トガった彼女をブン回せっ! 第22話その1
『やっぱり説明はできんよなぁ……』

夜に未知の轟音が轟いたとある山中。何があったのかと騒然となったが、それでも夜は明ける。
それと同時に現場となった山中には警察が入り込んで調査を行っていた。それは現場が都会のど真ん中であろうがこんな地方の山の中であろうが変わらないようだ。
ただし、規模が相当大きいらしく、地元はもちろん近隣の警察官達も駆り出され、この辺り始まって以来の大騒動だと、昔からこの辺りに住んでいる住人達は囁き合っている。
それもそうである。山頂付近にあった展望スペースが完全に吹き飛んで地肌をさらしていたのだから。おまけに崖下には見た事もない巨大なロボット(のハリボテ)と見られるパーツがいくつか転がっている。
その転がった影響としか思えない数々の倒木。削れた山肌。真夏の濃い緑の山のあちこちがそのような有様なのだ。人間に喩えてみれば皮膚がえぐれて肉が見えているような大ケガである。
これが大騒動でなくてなんであろう。現場となった元展望スペース周辺はもちろん、山そのものの立ち入りが禁止され、警察による調査が進められている。
とはいえまだまだ始まって間もないし、大した発見がある訳ではないが。
もちろんこんな騒動をマスメディアが放っておく訳がない。地元はもちろん東京キー局のTV・ラジオ・新聞・雑誌。ありとあらゆる人間が山の麓で警官達と「取材させろ」「立入禁止だ」とモメにモメ続けている。
中にはこっそり侵入したメディアもあるようだが、そのことごとくが警察に説教を受けた上で叩き出されているようだ。
もちろんこれが大騒動である事は、この地に合宿に来ている「よそ者」の学生達もよく理解できている。
ここにある合宿所恒例の山の中で行う合宿用特訓メニューの総てが中止となり、変更を余儀なくされたのだから。
そうなると合宿所の施設をいつ、どの学校が使うかという割り当ても変更しなければならない。そのため各学校の顧問達は朝も早いうちから相談につぐ相談で大忙しだ。
それに巻き込まれた学校の一つ。留十戈(るとか)学園高校剣道部の面々も、特訓メニューが変更になって良かったのか悪かったのか、そんな気持ちのまま道路をひた走っていた。
山の斜面に作られた急な階段を駆け上がって駆け下りる特訓メニューから、こうした普通の長距離走に変更になったのだから。その二つのメニューを天秤にかけながらひた走る。
時折遅れてきたのか追加のメンバーか、マスメディアらしい人間とすれ違い「話を聞かせてくれないか」と話を向けられたりするが、その辺は「良く判りません」「邪魔はしないで下さい」と冷ややかに逃げている。
そんな一行はやがて道の駅に到着した。車の十台ほどは停められそうな駐車場があるが、今は一台も停まっていない。
道の駅自体にも客はいないようだ。この事件の見物客でもいるのではと思っていたので、逆に拍子抜けである。
先頭を走っていた剣道部部長の沢(さわ)は、後ろの様子をチラリと伺うと、コースを駐車場に変えながら、
「よーし、じゃあここで一旦休憩にする」
それを待っていたかのように、道着姿の部員達がゼーゼー言いながら歩みを止め、その辺にペタリと座り込む。中には大の字に寝そべる者もいた。
角田昭士(かくたあきし)も大の字に寝転がった一人だ。昨日の階段は自分のペースでできたが今日の長距離走はそうではない。全員揃って走らねばならない。
幼い頃から剣道をしているので体力が全くない訳ではないが、昭士は(どちらかと言えば、というレベルだが)長距離よりは短距離の方がまだ得意。そうした人間が長距離を走ると思っている以上に体力を消耗するのだ。
他の部員達が辺りを見回しながら、そんな昭士を取り囲み出す。彼もその雰囲気にただならぬ物を感じ、どうにか上半身だけを起こした。
取り囲んだ部員達は、辺りに気を使いながら輪を若干狭める。そんな中、部員達を代表するように部長の沢が口を開いた。
「さ。少しくらいは話してもらおうか」
主語のない、だが単刀直入な物言い。周囲の人間も口にこそ出していないが気持ちは沢と同じなのである。そしてその気持ちは昭士にも良く判っている。
彼はどうにか呼吸が整うのを待つと、ゆっくり口を開いた。
「きき、昨日、エエエ、エッセが出たんです」
元々ドモり症なのと、皆からの視線のどことない気恥ずかしさで、普段以上にドモる昭士。そして「エッセ」という謎の単語にも疑問を抱かない剣道部員達を見回して、彼は続けた。
「そそ、そのエッセが、ググ、グレ、グレムリン型とかで。かか、韓国の巨大ロボットの、ハハ、ハリボテに乗って、に日本に来たみたいで」
エッセというのは、詳しい事は何も判っていない謎の侵略者である。もっとも謎ゆえに侵略の意志や意図があるのかどうかも判らないのだが。
判っているのは、何らかの生き物の姿形をしている事。身体が未知の金属のような物でできている事。生き物を金属の像へと変えてしまうガスを吐く事。そうして金属に変えた生き物のみを捕食する事。普通の武器では傷つける事ができない事。
そして、まともに戦える人間の一人が、この昭士本人だという事。そして彼の使う武器・戦乙女(いくさおとめ)の剣という大剣だけが、エッセに一番効果的である事。その程度である。
どこから来ているのか。目的は何なのか。背後関係や組織図は。そういった肝心な事は、戦うようになって半年近くが経とうとしているにも関わらず、未だに全く判っていない。
それでも彼等が本気でこの侵略者(?)と戦っている事は間違いなく、何人もの人達を助けている事も間違いない。実際この剣道部員の半分くらいは彼等に助けられているのだから。
だからこそ、何の力になれないとしても、事情くらいは知っておきたい。
……というのはもちろん建前であり、単なる好奇心だけで動いているのが事実である。でなければ聞き取りづらいドモり症の昭士に話を聞こうなどとは思わないだろう。
だが今話した事は昨日の時点で既に知っている。知りたいのはそこからなのだ。そのため自然と取り囲む皆が昭士に注目する。
「そそ、その時に。いいい、威力が強すぎて、ばば、爆発して、ああ、ああなっちゃった訳で」
戦いの状況を事細かに話しても聞いている側は面白くないし、昭士本人すらもその時は戦いに夢中で良く覚えていない部分も多い。話していないも同然だが、ドモり以上に口下手な昭士にはこれが精一杯なのである。
「そっかー。しかしトンデモないな、あの剣。いろんな意味で」
部員の誰かが「戦乙女の剣」に触れる。その一言で部員全員がお通夜のようにどんよりと暗い雰囲気に包まれた。
エッセと戦う時、昭士は戦士に「変身」するのだが、それと同時に戦乙女の剣に「変身」するのは昭士の双子の妹・いぶきなのである。
生まれてこの方「誰かの為に」何かするという行動を極端に嫌っており、そんな事をするなら死んだ方がマシとキッパリ言い切るという、何かにつけ「とがりまくった」人種である。
だが他人が自分の為に行動するのは常識以前の当たり前であると本気で考えており、そういった態度を誰に対しても崩さないから、当然敵も多い。
というより、百パーセント敵と見ない人間が何名か、といった方が正確かもしれない。家族とか。
もちろん口論から衝突までいざこざの絶えない日々の中、相手から手を出させるように仕向けてケンカになる事ばかり。
その際いぶきは遠慮も情けも容赦もなく相手を叩きのめす。自身に備わった一種の超能力「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」力を如何なく発揮して。
その能力にかかれば拳法の目にも止まらぬ早業も、大勢で一斉に斬りかかられようと、いぶきの目にはゆっくりめくられるパラパラマンガにしか見えないのだ。
素手とはいえそんな状態のいぶきに勝てる人間がいよう筈もなく、急所だけをキッチリ攻撃され、相手は例外なく病院送り。中には一生ものの障害が残った人間までいる程である。
もちろん昭士も、いぶきからの仮借のない暴力を受け続けている。彼も一歩間違えば死んでいたケガをいくつも負った事があるし、物を取られたり壊されたりする事も珍しくない。
そんな「危険人物」ゆえに、義務教育の期間を終えた高校生になってから、キッチリと厳罰に処し独力で償いをさせる条例が施行された程だ。
とはいえその程度で態度を改めるような性格の訳がなく。しっかりと騒ぎを起こして今は刑務所の独房に服役中の身である。
そんないぶきが姿を変えた大剣・戦乙女の剣も、戦いを繰り返すにつれて色々とパワーアップを遂げているようで、威力もかなり上がっているし、またそれを爆発的に引き上げる方法もある。
だが気をつけないと今回のように特大の「被害」が出てしまう。今のところ人的被害が出たという連絡はないが、この次戦った時にもこうとは限らない。
その辺は共に戦う仲間達に渋い顔で注意されている。
「でさ。そんな事よりもさ」
そんな前置きの後に誰かが続ける。
「スオーラさんはどうしたんだよ?」
仲間の一人の名前が出て、昭士が少し押し黙った。周りの面々も彼の返答を期待して待つ体勢に入る。
モーナカ・ソレッラ・スオーラ。それが彼女の名前である。彼女の来訪から昭士の戦士としての「戦う」生活が始まったのだ。
そんな彼女の故郷はこの地球上にはない。いわゆる異世界からやってきた魔法使いの少女。
最初彼女の口から出たのは、到底信じられない単語ばかり。オルトラという異世界。侵略者。それと戦う戦士。魔法使い。などなど。
良く言えば胡散臭い、悪く言えば信じられない。だが、そんな印象の異世界の住人が信頼を得るまでにそれほどの時間がかからなかった。
それは彼女自身の「人間性」と、彼等の目の前で侵略者・エッセと戦ってみせたからだろう。それこそ文字通り、身体を張って。命懸けで。
加えて大人びて見目麗しく、かつスーパーモデルのようなスタイル。誰に対しても分け隔てなく丁寧な接し方とくれば、大半の男が喰いつかない訳がない。もちろん真面目な性分なので女子部員達も割と好意的な者が多い。
今では日本語も普通に話せるようになったので、仲良くなろうとあれこれ画策しているようなのだが、なかなか上手くいっていないのが現状である。
エッセの襲来がいつあるか判らない事もあり、昭士と行動を共にする事が多いからであるが、その割に昭士をやっかみ半分で攻撃するものは少ない。
昭士を攻撃した事がスオーラに知られて嫌われたくないからである。その辺りは至極単純である。
「昨日戦ってたった事は、ココに来てるんだろ? 連れて来いよなぁ。気が利かねぇな、てめぇは」
沢を始めとした男子部員がゴチゴチと拳でこづきまくる。一部の女子部員も一緒になってこづいている。昭士はそれらの拳を手で追い払おうとするが、もちろん無理である。
ほぼ部員全員がひとしきりこづき終わるのを確認すると、沢が再び声をあげる。
「よーし。休憩終わり。行くぞー!」
部員達は昭士を無理矢理立たせ、その背を押すようにして彼を無理矢理走らせる。まだロクに回復していない昭士からすれば拷問にも等しい事だ。
完全にやっかみが生み出した八つ当たりである。


そんなスオーラは今、山の中を調べている警察官達が詰めている仮設の本部にいた。本部用に接収した空き古民家と、その周辺に張られたテントが見える。
正確には、その古民家の脇に停まっているモスグリーンのマイクロバスの中に、である。
このマイクロバスはスオーラが異世界オルトラから持ってきたものだ。
あちらの世界はこの世界から百年は文明レベルが遅れている世界。にも関わらず、こちらの世界よりずっと進んだ技術で作られたであろうキャンピングカーなのだ。出所不明の逸品であるものの、今ではスオーラのこちらの世界での住居でもある。
決して広いとは言えないキャンピングカー内の、これまた広いとは言えないキッチンダイニング。そこにスオーラと一人の中年男性が座っていた。
彼の名は鳥居(とりい)。昭士の古くからの知り合いである兄貴分であり、現役の警察官でもある。もちろんスオーラが異世界の人間である事も知っている。
そのスオーラから見た「今回の事件」の顛末を聞きに来たのである。
取り調べというレベルではないし公表などもっての他だが、話を聞かない訳にはいかない。管轄外とはいえ警察官という職務の悲しいサガ、というものであろうか。
もっとも管轄外だからか、今は制服は着ていない。地味なスーツ姿である。
スオーラもその辺りの事情を察しているので、あまり上手とは言えない話を進めている。
話が一区切りしたところで鳥居は出されたお茶を一口飲むと、溜め息をつきながら、
「やっぱり説明はできんよなぁ……」
そもそもエッセの存在自体が大っぴらに公表できるものではないのだ。厳重に情報の流出を見張ってはいるが、このネット社会でどこまでできるのかは判ったものではない。
この半年近く流出していない事がもはや奇跡に等しいのだ。
《説明しても困るのはそちらだろう。この世界でエッセのような存在が知られれば、それこそパニックになるどころでは済むまい》
スオーラのガラケーから聞こえる男の声は、異世界オルトラに住まう精霊。名前はジェーニオという。
あちらの世界では右半身が女性で左半身が男性という姿をしているが、こちらの世界では男性体と女性体の二体に分離してしまう。機械や電波との相性が特に良く、こちらの世界ではこうしてアバターのように携帯電話に潜んでいる事が多い。
これは、世界が違うと姿形やその性質が変化する事が多いためだ(存在すらできないケースもそれ以上に多いのだが)。
そのため「どちらの世界にも」存在可能な者でなければエッセと戦う事はできない。エッセはあちらの世界にも現れるのからでもあり、同時にそれが「戦う者」の資質とも言えるからだ。
《まさか剣の一振りで山を吹き飛ばすとは思わなかったがな》
実際はそこまでの威力ではないが、そうなりかけたかもしれない事は確かだ。
いぶきが変身した戦乙女の剣は、彼女が痛がれば痛がる程その威力を発揮すると云う。
つけ加えるならば、今のいぶきは他人に暴力を振るうと、相手が受ける筈のダメージがそのまま自分に跳ね返ってくるようになってしまっている。それでも暴力を止めないのが彼女らしいが。
そんな晴れない鬱憤と独房に入れられた事によるストレス=精神的な痛みの為にパワーアップしたという解釈ができなくもない。むしろそれが正解かもしれない。
そう。いぶきは大剣の姿になってもその性格は変わらないし五感も健在なのだ。とはいっても。いぶきの普段の言動のせいで、彼女が痛がったり苦しんだりする事に同情を覚える者は少ない。
とはいえ、いくら何でも毎回こんな破壊力を発揮されても困る。だが威力のない武器を使って戦わせる事もできない。まさにジレンマというヤツだ。
『では、わっち達はお役御免でありんしょうかぇ?』
今度はテーブルに置かれた短剣から、花魁口調の女性の声が。
この短剣(正確には刀身と呼ばれる刃の部分のみ)も異世界の住人である。名前をジュンといって、あちらの世界では小柄で細身の黒人の少女だ。
しかし体型から信じられない程の怪力を誇る少女であり、深い森の奥で未だ原始的な生活を営むアマゾネスの村のような環境という事も手伝って、年齢の割にずいぶんと子供である。
そんな彼女がこの世界に来るとこのような短剣へと姿を変える。そして性格も子供っぽいものからこうした大人びた花魁口調になる。外見と内面の両方が変化してしまうのだ。
だが鳥居はこちらの世界のジュンしか知らないので違和感もギャップも感じる事なく、
「お役御免はありえないよ。悔しいが我々だけではエッセに対して何の力にもなれないからね」
自虐なのか皮肉なのか。言った本人にも良く判らない雰囲気の言葉に、スオーラが何か言った。自分の故郷の言葉らしく鳥居には何を言っているのかサッパリ判らない。
[……失礼致しました。『幸いが災いの種となる。災いが幸いの種となる』。わたくしの世界の古い聖職者様が遺したお言葉です。何の力にもなれないと嘆いておられますが、そんな皆様の力添えあって初めて、わたくし達はこの世界でこうして暮らしていけているのです。気を落とさないで下さいませ]
聖職者の家系に産まれ育ち、本人も位が低いとはいえ一人前の聖職者である。まだまだ経験も威厳もないので説得力はないが、美人にここまで言われては鳥居も悪い気は起きない。
「だが、もう少しココにいてほしい。いぶきの事もあるからな」
この車には狭いが個室が三つある。そのうちの一つがスオーラの私室だが、そことは別の空き部屋にいぶきが放りこまれているのだ。
いぶきは刑務所の独房にいたところをこの地に「召喚」され、剣に変えられて戦っている。今は剣の姿ではなく人間の姿になっているが、その服装は服役囚のもの。
「囚人服のまま外に出る程おバカじゃないとは思っているが、何しでかすか判らんからなぁ」
いくら彼女がスオーラ達を嫌っていても、その格好のままうろつく事がどれだけ危険なのかが判らない程バカではないし、こんな田舎で新しい服を調達できる訳でもない。
そもそも今のいぶきは現金もプリペイドカードはもちろん携帯電話すら持っていないのだ。もちろん盗めば更に罪状が加わるだけである。
いぶきにとっては極めて屈辱的だが、このキャンピングカー内部にいるのが一番安全なのである。
一応ドアの前には女性体の方のジェーニオが見張りについているので、脱走しようものならすぐに判るが。
だが、今のいぶきは相手への攻撃がそのまま自分に跳ね返ってくるようになってしまっているものの、飛び道具なら話は別なのだ。
例えば物を投げてケガをさせた場合、その痛みがいぶきに跳ね返る事はない。その事を利用してココを逃げ出してもおかしくはないのだ。
今はまだ大人しく部屋にいるようだが、それがいつまで続く事やら。鳥居の気が休まるヒマもない。
[……ところで、トリイ様]
生まれか育ちか、殆どの人に対してバカ丁寧な敬語を使うスオーラ。鳥居も「様」付で呼ばれるのはまだまだ慣れないし照れくさいのだが、この辺りはいくら指摘しても改まる様子がないので、直すのを諦めている。
[今回の戦いでは、この世界に随分な被害を出してしまいました。申し訳ございません]
半分崩してしまった山。エッセが写った写真がインターネット上に公開されてしまった事。エッセが動かした巨大ロボットの情報ももちろん含まれる。
エッセの写真だけであればどうにでもなったやもしれないが、巨大ロボの方はスオーラ達ではどうにもできない。
壊れたパーツの一部は山中を転がり落ちているし、何より本来の設置場所から飛び立って行ったために今はそこにないのだ。
スオーラ達は知らないが、インターネット上では「ロボットを返せ」という話題で盛り上がっている。
ロボットがあったのが日本と色々ある韓国なだけに、その論調は凄まじいの一言であるが。
そんな風に気落ちするスオーラに、鳥居は必要以上に明るい口調で、
「気にする事はない。エッセで一番デカイ被害は生き物が金属にされる事だからな。お前さんが来るようになってから、そうした被害数が一気に減っている。感謝したいのはこっちなんだ」
だがそれでもスオーラの表情は暗いままだ。いくら何でもスイッチのようにすぐには切り換えられまい。
スオーラは外見は大人だが中身はまだまだ十五歳の少女なのだ。些細な事でも重大な事件と思い込んで悩み苦しむ年頃だ。今回のはちっとも些細ではないが。
そういった部分をサポートしてやるのが大人たる自分達の役目だろう。鳥居はそう考えている。
「……で。話の続きなんだが」
聞いた話を思い出しながらそう前置きをすると、
「戦いが終わった時に、アキのヤツが持ってたっていう、オモチャ? あいつ何か言ってたか?」
そう。敵にトドメを刺した時、大爆発と閃光で視界が満たされた。そこから昭士を救い出した時、彼の手に握られていたのは、特撮ヒーローが持っている武器のオモチャだった。
昭士が小さい頃に買ってもらった物らしく、武器とホルダーが付いたベルトに、当時の彼の字で「か>たあさし」と書かれてあったのを聞いたそうだ。微妙な誤字がいかにも「小さい頃」らしい。
それだけでも不可思議なのであるが、それは現場となった小さな神社に祀られていた物らしいのだ。その神社ができたのは西暦一五一五年と言われているから、五百年は昔の室町時代である。
幼少の頃買ってもらったはいいが、例によっていぶきに取り上げられた挙げ句どこかに無くされた物だと言うのだ。
そんな物が何故そんな時代からある神社の中にあったのか。それだけでも立派なミステリーである。
……その証言を信じれば、であるが。
《十一年前に放送されていた「飛空戦隊セイバード」という番組の「ウィングシューター」という武器の玩具らしい。詳しく調べてみたかったのだが、時間がなかった》
とジェーニオが説明してくれたものの、さすがに「戦隊モノか」という知識はあっても番組そのものの知識が鳥居にはない。
いちいち名前を出されてもリアクションに困る。そんな顔をしていた。
[特に何も仰ってはおりませんでした。アキシ様がただただ本当に驚いていたのが伝わってきたくらいです]
スオーラがその時の――昭士の驚いて固まった表情を思い出し、口をきゅっと引き結んだ。
『エッセが持っていた武器でありんすがぇ。それを奪い取ったのでしょう』
ジュンも話に加わってきた。彼女は実際にエッセが持っていた武器――ビームサーベルと切り結んでいるのだ。
だがビームサーベルというものを知らなかったからか上手く受け止める事ができなかったのだ。昭士にケガはなかったのが不幸中の幸いだ。
ジュンが形を変えた短剣は、オルトラ世界では「マーノシニストラ」と呼ばれる“盾として使われる”防御用の短剣なのだ。悔しがりもするだろう。
『上手く受け止められなかったのが、えらい悔しいでありんすぇ』
……花魁調なのであまりそうは聞こえないが。
[敵の方も強く、進化しているという事なのでしょうか]
そんなスオーラの問いに答える事ができたものは誰もいなかった。
《あいつらにやられたくないのであれば、戦って倒すしかなかろう。どれだけ強大になろうとな》
どこか突き放したように他人事のジェーニオの言葉だが、その通りなのかもしれない。エッセとの共存は不可能なのだから。
これからの戦いに一層の不安を感じずにはおれないそんな暗い心境の中、スオーラのガラケーが着信音を奏でる。
デフォルトの電子ベルの音でしかないが、暗い雰囲気がずいぶんと和らいだような気がする。
スオーラはガラケーを手に取り、両手でキチンと持って静かに蓋を開け、耳に当てる。
そこから出たのは自分の国の言葉だろう。鳥居にはまったく判らない、聞き取れもしない言葉で静かに話している。
「誰からの電話なんだ?」
誰に聞くともなく小声で呟いた鳥居。それにキッチリと律儀に答えたのはジェーニオだ。
《名はモール・ヴィタル・トロンペ。オルトラ世界で「賢者」と呼ばれている人物だ》
「トロンペねぇ」
日本人には変な響きでしかないが、他国の単語だ。そこに突っ込んでもどうしようもない。
「その賢者様とやらに色々と聞きたいところだけど、言葉が通じなさそうだし。それにいざとなったら何を聞いたらいいのやら、だ」
『わっちにもその気持ちは良く判りんす』
向こうとしては聞きたい事をきちんと言ってくれねば困るだろう。だがあまりに判らない事だらけだと、本当にそうなるから困る。知っている事を一方的に喋ってもらう方が遥かに楽なのだ。
すると鳥居の持っている携帯電話――こちらはスマートフォンが小さく揺れる。マナーモードにしてあるからだ。
スーツの内ポケットからヒョイと取り出すと、メールの着信であった。指先で画面に触れて本文を表示させる。
その文章に一瞬だけ表情が険しくなった鳥居だが、すぐさま笑顔に戻ると、
「悪い。ちょっと呼ばれたから今日はこれで。いぶきをここから出さないように頼むな」
電話中のスオーラは小さく会釈をして、部屋を出て行く彼を見送った。
横にならねば歩けない程の狭い通路に出て、何とか後ろ手に扉を閉めた時、彼の動きが止まった。
目の前をものすごいスピードで通り過ぎたものがあったからだ。
視界を塞ぐように。

<つづく>


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