トガった彼女をブン回せっ! 第22話その5
『な、な、な、な、なに?』

《無論これで彼が蘇るなどとは思っていない》
困惑の表情を浮かべているスオーラに、ジェーニオ(男性体)が語りかける。
《エッセには効かないけど、これはこれで強力な武器。あなたが使うと良いんじゃないかしら》
と、ジェーニオ(女性体)が静かに提案し、スオーラに手渡した。
精霊という存在の割にその思考はかなり現実的のようだ。スオーラもそうするのが良いだろうと頭では判っている。
だが昭士が命を落として半日も経っていないのである。
前の担当が死んだから次はお前だ。そんな機械の部品でも交換するかのような事を平然とできる程、スオーラはまだまだ割り切る事に長けてはいない。
それは聖職者としての家系である事と、その教育を受けてきた事と、何よりまだまだ十五歳の少女という「若さ」ゆえの事だ。
それより何より、巻き込む形で戦士にしてしまった昭士を死なせてしまった事が、彼女の心に想像以上の大きな穴を開けたようだった。
初めて出会った自分と同類の人間。自分の苦悩を判ってくれた人間。たった四ヶ月しか経っていない事の方に驚くほど、彼と共に戦い、過ごしてきたのだと。今さらながらに。
だがもう彼はいないのだ。エッセとの戦いにおいてこれほどの痛手はない。
貴重なムータの力を使って変身できる稀少な人間であるという事よりも、エッセに大ダメージを与えられ、しかも金属に変えられてしまった生き物を元に戻す力を持った「戦乙女の剣」が、そして、それを使える人間が失われてしまった事だ。
昭士がムータの力で変身するのと連動して、いぶきが戦乙女の剣に変身する。どちらか一方だけ変身する事はできないし、いぶきの側から変身する事もまたできない。
もっとも、たとえできたとしても彼女の性格上、どれほど頼んだとしても変身する事などありえないが。
スオーラもエッセと戦うようになって辛く、苦しく、逃げ出してしまいたいと思った事がない訳ではないが、今日程それを強く思った事はない。
[アキシ様……]
形見(?)となってしまったオモチャを握りしめ、今にも泣きそうな顔のスオーラ。
ところが。
[わっ!?]
驚いた声を上げるスオーラ。無理もない。彼女の手の中にあったオモチャ――特撮モノの武器・ウィングシューターがいきなり変型を始めてしまったからである。
もちろんスオーラが変型させている訳ではない。オモチャそのものが「自分から」変型している。まさにそんな感じなのだ。
オモチャはあっという間に一羽の鳥の姿に形を変えた。金色の胴体に赤い翼を持つ、見た事もない鳥だ。
そんな鳥がふわっと宙を舞うと、昭士の枕元――そこに置かれたムータのそばに音もなく着地。そして、ムータのとある一点をくちばしでつついたのである。
かちっ。
まるで何かのスイッチを押したような音が、確かにムータから聞こえた。


気を失っていたいぶきは唐突に目を開いた。気がついたのである。
だがそこは先程までいた体育館ではなく、真っ白な空間。まるでペンキか何かで周囲総てを塗り潰したかのように、真っ白な空間であった。
そこには自分以外何もなかった。横たわっていたがそこに床だの地面だのがあるのかどうかも判らない程、そこには何もなかった。
そんな何もない空間にいきなり現れた人影。青いつなぎのような服を着て、胸当て・篭手・脛当てをつけた軽装備の戦士の姿。
“怪しむ気持ちは判るが、どうか怪しまないでほしい”
その人影は確かにそう言った。それも聞き覚えのある声で。
“儂はこの「軽戦士」のムータの……精霊のような者じゃ”
聞き覚えのある声が、聞いた事もない老人のような口調で語りかけてきた。いぶきはイラついた表情でゆっくりと身を起こすと、
「……バカアキ。テメェナニやってンだゴルァ」
せっかく「死んでくれた」人間が目の前にいる。これほど腹立たしい事はない。
「ひょっとしてあたしまで巻き添えに殺してくれたンじゃねぇだろうな?」
まだハッキリしない頭を振り、拳を固く握りしめながら人影に向かってのしのしと歩いて行く。
するとその人影は苦笑するように小さく吹き出すと、
“儂には決まった姿形がないのでな。前にムータを使っていた者の姿形を取っているにすぎんよ”
疑いしかない目を向けているいぶきだが、のしのし向かって行く事だけは止めたようだ。その場で立ち止まる。警戒心を剥き出しにしたままで、
「ナンか用、じいさン?」
“……いやいや。相変わらずだと思ってな”
「ナニそれ? 思わせぶりとかもったいぶりは良いから、とっとと話せ」
見知らぬ人間に対しても(見知らぬ人間だからかもしれないが)、先天的に偉そうな態度を崩さないいぶき。昭士の姿形をした精霊(自称)は、だいたいこんな事を手短かに話した。
いぶきが持つ魂は、過去数え切れない程他人に害をなしてきた存在である。
だが人間の一生分ではとても償えず、何度も何度も生まれ変わりを繰り返し、その償いをするよう命じてきた。
ところが、徹底的に無視をしているのか。それとも、その魂は害をなすのが使命なのか、とにかく周囲に害をなし続けた。何度生まれ変わっても。
そのため、とうとう「バランス」が保てなくなってしまったのだという。
どんな形であれ「良い事」と「悪い事」のバランスが取れていなければならない。どちらか一方ばかりに偏っては人間は人間たり得ない。
いぶきの場合は「悪い事」の方に極端に偏り過ぎてしまっているため、人々が「魔物」だの「悪魔」だのと呼ぶような存在になりかねないのである。
人を減らし魔物や悪魔を増やす訳にはいかないと様々な手段を講じてきたのが、自分達のような精霊だとその精霊は言う。
「前世の罪を償えって言われても、そンな生まれる前の事まで責任持てないわよ。バッカじゃないの?」
普段から賛同者などいない無責任ないぶきの意見だが、こればかりは彼女の方が正しいだろう。そんな事にまで責任を感じる必要は、普通の人間にだってないのだ。そもそも覚えている筈がないのだし。
“「生きるのは根源たる魂の修行のためである」”
どこかの偉人の名言を自慢げに言うかのように、精霊はそう言った。
死んで記憶を無くしても、その不滅の魂には刻み込まれている。その魂は新たな「生」を持って生まれ変わり、違う人生を経験し、魂にそれらを刻んでいき、その刻み込んだ物を皆で共有していく。
そしてその経験を積み重ね、共有しあい「より良い生物」になるために歩み続ける。生き物が生きる目的はそれなのだと言う。
科学的な言葉を用いるのなら「種の進化」と呼ぶのが一番近いだろう。
ところが、中でも人間には善行を行う心と悪行を行う心の両方が存在するため、精霊の言う「魂の修行」を極めて困難なものにしている。らしい。
どちらかに極端に偏り過ぎると人は人でなくなってしまう。だから偏りすぎないように手助けする存在が自分達なのだと、もう一度説明する。が、
“こちらも「バランスを保つ」事が使命じゃからな。責任を取れだの持てだのとは言わんよ”
精霊の方も、どことなく無責任な調子でそう言った。
“お前さんの魂自身が全く償おうとせんのでバランスが傾きっぱなしなのだ。そのバランスを取るためにかなり無理をしてきたのだが……”
その「バランスを保つ」事こそが、いぶきの兄・昭士の存在だと言うのだ。これにはいぶきも大笑い。
「ちょっとちょっと。アレのどこら辺が『バランス』? これっぽっちも役に立ってないンですけど?」
“お前さんのように他人に害をなす事しかしない者と正反対、と言うだけじゃ。まぁ周囲の――特にお前さんの影響で本当の意味で正反対にはならなかったがな”
いぶきは大笑いを続けながら、
「それじゃ意味ないじゃン。あンた達も全然役に立ってないし」
“そう言われてもな。我等の役目は、あくまでも「バランスを保つ」事。役立たずを無くす事でもないし、役立つ者を作ったり育てたりする事でもない”
笑ういぶきをなだめるように精霊は苦笑する。
“だが角田昭士が失われた今、お前さんのこれからは苦難しかないぞ”
「どういう事よ、それ!?」
いぶきが猛然と喰ってかかる。しかも昭士と同じ顔という事で、つい反射的に拳が出てしまう。
がすっ。
精霊の顔に見事にいぶきの正拳が決まる。だが痛がったのはいぶきの方だった。鼻がひん曲がって痣まで浮いている。自分からは見えないが。
“お前さんも少しは懲りてくれんか。精霊ゆえに普通の人間よりは痛みを感じにくいが、これが普通の人間であったなら、今頃頭が吹き飛んでおるぞ?”
直接相手を攻撃すると自分の方が痛みを受ける。それをすっかり忘れていたのだ。
ただ、それを忘れていなくとも、腹が立てば相手を殴りつけるのが彼女である。最近はダメージを受けない飛び道具にしたが、そんな物ここにはない。
“このところ、バカ力になっておるじゃろう?”
精霊はそう訊ねてきた。文句を言おうとしたいぶきの言葉が一瞬止まる。
“相手に生身で攻撃できない。しても痛みが跳ね返ってくる事からくるストレスじゃろうな。それがお前さんの中に積もり積もった結果、常軌を逸したバカ力という形で吹き出したのじゃろうな”
「バカバカ言うなこのじいさン!」
いぶきは精霊の膝を蹴り飛ばすが、もちろん痛くなるのは彼女の膝である。
精霊は膝を押さえてうずくまるいぶきに構う事なく、「どこまで話したか……」と老人のようにうんうん唸って考え込む。
“ああ、そうそう。「苦難しかないぞ」だったな”
うんうんうなづくと、痛がったままのいぶきに構う事なく話を続ける。
“角田昭士という「反対側にある物」が無くなったのだ。これでは天秤と同じく一気に傾いたまま動かなくなる。動かねば天秤が壊れてお前さんは「魔物」だの「悪魔」だの呼ばれる存在になるし、かといって、そこまで偏った物を動かすにはこれまで以上に莫大な「反対する物」が必要になる”
精霊は「そうじゃのぉ」とより演技臭い老人のような口調で考え込むと、
“これまでの経歴から考えるに、少なくとも傾いた天秤を動かすだけでも……力自慢に渾身の力で殴られ続けねばならんだろうなぁ。最低でも千五百年間は休みなく”
「はぁぁぁあぁぁあ!? ナンっじゃそりゃ、ふざけンな!!」
怒号と共にいぶきの正拳が繰り出される。精霊の顔に命中するが、もちろん痛がって倒れこんだのはいぶきの方であり、頬にはしっかりと痣がついている。
精霊は「学習しないなぁ」と溜め息をつくと、
“そのくらい偏っているんじゃよ。ホントにこれからどうするね?”
「決まってンでしょこのバカアキが!」
昭士の姿をした精霊に向かって中指を突き立てるいぶき。
「バランスだかナンだかもどうでもイイし、知ったこっちゃないの! そもそも他人の事気づかって? ヘラヘラ媚びへつらう? そンな気持っっっっっち悪い事するくらいなら死ンだ方がマシってモンだわ」
ブレない。何があっても。その辺はいぶきの「美徳」とも言えるが、彼女のそれを貫き通した結果が『害ある存在に偏り切った』状態。良い訳がない。
胸を張ったいぶきのその宣言を聞いても、精霊は何も言わない。何かを言う気力を無くしたのではない。まるで誰かからいきなり話しかけられ、それを真剣に聞いているかのように身動き一つしていない。
その話はどうやら終わったようだ。精霊は力を抜き、いぶきを憐れむような淋しい目で見つめている。
彼女としてはそんな目で見つめられる覚えなどないし、何かに同情されるなど御免である。
「ナニよぉ、文句あンの?」
“今大変な事が判った”
精霊の声が明らかに震えている。信じられない事を知ってしまった。そんな感じに。
“角田昭士達が戦ってきている「エッセ」とかいう化物の事だが……”
精霊の震えを抑え切れない指が、いぶきを指差した。
“お前さんが産み出している事が判ったそうじゃ。正確には「材料を作った」とでも喩えるべきじゃろうが”
「はぁ!?」
いぶきが驚くのも当然である。
理由は判らないが、いぶきには何故かエッセの出現が「正確に」判る。だが判るだけでどんなエッセが出て来るかまでは判らないし、そもそも作った覚えとてない。
“前世を含め、お前さんが今まで傷つけてきた沢山の人間の中で、別の世界で違う姿を持つ者がいたようでな。その中でも首や頭部に障害や大きなケガを負った者がおり、それらの別の世界の姿が、総て「首のない遺体」となって別の世界で発見されているそうじゃ。それらの別の世界での遺体の姿形が今まで現れたエッセとピッタリ一致したそうじゃよ”
という精霊の説明をほとんど聞いていないいぶきは、
「あのねぇ。あたしはそンな事ただの一度もやった覚えないし。自分がやってない事なンか知ったこっちゃないっての。第一そンなの作れるンだったら、とっくの昔にバカをブッ殺せるくらいのを作れてるっての」
完全に本気にしていない。バカにしてかかっている。そんな口調である。
「それに、ホントに作れるンだとしたら、金属の像に変えるなンてまどろっこしい事する訳ないでしょ。即死よ即死。だいたいあンなヘロヘロガス、かわせない方がどうかしてるわよ」
とはいってもそのガスが吐き出される速度は時速に直して四百キロ近い筈である。ずっと遠くにいるならともかく、至近距離でそんな速度のガスをかわせる人間がいよう筈もない。
いぶきのような「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力でもない限りは。
だがいぶきはそれを「自分だけにある特殊能力」と思っていなかった。誰しもが簡単にできる事だと思っていた。だから「そんな事すらできないのか」と相手をバカにした態度になった。
だが、そうだと判ってからもその態度のままだった。
“だが、これからは違うぞ。もう「周囲の動きを極めてゆっくり認識できる」力はお前さんには無いんじゃからな”
そんな精霊の言葉に、いぶきの態度が少しだけ変わる。
“あの力は元々、戦士としての運命を決めた角田昭士に託した力じゃ。そのくらいしないとお前さんとのバランスが取れんのでな。しかし害をなす事しかしないお前さんが奪い取った。母の胎内でな”
精霊の話は続いた。
“奪い取られはしたものの、戦士になっている間は元に戻ったようじゃ。じゃが、今回の角田昭士は戦士のまま命を落とした。じゃからその力はそのまま角田昭士の中にある。お前さんに戻っては来ない”
これでやっと話が繋がる。精霊は呟くようにそう前置きしてから、
“お前さんはその能力なしで、これからの一生を送らねばならん。その上でさっき言った「最低でも千五百年間は休みなく力自慢に渾身の力で殴られ続ける」くらいの事をしなければ、もうバランスが取れん”
「だぁかぁらぁ。そンな事やるのはゴメンだって言ってるでしょ!? バランスだかナンだか知らないけどさ。んなモン……」
“では死ぬかね? しかも今度は魂の消滅。生まれ変わる事は決してない。お前さんという存在そのものが永遠になくなる事を意味するんじゃが?”
今までにないその迫力ある雰囲気に、いぶきはうっと押し黙らされた。
“精霊の仲間達からも「もうお前さんのためにこれ以上苦労したくない」という意見もまた多い。お前さんが望めばそうなるが”
畳み掛けるように精霊がそう言うが、いぶきは相変わらずで、
「ナンであンた達の都合で死ななきゃなンないっての? むしろバカアキ死ンでンだから良いじゃン。それで『めでたしめでたし』で」
“良い訳ないじゃろう。お前さんが負の傾きの元凶なんじゃからして”
精霊のつぶやきに再度いぶきの蹴りが見舞われるが、もちろん痛がって転げ回ったのは彼女の方である。


鳥の姿に変わり、昭士が持っていたムータの一点をつついたオモチャの銃。
一体何をしたのかを調べたかったが、そんな余裕がなくなる出来事が。
スオーラの持つムータからエッセが出現した事を示す点滅が起きたのだ。昭士の物も同じように点滅し、ぶぉぉぉん、ぶぉぉぉん、ぶぉぉぉん、といつもの聞き慣れた音が鳴り響いている。
最大の攻撃力を持つ昭士がいなくなってしまった今、スオーラが一人でやらねばならない。
もしかしたらこの昭士の持っていた軽戦士のムータを「継げる」者がいるのかもしれないが、それを探している時間はない。
このムータは現品も製法も既に失われてしまっている。使い手の援軍は望めない。エッセと戦えるのはもう自分しかいないのだ。
覚悟を決めて昭士の顔を見る。白い布が被さっていて見えないが。
スオーラは心を落ち着けるように目を閉じて、息をゆっくりと、そして細く吐き続ける。自分の心の中を見つめるような沈黙が続く。
それから目を開けると、部屋にいるジェーニオ達と鳥居を見て、
[では、アキシ様をよろしくお願い致します]
そう言って部屋を出て行こうとした時、部屋のふすまが勢い良く開いた。
そこに立っていたのは、さっき体育館に集まっていた、留十戈学園高校ではない他の学校の教員達だった。
どの教員も不安そうな表情をしている。明らかに怖がっている表情である。無理もない。あんな突拍子もない話を聞かされたのでは。
夢物語のような話が真実で、一歩間違えば自分達がどうなっていたかも判らないのだ。
「えっ、え〜と。何かご用ですか?」
部屋に入って来ようとする教員を通せんぼでもするように、鳥居が立ちはだかった。
[トリイ様。あの方々の用件は見当がついています。わたくし達にここから出て行ってほしいのでしょう?]
教員達が口を開くより早く、スオーラが彼等にそう訊ねた。訊ねるというよりは考えを見抜いてそれに念を押すような感じであったが。
彼等が一様に見せている不安な表情。怖がっている表情。そのどれもスオーラには見覚えがあったからだ。
ムータの力でエッセと戦い始めた時の、自分の世界の人間達が見せた表情と全く同じだったからだ。
それは得体の知れない化物を倒した救世主ではなく、何だか良く判らない化物を倒せる、より強力な化物。スオーラをそう見なしている人間のものである。
「……あ、ああ、そうだよ、お嬢さん」
教員の誰かが、少し震える声でそう言った。
「私達はね。保護者の方々から大切な生徒さんをお預かりしている身なんだよ。万が一にも彼等が危険な目に遭ったり、巻き込まれたりする訳にはいかないんだよ」
スオーラはあえて無表情を作っている。あちらの世界では慣れっこになっていたとはいえ、久し振りにきたこの感覚を悟られたくなかったがゆえに。
そこに鳥居が間を取り持つように、教員達に語りかけた。
「確かにそれは判ります。ですが、彼女等がいるせいで化物が襲ってくる訳ではありません。いなくなったから安全になるという保証なんてどこにもありませんよ」
「しかしそれでも。たとえ我々の味方と判っていても。ほら、その、あれだ。マンガやアニメのヒーローじゃないんだ。無邪気に受け入れる事などできんよ」
「ですけど……」
不毛な、極めて不毛なやりとりが続いている。スオーラの表情が明らかにムッとしたものになっていく。
[ジェーニオ。お二人は先にエッセの元へ向かって、足止めをお願い致します]
《良かろう》
《判ったわ》
男性体と女性体の声がキレイに重なり、空を飛んで窓から飛び出して行く。
この国は建物の中に入る時には靴を脱ぐために、彼女のブーツは今玄関にある。ブーツを履いていれば同じように飛び出して行くのに。
だいたい出て行って欲しいのなら今すぐそこを退いて道を開けて欲しい。そんな思いで一杯になる。
[申し訳ありません。その化物が出現しているので、戦いに行きます。そのため道を開けて戴きたいのですが]
押し殺した怒りを無理矢理抑え込んだ無表情。だが抑え切れていないオーラのようなものが明らかに噴出している様子のスオーラ。
それはまさに心に満ち満ちていた思いがそのまま形になったかのようだった。
心から出た言葉は心に通ず。そんなことわざがある。
だからだろうか。鳥居はもちろん教員の面々にもハッキリと言葉以上に伝わったようだ。しかも美人がやる事で迫力という意味でも。
だが彼等は動こうとしない。その場に表情ごと固まってしまっている。
大の大人をそこまでさせるほどの迫力があったのだろうか。そう考える者もいたかもしれないが、実際は違っていた。
彼等の固まった表情、その目は、明らかにスオーラではなく、その後ろを見ているからだ。
「な、な、な、な、なに?」
スオーラの後ろから聞こえてきた声。聞き覚えのある声。しかしその声の主は……!?
スオーラが振り向くと、白い布を指でつまんで持ち上げたまま上半身を起こしている者が見えた。
角田昭士だった。

<つづく>


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