トガった彼女をブン回せっ! 第26話その2
『アンタ達といる方がよっぽど危険だっての!』

マイクロバスがいきなり姿を現わしたのは、幸いにも誰もいない山道だった。
ここは昭士には見覚えがあった。何せこの「鉄砲塚山(てっぽうづかやま)」に遠足に来るのは、彼が住む留十戈(るとか)市内の小学校の定番行事なのだ。
アスファルトでしっかり舗装。頑丈なガードレールがあるとはいっても、山道なのだから決して幅が広いとは言えない。特にこんな規格外ギリギリの幅を持つマイクロバスでは、普通に走るだけでも一苦労なのだ。
しかしそれを全く感じさせないスオーラの運転技術。運転し始めて半年とちょっとの筈だが、物覚えや要領が良いだけでは決して片づかない腕前である。
今は秋。紅葉の季節にはまだ少々早いものの、気候は良い。いかにも遠足らしい観光バスがずっと前を走っているのが見えた。
[良い景色の場所ですね]
運転しながら少し周囲を見回すように視線を動かすスオーラ。
あちらの世界では詰め襟姿の小柄で中性的な少女であるが、この世界に来るとモデルもかくやというスタイルを持つ長身の大人の女性の姿になる。
服装もメチャクチャな配色のパーツでできたジャケットにマイクロミニのタイトスカート、サイハイブーツという奇妙で統一感のない姿に変わる。
スオーラは被っている魔法使いを思わせるトンガリ帽子のつばを少し上げて視界をより確保すると、ゆっくりハンドルを切ってカーブを曲がっていく。
カーブの内側には鉄砲塚山中腹にある小さな湖が広がっている。名前はもちろん鉄砲塚湖だ。
背後でカチャンと物音がすると同時に、少しクセのある、怒りを剥き出しにした刺々しい声が。
「ココドコ……って、鉄砲塚!?」
昭士の妹いぶきである。元の世界に戻ったので姿の方も戻ったのである。彼女は今まで寝転がらされていた細く狭い廊下で苦労して立ち上がると、運転席に飛び込んで来たのだ。
周囲を見回しながら昭士とスオーラを睨みつけ、
「ナニチンタラ遠足やってンのよ。とっとと帰れよこのバカ野郎どもが!」
「おお、お、お、お、落ち着いてよ、いい、いぶきちゃん」
元の世界に戻った事で、割と考えなしにポンポン喋っていた昭士が、ドモり症の気弱な少年に戻る。
もちろん昭士の言う事を聞くいぶきではなく、落ち着く訳でも彼らの話を聞く訳でもなかった。走っている最中のマイクロバスのドアを開けてでも外に出ようとしている。
これにはさすがにスオーラが、
[イブキ様! こんなところで降りるのは危険です!]
「うるさいっ! アンタ達といる方がよっぽど危険だっての!」
推理小説ならば「こんな連中と一緒にいたくない」と自分から単独行動を取る人物が被害に遭うケースが多いが、これは推理小説ではない。どこにいれば安全とか危険とかいう事は全くない。当たり前だが。
しかしここ鉄砲塚山の鉄砲塚湖は、昭士達の家がある町とは当然かなり離れている。いくらいぶきが彼らと一緒にいるのが嫌だとしても、ここで降りて自力で帰るのは「普通なら」得策とは言えない。
だが彼女は「角田いぶき」である。合理的判断よりも“彼らと離れる”方を迷わず「正しい」と判断する人間だ。二人に構わずドアのロックを解除して、扉を開けた。
そこから勢い良く風がごおうっと入り、運転席内を吹き荒れる。運転しているスオーラが被る、トンガリ帽子の大きなつばが、彼女の視界をチラチラ遮るように激しく揺れ動く。
[イブキ様っ!]
こんな時でも様付けを欠かさないスオーラ。開けたままの運転は非常に危険なので、彼女の足は自然にブレーキを踏もうとした瞬間、不意にいぶきの身体が前方に大きく傾いた。
次の瞬間、たまたま昭士が持っていたままの柄を持たない短剣――ジュンが姿を変えたものだ――に勢い良く水が当たって、跳ね、あっという間に運転席が水浸しになる。
それに驚いたスオーラは慌ててブレーキを強く踏み、マイクロバスを急停止させた。
[アキシ様、一体何が!?]
とはいえ考えられるのは外から水が飛び込んで来た事だ。中には水がないのだから。それを昭士が持っていた短剣が受け止めた――というよりはたまたま当たった。
この短剣は防御に使うと刃が受けた衝撃を完全に消し、かつ無傷で受け止めきってしまう特性がある。
『外から水が飛び込んで来んしたようです』
短剣になったジュンは言葉遣いまで花魁のような物にガラリと変わる。
もちろん外は雨ではない。そばにある水といえば……鉄砲塚湖。そこから水が? そんな疑問が浮かんだ瞬間、
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
聞き覚えのある、そして聞きたくはなかった音が運転席に響く。この音はどこかにエッセが現れた事を意味するものだ。ところがこの音だけではどこにどんなエッセが現れたのかが全く判らない。
だが昭士には判った。鉄砲塚湖の中で蠢く「奇妙な」存在に。
鉄砲塚湖にももちろん魚を始めとする水棲生物は数多く生息している。
しかし。今の昭士に備わっている「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力によると、その水棲生物は何かの魚らしい姿をしているが、問題なのはその大きさ。明らかに二メートル近いのだ。
湖に棲む生物の正確な数や種類まではさすがに判らないが、ここまで大きな生物は絶対に棲んでいないと断言できる。
そんな二メートル近い大きさの「水棲生物」が、大きく息をするような動作を取った。
昭士は着ている制服のポケットから自分のムータを取り出しながらバスから飛び出た。そして迫るであろう水から守る盾のように、点滅を繰り返すムータを力強くかざす。
ムータから青白い火花が飛び散り、それが昭士の前に広がって行く。そしてその火花が青白い光の扉のようになるのと同時に、湖の中から「昭士の予想通り」水が飛び出してきた。そう。まるでポンプか何かを使ったような鋭い水の奔流が。
だがその水も光の扉の前には空しく飛散するだけだ。光の扉は水を弾いた後、昭士の方に迫ってきた。
光の扉と昭士の身体が交差した時、彼の服装は一変していた。
学生服姿だったのが、青一色の作業着のようなつなぎ姿に。胸には金属製の胸当て。腕には小手脛には脛当てという、スオーラの住む世界では「軽戦士」と呼ばれる、力よりも技で戦う戦士にありがちな格好である。
[アキシ様、大丈夫ですか!?]
スオーラが慌てて飛び出してこようとするのを、彼は湖を見据えたまま、そこで待つよう告げる。
「……いや、いい。何か急に消えた」
かざしていたままのムータを下ろし、大きく息をついた昭士。変身すると先程のドモりが消えてなくなり、割とポンポン話すようになる。
「エッセに間違いないな。例の音も鳴ってたし。魚が水を飛ばして来たって事は……テッポウウオか、今度の敵は?」
エッセは何らかの生物の姿形を取る。それが今回はテッポウウオだったという事だ。
とはいえ単なる学生である昭士もテッポウウオの生態などに詳しい訳ではもちろんない。せいぜいその名の通り水を吹き出して獲物を捕る事くらいしか知らない。
[わたくしの世界では『セイトソイ・チスソニイスイ』と呼ばれている魚でしょうね。弓兵の魚という意味があります]
スオーラが高い教育を受けていた者らしくスラスラと解説をする。
「しかも吐く水に金属化ガスが混ざってるみたいだな。かなり面倒だぞ、コレ?」
先程光の扉で弾かれた水が周囲の植物に降り注がれ、その水滴が当たった部分だけが金属と化してしまっているのを、昭士は見逃さなかった。
「非生物に効かないのが不幸中の幸いだな。運転席は拭けば済むし」
[そうですね。大変ですけど]
昭士に言われたスオーラはビショビショの運転席を見て溜め息をつく。
エッセはあまり長い時間姿を現わしている事はできない。具体的な時間はそれぞれ違うようなのだが、今回はすぐに消えてしまった。
一度姿を現わしたエッセは、次に姿を現わす時もだいたい同じような位置に姿を現わす。つまり、その間に体勢を立て直したり整えたりする事ができる訳だ。
そんな訳で昭士は携帯電話を取り出した。


その日の夜。鉄砲塚湖一帯は警察の包囲網に包まれた。
昭士がやった訳ではないが、きっかけはもちろん昭士のかけた電話である。
極めて傍若無人すぎるいぶきの言動の被害を一身に受けていたせいで、仲の良い警察署員がいる。別の市になるが母方の祖父も警察署の署長をしている。
一応世間には極秘扱いとなっているエッセの存在だが、それでもエッセが出た際にはそういった国家権力の協力を仰ぐ事ができるよう取り計らってくれているのだ。
とはいえ、彼らはエッセに対しては何の戦力にもならない。しかし部外者を湖に近づけさせないようにする事はできる。
湖そばの駐車場にマイクロバスを停め、薄い月明かりの下に広がる黒い湖を隅々まで眺めていた昭士は、後ろから声をかけて来た警察官に向き直った。
顔見知りの警察官の一人・鳥居(とりい)である。
「よぉアキ。お前も大変だな。戻って来て早々だったんだって?」
だいたいのあらましは伝えてあるので、何度も同じ話をしなくて済むのは有難かった。ドモり症のため、話自体が苦手なせいもある。
「あああ、あ、あ、有難う、ごございます」
鳥居は「いつもの事だ」と気にした様子は見せなかったが、周囲を見回してから溜め息をつくと、
「やっぱりいぶきはどこか行きやがったか」
「はは、はい」
誰かのために、という行動が大嫌いないぶきが、この場にいて戦いを手伝う事などあり得ない。
しかし財布はおろか現金もスマートフォンも持っていない筈なので、ヒッチハイクでもしない限りは徒歩でしか移動ができない筈。
さすがにまだ家に帰り着いてはいないと思うが、今さら心配しても始まらないので放っておいている。
戦乙女の剣として必要になった時はこの場に呼び出す事ができるので、そういった意味での心配は必要ない。
鳥居は再びキョロキョロと見回すが、その視線がスオーラの姿を見つけたところで止まった。
「……お前も手伝ってやれよ。確かにおまえの方が背が低いけどさ」
鳥居はもちろん昭士にツッコミを入れる。どこからか借りて来たバケツに水を汲んで来て、雑巾を浸して絞り、運転席内部を懸命に拭き掃除しているスオーラの姿が見えたのだ。
そこに、昭士の携帯電話が着信音を奏でた。ポケットに入れていたガラケーをパクンと開く。
すると昭士の傍らにアラビアの民族衣裳のような服装の男がいきなり現れた。
《エッセが現れたようだな。今度は魚と聞いているが》
元々はスオーラの住むオルトラ世界に伝わっている精霊で、あちらでは半分が男半分が女という姿をしている。
この世界に来ると男性と女性の二体に別れてしまうが、機械や電波との相性が特に良いらしく、昭士やスオーラが持っている携帯電話の中に、アプリケーションのように居座ったり、ネット回線を通じて様々な調べ物をしてくれている。
《判っているかどうかは知らぬが、かなり歩の悪い戦いになる》
「わわ、判ってるよ」
漠然と考えていた事をキッチリと突きつけられ、昭士はドモり以上に言葉を詰まらせる。
それは当たり前である。普通の人間は水中で息ができないからだ。それだけではない。動きの方もかなり鈍る。
加えて昭士が使う武器は自分の身長よりも巨大な刀剣。そんな物を水の中で振り回せる訳がないからだ。
「水中か。息はアクララングでどうにかなるだろうが、動きの方はな。第一アキ、お前スキューバダイビングとかやった事ないだろ?」
鳥居に言われるまでもなく、平凡かつ一般的な高校生である彼にそんな経験はない。
今回の敵はテッポウウオ。生物を金属へと変えてしまうガスを吐くのがエッセの習性であるが、吐き出す水にガスを混ぜて吐き出しているのだと推測。
非生物であるマイクロバスの運転席は無事だが、昭士が弾いた水を浴びた植物は金属になっていた。
エッセと戦う戦士たるムータの持ち主である昭士やスオーラはこのガスを浴びても一応は大丈夫なのだが、それでもわざわざ浴びたいものではない。
まず昭士が思いついたのは、相手は魚と判っているのだから、湖から水を奪ってしまえば良いというアイデアだ。
それだけで相手の機動力や攻撃力を半減以下にできるし、こちらも戦いやすくなる。
何もわざわざ相手の得意なやり方に合わせて戦ってやる事はない。こちらは正々堂々をモットーとした正義の味方ではないのだから。
《我々の魔法でも呼吸はどうにかなるが、この湖を干上がらせる事は無理だぞ》
この鉄砲塚湖は全国的に見てもかなり小さい部類に入る。さすがに「日本一小さな湖」ではないが。
面積は約2.3平方キロメートル。周囲の長さは約4キロメートル。深さは一番深いところで約11メートル。解説を記したボードにはそう書かれている。
数学があまり得意ではない昭士だが、たとえ魔法を使ったとしても、この湖の水を無くす事ができそうにない事くらいは理解している。
「じゃあどうやって戦うんだ? このデカイのが水に潜って捕まえてくるか?」
鳥居は湖を見つめて立っているジェーニオを指差した。それにはジェーニオではなく昭士が答える。
「ジェジェ、ジェーニオもダダメなんだ」
どういう事だと目で語る鳥居に、昭士が答えた内容はこんな感じだ。
今のジェーニオは機械や電波との相性が特に良い。電波となってネット回線などを行き来する事もできる。
という事は、現在のジェーニオはある程度電波と同じ特性を持っている事になる。
基本的に水は電波を通さない。より正確には「低い周波数の電波がごく短い距離でなら通る」である。
という事は湖の隅々まで縦横無尽に動けるイメージはないし、パワーもどれだけ出せるのか未知数。
そう思って鳥居が来る前に試しに潜ってもらったのだが、やはり呼吸の必要がない分だけ普通の人間よりはずっとマシというレベルであるという感想になった。
もちろんジェーニオにも活躍してもらうつもりだが、必要以上にアテにする訳にはいかない。そう結論づけた。
《オルトラであれば何の問題もなかったのだが》
ジェーニオの表情はいつもと変わらないように見えるが、どこか済まなそうにしている。
世界が変わった事による性質の変化。それは必ずしも良い方向に働くとは限らない。昭士もスオーラも皆実体験としてそれを理解している。
「ここ、こういう時、じゅじゅ、銃があればって思う」
そう呟く昭士だが、実は彼も銃は持っている。「ウィングシューター」というのがその名前だ。
元々は昭士が幼少の頃持っていた特撮ヒーローのオモチャだったのだが、とある事件で「本物」になってしまったので使っているのだ。エッセに対してはほとんど効果はないが。
それに昭士は剣道はずっと学んでいたが射撃の技術は殆ど持っていない。よほど近くで撃たねば当たらないだろう。
そしてスオーラの魔法なら遠くに攻撃ができるが、水中の敵を攻撃できる魔法を持っているかどうかは判らない。
オルトラ世界で別れたガン=スミスであれば何の苦もなく素早い攻撃できるのだが、彼はもう世界を超える事はできない。こちらの世界に呼んで手伝ってもらう訳にはいかないのだ。
だが昭士の提案を否定したのは、鳥居であった。
「水の中の敵相手じゃ、銃はそんなに役に立たないぞ?」
エッと驚く昭士の顔に驚いた彼は、得意そうに解説をしてくれた。
まず現代で比較的良く使われている弾丸の一つは、直径が九ミリメートル、薬莢の長さが十九ミリメートルの物だ。
この弾丸を一般的な拳銃に込めて水上から水中に向けて発砲した場合、そこそこ有効打となり得るのは深さ約二四〇センチまで。それ以上の深さに潜られると、当たっても大したダメージにはならないというのだ。
弾丸の直径=口径を大きい物にしたり、威力を上げようとライフルを使えば良いと思うだろうが、実はそれは逆効果で、水面直下で弾自体が弾け飛んでしまって水中の敵はほぼ無傷のまま。そんな実験結果があるそうだ。
日本で拳銃所持が(一応)認められている警察官のお言葉である。さすがにこの状況でウソをつく事はないだろうと昭士は思ったし、拳銃そのものを良く知らないジェーニオも口を出さなかった。
毎回のように「一体どうしたらいいのか」という局面に追い込まれるのがエッセとの戦い。そこを何とか知恵を絞り、時には力押しのゴリ押しで、これまで何とか戦って来た。いや、力技と幸運の方が圧倒的に多かったか。
さすがに今回ばかりはそのどちらも使えるかどうかは判らない。けれどその二つがどうしても必要になるのが戦いというものだ。
(どうするかな)
駐車場にペタンと座り込み、暗い湖を見つめる昭士。とはいえエッセがいつ現れるのかは誰にも判らない。この場で待機していなくとも構わないのだ。明日は学校があるし。
ジェーニオの力を使って空を飛んで来れば、昭士の通う学校からここまで三十分もかからない。とはいえその三十分の間に被害が広がるかもしれない事を考えると、自分のせいでないとはいえ気は重くなる。
今回はパッと現れてパッと消えてしまった。特にダメージを受けた様子がないにも関わらず。
もし今回はそういうタイプなのだとしたら、出現を知ってから来たのでは絶対に間に合わない。
エッセがこの世界に留まっている時間は特に決まっていない。大きなダメージを受けた後はすぐに姿を消してしまうらしい事が判っているだけだ。
だが、魚が水の中に現れてダメージを受けたとは思えない。いくら表面が金属のような物でできていたとしても、すぐに錆びつくとは思っていないし。
それに、テッポウウオ型エッセが消える時に水の中で「ツタや触手のような物」が蠢いていたような雰囲気も感じとっていた。
タダでさえ謎だらけのエッセであるが、今回は更に謎が増えている。エッセそのものはもちろん後者の存在も無視できない。戦闘の時に邪魔をしてくれなければいいのだが……。
考えるのが専門ではないし、さして頭が良いとは言えない昭士であるが、今の自分にできるのはそんな頭ででも考える事くらいである。
[終わりました、アキシ様]
ふと横を見ると、そこにはスオーラが静かに立っていた。オルトラ世界とは違う、大人びた容姿にモデルもかくやという見事なスタイル。
妹いぶきの傍若無人と自分勝手ぶりに振り回され暴力を受け続けているので、昭士の女性に対する興味や関心はそれほど高いとは言えない。女性が皆いぶきのような性分ではないと判ってはいても。
それでもこの半年近くスオーラ達と戦って来て、その考えはずいぶん変わってきている気がしている。
だがそれでもガン=スミスのように冗談混じりに品のない下ネタ発言ができるほどではない。
[わたくしもテッポウウオの生態は良くは知りませんが、今回はガン=スミス様のお力添えを強く望んでいます]
テッポウウオはその名の通り、口から水鉄砲のように水を吐き出す特徴があるが、水上にジャンプして獲物を捕らえる事もある。
どちらにせよ遠距離攻撃可能でそれを得意とするガン=スミスがいるに越した事はない状況だ。
「スス、スオーラ。まほ、魔法はどどうなの? な、何か使える?」
この姿のスオーラは魔法が使えるようになる。身体の中に専用の魔導書がしまわれており、そのページを破り取る事で各種魔法が発動する。その種類は実に多様だが、それ以外の魔法の発動法を彼女は知らないし、また使う事もできない。
[今回のような状況では、わたくしの魔法を有効に使うのは……正直難しいと思います]
スオーラがそこまで言い切るのは珍しい。
[わたくしの魔法は、残念ですが速射性では遥かに劣りますし、広い範囲に効果が及ぶ物がとても少ないのです。仮にエッセが水上に飛び出して来たとして、それを見てから魔法を発動させても、それが届く前にまた水中に潜られてしまうでしょう]
自分の事は自分が一番良く判っている。そう言いたそうな分析である。
そこまで言われてしまうと、ガン=スミスの手腕がますます欲しくなってしまう。
鳥居の解説によれば銃はあまり役に立たないとの事だったが、対エッセの時の武器はクロスボウである。放つ矢も光でできた矢であり、その速さも光の速さ――ではないものの、自分達に比べれば速射は得意な筈である。
だが。こちらの世界に連れて来る事ができない以上、ガン=スミスの力をあてにするのは不可能である。無い物をいくらねだっても事態がが好転する訳でもないし、来られるようになる訳でもない。
ここにある物で何とかする。そう腹をくくるしかないのだ。
[アキシ様。お言葉ですが、それはあくまでも方針であって、対抗手段ではありません。戦う手段を見つけない事にはどうにもならないと思います]
スオーラの鋭い、そしてごく当たり前の指摘。
そうなのである。少なくとも相手は「魚」と判っているのだ。何の対抗手段もないまま戦うなど無謀も良いところである。
「そうだなぁ。魚なら、いっそ釣っちまうってのはどうだ」
鳥居が竿を投げる真似をしながら、冗談のような口調でそう言った。
「……そそ、そうか……」
昭士の手が携帯電話に伸びた。
繰り返すが相手は魚である。水中に攻撃ができない。水を干上がらせる事もできない。となれば、こちらが有利に戦うためには陸上に揚げるしかない。
釣るというのは安易だが有効な方法である。もちろん「釣れれば」であるが。
昭士は携帯電話を懸命に操作している。テッポウウオの釣り方の検索をしているのだ。
《それは我々が調べよう。お前達はすぐ動けるようにしたまま、休んでおけ》
ジェーニオはそう言うと、すうっと姿を消した。きっとインターネットの世界に調べに行ったのだろう。
できるかどうかは判らない。しかし方針ではなく戦法になり得るかもしれない物が判ったからか、さっきと比べて気分の方はいくらか楽になった。
昭士は携帯電話をしまって、ようやく一息ついた。口を押さえずに大あくびまでする。
そんな様子にスオーラは小さく笑うと、
[アキシ様。今のうちにお休みになられてはいかがですか? エッセはいつ現れるか判りませんし……]
とはいえいつ現れるか判らないから休んでおいた方が良いのはスオーラも同じである。
「そ、それをい言ったら、スオーラもだよ。ほほ、ほと、ほとんど休んでないでしょ?」
車の運転に加え、さっきまで運転席の掃除までやっていたのだ。むしろ昭士ではなくスオーラが休むべきである。
「そうだそうだ。明らかに昭士の方が働いてないんだから。寝ておきな」
と、鳥居までスオーラに休むよう言う。二対一である。
気持ちは有難いのですが、自分は大丈夫です。そう言いたそうな視線を向けたが全く通じなかった。
男二人には。

<つづく>


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