トガった彼女をブン回せっ! 第2話その1
『誰が無能だっての?』

市立留十戈(るとか)学園高校。
スポーツに力を入れている、最近合併によって誕生した新設校である。
すっかり日も沈んだ夜。その学校外の人間も利用できる学食に、一同が集められていた。
本来は部活帰りや親の共働きなどでここで夕食を食べていく生徒が多いのだが、今日は例外である。
未だ興奮醒めやらぬ、という雰囲気で、生徒や教職員によって輪ができていた。
その輪の中心にいるのは角田昭士(かくたあきし)。この学校に通う一年生である。
中学時代からの知り合いも何人かいるとはいえ、彼は一躍校内の有名人となった。理由は、あまりにも常識外れな事態の収拾をしたからである。
それは、原寸大骨格標本の恐竜にしか見えない金属でできた化物を退治したから。
口から謎のガスを吐き、校内に残っていた生徒達を金属の像に変えてしまう化物。おまけに警察の拳銃も全く効かなかった。
だが昭士がその化物を倒した事により、像に変えられてしまった生徒達は無事元の姿に戻っている。
それからもう一人。輪の中心にいる人物がいた。むしろそちらの方が人数が多く偏っている。
彼女の名はスオーラ。別の世界から来たという見習い聖職者を名乗っている。腰まである長い赤髪に、モデルもかすむプロポーションの持ち主だ。無論美人である。
モーナカ・ソレッラ・スオーラというのがフルネームだが、彼女の話す言葉はこの世界のどれにも当てはまらない、誰も理解はおろか聞き取る事も満足にできない言葉だ。
ところが昭士だけは例外で、彼女の言葉がキチンと理解できる。そのため半ば通訳のような感じで彼女に寄り添っている訳だ。もっとも諸事情があり、女性にはあまり興味を持てないタイプなので、大して嬉しそうにはしていない。
そんな昭士を押し退けるようにして、少しでもスオーラに近づこうとしているのは、金属の像に変えられてしまった者を中心とした男子生徒達だ。
実際に化物を倒したのは昭士かもしれないが、その昭士に化物を倒す力ときっかけを与えたのは、間違いなく彼女だから。
そもそもこれを機会に少しでも親しく、仲良くなりたいという露骨な下心が見え見えである。
「有難うございます!」
「アナタは命の恩人です!」
「良かったらこれからもここにいて下さい!」
紛れもない美人であるスオーラに少しでも近づこう、手でも握ろうと、まるで津波のような怒涛の勢いで迫る男子生徒達。
一方のスオーラも彼らの話す言葉は全く理解できていないが、その表情から自分に感謝している事はどうにか理解できる。
《み、皆さん、どうか落ち着いて下さい》
何とか落ち着かせようとなだめてみるが、言葉が通じていない。本来通訳をする昭士も同じように生徒達に取り囲まれているので訳してくれない。
「お前って、ホントはすごかったんだな」
「型しかできないヤツだと思ってた」
「実はお前って、メチャクチャ強い!?」
特に彼をよく知る剣道部員の声が多い。
実際昭士は昔から剣道をやっている。しかし試合でロクに勝った事がない。だから弱いと思っていたし、思われていた。
だがその「型」はとても見事なもので、その振る舞い、所作の美しさは教材や資料映像に使われた事がある程だ。
だから彼の事を「型しかできない」「型しか能がない」と思っていた者も多かったのだが、今回の一件でその評価はすっかり逆転したようである。
「あー、感動のやりとりは、そろそろ止めてもらえないかね?」
輪の外で取り残されている疎外感丸出しの警察官達が咳払いと共に割って入った。そして昭士と顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)が代表するように前に出ると、
「今回の一件だが、アキ達の事も含めて、口外はしないでほしいんだが」
元々警察が箝口令を敷いていた事件だ。口外するなという警察の言い分は判らなくもない。
しかしそれはあくまでも警察側の事情。むしろ生徒達は被害者である。助かったとはいえ警察が何もできなかった事に対する憤りを露にしてはいけないというのは、少々身勝手ではないか。
当然金属の像にされてしまった面々を中心にブーイングが起こる。
だが次の言葉で彼らは黙った。
「それに、そこのお嬢さんの件もある。別の世界から来た人間、なんてのが広まってしまったら、彼女にはプライバシーも何も無くなるぞ。下手をすればどこかの怪しげな研究機関が云々、なんて映画みたいな事にならない保証はない」
確かに。別の世界の存在が明るみになれば、その世界出身の彼女に世間の目は集中するだろう。
良くてマスコミの取材攻勢。悪ければ本当にどこかの怪しげな研究機関が人体実験に拉致監禁するかもしれない。
思春期特有の想像力のたくましさによって、スオーラが「そんな目に」あわされている光景をありありと思い浮かべてしまった彼ら。
だから力強く首を何度も縦に振って、口外しない事を約束した。それでも効力がどのくらい続くかはかなり怪しいのだが。
昭士は鳥居達の言葉をスオーラに説明する。いつも以上にドモりながら。
美人相手に緊張しているから、という理由もあるが、彼は元々ドモり症である。それをネタにからかわれたりいじめられたりしている。
しかしスオーラはそのドモりを全く気にした様子もなく、むしろ申し訳なさそうに、
《有難うございます。むしろこちらの世界の皆様にもご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳なく思っています》
生徒達を金属像に変えた化物・エッセはスオーラの住む世界にも現れ、被害をもたらしている。本当はあちらの世界だけで片づけたかったのだろう。
しかしエッセとまともに戦える人間は、あちらの世界ではスオーラただ一人らしい。彼女のジャケットのポケットにしまわれたカードがその証だ。
そして、それと同じカードを昭士も持っている。このカードがあるおかげで、昭士は別の世界の住人であるスオーラの言葉が理解できるのだ。
《ですが、エッセと戦える人間はとても少ないのです。これからも一緒に戦って頂けませんか》
そう悲しそうに訴えるスオーラの目はとても真剣である。その吸い込まれそうな程綺麗で真剣な目を、昭士は見た事がない。
昭士はポケットに入れたままのカードを、外からそっと触った。
このカードはもう新しく作る事ができないらしい。そして、このカードを使って「変身」し、あの化物と戦う事ができる人間も少ない。実質自分達しかいないくらいに。
確かに戦うのは怖い。でも自分にしかできないのであれば。できる限りの協力をするのが筋ではないか。あの化物は自分達の世界でも脅威以外の何者でもないのだから。
「う、う、うん。判ってる、つもり。ここ怖いけど、頑張るよ」
ドモりに加えてしどろもどろな口調でスオーラにそう言うと、彼女の悲しそうな顔が少しだけ笑顔になった。
周りの人間も、スオーラが何と言ったのかは判らないが、昭士が「頑張る」と言っているところから、話の見当をつけた。
「バッカじゃないの、あンた」
そんな「いい話」の雰囲気にキッチリ冷や水をかけるような言葉を発したのは、輪からわざわざ離れて座っていた角田いぶきである。
昭士の双子の妹であり、一教科を除けば「文武両道」を地でいく天才少女である。もっとも、あまりにも自分中心で他人を顧みる事がない性格のため、皆から嫌われている。それに加えて極めていじめっ子気質でもある。
更に言えば、昭士の女性への関心が薄いのは、彼女の他人を顧みない傍若無人振りに振り回され&巻き込まれ続け「女なんてこんなモンか」と考えているのが原因である。
本来ならとっとと帰っているのだが、事件の当事者という事で強制的にこの場にいさせられている。
そうした不満が今にも爆発しそうな不機嫌丸出しの表情で、昭士の言葉に反応したのだ。
「怖いくせに『戦う』? かわいい女の子にいいトコ見せたいとでも言う気?」
そういう発言をしたという事は、彼女にもスオーラの言葉は理解できているようだ。
「だいたい型しかできない激弱のあンたが『戦う』ナンて、もう笑うしかないわよ。あンたみたいな心身共に軟弱野郎は、そのテの化物に睨まれてチビってあっさり殺される役って相場は決まってンの。そんな風に自分の身もわきまえてないからバカアキだってのよ」
ちょっとクセのある発音だが、ハキハキと悪口を吐き出していくいぶき。周囲の空気を悪くしているのに全く気づかず。いや。悪くなるのを知ってて。
そう言っているいぶきだが、昭士がエッセを倒した場面を見ていない訳ではない。むしろ一番よく見える場所で見ていた。
それもその筈。昭士がカードの力で戦士に「変身」した時、いぶきは巨大な剣に「変身」したのだ。そしてその剣の一振りでエッセを倒し、金属像にされた人達を元に戻したのだから。
スオーラは自分の世界の文献にあった「戦乙女(いくさおとめ)の剣」に酷似した特徴を持つ剣だと言っていたが、その剣は大人の身長程もある。剣と言うよりは「持ち手のついた巨大な鉄板」である。そもそも本当に「戦乙女の剣」なのかどうかも判らないのだが。
《イブキ様、でしたね。お礼が遅れて申し訳ございません。あなたの力がなければエッセを倒すどころか、人々を元に戻す事もできなかったでしょう。有難うございました》
軽く握った左手でトントンと胸を軽く叩いたスオーラは、そのまますっと手を差し出した。
ところが、いぶきはわざわざ近寄ってくると、右手でスオーラの左手を力一杯はたいた。
スオーラの世界では、左手での握手は深い信頼や感謝の証とされているそうだ。
だがこちらの世界では、基本握手は右手で行う。むしろ左手での握手は失礼にあたる地域すらある。だがその反応はないだろうと、一同が呆気に取られている。
「礼儀も知らない痴女に感謝される覚えはないわ。むしろ気持ち悪いっての」
戦いの結果ボロボロに破れ、胸がほとんど見えてしまっているスオーラの服。今はサラシを巻いて胸を隠しているが、それがなければただの露出狂である。
そんな彼女にあまつさえペッと唾を吐きかける真似までするいぶき。
「そもそも忘れてない? あたしはいきなり剣にされて、したくもない戦いを無理矢理やらされて、挙句の果てには裸に剥かれて大勢の人に見られた! いわば巻き込まれた被害者。その辺の謝罪とか賠償の方が先でしょ?」
汚物を見るような露骨に見下した目でスオーラを睨むいぶき。
「い、い、いぶきちゃん。いくら何でも、い、言い過ぎだよ」
いぶきの対応に一番慣れている昭士が後ろからそう声をかけるが、いぶきは信じられないと目を見開いて、
「これで言い過ぎぃ!? 半殺しにしないだけ地べたに伏して感謝してほしいくらいナンだけど。あたしは極めて常識的で当たり前の事を言ってるだけよ? これが当たり前じゃないってンなら世の中の方が間違ってるのよ」
胸を張って自信満々の表情と態度でそう言い切るいぶき。
「だいたいね。そこのバカアキはともかく、ナンであたしまで一緒になってそンなめンどくさい事やらなきゃならないってのよ」
その一言にスオーラが一層ぽかんとした表情になる。人類の敵と戦い、これを倒すという自分の使命を「めんどくさい事」の一言で片づけられたからだ。
だがすぐさま我に返ったように厳しい表情になると、
《何故と言われましても。あなたにはエッセと戦う力があるからです。力ある者がその力を使って人々を救う。その考えに何か間違いがありますか》
「間違いしかないわよ。ナンでそンな人助けみたいな気持ち悪い事を、あたしがやらなきゃならないのかって聞いてンの」
《き、気持ち悪い……》
見習い僧として教育をされているためか、人助けを「気持ち悪い」とキッパリ言い切られた考え方のギャップに表情が凍りついている。
《で、ですが、エッセと戦う事によって、あなたの名声は間違いなく上がると思います。特にわたくしの世界であれば報賞も……》
「お断り。あンたも戦えるンだから自分でやったら? あたしはそンな事ゴメンよ、人助けなンてくっだらない」
その場にいた一同が、いぶきの余りの理論に呆然としている。していないのは彼女の言動に慣れ切っている昭士くらいだ。
スオーラはススッと昭士のそばに移動すると、
《アキシ様。この世界の人々にとって、人助けをする事は気持ち悪い事なのですか?》
「ううん、ち、ちち違うよ。単に、いいいぶきちゃんが、そういうしょしょ、性分なだけ。『他人の為に』っていうのを、自殺してでも嫌うから」
《世界が違うのですから考え方の相違があるのは覚悟していたつもりですが、人助けをそこまで嫌う人がいるなんて、思いもしませんでした》
「そこのバカ二人! 人をそンな目で見てンじゃないわよ」
ビシッと昭士とスオーラを指差すいぶき。
「それともナニ? 人助けってしなきゃいけないモンな訳? そういうのはね、自分一人じゃナニもできない無能なバカ連中がやる事なのよ。あたしは、そんな事する理由も義理もないの」
「……お前だって無能じゃん。料理何にもできねーだろ」
人だかりの誰かが小声でボソッと言った。いぶきの圧力に気押されてしんとした中だっただけに、小声でも皆に聞こえるくらい響いた。
「そういやそうだってな。目玉焼きすら作れねーそうだし」
「いやいや。野菜を切る筈がまな板まで切ったって聞いたぞ?」
「あたしがきいた話だと、まな板ごとテーブルも真っ二つだったって」
「ああ。ガスコンロに火をつけてボヤが起きるなんてしょっちゅうだったし」
「俺が聞いた話だと、電気ポットや電子レンジも爆発させたって」
「挙句の果てには家庭科室に出入り禁止喰らって、先生のお情けで落第だけは免れたってな」
ヒソヒソとしたやりとりが食堂に響き、同時に声を殺したクスクス笑いがもれる。
《アキシ様。イブキ様は料理ができないのですか?》
「でで、できないって言うより、料理に、ならなら、ならないんだ。必ずもも、物を壊すかボヤが起きるかで、ウ、ウウウチでもキッチンには近寄らせないくらいだし」
スオーラと昭士も小声でそんなやりとりをしている。そこでいきなり昭士の身体が横に吹き飛ばされた。
いぶきの回し蹴りが昭士の胴にまともに当たったからだ。昭士の身体は変な風によじれたままテーブルの天板側面に叩きつけられる。
それから床に転げた昭士の頭を、わざわざ近寄ってからがしんと蹴飛ばすと、彼はあっさり気を失う。それからいぶきは周囲に向かって本気で凄む。
「……で。誰が無能だっての?」
その途端、ヒソヒソといぶきの悪口を言っていた面々はピタリと黙り込んだ。あの蹴りがこっちに来てはたまらないという恐怖感である。いぶきなら実際に蹴りに来る。
《あなたの事ですよ、イブキ様》
しかし、それを知らないスオーラが堂々とそう発言する。
《いえ、無能というのは言葉が違いますね。周りへの配慮ができない狭い人間、と言うべきでしょうか》
「狭いとは言ってくれるじゃないの。自分がどれだけ広いっての」
売り言葉に買い言葉、とは少々違うかもしれないが、スオーラの遠慮のない言葉にきっちり反応してみせたいぶき。
そんな彼女に負けまいと、スオーラは口を開いた。
《あなたは自分の事しか考えていません。無論「自分さえ良ければそれでいい」という考えの人間はたくさんいます。そんな人間でも、賞金や名声といった、自分の利益となる物があるなら他人の為に動く事もあるものです。しかしあなたにはそれが全くないようですね》
「当然。自分の事は全部自分でやるモンでしょ。あたしはそうしてるわよ、あンた達バカと違って。わざわざ他人の為に力を使うってのは、あたしに言わせりゃ『自分はこれだけ役に立ってますよ』って自己満足を自慢してる気色の悪い変態野郎ね」
また飛び出した遠慮のない言葉に、スオーラがまた絶句している。しかしどうにか自身を奮い立たせて気を取り直すと、
《ですがあなたは、料理は全くできないと言われていますが、日々の糧はどうしているのですか? ご自分で料理をされているのですか?》
「する訳ないでしょ、そンな事」
《は!?》
たった今「自分の事は全部自分でやるものだ」と言い切ったのにこの発言。やりとりが理解できている昭士は「やっぱり言ったか」と言いたそうに頭を抱えている。
スオーラは何度目かの唖然とした表情をどうにか元に戻すといぶきに詰め寄った。
《自分の事は自分でやると仰っていたのに、料理は他人任せなのですか?》
「あのね。あンた勘違いしてない?」
自分の言いたい事が全く伝わっていない。そんないら立ちを隠しもせず、いぶきは髪をかきながら、
「他の連中がナニをしようと知ったこっちゃないわ。他の人間がこのあたしの為に色々やる。それのどこが間違ってるのよ」
胸を張って堂々とキッパリ言い切ったいぶきの言葉に、その場の誰もが今まで以上に呆然とした表情を浮かべている。
生まれながらの支配階級の人間であれば、こういった言動になる者もいる。スオーラもそうした貴族の存在は知っているし、昭士達も書物などでそうした考えの人間がいる事は理解できる。
だが、もちろんいぶきはそうした支配階級の人間ではない。もちろん支配階級でない人間がこういう考えを持ってはいけないとはされていない。
しかし。他人が自分の為に色々やるのは当たり前。自分が他人の為に色々やるのは一切良しとしない。「自分が良ければそれでいい」の究極系と言えるだろう。
我がままとか独善的とか、そういう状態を表現する言葉はいくつもあるが、今の世の中でそんな無茶苦茶な理論が理解される訳もない。
「あー、お前さん達、そのくらいにしておけ」
さすがに放っておけないと判断したのか、鳥居が警察官らしく二人の間に割って入って仲裁しようとする。
「そっちのお嬢ちゃんが何を言っているのかは判らないが、作る必要のない敵まで作ろうとするのが、いぶき、お前さんの一番の欠点なんだからな」
いぶきの肩を掴んで止めようとするが、彼女はその手をかわしたばかりか、彼の背後に回り込み、その背骨に痛烈な肘鉄を喰らわせる。
「そもそもあたしはこンな手続きだか聴取だかなンて知ったこっちゃないのよ。そもそも『調査に協力』って時点で虫酸が走るくらい嫌だってのに。それならごはンの一つくらいおごるのが筋でしょ?」
しかし先程夕食をたらふく食べているので、おごられても食べられないだろう。お茶が精一杯である。第一いぶきはそこまで大食漢ではない。
それから肘を喰らってよろめく鳥居の手を引っぱり、自分のスカートの裾を掴ませた。
「オッサンは引っ込ンでて。ナンなら今すぐ痴漢の現行犯に仕立て上げて、刑務所に送ってあげようか?」
大勢の人間が見ている前でやっても、何の効力もない脅しである。だが、何の効力もないと判っていても、いぶきにだけは脅されたくない一心で、鳥居はその拘束を力任せに解いた。
「ったく。何回『妨害した』って事で補導されれば気が済むんだ、いぶき?」
「どこが妨害よ! あたしの邪魔してるのはそっちでしょ!?」
今度はいぶきと鳥居の間で言い争いが始まってしまった。昭士や他の面々は「いつもの事だ」というノリで放置している。というよりも、関わっていぶきのとばっちりを受けたくないだけだ。
ヒートアップしたいぶきが鳥居を叩こうとした時、不意に真後ろに飛び退いて彼から離れた。
それは何故か。彼女の顔面に襲いかかる「物」があったからである。
いぶきが視線を動かすと、細い棒をさっきいぶきがいた位置に向けて突き出したまま立っているスオーラの姿が。
「……ナンのつもり、あンた?」
綺麗に避けたとはいえ、不意に攻撃された怒りが表情はもちろん言葉にもハッキリ表れている。
《あなたに説得は不可能と判断しましたので、実力行使をさせて戴きます》
突き出していた棒――中国拳法などでも使われる棍(こん)をすっと自分の手元に引き戻す。
それからいぶきに対して身体を横にし、棍の先端を彼女に向けて構える。反対側の先端を剣のように両手で持っていない。腰をグッと落とし、肩幅に広げた両手で持つという、まさしく「棒術」の構え方だ。
そんな長さ一メートル程の棒を、一体どこからどうやって出したのか。そんな疑問はどうでもいい。彼女の構え方は、明らかにそれの教育を受けたものだ。
スオーラは見習い僧だと言っていた。人々に教義を説くのが仕事の僧侶が棒術というのは奇妙に感じるかもしれないが、こちらの世界にも寺院の警護などを任務とする「僧兵」という僧侶がいる。
彼女から詳細を聞いてはいないが、そういう僧兵の見習いであるのならば、彼女が棒術を学んでいても不思議な事は何もない。兵士であれば戦う技術を学んでいるものだからだ。
いぶきもスオーラが棒術を学んでいる事を察したのだろう。足を肩幅に広げ、真正面から相対した。
「売られたケンカは買うわよ」
いぶきは素手のまま仁王立ちし、指先をちょいちょいと動かして「かかってこい」と挑発している。
「あンたがどれだけヤるかは知らないけどね。絶対勝てない戦いってのを教えてあげる」
二人の少女の間に激しい火花が散る。かたや真剣味を帯びて。かたやあからさまに挑発じみて。
「ま、待て、止めろお前達!」
鳥居が止めようと声をかけるが、
《申し訳ありません。何と言われようと、止める訳には参りません》
「そうそう。これ以上こンなバカに関わりたくないからね。最低でも半殺しくらいにはしておかないと」
お互い相手から視線を逸らさずにキッパリと言ってのける。
いぶきの「他人への敵意と好戦的具合」はいつも通りとして、言葉は判らないものの常に丁寧な言動を見せていたスオーラの態度には一同も驚いていた。
とはいうものの、驚く程長い付き合いなどない。せいぜい知り合って数時間の仲であるが。
学食にいた面々は、じりじりと二人から離れ、遠巻きになる。見物はしたいが巻き込まれるのはゴメンだという、典型的な野次馬根性である。
本来止めなければならない筈の警察官も、いぶきの「厄介さ」は聞き(中には実体験として)知っているので、あえて手を出さない方向にしたらしい。
戦う準備は整った。それを二人も察したのだろう。申し合わせていたかのように、
同時に動いた。

<つづく>


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