その後イブキ様はどうされているのですか?]
「どど、ど、どうも何も。一応いい、いえ家には帰って来れたけど、あいあ、相変わらずだし」
両親はともかく、昭士は昔からいぶきに嫌われていた。というより存在自体が気に食わない。「昭士の」妹という扱いに我慢ができない。そんな扱いだ。
今年の夏に昭士が倒されて命を落とした時には、周囲の人間が露骨にドン引きするほどに――狂喜と表現できるくらいに歓喜していたのはスオーラも見ていたので良く知っている
そんないぶきが昭士を虐めたりいたぶったりする事はあるだろうが、伝言を頼んだり何かを頼る事は絶対にやるまい。
そんな人間と判ってはいても、エッセとの戦いでは頼らざるをえない事は確かなのである。
[アキシ様。お借りした釣り道具の使い方は覚えて来られましたか?]
「あ、ああ、ああ。そ、それはみっちり」
釣り竿の持ち主にして釣りが趣味の教師・峰岸から、促成栽培的に基本的な道具の使い方を仕込まれた昭士。
とはいえ実際に川や湖に行った訳ではない。グラウンドでひたすら竿を振ったくらいである。一挙手一投足に至るまで厳しく細かに指図をされて、イライラがかなり溜まった事は確かである。
それはスパルタ教育というよりはスオーラ(達)の戦いを直接手伝えない、手伝わせてもらえないところから来る、昭士へのやっかみなのは見え見えである。
鉄砲塚湖へ向かう道は、早朝という時間から考えても少し混んでいる。やはり秋の行楽シーズンであるから、その辺は致し方ない。
一週間経っているとはいえ、警察の警戒網が解かれた訳ではない。「野生動物が人里に下りてこないように」という理由をつけ、ちゃんと警戒はしているのだ。
とはいえ、完全に人の行き来を遮断する事はできない。行楽シーズンのこの時期にそんな事をしてしまったら、あからさまに怪しがられてしまう。
怪しみ、無駄に好奇心が強い誰かが警察の警戒網をこっそり抜けて奥に入り込み、エッセに遭遇しないとも限らない。
良くてSNSを使って情報発信し世界中に拡散、悪くて犠牲となって金属像にされて食べられる、という最悪な展開が待っている。
もちろんそうならない、そうさせないために昭士達がこうしてやって来たのである。
……しかし、肝心のエッセが現れない事には彼らの出番はない。このままでは体のいいピクニックである。
キャンピングカー内のキッチンで作ったスオーラの手料理を食べつつ、昭士は借り物の竿を湖にたらしてじっと待っているのだから、そう思うのも当たり前である。
昭士の監視と手伝いを兼ねてやって来た、私服姿の鳥居も同じ事を思ったらしく、傍らに置かれた平たいパンのような物を手で持って一口かじる。
パンには違いないようなのだが、慣れた小麦粉の味や香りよりも野菜のような風味をずっと強く感じた。
聞けばジャガイモをメインとしてすりおろした野菜と小麦粉を混ぜて焼き固めたもので、スオーラの故郷ではパンと同様に普通に食べられるらしい。
考えてみれば地球にも「ジャガイモを使ったパンケーキ」なる料理は実在する。所変わっても変わらない部分はあるのだ。
そんな一見風変わりな食べ物も味はかなりの物である。これだけでも羨ましいと思う人間は数多いだろう。
「アキ。お前いっつもこんないい思いしてるのか?」
確かにここだけを見ればいい思い以外の何者でもないが、エッセとの戦いが辛く過酷な事は鳥居も良く知っている。プラスマイナスゼロ、というヤツだ。
それでもこの言葉が出るのだから、もし剣道部員の誰かがここにいたら嫉妬の炎で焼き殺されている事請け合いである。
「ほ、ほほ、ホントは、ここんな風にのんびり、して、してもらいたいよ、ススオーラには」
昭士も鳥居に倣うようにそのパンをほお張る。本来は他の料理の付け合わせに使うそうだが、少し味を強めにしてそのままでも食べられるようにしたのだそうだ。
昭士の傍らに置かれた短剣の状態のジュンが「わっちも食べてみたいでありんすぇ」と恨めしそうに呟いている。
そしてそのスオーラであるが、ジェーニオと共にこの湖周辺を見て回っている。それほど広い湖ではないが、もし万一誰かを巻き込むような事だけは避けたいという本音の表れだ。
突然鳥居は上着のポケットに入れていた警察用の無線機を取り出した。今の彼は制服ではないので身につけてはいないのである。
昭士から少し離れながら小声で無線に応答している。その後ろ姿を見て「何かあったのかな」くらいは思いつつ、昭士は釣り竿に視線を移した。
エサはつけていないので魚が引っかかりようがないのだが、いくら人気がないとはいえ何もない場所でじっとし続けているのは怪しい以外の何者でもない。
それに時折は竿を上げ、峰岸から教わったように竿を振りかざして針を遠くに飛ばす「キャスティング」の練習もしている。
「竿全体がしなるようにして、その反発力を利用して投げる」
そう言っていたが、さすがにいきなりできるようになる訳ではない。全く飛ばなかったり、てんで違う方向に飛んでいったり、その度に峰岸に怒鳴られ怒られ、ついでにバカにもされ続けていた。
その甲斐があったのか、この湖に来てからはそこまで酷い失敗はしていない。フォームもなかなかサマになっている。
だがフォームだけではあまり意味がないのは昭士も身に染みて判っている。彼の剣道も構えやフォームは綺麗だが、試合をすればむしろ弱い部類に入るからだ。
何度目かのキャスティングをそれなりに成功させ、竿を専用のスタンドに立てかけた時だった。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
「ききき、来た!!」
すっかり聞き慣れた、そして待ち望んでいた音が響く。そう。この音はエッセが現れた事を知らせるものだ。
ただ、どこに現れたのか、までは教えてくれない。この世界かもしれないし、別の世界かもしれない。
しかし今回は以前現れたテッポウウオ型エッセに違いない。エッセはこの世界に長い時間いる事はできないが、倒されない限りまた同じような場所から現れるのだ。
すかさず「変身」を済ませた昭士は、短剣(ジュン)を握り締め、周囲の空間総てに全神経を張り巡らすように精神を集中させる。
………………………………………………………………………………………………………………………………。
おかしい。テッポウウオ型はおろか、魚の形や気配を全く感じない。湖本来の住人たる魚はきちんと感じるのだが、エッセ独特の気配や存在を全く感じない。
という事は、別の世界にでも現れたのか。そうなるとここから大急ぎで移動しなければならない。
[アキシ様、エッセが!]
湖の水面を蹴るような勢いでスオーラが遠くから飛んで来た。
《別の世界ではないぞ。この世界にいる筈だ》
ジェーニオが昭士達の頭上に姿を現した。男性体と女性体の二人が揃って湖を警戒している。
「判ってる!」
ジェーニオ達に向かってそう怒鳴る昭士だが、肝心のエッセの気配らしいものがしないのだ。彼は借り物の竿に手をかけ、すぐ投げられるよう準備する。
……………………………………………………………だが感じない。
何も感じなかった訳ではない。水が若干変なのである。動いているのだ。
もちろん湖とて水の流れはあるから動きはある。だがその動きが明らかにおかしい。湖の中で、ある程度の水の塊がゆっくりこちらに向かって来る。そんな感じに動いているのだ。
だがその「動いている水」はエッセの気配や雰囲気ではない。明らかに。
「何か水が来る」
《何かとは何だ》
「良く判らないけど、水が来る。そうとしか言えない」
無責任にも聞こえる昭士の発言だが、その発言が嘘でも冗談でもない事はその声色からも判る。だからジェーニオもそれ以上は言わない。
エッセが出現した。しかし独特の気配や雰囲気は感じない。そしてこちらにやって来るのは水の塊。それらの事態がどう結びつくのかは判らない。結びつかないかもしれない。
だからスオーラは自らの胸の中にしまわれた魔導書を取り出し、すぐに使えるように広げる。
そんな風に警戒している真っ最中のところに、無線を終えた鳥居が戻って来た。そして何か口を出してはいけない雰囲気を敏感に感じ取り、彼らから離れて立っている。
「……来たぞ」
湖にも海のような波打ち際というものはある。その規則的な波の中に時折大きなものが来る。それを見越していた昭士は数歩下がってその波を除ける。
だが波の方はそれ以上だった。意外なほどするすると伸び……最後には触手のように鋭く伸びて来た!
触手のように伸びて来た波と全く同じ速度・タイミングで昭士は真後ろに飛び退いた。周囲の気配をしっかり読める今の昭士ならではの行動である。
波が触手のように伸びる。そんな予想外の事態にも関わらず、女性体のジェーニオはスオーラを抱えて宙に浮かび上がり、男性体の方は波頭を包むようにして、魔法で出した火を浴びせかけた。
じゅううう、という水が蒸発する音と蒸気が辺りに立ちこめる。皆の視界を塞ぐほどではないが、若干鬱陶しい。
そしてその蒸気の中から飛んで来たのは……何と水である。その勢いは先日のテッポウウオと同じである。昭士の心臓を狙って来たその水を、彼は手にしていた短剣(ジュン)でキッチリと受け止める。
[アキシ様!?]
受け止めて飛び散った水がついた名も知らぬ野草が、瞬く間に見慣れた金属へと姿を変えたのを、スオーラは見逃さなかった。
理由は知らないが間違いない。テッポウウオ型エッセと同じ水である。
水が水を吐き出す。これまた信じ難い事だが、実際に目の前で起きている。どうやらこの水の塊はエッセと判断して戦うしかないようだ。
当然一同はどういう事なのかという考えが浮かんだが、そんな事を考えている余裕などない。スオーラは魔道書のページを破り取り、
「DOOME」
そう呟くと水蒸気の中心めがけてページを投げつける。薄くなった水蒸気を切り裂いて飛び込み、破裂する。
破裂と同時に一気に冷気が広がって来る。どうやら物を凍らせる魔法らしい。
蒸気が晴れると、昭士に向かって触手のように水を伸ばして来た部分を中心に、波頭の部分が完全に凍りついていた。
水である以上凍らせてしまえば怖くも何ともない。昭士はようやく落ち着いてポーチから自分のムータを取り出すと、それを高く掲げて叫んだ。
「キアマーレ!」
このキーワードにより、いぶきは昭士の前に呼び出されるのだ。たとえどこにいたとしても、何をしていたとしても、まっすぐ昭士の前にやって来る。
どうやって来るのかと言うと――
『……ぅぅぇぇぇぇぇええええええええええっっ!!!』
ずいぶん遠くから、何か大きな物が向かってくる気配と、遠くから聞こえてくる悲鳴のような叫び声。その声は明らかにいぶきの声だ。
悲鳴とともにドンドン大きくなってくるその姿は、いぶきが変身した大剣・戦乙女の剣(いくさおとめのけん)である。
刃の部分だけでも昭士の身長よりもずっと大きい。塚に刻まれた両腕を広げた裸婦像(上半身)が非常に特徴的な剣だ。
いつもは鞘に収まった状態で空を飛んでくるのだが、何故か抜き身のままだ。
おそらく。昭士は見当をつけた。
この戦乙女の剣は、いぶきの肉体そのものが姿を変えた物である。そして着ている服が鞘へと変身する。
という事は、いぶきな入浴等で服を着ていない状態で昭士の「召還」を受けた事になる。
いくらいぶきが傍若無人で乱暴な性分とはいえ、十代半ばの女子高生である事に変わりはない。いくら剣に姿を変えているとはいえ、全裸で屋外に飛び出て人目にさらされる事が平気な訳ではない。当然ながら。
ずどんっ、という重苦しい音と共に地面に突き立つ戦乙女の剣。それだけを見れば、かのアーサー王の伝説にあるエクスカリバーのように神々しくも見える。
昭士は短剣を地面に置いてから少し背伸びをして柄を握ると、力任せに剣を地面から引き抜いた。
この巨大刀剣は何と三百キロもの重量を誇る豪剣だ。だが昭士だけは「使い手」という特性のため、その重量をほぼ無視して振り回す事が可能なので。
『まぁた人が脱いでる時に呼び出しやがって! 狙ってンのかゴルァ!!』
怒髪天をつく。そんな言葉があるが、今のいぶきに髪はない。しかし明らかに激しい怒りを覚えている事に間違いはない。
独特の少し変わったアクセントでまくしたてて来る。しかし昭士はそれを無視して、
「そこまで器用な訳ないだろ。グダグダ言ってる暇があったらとっとと終わらせる事を考えろ」
『だから嫌だって言ってンのに巻き込むンじゃ』
いぶきの文句はそこで終わった。昭士が剣を氷の塊に叩きつけたからだ。
この戦乙女の剣は、いぶきが痛みを感じれば感じるほど強力な破壊力を発揮する。今の段階でも一振りで山の一画を崩す程度の事は雑作もなくできるが。
そのため昭士も気を使い、真上から真下に振り下ろすのではなく、野球のバットのように真横に剣を振るったのだ。その先はもちろん何もない湖である。
昭士の読み通り、人の頭ほどもある氷の破片が湖に向かってボールのように飛んで行き、空中で四散する。
そして続けざまに、残っている氷の塊を押し潰そうと剣を回転させて「平」の部分を下に向けて振り下ろした。
ばちんっ!
凍った波が叩きつけた地面ごと破裂する。一応加減はしたようだがそれでもアスファルトや土、そして凍った波が派手に周囲に散らばって行く。
「……これで終わり、な訳ないか」
今回はエッセらしい気配や動きが全く判らないので、これがとどめになったかどうかは判らない。
いつもならこの戦乙女の剣でとどめを刺した場合、エッセ自体が金色の光となって周囲に飛び散り、金属にされた生き物が元に戻る筈なのだ。
あまり長い時間金属にされていると記憶がなくなっていくのだが、今回は植物以外の生き物が金属にされたという報告は受けていない。
[……アキシ様。様子が変です]
警戒を解かぬままスオーラが小声で話しかけて来る。やはり彼女も「金色の光」を見ていない以上、エッセを倒したとは思っていないようである。
しかしなぜ今回に限って気配だの雰囲気だのを感じないのだろうか。生物を金属に変える水は発射したのに。
「何だ、どうした、終わったんじゃないのか?」
少し離れたところから鳥居が声をかけて来る。だがその問いに答えられる程状況を把握できている者はいなかった。
だが、把握できた事が二つあった。
一つは、今凍らせた物と全く同じ感じの「水の塊」が波にまぎれてこちらにやって来る事。
そしてもう一つは――
「鳥居さん、今すぐそこから逃げろ!」
戦乙女の剣を肩に担いだ昭士が、全速力で鳥居の元に走り寄る。いきなり怒鳴られた鳥居も「逃げろと言われても」と若干だが躊躇してしまっている。
その躊躇が結果として仇になった。
たまたま鳥居の足元にあったマンホールが一瞬で天高く跳ね上がり、それを跳ね上げた「水の塊」がさっき以上の太さの触手となって鳥居に襲いかかったのだ。
そして、それと全く同じタイミングで上空のスオーラにも水が襲いかかった。
スオーラを担いだ女性体のジェーニオは間一髪避けられた。しかし鳥居は避けられない。そして昭士の助けも間に合わない。男性体のジェーニオも駆けたが遅かった。
「うわあぁっ!!」
その一瞬で水の触手は天高くそびえる植物のようにグングン伸びて行った。
鳥居を包み込んだまま。

<つづく>


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